回避が成功したのは、万分の一の奇跡だった。
絶え間ない花火のようにマズルフラッシュが輝くのを視界に捉えつつ、無様に転がった体勢を立て直すのに数秒。
誰もが素人に毛の生えた程度と分かる動きで、親衛隊員ならばその間に軽く一〇回は殺せたに違いないが、それでもレオポルドは生きている。
無様に転がり、這い回りながらも傷一つない幸運を噛み締めつつ、唯一他より秀でている頭を回す。
こうなった原因は、今更だがはっきり分かる。
無線に走るミノフスキー粒子散布時独特のノイズ。
電波妨害を引き起こす粒子など、コロニー内で散布されてはインフラが死滅する以上、一週間戦争で他サイドを連邦から解放した時のような本物の全面戦争以外では御法度で、つまりは今正に、そういう事態が引き起こされたのだ。
“観閲式典に先んじて、防衛師団と親衛隊が矛を交えたのか……!”
そして、精鋭である分、親衛隊の方が動きが早かったのだろう。グレーデン救出時には数が多かった筈の防衛師団員が、今や親衛隊と同数にまで減っていた。
「そのまま這って進め! 我々も片付けてから行く!」
返答など期待されていないだろう。大音声を発しながらの牽制射で、レオポルドの進路を確保するためのカバーに回るギリアムらに心中で礼を述べつつ、与えてくれた血路を無為としない為に我武者羅になって這い進む。
“情けねぇけど、その分は仕事で返す!”
銃声はまだ近い。しかし、均衡が崩れるのも分かる。絶え間ない筈の発砲音の連なりに、片方だけ間隔が空いていく。
初動から殲滅まで、それこそレオポルドが目標に到達より先に決するのではないかと思うほどで──
「──あ」
やべぇ、と思うのと。死んだ、と確信したのは曲がり角の死角から
目を瞑ることも、手にしていた筈の短機関銃を相手に向けることも許さない一瞬に死を覚悟したが……。
「なんでここに居るのよお馬鹿……っ」
余りに聞き慣れた声と共に、胸倉を掴んで引き摺りこまれた。
“ニアーライト先輩!?”
流石に覆面を被って、身元を隠した相手の名を叫ぶ程レオポルドは間抜けではない。むしろ覆面を被っている癖、感情に任せて声を発してしまったニアーライトこそ大失態だ。
それでも良いとこ探しをするなら、至近距離だったことで
加えて運が良かったのは、レオポルドが単独行動していた為に、ニアーライトが情報を引き出す捕虜とすべく動いたことだ。
仮にこれが複数人であったなら、数を減らすべく容赦なくトラップを発動させて挽肉に変えていた筈だった。
「先の質問について答えるなら……グレーデン特務中佐救出の為です。防衛師団と親衛隊の合同作戦でしたが、防衛師団は早々に背中から撃ちましたので、現在交戦中です」
「……。そう。じゃあ今から言うことをよく聞きなさい。ここに特務中佐はいないし、そんな情報は
嵌められたわね、と尻の青い後輩に嘆息しつつ、レオポルドが首にぶら下げていた役立たずの短機関銃も取り上げる。
「……ここに
どれだけの嫌疑がかかろうと、デギン公王直々の特赦となれば問答無用で助けられる。元よりグレーデンの本国招聘はデラーズの案であった以上、ザビ家としてもグレーデンが暗殺者だとは端から疑っていなかったのだ。
「なら、どうして……」
親衛隊はそのことを知らないのか? 少なくともグレーデンを招聘したというデラーズなら、真実を知る立場にあった筈ではないのか?
「親衛隊だって、まともじゃない奴の一人ぐらい居るわよ」
だから自分の足で稼いで、自分の目で真実を見つけろと再三言ってきたというのに……この後輩は鋭い癖、妙なところで脇が甘い。
「通路を曲がってから左、その更に左に非常口があるわ。そこから外に出て、ほとぼりが冷めるまでどっかに隠れてなさい。
……振り向くんじゃないわよ。追いつかれたら、貴方も一緒に消されるわ」
短機関銃の代わりにカードキーを押し付けてから、背中を蹴るようにレオポルドを送り出す。
「……っ、まだ奢って貰ってませんからね! 全部酒の席で話して下さいよ!」
ああ、そんなことも言ったなと。随分ドラマチックな別れの挨拶に、思わずニアーライトの口元が緩む。
「惚れちゃいそう」
嗚呼、全く。どうして自分が好きになる男には、いつもいい女が先に唾をつけてしまうのか。恋愛運のなさを嘆きたくてたまらない。
“なんてっ、浸ってる余裕もないけどね!”
