インファント島人さま、ご報告ありがとうございます!
キャスバル・レム・ダイクンの日々は意外にも充実と幸福の中にあった。
神として崇められるダイクンの実子として付き纏う義務は多いが、言い換えれば義務さえ果たせば後は好きにして良い身の上だったからだ。
世界を二分する大戦争の只中にあるとはいえ、公国からすれば前線で戦死など以ての外であったから兵役は免除されている。
政治的にも下野を表明して久しい身の上であったから、公国議会に顔を出すこともない。
国威高揚のプロパガンダとして式典や広報活動に時間を割かねばならないし、連邦工作員やテロリストからの暗殺を警戒する必要もあったが、それでも自分に流れる血に対して、疎ましさを覚えるほどではなかった。
「見事な演説でしたわ」
「国が戦争をしているのだ。自由と独立を勝ち取るためなら、道化を演じる程度、何程のことでもないさ」
奥底の本音を語るのであれば、そうした正義感以上にキシリアの居場所を護るために、出来る事をしたいというのが偽らざる想いだったが、キャスバルは顔にも口にも出す気はない。
ただ、優美な声音で謙遜したキャスバルに茶を淹れるハマーンは、完璧に本音を
いい加減諦めろよお前、とは何度思ったか数知れない。
“いや、
初恋は初恋として区切りをつけているし、イワンとキシリアの間に割って入れないことはキャスバル自身弁えている。
しかし、どうにも憧れのお姉ちゃんに対する、年下の男の子特有の未練が抜けきっていないのだ。
“第一、私が目の前に居てそういう本音はどうなのよ?”
そりゃあお付き合いは
ましてや、いい加減初恋を終わらせようという自覚があって、目の前の少女が自分に好印象を寄せている事もそれとなく察しつつある男が、そういう感情を抱くのは本当に如何なものかという話だ。
“でも、我慢よハマーン。ここまで積み上げてきた全部と、何よりも骨を折ってくれたキシリア様の為にも、絶対にこの恋を成就させて見せるんだから”
キシリアがキャスバルと公務の傍らに私的な時間を設ける中、キシリアからキャスバルを紹介されたのをきっかけに徐々に会話を重ね、今やこうしてキシリア抜きでもお茶を楽しむ仲になれたのだ。
キャスバルにしてみれば、最初はキシリアの顔を立てておこう。
或いはハマーンを出しに、キシリアと会える時間を増やせるかもしれないという打算が強かったし、何より──キシリアは女として見ていた癖に──ハマーンを子供扱いしていたものだった。
だが、徐々にハマーンの中にある母性と言うか、実年齢以上に何処か大人びた一面を見せる姿に、キシリアと重なる部分を見出し、同時に女性的な魅力をも感じている事をハマーンはしっかりとニュータイプとして掴んでいた。
勿論それはハマーンがキャスバルの好みに合わせ、努力と演出を欠かさなかったからであって、根っから母性的な女という訳ではない。
ただ、好いた男相手だからと言って四六時中猫を被っていられるかと問われればそれも否だ。
母性が無いなら無いなりに、宿し磨けるだけの器量を身に着ける。
ガワばかりを意識して取り繕うのでなく、女としての包容力を得ることを楽しんでこそ、自分磨きにも熱が入ろうというものだ。
“だけど私って、そんなに分かり易かったかしら?”
