宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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 さぁ、血の粛清を始めるざますよ!(畜生)

※3500字ほどヒロインとのイチャコラを追加いたしました。
 是非イワン君がロリコンに堕ちる様をお楽しみくださいw

※2022/4/19誤字修正。
 麦茶太郎さま、ご報告ありがとうございます!


05 暗闘開幕〈改訂版〉

 イワンがムンゾ防衛隊に正式に配属し、早三年……流れる月日の速さに目まぐるしい日々だったな、などと。そのように回顧する余裕は一切なく、今も青色吐息で保安隊と航空隊双方のデスクワークにかかりきりであった。

 過去にドズルはイワンが保安隊を兼務する事に否定的であり、職業とは差別化と専門家を突き詰めるべきだと主張していたが、イワンとてそこを否定するつもりは全くなかった。

 

 一人の人間に権限が集中するという事は、組織運営上健全とは言い難い。

 余人の目が入らぬ為に不正が蔓延り易いというのもあるが、何よりマンパワーによって支えられた組織というものは兎角脆いのだ。

 如何に優良な人材があらゆる局面に対応できたとて、その人材が潰れてしまえばそれまでであるし、潰れた結果空いた穴が一つどころか複数では、その時点で修復など出来よう筈もないのだから当然だ。

 

“……古今、独裁者が台頭する条件は大別して二つ”

 

 一つは全てを取り仕切る事ができる者を、自分以外消し去ること。

 もう一つは、独裁者となり得る人材が、一人しかいないことだ。

 

 複数方面の書類を決裁し、或いは報告書を仕上げながらイワンは思う。たとえどれだけ莫大な金銭を、賞賛を得ようとも独裁者なぞご免蒙ると。

 リスクを分散化する上でも、仕事というものは適宜割り振られ、一人が倒れても他がカバーできるようにする事が強固な組織を生むのだと。

 そんな現実逃避を思わずしかけたが、そも、リスクの分散などという『贅沢な余裕』があれば、公務の兼職など奨励される筈もない。この国(ムンゾ)で使命感から公務に就く者は、()()()その階級に応じた()()()貢献を惜しまないのだから。

 

“幼少の頃に観た、名だたる公国軍人達が齢に見合わぬ風采を備えていた理由が、今となって分かろうとはな”

 

 絶望的と言って差し支えない程に不足した人材と、それを補うため個人に課せられた膨大な責務。子供ながらにシャリア・ブルやランバ・ラルの実年齢を初めて知った時は老け過ぎだろうと大笑いしていたが、今や自分も蓄えた髭が似合う程度の顔つきにまでなってしまっただけに、全く笑えない。

 

“余人の多くが兼務しているのだから、自分とて問題ない筈だと浅慮にも高を括ったのが呪わしいな”

 

 保安隊への兼務手続きと試験に関しては、前もって法学を修めていたため問題なかったが、一隊員ならばいざ知らず、上り詰めるとなれば自ら地獄の釜を開くのと同義だ。

 求められる高次の視点に組織改革、煩雑でありながら猶予のないデスクワークに多方面との調整。他サイドや地球圏から潜り込んでくるシンジゲートの摘発……。

 航空士官でこそあったが、士官候補生時代に経験した艦内での屋内戦闘や、地上軍向けの戦闘訓練を体が覚えていた事には心から連邦軍に感謝したほどだ。あれがなければ、今頃イワンの腹には銃創の痕で模様が描けていたことだろう。

 

 その甲斐あってというべきか、イワンは三年目となる今年、保安隊の副隊長にまで昇進し、航空士官としても少佐にまで上り詰めたが、未だドズルが少佐であることからも、異例の昇進速度と言っていい。

 何となれば保安隊は隊長職にさえ手は届いたが、そこはザビ家との協議の末、今の位置に落ち着いている。

 だが、どれだけ栄達を重ねようとその先に待つのは階級に相応する()()()責務で、しかもその日の公務が終了しても後々必要となる人材のリストアップに、顔繋ぎのロビー活動が私生活に食い込んでくる。

 

