宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

65 / 85
63 足りない自分

 アルレット・アルマージュは、フラナガン機関の被験者であった。

 過去形である。

 

 数だけは多い宇宙移民(スペースノイド)の中でも、出自すら定かでない最下層の棄民であったアルレットはある日、右も左も分からぬままジオン公国に連行された。

 理由は集団摘発。学も何もない少女が生きて行くには貧民窟は過酷であり、身寄りのない子供達は独自のコミュニティを作る事で糊口を凌いでいた。

 ガラクタ漁りのような真っ当な稼ぎからスリや引ったくり、或いは自分達より弱いコミュニティへの搾取まで、アルレットが身を寄せた孤児集団は手広くやっていたが、それ故にあっさりと大人たちの目につく事となる。

 子供達は逞しかった。しかし、仲間意識は希薄だった。身を寄せ合うのは生き残るためで、ヒエラルキーに従って使えない者、弱い者を切り捨てる事で生き残ってきた集団だからだ。

 これがより小さく、近しい立場同士で形成されたコミュニティならば間違いなく結果は違っただろう。互いを家族として支え合い、守り合う関係性を築けていたなら一網打尽とは行かなかった筈で、皮肉にも大所帯で動く体制が徒となった。

 

 トカゲの尻尾は、自分達を切り落とした大本への恨みは忘れない。

 これまでであれば切り捨てられた尻尾は殺されるか、或いはより悲惨な目に遭うばかりで、大本へは届くことは無かったかもしれないが、今回ばかりは勝手が違った。

 より大人数を。使えるモルモットを多く確保したいという思惑に加え、同じような無頼の輩でなく、情報収集のプロフェッショナルが動いた以上、結果は見えていた。

 

 そうして残らず確保されれば後は篩分けだ。犯罪歴や性格、健康状態に応じて区分けされた子供達は罪の多寡に応じて処遇が変わったものの、アルレットについては一定の人権が保障された。

 犯罪行為には手を染めず、ガラクタ漁りで糊口を凌いでいた為で、全体を見通せば稀有と称すべき被験者である。

 

 書面の上ではフラナガン機関に己を差し出すことを『志願』し、対価として公国国籍と衣食住を保証されたことになっていたものの、選択の余地すらない状況で、悪魔の誓約書にサインしたのだということは本人も理解できていた。

 司法取引でやってきた第一世代と異なり、第二世代たるアルレットは蓄積されたノウハウを基に、素養のあった自身の能力を伸ばすことには成功したものの、計器が弾き出す脳波の測定値に対し、予知や読心といった他のニュータイプが示す分かり易い力を示すことが出来ずにいたが、それも当然だ。

 

 アルレット・アルマージュは、人間を読むことはできない。

 しかし、機械構造や力学を正確に『読む』ことは出来た。ガラクタ漁りだけで生き延びる事が出来たのも、この特異な資質──加えるに、稼ぎを横取りされないだけの地頭もだが──有ってのものだ。

 

 確かにニュータイプ能力とは、宇宙という新たな生活圏に適応するための進化……いや、新天地に生きて一〇〇年も満たぬ中での発達度合いからすれば、突然変異と称するのが正しいのだろうが、だからこそとフラナガンは納得できた。

 

 予知や読心はパイロットとして、兵士として最高の性能を発揮できる。

 闘争というもの自体、人間の本能的な部分として刷り込まれている以上、そちらに特化することは間違っていない。

 しかしだ。生活圏に適合するというのであれば、人工の大地に育まれた宇宙移民(スペースノイド)が、自らの身を委ねる環境を整えられるよう進化する方が、むしろ自然なのではなかろうか?

 道具を開発し、用いる事で版図を拡げてきた人類にとって、他人と分かり合うという以上に生活基盤を整える方向にシフトする方が、むしろ自然な事ではないだろうか?