言いつつ角越しに腕を出して、背後から迫る
“ロバート・ギリアム! 奴が身中の虫!!”
親衛隊に紛れつつ、ケイ・タキグチ名誉参謀顧問を筆頭とした重鎮達の情報をリークし続けた存在。
防衛師団内だけでは到底掴めない数々の動き……直接警護の任につく親衛隊でしか読めない筈の動きが漏れていた以上、佐官以上の誰かが寝返っているところまでは掴んでいたが故に判別できたが、よもや
“そりゃあ尻尾を掴めない筈よねぇ!”
おかげでここで網を張っていた、ニアーライトの同僚も残らず逝った。
応援を要請しようにも、ミノフスキー粒子の電波妨害で孤立無援。別動隊だろうECOASらしき連中は一人残らず始末したが、今現在の奇襲で殺せた親衛隊員は一人だけだ。
“腐っても親衛隊ってとこね。でも、網ってのは丁寧に張ってこその網よ”
引きつつ二クリックで
案の定、階級に低いものから盾となって上官を護り抜いたばかりか、有線式の
“普通は今ので全員即死してる筈なんだけど”
今度こそ確実な死を与えられるよう、手榴弾のピンを二つ抜いて豪快に投げる。投げ返されぬよう秒数を計算。かつ、部下が覆い被さって殺傷範囲を殺されるといった事態を防げるよう、空中で起爆できるようコントロールしたのだが……。
“これでもっ、殺しきれない訳!?”
残った三名の内、二名がギリアムに覆い被さったのだろう。
犠牲となったうちの一人は、今日までレオポルドを補佐してくれた特務少尉だったが、ニアーライトには知る由もない事であったし、知っていたとしても
今、ニアーライトにとって重要なのは、空中で爆発した破片型手榴弾は最新鋭防弾装備に阻まれ、ギリギリのところで最後の一人に届かなかったこと。
そして、一人でも残せばニアーライトの勝ちは薄い。真っ向勝負では相手にならないからこそ、待ち伏せと奇襲で迎え撃つと決めていたのだから。
“でも、やるわ”
可愛い後輩を逃がす為。祖国の為。そして──
“──ここで逃げるようじゃ、ヨーク長官に顔向けできないしねぇ!!”
自分の名誉と愛にかけて、引くことだけは絶対にしない。
◇
息が上がる。喉が渇く。足で稼ぐ仕事である以上、喫煙者であってもそれなりに動けると思っていたのだが……。
“この分じゃ、本格的に禁煙を考えるべきかもな”
我が身の不甲斐なさに辟易しつつ、レオポルドは呼吸を整えて出口に手をかける。いや、手をかけようとして、止めた。
“本当に……ギリアム大佐は寝返ってるのか?”
何かがおかしい……いや、おかしいと言うならそれこそ
グレーデンは何者かに濡れ衣を着せられた。
ニアーライトは、ガーフィールドから
そのガーフィールドが遣した連中は、親衛隊と衝突した。
ギリアムを含めた親衛隊は、ニアーライトから裏切り者扱いを受けた。
“防衛師団、親衛隊、サスロ機関……彼らには、一つでも意見を一致させる『共通項』が存在していない”
皆バラバラだ。異なる所属を敵と断じ、縦割り同然の形で動いている。
これまでの風通しが良かった、公国の組織形態が嘘のように。
「まさか……糞っ!」
来た道を引き返すべく、身を翻す。
取り返しがつかなくなる前に。手遅れになる前に。
ニアーライトとギリアムのうち、どちらかが死んでしまう前に。だが。
「なにが、まさかなの? お兄ちゃん」
「がっ……!?」
開け放たれたドアから強烈な寒波が潜り込んだが、それ以上に背骨が折れる勢いで放たれた蹴足の衝撃で仰け反った。
ここで、この扉の反対側から聞くとは思わなかった声の主は、しかし何一つ容赦はなかった。
振り向かせなど絶対にしない。踵を返して半身となったレオポルドの腕をひねり、後ろ手に回して壁際に押さえつけながら、首筋に拳銃を突き付ける。
「聞かせて頂戴。名探偵さん?」
◇
「聞かせて頂戴。名探偵さん?」
冬季装備に身を包んだエリーゼは声音こそ楽し気だったが、瞳は全く笑っていない。
問答無用で発砲する訳でない分、有情と言えるが、だとしても促すように押し付けられた銃口の感触には背筋が冷える。
「……縦割りってのは怖いよな。互いが互いの情報を確認せずに、自分だけは正解を掴んでるって信じてる場合は特に」
誰も彼も、隣り合う人間を信用せずに踊っていた。
各々が自分の頭で考えて行動しつつも、それを収集し、精査するということをできていなかった。
「
慎重に、用心深く推理を披露していく。