 しかし、それら職務以上に何を置いてもイワンが重要視しているのは、婚約者(キシリア)との時間を何があっても作るようにしていたことだ。

 

“今日は、この辺りで良いだろう”

 

 こと機密事項に類する書類はデータでなく紙面であることが望ましい。勿論専門のプロテクトがかけられた情報端末も存在しているし、公務でもそちらがメインとなってはいるものの、悪意ある視線と手が存在する限り、紙という媒体が消えることはないだろう。

 書類一式を封印した後に副官に運ばせ、イワン自身は二徹で鈍くなった頭と体臭を気取られぬよう、シャワーを浴びてからザビ家に電話を入れ、アポを取ってから私邸に向かう。

 

 確かに今は分刻み、秒刻みの生活である事は間違いない。可能ならば、一秒でも長く睡眠時間を確保したいという欲求は、勿論ある。

 しかし、だからといってイワンは仕事を理由に、慕う相手を蔑ろにしたくなかったのだ。

 

 

     ◇

 

 

「いらっしゃい、イワン様」

「こんばんは、キシリア」

 

 本来なら家令が出迎えに来るところを、キシリアは率先して戸口に立って迎えた。

 イワンが連邦軍から防衛隊に転籍し、ムンゾの地で生活を再開するようになってからというもの、こうしてザビ家の私邸に来る度、彼女が出迎えてくれるのがお約束となって久しいが、これは家族に言われたからでなく、キシリア自身の意思で行っていることだ。

 

“今日もまた一段と凄い隈ね……”

 

 出来得る限り目元を柔らかく解し、(ベレー)帽を取って朗らかに挨拶するイワンから官給品のコートと(ベレー)帽を預かりつつ、敢えてキシリアは気付かぬ振りをした。初めの頃は、無理などしなくていいとキシリアははっきり言った。

 イワンがどれだけ多忙で、ザビ家の期待とムンゾの為に尽くしているのかを理解できないほど浅慮ではないし、正直見ていて不安になるぐらいには顔が青い。

 けれど、それでもイワンはザビ家に通うことを止めようとしない。それが彼なりの、キシリアという少女に対する誠意だということはすぐに分かって、だからこそキシリアも、こうしてキシリアなりにイワンが安らげる時間を作ろうと思い至ったし、この三年間のうちに徐々にだが良い許嫁になろうという意識も芽生えてきていた。

 

“人間って、環境や立場次第でこうも変わっちゃうのね”

 

 重量感のあるウール仕立てのコートと(ベレー)帽を受け取ったとき、キシリアはそれを愛おし気に抱いていることに改めて気付かされた。

 最初の頃はとにかく重くて、どうして軍用品というのはこうもガッチガチなのかと内心不満だらけだった筈なのに、今は婚約者の持ち物というだけで、何処か愛着らしいものが湧いている。

 たった三年。けれどその三年間が、キシリアにとっては『歴史の修正』という役割からでなく、純粋な異性との交際期間なのだということを自覚してしまうと、不思議と頬どころか耳朶まで赤くなるのを感じた。

 

“……って、乙女か! いい年した女が!”

 

 精神年齢を加味すれば三十路を過ぎたオタク女が、何を思春期の少女のようにときめいているのかと、自分を顧みてしまった瞬間、羞恥に耐えられなくなった。

 

「どうかしたのかな?」

「なんでもないっ……!」

 

 だから顔を見てくれるなと精一杯ジェスチャーすると、イワンはくすりと微笑んでからソファーに腰かけた。

 

“このっ……土足で女の心を読むな! ニュータイプかお前は!”