 

『ならばこの結果は、必然と称すべきなのだろう』

 

 そのように結論付けた上でフラナガンはアルレットに対し、他の被験者とは異なるカリキュラムを用意した。

 座学では機械工学の基礎知識だけでなく、最先端軍事分野たるMS理論を徹底的に叩き込み、実技では実際に最先端兵器の整備も課したが、アルレットはスポンジが水を吸うように吸収し、ひと月と持たずしてMS(モビルスーツ)開発と研究を担うまでに至った。

 未来を知るイワンの介入が多少なりともあったにせよ、ラム・ズゴックを始めとした地球侵攻における名機の数々が彼女の作品だと言えば、それがどれほどのものかは理解は容易いだろう。

 

「かくして私、アルレット・アルマージュは被験者から技術将校へと華麗なる転身を遂げ、今やメイ・カーウィンやミア・ブリンクマンにさえ肩を並べる天才少女として持ち上げられっ放しなのでしたとさ」

 

 ちゃん、ちゃん。と可愛らしく語尾に付けて身の上話を終えたアルレットであるが、聞かされたアルマはどう反応すべきなのか、いまいち掴み切れていなかった。

 

「辛苦の程、お察し致します」

 

 口から出たのは月並みな言葉であるが、アルレットはからからと笑ってそれを受け入れた。

 口先だけの同情ならばそれらしくして見せるか、或いは軽くあしらっただろうが、心を読めぬアルレットとて、アルマの言の葉が本心からのものであったことは表情一つで察せられたから。

 

「そうね。割と大変だったわ。機関の被験者になるまではまともな食事にありつけたことなんかなくて、ガリガリのガイコツみたいな感じだったし、人権は保障されてるって言っても、生命の危険がない範囲で投薬実験は重ねてからね。

 まぁ、薬物と外科医療で老化が遅くなったっていうのは、女としてはこれ以上ない成果だったんでしょうけど」

 

 但し、それが割に合うものかと問われれば微妙だろう。若さを維持するという世の女たちから羨望と嫉妬を一身に集めるような結果は、その反面生活上にまつわる諸々の制限や負担も大きい。

 アルレット以降、幾人かの被験者が同様の処置を行い、成功例を出しながらも決して軍事転用や富裕層へのアンチエイジング技術に使用できなかった理由はそこにあった。

 若さを保ち、健康な肉体を維持したいのであれば、再生医療で本人の肉体に適合する新品の臓器や皮膚を入れ替えてしまう方が副作用もなく安全だった。

 

「それに……私の青田買いを決めたヨーク長官はロリコンだって聞いてたから、却って身の危険を感じちゃってさ。

 ……出自を考えたら相手選べる立場じゃないし、欲の捌け口にされるにしてもある程度配慮はされるんでしょうけど、それでも身体だけは売らずに生きてきた手前、身構えざるを得なかったのよね」

 

 明日の命さえ分からぬ日々で、それでも純潔だけは捨てなかった。糧を得るには容易く、多くの同世代が飢えを凌げる手段として用いながらも、決してそれをしなかったのは、性病で苦しむ様を見てきたことばかりが理由ではない。

 飢えるとしても、死ぬとしてもそれだけは嫌だった。薄汚れた骨と皮ばかりの身体で、売値など二束三文以下の肢体であっても、穢されるのでなく愛して欲しいという想いがあって、それを縁に生きて来た。

 たとえ相手が貧しくとも、自分以上に惨めな存在でも構わない。重要なのはアルレット自身が納得できるかどうか。自分の心と体を委ねられるかどうかなのだ。

 

「相手が長官でも、どんな英雄や名家でもね、それだけは譲れない一線だったのよ」

 

 許嫁(キシリア)の年齢が年齢とはいえ、風評被害もいい所だと、イワンが居れば間違いなく溜め息を零したことだろう。

 とはいえアルレットの名と写真を確認した途端、青田買いに走ったイワンにも誤解の責任は間違いなくあるのだが。

 

「ああ、誤解しないで欲しいんだけど、ここの長官は真っ当な紳士だから安心して」

 

