宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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 編集長を書くときにはめっちゃ筆が進む不具合


69 斯くて劇の幕は上がる

 アプサラス計画を主導するスタッフの歓迎祝賀会──という名目の上で行われた北米将兵の謝恩会──から、はや半月。

 北米総司令部の執務室で、ジオニズム様式溢れる大仰な肘掛け椅子に腰かけるガルシアは、報告書に目を通していた。

 煩雑な書類を流し読みしている訳ではない。

 過去にも語ったが、ガルシアは決して勤勉な性質でないと自覚こそしていても、同時に自分は詐欺師の類でないと断じていたし──実際の力量はどうあれ──公国将帥の中でも最高峰の名将であると自負していたからだ。

 

“アプサラス計画は膠着した戦況を流動……いや、打破する切り札足り得る”

 

 突撃機動軍の支配域外への攻撃は、現状マスドライバーによる散発的な攻撃と、特殊部隊による限定的な破壊工作に止まっている。

 MS(モビルスーツ)によって圧倒的な軍事的アドバンテージを確保しているとはいえ、最終的に()()を言うのは土地を制圧した後々も、実効支配域を公国が管理運営できるだけの人的資源であり、詰まるところ物量が必要不可欠なのだが……。

 

“歯痒いことに今の戦力じゃあ、どれだけ搔き集めた所でこれ以上旧先進国領を手中に収めることは出来んのだよなぁ”

 

 しかし、その反面、兵士を賄うための物的状況は常に万全の状態にあった。

 軍首脳部が無駄な伸張を画策せず、将兵の温存を第一にしているからこその余裕だ。仮に今この瞬間から、突撃機動軍が孤立無援の状況に置かれたとしても、向こう数ヶ月の猶予はある。切り詰めれば、半年持ち堪えることもできるだろう。

 

“ヒープ将軍には、心から感謝だな”

 

 ユライア・ヒープ少将はマ・クベと同じ輜重科上がりの将軍だが、かの欧州方面軍司令官と異なり、鼻につくところがない好漢であること。

 仕事に対して誠実である点などから、ガルシアにしては珍しいことに、将官としての席次を争う間柄にありながら、素直に評価できる人材であった。

 無論それは、生き残りさえすれば戦後は凱旋将軍として君臨し、ジオン勲功大章を得られる以上、ユライアがガルシアの後塵を拝することが確定しているという余裕と優越感から来る正当評価でもあったのだが。

 ともあれユライアが遺漏なく宇宙要塞(ソロモン)から地球に物資を供給してくれている以上、そちらに関しては抜かりはない。

 

“とはいえ戦いは数よ。寡兵にも拘わらず伸張を画策するなんぞ、蛮勇以前の無謀でしかないわい”

 

 各サイドから動員された義勇(志願)兵の即席栽培自体は成功し、数の上でこそ我が軍の人的資源は徐々に充足しつつあるものの、だからと言って前線の兵力が増大したかと問われれば否である。

 

義勇兵(ごくつぶし)がようやく使い物になったのだ。これからは一滴でも公国国民の出血を減らして貰わんとな”

 

 宇宙移民(スペースノイド)独立の為に、独力で血を流してきた公国軍将兵を一人でも多く宇宙か、可能なら本国に送り返し、他サイドの人員と入れ替えることの必要性というものは、イワンから説明されるまでもなくガルシアは理解できていた。

 肉の壁と言えば聞こえは悪いが、全ての宇宙移民(スペースノイド)が一致団結して臨むべき敵を前に、代価も払わぬまま後ろで安穏と過ごすような真似を他サイドにさせる気は毛頭ない。

 金も装備も時間も与えた。名誉と死の契約書にサインしたのも彼ら自身だ。存分に役立って貰わねば、採算が取れないではないか。

 

“戦後経済を考えるのであれば軍縮は当然として、動員された若年層を可能な限り生かしておくのは必要不可欠。一将功成りて万骨枯るではないが、『勝った』という結果だけが慰めになる戦後なんぞ糞喰らえよ”

 

『勝ちはしましたが、人も金も戦争で底を尽きました』という未来だけは避けねばならない。

 イワンもザビ家も功には必ず報いてくれるが、それも国庫という元手有っての話。

 戦後の為に力を蓄えた上で勝利し、覇権国家として君臨した公国を、連邦からとことん搾り取った甘い汁で漬け込んでやれれば、ガルシアもそのおこぼれに存分にあやかれよう。

 勝利の先を見据えて動くことは、未来の自分に利益が還元されることに繋がる以上、労を惜しむつもりはない。

 

