宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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【お詫びと加筆修正のお知らせ】

 69話 斯くて劇の幕は上がる

 にて、イアン・グレーデンの階級を特務少佐と記載していましたが、正しくは特務中佐です。
 加え、特務階級と一般階級の違いなども、この回にて説明を加えました。
 簡潔に述べますと特務階級は。

・(通常階級で)一階級上の相手までなら、先に敬礼されるよ。
・与えられる官舎の個室とか、給料とかも二階級上の階級と同水準になるし、出世も早いよ。
・でも、二階級上の扱いを受けるけど、総帥府から「派遣先で二階級上の仕事しろよ」と命じられない限り、二階級上の『指揮権』は与えられないよ。
(たとえば特務少佐だったら、総帥府から命令が有ったら大佐と同じ扱いで連隊(三〇〇〇人)規模の指揮が出来るけど、命じられてなかったら普通の少佐と同じで、大隊(一〇〇〇人)規模の指揮権しか有さないよ!)
・だから『指揮権』の都合上、特務中佐より普通の大佐の方が偉くて、普通の大佐の部下に、特務中佐がつくケースもあるよ。

 と言った感じです。こうして書くと結構ややこしいですね。
(いっそORIGINみたいに、特務階級は大尉までにしとけば良かったかもしれない)
※ORIGIN(映画)の設定資料集『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN キャラクター&メカニカルワークス』には特務大尉までしか、特務階級は掲載されていない模様。
 MS IGLOOの設定資料集『機動戦士ガンダム MS IGLOO グラフィックファイル』には親衛隊少将の階級まで掲載されていますが。



73 盤上遊戯

「妙ね」

 

 防衛師団、親衛隊双方から提出された書類に目を通して、ニアーライトが隠しもせず顔を顰めると、レオポルドも間髪入れず同意した。

 

「……ええ。この調査報告は纏まり()()()います」

 

 公職の書類に不手際があるようでは話にならないし、そこは重々承知するレオポルドであったが、だとしてもアリバイを含めて白()()()

 

「互いのメンツを前に出しての、庇い合いっていうなら穏当な方だけど……」

 

 十中八九、連邦からのスパイが紛れ込んで仕事をしたのだろう。

 そんなことは端から承知していたが、忌々しいのはあからさまに()()と分かっていながら、()が黒なのかが全く分からないということだ。

 

「あたし達を疑心暗鬼にさせることで、動きを鈍らせたいようね」

 

 手段も思惑も全てがあからさまな癖、忌々しい程に効果的だ。敵ながら称賛にさえ値する手際である。

 

「白過ぎる奴を一人洗うだけでも、相当に時間を割かなくちゃならない」

「ましてやこの人数ですからね」

 

 公安本部総がかりでも年内に片付くかは怪しいもので、人手を増やせば増やしただけ、連邦工作員の介入も多くなる。

 これまで徹底してた組織の介入を阻んできた親衛隊が、掌を反すように平身低頭で公安に協力を求めてきたことは、ニアーライトやレオポルドにとっては渡りに船だったが、それすら展開としては出来過ぎている。

 

「下手したら延々鼬ごっこよ、これ」

「先輩が裏切らないって確信できる人、居ます?」

 

 二人ではどう足掻いても手が回らない。かといって、増やし過ぎるのも問題だ。だからこそ、この稼業の酸いも甘いも知り尽くしたベテラン(ニア―ライト)に問うたのだが……。

 

「公安内じゃ、貴方以外は駄目。信用云々以前に、仕掛けた連邦側の動きをあたし達以上の目線で捉えた上で、情報を渋る奴しかいないわ」

 

 この悪辣なゲームには、当然だが上層部も勘付いている。その上で公国上層部はニアーライトやレオポルドの様な『駒』からの情報漏洩を防ぐために、どれだけ信用を置いていても、既に自分達が精査した情報以外を開示する気はない筈だ。

 言い換えれば、信用のおける上からの指示からなら『駒』として問題なく動けるということでもあるのだが……。

 

 ──逆に『黒』は?

