宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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68 残る者にはご褒美を

「ご機嫌ですね、ノリス」

「これは……顔に出ておりましたか」

 

 ノリスは自身が仕えるサハリン家の姫君──アイナ・サハリンに礼を示しつつも、その相好は崩したままであることが、ノリスとアイナの関係性を如実に物語っていた。

 ノリスがそうであるように、公国軍に籍を置きつつも貴顕の、或いは主家の盾として一家に仕える人間というものは少なからず存在する。

 そうした者は、いざ主家に命じられれば軍組織よりそちらを優先することも有る訳だが、現役武官である以上、当然公国軍の裁可を得てからの異動となるし、煩雑な引継ぎも済ませておかねばならない。

 ただ、ノリスに関しては教官職として後方に身を置いていたことや、軍籍を有するサハリン家の供をすること自体は軍務の上でも差し支えないことから、異動に関しては驚くほどスムーズに運んだ。

 

「ギニアス様は、既に北米に?」

「はい、ロメオ閣下直々に歓待を受けたと報告されました」

 

 無邪気に朗報を語るアイナに対し、何とも言い難いノリスは苦笑を浮かべた。それというのもノリス自身は噂の類でなく、ガルシアの戦前の不品行の数々を直接目の当たりにしてきたからだ。

 

“ヨーク長官の采配を疑う訳ではないが……”

 

 あれほど人品骨柄(じんぴんこつがら)に卑しい男が、果たして本国で祭り上げられるような人間に変われるものかは半信半疑である。しかしながら、実績については文句のつけようがないのもまた事実。

 

“いや、考えあぐねた所で時間の浪費だな”

 

 万が一アイナに不埒な真似をしでかすような動きがあれば、その時は命に代えてでも守り、弾劾すれば良いだけのことなのだから。

 

 

     ◇

 

 

「これはサハリン嬢、よくぞ遠路遥々おいで下さった」

 

 実にお美しいなどとおべっかも使わず、かといって見事な肢体の稜線をいやらしい視線が這うこともない。

 見目こそノリスの知る粗野な男のままであったが、立ち居振る舞いをはじめ、中身は完全に別物であった。

 

「パッカード大佐も壮健で何よりだ。貴官の経験と精励は、前線を経験した北米将兵にとっても学ぶところは多いだろう。サハリン家の裁可を得てのことだが、是非この地でも若者達の教導を願いたい」

 

 わざわざ礼装用の白手袋を外した上で差し出されたガルシアの手を、ノリスはぎこちなく、目に見えて戸惑いがちに握った。

 本当にこれが()()ガルシア・ロメオなのか? 総帥府を思わせる執務室の内装と言い、全身から満ち溢れる武人としての気骨と言い、影武者ではないのかと疑いたくなったほどだ。

 

「……くくっ。顔に出ているぞ大佐? まぁ、俺自身こうも変わるとは思わなんだよ」

 

 不快感など微塵も見せぬ笑みで、握った手を引き込んで友愛を示すよう肩を叩きつつ、アイナに聞こえぬ声量でガルシアは囁く。

 お前が過去の俺をどういう目で見ていたかも、自分自身の至らなかったところも弁えている。その上で、今の俺を見てくれとガルシアは笑っているのだ。

 

 ……尤も。本当にガルシア・ロメオが堂々たる武人に生まれ変わった訳でないことは読者諸兄も既にご承知のことであろう。

 ガルシアの本心を赤裸々に語れば、思う存分アイナの瑞々しい肢体を舐め回したかったし、ノリスの口も豪快に塞いでしまいたかった。

 

 だが、斯様な軽挙妄動でこれまで積み上げた全てをぶち壊すほどガルシアも阿呆ではない。

 ガルマの信頼を勝ち得る為、戦後の栄達を不動のものとする為、今日まで培ってきた処世術と、厚さにすれば優に一〇センチは超える分厚い仮面を被って、理想の上司を演じて見せているに過ぎなかった。

 過去を知るノリスの口を封じ、同時にサハリン家の覚えめでたくする為にも、これが最適解であると確信したための行動であった。

 

「ささやかながら歓待の席を用意した。今夜は存分に楽しんでくれたまえよ」

 

