宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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 やあ (´・ω・`)
 ようこそ、エデン(ラル飯でお馴染みのバー)へ。
 このワイルドホーク(スターダストメモリーズでモンシアが飲んでた酒)はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
 うん、「ダイクン派がやらかす」んだ。済まない。

 正直、ダイクン派ジオン軍人のファンからしたら、色々と怒られる様な描写があるかもしれない。ていうかある。
 仏の顔もって言うしね、謝って許して貰おうとも思っていない。

 でも、この物語を最後まで読んでくれた時、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれると思う。
 殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。
 そう思って、この『ギレン暗殺計画』編を書こうと思うんだ。

 ……じゃあ、キャスバル君は苦しもうか(鬼畜)

※加筆したので改訂版とタイトルにつけました。
 具体的には、旧ダイクン派のクーデターの理由に、ラプラスの箱が加わっているという内容です。


70 ギレン暗殺計画〈改訂版〉

 黒塗りのリムジンが、首都(ズム・シティ)のイルミネーションを塗り潰すような閃光と共に燃え上がり、黒煙を上げる姿が報じられたのは正午を過ぎた頃合いであった。

 

 被害者はケイ・タキグチ名誉参謀顧問。

 

 ジオン主義者(ジオニスト)である以上に自らをザビ家主義者(ザビニスト)と公言して憚らず、同時に軍官僚として枢要たる位置に就く重鎮であったことから、総帥府に走った衝撃は大きかった。

 木っ端役人ならばいざ知らず、参謀本部勤務の将軍が白昼堂々暗殺されたのだ。

 ティターンズと親衛隊との暗闘は日々激化する一方だったとはいえ、ここまで大それたことは初……ではない。

 

「……これで七人目か」

 

 鑑識による現場確認を終えてから、交通の便を妨げぬよう既に跡形もなく取り払われた焦げ跡の残る道路を鉄橋の手摺りに手をかけて眺めるのは、無精ひげにロングコートという如何にもな出で立ちの男。

 ジオン国家公安部一課所属、レオポルド・フィーゼラー捜査官である。

 

「横入りは禁物よ?」

 

 立て続けのこととはいえ、テロにまつわる暴力沙汰の一切は親衛隊の預かりだ。公安部の出る幕はない。それが総帥府直々の沙汰である以上、二人一組(ツーマンセル)相棒(バディ)であるニアーライトに言われるまでもなく,

レオポルドは承知していたのだが……。

 

「焦げ臭いでしょう?」

「…………」

 

 現場が、ではない。そんなことはニアーライトとて承知しているし、承知しているからこそ沈黙を以て応えたのだ。

 

 ──嗅ぎ過ぎるな、と。

 

 それでも後ろ髪を引かれるように現場を眺め続けるレオポルドに、ニアーライトも静かに息を吐いた。

 

「あたし達の仕事は幾らでもあるでしょ?」

 

 不正薬物や危険物の密輸をはじめ、シンジゲートだのスパイだの、一見平和と繁栄を謳歌しているように見えるジオン公国も、一歩陰に踏み込めば汚泥と地雷が敷き詰められている。

 

「……ええ」

 

 納得してないわねという溜め息を盛大に吐きつつ「もう行くわよ」とニアーライトはレオポルドを引っ張った。

 

「貴方が優秀なのは皆認めてるけど、だからこそ折り合いはつけなきゃ駄目よ?」

 

 こんな警告は無駄になるだろうと思いつつも、ニアーライトは口にせずにはいられなかった。

 

“あんたみたいな男ほど、真っ先に死んじゃうからね”

 

 それが保安隊時代から生き残ってきた、ニアーライトにとっての鉄則だったから。

 

 

     ◇

 

 

『如何でしたか? 今回の情報は』

 

 装着したヘッドギアから流れるのは、肉声ではない。声紋さえ誤魔化す独特の加工音と暗号通信波による会話は、発言内容など窺わずとも彼らがどのような存在かを如実に物語っていた。

 