“ただ勝つだけじゃなく、祖国の行く末まで見通して動かにゃならんとは……全く、俺様のように有能な人間と言うのは、抱える苦労も人一倍よなぁ”

 

 自画自賛に耽るガルシアは確かに一将軍としては遺漏なく仕事をこなしているが、サスロ辺りが耳にすれば「マ・クベに比べれば貴様の仕事など子供の使いだ」と内心毒づいただろう。

 確かに仕事は果たしているが、何もかもこちらのお膳立てであったことは忘れてくれるなと苦言を呈したくなるに違いない。

 とはいえ、そこを全て己の力量と過信して疑わぬのが、ガルシアという男であるのだが。

 

“しかし、あの怪物(イワン・ヨーク)が推すだけあって見事なもんだわい”

 

 アプサラス計画──膠着した戦局を動かすための一手として、イワン直々に認めた秘密軍事計画だが、内容そのものは至極単純である。

 

“山をも穿つメガ粒子砲を搭載した大型機動兵器(モビルアーマー)を用い、南米の地下深くに引っ込んだ連邦軍総司令部(ジャブロー)を地表から岩盤諸共ぶち抜いて焼き払う、か。

 南極条約によって核と化学兵器搭載型のICBMが禁止された現状にあって、アプサラスはそれに代替する新兵器という訳だ”

 

 成層圏から地表に降下。メガ粒子砲によってジャブローを攻撃後、再度成層圏へと離脱する一撃離脱をコンセプトにした戦略奇襲兵器たる〈アプサラス〉の開発と量産。

 最終的にはジャブロー攻略を皮切りに、地球圏全域を破壊し得ることを誇示した上で連邦政府に降伏を迫る──場合によっては根絶やしにする──こと。

 それこそが、アプサラス計画の全容である。

 

“一見突飛に思えるが、こりゃあルウム戦役のソーラレイと同じやり口だな”

 

 段々とであるが、イワンという男の頭の中が理解出来てきた。

 確かに怪物に相応しい英知と先見の明を有してはいるが、やってきたこと、やろうとしていることは単純明快だ。

 数で劣るのであれば、相手の数を一方的に減らせばいい。

 相手が手出し出来ないほど、より遠くから。より強力な兵器を用いてそれを行うというのは、子供でも分かる理屈だった。

 

“ソーラレイやアプサラスだけのことではない。MS(モビルスーツ)やミノフスキー粒子もまた、その延長線にあったのだな”

 

 手札を隠し、決して敵に対策させず、いざという局面でカードを切ることで一方的に叩き潰す。

 今日までの連戦連勝の秘訣はそこにあったのだ。

 

“……くくっ、なんじゃい。俺様も怪物に手が届くではないか”

 

 これまで一方的に格上と見做し、畏れ続けてきたイワンの英知に触れたことで、ガルシアは俺もまた奴に匹敵し得る最高の将なのだと確信したが、これは誤解である。

 何しろイワンという男はこれまで再三語ってきた通り、未来知識を除いてしまえば、将としてはやや優秀という程度。

 それこそガルシアの一段か二段上という程度の、決して歴史に名を残す名将という類ではない。

 だが、だからこそ。たゆまぬ努力さえ重ねてしまえばガルシアにも手が届く程度には近しいからこそ、レンズのピントを合わせるようにガルシアにははっきり見えた。

 それは北米に降りてから、否が応でも方面軍司令官として勤勉であらねばならなかった分、思考が磨かれているのもあるのだろう。

 それ故に、ガルシアは思い至るのだ。「……だとしても、妙だな」と。

 

“現時点でも、やろうと思えば連邦には勝てる筈だ。だというのにここまで徹底するヨーク長官の根底には、間違いなく連邦への恐れがある”

 

 ガルシアがイワンを恐れるように、イワンは連邦を恐れている。

 畏れ続けてきたからこそ、こうも慎重に動く。次々と新しい兵器を投入し、対策を打たせない事を念頭に置き続けている。

 

“ルウムでもアフリカでも、そしてアプサラスもそうだが、用いる手段は常に奇襲・奇策か……真っ向勝負だけは、何としても避けたいのだな”

 

 公国と連邦の国力差については、無論ガルシアとて承知している。戦後経済を考えずとも、長期戦による国家負担と、何より連邦将兵が経験を積んで育つことは危惧せねばならないことも。

 

“或いは、ヨーク長官は俺の知り得ていない何かを知っているのか?”

 

 自分達の優勢を覆しかねない一手。そこを予知しているからこそ、敢えてアプサラスという決戦兵器の製造に着手したのか……?