 

     ◇

 

 

 絢爛豪華とは、まさにこのような場を言うのだろう。

 足が埋まるような絨毯に純銀の什器。思わず足を止めてしまいそうになる荘厳な絵画……贅に慣れ親しんだ貴顕さえ、眩さで目を潰してくれると言わんばかりの輝きに満たれた空間は、紛れもなく一級のそれである。

 創意工夫の数々を凝らし、職人の粋を極めての歓迎祝賀会であったが、サハリン兄妹やノリス、そして彼らに付き従う技術者一同にとってもこの光景は予想外だった。

 

「本国の宴かと見紛うようですわね……」

 

 北米の地に足を降ろしたことを疑いなくなってきたのは、口にしたアイナだけではない筈だ。

 人工象牙と金箔の額に飾られた、公王(ザビ)家一党の肖像画が調度の主役となるのは当然だろう。しかし、花瓶の磁器や什器、テーブルクロスに至るまで全てが公王家ご用達の印章が捺されたジオンの品で、それがバロック調のホールと完全な調和を果たしていた。

 テーブルには北米料理や現地の酒精も揃えていたが、それらは端役に過ぎず、メインとなる美酒美食全てもまた同様。

 奏でられる音色も既存のクラシックでなく本国の宮廷音楽家の作であり、楽団も本国から呼び寄せたのであろうことは、本国の演奏会で見知った顔ぶれが揃っていたことからも明らかだ。

 

「給仕も皆、本国の者ですな」

 

 ノリスにグラスを運んだ給仕には、目立たぬよう気を回しつつも、白の給仕服にも同色の刺繍をふんだんに入れるところに宇宙移民(スペースノイド)特有の自意識の高さが垣間見える。

 主役を盛り立て、陰に徹すべき給仕の装いとしては自己主張が強過ぎるが、それをさも当然のように着こなしている様や、ジオン訛り特有の聞き違え易い幾つかのアクセントにも問題なく反応している点からして、地球居住者(アースノイド)でないことは明白だ。

 持て成される側としては、歓迎の席と称するには手抜きではあるまいかと感じもしたが、主催者たるガルシアに悪びれる様子はなく、心底上機嫌でシャンパン片手に寄ってきた。

 

「実に凛々しいお姿ですな、サハリン卿。アイナ嬢も今夜は一段とお美しい」

 

 将としての位は上だが、貴顕への礼を込めて慇懃に腰を折るガルシアには爵位持ちに対する卑屈さもなければ、逆に司令官職にものを言わせた高圧的な雰囲気も感じさせない。

 何処までも自然体であり、それがこの場にとって最も相応しい所作であることを心得ているからこその振る舞いであった。

 

「偉大なる常勝将軍に、斯様な賛辞を賜りましたことは光栄の至りです」

 

 微笑を浮かべつつ軽くグラスを掲げたギニアスの返しが、本心かはノリスにも察することは出来なかった。

 心根を異なる感情で糊塗するのは貴顕として当然の技能であったし、このやり取りとて本国で幾度も行う社交儀礼の一つに過ぎなかったからだ。

 

「そう面と向かって言われては面映ゆいものですな……さて。そろそろ、曲も切り替わる頃です」

 

“やはり人というものは、そう簡単に変わるものではなかったのだな”

 

 ガルシアの末尾の言葉に、ノリスは表情を固くした。

 昼に見た礼装用の白手袋も今は無く、毛深く太い指が毒蜘蛛のようにアイナの肌を這い回る事など想像したくもなかったが、礼節に則った相手を、ましてや北米総司令官の誘いを断るなどと言うのは非礼が過ぎる。

 それでも不興を買うことを恐れず、お加減が優れぬようですのでと一時退席させる為の月並みな言い訳が口から出ようとしたが、ノリスが身を挺して守るより先に、東洋系の精悍な青年将校をガルシアが手招いた。

 

「我が北米方面軍きっての英雄、アマダ少佐です。アイナ様、数々の武功を打ち立てた若人への恩賞として、貴女様のお手を取る栄誉を与えてやって下さいませんか?」

 