『お見事です。これでまた一歩、我らの目的に近づいた』

『賛辞は実行担当のフリストに。彼の働き無くしては、情報も机上の論理と同じでした』

 

 抑揚を抑え、紳士的な発語に努めてはいても、声には明らかに快感と昂った情念が乗っていた。

 七人……そう、七人だ。総数を考えれば余りに少ないが、反面その七人は替えの利く人材ではなかった。

 名誉参謀顧問たるケイ・タキグチを筆頭に、ザビ派重鎮が僅か半月で七人……今週だけで四人もの屋台骨を圧し折られたとあっては、さしもの総帥府とてひとたまりもない。

 だが、これは始まりだ。やるならば徹底的に。反撃の隙を与えることなく、確実にジオン公国を叩き潰す。

 ケイ・タキグチを含む七人は、それを成し得るためにジオン公国に開けた穴であり、いわば仕込みの段階だった。

 

『いよいよですな』

『左様。ダイクンの遺志は、然るべき後継者がその地位に就いてこそ果たされる』

 

 故にここから始め、必ずや達成するのだ。

 理想を阻む全てを蹴落とし、聖なる未来へと進む為に。

 

『始めましょう。──ギレン暗殺計画(オペレーション・ワルキューレ)を』

 

 

     ◇

 

 

「乗って行くかね?」

 

 歩道にオープンカーを寄せつつ問うたのは壮年の偉丈夫だった。

 切れ長の目元は軍人特有の鋭さがあるものの、微笑をたたえた口元がそれを和らげ、独特の魅力と風采を醸し出している。

 

「お久しぶりです、ランス教官」

 

 身に沁みついた敬礼と共に、帰路につくレオポルドはお言葉に甘えて助手席に乗車した。教官と称された男……ランス・ガーフィールドはMS教官として籍を置くと共に、公国の防衛を担う首都防衛師団の所属でもあるが、過去にレオポルドをMS適性試験から落とした人物でもある。

 とはいえレオポルド自身、試験を弾かれたことに対して恨みがある訳ではない。当たり前の話だが、試験結果は厳正な審査の元に下されたのであって、そこに私情を挟む余地はなかったし、レオポルド自身パイロットに向いているタイプではなかったという自覚もあった。

 

 軍種の適性審査では法学を修めていたことや勤務態度から憲兵に推薦されるも、そこで数か月間の勤務を経て公安からのお呼び(スカウト)がかかり、今に至るという訳だ。

 

「首都の空気には慣れたかね? 捜査官殿」

「まだまだですよ。相棒っていう子守役が付いてるぐらいなんですから」

 

 古き良き刑事ドラマならば二人一組(ツーマンセル)は基本だが、人的資源が不足している公国では──ましてや公安という組織内の不穏分子を炙り出す役職ともなれば尚のこと──そんな贅沢が許されるのは新米の面倒を見てやる時だけ。

 もうひと月もすれば、レオポルドも単独で動くことになるだろう。

 

「それで、用件は?」

「性急だな。軍隊生活が抜けきっていないらしい」

 

 だが、それで良いとガーフィールドはグローブボックスを開けるよう示す。中にあった書類の束は、ここ数か月に渡る親衛隊の動向だった。

 

「……こんなものを、何故?」

「嗅ぎ回っているだろう?」

 

 バレたら首が飛ぶどころの騒ぎではなかろうに、ガーフィールドは飄々とした笑みを浮かべて読むよう促す。中身については、親衛隊の動きが特に活発であること。首都防衛師団司令部を初め、家探し(せんさく)と介入が引っ切り無しであることだ。

 ご丁寧にも、出入りしている親衛隊の名簿まで揃っていた。

 

「疑われていますね」

「目の敵にされるのは設立当初からだ」

 

 首都防衛師団と親衛隊の確執は、ガーフィールドが語った通り設立時点まで遡る。

 何しろ唯でさえ公国軍は人的資源に余裕がないのだ。

 近衛騎士団(ロイヤルガード)然り親衛隊然り、本国の防人を担う組織が既に存在している以上、敢えて首都の防備を固める人員を割く理由が、一体何処にあるというのかと、総帥府でも疑義の声が数え切れぬほど上がったものだ。