 絶対に二人きりで異性と過ごすことをしないし、執務室で異性から報告を受ける際は確実に扉を開けて対応する。

 守秘義務の観点から、どうしても戸を閉めざるを得ない場合は、必ずマレット然りヒュー然り同席させる徹底ぶりだ。あそこまで行くと潔癖症とさえ言って良いし、不埒な行いは公然と唾棄して憚らない。

 下の意見にも耳を通し、常に気を配っている様などを間近に見れば、誰もが理想の上司と評するだろう。

 とはいえ斯様な評をイワン当人が耳にすれば、鼻を高くするどころか渋面を作ったに違いない。

 不義不貞を働かず、勤勉に努めるなどいうのは一労働者として当然の義務に過ぎぬと断じるのが、イワン・ヨークという男なのだ。

 

「シュティルナー少尉やイングリッドからしたら、どれだけ好意的に接してきても近づき難いのは分かってるけどね」

 

 旧来の人類(オールドタイプ)なら、軍人特有の常在戦場の空気を肌で感じる程度で済むだろうが、ひと度能力に目覚めたニュータイプなら、あの陽炎の如く物理的に景色を歪めるほど濃密な存在感には、近付かれるだけで冷や汗ものだ。

 

「イングリッドなんて、オールドタイプの鈍感さが羨ましくて堪らないって愚痴ってたぐらいだもの」

 

 何もかもを感じ取れてしまうことは、はっきり言って生き辛い。

 相手の心を察することで、誤解なく分かり合えると言えば聞こえは良いかもしれないが、相手の醜さまで伝わってしまうし、何より周囲と自分に対して、明確な意識の壁を実感してしまうものなのだから。

 

「私もね、何だかんだ自分の力っていうのが気持ち悪く感じてた時期もあったわ」

 

 けれど、そんな懊悩を晴らしてくれる女の子が居てくれた。同年代への対抗心も有ったのだろうが、アルレットが感覚で行う全てを理論と経験で実践してみせた、能力頼みのイカサマとは違う本物の天才少女が現れたのだ。

 

「『能力なんかなくても、私だってそれぐらい出来るわよ?』ってね。いや、メイの腕前はホント衝撃だったなぁ……」

 

 今ではその天才少女がアルレットと意見を酌み交わし、公私を問わない間柄にまでなったのだから、人生というものは分からない。

 恋愛だの娯楽だの、アルレットにとって渇望すれども縁遠いと思っていた数々が、メイ・カーウィンという一人の友人がきっかけで次々と人生を潤わせてくれたこと。

 年頃の少女らしい、華やいだ時間というものがアルレットにとってどれだけ大きな影響だったことか。

 

「何々? 何の話?」

 

 噂をすれば影ということなのだろう。ひょっこりと現れたメイの表情は喜色満面で、その手にはビデオレターがあった。

 

「私には良い友達が居てホントに良かったって話よ。メイこそご機嫌じゃない。愛しの婚約者さんから便りでも来た?」

「うん! 少佐に昇進したし、総帥閣下から直々にお褒めの言葉まで賜ったから、何時でもうちの両親に顔向けできるって!」

 

 溌溂とした肯定に思わず苦笑したが、件のお相手も乗り気なのは意外だった。というかイワンといいマレットといい、ジオンの出来る男というものは、軒並みそちらの趣味なのかと勘繰りたくなってきた。

 いや、当人が幸福ならば余人がそこをとやかく突くものでないことは、読心などできないアルレットでも理解しているが。

 

“総帥から直々にってことは、間違いなく一級ジオン十字勲章の内示よね”

 

 おそらくメイのお相手(ケン・ビーダーシュタット)は、特殊部隊の隊長か何かをやっているのだろう。勲功卓抜なるも、戦局や作戦状況故に本国への送還が難しい司令官や前線指揮官には、このような方法で労っている。

 勿論、叙勲に伴う恩賜休暇や諸々の特典が、お褒めの言葉一つで有耶無耶になるようでは話にならない。昇進か、それが出来ずともハンモックナンバーの繰り上げに加え、前線での配給物資の融通など、可能な限りの便宜を図る。

 