 

“考えろ、考えるのだガルシア。貴様は怪物の思考に指をかけた。もし俺様が奴ならば、奴の立場から見て、動くならどうする? 奴はここまでどんな道筋を辿って来た?”

 

 一週間戦争の完全勝利。地球降下作戦と北米・欧州侵攻の大成功。

 アフリカは結果だけ見れば痛み分けだが、戦後を見据えるなら黒字……。

 この上なく、これ以上ないほど公国は上手くやってきている。これほどまで赫々たる軍事的成功は、古今の戦史を見渡せど有り得ないとさえ言っていい偉業の筈だ。

 

“だが、何だ? 何が引っ掛かっている? いいや逆だ、俺はどっかで引っかかる何かを覚えた筈だ”

 

 例の『箱』とやらか? いいや、あれが政治の道具であるのはサスロ機関の動きや、ガルシア自身への指図からも明白。軍事面で問題視する代物ではない。

 

“複雑に考え過ぎるなよ、こういうのは案外シンプルなもんだ”

 

 重ね続けた勝利。新兵器の数々と、育ちつつある義勇兵……二年、いいや一年もすれば国庫にかかる負担はさておき、兵数は確実に逆転し、公国軍の勝利は不動となる。

 

“つまり、連邦が狙うのは短期間での一発逆転……各サイドでのテロが頻発しているというが、それか……?”

 

 だが、どうにも弱い気がする。月と各サイドで頻発する同時多発テロは確かに痛いが、戦争を終結させ得るほどのダメージを公国に与えることはできなかったからだ。

 

“総帥とヨーク長官が同時に死んだ日にゃぁ、流石の公国も総崩れになろうが、どっちかが残りさえすりゃあ安泰よ”

 

 むしろ、殺せば多少痛いという程度の末端から先に手をかけた為に、公国において最も危険な二名を警戒させたのは悪手以外の何物でもない。

 

“そういう意味じゃぁ、連邦の失敗は嬉しいもんよな。斬首戦術ってのは、一撃で根こそぎ刈り取らにゃならんというのに、奴らは勝手にしくじりおったのだから”

 

 確かに公国指導者の層は薄いが、再起の時間を与えるようでは駄目なのだ。どれだけ深手であったとしても、即死でなければ外科手術で対応できる。

 未だティターンズによる小規模テロは相次いでいるが、連邦は決定打を欠いている状態だ。

 

“本格的な対テロ即応部隊も親衛隊が組織してしまっている点からしても、対策を取る猶予を与えちまった連邦が、ここからどう挽回するか……”

 

 ただ、テロによる斬首戦術という方向性は間違っていないとも感じている。純軍事的な面以外で状況を覆すなら、それしか思いつかないからだ。

 

“考えを変えろ。怪物でも、俺様()()こいつは頭を抱えるだろうという問題……、厄介の種は何だ?”

 

 これをされては痛い、苦しいという部分を突くことこそ戦いの基本にある。

 ならば全軍を見通せる位置にあるイワンが、最も弱いと自覚し、悟らせぬようしているのは何処だ?

 理想的な統治を築いてきたジオン公国にとって、最大の弱点は何処にある?

 

“一つは言うまでもなく少ない人口だが、こいつはサスロ殿下の手腕で克服しつつあるしなぁ……”

 

 思考に埋没し過ぎぬよう、袋小路に陥らぬよう、紙煙草に火を点けて一服する。深々と吸い込んだ紫煙を吐き出し、目で追うこと数秒。

 ニコチンとタール、口内に拡がる甘美な、しかし人体には有害な味を愉しんだのも束の間、灰皿に煙草を置いた手が震え出した。

 

“待て……、待て、それは待てっ!?”

 

 慌てて口元に煙草を持って来る。今度は味や辛さも気にせず一気に吸い込んだ。

 

“だから本国は市街地戦の専門家(グレーデン)を要求したのか……!? だから、お坊ちゃん(ガルマ)とイセリナとの色恋沙汰の時に、ヨーク長官は俺に顔を見せられなかったのか!?”

 

 糞っ! と苛立ち紛れに煙草を揉み消した。

 嗚呼、糞、糞、糞! 全ての点と線が繋がった。そして性質が悪いのが、取り除くべき脅威を、自分達が重宝してしまっているということだ。

 ガルシア自身、ユライアの奴を認めてしまっていたように。ユライアもまた、それが自分達の首を繋ぐと自覚しているからこその勤勉さだったのだろう。

 

“俺達の敵は連邦()()じゃあ無かった! 真に警戒すべきは()()だった!!”

 

 どうして思い至れなかった? 何故、全ての勝利が完璧だと信じて疑わなかった?