 

 そう心の中で憤慨したところで意味はないのであるし、からかわれるだけだとは自覚していたが、そもそも分かり易過ぎたのが不味かったと後悔するも後の祭り。

 先程までの貞淑さは何処へやら、ラックに力強くコートと(ベレー)帽を叩きつけてからイワンの横に座った。

 もしこの場にデギンかギレン辺りが居れば、それでも距離を取らずに近くに身を置いたキシリアを笑ったことだろう。

 

「……前々から思ってたけど、イワン様って私のことをどんな風に見てるの?」

 

 婚約者として、というのなら、それはあくまでも立場のものでしかない。一人の男としてキシリアを見るには余りに幼過ぎるだろうし、かといってもう以前のような兄妹に近しい関係という訳でもなければ、普通の家族という括りも外れている気がする。

 

「割と、歪だと思うのよね、この関係」

 

 一歩間違えれば犯罪的だし、かといって今のそれはまるでお飯事(ままごと)の延長のようですらあった、それもこれも──

 

「イワン様、態度は真摯だけど言葉では濁しちゃうもの」

 

 だから肝心なところで締まらない。これでキシリアの体が成熟していれば、言葉など口にせずとも理想的な夫婦のように見える筈なのに、心と体が食い違うから、こんなことを言わなくてはならなくなる。

 

“そりゃあ、私が散々からかってきたせいでも有るんだろうけれども”

 

 というか、原因の九割九分がそれである。口を開けば小児性愛者扱いして笑い出す癖に、いざ不満に感じると頬を膨らませる女の何と面倒臭いことであろうか。

 

 ……キシリアも、そう言う年頃か……

 

“……そういう目をしたな、今”

 

 子供扱いが嫌になり、おふざけで距離感を維持するのも難しくなった複雑怪奇な年頃の少女……そういう風に思われるのも、上から見下ろされる視線というのも妙に腹立たしくなったので、イワンの耳を強引につねる。

 

「……痛いな」

「痛くしてんのよ」

 

 だが、容赦はせずにそのままぐいぐいと引っ張って、強引に頭を低くさせると、そのまま後頭部を太ももにやって、今度はキシリアがイワンを見下ろすことにする。軍人らしい短髪の硬い髪質がチクチクとしたが、別に不快ではなかったので気にはならない。

 

「そういえば、こういうこと、初めてよね」

「…………」

 

 恥ずかしいんだから、何とか言いなさいよと思ったが、イワンは数度目をパチパチと見開くと、すぐに視線を逸らしてしまった。

 

「あれ? ひょっとして照れてる?」

 

 いい大人がこの程度のことでとキシリアは含み笑ったが、前世でのイワンは家庭を築いたことなどなく、異性との交際さえ経験のなかった身だ。

 だからこそ、初めての経験であるからこそ常に真摯に向き合って来ていたが、こういう主導権を握られるような触れ合いは正直気恥ずかしいったらなかった。たとえそれが、幼い少女の拙い愛情表現だとしてもだ。

 

「初心なのね、その顔で」

「君も耳が赤いがな」

 

 ほっときなさいとキシリアはむくれつつも、お互いの不器用さというか、余裕のなさに思わずお互いが吹き出しそうになってしまったし、だからどうしようもなく、二人とも気付いてしまう。

 

 ──嗚呼、自分は本当にこの相手が恋しいんだなと。

 

 どれだけ忙しくても、逢いたいと想うイワン然り。

 どれだけ冗談を口にしても、本心では触れ合う喜びを感じるキシリア然り。

 齢の差だとか、立場だとか、そんなものは関係ない。自分は確かに相手が好きで、相手も自分が好きなのだと、愛情という目に映らないモノを二人は強く実感する──何故なら、そう。見えないものを信じられるのは、人の特権なのだから。

 

 でも。だけど。それでも言葉にして欲しいのは、繋がりを欲しいと感じるのは恋する者のサガだから。

 

「ねぇ? どうして忙しいのに来てくれるの?」

「年頃の少女に不実であるような男が、生涯を共にする相手を幸せにできる筈もないだろう?」

 

 だから、こんな風に言葉にする。想い想われる関係なのだということを、しっかりと認識したいから。

 甘えたい時に甘え、笑いたい時に笑って欲しい。その笑顔を、その喜びを見る事が出来る度、イワンは自分が何の為に努力し、何の為に尽くし、何の為に戦っているかを見つめる事ができるからと。そう微笑んだイワンに、キシリアははにかむ。

 

