「良くやったぁ!」
「……こりゃぁ、いよいよ持って年貢の納め時か」
狩人部隊の母艦を制圧したという報を受けたコンスコンとヤロスラフ。
先の発言が、どちらがどちらのものだったかを記す意味はないだろう。
ガジガジと歯形が付くほどパイプを噛むヤロスラフは、残された戦力の切り時を勘案する。こちらの手持ちにも海兵隊は多い。エースもガトーを初め、相応の者は温存している。
しかしだ。今回の演習に限っては狩人達の位置が悪い。
“伏兵として動かしたかった奴らが炙り出された挙句、母艦も乗っ取られちまったらなぁ……”
その上、全滅しているならまだしも交戦中だ。こちらが艦を動かそうにも、あの位置を陣取られたままとなると厄介極まりなかった。
どのように動かそうにも動きを察知された挙句足止めを食らって、最後には自分達が沈む未来しか見えなかったのだ。
「だぁーっ! くっそ! 今回は負けだ負け! 投了してやるよ!!」
「このタイミングでですか?」
確かに戦略的には負けだろうが、コンスコン陣営を出血多量に追い込むことはできる。今降伏すれば完敗だが、粘れば惜敗に持って行けるだろうに。
「血気盛んなMS隊の者も、承服しかねるかと」
案の定、艦橋のみならずモニターからも『まだ戦えます!』『提督、一矢報いるべきです!』と屈辱に青ざめながらの声が次々に上がったが、ヤロスラフは肘掛けを強く叩いて睨みつけた。
「『これは演習だ』なんて馬鹿こくんじゃねぇぞ! こちとら部下を負け戦で無駄死にさせる気は更々ねェ!
どうしても引けねぇ時以外は引いて、捲土重来の機を待つ! それが祖国に貢献するってことだ! 死ねと命令する時にゃあ、てめぇらにちゃんとした死に場所を用意すんのも俺の仕事なんだよ!」
しかし、語気を強めて大事を定めたヤロスラフとて、愁嘆場を演じたいとは思わない。
こうした喧々諤々の狂騒にあって、階級を笠に
指揮官が部下に薫陶を行き届かせるには、部下の心を諫めるだけの力が求められる。
ましてや実戦で『勝ち』しか経験できなかった若者にとって、このような決定は敗北主義的に感じるものであろうことも、矜持を強かに傷つけるものであることも弁えていた。
だからこそ、ヤロスラフは勝利を飽食した若者達を、唯心的な精神主義者にだけはすまいとも誓っている。演習というものはその為に、学び、意識を矯正する為にこそあるのだから。
「……安心しろ。投了っつったって、白旗掲げる訳じゃねェ。
実戦だって、あくどい連邦様が律儀に紳士協定守ってくれる保証はねェんだ。敵主力艦隊の戦闘区域から、組織的撤退を計るんだよ。こういう立て直し方を学ぶのも、演習の醍醐味ってもんだぜ?」
昂然とした答えの中に、怒気を宥めるような落ち着き払った調子を含ませたヤロスラフの能弁には、MS隊の面々──特に、抗戦派の最先鋒たるアナベル・ガトーも引くしかなかった。
何しろヤロスラフが組織的撤退に動いたと見るや、即座にコンスコンは全軍に追撃を命じて掃討戦に移行したのだ。
一秒以下の逡巡が一名以上の戦死者を出す流動的な戦場にあって、対応は常に迅速でなければならない。特に、下された状況が噛み合っているような事態であれば
「掃討の先陣はイオ・フレミング少尉のMS隊に切らせろ。奴の執拗さは折り紙付きだ。期待以上の動きをしてくれるだろうよ」
「流石に演習でそれは……」「情けを与えては行かんのですか?」
などという逡巡の声も
「我々は連邦を相手にするのだぞ? 敵側を同胞と思うことも、我々が清廉潔白であらねばならんことも忘れろ。常に連邦との実戦を想定し、互いが動かねば演習の意味がなかろう」
後にコンスコンがそのように部下たちに語ったことを知ったヤロスラフは、「全くだな」と同意しつつ、同時に感謝した。
尚武の気質が色濃い公国軍人を動かす上で、ヤロスラフの投了に、より説得力を持って宣言させてくれたのだ。