 

“サスロ殿下も言っていたではないか。その時が来れば俺に期待すると! アルテイシア様というダイクンの血を警戒していたではないか!?”

 

 あれはガルシアに対する、遠回しのメッセージでもあったのかもしれない。

 身中の虫を警戒し、目を光らせろという思惑有ってのことだったのやもしれない。

 

“落ち着け、まだ本国に大きな動きは無い。手遅れではない筈だ”

 

 軍人として自軍の勝利しか見て来ず浮かれ調子であったことを、今回ばかりはガルシアも恥じると同時、最善を尽くすべく卓上電話を掴み取った。

 

「大至急親衛隊を搔き集めろ! ガルマ殿下の護衛も含めて、ここに来れる奴は全員だ! 殿下にも直々に耳に入れて貰う!」

 

 一方的に捲し立てて通話を打ち切る。拭えもしない汗が、ぼたりと机に落ちた。

 

“最悪の敵は、ダイクン派だ……!!”

 

 

     ◇

 

 

 有能であり、清廉潔白であるが故に手元に置き続けなければならなかった駒である旧ダイクン派。ガルシア自身ユライア・ヒープ少将の様な人材を認め、重宝してきたし、大なり小なり公国国民は皆ジオン主義者(ジオニスト)だ。ダイクンは既に神格化され、キャスバルも下野を表明している。

 ザビ家の統治自体も、立憲君主国家としてこの上なく機能している。不満を抱く要素など、何処にあるのかという話だ。

 

「その上で、旧ダイクン派が暴走すると閣下は仰るのですか?」

「ヨーク長官の警戒ぶりを考えれば、間違いあるまいよ」

 

 己こそを至高の名将と疑わぬガルシアも、イワンの名が持つ重みと実績はその上を行くと分かっているからこそ、敢えて引き合いに出す。

 己の言葉には半信半疑でも、怪物の方はそうでもなかろうと。あれが姿を眩ませるということは、間違いなく安全圏に退避したか、或いは誰かがそうさせたに違いない。

 ガルシアが総帥府の人間であっても、同じようにイワンが死なぬよう動いただろうから。

 

「全てのダイクン派がそうではあるまい。でなくばヨーク長官のことだ。さっさと粛清してしまえば丸く収まるのだからな」

 

 イワンが情だの過去の功だので、この手の取捨選択を間違える筈がない。

 ジンバ・ラルとローデルシア一派のように、残すこと自体が国家の害悪となる類は、全員終身刑か粛清の二択と相成ったことからも明らかだ。

 イワンとギレンがそれをせず、敢えて不穏分子を野放しにしているのはダイクン派の多くが有能な将兵であり、一方的に切り捨てるには惜しいと言うのもあるが、比較的穏当な手合いも一定数存在する事も弁えているからこそだろう。

 

「貴官ら親衛隊を呼集したのは、言うまでもないがザビ家に対する絶対的忠誠を買ってのことと同時に、勝手に動いてくれるなと釘を刺す為でもある。

 俺かサスロ機関の人間……或いはサスロ殿下直々に話を通し、その上で指示を待て」

 

 不穏な動きが見えたからとて、それを理由にダイクン派を一方的に射殺したり、略式の軍法裁判など開かれては北米を維持できなくなる。

 そうでなくとも、ダイクン派将兵をその誠実さから慕う者は多いのだ。悪名高いソ連邦の赤軍粛清のように、誰もかもを手にかける訳には決して行かない。

 

「ダイクン派の危険分子とて、公国の敗北までは望んでおるまい。ならば、我々は奴らの政治的な動きに歯止めをかけることで動きを封じる。

 ……計略そのものを頓挫させることが出来れば最善だが、前線ではそこまで望めんのでな」

 

 だとしても、目が届く範囲でのダイクン派同士の横の繋がりは完全に断つ。私信の類は現時点でも検閲しているが、今後は公用使に運ばせる機密書類も司令官権限で差し止めるしかないだろう。

 

「軍組織の風通しが悪くなるが、国家の浮沈を左右する一大事だ。背に腹は代えられん」

 

 錦の御旗(キャスバルとアルテイシア)を確保するか、或いは釣り餌しては駄目なのか? という案を口にする者は無かった。

 神聖なるダイクンの遺児に対し、余りにも不敬だからという理由からではない。

 対テロを名目として身柄を抑えるぐらいは既に本国もやっているだろう。何よりキャスバルもアルテイシアも、国民から絶大な支持を得ているザビ家の統治に不満を覚えてはいないのだ。

 

「ダイクン派が遺児を祭り上げるのは、ザビ家一党を始末してからとなるだろう」

 