 

 という意味合いを込めて、尻の黒いボールペンをレオポルドがノックした。

 宇宙世紀の時代にもなってと思われるやもしれないが、この手の仕事はアナログな道具の方が強い。何しろ電子媒体と違って、何を書こうが紙を完璧に燃やせば復元は困難だからだ。

 公安職員に喫煙者が それも電子タバコでなく古式蒼然とした紙巻がもてはやされるのも、燃やす道具を不審に思われる事なく持ち運べるからこそである。

 それはさておき、ニアーライトもレオポルドの意図は心得たもので、書類を捌きながら口を開く。

 

「ま。課長や部長のデスクでも漁ったら何か出てくるかもだけど……捜査権を取り上げられかねないしね」

 

 ビリー・モーガン課長と、バリー・エドモンド部長は駄目だということを心のメモ帳にしっかりと記録たレオポルドだが、一層深く渋面を作った。

 

「……直属指揮の上司に、それは不味いでしょう?」

「言ってみただけだから、絶対にやるんじゃないわよ」

 

 その二人は釣り餌だ。近付いたところで得られる情報などなく、ばかりか全てが終わるまでに拘束されるのがオチだろう。

 ただ、問題はそこではなく目と鼻の先にいる真っ黒な上司が自分達を見ているというところにある訳だが。

 

「だから、あたし達は基本外回りね。身内を疑ってたらキリがないでしょ?」

 

 内側を探るのは止めておけ。安全なのは外の方だと立ち上がるニアーライトに、レオポルドもつられるように席を立った。

 

 

     ◇

 

 

「で? そっちはどうなの?」

 

 この際信用の有無は問わない。情報を持ってそうな奴は居ないのかと質すニアーライトに、レオポルドは後頭部を掻いた。

 

「ここ数年は顔も合わせていませんが、総帥府に当てが一人」

 

 国家の中枢なだけに口は堅いだろうし、必要な情報があるかさえ分からないが、公安以外の伝手と言えばそれぐらいしか思い当たらなかった。

 

「ふぅん……悪くないわね」

 

 総帥府とは結構な伝手だ。口を割らないにしても、会話の中から状況一つでも察することができるぐらいには鋭いレオポルドなら、掴めるものもあるだろう。

 

「口が堅くて、盗聴器の心配もないお店なら知ってるわ。値も張るけど、そこは先輩を頼って頂戴。……領収書、忘れんじゃないわよ?」

 

 末尾は割と本気のトーンであったが、そこはレオポルドも心得ている。「分かっていますよ」と苦笑しつつ、口の堅い店とやらを教えて貰うことにした。

 

 

     ◇

 

 

「やっほー! 久しぶり、お兄ちゃん!」

 

 天真爛漫といった調子で笑顔を振りまきながらレオポルドに抱き着くのは、エリース・アン・フィネガン。

 レオポルドにとっては三年ぶりに顔を合わせる幼馴染である。

 総帥府内でもセシリア・ザビに近しい位置にあるエリート士官で、過去にはマ・クベやイワンの秘書官候補として推薦されていたと言えば、その英邁ぶりは嫌でも分かろうというものだ。

 

「悪いな。急に呼び出して」

「いやいや、そんな。可愛い幼馴染の為にディナーのご用意と、柄にもなくおめかしまでとなったら、そりゃあ期待もしちゃうでしょう? あ、それともクリスマス・シーズンだし、妙なことも期待してたりとか?」

 

 スカートの端を軽くつまむエリーゼは、冗談なのか本気なのかも分からない声音と調子であったが、それにも増してレオポルドが感じるのは、贔屓目を抜きに女として一層磨きがかかったな、というところだった。

 しかし、それが良い意味でなのかと問われれば別だ。

 女が女として磨きがかかるのは、男の側からすれば読み難くなったということに他ならない。

 

“ヨーク長官や、マ・クベ閣下の秘書官候補になったのも頷けるな、こりゃ”

 

 どちらも秘書官を必要としなかったために流れたものの、その二名の候補に選ばれたというだけでも実力の程が伺える。

 

「どこに連れてってくれるの?」

「ロストフだ。そこのクロケットが格別らしい」

 

 事前に手配していたタクシーに乗り込み、走り出すこと数分。目的地の店は、如何にもという高級レストランだった。

 

「フィーゼラー様ですね」

 

 こちらに、と恭しく迎えられた受付にコートを預け、席に着く。

 注がれた食前酒のグラスを互いに掲げることで乾杯を示すと、軽く口を湿らせる。

 

“……。美味いなこれ”

 

 誘惑に負けて飲み干してしまいたい衝動に駆られてしまったのを自制したレオポルドに対して、エリースの方は「おいし~」と上機嫌で呷っていた。

 ペースが速く感じるが、それにつられる訳には行かない。酒は自分のペースで、時間を計りながら慎重に流し込む。

 エリースの方はと言えば、流石にこの程度で酔いが回る筈もなく、前菜が出るまでグラスを回して世間話と洒落込むべく口を開いた。

 