 中には目先の休暇より戦時という叙勲と昇進の機会を利用し、敢えて前線に留まることを希望して、戦後の栄達を優先する前線武官も居るには居るが、本国で勲章を受け取って、大々的に報じられた上で一時帰郷できる方が精神衛生上宜しいことは確かなので、そこまでやる人間は多くない。

 

 前線に残る手合いの多くは、それこそ何としてでも司令官が手元に置きたるほど有能な人材か、或いはマ・クベのように替えが利かない司令官のいずれかである。

 

「でも残念。戻ってきたら一杯お祝いして、一杯甘えさせて上げるつもりだったのに」

 

 甘えるでなく、甘えさせるというのがミソであろう。お相手の性癖が少々危ういものでなかろうかと邪推してしまいそうだ。

 

「祝福はしてあげるけど、お願いだから戦争が終わるまでは現場に居てよ?」

 

 ある日突然お腹が大きくなって、仕事が出来なくなりましたというのは困る。本当に困るのだとアルレットが口を酸っぱくして言い含めれば「分かってるってば!」とメイも頬を膨らませ出した。

 

「……何というか、色々と進んでおられるのですね」

「そうかな? うーん、そうかも」

 

 それなりの出自であれば特段驚く内容ではなかろうが、確かに市井の同年代と比すれば、中々の速度で身を固めているのは確かである。

 

「アルマちゃんはそういうの興味ある? ……まぁ、何人かは止めといた方が良いのもいるけど」

 

 所帯持ちは言うまでもないが、マレットのように何だかんだミアと良い雰囲気な奴もいる。

 ここの男共は我が強い反面、根が悪い者は居ないのでそういう意味では安心して選べるものの、将来を考えると「こいつは無いな」という男も当然だが存在するのだ。

 

「ここに居たか、少尉」

 

 あ。こいつは無いなっていう筆頭が来ちゃった。という表情を隠しもしないアルレットとメイである。

 細身ながら引き締まった体躯。顔立ちも二枚目と評していいほどには整っている。しかし、獲物を追うように吊り上がった目元と冷笑的な口元が、どうしても家庭を持つ人間の雰囲気を感じさせない。着飾って夜に飲み歩いている姿の方が、余程絵になることだろう。

 

「既に報告は受けているだろうが、少尉の面倒を見ろと仰せつかったトーマス・クルツ中尉だ。本来は同性の奴が宛がわれるべきなんだが、長官直々の任命だ。文句はそっちに言ってくれ」

 

 投げやりな、しかし先の発言通りキマイラには数こそ少ないながら女性隊員も居るというのに、敢えてトーマスに任じられたという点では、トーマス自身思うところもあったのだろう。

 

「軍規に悖ることはしねぇから安心しろ。女同士じゃねえと言えねぇことは、そっちの仲が良いのに頼るんだな」

 

 

     ◇

 

 

 居室の案内から三交代制での勤務時間割。通常訓練や将校として必要な各種業務に至るまで、意外にもトーマスの対応は懇切丁寧なものであったが、そもそもにしてキマイラに招聘された人員というものは、どの部隊でもやっていける逸材なのだから当然だ。

 押し付けられた仕事に対する不満はあれど、それを理由にして手を抜くということはあり得ない。

 将校というものは部下を見ねばならない役職にある以上、教官職に任じられた士官や下士官ほどでないにせよ、やれる範囲で微に入り細を穿ち、分からぬところはやって見せ、言って聞かせて育て上げる手腕も問われるものなのだ。

 

「……申し訳ありません、何から何まで。中尉殿のお荷物は小官が運びますので!」

「自分の事だけ見てやってろ。貴様の面倒を見るのが俺の仕事で、面倒を押し付ける為に居るんじゃねぇんだよ」

 

 分かっていたが、軍隊慣れしてねぇな、というのがトーマスの感想である。

 

 フラナガン機関からの転属というからには、イングリッドと同じクローンかとも訝しんだが、性格や態度というのは人生で築いた時間と密度で構築される。

 

“上位の視線を気にして、相手の機嫌を損ねねぇよう動いて、視線も右往左往してやがる……”

 

