土屋 四方 さま、MAXIMさま、ご報告ありがとうございます!
「隊長、連邦駐留軍はこの混乱に対応すべく治安部隊を出動し、警戒態勢を取ると通達してきました。おそらくは我々の捜査の目を潰す事が目的と思われますが」
「……承知している」
糞! と駐留軍に対し、保安隊長は心中で忌々しげに吐き捨てた。ダイクンの死とジンバの後継者演説はつつがなく終えることが出来たが、よりによってその混乱に乗じて警戒と来た。
“これではラル議員が、連邦と組んでダイクンを謀殺したと疑われるではないか!?”
実際のところ、そのような
その最中にあっての訃報に加え、余りにタイミングのいい出動……実行犯を逃がす為に、駐留軍が出張ってきたと、図らずして連邦の手で国民の内に撒かれた猜疑の種が芽吹くのには、さして時間はかからないだろう。
“駐留軍の馬鹿共は何を考えているのか……それに加え、ヨーク副隊長の件もある”
本来、議事堂内部の保安部隊員は政治思想に対し中立か、でなくば
重要演説である以上、主義主張が偏った構成員では、どれだけ潔癖であろうと万一があった際、あらぬ疑いをかけられかねないと……。
しかし、保安隊長はダイクン支持者にして改革派へのコネクションもあり、かつダイクンの体調が優れないこともその地位から理解できる立場にあった。
最悪の場合、ザビ派が手を回してデギンが後継者だと喧伝される事の無いよう、敢えてそれを無視してイワンをはじめとしたザビ家の側にある人員を議事堂外縁部に配置し、内側を改革派支持者で固めてしまったが、今となっては確かに浅慮だった。
“よもやデギン・ザビ副議長が、ああもあっさりとラル議員を認めるとは……”
最大の誤算はそこだった。こんな事になるのなら、ダイクンの死にザビ家の人間を立ち合わせるべきだったか?
“いや、それは出来ん……首相は黙して死んだのだ”
後継者の指名など発せなかった。人目がないのをいいことに、ジンバと保安隊長ら、彼の息のかかった者たちで示し合わせただけのことだ。
“予想に反し、副議長はダイクンに対する敬慕を忘れてはいなかった……だからこそ、改革派たるラル議員が指名されたということさえ素直に信じて身を引いたのだ”
もし後継者指名がなかったのならば、ああも潔くデギンは譲らなかっただろう。ジンバでなく、副議長たる自分がムンゾを担うと主張して憚らなかったに違いない。
そうでなくともダイクンを欠いた状態で、しかも後継者指名という錦の御旗もないまま改革派とザビ派との関係悪化が激化すれば、ムンゾは内乱に近い形に……否、内乱に突入しかねない。
“改革派がジオン党を纏め上げるには、あれしかなかったのだ!”
そう自分自身に言い聞かせても、不安ばかりは拭えない。一寸先は闇の政界において、正答を常に選び続けることなど怪物にさえ不可能なのだから当然だろう。
「ヨーク副隊長を呼べるか?」
手前勝手は承知の上で、隊長はそう部下に問うた。
◇
「駐留軍とは、交渉に漕ぎ着けたそうだな」
見事なものだと隊長は到着したイワンを褒め称えたが、対するイワンは憮然とした表情を隠しもしない。「進言した筈だ」と。そのような非難がましい視線が深々と隊長に刺さっていたが、それは甘んじて受け容れるだけの用意はある。
「早速で悪いが、我が国は現在混迷の坩堝と化している。民衆には『連邦による暗殺』などと陰謀論に煽られている者も少なくない。貴官には許す限りの権限を与えるので、国民の軽挙妄動を抑えてくれ」
「他の件で、忙しいんです」
同伴した部下を一瞥した後に、声を押し殺しつつそう返した。我が物顔で首都をはじめとした各域を武装して練り歩く駐留軍を相手にするばかりでない。行動的なザビ派連中からは連絡がひっきりなしに届いており、彼らを抑えるのにどれだけ苦労しているか分かっているのかと、今にもイワンは机を叩きかねないほどだった。
このような事態を回避する為の進言だったのだぞと、そう視線が改めて述べてくる。
「確かに私が浅慮だった。しかし、言い争える余裕はないのだ」
手を貸してくれと隊長は言う。対し、イワンはそうではないでしょうと告げる。