 

「冷や飯食いとまでは行かんが、ヨーク長官からの支持を得られなかったのは痛かったな」

 

 むしろ、首都防衛師団の設立に真っ向から反対した人物こそイワンである。

 イワンは前線や各サイドがどのような状況にあるかを雄弁に語るだけでなく、防衛師団を設立する上での費用や維持といった、経済的圧迫についても書類を叩きつけた、反防衛師団の最先鋒と言っていい存在だった。

 

「それでも防衛師団は設立されましたね」

 

『兵站への負荷を憂慮すべきだ』『設立するにせよ連隊か、可能ならば大隊規模にまで縮小すべきだ』とイワンが譲らなかったにも拘わらずだ。

 

「総帥閣下の鶴の一声でな」

 

 公の場にあって、あれほどまでイワンとギレンが対立したのは後にも先にもなかっただろう。それほどまでにイワンは防衛師団を目の敵にしていた。

 まるで理屈以上に、感情を優先する女のように。

 

「そして、当然の如く遺恨は残った」

 

 親衛隊長たるエギーユ・デラーズと、イワン・ヨークが昵懇の仲であることは周知の通りである。

 イワンの警戒と敵愾心は、そのまま親衛隊が引き継いだと言っても良い。

 

「それで? 教官殿は俺に何を期待しておいでで?」

 

 親衛隊の領分に公安が踏み込むよう手を打ったり、親衛隊が防衛師団本部を土足でうろつくのを止めてくれとは言うまい。

 如何に公安部の人間と言えど、そんな真似が新米捜査官に出来る筈もないことは、ガーフィールド自身が誰より理解できていることだ。

 

「真相の究明だよ」

 

 さながら推理小説やドラマの主役のように、この公国を舞台にした闇を探り、暴き出してくれと。冗談としか思えぬガーフィールドの要求に、思わずレオポルドは唾を呑んだ。

 

首都防衛師団(われわれ)がどのような目で見られようと構わんが、それで連邦への対応が後手に回るのは避けたい。特に、下らん縄張り争いが原因というのは目も当てられんだろう?」

 

 欲しい情報は伝手を回して幾らでも仕入れてやる。

 公安そのものにも上を通して便宜を図ろう。だから動いてくれとガーフィールドは言う。

 

「それが、首都防衛師団の総意という訳ですか」

 

 ガーフィールドを顎で使える人間など限られる。師団長にして総司令官のロートレック・ハミルトン少将か? いや、彼は師団創設にあって用意された名ばかりの籍であるから、命じたのは副司令官にして大隊長を兼任するアンリ・シュレッサー少将だろう。

 

「宮仕えの辛いところだな。連邦ならばいざ知らず、公国でこんな官僚主義を経験したくはなかったよ」

 

 今日はここまでだ、と車を停める。イルミネーションの温かな輝きとは真逆に、レオポルドの心は晴れなかった。

 

 

     ◇

 

 

「ガーフィールド中佐が、公安部の捜査官と接触しました」

「馬脚を現した……なら話が早いのだがな」

 

 報告を受けたデラーズは熟考に耽ることもせず、総帥府中枢に繋ぐ。

 出来れば直々にギレンの耳に入れたいところであるし、それだけの権限は親衛隊長として有しているが、ここでは敢えてギレンの秘書官にして正妻である、セシリア・アイリーン……いや、今やジオンの姫君となったセシリア・ザビにかけた。

 

「ご機嫌麗しゅう。セシリア妃殿下」

 

 軍組織の席次であれば秘書官よりデラーズが上位であるものの、ギレンの正妻として王太子妃の位を賜ったセシリアには、公私を隔てず親衛隊長として最大級の礼を尽くす義務があった。

 たとえセシリアの側が、秘書官として接する際はそれに準じた扱いをして欲しいと懇願してもだ。

 

『首尾は如何ですか?』

「妃殿下の慧眼通り、防衛師団が動きました。公安部も師団の根回しで動き出すかと」

 