 明らかに、どのコミュニティにも必ずいる『いいように扱われるいじめられっ子』の枠であった。軍の世界で垢抜ければ、この手の性格は多少なりとも矯正されるし、研究機関の純粋培養で、ここまで卑屈になるとも考え辛い。

 

“ニュータイプ適性に引っかかって、なし崩しに軍階級貰ってやってきた口か”

 

 そうならば初めに言ってくれれば良いものを、と。説明不十分な長官(イワン)に内心口の一つ……いや、三つ四つは零してから、イワンらしからぬ対応であったことに首を傾ぎ、次いで豪快に溜息を吐いた。

 

“長官め、俺に押し付けやがったか”

 

 我の強さや性格はどうあれ、優秀な分上司の思惑を読み取ることも素早く的確だ。アルマの性格や過去の情報を精査した上で、他に適任が居るにも関わらず、敢えてイワンはトーマスに()()()

 余計な気遣いなど鬱陶しいと態度で示し、それでいて何だかんだと不平不満を漏らしながらも、決して仕事は投げないと確信できるトーマスに。

 

“正解だよ……クソッタレ”

 

 仮に目の前で堂々と悪態を吐いたとしても、イワンは笑って許した後、悪びれもせず使える者、適性のある者を使って何が悪いのか。適材適所だと宣うことは、トーマスにも容易に想像できた。

 

“ニュータイプってのは皆こうなのか?”

 

 と。トーマスはアルマに視線を向けたが、溜め息に反応して右往左往する点からして、それはあるまい。

 第一にしてイワン程上手く立ち回れるのがニュータイプだというのなら、パイロットより参謀に育成して然るべきであるし、この性格自体あり得ない。

 

“先が読めようが心が覗けようが、そこまでってことだろうな”

 

 キマイラのニュータイプとしての基準がイワンとイングリッド、そして機械工学に長けたアルレットしか居なかっただけに、怪物かそれに準ずる連中だとばかり捉えていたが……。

 

“つまりあれか? 俺はちっとばかし特殊だが、他は何の変哲もねぇ何処にでもいる小娘の子守をしてろってか?”

 

 ジョニーのように、最高峰のニュータイプの雛鳥を任されたというのなら納得出来た。或いはエリックのように、優等生のお坊ちゃん(フィーリウス・ストリーム)の教育係にというのなら、ある程度の不満も呑み込んだ。

 しかしだ。多少勘が鋭い、卑屈な小娘の教師役として時間を潰されるなど冗談ではなかった。ペズンという実戦から遠い地で訓練に明け暮れているとはいえ、だからこそ来るべきの日の為、時間という奇貨は有意義に消費せねばならないというのが、トーマス・クルツの信条だった。

 ただ、イワンの名誉のために記載するが、彼は面倒ごとを押し付けるだけ押し付ける手合いではない。

 多くの仕事を任せるならば、必ず考課表に記載した上で可能な限りの便宜を払う。誠実な勤めには常に誠意を以て報いる上官であるし、それは相手が下級将校であろうと末端の兵卒だろうと変わらない。

 チャップマン・ジロムのように状況如何によっては切り捨てる場面もあろうが、そこに関してはレアケースだ。

 此度の子守一つとっても、働きぶりに応じて相応の報酬は約束してくれることだろう。そこはトーマスも理解している。

 ……だからと言って気位の高いトーマスが万事飲み込めるかと問われれば、先に記述した通り否だったが。

 

「おい、少尉。シミュレートの飛行記録を見せろ。今すぐにだ」

「ぜ、全部ですか?」

 

 何度も言わせるなとデータログを引ったくる。これで素人同然だというのなら、こっちにも考えがあると息巻いたものだが……。

 

「……悪くねぇな」

 

 実機ではないが、どのパターンでも基本を守って堅実な動きが出来ている。

 エース級とは行かないまでも、並のパイロットとしてはすこぶる上等な部類だった。

 

「えっと……サイコミュ搭載型は扱えなくて、だから一人でシミュレートばっかりやってて……」

「他人の目が無くて、気を遣わなくて済むから思うように動けたってとこか」

 