とはハマーンも思ったものだが、まぁ、分かり易かったのだろう。
実際、キャスバルと初めて出会った時のハマーンの声は上擦っていたし、視線だって忙しなかった。
誰がどう見たってうっとりとした夢中顔の少女のそれで、そんなハマーンを見つめるキシリアが、微笑ましさと同時に一抹の不安を覚えていたのも忘れられない。
キャスバルに対する恋心を打ち明けた時の反応など、それこそ悪い男と付き合うのを心配する母親の様な表情だったし、その後のアドバイスも的確だった。
『あー……キャスバル、キャスバルかー……。いや、うん。確かに顔は良いし、まぁ……良いんじゃない? でも、あいつホントに男としては面倒臭いわよ?』
曰く、自分は構って欲しい癖に、相手(特に異性)が自分に寄りかかろうとされるのを嫌がる。
曰く、自分が好きなことを優先しがちだし、責任を取りたがらない。
曰く、相手を多面的に見ずに、一面だけを見て捉えがち。
曰く、相手に勝手に期待して、期待通りじゃなかったら勝手に失望する奴。
等々……。
話を聞いた限りなら「うわなんだこの面倒臭ぇ自己中心主義者」となってしまうし、実際それは正しかったと今なら確信できる。
“要はこの人、自分では大人になった気でいても、なりきれてない子供なのよね”
繊細で傷つきやすく、なのに共感には乏しいというのはティーンエイジャーの多くに当てはまる特徴だが、キャスバルはそこから脱していない。
良いことをしたら褒めて欲しい。
悪いことをしたら叱って欲しい。
僕に構って。僕を見て。僕を受けとめて。僕を、僕を……そんな欲求を抱えた男なのだ。キャスバルという奴は。
だというのに表面上は男としてのプライドが邪魔をしたり、甘いマスクで堂々とした振る舞いをして見せるものだから、逆に寄り掛かりたい女が集まってしまう。
“しかも才能に溢れて何でもそつなくこなす天才様なもんだから、そう簡単にメッキは剥がれないし……そりゃあ好みじゃない女が寄ってくるわよねぇ”
ガワだけを見れば芯が強くて物静かな二枚目なのだから当然だが、キャスバル自身の精神年齢や嗜好と、相手の嗜好が全く噛み合わない。
と言うか、好きになりそうな女が求めてくるところと、同じところを求めてしまう男なのである。
おそらくだが、もしハマーンでなく何も知らない女がキャスバルと付き合ってしまうことになってしまったら、長続きはしないだろう。
それどころか、相応以上に悲惨な破局が訪れる確信があった。
キャスバルという木を大樹と信じて寄りかかった女が、その実、小枝ほどの細木でしかなかった男と一緒に倒れ落ちる様が、容易に想像できてしまう。
“女々しいって言うか、これでキャスバル様が女性だったら、そこまで問題じゃなかったと思うのよねぇ”
女として産まれたなら、表面的な強さと内側のギャップを察して「そんな貴女を守りたい、支えたい」と思う男の一人や二人出てきたかもしれないが、生憎と精神年齢が低くて女々しい男を支えたいと思う女は圧倒的少数派だ。
ハマーンにしたって、本音を言えば自分の身も心も支えてくれる男というものを期待している。
“でも、それでもそんな自分を徐々に自覚して、変わらないとダメだって意識と姿勢はちゃんとあるのよね”
甘えるだけでは、一方的に寄り掛かるだけでは駄目なのだ。
互いを重んじ、支え合い、少しずつでも人として成長してこそ眩しい明日に出会えるのだと。
他ならぬ初恋の少女──キシリア・ザビが幼いながらも祖国と愛する家族やイワンの為、日々成長していく姿を間近で見せられては、キャスバルも自分を見つめ直さずにはいられなかっただろうし、それはハマーンも同じである。
“一歩ずつ、少しずつ。相手の為を想って自分を磨いて、相手に尽くして、愛されたいと思う分だけ愛すること”
全ての努力が実る訳ではないけれど。
それで報われる保証は何処にもないけれど。
それでも──その努力と想いは、決して独り善がりにはならないから。
自分の理想を押し付けず、相手にも自分を愛玩物などとは思わせず。
我も彼も、同じ人として向き合えば、決して全てが無駄になってしまうことは無い。
“だって、そうすれば私自身が成長しますもんね、キシリア様”