 動く前に叩くことは容易いが、そんな真似はデラーズもセシリアもする気はない。

 親衛隊とセシリアにとって重要なのは、本腰を入れてきたテロリストの息の根を止めることにある。

 防衛師団を掣肘したところで、公国が得るものなど一つとしてないのだ。

 

『公安の介入は許します。が、唯々諾々とは通さぬよう』

 

 つまりは一芝居打てということだ。何であれば、親衛隊の捜査が停滞している風を装い、無能を晒した為に付け込まれたのだというシナリオをでっち上げても良い。組織のプライドなど、国家の浮沈の前には些事も同然なのだから。

 

「御意」

 

 厳かな調子で通話を切る。しかし、デラーズの表情は晴れぬままだ。

 

「……この状況、どう見る?」

「正直に申しまして、都合の良過ぎる展開かと」

 

 立て続けのテロに合わせて防衛師団が動きを見せた。幾ら親衛隊が我が物顔で師団司令部に踏み込んで来るといっても、そんなものは軽いジャブ程度のもの。この程度で馬脚を現すのであれば、とっくの昔に片付く話だという伝令士官の意見に、デラーズも同意した。

 

「敢えて親衛隊(われわれ)と公安の目を光らせたいのだろう」

 

 防衛師団が身の潔白を証明したいが為にそうしてくれると言うのなら親衛隊としても助かるが、デラーズも、無論親衛隊もそこまでの阿呆ではない。

 

「ヨーク長官が本国を離れ、久しい」

 

 おそらくは連邦との雌雄を決する日まで、本国に戻ることは無いだろう。そこまでして死なせぬよう取り計らう価値があること自体に異論はないが、同時にあの慧眼が無い事が、心から悔やまれてならなかった。

 

「とはいえ、甘え続ける訳にも行かん」

 

 私人としても公人としてもイワンからザビ家と祖国を託された以上、為すべきことを成さねばならぬ。

 それこそが、後事を託された近衛の勤めなのだから。

 

 

     ◇

 

 

「ヨーク長官が本国を離れ、久しい」

 

 公国歌劇場の貴賓(ボックス)席で、堅苦しい軍服姿を沈澱させるアンリ・シュレッサー少将が静かに溢す。

 だからこそ、準備が出来た。

 だからこそ、ここまで漕ぎ着けた。

 剃刀の上を渡る程に危険な歩みであったが、それでもここまで仕上げて見せた。

 

「とはいえ、真っ向から親衛隊を相手取るのは厳しいだろうがな」

 

 相席するロートレック少将にしてみれば、そのように口にするのも当然だろう。師団という名こそ戴きつつも、防衛師団の実態はジオン公国が本土決戦まで追い詰められた際、銃後の人間を武装・運用する為の民兵組織でしかない。

 各隊の教育士官を除けば、正規軍人はシュレッサーが直接率いる一個大隊のみ。

 対し、親衛隊は総規模こそ連隊に止まっており、突撃機動軍と共に地球に降りているものの、対テロを名目に増強大隊規模の部隊が本国に常駐している状態だ。

 公国軍全体を見渡しても最精鋭と称すべき相手に対し、防衛師団は数でも質でも劣っている。

 

「それでも、ここまで持って行けたことを寿ぐべきだ」

 

 権謀術数の全てが万事滞りなく進むのは、銀幕の悪役ぐらいのものだろう。あのイワンやギレンをして尚、一週間戦争で完全勝利を収めながら連邦に対して継戦を余儀なくされたのだ。

 最善手を模索しつつも状況に振り回され、その中で足搔きながら進むのは軍事計画において当たり前と言って良い。

 

「だな。連邦はヨーク長官()消したがっていたようだが」

 

 二兎を追う者は一兎も得ないものだというのに、何故それが分からないのかとロートレックは溢し、シュレッサーは「本気で言った訳ではなかったのだ」と返す。

 

「彼らは怪物を怪物と知って要求したのではない」

 