「本官との確約を覚えておいでか? 議事堂の配置は隊長の独断であった事を、万が一が発生した際であっても表明すると。本官の意見具申を退けた事を各員に表明すると、そう隊長は口にしたのですぞ?」
上官命令で全てを押し通した以上、責任逃れだけは許されない。ダイクンの死亡自体は不幸なことであったし、病に斃れたのだとは信じたいとイワンは発言したが、だからこそ誠意を見せろという。
何しろ当日の警護からイワンを外すか、命令書にサインするかの二択を迫ってきたのだから、隊長には説明責任がある筈だという主張は当然だろう。
「隠し立てしたところで、一部の者は存じていること。本官が各員に暴露する必要さえないのです。憶測の飛び交う民衆のみならず、
議事堂内に詰めていたのは、議員を除けば改革派支持の保安隊員と隊長だ。その、最もダイクンに近い位置にあった者の中に、面従腹背しつつ虎視眈々と機会を覗っていた者があったのではないか? そう疑いをかけられるのは当然のことで、だからこそ謝罪と潔白の表明は早い方が良いという。
「誠意に相応しい仕事は確約します。後のことは、委細お任せを」
◇
隊内に限定してのこととは言え、改革派であることを公言して憚らぬ隊員らばかりを公私混同して議事堂内に回した隊長だが、比較的速やかな謝罪を行ったことで一定の面目は保たれた……訳ではない。
むしろ、斯様な大事にあってそのような対応を行い、ばかりか後継者指名に立ち会った人間さえ、ジンバと改革派隊員だけだと何処かから漏れた時点で、既に隊長は保安隊での居場所も権威も喪失していた。
「どういうことだ!? 貴様が漏らしたのか!?」
声を荒らげ、保安隊長は呼び出したイワンに詰め寄ったが、イワンは何のことかと問い返した。
「本官以外にもジオン党員は保安隊に多い筈。現職議員に近しい者もまた同様です」
「それはそうだが……」
冷静に返され、隊長は言葉に窮した。第一、今日という日までイワンは保安隊内の暴発や駐留軍の対応に追われており、しかも隊長の要求通り議事堂周辺で『首相暗殺』に踊らされたデモを制しつつ、連邦を非難したデモ隊に駐留軍が暴力の矛先を向けぬよう、盾となってこれを阻んだほどなのだ。
今や保安隊内において、イワンは絶大な支持と人気を博す英雄であり、人民の盾と崇敬を得るにまで至っていたが、それに反比例する形で追いやられている隊長は、今更ながらに自分がやっかみで呼びつけてしまったということを深く恥じ入るしかなかった。
何しろ副隊長たるイワン自身は謝罪を行った時点で水に流し、この件を槍玉に挙げて隊長を突き落とすような真似はしなかった。
誓って保安隊員としての職務に忠実だったからこそ周囲から今の評価があるのであって、やましい事など隊長の目からしても一つもないのだ。
とはいえイワンだけでなく、黙して尽くす清廉潔白さによって、他を追い詰める形となっているのはザビ派もそうだ。
これまでの改革派は、ダイクンという指導者あってこその強大さを維持できる派閥であったが、ザビ派は独立した野党でなく、あくまでもジオン党内における一員であり、実務面での殆どが彼らの卓抜した政治的手腕によって維持されてきたと言っても過言ではない。
ダイクンのような求心力はジンバになく、しかもイデオロギーと称するには幼稚な主義主張に、現実的見通しの立たない精神論ばかりをぶち上げる演説には、政治の玄人たる現職議員のみならず、民衆でさえ新首相に対して、将来を憂う有様だった。
皮肉なことに、改革派がこれまで敵視してきたザビ派が
ダイクン存命時のように、対立関係にあったザビ派をジオン党から除こうなどという声は改革派の若手からさえ消えていたし、むしろ少なくない数がザビ家に流れて熱心に支持し始めたが、のみならずダイクンという指導者が消え、熱の醒めた国民達も、ザビ家を希望として捉え始めていた。
この非常時にあって真に国家を憂い、国家の為に身を捧げ尽くすザビ派は慎重派と揶揄された頃から打って変わり、新首相とその取り巻きたちを改革派でなく『理想論派』と蔑み、ザビ派は『現実派』であるとまで揶揄し始めたのである。