本当の、キシリア以上に年上の
“……そんなキシリア様が初恋だから、キャスバル様はマザコンのロリコンっていう業深い
だからこそハマーンという幼い少女にも勝算が産まれたことを喜ぶべきなのか。或いはそんな業深い男に一目惚れしてしまった我が身を嘆くべきなのか。
おそらくは両方なのだろうなと思いつつ、ハマーンはティーカップから口を離した。
「次は何時お会いできるでしょうか?」
あと一歩か二歩……もう少しでキャスバルは異性としてハマーンを受け入れてくれるだろうという確信があったからこそ、腰を据えて動きつつもしっかりと唾つけを忘れない。
余人が本心を知れば本当に一二歳かと疑いたくなるような女郎蜘蛛めいた手口であったが、生憎と蜘蛛の巣にかかったキャスバルは、目の前の可憐な少女の本心など知る由もなかった。
「年末に催される観閲式典には参列せねばならんが、それを乗り切れば暫くは自由の身だ」
国軍の前身たるムンゾ防衛隊。その創設記念日たる一二月三一日に、大々的な軍事式典を催すのはこの国の慣例だ。
特に今年は戦時下にあることも相まって、戦没者の弔意と同時に民衆を鼓舞する為、一層大々的な式典となる予定であったが、そこから先は連邦に勝つまで羽を伸ばして欲しいとのお達しだった。
「勿論医師としての勤めは果たすが、少なくとも分刻みの生活ではなくなるな」
医師が白衣を着たブルーカラーなどと揶揄された西暦の先進国と異なり、マジックハンドを始めとした医療ロボットの補佐や化学発展によって、医師の負担は可能な限り軽減されているのが宇宙世紀の現状だ。
週休もしっかりと確保されている以上、望みさえすれば──テロ対策の護衛はつくものの──何時でも会えるようになる。
「君のお父上はともかく、私は君自身に閉ざす戸は持っていないつもりだ」
随分と嫌われたものだと
ただ、マハラジャ自身は私利私欲にのみ仕える根っからの悪人という訳ではない。
ムンゾ時代からデギンの側近として仕えつつもダイクンの意思を尊重し、両陣営の調整役として尽力してきたし、戦時下に突入してからも軍官僚としてその才幹を遺憾なく発揮し続けてきた。
政治的立場としては穏健派と称すべき人材であり、決して前に出ようとする手合いでこそなかったが、堅実な仕事ぶりは将官として不足ない。
“だけど、良くも悪くも古き良き『貴族』だったのよねぇ……”
カーン家のため、仕えるべき祖国のために自分も自分の家族も捧げること。人としての良識を持ち得ながら、同時に大義の為なら娘を人体実験にかけることも厭わない。
“いえ、そうじゃないわね”
そうした冷酷非情と取れる部分は、あくまでマハラジャの一部分だけを切り取った見方だ。
ニュータイプ能力を開花させる為の実験台にされ、体の隅々まで暴かれた時の嫌悪と苦痛から多少なりとも時間が経ち、キシリアの庇護下で温かな日常を取り戻したことで、多少なりとも心にゆとりを得ることができたハマーンには、マハラジャという人間を異なる角度で捉えることもできるようになっていた。
マハラジャ個人は家族を愛することができるし、人体実験にした所で、ニュータイプの存在を心底信じ切っていたからだ。
愛娘に対し、マハラジャはダイクンが予言した『
ハマーンにしてみれば人体実験などと言うものは精神と肉体に対する凌辱にして虐待であった日々も、マハラジャにとっては
無垢な信仰心から聖女の生誕を望み、のみならず、我が子の才を伸ばしたいという親心も確かにあった。
しかしながら、貴顕の立場としてだけでなくマハラジャ・カーン一個人にも権勢を確保したがる俗人としての一面があったことは、過去に語った通りである。
“決して自己矛盾を抱えた破綻者って訳じゃない”
生まれ立場や思想、宗教観に基づいてマハラジャは行動している、ある意味ではこれ以上ないほど時代に則した人間というだけだ。
“でも、それがキャスバル様には受け入れられないのよね”
ハマーンのようなニュータイプでもない限り、相手を完璧に理解することは難しい。人というものは全てを口にしなければ……いや、口にしても誤解を生んでしまう生き物だ。