 単にザビ家という独裁者一党に最も近く、後釜に座りかねないというイワンの立場だけを見てのことに過ぎない。

 比類なき国家の元勲としての、容赦なき政治将官としてのイワン・ヨークという怪物を、張子の虎を見るように侮り続けているからこそ出た要求に過ぎなかった。

 

「連邦は、俺以上の無能なのかね?」

 

 自らの軍事的才幹の欠如を自嘲して皮肉るロートレックに対し、「すこぶる有能だ」とシュレッサーが肩を竦めた。

 

「有能であるからこそ、現実的な視座で捉え続けているからこその誤解だな」

 

 無理からぬことであった。何しろ暁の蜂起で詰め腹を切る前と、開戦前に軍籍を取り戻してからペズンに出向するまでが、連邦がイワンを知る数少ない機会であった。

 その間のイワン自身と言えば、先見の明を武器に周囲を動かす際は徹底的に痕跡を消し去ってきたし、余人の目を掻い潜って見えた姿と言えば、そこそこに優秀という程度の実務能力だけである。

 シュレッサーが連邦の立場であっても「ザビ家と蜜月な関係にあるヨーク家の次期当主に、下駄を履かせてやったに違いなかろう」と見下したに違いない。

 

「常に手札を隠し続ける男だからな、あれは」

「だが、それが功を奏したとも言える」

 

 もし、イワン・ヨークの軍事的才幹と偉業を正しく認識してしまっていたのなら、地球連邦はイワンとギレンの双方を同時に始末することに固執したに違いない。

 

「殺すべきは、ギレン・ザビ一人なのだ」

 

 ガルシアがそうであったように、イワンとギレンのいずれかを残せば、ジオン公国は揺らぐまいと安易に考える輩は多いだろう。

 

「確かにヨーク長官は覇業の礎を築き、無謬の栄光をもたらしてきた。

 しかし、そのヨーク長官にとってのアキレス腱こそ総帥なのだ」

 

 どれだけ先見の明を有そうと、どれだけの策を練ろうとも、その全てが完璧以上に機能したのは、ギレン・ザビの輔弼(ほひつ)あってこそ。

 人によっては主従が逆転しているかのように思える構図だが、臣下が計画を上奏し、それをより整った形に改良して裁可を下すという意味においては、これ以上ないほど完璧な上下関係であることは疑い得ない。

 

「サスロとドズルも性質(タイプ)こそ違えど、王者として国家を纏め上げるだけの資質は有している。歴史を彩る君主を見渡しても、決して暗君と指さされる統治はすまい……だが、いずれもギレンには劣る」

 

 イワン・ヨークを完璧以上に使いこなせるのは、ギレン・ザビを置いて他にない。

 そのギレン・ザビを失った時、イワンの威光には間違いなく影が差す。

 少なくともこれまでの様に抗し得ぬ怪物として畏れられることも、或いは完全無欠の英雄として祭り上げられることも有り得ない。

 

「では、逆ならどうなのかね?」

 

 イワンを殺し、ギレンを生かせばどうなるのか? 興味本位のロートレックの質問に、シュレッサーは溜め息を零した。

 

「奴は殺せん」

 

 不可能ごとの先を論じる意味は無いということだろう。実際、どれだけの暗殺部隊を差し向けようと、どれだけの軍勢を揃えようとしても、イワンはそれを先んじて潰す。

 現に本国に身を置いていた際は、幾度も返り討ちに遭ったものだ。

 

「それでも奇跡を重ねた果ての結末を論ずるのであれば……おそらく総帥は、悉くを殺す暴君に成り果てるだろう」

 

 そして、全てを己の色で染め上げずにはいられなくなる。

 古今変わらず、類稀なる独裁者は自らが有能であるが故に全てを己の手で動かす。イワンは確かに余人が思うほど万能の男ではないかも知れないが、それでもギレンが自分と異なる色として認める、数少ない男なのだ。

 

「心許す臣下を喪った時ほど、王の暴走は計り知れん」

 

 未来というキャンバスが、夥しい血液によって描かれることだけは容易に想像できる話だった。

 