陽動、攪乱……組織そのものの規模が違う連邦相手なら、そうした事態も起こり得るやもしれない。だが、ここは本国の、それも首都だ。
「クーデターを起こした防衛師団はともかくとして、親衛隊とサスロ機関まで共食いを始めた」
それぞれの組織に黒が混じっていたとしても、こうまでこじれるのは異常過ぎる。
「情報操作が行われたにしても、後手に回るにしても、組織ってもんはそれに抵抗して真実の一端を掴むし、相応の立場にいる奴は、
だが、公国側の各機関にはそれがなかった。少なくともレオポルドが関わった人間達は、明らかに
「各組織から上がった情報を統括し、それを基に運用するのは
にも拘らず、ありとあらゆる情報が再検分されているにも拘わらず、事態の全てが不明確で不明瞭と来た。
各機関という源泉から吸い上げられた情報を、丹念に識別や比較調査といった濾過作業にかけた上で提供するのが中央統帥機関たる総帥府の役割で、命令系統もまた総帥府指導の下に一本化されているというのにだ。
「総帥府との距離が特に近しかった親衛隊までもが、こんな体たらくになったのは……
或いは、今銃を向けた幼馴染がそうなのか? いいや、
だからこそ、自分の推理は正しい筈だという自信からレオポルドはこうして長々と披露して見せ、続きを口にしようとして──
「──そこまでで十分だよ、お兄ちゃん」
それ以上は必要ないと言わんばかり、引き金にかかった指に力が入る。
だが、その表情に余裕はない。今のエリーゼは特務大尉としてでなく、幼馴染としての『素顔』を向けていた。
ディナーの時に貼り付けていた、公人の仮面は完全に剥がれ落ちている。
「……俺の役は『道化』か?」
情報が切断された事で縦割りになった組織を往復し、それぞれの思惑を抱え込みながら、真実には到達できなかった
そんな馬鹿げた役回りの為に右往左往させたのかと問えば、エリーゼは「だったら、どんなに良かったでしょうね」と否定した。
「レオポルド・フィーゼラーは、『真実』に到達することを期待されていたわ」
クーデター騒ぎの中、誰もが真実に至る事が難しい中、唯一各組織の情報を読み取ることのできる立場に立たせるというお膳立てをした上で。
「……本当に、私からしたら冗談じゃなかった。でも、私には推薦する以外になかった」
レオポルドが口の堅い店を指定したところで、そんなものは何の役にも立ちはしない。エリーゼは最初から盗聴器を保持して行く事を厳命されていたし、そうでなくともセシリアならば鶴の一声で会話が筒抜けになっただろう。
全く音沙汰の無かった幼馴染が、公安職員として総帥府勤務の特務大尉を呼びつけた時点で、大声で注目して下さいと言っているようなものである。
「加えて、そこから先も最悪だったわ」
ディナーの最中、レオポルドは自分の爪を隠しもしなかった。
エリーゼの呼吸を、感情の機微を、貼り付けた仮面すら読み取って周到に話を進めてきてしまっていた。
あらゆるゲームの中で最も油断ならないスパイ・ゲームの才能を、よりにもよって確実に白と分かる経歴の持ち主だった、レオポルド・フィーゼラーが示したのだ。
「お兄ちゃんにだけは、舞台に上がって欲しくなかった。なのにお兄ちゃんは、自分で死地への道を舗装したのよ」
新米捜査官として小物を追いかけ回すか、窓際で書類を捌いていれば良かったものを、爪を晒して動き回ったものだから、こんな事態になってしまった。
「私がどんな思いで、今の地位に来たか分かる? どれだけ歯を食い縛って、やってきたと思う?」
貴方が、貴方だけはと思いながらやってきた。
どれだけ冴えない日常でも、平和な世界を生きてくれるなら、その為の明日を切り拓くことが出来るならと、そんな思いで努力して来たのに……。
「ひどいよ」
本当に、本当に散々だ。どうして何もかもをぶち壊すんだと、呪詛を吐いても吐き足りない。
「……そうだな」
だが、そんな詫び言さえ口にしたレオポルド自身、本心とは言い難かった。涙に濡れて、本心を吐露したエリーゼに対して、何処までも薄情な公人としての仮面をレオポルドは脱いでいなかったのだから。
「そうやって本心を明かしたことも、俺に推理させたことも、時間を稼ぐ為なんだろう?」
「……っ! 貴方って人は!!」
いつも、いつもそうだ! そうやって相手の腹の底どころか心まで読み解ける癖に、それを仕事にしか使おうとしない!