まして、断片的な情報や政治的な立ち振る舞いでしか相手を推し量れないキャスバルの立場からしてみれば、『マハラジャ・カーンは権力者に重用されたいがために、我が子を道具として扱う大人なのだ』と捉えられても致し方ないのも理解できるし、そこは事実だ。
“だからって誤解を解いて上げる義理は何処にもない訳だけど”
実の父といえど、いや……実の父だからこそ娘の体を好き勝手に弄られたという精神的苦痛と嫌悪はハマーンの中に今も黒々と渦巻いている。
何より今のハマーンは肉親との繋がりよりも、
“だから、ちゃんと覗いておかないとね”
キャスバルという男の内と外の乖離が激しい事は、重々承知している。
先のキャスバルの発言は二、三歩と言わず、踏み込めば行けてしまいそうな内容であったが、ぬか喜びしないように、しっかりと
マハラジャからの人体実験を受けていた頃には、無暗に人の心を覗き込むことを躊躇していたものだし、好んでもいなかったが、今はご覧の有様だ。
イワンのような底なしの怪物を覗くことに対するトラウマは忘れていないし、逆にキシリアのような無邪気な温かさに対し、不躾に触れることはしないが、反面、キシリアが害されることのないよう能力の行使を率先して行う内に、彼女の中でニュータイプ能力に対する忌避感が薄れてしまっていた。
能力の悪用と言うなかれ。恋と戦争には手段を選んでいられないし、相手や他人を不幸にするために利用することは無いのだから、これぐらいは『特技』として許されるだろう。
“……。うん、裏表はないわね”
ハマーンを出しにしてキシリアを呼びつけようなどという魂胆でなく、ハマーン個人に対するお誘いであった。
ただ、ハマーン個人に対してはともかくカーン家とは距離を取りたがってもいるらしいから、笑顔で情報を渡してやる。
「その父ですが、戦後は隠居されることになるかと」
嘘ではない。何しろマレーネがサロンやパーティでガルシア・ロメオとの仲を吹聴しつつ、独自の権力基盤を築いてマハラジャの権勢を削いでいたからだ。
“元々カーン家自体、資産こそあれ周囲を動かせるカリスマを有した当主はいなかったし、当然お父様もそっちの才能はなかった。だからこそ堅実な仕事で地位を築きつつ、ニュータイプとしての私の素養をザビ家に売り込もうとしてた訳だし”
そのマハラジャにとっての誤算は二つ。
一つはハマーンのニュータイプとしての部分でなく、貴顕の地位から名誉女中としてザビ家との繋がりを持ててしまったことだ。
これ自体は嬉しい誤算であったし、キシリアがハマーンとマレーネを痛く気に入っていることも喜ばしいが、言い換えればハマーンとマレーネが「父親が気に入らない」と言ってしまえば──現役の軍官僚である以上、一定の地位は保証されるが──マハラジャを追い詰めることが出来てしまう位置にいるということだ。
“キシリア様もお父様の所業を知ってるから、当然好ましい人間とは見做されないからね”
ザビ家との距離は近くなったが、その距離は娘姉妹を寵愛するキシリアの胸先三寸。これまでのように家の道具として扱うことは出来なくなったことは、地位を安定させることが出来た筈のマハラジャに、一つの楔を打ち込む形になった訳だ。
“もう一つの誤算は、これまでのカーン家当主やお父様になかったカリスマを、お姉ちゃんが有していたこと”
人を、場を、金と言葉で巧みに動かし、地位を固めて自らの足で頂に上る術を心得たマレーネの躍進は、マハラジャだけでなくハマーンも目を見張ったものだ。
“確かにお姉ちゃんは外見こそ淑女に見えて、中身はじゃじゃ馬だったけど、ここまでアグレッシブになったのは、間違いなく
蛇足だが、マレーネの北米行きには内心反対だったキシリアが、北米から本国に戻ったマレーネを迎えての第一声は次の通りである。
『大丈夫!? あのエロオヤジに変なことされなかった!? いつでも私とイワン様に言ってよ物理的に首飛ばすから!!』
おふざけこそ口にしていても──少なくとも、ハマーンが知る限りでは──他人を悪しように罵ることなど一度としてなかったキシリアが、こうも苛烈極まりない発言をしたこと自体驚きであったし、キシリアのガルシア評がどんなものだったかは推して知るべしだろう。