毎度毎度と戦意旺盛な将兵からの突き上げを諫めて来ただけに、苦いものが胃から込み上げる程ではなくなる程度に慣れてきたが──勿論ヤロスラフ自身は、そんなことに慣れたくはなかったが──こうした口実をコンスコンが与えてくれたのは本当に助かった。
勿論逆の立場であれば、ヤロスラフも同じように『仕切り直し』の口実を与えるべく動くつもりだったが、だとしてもここまで素早く相手の意図を読み取って動くのは難しい。
“だったら、最高の逃げっぷりで応えにゃならんな”
そも、指揮官というものは最善を選び続けるような『贅沢』が出来る訳ではない。
どう足掻いても勝利を掴めず、負けが定まっているような悪夢じみた状況の中からでも『最悪以外』を選択することで、可能な限り戦友達を生かすことを……、或いは死なせるにしても、マシな死なせ方というものを決断しなくてはならないものだ。
たとえ実戦の機会に恵まれずとも、ヤロスラフは今日に至るまでの演習と知識から、最善を掴む術を培ってきた。
負けを感じさせぬほどに深い笑みを浮かべつつ、各員に指示を飛ばし続ける。矢継ぎ早での指示の数々は『生き恥』などという言葉からは最も遠い名将の采配であり、同時に経験の豊富さをこれ以上ない程に物語っていた。
“けどよう、ちったぁ加減しろよ!”
ミノフスキー粒子濃度が低い為に、雑音に交じってジャズが響く。
それはイオ・フレミング麾下のサイド4義勇軍、『ムーア同胞団』が迫ってきたということだ。
本来このような行いは通信妨害である以上軍法会議ものなのだが、イオは「俺達は公国軍と轡を並べてるが、同盟であって隷属してる訳じゃないんでね」と堂々と反駁していた。
公国の軍衣を纏い、階級を戴きながら何を悪童のような屁理屈をこねくるか!!
……と、このように今日まで再三に渡って抗議を発し、サイド4にも将官直々に抗議文まで提出した程だが、全く効力がなかったのは前述した通りである。
『ジャズが聞こえたら俺の合図だ』
という決め台詞は、確かに実力確かな以上、敵を畏怖させる効力もあろうが、軍事作戦においては敵に察知されるのだから阿呆のしでかし以外の何物でもない。現に、ムーア同胞団の先鋒が到来したことを察知して、迎撃要員が網を張って待ち構えていた。
『ちぃ……! 散開、散開だ!』
『だからジャズの垂れ流しは止めて下さいって言いましたよね少尉!?』
『これが俺のやり方なんだよ!』
部下からは『そんなんだから昇進の早い公国軍でも少尉のままなんですよ!』という苦情が堂々と上がる。
これにはオープンチャンネルで耳にした全員が思わず噴き出したものの、迎撃側も必死である以上は手を抜けないし、ふざけている場合でもない。
『糞、曲のセンスは月並みのがっかり野郎の分際で……!!』
『聞こえてるよ。お前の騒がしいのよりはマシだ』
言いつつ一機、また一機と撃墜するのは狙撃仕様に改修した機体で、最新型のビームスナイパーライフルを操るダリル・ローレンツ少尉である。
ダリルもまた軍規違反にも関わらず堂々とラジオを持ち込む手合いであったが、イオのように反抗的な態度を示すのでなく、要領よく事を運んできたことも有って順調に昇進を重ねていた。
『先任将校への侮辱ってもんだぜ、そりゃあ!』
『都合のいい時だけ階級を使うなよ。第一、公国軍の軍歴は俺の方が上だろう?』
『ジャズのせいで聞こえねぇなぁ!!』
にやけ面で苦情を無視しつつ、イオはフットペダルを豪快に踏み込んだ。
乱数回避を駆使しつつ、射線からダリルの位置を見極める。弾速・威力共に実弾とは比較にならない代物だが、ビームライフルの発射間隔は長く、活路を開くならそこにある。が、ダリル側もそこは心得たもので、支援火器による弾幕を張ることでこれを阻みにかかった。
『糞、嫌らしい野郎だ!』
『お互い様だ。あんたらが囮だってことは分かってる』
派手なジャズ、豪快な攻勢、その全てが意識を引きたい為のものだったのだろうが……。
「二番煎じたぁ芸がねェなぁ! このヤロスラフに二度同じ手が通じると思うなよ…………!!」