 どうして分かったのかと言いたげなアルマに対し「分かり易いんだよ」と呆れ果てた。しかし、シミュレートでの初期から現在までの、この短期間での熟達ぶりを見るに十二分に伸びしろはある。少なくとも、ここで頭打ちということもあるまい。

 

「予定変更だ。訓練機を正式に受領しに行くぞ──貴様を本物にしてやる」

 

 

     ◇

 

 

「随分目にかけているな」

「無為な時間は割きたくねぇからな……と。ありがとうよ」

 

 パイロット用に調整された高カロリーチューブ飲料を受け取りつつ、トーマスはマレットに返す。

 随分と丸くなってしまったマレットには未だ慣れないが、互いに互いを認められるものを有しているからこそ友となれたのだ。多少性格に変化が見られた程度で育んだ友誼を無下にするほど、トーマスは冷淡でも薄情でもなかった。

 

「聞いたぜ? アクト・ザク、正式に受領するそうじゃねえか」

専用(ワン・オフ)機と言えば創作の主人公の様で聞こえが好かろうが、試作機は試作機だ。実戦で使用する気にはなれんな」

 

 部品(パーツ)こそ統合整備計画によって規格化されていても、アクト・ザクは新機軸の数々を詰め込んだ実験機だ。通常整備だけでも人手と時間が取られる上に効率が悪く、いざという時の安全面も心もとない。

 一点物の競技用でなく軍用品を扱う以上、何より優先して確保すべきは信頼性だ。

 

次期正式採用機(ゲルググ)か開発中の強化体専用機(ガルバルディ)が出れば、そちらに乗り換えるつもりだ」

「ロールアウトが待ち遠しいな」

 

 イワンが高機動型ザクⅡに乗り換えてからこちら、またしても黒星が重なっている。部隊の損耗度合いも含め、日進月歩の勢いで向上しつつある練度だが、それでも不満は大きかった。

 何しろキマイラ隊の動きそのものに、現行機が付いて行けなくなりつつあるのだ。

 

「ジョニーだけでもアクト・ザクに出来ねぇか、上申したくなったほどだぜ」

 

 専用機として深紅に彩られた高機動型ザクⅡだが、実機とシミュレートの誤差は開く一方だ。深紅の稲妻はその異名に違わぬ通り、雷光の如き反応速度だというのに、そのポテンシャルが十全に発揮できていないのだ。

 しかし、その不満ももうすぐ片付くとマレットは笑う。

 

「ブリンクマン中尉から朗報だ。週末には、ゲルググの先行量産型をキマイラ全員に回すそうだ。トーマス用のキャノンタイプも長官が融通した」

 

 事前に安全対策を兼ねて本国やグラナダでテストパイロットに運用させているとはいえ、動作が不安定で試験運用を前提とした先行量産機など、本来なら通常仕様の物だけで十分であろうに、敢えてトーマスが使用するキャノンタイプを用意したのは、間違いなくアルマの子守に対する駄賃であろう。

 何だかんだと不平を漏らしながら、求められるだけの期待に応えたからこその高配であった。

 

「……そういうとこは、マジで抜かりねぇんだよなぁ……」

 

 怪物と恐れられ、余人から畏怖されつつも、部下が一定の敬慕を示す理由はこういう所にある。最高峰の人員で構成されたペズンと言えど、末端の兵卒まで一人残らず名を覚え、熟知する将官などイワン位のものだろう。

 嗚呼、糞。と軽く頭を掻いてトーマスは腰を上げた。

 

「こりゃあ、マジで手は抜けねぇな」

 

 十二分過ぎる程の駄賃は受け取ったが、この分では追加であれやこれやと融通をつけてくれることだろう。派生機は確かにトーマスにとって益となるが、同時に部隊単位での戦力強化に貢献する代物であって、トーマス個人が得られる類の利益というには、やや弱い。

 マレットに対する過去の厚遇ぶりからして、間違いなくトーマス個人に対する飴を与えてくれるだろうことは、想像に容易かった。

 