 これにはノリスばかりか、ギニアスさえ軽く口を開けて思考に空隙を作った。常に「俺が俺が」と唯我に満ちていたあのガルシアが、部下の為に慎み深く腰を折って見せたのだ。

 

「シロー・アマダ少佐であります!」

 

 紹介されたシローも、根回しなど全くされていなかったのだろう。天上人の中将閣下が一佐官を労う為にここまでしたとなれば、余程面の皮が厚くもない限りこうもなろういうもの。

 基礎訓練すら終えていない訓練兵の如く全身を強張らせていたが、しかし紹介されたシローはそうした初々しさとは裏腹に、確かにガルシアが推すに足る前線武官であった。

 

 第三種戦闘服のマントの下から覗くMSパイロット徽章は言うに及ばず、取得条件が厳しく設定されている功労章は、北米という安定した地でありながらも、長らく連邦勢力圏との境界たる南米方面の最前線に身を置き続けたことを証明している。

 何より左肋に燦然と輝く二級ジオン十字勲章を目にすれば、古強者のノリスをして“彼は英雄なのだ”と感嘆の吐息を漏らさずにはいられなかった。

 

「ふふっ」

 

 男ならば、誰もが一度はこのような女性と一夜を過ごしてみたいと思い耽る違いない。アイナの微笑みは朝露に塗れた華のように瑞々しく、目も眩むような美しさだった。

 前奏に合わせてドレスの端をつまみ、優雅な一礼(カーテシー)をして見せたアイナに目を奪われつつも、お相手として認められたシローは紳士としての一礼してから恭しくお手を取り、ゆっくりとホールの中央へと進み出る。

 それを見送るガルシアは、見目麗しい婦人が去っていく事に何の未練もないのだろう。細まる目元と緩んだ口元は、何処までも満足そうであった。

 

 

     ◇

 

 

「サハリン卿らには目新しさのない宴だろうが、どうか許してくれまいか?」

「……これは、ガルマ殿下!?」

 

 本来ならば儀仗隊と楽団によって到来を告げねばならない王族が、人目を憚るように近く寄ったのだから、ギニアスの驚きも当然であろう。

 踵を打ち合わせて最敬礼を捧ぐノリスにも「よい」と軽く手を振る事で、この場が無礼講のものである事を雄弁に示してガルマは続けた。

 

「本来は卿らの歓迎の席であるが、ロメオ将軍はそれを出汁にしてね。この席の真の主役は、この地に残り続ける将兵なのだ」

 

 北米支配が盤石となって久しく、侵攻初期からの人員は既に多くが勤務を交代し、培った経験を各サイドや本国で教授して居るものの、替えの利かぬ者や前線に留まる事を選択した者たちは少なからず存在した。

 

「ここに集う者は、皆帰る事が出来たのに残った者だ」

 

 天涯孤独の者も居るが、多くは故郷に家族を残し、それでも連邦からの解放と勝利を希求するが為に、或いは己の職責故に残らざるを得なかった者たちなのである。

 

「本心では、誰もが帰りたいと思っている」

 

 故郷の味も、音色も、景色も、全てが愛おしい。だが、今は買ってでも無理をせねばならないからと、誰もが口にせず心に蓋をして働いてきた。望郷の念に駆られながら、独立の悲願を達成したいがために。

 

「そうした将兵に報いる為に、ロメオ将軍は今日まで動き続けてくれたのだ」

 

 多忙な軍務、地元有力者との折衝、挙げれば切りのない分刻みの生活の中、それでも微に入り細を穿ち、一切の妥協なく趣向の数々を凝らして見せた。

 

「食や人間ばかりでない。女性軍人や軍属のご婦人方のドレスさえ、被服費の名目で通したほどだ」

 

 当然本国からは渋い顔をされたが、ガルシアは全く動じなかった。足が出た分に関しては、自腹さえ切って見せた。

 そんなガルシアの親心に心打たれガルマは、内密に事情を綴った書状を本国宛に認めたが、ガルシア本人は追加された被服費を懐に収める真似はせず、その分を女達のドレスの質を上げることに注ぎ込んでしまったほどだ。

 