無論これは、ダイクンという旗頭に頼り切りであったツケがジンバ達を襲ったという必然的なものであって、この時点で改革派がザビ派に感謝こそすれ、非難する謂れは全くない。しかしだ……。
「陰謀論は絶えん……何とかならんのだろうか?」
「隊長は守るべき民衆を弾圧せよと?」
口を閉ざさせ、押し込めろというのかとイワンは非難したが、そうではないと隊長は零した。陰謀論の芽を摘むことを命じた筈だろうと。
「
有り得ない事である。ダイクンが死亡して最も追い詰められるのは他ならぬジンバと改革派であったし、連邦にとっても、火を吹かんばかりの主張をぶっていたダイクンは生きてくれていた方が鎮圧のお題目に事欠かない。
ダイクン存命時、陰謀を企てて最も得をするのはザビ派であって、他勢力に旨みなど一切ないのだ。だが、そのように合理で判断できるのはごく一部であろうことも隊長は理解していたし、人間が愚かであることも弁えていた。
他ならぬ隊長自身、目先に囚われてイワンの進言を蹴ったのであるし、何処かの何者かが軽挙妄動に走った可能性とて捨てきれない。
しかし、そんな隊長の危惧に至るには、どれだけ優秀であってもまだ若いのか、イワンは「愚かなことです」と肩を竦めた。
「あれは間違いなく病でしょう。改革派にも、連邦にも利は得られません」
「……そうだな」
しかし、その若さが隊長としては嬉しかった。これで隊長自身のように人が愚かであるという発想に至ってしまえば、今度こそイワンは不手際をしでかした隊長を見限り、下からの突き上げに従って隊長の座を本気で考え始めたやもしれない。
かつての改革派にとってのザビ派がそうであるように、現実的視点と手腕でもって保安隊を維持してくれるイワンと隊長の関係は、ジンバを補佐するデギンの関係と同義であり、失うことが身の破滅に直結している。
どうか、これ以上は何事もあってくれるなと。神にも縋るような隊長の思いはしかし、決して天に届くことはなかった。
◇
「テロ未遂、だと……?」
数日後、部下からの報告を受けて保安隊長は力なくデスクに座り込んだ。
よりによってコロニー企業連とザビ家主催のパーティで、コロニーの屋台骨たる一同が介していた空間で爆破未遂どころか、それを未然に防いだことで銃撃戦にまで発展したのだという。
「ヨーク副隊長は!? 奴は無事なのか!?」
「は、はい! 副隊長殿もホストとして出席しておりましたが、飽くまで軍人にしてヨーク家次期当主としての参加でありましたので、幸いにして護身拳銃を所持しており……」
勇敢にも身辺警護に当たっていた防衛隊と共に会場の来賓を救ったばかりか、実行犯の逮捕にすら成功したという。
まるで映画のような一幕であることに加え、軽傷こそ負った者は出ても重傷・死者はゼロ。正しく奇跡と称するに足る結果であったが、本題はここからだ。
「そして……急行した保安隊に引き渡された実行犯ですが……元連邦軍人のようです」
「なんという……」
“よりによって、新首相が公務を理由に急遽辞退した催しでか!? これでは……”
確実に、民衆は巻き添えを避ける為に離れたと疑うだろう。出来すぎた演出だと見る者も当然出てくるのは間違いないが、だとしてもザビ派が企てるにはリスクが大き過ぎるとも判断される。
好意的に捉えれば不幸な結果……だが、そんな解釈をしてくれるのは本当に極少数だ。
「副隊長に連絡を回せ! 今すぐ彼の口から
ザビ家の次男たるサスロは報道の一手を牛耳り、その手腕でもって今日まで国民が不用意に暴発しないよう細心の注意を払ってきてくれていた保安隊の良き理解者だが、事実上権威の失墜した隊長自身からではあらぬ誤解を招きかねない。
回りくどくとも、ザビ家の長女と婚約関係にあるイワンを通すことは絶対だ。
「急げよ! もう
そう口にした隊長の言葉の意味と、受け取った部下の意味は違った。
隊長は、これ以上あらぬ疑いなど御免被るのだという意味での猶予であった。
しかし、耳にした部下からすれば、こう捉えるには十分だろう。
──ラル派の謀略を隠蔽する
ウワー、ジンバ・ラルってなんて酷い奴ナンダー(棒)
それはさておき、言葉の足りないコミュニケーションって、色々まずいんやなって(他人事)