マルコシアス隊率いる黒い三連星がそうであったように、今回もムーア同胞団を使って側面から別動隊を駆使する手立てだったのだろうが、そうは問屋が卸さない。
「『ガトー大尉! 活きの良い奴ら連れて指定した位置に動け! お前らの速さが撤退戦の鍵だ!』」
◇
「全滅はない、壊滅も避けられそうだな……」
間一髪とはこのことだ。ムーア同胞団の演出の陰で動く連中を叩くまでは良かったが、そこから二手三手と伏兵を放ってくるものだから始末が悪い。
“戦略的勝利を収めてなお、敵の残存戦力を徹底的にそぎ落とそうとするのは軍人としちゃ正しいけどよぉ……”
容赦ねェなぁ……と。心中で深々と溜息を吐いたヤロスラフに対し、『提督』と神妙な顔つきのガトーが回線を入れてきた。
嫌な顔こそしなかったが、ヤロスラフからすれば疲れているのだから後にしてくれというのが本音だった。
「なんだ大尉? 文句なら終わってから幾らでも──」
『──心、洗われました』
実戦にあって、勝てる
ましてや国家の雌雄を決する場面でもないというのに、血気に逸って多くを死なせてしまう選択に身を乗り出すことの愚かしさも、ガトーの冷えた頭にも深々と染み込んだからこその遠回しの謝罪。
──そして、ヤロスラフを名将として崇めずに居られないからこそついて出た、理解と称賛の言葉だった。
「……。よせやい、負けは負けなんだ」
照れ臭そうに鼻をこすりつつも、微かに緩んだ口元は、心情を口にする必要が無いほど分かり易かった。
◇
『成程、実に良い経験をしたな。大尉』
我が身の菲才を恥じるばかりのニムバスに対し、モニター越しのノリス・パッカードは鷹揚に頷く。
『記録映像も見たが、貴官に落ち度はないぞ。よく部下を守り、よく働いた』
確かに負けは負けだった。結果だけを見るならば戦死であり、狩人部隊も全滅した。しかし、その過程と行動には確かな意味があったこともノリスは断言できた。
『私が貴官を指導した時は、よく前に出ていた。僚機に対しても、自身についてくることを求め過ぎていた』
だが、先の軍事演習は違う。全員が特殊部隊員であり、精兵だということを加味せねばならないとしても、常に部隊全体の損耗を避けるべく動き、立ち回っていた。
『功名心に逸っていた頃とは違う。貴官は真に将校としての心構えが身に着いたのだ』
誇っていいのだぞ、と微笑を浮かべるノリスはこれまでにないほど雄弁で、前線に発つ上で、心残りを無くすようでさえあった。
「恥ずかしながら、私は未だそのように過分な言葉を賜る程には至っておりません」
だから、そう優しくしないで欲しい。いつもの様に、厳しさの中に慈愛を隠し、言葉少なくとも背中で示す姿で戦地に赴き、戻って欲しいという思いが、ニムバスを謙虚にさせていた。
しかし、そうした思いに反してノリスはやはり優しかった。或いはニムバスの表情に見えた、翳りを察した為の優しさだったのやも知れない。
平素の厳めしい顔つきも、今や好々爺の様ですらあった。
『至ったとも。もう貴官に教えることなどない……私の様な、名ばかりの大佐とは違ってな』
卑屈から出た言葉ではなかった。
ムンゾ防衛隊から続く悪習だが、未だ公国軍は論功行賞の一環として昇進を認めている。
防衛隊時代からの戦闘機パイロットであったノリスが大佐の階級を戴くのもそれ故だが、本来軍組織にあって、これが不健全な出世なのは誰の目にも明らかだ。
何しろ階級とは明確に上下を示す指標であり、責任を伴う。たとえ階級に相応しい指揮権を与えられていない名ばかりのものであったとしても、有する地位の権威は軽々とすべきものではない。
……そんなことは、防衛隊時代から誰もが承知していた。
だからこそ現在に至るまで、階級こそ与えても権限を与えぬことで帳尻合わせをしてきたが、そもそも何故論功行賞の一環として階級を与える真似をしたのかと問われれば、これにはムンゾ時代に相応の事情があったからだ。