「──ありがとう。うん、今のは正直、グッと来た」

 

 そして、言葉にできたならその()もあるものだ。軽く、小さな唇が、まるで小鳥が啄むように相手の唇に触れあって、微かな余韻と共にゆっくりと離れる。

 

「ドキドキしちゃった? もしそうなら、変態さん(ロリコン)って認めちゃうことになるけど?」

「…………否定できなくなった自分がいるのに気付いたよ」

 

 嗚呼、糞、と顔を覆いそうになったイワンの手を、キシリアは小悪魔のように笑って止めて、覗き込む。

 

「面白いから、もうちょっとその顔見せてくれない?」

「酷いな……」

 

 これでも初めてだし、色々と恥ずかしいのを察して欲しいと泣きを入れたが、キシリアは「私だってそうよ」と笑う。

 

「……ねぇ? もう一度したくない?」

 

 けれど、したいのなら自分でしろとキシリアは視線で誘う。女にばかり甘えていないで、男らしいところも見せろというその仕草に、イワンは上体を起こして体勢を入れ替える。

 未だ幼く、そして小さく、こうして簡単に膝に載せてしまえるほどに軽い少女の腰を抱いて唇を奪うが、強引さとは裏腹に割れ物に触れるような繊細さと、何より不慣れな震えをキシリアは見逃さなかった。

 

「下手くそ」

「面目ない……」

 

 女性に言われて、これ以上傷つく言葉もないだろう。どれだけ幼かろうと、女は女なのだということをイワンが自覚して項垂れるより早く、しっかりと両頬に手を添えられた。

 

「──でも、優しかったわ。だから、お礼」

 

 もう一度、今度はしっかりと重ね合わせる。流石に三度目ともなればやり方を学べたことや慣れもあってか、息遣いや感触までしっかりと伝わってきた。

 

「ん……どう? 元気出た?」

「……凄く」

 

 自分が行けない道に踏み込んでしまったことを自覚しつつも、イワンは思わず正直に言ってしまった。当然、「変態(ロリコン)」と冗談交じりに罵られたものの、全く否定できずにバツの悪そうな表情をするばかりだった。

 

「じゃあ、少し横になりなさいな。心だけじゃなくて、体も休まなきゃね」

 

 ポンポンと自分の膝を叩くキシリアに促されるまま、頭を置いてイワンは目を閉じると、クシャ、とその髪を撫でられた。

 

「……明日も早いんでしょう?」

 

 次も、その次も……本当の意味で休める日は、ずっと遠いけれど。

 

「今は……ゆっくり休んでね」

「ああ……休んだ分、頑張るさ」

 

 この温もりを、この感情を決して失いたくないと願うから。

 何時までも、やがてくる自然な終わりの日まで、続けたいと願うから。

 

“──だからこそ、失敗の二文字は許されない”

 

 宇宙世紀〇〇六八年となる今年、正史においてジオン・ズム・ダイクンは死亡する。腹心たる筈のザビ家の手にかかりながら、後にムンゾの舵取りを担う正当後継者としてザビ家はこの国を統治するのだ。

 そう、それはこの世界でも変わらない。その()()()()は、不動のもので在らねばならない。

 

 ──全ては祖国の為、国民の為に。

 

 愛する者達の安寧の為にこそ、ダイクンとその信奉者……否、政治家を気取り、国を破滅に導く宗教家共を廃するのだ。

 

“ジオン・ズム・ダイクン、ジンバ・ラル、そして……ローゼルシア”

 

 お前達の役目は既にない。己の信じる宗教と共に、殉教者として消えて行け。

 

 

     ◇

 

 

 イワン・ヨークが、そしてザビ家やマクシムが何故ここまでダイクンを危険視したか。

 それを知るには、後にジオン主義(ジオニズム)と称されるダイクンの『宗教』を語らねばならない。

 

 この世界において宇宙植民地(スペースコロニー)に暮らす者たちは、その名が示す通り植民地人に他ならず、口さがなく言えば増え過ぎた人口を地球から間引く為に、宇宙という広大なゴミ捨て場に放り出された『棄民』に過ぎなかった。