流石に王女様お気に入りの名誉女中に無体を働くほどガルシアも阿呆ではないが、それぐらいボロカスに言われる程度には散々な悪評が知れ渡っていたのがガルシアである。
北米行きにしたところで、年頃のマレーネに行かせるぐらいならキシリア自身がが出向く気満々だったのだ。
だからこそ、マレーネが頬を染めて語ったガルシアとの『美談』はキシリアに驚天動地の衝撃をもたらした。
『別人の魂でも入ったのかしら……?』
などと大真面目にキシリアが漏らした時など、流石に言い過ぎでは? とも思った。思ったが……戦前の悪評を複数方面から耳にすれば、ハマーンもキシリアの気持ちが痛いほど分かった。
ハマーンがキシリアの立場でも、我が儘が許されるなら絶対にマレーネは送らなかっただろう。
出立前にも「何かあったらすぐにガルマに泣きつくこと!」と口を酸っぱくしていたのも頷ける。
結果だけを見るならば北米侵攻以降──表面上は──完全に別人となったガルシアは、見事に名家のご息女のハートを掴んだ訳だが、その後のマレーネはといえば最初に語った通り、女として一皮剝けた。
……。正しくは剝けてしまった、というべきかも知れない。
明るく、快活で、周囲をハラハラとさせてしまいそうな一面を魅力として伸ばすのでなく、女としての美しさの中に棘と毒を隠す強かさを身に付けてしまったのだ。
『あんなに純情で快活だった子が、中年オヤジの毒牙にかかって悪役令嬢に!?』
キシリアがこのように叫ぶのも、無理からぬ話であった。
他人の影響というものは侮れず、計り知れない。
ましてやマレーネは──これはハマーンやカーン家の女全員に言えることだが──男が絡むと一途に暴走しがちで、しかも理不尽に周囲を巻き込むという悪癖持ちだ。
ガルシアからすれば「自分好みの女になれ」という欲求を伝えただけだったのかもしれないが、最早想像の数段上を行っている。
“貴婦人方のサロンでもロメオ閣下との婚約の外堀埋めてるし、凱旋将軍として本国に帰還したら、すぐに食べられるわね”
ただ、そうした姉の成長に思うところは有れど、ガルシア当人からしたらマレーネが自分好みにすくすく育ったのは間違いないし、ハマーンとしても心の奥底では未だに恨んでいる父親を蹴り落してくれるなら言うことはない。
損をするのは因果応報のマハラジャだけで、それ以外は誰にとっても円満な状態なのだから、むしろ歓迎すべきだろう。
“……キシリア様は、割と本気で愛娘が不良と付き合うことを知った母親みたいに泣いてたけど”
まぁ……そこについても当人の人生と幸せなのだからと最終的に納得してくれたから構うまい。
余談が長くなってしまったものの、そうした事情からマハラジャの居場所は軍だけになっているし、その軍にしたところで将来的にはガルシアの権勢が轟く以上、カーン家が物理的にマレーネとガルシアに乗っ取られるのは確定事項と言って良い。
そうなれば晴れてハマーンは家のしがらみが無くなるだろうと伝えれば、キャスバルの微笑が一層深くなった。
心を読むまでもなく、ハマーンが唯の女の子になってくれることを歓迎しているし、それならばと次のアクションを起こす気でいるのがはっきり分かった。
“実に現金なこと”
内心その様に苦笑したが、ハマーンは構わない。
お家だのしがらみだのが煩わしいのはお互い様であったし、向こうから進展させてくれるなら願ったりだ。
「ハマーン。正直に打ち明けるが、私は君個人に対して遠慮があったし、常に一歩引いた態度を取ってしまっていた……勿論それは、君自身気付いていたかもしれない事だが」
気付くどころか、その都度心を読んでいたわよ。とは台無しなので言わない。
折角男が思い切った言葉を口にしようとしているのだ。貞淑かつ無垢な少女を装って、視線だけで続きを促す。
「私は……君が思うほど清廉な男ではない。会って間もない頃は君を出しに初恋の女性と……キシリア殿下との時間を持とうとしたし、君が私に向ける感情を機に殿下への恋心を忘れようと努めても、常に殿下との思い出や、君自身の家の事情から、一定の距離をあけていた」
“ええ、知っていたわ。知ってはいたけど……これはビンダ一回ぐらい許されていいんじゃないかしら?”