 言いつつガルシアはガルマを見やる。おそらくだが、このお坊ちゃんの前線行きを認めた上で、ガルシアにつけたイワンはダイクン派のクーデターを織り込んでいた筈だ。

 

“だから俺に最高の人材と、ダイクン派の中でも比較的腹の読み易い人間を宛がったのだろうな”

 

 ガルシア自身が招聘した将校にもダイクン派は居るが、大物と言えるのはウォルター・カーティス大佐のみで、しかもカーティス大佐は現実が見える類の人間だ。

 

“カーティス大佐の麾下にあるMSエース……ヴィッシュ・ドナヒュー中尉と、麾下MS部隊は敵に回せば手強いだろうが、ドナヒュー中尉も中尉の麾下MS部隊も政治思想的には中立だ。クーデターなんぞにはまず乗らん”

 

 いざ反逆騒ぎが起きた時、カーティス大佐を逮捕しろと命じられればドナヒュー達は戸惑うかもしれないが、逆に言えばその程度。ガルマを弑さんと動くような手合いは、少なくとも北米には一人としていない筈だ。

 

「愛されておりますな、殿下。ザビ家一党もヨーク長官も、貴方だけは渦中に置きたくなかったと見えます」

 

 たとえクーデターが上手く行ったとしても。

 最悪の結果が重なり、サイド3そのものが破壊されるような事態に陥ったとしても、ガルマ・ザビだけは生き永らえる。皮肉なことに、後方より前線の方が安全な位置になってしまったという訳だ。

 

「……齢では、私より幼くなった姉上まで残っていながらか」

 

 一人だけ窮地から遠ざかったことが心苦しいのだろう。苦渋に満ちた表情を浮かべるガルマの肩に、ガルシアは労わるように手を置いた。

 

「それが王族の義務なのです。キシリア殿下は幼く、庇護すべきお方ですが、ヨーク家に嫁がれる以上、国の舵取りを担う位置にないお方でもあられます。

 ガルマ殿下。殿下こそジオン公国を託すべきであるとザビ家一党が認めたからこそ、殿下はここにおわすのです」

 

 ザビ家の血統と、ジオン公国の未来。その双方を永らえさせる為の保険として、ここに居ることを恥ずべきではない。

 むしろ、その双肩にかかる重みを受け止め、いざとなれば全ての宇宙移民(スペースノイド)を──否、人類全体の未来を担う為に立つ日が来るやもしれぬのだから。

 

“『こいつは外すな』と北米侵攻でヨーク長官が念を押した人材にゃあ、戦上手以外の軍官僚も一定数居たからなぁ……。

 軍需工場を筆頭とした生産施設も極力残すか修繕しとるし、最悪、北米に亡命政権でも作る気だったんじゃあるまいか?”

 

 それはそれで、中々に興が乗る未来である。

 

“そうなった日にぁ俺は間違いなく宰相位か、それに準ずる位置に繰り上がるが……”

 

 などと、邪な野心が一瞬鎌首をもたげたものの、そんな未来が来た日にはどうなるかと冷静に算盤を弾いた後、すぐさま内心で頭を振った。

 壊滅状態に陥った祖国の再建……ダイクン派の一掃は当然として、連邦相手の戦後処理の数々……。

 世界を弄玩し得るだけの実権を有することはできても、それを私欲に用いるだけの『余裕』が与えられるかと問われれば、間違いなく否だろう。

 

“十中八九、地位と名声以上の、割に合わん仕事が降りかかるな”

 

 一生涯を祖国再建に費やしたところで、何一つ我欲を満たせないまま、後継者に後事を託して天に召されることは間違いなかった。

 幾ら己の野心が天井知らずであると言っても、余計な苦労まで背負い込むのは馬鹿らしい。

 イワン然りギレン然り、面倒ごとを一手に引き受けてくれるだけの有能な人材は煩わしさも覚えないではないが、自国の国益や己の未来を天秤にかけるのであれば、どちらも間違いなく必要不可欠な存在だ。

 

“面倒な仕事はやりたがる奴らにやらせれば良い。そいつらが楽をさせてくれる分、俺は悠々自適な日々を送れるんだからな”

 

 イワンが耳にすれば、口角泡を飛ばすまでには至らないだろうが、内心怒号の嵐が吹き荒れるのは間違いない本音だった。

 現時点ですら抱えるリスクを分散させるために対ニュータイプ部(キマイラ)隊の設立と育成や、極秘軍事計画を担うペズンの統括代理としてヒューを引き抜いたりと四方八方に手を回したのだ。