 無論、宇宙に経済基盤を確立すべく動いた資産家や起業家も居ないではなかったが、そうした者達は飽くまでごく例外であったと見做し、ここでは除外していい存在だ。

 

 本来であれば、宇宙移民(スペースノイド)など地球圏に生きる特権を有した者たちにとって宇宙塵(デブリ)に等しく、宇宙移民(スペースノイド)自身でさえ、それを心の奥底では事実として受け入れざるを得なかった。

 だが、宇宙に投棄され、棄民としての自覚を有していた第一世代から時を経るにつれ、植民地(コロニー)に暮らすことを当然の生活として順応してきた世代には、最早自分達が棄民なのだという自覚を喪失しつつあった。

 

 そして、彼ら宇宙移民(スペースノイド)の一般階級が地球に降り立つ機会が皆無となった世代、彼らの中には『地球聖地主義(エレズム)』という宗教が芽を出していた。

 人類発祥の聖地たる地球は、その環境を汚染する人の手から解き放ち、永遠に遺さねばならないという母なる青き星への礼賛と敬服、そして神聖化を謳うこの宗教は、地球に留まり、特権を欲しいままにする者達への反骨心もあったのやもしれない。

 とはいえ、どれだけ棄民(スペースノイド)が盲信しようと、所詮は棄民の新興宗教。まつろわぬ民の祈りに力などあろう筈もなく、弱者の慰撫に過ぎないと地球居住者(アースノイド)に嘲笑されるだけのものでしかなかったそれはしかし、ジオン・ズム・ダイクンという政治思想家を中心として、確かな価値を見出された。

 

 コロニー出身者に浸透しつつあった『地球聖地主義(エレズム)』と、各サイドで徐々に声が大きくなっていた『自治権要求運動』……そこにダイクンは、人類の進化という壮大に過ぎる主張を加えたのである。

 人類は革新し得る──重力という縛鎖から解き放たれ、宇宙という新しい環境を得たヒトという種はその環境に適合し、新たなステージへと至るだろうと。

 争い合い、憎み合う歴史を連綿と重ねてきた人類。分かり合えぬことを当然としてきた人類は、地球という母の庇護に甘え、目を開かずにいる。

 全ての人類は宇宙へと巣立ち、新たな時代を築くのだというその主張は、棄民たる宇宙移民(スペースノイド)の魂を揺さぶるには十分過ぎるものだった。

 

 我々は弱者でなく、敗者でなく、食い潰され、隷属するだけの奴隷ではないのだと。

 地球居住者(アースノイド)こそ重力に囚われた存在であり、人は宇宙(そら)を目指すことこそ正しいのだと。

 地球聖地主義(エレズム)の理念に従い、全ての人類が宇宙で生きるなら、そこに最早確執は生まれ得ない。誰もが母なる地球を見つめ、共に発展していくのだというその『宗教』はしかし、見方を変えれば数多の劇物を含んでいる。

 

 考えても見るがいい。全ての人類を宇宙(そら)に上げるということは、母なる星に存在していた地球連邦政府の解体を、特権階級の廃絶を主張しているのと同義ではないか?

 サイド国家主義思想(コントリズム)とは即ち、「隷属になど甘んじぬ」という地球連邦への敵対を旗幟鮮明とするものではないのか?

 ジオン・ズム・ダイクンの思想は、人類の革新というその宗教は()()()側面を見るならば、圧政からの解放と、支配者の打倒を宣言するに等しいものだということは決して否定できず、要は宗教によって糊塗された『分離主義運動』以外の何物でもないのである。

 

 仮初の自治権を認められたムンゾは、未だ地球連邦からの経済制裁を課せられ、その動向は駐留軍によって常に監視されている。

 しかし、名目のものでしかないとは言え独立は独立であり、その機運はダイクンという教祖によって各サイドに着実に伝播しつつあった。

 

 もしも、その主張をダイクンが生涯続けるのならば──より過激な、革新的な主張を重ね、連邦政府に看過できないと見做されてしまえば?