「そうやって突き放せば、私が三行半を突き付けると思ってるんでしょ!? 馬鹿にしないでよ!!」
嫌われようが他の女の所に行こうが、エリーゼ・アン・フィネガンはその程度でレオポルドを投げ出す軽い女ではない。
そうでなければ総帥府を抜け出して、こんな真似などするものか!
ここで留め置けば、巻き込まれずに済む。少なくともレオポルドは確実に生き延びることが出来る。
愛する男の命の為に、自分の全てを捨てる覚悟でここに来たのだ。
「分かってるさ……腕っぷしでも勝てねぇし、だから、頼むしかねぇんだ。勿論、埋め合わせはする」
お前が首になっても養ってやる。
抗命罪で捕まって、最悪死ぬなら一緒に死ぬ。
「だけど。もし八方丸く収まるなら、安月給三か月分の指輪を買ってやるよ」
「……最低な口説き文句ね」
唇をぎこちなく歪ませて笑いながら、けれど拘束を解いた上で、ゆっくりと銃をずらす。
みじめだと、そう感じるのはどちらも同じだった。
こんな時になって、ようやく本音を伝える形になってしまった女も。
仕事にばかり一途で、涙目になる女に誠実でいられなかった男も。
等しくみじめで愚かで、だからこそ愚かなまま話を進めた。
「良いわ。信じてあげる」
間に合うとは思わない。
レオポルドが語ったような、楽観的な未来絵図など夢のまた夢だろう。
だけど。けれど。それでも男の頼みを一つぐらいは聞いてやろう。
「戻って来なかったら、ここで死ぬわ」
「馬鹿言え。さっさと仕事に戻るか、雲隠れしとけ」
どちらに動くとしても、上手くやってのけるのがこの幼馴染だということを、レオポルドは嫌というほど分かっていたから。
◇
交差する火線。飛び交う弾雨を躱すのは両者共に。しかし淀みない動作とは裏腹に、互いは相手の技量に驚嘆している。
片や、白兵戦を本領としないパイロット。
片や、防諜を生業としてきたスパイ。
敵地での孤立を想定し、相応以上の訓練をどちらも重ねては来ていた。
必要に応じ、銃や爆薬を武器に単純明快な殺し合いの世界に踏み入ることも互いにあった。
だが、ギリアム然りニアーライト然り、人事を尽くした上で一方的な蹂躙劇を展開するのが常だった。
だからこそ、互いが絶え間ない攻防の中で驚嘆し続けている。
この化け物が! さっさと死ね! なぜ死なない!?
心中では罵詈雑言を喚き散らし、確実に命を奪うべく手を尽くしていながら、どちらの弾丸も届かない。
あと一歩、あと僅か。徐々に後退し、通路の角に身を隠したニアーライトに接敵しようとしたギリアムが、ギリギリのところで手が届かない位置まで距離を空けられ、その度に内心歯噛みする。
本来なら絶対に外さないと断言できる交戦距離にも拘らず、弾丸が皮膚を掠めてすらいないという現実に、ギリアムの自尊心は大いに傷つけられはしたものの、それはニアーライトとて同じである。
いや、後退を余儀なくされている分、ニアーライトの方が焦りは強い。
“これだから親衛隊って奴は……!!”
あらゆる試験、訓練を顔色一つ変えることなく易々と突破した精鋭から選抜された、公国内でも上澄み中の上澄みだ。
ニアーライトとて、そんな手合いに何時までも粘れるとは思っていない。短機関銃の弾薬も、じきに底をつく頃合いだ。
“でも、初めから私の勝ちは動かない”
連中が奪回を望んだ、ダグザ・マックールは敵が乗り込んだ時点で場所を移している。
生餌として利用こそしたし、連邦が喰らい付いて貰わねば話にならない以上ギリギリまでここに留め置いたが、かといって万が一にでも明け渡すつもりは毛頭ない。
“認めてあげる。あんたは私が出会った中でも、二番目に強い男だったわ”
一番の存在は語るまでもない。誰が何と言おうとも、心から慕う男の位置は死ぬまで……いいや、死んでも不動だ。
“これで決着ねっ……!!”