正直に打ち明けたことは褒めても良いが、一人の女としてムカつくのである。手が届かないから代替品で我慢しようって考えてたとか、熱々のティーポッドを頭からぶっかけたってキシリアは許してくれるだろう。
むしろ「構わん、やれ」とGOサインを出してくれる筈だ。
それはそれとして、キャスバルが欲しい返しを口にしてやるぐらいの器量は見せてやるが。
「キャスバル様が私を通して、焦がれたキシリア様を見つめていたことは存じておりました。私のお家が、私との距離を縮める上での妨げとなっていたこともです」
けれど、それを打ち明けてくれた以上、今の心は違う筈だ。
貴方の内に住む女性を、子供としてでなく、異性として捉えてくれているなら、それは嬉しいことなのだと正面から伝える。
「ありがとう。君を一人の女性として見て、接することを許されるなら……君が私をダイクンの子でなく、キャスバルという男として見てくれるなら、私は君の気持ちに応えたいと……いや、違うな」
男としてのプライドから来る「お前が好きだと言うなら付き合っても良い」などという傲慢な言葉に歯止めをかけた。
相手に一方的に求めるのでは、相手の心に期待し、甘えるのでは駄目なのだ。
「こんな私でも、君に愛して欲しい。一人の男として見て、受け入れて欲しいのだ」
「喜んで」
迷うことなく満面の笑みで即答しつつ、可及的かつ速やかにキシリアに報告すると心に誓う。言質を取ったのだから逃がしはしない。絶対にだ。
「今夜──お暇でしょうか?」
空いている筈だ。なんであったら夕食と一緒にプライベートなエリアまで誘っても良いかとか、それぐらいはちょっと考えた筈だ。心の奥底で軽く期待した部分を突くように上目遣いで誘えば、キャスバルは戸惑いがちだったが頷いた。
「言っただろう? 君に閉ざす戸は持っていないさ」
その快諾に無垢な天使の様に、しかし、腹の奥では小悪魔のような笑みを浮かべて、ハマーンはキャスバルに抱き着いた。
◇
「本国を発つ。段取りもつけた」
「久々に顔を見せたと思ったら、随分性急ね。サスロ兄上」
折角実家に戻って久方ぶりに茶でも楽しもうと言い出しておきながら、さしたる間も置かずにこれだ。戦時下にある以上文句を言うつもりはないが、それでもキシリアに思う所が無いといえば噓になる。
「多忙なのは分かってるけど、どうして私に?」
決して正史のようにサスロとキシリアが険悪という訳ではないし、突き放している訳でもない。諜報組織の元締めとしてこれまで一度として動向を知らせることのなかったサスロが、今回に限ってキシリアに報告したのが解せなかったのだ。
「お前にも同行して貰う。ああ、お気に入りの女中も連れて行ってやるから、そこは安心しろ」
「……。この時期に祖国を離れろって?」
年末に催される大々的な観閲式典は国威高揚を目的としているだけでなく、今日までの戦没者に対する慰霊も兼ねる以上、ザビ家の一員として参列せねばならない。にも拘らず本国から離れろというのは、「何かあります」と言っているようなものだ。
「……大方、親父に残るのが王族の義務だとでも吹き込まれたのだろうが、お前にも相応の役目を用意してのことだ」
民を安堵させるために王族を本国に置くのであれば、それは公王たるデギンだけで足りる。
「言い方は悪いが、
「据え物以外の使い道なんて、私には
軍才にも秀でず、かといって政略に長けている訳でもない小娘に、どんな使い道があるというのか。サスロの方はこれまでと違い、深く息を吐いて俯きつつ、空になったコーヒーカップを覗いた。
「……この戦争は長く続かん」
地球侵攻から今日まで、突撃機動軍が抑えているのは北米と欧州に限定されている。連邦を下すには、圧倒的に人的資源が不足している状況にも拘わらず、サスロは確信を以てキシリアに切り出した。