 

 答えは語るまでもない。ここまで未来の知識を有するイワンが、そして現実主義者にして真の政治家であったデギンやマクシムが危惧し続けていたという時点で、最悪の結末は誰の目にも明らかだ。

 

 そして今日──ジオン・ズム・ダイクンは議長として重要演説を議事堂で行うことが大々的に報じられた。これがコロニー社会に、そして地球圏に住まう全ての者たちに一石を投じるのだと誰もが理解するには十分であり、だからこそ現実を知る者たちは迷わなかった。

 

「ぐ──あっ、アァぁっ…………!?」

 

 心臓を抑え、もがき苦しみながら壇上に上体を横たえたダイクンと、騒然とする議会。

 

「担架だ! 直ちに搬送せよ……!」

 

 混迷の坩堝となった空間に、警備責任者たる保安隊長が声を張り上げた。

 

 

     ◇

 

 

「副議長閣下、何処へ!?」

「首相にはラルめが付いておる! アストライア様達をお迎えせねばなるまい!」

 

 危険だと訴える保安隊員に、しかしデギンは静止を振り切る形で飛び出せば、そこには議会の外縁部を任されていたイワンが、装甲車で周囲を囲み厳戒態勢を取っていた。

 

「イワン!? 貴様が任に就いていながらどういうことだ!?」

「お叱りは後ほど甘んじて! ですが、誓って外縁部の警護に穴はありません!」

「副議長閣下! 今は……」

 

 保安隊の中でも、身辺警護を担っていた隊員がそのように嗜めると、デギンは声を震わせて歯噛みした。

 

「くぅ……! イワン! 議員の警護に部隊を割けるな!? 議員は一目散に病院へと向かったが、アストライア様達の安否はどうなっておる!?」

「既に手を回しております! 副議長閣下は……」

「儂はアストライア様達の傍らに寄る! 支度せよ!」

 

 

     ◇

 

 

 危篤の報を受け、ダイクンの実子たる長男キャスバル、長女アルテイシアの肩を抱きつつ、二人の子の間に立ったアストライアは、傍に侍るデギンに案内される形で議員らが左右に分たれて整列する中を進んだ。

 物言わず、眠り続けるダイクン──その意味を知った瞬間、アルテイシアの慟哭が響き渡った。

 

 

     ◇

 

 

 休憩室の一角にて、デギンは俯くアストライアとその家族に一言も発さず、しかし心中を察してか、寄り添うことを止めなかった。

 

「ありがとうございます……副議長閣下」

「いえ……常日頃より、いざという時はアストライア様とお子様達を頼むと仰せつかっておりました。たとえ意見の食い違いが議会であったとて、それは互いに信念があってのこと。首相との友誼を捨てた訳ではございません。時に、ジンバ。首相はアストライア様達に何かお言葉を遺されたか?」

 

 ザビ派とは敵対していた改革派において、序列ではダイクンの次に値するジンバ・ラルは、額の汗を拭きつつ、淀みがちに声を漏らした。

 

「わ、私にもアストライア様達を宜しくと……そして、私に後事を託されました。お子様達のことばかりではなく……」

「……首相は、お前を後継者に任じたというのだな?」

「副議長閣下、ラル議員のお言葉は確かです」

 

 そう進言するのは、誰よりも先んじてダイクンの緊急搬送を整えた保安隊長であり、その他にも幾人か同意する声が保安隊員から上がった。

 

「良かろう……ムンゾの為、過去の諍いは水に流す。が、今はアストライア様達を家に送りたい。政治の話は、追々としよう」

「あ、ああ……しかし、託された以上は私もご同行せねば……」

「次期首相が何を仰る。今はこの混乱を纏めて貰わねば、ムンゾは足場から崩れますぞ」

 

 汗を掻き続けるジンバを尻目に、デギンはアストレイア達と議事堂を去った。後継者争いをするまでもなく勝ち得た筈のジンバの表情は、しかし何処までも青ざめていた。

 




 なんだ! デギン様ってやっぱ良い人じゃん!(リハク・アイ)
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