ムンゾ防衛隊の時代、連邦からのお情けで名ばかりの自治権を与えられていた頃──そのお情けを得るためにムンゾが払ったものは決して安くなかったが──ムンゾ防衛隊は独自の勲章や徽章類を制定する事を認められていなかった。
防衛隊が着用を許されるのは地球連邦軍の勲章であり、技能・資格章をはじめとした徽章類であり、それ以外は服務規定に反するとされてきたのである。
当然だが勲章など申請しても認められる筈がなく、技能・資格章の類も逐一連邦軍に上申せねばならない。
それは単なるイニシアチブの問題だけでなく、防衛隊に所属する人員の有為無為……誰がどのような技能を有しているかを、仮想敵に対して逐一報告せねばならないという問題も孕んでいた。
アンリ・シュレッサーを筆頭とした、連邦からの軍事顧問団という最大の懸念事項であった『監視団』も、ダイクンの圧倒的なカリスマと人心掌握によって
ここまで語れば指導部が優秀な人員に対し、どのように報いたかははっきり知れるだろう。
翼を象った大仰な金モールの胸章で軍衣を飾り付けたのも、連邦の勲章類で胸を飾る事を潔しとしなかったが故の装飾過多であり、叛意の意思表示という意味合いもあった。
彼らがその胸を刺繍でなく、勲章と徽章で彩るには一週間戦争戦勝での、勲章伝達式の日まで待つこととなる。
連邦を武威でもって黙らせてからでしか、功労ある官民に対し報いることさえ出来なかった悲哀の歴史と言えよう。
加えるに、現在でこそ数多の悪弊を生んだ昇進制度も、ムンゾ防衛隊時代には相応のメリットもあった。
明らかに士官教育が行き届いていない人員を将校に置くことは、『ムンゾに将なし』と連邦側の嘲笑を生んだ。
敵に戦力を過小評価させるという欺瞞工作に、大いに寄与したのである。
しかしだ。こうした過程はムンゾ防衛隊という、過去の組織にとっての正答であり、今を進むジオン公国軍の正答とは言い難い。
だからこそノリスは、己の階級を恥じ入るのだ。
確かに祖国に貢献してきた。その過程も、結果も、求められる以上の職責を果たしてはきた。だが……それが大佐という階級に相応しいものではないということは、ノリス自身が誰より承知している事だった。
『どれだけ年功の下駄を履かせても、少佐が精々といった身だ』
勿論、働きに応じた徽章と勲章は与えられただろう。そうした胸を飾る諸々こそ、本来組織における純粋な貢献を讃える為に用意されるものだ。
階級などというものは、それに応じた権限を担うと同時、多くの部下を託されるもので、決して手柄
『だから、本当に嬉しいのだよ。お前のような“本物の将校”が私の元から巣立ってくれたことがな』
功名だけで与えられた階級ではない。公国軍は防衛隊の頃と異なり、徐々にではあるが階級と能力を一致させるよう変革に励んでいる。
そしてニムバスはその階級に相応しい視野を有していることを、今日この日にはっきりと知る事が出来た。
『シュターゼン大尉。心置きなく戦地に赴かせてくれる貴官に、心から感謝を。
そして──いつか私から先に敬礼を捧ぐ日が来る事を期待しているぞ』
「必ず! 必ずやご期待に応えます! ですので、どうかその日までご壮健で!!」
熱くなる目頭を堪えて、震える喉を抑えながらモニター越しに敬礼を捧げば、厳かな答礼が返ってくる。
威厳に満ち、それでありながら慎み深く礼節を保ち、多くを言葉でなく背中で語ってくれてきた人の去り際は、なんと堂々たる様か。
嗚呼、やはりこの人こそ理想の上官なのだと実感する。
──ニムバス・シュターゼンが奉じるに足る、真のジオンの騎士なのだと。
Q:ニムバス君とノリスさんって、全く接点なかったよね?
A:ニムバス君は『自称』ジオンの騎士だし、ガチで忠義の武人のノリスさんと会わせたら良い意味で化学変化起きるんじゃないかってことでやりました。
ウォルフガングさんのとこに送ったのも「原作だと臆病風に吹かれた上官殺したけど、この人のところなら絶対暴走せんやろ」って考えからです。
(イワン君ならまだしも、ノリス大佐という、ぐう聖に問題児を送り付ける屑作者)