 唯でさえ突撃機動軍の長官として多忙な日々を送っているというのに、この上で戦後の国政までやっていられるかというのが、現時点でさえ自身の能力以上の仕事を切り盛りしているイワンの切実な思いだった。

 

 とはいえ、そんなイワンの実情など、イワンを他の将官同様『怪物』と見込んでいるガルシアには知る由もないのだが。

 

「マ・クベ将軍にも密使を派遣せねばな。ことは一刻を争うが、同時に慎重を期さねばならん」

 

 抜かってくれるなよという視線に対し、親衛隊は敬礼でもってそれに応じた。

 

 

     ◇

 

 

「ロメオ将軍からか」

 

 密使からの書状をその場で拝読すること数秒。「ふむ」とマ・クベは顎に手を当てた。

 

“イワンやサスロ殿下の入れ知恵にしては遅い……自分の頭で答えを出したか”

 

 マ・クベからすれば“今更だな”という内容。しかし、独力で解に行きついたというだけでも、ガルシアへの評価を上方修正するには十分だった。

 

「相分かった。ロメオ将軍には感謝の言葉を認めたいのでな。暫し待て」

 

 部下への感状にも用いる筆を執り、正式な文章として認めてから公印を捺す。これは『ダイクン派クーデターなど、マ・クベには思いもよらなかった』と公言するのと同義で、言い換えれば下出に出る行為でもあるが、マ・クベはそんなことに頓着しない。

 ガルシア・ロメオという男がどういった感情を己に向けているかを理解した上で、懐が痛まぬ範囲でこれ以上ないほど機嫌を取ってやれば、北米との連携がスムーズに運ぶという実利主義故のやり口だった。

 

“紙切れ一つで、鼻の穴を開いて浮かれる様が目に浮かぶな”

 

 安い男だと冷笑しつつ、踵を返す密使を見送る。

 実際、書状を受け取ったガルシアはマ・クベが想像した通り、小躍りさえしそうな程の浮かれ調子であったのだが、対するマ・クベの意識は、既にここから本国で起こるだろう動乱に向いていた。

 

「……じき、嵐が来るな」

 

 これはガルシアが勘付く以前、それこそザビ家がサイド3を牛耳った時点で危惧していたことで、マ・クベ自身イワンに進言さえしたほどだ。

 ダイクン派は機を見て粛清しろと。確かに失うには惜しいが、身中の虫は残すべきではないと、柄にもなく熱を上げて訴えたが、結果はこうした現状にある。

 

“確かに、我々には選り好み出来るだけの余裕がなかったのも事実だ”

 

 ダイクン派は使()()()。ダイクン派自身も、自分達が有能であると示すことが、命脈を保つ上で必要不可欠だと分かっていたからこその精励ぶりであったにせよ、そこはマ・クベも認めざるを得なかった。

 自分達は『足りなかった』。あれだけの勝利を重ねて尚『弱かった』。

 その上で、手足の指一本とて切り落として戦うなど土台無理な話で……、嗚呼、だからこうなるのは必然だったのだ。いつかの日には爆発するだろう爆弾を、遂に取り除くことが出来なかったのだ。

 

“歯痒いな”

 

 この欧州で出来ることなど、精々が目を光らせておく程度。

 (イワン)の為に動きたくとも、宇宙(そら)を見上げるしかない口惜しさに、マ・クベは僅かに目を細めた。

 

 

     ◇

 

 

『隊長機の撃破を確認! 現刻を以て本日の演習を終了する!』

 

 各機から大音声で流される通達と共に、特務中佐へと昇進したイアン・グレーデンはヘルメットを脱いだ。

 ジオン公国の中でも市街地を精密に再現した訓練用バンチで、北米でのノウハウを親衛隊員に叩き込む日々は、認めたくないが充実している。

 グレーデンが駆っていたのは愛用たるキャノンタイプの陸戦型ザクⅡではなく、試験運用段階であるものの、ジオン公国軍の粋を結集して完成された最新鋭機たるゲルググ……しかも、その派生機たるキャノンタイプである。

 従来の陸戦型ザクⅡと、派生機の高機動型ザクⅡに代わる地上戦の後継機として正式採用された〈MS-09〉ドムも既に存在したが、こちらはグレーデンが北米を去る直後に機種変換が為されていた代物であったことや、キャノンタイプが存在していなかった為に乗る機会には恵まれなかったのだ。

 

「いつもながら、実に見事な機動だな」

「恐縮です」

 