「無論それは総帥亡き後のヨーク長官にも言えることだが、奴は王でなく生粋の臣下だ」

 

 ザビ家一党を悉く失わない限り、イワンが王となる未来は来ない以上、血の水嵩はギレンのそれより少ない筈だ。

 その後の統治に関しても、ザビ家の何れかが執る政策に間違いなく追従する。

 どれだけの実権を有したところで、反逆の二文字を己が辞書から塗り潰すのがイワンなのだという答えに、満足したようにロートレックは頷いた。

 

「惜しい話だ。そのような男がザビ家でなく、ダイクン家一党に忠誠を誓ってくれていれば、お前も安心できただろうに」

 

 見るといい、と懐から取り出したオペラグラスをシュレッサーに押し付けながら、ロートレックは貴賓(ボックス)席を指で示す。

 

「この歌劇場は、公国権力の縮図だ」

 

 それぞれの席の位置が、それぞれの置かれた立場を示している。

 

「どの名家がザビ家の席に近いのか」

 

 開戦前は没落手前だったサハリン家とラル家は、貴賓(ボックス)席を失っていた。それが今や、ザビ家の顔を間近に見る位置に取り戻した。

 

「対し、後継ぎ不在となったトト家は爵位を手放し、今その席は地球からやって来た旧ビスト家……今はリンクス家を名乗る一家のものだ」

 

 生まれたばかりの幼子を抱きながら、穏やかな笑みで席に着くリンクス家の父母は、どのような胸中なのであろうか?

 シュレッサーがそれを推し量ることはできなかったが、ロートレックの趣向が意味するところは理解できた。

 

「人も、オペラのように悲喜交々のドラマがあると言いたい訳だ」

「そう詩的な話ではない。もっと至極単純な、お前にとっても他人ごとではない話だ」

 

 視線の先に見るのは、この国を治めるザビ家の席。

 その左隣にはヨーク家の席が。右隣にはダイクン家の席が見えた。

 

「ヨーク家は常にザビ家の隣だが、宰相の特権としてマクシムはザビ家の席でデギン公王と観賞する栄誉を賜っている。

 キシリア殿下の婚約者たるヨーク長官も、特例としてザビ家と同席することを許された身だ」

「しかし、ダイクン家にそのような特例は無い」

 

 右隣という、格で言えば間違いなく王家に次ぐ位置を与えられていても、ヨーク家との差は明確だ。

 

「キャスバル様もアルテイシア様も統治者となることを否定された。あの貴賓(ボックス)席も、いずれは消える」

 

 そして、間違いなくヨーク家は右隣に席を移す。ジオン・ズム・ダイクンの歴史を過去のものとして、ザビ家による唯一無二の正統王朝が築かれるだろう。

 

「故に、それを阻むなら今しかない」

 

 来席したデギンに万雷の拍手が降り注ぎ、公国歌劇場を震わせる。

 誰も彼もが、まるで過去から連綿と続いてきた王家を讃えるかのように。

 ここに集う自分達もまた、ザビ家の臣民として選ばれた存在なのだと誇示するかのように。

 

「真の指導者であったダイクンは『神』として祀られ、遺児は『神官』としての地位に置かれた」

 

 尊敬はされよう。奉じ、傅かれる存在として王家からも一定の敬意を払われる存在ではあるのだろう。しかし、実権は徹底して取り除かれた。

 最早この国で、真の意味でのジオン主義(ジオニズム)を解そうとする人間がどれほど居るだろう?

 ジオン主義者(ジオニスト)であることを公言しつつも、ニュータイプという人類の進化を、単なる宇宙移民(スペースノイド)の優性思想と捉える人間の、なんと多いことだろう?