「お仕事は慣れた?」

「ああ。まだ尻に殻のついた青二才だが、良い先輩に恵まれてるし、やりがいはあるよ」

 

 具体的な話は持ち出さず、微笑を浮かべながら「そっちはどうだ?」と問い返せば、エリースは嫌な顔一つせず口を割った。

 

「そりゃ飛び切り忙しいよー。世間様は楽しい年末でも、地球から上がってくる書類一つ捌くだけでどんだけの手間と時間がかかってることか……」

 

 嘘こけ、と思ったが口にしない。イワンとマ・クベの秘書官に推薦される女が、仕事で泣きを入れるなど有り得ない事だ。

 ……有り得ない事だが、「苦労は察するよ」と苦笑して見せた。

 

“我ながら、嫌で悪い男になっちまったなぁ……”

 

 運ばれてきた前菜に舌鼓を打ち、仕事から日常の会話に切り替わる中でも、公安捜査官としてのレオポルド・フィーゼラーは常に『私人としての自分』という仮面を被って演じ続ける。

 そのことを心中では自己嫌悪しつつも、それを本気で悔いていない自分がいることにも気付いていた。

 

『貴官は、憲兵より政治家向きかも知れんな』

 

 そんな言葉を投げた、憲兵時代の上官の顔は今でも覚えている。苦笑しつつも間違いなく上官の目は本気だった。

 

“ああ、俺もそう思うよ”

 

 なろうと思えば、なる事は出来た。鬱陶しい実家の剤とコネクションを駆使すれば、相応の地位で然るべき席にも着けただろうし、やっていける自信もある。

 だが、祖国(くに)が戦時だったのだ。自分でも何かしたいと思って、行動で示したいと思ったからこそ軍に入り、MS(モビルスーツ)操縦士(パイロット)になろうと奮起した。

 結果はここまでに語った通りであったが、それでも培った経験そのものは決して無為でなかったと信じている。

 ……或いは単に、そう信じたいだけなのかもしれないが。

 

「……。随分男前になったね」

「なんだよ、急に」

 

 声が微かに上擦ったのを自覚する。ここまでのエリーゼもレオポルドがそうであったように、私人としての自分自身の仮面を被りつつ、総帥府勤務士官としての己を隠していたが、先の言葉は、仮面の隙間から漏れ出た本心から来たものだと分かってしまったからだ。

 

「そりゃあお互い三年も顔を合わせて来なかったんだから、思う所も募る話もあるってものでしょ? ……ねぇ、ちょっと愚痴を聞いてくれる?」

 

“眼鏡に適った……ってことかね、こりゃ”

 

 愚物ならば、評価に値しないのであれば貝の如く口を閉じ、流れに任せて何も掴ませずに終わるつもりだったエリーゼは、私人と公人、双方の己を綯い交ぜにした表情をレオポルドに向ける。

 そこから先の発言は一歩以上に踏み込んだものだった。

 

「最近、仕事のゴタゴタが本当にひどいのよ……年末には大々的な式典(セレモニー)もあるし、それだって滞りなく進むかも怪しいもんだし……」

 

“……そこがタイムアップの日時か”

 

 それまでに決着を着けて欲しい。でなくば、本当に滅茶苦茶になるぞという警告は嫌でも分かった。

 

「苦労は察するよ。それで? 仕事以外で俺がお前に出来ることはあるか?」

「いえいえ、皆様の安全を守るお巡りさんのお手を煩わせるなんて、滅相もございません。日々のお勤めには心から感謝していますので、精一杯励んでくださいませ。

 今の私には、赤ワインのお代わりで十分です。出来れば外れ年の七一年以外で」

 

“七月一日は、防衛師団の創設日だったな……どの意味だ?”

 

 そこは外れだから他を当たれ、なのか。

 そこは不味いから遠ざかれ、なのか。

 ……或いは、そここそ本命という意味なのか。

 

「……飲み過ぎるなよ? 良い年した女をおぶって帰るなんて、間抜けな絵は御免だ」

「分かってますよーだ。何事にも慎重に、でも、進むべき時には進むのが総帥府なんだから」

 

“……行けって事か”

 

 分かってはいたが、厄介な仕事になったなと内心ため息を漏らしつつ、同じようにワインを呷った。

 

 

     ◇

 

 

『レオポルド・フィーゼラーが総帥府の士官と接触しました。エリース・アン・フィネガンです』

 