 賛辞を投げつつ格納庫(ハンガー)から出たグレーデンの肩を叩くのは、親衛隊大佐たるロバート・ギリアムである。

 一週間戦争でも華々しい戦いを披露し、十字勲章組に名を連ねる程のギリアムであるが、その実績と規律を重んじる平素の厳格さとは別に、グレーデンに対しては特に気を許し、相好を崩して接してきていた。

 

「相変わらず奥ゆかしいことだな。貴官は真のエリートなのだ。もっと堂々として良いのだぞ?」

「大佐殿程の方に、そこまで言われるのはこそばゆいものです」

 

 距離の近い上司に対し、グレーデンは苦笑を浮かべて返す。

 ここで、特務階級という通常の階級より二階級上の扱いである筈のグレーデンが、何故一般階級の大佐たるギリアムに対して下出に出ているのか? という点も踏まえ、暫し特務階級というものを解説すべく、紙面を割くことをご容赦願いたい。

 

 特務階級は二階級上の扱いを……即ちグレーデンは准将と同等の扱いを受けるものの、全てが通常の階級と同列という訳ではなく、むしろ特務階級によって得られる『特恵』は限定的なものに留まる。

 例えば、二階級上の通常階級と同列に扱われる性質上、グレーデンであれば相手が大佐までであれば先に敬礼を受けたり、給与や官舎のランクのみならず、将官と同様に従兵の付随といった特典が付くし、機密事項の閲覧も准将と同等の権限内でアクセスできる。

 反面、部隊指揮権及び命令権の行使は、総帥府の認可がない限りは中佐階級に限定されているため、最大でも大隊規模までしか指揮することを許されない。

 一例を挙げるなら、第六〇三技術試験隊に派遣されたモニク・キャデラック特務大尉は、総帥府から『お目付け役』としての『部隊監督』を命じられている為、中佐権限での命令が可能であるが、任務上必要な命令の行使を除けば、他は大尉階級の権限内でしか動くことは出来ない、と言った塩梅である。

 

 特務中佐たるグレーデンは、額面の上では通常階級として大佐の地位にあるギリアムの上であるし、それでなくとも一級ジオン十字勲章受章者はあらゆる上位階級を前にしても、──上位階級が同勲章を保持していない限りは──先に敬礼を受ける特権を有してはいる。

 しかし、この両名は立ち位置が違う。

 イアン・グレーデンは教官として親衛隊のMS隊を指導する立場にあるが、同時に有事にあっては首都防衛を担う親衛MS大隊長たるロバート・ギリアムの『副官』職に就かねばならない。

 

 先に解説した『指揮権』から来る明確な上下関係こそが、両者のやり取りをこれ以上ない程よく表している。

 端的に行ってしまえば、たとえ特務階級を有していてもグレーデンはギリアムの『部下』であり、だからこそ下出に出ているのは当然と言えるのだが、それにも増してグレーデンには何処か余所余所しさがあった。

 

 それというのも、グレーデンが親衛隊に加わったのはなし崩し的な面が大きかったのに対し、ギリアムはグレーデンが総帥への忠誠心を示すため、武勲を挙げた上で親衛隊に加わったのだと信じて疑わなかったという齟齬があったからだ。

 

 ことの原因は戦前、グレーデンが親衛隊からのスカウトを「今の自分に総帥の近衛たる資格はございません」と固辞したことに遡る。

 ギリアムを始め、一部始終を知った親衛隊員は、それが建前に過ぎないだろうと考えていたし、事実グレーデンは逃げの一手の為に口にしただけである。

 そのグレーデンが一級ジオン十字勲章を首に下げ、改めて親衛隊への編入を希望した──実際は拒否できない状況にあっただけだが──となれば、当然だが評価は逆転するばかりか、天井知らずになるのも当然であろう。

 

『過去、貴官が我々と異なる道を歩むと決めた時、私は内心腹立たしかった。しかし、貴官は有言実行の人だった。……私は自分は恥ずかしい。貴官のような忠勇烈士こそ、真に総帥が必要とする公国軍人だ』

 

 このように告白したギリアムは、グレーデンへの純粋な敬意と、新たな同胞への厚意を惜しまなかったことが、一層始末が悪い。

 僅かにでも利己的な面が見えれば離れ易いというのに、心底からグレーデンを慕っているのである。

 

“それでも大佐には悪いが……やはり俺には合わんのだよな”

 

 グレーデンからしてみれば、忠誠無比の親衛隊は確かにエリートと自負するだけの集団ではある。

 打てば響き、求める以上の期待に必ず応え、改善点があれば克服するだけの力を有した、最精鋭と称すべき部隊であることもまた事実である。

 

 しかし、エリートというものは十分過ぎるほどに何事も自分でやってのける。

 