「『花盛りの女達が香水でなく、土埃に塗れる日々を送ったのだ。着飾る機会くらい与えねば、男が廃るではないか』とね」

「……そこまで」

 

 そう。そこまでしたのだ。そこまでするだけの価値があり、そこまでする義務があると信じるからこそ、ガルシアは今日という日に全ての時間を割いたのだ。

 見るがいい、あの満ち足りたガルシアの表情を。

 中央で踊るシローとアイナばかりでない。

 誰もが心から華やぎ過ごす様を、慈愛の眼差しで見守る姿を。

 戦前は公然と唾棄されてきた男が、かつての不逞の歳月を取り戻して余りあるほどの義徳を示している様を。

 

「人とは……、斯くも変われるものなのですな」

「私は今の将軍しか知らぬ身だ。しかし、大佐がそのような顔をしてしまうほどには、褒められた人でなかったのだろうな」

 

 苦笑しつつグラスを傾けたガルマに、ノリスは羞恥と罪悪感の入り混じった表情で顔を伏せた。上官に対する礼節を保ちつつも、本心では警戒と軽蔑が入り混じった我が身を、先入観から本当の姿を見る事の出来なかった我が身を恥じるしかなかったからだ。

 それも、あろうことか公王家の末弟直々に諭されるなどとは、恥の上塗りではないか。

 

「将軍には、後ほど謝罪に参ります」

「無用だろう。謝罪を受け取るたびに、ロメオ将軍は自分を恥じていたからな」

 

 ただ見直してくれたなら。これからは変わった自分を受け入れてくれたならば、それで良いという男であったのを、何度もガルマは間近で見てきたから。

 そんな上官だからこそ、間近で学び続けたいとガルマ・ザビは強く想い続けてきたのだから。

 

 

    ◇

 

 

「ずっと壁の花じゃ折角の美人が台無しよ?」

「そう言われても……」

 

 場違いに過ぎる、と言いたいのは女性MSパイロットを主軸に構成されたMS部隊、ノイジー・フェアリー隊隊員ヘレナ・ヘーゲル曹長だ。

 元が孤児であった為にドレスなど生まれてこの方縁がなかったのもあるし、このような催しに相応しい礼節も当然ながら身につけてもいない。

 どれだけ見目を褒めそやされたところで、すぐにメッキが剥げ墜ちるに決まっているのだから、目立たずにいたかったのだ。

 

「前線では堂々としてるのに、困った子ねぇ……」

 

 ノイジーフェアリー隊隊長たるキリー・ギャレット少佐はそのように苦笑するが、彼女自身は第三種戦闘服である。

 自前のドレスもなくはないのだが、このような催しの場だからこそ、他部隊との顔合わせや詰めるべき話もあると見越して軍衣を纏っていた。

 ただ、主催者であるガルシアは開始のスピーチにあって「今日ばかりは仕事など忘れてしまえ!」とグラスを掲げて大笑し、その一言で終わらせてしまっただけに、軍服が却って浮く結果になってしまったが。

 

“幾ら何でも、ここまで変わるとは思わないじゃない、普通”

 

 被服費を名目に、女達にドレスを買い与えると聞いてカタログを寄越された時などは、どのような下心があるのかと鼻白んでいたものだが、カタログに掲載されていたドレスはその全てが公国の最新モードであったし、キリーからしてもセンスの良いものばかりであったから一層に驚いたものである。

 しかもそれをした当人はと言えば女達を視線で舐め回しもせず、心底楽し気に会場を眺めるばかりだから、ガルシアの過去を知るキリーも驚愕で顎が外れるかと思ったほどだ。

 

「いい機会なんだから、若くて優しそうな人と踊って貰いなさいな。分からなくたって、殿方はちゃんとリードしてくれるわよ?」

 

 言いつつ強引に部下を押し出してやれば、すぐに男共が群がって声をかけてきた。一部始終を盗み聞きしつつ出方を伺っていた輩だろうが、そこを込みでヘレナと会話していたのだ。

 ヘレナが素人だとしても、手取り足取り優しく教えてくれるだろう。

 

「隊長も踊りませんか!?」

「あらあら、殿方なんて幾らでもいるでしょうに」

 