 電話から届く会話内容は、本来話している会話と異なる。

 第三者が聞き耳を立てても何気ない私語としか聞こえぬ内容であるが、解読すれば先に記述したままの内容が、ニアーライトに届くようになっていた。

 脳内の辞書と手早く符牒を照らし合わせた上で、説明を受けるまでもなくエリースの経歴も頭の資料庫から取り出す。

 イワンとマ・クベの秘書官候補という経歴に加え、セシリアの子飼いと来れば裏を取る必要すらない人物だ。

 

「『良い女と縁があるようね。ジオニック機関立役者の御曹司様は』」

 

 フィーゼラー家についても、当然の如くメスは入れた上で公安に迎えた訳だが、敢えて口に出したのは連絡員にレオポルドは白だと改めて忠告する為でもある。

 はっきりとした敵味方を事前に伝えておくことは重要だ。

 スパイという奴は優秀な反面、取捨選択を誤ると末端が迷走する。特に、今回の様な時間制限が設けられた仕事となれば尚更に。

 

「『で、あたしへの指示は?』」

 

 このまま公安捜査官として、至極まっとうな仕事を続けることで衆目を集めるに留まるのか。それともサスロ機関の構成員として、踏み込んだ仕事をすべきなのか。

 ニアーライトに示されたのは、両方だった。

 

『標的はビリー・モーガン。S直々の指定ですが、詳細は添付資料をご確認下さい』

 

 Sとは諜報機関の長官たるサスロ(Sasro)を指す。

 これまでも直々の指令は受けてきたし、その都度完璧にこなして見せたが、今回は明らかに毛色が異なる。

 

「『釣り餌を仕留める訳?』」

 

 黒と分かり切っている分、どうとでもなるが、無視してしまえばいい手合いだ。情報将校の地位を有するニアーライトを動かしてまで、始末する必要はない。

 ……それも、ティターンズの仕業に見せかけて飛び切り派手にやれと来た。

 

“あからさま過ぎるわ。相手だって陽動って気付く筈……ああ、そういうこと”

 

 目的の二つ。

 一つはあからさまに動くことで、ニアーライトを見せ札にしたいのだろう。

 その後の報復にニアーライトを襲わせるも良し。

 小物が消されたと無視するならそれでも良し。

 どちらにしても寄生虫を潰すと同時に、本国は連日のテロが大層腹に据えかねたのだと示すことができるのだから損はない。

 

「『レオは……、あたしの相棒(バディ)は舞台から降ろせる?』」

 

 スパイらしからぬ感傷だとは理解している。

 そして、それが叶わないということも。

 

『レオポルド・フィーゼラーは優秀です。フィネガン特務大尉の発言からしても、総帥府が使いたがっているのは明白かと』

 

 ジオン公国の持ち駒は圧倒的に不足しているし、敢えてそれを敵にも包み隠さず示してきたからこその立ち回りを行ってきた。

 裏の一つもない捜査官だからという理由で舞台から……ましてや公僕を降ろすなどできない相談だ。

 

 そして、それこそが二つ目の目的だった。

 サスロはニアーライトを見せ札にすることで、総帥府が関心を寄せたレオポルドと切り離す腹積もりなのである。

 総帥府がレオポルドに唾をつけるのは構わないが、ニアーライトは()()()の駒だ。

 詰みの段階まで動かすことを決めている人材を、引き抜いてくれるなという宣言もかねての指令だった。

 

「『そうよね。言ってみただけ』」

 

 分かっていた。分かっていたからこそ、気を引き締める。

 飛び切りの仕事をしてやろう。降りかかる火の粉は皆の目を引くほど豪快に払ってやろう。そして──。

 

“あたしが全部片づけて上げる”

 

 それがレオポルドに出来る、唯一の庇い方だと分かっていたから。

 

 

     ◇

 

 

 次の日の正午、公安本部のオフィスが一つ吹き飛んだ。周囲を巻き込まず、しかしオフィス内の人間だけは確実に始末するという殺意の塊であり、白昼堂々と完璧な暗殺を果たされたことで、公安本部の面子を丸潰れにさせる不敵な行動でもあった。

 

「手早く動くわよ」

 

 目の上の瘤の一つである、ビリー・モーガン課長がくたばったのだ。公安内部を洗うなら今だと背中を蹴るニアーライトに、レオポルドは眉間に皺寄せつつ従った。

 

「……先輩」

「だまんなさい」

 

 有無を言わせぬ言葉であった。目の上の瘤は始末できたが、それでも連邦の手は長い。蜂の巣をつついた騒ぎの中、法則性を以て動けるのは余程のプロ根性の持ち主か、事前にこうした事態に備えていた人間のいずれかだ。