残弾を確認し、バースト射撃を小刻みに三回。これで短機関銃の弾薬が尽きた。射撃間隔と位置からしてニアーライト側に伏兵は存在せず、また、武装についても心許ないことをギリアムは正しく把握していた。
“だからこそ、あんたは私を確実に殺すべく動く!”
短機関銃を構え撃ちつつ距離を詰めにかかったギリアムに合わせ、ニアーライトは手榴弾のピンを外し、クリップを片手で握り込んだままもう片方の手で拳銃を抜く。
狙いは眉間。スライディングの要領で地面すれすれに掃射を躱しつつ、照星が正確にギリアムを捉え──本来いるべき位置に、ギリアムの姿はなかった。
「──惜しかったな」
短機関銃は、既にギリアムの両手から離れていた。壁から身を乗り出すその一瞬。瞬きすら要しない時間の中、ギリアムは右手に持ち替えた拳銃でニアーライトの拳銃を射抜き、左手に握り込まれた手榴弾は、手を放す寸前に拳ごと踏みつけて抑え込んだ。
瞬間的に間合いを詰める独特の歩法。宇宙世紀の世にも未だ残る古武道の動きを再現したものだが、ギリアムとしても実戦で使う機会に恵まれるとは思っていなかった。
“ぐっ……”
手榴弾を握り込んだ手が、踏み付けられた軍靴の下で骨の砕ける鈍い音を響かせる。
「健闘を讃えたいが、捕虜を取る時間はないのでな」
勝敗を決したからと言って、最後まで油断はしない。ギリアムはその銃口をニアーライトに突きつけ──
「──止めて下さい! 大佐!」
◇
「──止めて下さい! 大佐!」
「銃を向ける相手が違うぞ、フィーゼラー捜査官」
咄嗟に撃たれないよう
「それは承知しています。ですが、同士討ちだけは避けなくては……大佐が銃を向けているのは、サスロ機関所属の情報将校です」
「……。ニアーライト少佐か?」
慎重に
「こいつは……」
「二重スパイ、とでも吹き込まれましたか?」
図星だったのだろう。視線こそ隙はなく、ニアーライトに向けた銃口もそのままだが、続きを促すように顎を引けば、レオポルドもまたエリーゼに語ったのと同じ推理を一席ぶった。
「つまり、我々はすべからく揺動の為の駒ということか」
証拠と言うべきものは何一つとしてない。
しかし、事実なのだろう。ギリアム然りニアーライト然り、捨て駒として扱うには余りにも優秀過ぎるからこそ、連邦に公国側の攪乱を誤認させるにはこの上ない駒だった。
「……宮仕えの辛いとこね」
ギリアムの納得と、ここにグレーデンが居ないと言う情報が正しく明かされた事で九死に一生を得たニアーライトだが、置かれた立場に対しては一言溢す程度で片付けてしまった。
所詮は日陰であり公僕。より大きな勝利を得つつ損害を避ける為ならば、こういう扱いも甘んじて受け容れねばならない立場なのだということは承知の上でスパイの門を叩いたのだから。
「だが……」「……だけど」
ギリアムもニアーライトも、同時に一つだけ疑念が生じていた。
レオポルドの推理は間違っていないと感じる。しかし、彼の推理には一つだけ、最も大きな部分が欠落していた。
「防衛師団は、本当に陽動のつもりだったのか?」
公国の裏をかき、立て続けに暗殺を成功させ、今や首都で内乱騒ぎだ。
「『一時的に』って頭に付くけど、下手したらホントに首都を獲られて詰みかねないとこまで来てるわよ?」
言うまでもないことだが、首都を抑えられればありとあらゆる機密情報が連邦の手に渡ってしまう。
ここまでの防衛師団の動きから行っても、彼らが
だが、レオポルドは違う。ギリアムとニアーライトの疑念に対し、彼は憶測でしかないにしても『最悪の真実』に到達してしまっていた。
「彼らは……いいえ、ケイ・タキグチ名誉参謀顧問を筆頭とした全員は……──」
──自分の破滅さえ、計画の勘定に入れていたのだと。