 リリア・フローベール中尉……ノイジーフェアリー隊内どころか、北米方面軍の中でも指折りと称していいエースであり、今月には三級ジオン十字勲章をガルマから賜った女性エースの顔である。

 軍内では男女の性差による扱いは厳に戒められてはいるものの、それでも女であることの好奇の視線や軽薄な扱いに鬱積した感情を抱いており、初めはそうした面が彼女を卑屈にさせていたのであるが、今ではこの通り、晴れやかな面持ちでキリーの手を引いている。

 

「こら、よさんかフローベール中尉」

「いいのよ。折角の無礼講なんだから、楽しまなくちゃね」

 

 副隊長(バルバラ・ハハリ)の苦言を笑って許しつつ「お手をどうぞ、素敵なお嬢様」とリリアに手を伸ばす。

 キリー自身背が高く、ダンスの男役は何度か経験したこともあるから、そこまで苦ではない。なにより、この愛らしい部下が張り切っているのだから、日頃の労をねぎらう上でも、乗ってやらなくてはならないだろう。

 

「バルハラも踊りなさいな。我らが北米司令官閣下からの、とっておきのお持て成しなんだから」

 

 

     ◇

 

 

 ここで終われたのならば、我らがガルシア・ロメオ将軍の懐の深さを感服するばかりであっただろうが、当たり前だがそんな訳がない。

 建物以外の全てをジオンの様式で揃えたのは、地球居住者(アースノイド)を毛嫌いしているからだ。

 女達にドレスを買い与えてやったのも、折角の催しで本国の年増が着るような北米のドレスや、どれだけ華美であろうがお仕着せの軍服ばかりを見たくなかったからだ。

 さっさと本国に帰り、本国の空気を満喫したくて堪らなくなっていたガルシアにとって、前線に留まる将兵を労っての催しというのはこれ以上ない口実であった。

 どれだけ金を注ぎ込もうが苦労を買おうが、自分と同じく内心では帰りたがっている将兵からは確実に株が上がると踏んでの事であったし、それが大成功したことは、周囲を見渡せば確信には十分だ。

 

“全く笑いが止まらんわい!!”

 

 酒も料理も葉巻も最高で、何もかもが自分にとっての宴だというのに、どいつもこいつも勝手に勘違いして持ち上げてくれているのである。

 そりゃあ思わず笑い転げたくなるのも当然であろう。

 

“もっとだ! もっと俺様を敬い持ち上げろ! 崇め奉りつつ声を大にして、俺様の美談を本国に届けるのだぞぅ…………!!”

 

 今日という日ほど酒が美味い日は、一週間戦争の戦勝式典ですらなかった。

 皆の司令官として泰然した姿を示し続けねばならない以上、酔い潰れる訳には行かないが、それでも場の空気がこれ以上ないほどガルシアを酔わせてくれる。

 加え、これまでは本命ばかりと踊り明かすか、社交故に最低限の挨拶で済ませていた女達が、嫌な顔一つせずガルシアをダンスに誘ってくるのだ。

 身から出た錆でしかないが、本国では将官の地位と金目当てに粉をかける女しか寄って来なかったというのに、今では尊敬の念で見つめ、意中の相手と共にするように身を預けては、去り際にも心からの感謝と共に一礼して去って行くのである。

 軍人であるために肉付きこそやや角ばっているが、それでも厭味ったらしい北米女とは雲泥の差であるし、瑞々しい齢に相応しいドレスの女が選り取り見取りと来た。

 女達が愛想からでなく、感謝の念と共にしなだれかかってくる度に鼻の穴をひくつかせ、スケベ親父特有の締まりのない下品なにやけ面を浮かべてしまいそうになったものだが、流石にそこは北米に来てから鍛え続けた面の皮の厚さで乗り切っていた。

 

“我が世の春よなぁ……。これ、毎月やれんかな……?”

 

 前線将兵への謝恩にかこつけての催しである以上、流石に無理だとは分かっていても、そう思わずにはいられないガルシアであった。

 人がそう簡単に変われれば苦労はないという、好例にして悪例の見本のような男であった。

 

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