「無論、我々は勝てる……勝てはするだろう」
だが、完全無欠のハッピーエンドには遠い。
「土台、戦争だ。屍山血河の果ての勝ち負けを決める世界と言われればそれまでだ。それまでだが、な……」
嗚呼、糞。と苦々し気に女給がお代りを淹れたコーヒーを、喉が焼けるのも構わず一気に呷った。
「……ギレン兄もイワンも、お前に絆された。だが、俺もお前に対して恥じ入る部分がある」
後ろ暗い仕事を続けてきた。全ては国家の為、国益の為に行ったことで、サスロの信念には一点の曇りもなかった。しかしだ。
「俺とて人の子だ。ザビ家の男として国を背負う覚悟を有していても、この展開を望んだ訳ではない」
だから、これはある種の罪滅ぼしであり、自分自身に対しての納得を得る為のものでもある。
「今この場で、全てを明かす事は出来ん。だが、これはお前にしか出来んことでもある」
ザビ家の男達は皆、多かれ少なかれその手を血に染めた。
正義の御旗を手に、自由を勝ち取る為の戦いだと胸を張れるものであったとしても、サスロが求める『役目』を果たし得るのはキシリア以外に存在しない。
「その対価が、カーン姉妹やオーレリアの安全なのね」
「否定はしない。……だが、ハマーン・カーンは別だ。あれは姉共々厄介な能力を持っている癖、キャスバルとの距離が近過ぎる」
つまり、ニュータイプであるハマーンがキャスバルの傍に居て貰っては困る事が、ジオン本国で起きるのだろう。
他者の心を読み、察してしまう彼女が居ては、番狂わせが起きかねないから。そして……ハマーンをキャスバルから引き剥がすということは……。
「キャスバルも巻き込むのね?」
「下野を表明して貰った手前、気が引けることだがな。その分はハマーン・カーンだけでなく、アルテイシアの安全も確約することで埋め合わせるが、俺やお前と同行はしない」
沈み行く船から逃げ出す鼠のように、有力者が挙って本国を空けては連邦に勘付かれるし、士気にも拘わる。
「いずれにせよ、ジオン本国という舞台にお前の居場所はない」
「……そう」
きっと、ここから先は酷いことが起きるのだろう。キシリアに見せたくない、見せる訳には行かない事が……。
だけど……。それらは既に確定事項なのだ。止めようにも止められず、だからこそ、起きたその先を見据えて動くしかないのだろうことは、キシリアにもはっきりと分かった。
「ねぇ、兄上。私がやることは、皆の役に立てる?」
ただ逃げる為の口実でなく、そこに意味はあるのかという問いかけに、サスロは正面からキシリアを見つめ返す。
「保証する──お前が、より良い未来に繋がる鍵だ」
血濡れの憎悪と、無限の怨恨に歯止めをかけるために。
世界というキャンバス全てを、赤黒い絵の具で塗りたくるのを阻止するために。
世界の全てが、人の悪意と憎悪に染まってしまうことを、共に阻止して欲しいのだという善性の懇願がそこにはあって──。
「──行くわ。いいえ、行かせて頂戴」
求めているのは、勝つことじゃない。
絵空事と笑われても、皆が笑える未来が欲しかったのだから。
それを願ったからこそ、キシリアはキシリアなりの努力と歩みを続けてきたのだから。
【悲報】キャスバル坊や。自分から人生の墓場の墓穴を掘って墓石まで建てた模様【自業自得】
この後? キャスバル君がはにゃーん様に全年齢版じゃ描写出来ないことヤったから、絶対に逃げられなくなったよ。認知して♡(拒否権はない)
じゃあ、幸せになったキャスバル君は苦しもうね♡
リディ「逃れられないのさ、血の呪いからは」
え? 血も涙もない? 良いじゃん赤いのはベッドではにゃーん様の胸に顔埋めて良い子良い子して貰ったんだからさぁ。
……。赤いの、お前ホントもう駄目だぞ。
(なおイワン君もベッドの上じゃないけど、ロリキシリア様が同じことしてくれたら嬉しい模様……お前らさぁ)