 

「ジオンの民は、シャツを着替えるように己の拠り所を簡単に変えた」

 

 結局のところ民草とは、自分達を肯定してくれる存在があるのなら、どんな主義主張にも簡単に寄りかかり、鞍替えできる生き物なのだ。

 

「身を焦がすほどに熱を上げ、狂騒と共に迎え、心中しても構わないという情熱が、今や遥か遠くにある」

 

 このままでは、ジオン・ズム・ダイクンの理想全てが消えてしまう。

 夢半ばに斃れた指導者の心と指針……やがて訪れる人類の革新は、既に大衆が諳んじる『宗教』となって形骸化した。

 

「この国と民が歩むのは、過去の歴史が辿ったような覇権国家だ」

 

 多くはそれを良しとするだろう。自分達が偉大な建国神話を築く当事者になれたのだという感動の前には、ニュータイプ論などキャンディーの包み紙の様に、容易く投げ捨てられるに違いない。

 なればこそ、真のジオン主義者(ジオニスト)が決起すべきは、今この時を置いて他にはない。

 全てがザビ家の掌中に収まる前でなければ、全てが武威の光輝で目を眩ませてしまう前でなくては、ダイクン派は遅きに失する。

 

「キャスバル様とアルテイシア様を、再び政争に巻き込むことになるな」

「彼らは真の後継者なのだ。だが……巻き込むのはキャスバル様だけで良かろう」

 

 ダイクンがそうであったように、周囲を引き付けるカリスマとは、一点に集中してこそ効果を発揮する。

 余人が聞けば、結局はザビ家と同様にダイクン派も政治の道具として身柄を欲しているに過ぎないと感じるだろうし、事実それは間違いではない。

 これをダイクンという亡霊が魅せる、愚かな夢だと笑わば笑え。

 過ぎた時代に取り残された老害の、或いは狂信者の愚行と後ろ指を指すがいい。

 

「その決断が狂か愚かは知らんし問わんよ。お前達がひた走るだけ先に、何が訪れるかも口にする気はない」

 

 ロートレックの声に呆れの色は無かった。これから起こり得ること。起きた果ての全てに対して、澱のようなわだかまりを吐露したに過ぎない。

 理想家というものは、常に現実との折り合いを付けられない生き物だと知っていたから。

 

「それでも我々に付き合うのか?」

「無為徒食を長く続けさせて貰った身だ。老骨なりの恩返しとでも思えばいい」

 

 破滅であれ流血であれ、進みたいなら共に動いてやろう。それぐらいの義理が出来る程度には、知らぬ仲でもないのだから。

 

“──それが夢の中にしか生きられない者たちの、遠回りな自殺であったとしても”

 

 ロートレックには惜しむ命ではなかったし、何よりだ。

 

「ここで起つ理由。キャスバル様を担ぐ理由は、もう一つあるだろう?」

 

 地球連邦からリークされた情報……ザビ家が既に手にしていながら、決して開示しようとしない、とびきりの爆弾を知ったことも決起に至る引き金としては十分な理由だった筈だ。

 

「ああ……『箱』の封印は、然るべき立場の者が解かねばなるまい」

 

 ニュータイプを、人類の革新を、新たな希望を届けたダイクンの理想と共に。

『箱』の真実を知ったシュレッサーにとって、それを成して良いのは世界にたった一人だけ。

 

「──ラプラスの箱は、キャスバル様の手で解き放たれねばならないからな」

 




 ニアーライトさんは出さないの? という感想があったので、良い機会なのでレオポルドのバディとして登場させることにしました。
 本当はレオポルド君が怪獣映画に巻き込まれる等身大の人間キャラとして描く予定だったのですが、ニアーライトの登場によって大幅な路線変更が確定しました。
(なので投稿の遅れは許し……てはくれませんよね、分かってますw)

 なおシュレッサーが語ったみたいに、ギレン総帥とイワン君が片割れ失った瞬間に暴走するかっていうと、どっちも外付け良心回路ことロリキシリア様のおかげで、寸でのところで踏み留まってくれる模様。

 ロリキシリア様が殺されたら? イワンとギレンがコロニー落としよりエグイ滅尽滅相の限りを尽くした後、最短でギレンの野望のギレンルートに突入します(白目)

 そんで間違いなく、水星の魔女より地球人ハードモードな世界になります。
 ……。下手したら地球人全員消えるんじゃねーかなこれ?
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