 

     ◇

 

 

 ペズンへの派遣が寝耳に水であったこともそうだが、ここでの勤務もまた、アルマにとっては何もかもが予想外のことであった。

 

“正直、化け物扱いされることも覚悟してたんだけどなぁ”

 

 これまでの人生がそうであったように、家族にさえ疎ましく扱われたように、察しだの勘だのという範疇から逸脱したニュータイプとしての性質を、陰で唾棄されるだろうとばかり考えていたアルマにとって、何もかもが想像と食い違っていた。

 

「活き活きしてるわね」

 

 見違えたと驚き半分、純粋な好意が半分といった口調で接するのはイングリッドである。ただ、精神的な面はさておき、肉体的には限界近いというのがアルマの偽らざる本音だったが。

 

「……悩む暇もないからね」

 

 精魂尽き果てるとはこのことだろう。軽装宇宙服(パイロットスーツ)を脱げばさぞ心地良かろうが、汗の玉が宙に漂うのは避けるべきであるから着こんだままだ。

 

「それでも、色々足りないって自覚はするかな」

 

 何しろイングリッドやユーマは言うに及ばず、少女のように線の細いフィーリウスでさえ、呼吸を荒らしつつも泰然と演習や各種訓練を終えるのだ。

 心構え一つ、鍛え方一つとってもアルマと他とでは大きく異なるのは、読心など行わずとも察せられた。

 誰しもが何かしらの目標を持ち、すべきことを見定めて軍衣を纏い、日々精進を続けている。

 

「皆の瞳の輝きが全然違って、だから私ももっと頑張ろうって思えたんだ」

「ふふっ」

 

 詩的なようで、同時に軍人らしい嘆息にイングリッドは笑いを零す。見目も言葉遣いも快活だというのに、心は卑屈で頼りなかったアルマが、今ではこれなのだから当然だ。

 

「クルツ中尉は、随分良い先生だったのね」

 

 軍人らしく、教官と称さないところにペズンという環境の特殊性を示している。ユーマのような強化体然り、イングリッドのようなクローン然り、多感かつ精神面に安定性を欠く少年兵に対し、ペズンの構成員は軍組織特有の上下関係というより、学校や家族のように扱い、寄り添うことを奨励していた。

 そうでなければ軍属であろうと、ミアやアルレットが行うような私語など厳に戒められて然るべきだ。

 組織として最低限の体面は整えるし、度が過ぎれば注意もしようが、性格が矯正される以前のマレットとユーマのやり取りからも知れる通り、かなりの緩さであることは間違いない。

 

「うん。厳しいけど、凄い人だってよく分かるよ」

 

 ジョニー・ライデンやエリック・マンスフィールドの影に隠れがちであるものの、ひと月も前線に出張れば間違いなく十字勲章ものの武勲を挙げてくるだろう。トーマスに限らず、キマイラに属しているのはそういう連中だ。

 

“加えて、基本的に一対一(マンツーマン)の指導だしね”

 

 下級将校たるトーマスもそうだが、キマイラの将校達なら教官として召し上げられた上で、部隊単位でパイロット養成の任に就くだけの知識と技量も有している。

 ジョニーに指導されるイングリッド然り、エリックに指導されるフィーリウス然り、それが昼夜を問わずともなれば、上達しない方が嘘なのだ。

 

“まぁ……その『贅沢』を受け止めきれない子も居るんだけどね”

 

 視界の端。小休止を取った後にトレーニング・ルームへと向かったフィーリウスを見つめて、イングリッドは軽く息を吐いた。

 




Q:最初からアルマちゃん呼んでたら、何だかんだ面倒見れるマレット様はあっさり性格修正できたんじゃないですか?
A:一度でもいいから、マレット様をアクト・ザクに乗せたかったんじゃ……。
  それに、さっさと自信つけされるだけならリリア・フローベールちゃん呼ぶだけで良かったけど、変にオラついて原作のDQNマレット様になる可能性もあったし……。
 (原作マレット様への熱い信頼の無さ)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。