 こうした手合いより、伸び悩む連中を率い、育てることで一人でも多く生きて返してやりたいという欲求の方がグレーデンには強いのだ。

 ある程度ノウハウを教授したら、あとは『総帥の赤子を一人でも多く帰郷させてやりたいのです』などと、尤もらしい御託をでっち上げて親衛隊から離れる腹積もりだったのだが、そんなグレーデンの本心とは真逆に、ギリアムはあれよこれよと便宜を図ってきてしまう。

〈MS-14C〉ゲルググキャノンとて、ギリアム直々にグレーデンの為にペズンから手配した代物だ。それに関しては正直嬉しいし感謝もしていたが、やはり熱量と言うか、独特の『熱さ』がグレーデンに合わないことに変わりなかった。

 

 今日も今日とで、暑苦しく接して来るのだろうな内心身構えていたものだが、しかし今回はいつものような賛辞だけでは終わらなかった。

 距離を詰めたギリアムはグレーデンに小さく、親衛隊内であっても警戒するような声量で耳を打つ。

 

「……本国で不穏な動きがあった。近々、我々も動く日が来るぞ」

 

 親衛隊内でも空挺隊を主軸とした対テロ部隊でなく、MS(モビルスーツ)隊に声がかかるということ。それがどれほどの規模で、どのような事態となるのか。

 今日という日まで重ねてきた、決して有用であって欲しくなかった研鑽が、最悪な形で実を結ぼうとしていた。

 

 

     ◇

 

 

 四月三〇日から始まった独立戦争も、今や年末を迎えようとしていた。

 戦時下とは思えぬほどにイルミネーションが飾り付けられ、父や息子の無事を祈る家々も、この時季ばかりは残る家族と共に戦争の現実から目を放すように、精一杯祝おうと奮起していた。

 とはいえ、公国国民の多くは悲嘆に暮れてはいない。

 北米でも欧州でも膠着状態にあるものの、それは公国軍が攻勢限界に到達したためであるとか、或いは窮地に追いやられて守勢に立っているからという訳でないことを、公国国民は正しく理解していたからだ。

 戦争というのは負けが込む国家程、自国に正しい情報が流れなくなるというのは古今東西変わらない。

 前線から届けられる手紙然りニュース然り、どの時代でも情報を受け取る国民は、現実と政府の発信する情報の齟齬に目敏く気付く。

 そうした政府の欺瞞の結果、国内では厭戦気分が蔓延したり、政府に対する反感が徐々に鎌首をもたげてくるのだが、公国にはそれがなかったのだ。

 

 戦時である以上、全てを包み隠さずという訳には行かないが、それでも正しい情報を届けることの意味と意義を、公国が理解しているからこそである。

 前線での一定期間の任期を終えて、帰郷を許されている将兵たちから前線がどのようなものか。

 自軍の優勢や士気の高さを直接伝えられた家族も多いことが、国民に安心感を与えていたというのもある。

 多少手足が吹き飛んでも、即死さえしなければ義手義足への換装は容易であるし、何であれば再生医療を格安で受ける保証までついてくる。

 中には四肢の全てが吹き飛んで戻ってきた古参兵が、戦傷章と三級ジオン十字勲章を胸につけ「どうだ? 父ちゃんはサイボーグに生まれ変わったぞ!」と我が子らに自慢するような一幕さえ見られたほどだ。

 勿論奥方の方は気が気ではなかったし、何なら大声で泣き出す家もあったが、それほどまでに、前線は安定していた。

 

 ……だからだろう。

 

 地球に降り立ち、武勲を重ね、吉報を届ける前線将兵は知る由もなかった。

 真に危機感を抱かねばならないのは、後方にあったのだと。

 自分達の国土にこそ、陰で蠢動する者たちが居たのだと。

 

 これより始まるのは、血で血を洗う暗闘。

 後に、『ジオンの最も長い日』と称されることとなる、三部劇の一幕。

 

 ──『ワルキューレ』が、その幕を開こうとしていた。

 




イワン「ブラック過剰労働は嫌だぁぁ! 私頑張ったじゃん! 超頑張ってるじゃん!?
    戦後はキシリアたんとイチャコラしつつ、ティターンズと連邦の残党狩りにヒャッハーして、退役後はマ・クベと国営美術館運営したりオペラ鑑賞楽しんでまったり過ごしたいンゴぉぉ!(叶わぬ望み)」

 使える人材を遊ばせとく理由は無いって、それ有能国家で一番言われてるから(無慈悲)

 ていうか仕事そこそこにこなして、女と趣味に生きていたいとか、言ってること編集長と同じで草

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