 

“できればこの機に殺しときたいのも何人か居るけど”

 

 生憎と、生殺与奪の権限までニアーライトに与えられていない。殺せと命じられたのは課長だけである以上、他は無視して動くべきだし、デスクを漁る真似もしない。

 公安本部内の情報は、既に他のサスロ機関の連中が抜いている。本当に欲しい情報は、黒と断定できる人間の頭の中だけだ。

 

「あらあら。随分と精が出ますこと。お手伝いが必要かしら?」

「ふざけている場合かニアーライト!? 貴様も公僕なら手を貸……っ!?」

 

 他の爆発物が存在する危険も顧みず、課長の執務室に踏み込んだバリー・エドモンド部長に対し、ニアーライトは拳銃を抜くことで意を示した。

 

「レオポルド・フィーゼラー……お前はどちらの側だ?」

「俺は公僕ですので、国家の奉仕者の側に立ちます」

 

 玉虫色の回答に聞こえるが、目は違う。エドモンドに対し、お前だけは論外だとはっきり告げていた。

 

「レオ、部長から懐の銃を……前言撤回」

 

 パン! と、映画とは違う、小口径特有の玩具のような発砲音と共にエドモンドの眉間に穴が空いた。

 

「何をっ……」

「命の恩人に、随分な口の利き方ね」

 

 脇の下にぶら下がった銃にはワイヤーが。その更に奥にはご丁寧に手榴弾のピンが付いている。言われるがままレオポルドが拳銃を取り上げれば、二人揃って殉職していた事だろう。

 慎重に手榴弾を回収し、他の持ち物も確認するが、捜査に役立ちそうなものは一つとしてなかった。

 明らかに、あわよくば巻き込む気であったのだろう。  

 しかし、落胆の溜め息の後に続いたのは静寂でなく、背後から響く慌ただしい足音だった。

 

「膝を付いて、両手を後頭部に回せ!」

「遅いわよ、馬鹿」

 

 銃を構えつつ、おっとり刀で駆け付けた公安職員と親衛隊員にため息をこぼしてから、言われた通り手を回す。

 

「先輩……説明して貰えませんかね?」

「全部終わってからね」

 

 渋面を作りながら手錠をかけられるレオポルドに、ニアーライトは意地悪な笑みで応えた。

 

 

     ◇

 

 

「貴女が使えると報告した捜査官……レオポルド・フィーゼラーですが、たった今、相棒共々公安に逮捕されたそうです」

 

 ため息を零すセシリアに対し、言い訳をするつもりはないという意思表示か、はたまた益のない会話をすることの無意味さを弁えてか、エリーゼは不動のまま口を閉ざしていた。

 

「貴女に非はありません。彼の相棒であるニアーライト捜査官はサスロ機関の構成員で、そこは私も把握していましたからね」

 

 これはサスロ機関からのメッセージであると同時に、配慮でもある。

 元々レオポルド・フィーゼラーにはサスロ機関も多大な関心を寄せており、あわよくばスカウトしたいという思惑も存分にあった。

 公安への移籍に関しても、その前段階の審査期間と言えるものだったのだが、エリーゼが……というより、レオポルド自身がそれを壊してしまった。

 

 無論のこと、サスロ直々にセシリアに話を通して『なかったこと』にしてくれと頼むことも出来たが、そこは本国情勢と、互いが描いたシナリオが合致したことが功を奏したのだろう。

 サスロ機関にスカウトするより、総帥府の持ち駒に加えた方が有用と判断しての逮捕劇だ。

 

「今後、フィーゼラー捜査官は総帥府と親衛隊(わたしたち)が。ニアーライト捜査官はサスロ機関が動かすこととなります」

 

 やはりこの辺りは、諜報組織たるサスロ機関の方が仕事が早い。

 将来有望な捜査官(レオポルド)と一緒に、自分達の持ち駒(ニアーライト)すら抱き合わせて持って行かれるのは困るという明確な意思表示だった。

 

「彼を上手く使いなさい。我々の勝利の為に」

 

 ふっくらとした色香に溢れる唇から出たのは、感情の冷えた公人としての言葉だった。

 




 出番なさ過ぎて、主人公なのに存在感が薄くなってるイワン君(髭・隈なしver)を用意してみました。

【挿絵表示】

 元々髭込みの老け顔デザインだったけど、こうしてみると年相応かな?
 しっかし、髭とか隈がないと、なんかすっごく物足りなくなるね、君。
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