宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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思ったよりもジオン vs ジオンって感じにならなかったのが最大の心残り……。

※2025/10/9誤字修正。
 SIGSEGVさま、三六号さま、ご報告ありがとうございます!


79 物語の悪役

“イワンめ、先を読み過ぎだ”

 

 ランバ・ラルは嘆息しつつ。

 アンリ・シュレッサーは「あの怪物め」と言わんばかりの表情で。

 

 異なる場所。異なる時間。しかし、一軍を率いる立場にある二人の男は、心中で同じ言葉を吐いた。

 

 そして、今は先にアンリ・シュレッサーの側を語るとしよう。

 有線通信と伝令の双方から情報はその都度受けていたが、ザビ派側の立て直しが予想より数段早い。

 

“厄介な男だとは重々承知していたが……”

 

 それでも首都(バンチ)に、ズム・シティにさえイワンが居なければどうとでもなると思っていた。

 置き土産の類がないかは徹底的に洗っていたし、フィーリウスとストリーム家家中の増援も頭には入っていたが、ストリーム家からランバを経由して行き渡った冬季戦装備だけは計算外だった。

 

 コロニー内ではという但し書きはつくが、相応の土地と従者を有するストリーム家は、実のところ武門でなく芸術・文化を担当する貴顕である。

 フィーリウスが耐G適性を有して軍務についたのは、それこそ例外と称して良く、現ストリーム家当主は家柄通り芸術肌の人間で、建築の権威でもあった。

 

 敷地内に彫像用の石材や大仰な画板、楽器の類が運ばれることは戦前から一貫しており、総帥府に調度の類を『贈呈』することも日常茶飯事。

 実務を優先して行政区の建造物を改修する際も、国家の威容と品位を落とさぬよう事細かに指導してきた人間であることを鑑みれば、邸宅に移送された物資を誤魔化すことなど造作もない。

 ガルバルディを筆頭とした最新MSとパイロットは体のいい見せ札で、本命が冬季戦装備であったということだ。

 

“巻き返しは無理だな”

 

 どう足掻いても防衛師団に勝ち目はない。シュレッサーが直接指揮する麾下大隊はともかく、他はギレン暗殺を企てたのが、連邦と結託した師団上層部であることに気付いた時点で武装解除に応じている。

 

“有無を言わさず内乱に巻き込めば、壁役ぐらいにはなると思っていたし、実際情報を遮断していたのだから、ある程度の時間は稼げた方か”

 

 そう、防衛師団がミノフスキー粒子を散布したのは、MSを用いる環境を整える為ではない。

 何も知らぬ無垢な師団将兵にギレン・ザビの弔い合戦と信じ込ませ、一時的にでも駒として扱うこそシュレッサーの主目的。

 たとえ師団員が即時降伏し、武装解除に応じたとしても。或いは師団員が寝返り、クーデター派に銃を向けるとしても、ザビ派連中は投降した師団員の対処に追われてしまう。

 シュレッサーが戦力に数えていたのは麾下大隊と連邦工作員だけで、だからこそ他の数合わせの捨て駒に、どのような役を持たせるかが重要だったが、結果としてはやや黒字と言って良い。

 

「全ては思う通りとなったな」

 

 窮地の中で、死神の足音が迫る中で、シュレッサーは愉快げに笑う。

 

“イワン・ヨーク。お前は私の、私達の真意に気付けなかった”

 

 やはり奴は一芸特化の男だった。常に『正解』を的確に選び取れても、『本質』を見通す力はなかった。

 勿論苦労させられたが、今は奴のせいでかかった手間すら愛おしい。

 

“──ようやく私は、お前の上を行ってやったぞ?”

 

 迎える結末が定まっていようと、最高の将帥を出し抜いたという事実は確かなことだったから。

 自分を信じ、戦った者たちへの最高の土産話が出来たのだから。

 

 

     ◇

 

 

 殺せ、殺せ。一人残らず殺し尽くせ。

 棄民でありながら華美な装いで貴顕を自称する馬鹿共を。

 偽りの王冠を戴く成り上がりに、忠を尽くす愚者共を。

 今日という日を以て、ジオン公国などと僭称した『植民地人の反乱』は幕を引く。

 

“全てはこの日、この夜の為”

 

 ズム・シティに集った、連邦勢力の士気は最高潮に達している。

 統一国家たる地球連邦を治世を不動とすべく、ギレン・ザビ暗殺という最重要任務を果たし得たが、むしろ本番はここからだ。

 制圧された行政区、貴顕達の避難先……反抗する連中は兎も角として、クーデター派は従順な手合いや今後必要となるだろう人材を懐柔すべく一か所に纏めたらしいが、既に防衛師団の旗色は悪い。

 元より使えるだけ使ってから切り捨てる腹積もりであったが、勇戦空しくと称するほどではなかったのが実状だ。

 

“いや、敵が強かっただけか”

 

 実際、内乱に生じるまでの防衛師団の動きは悪くなかった。

 戦力的には明らかに劣っていたにもかかわらず、ギレン・ザビ暗殺まで漕ぎ付けた功労については、連邦とて異論を挟むつもりは毛頭ない。

 渾身の力で、横合いから全力で奇襲を受けて殴り飛ばされながらも、ザビ派が立ち上がりざまに見事なカウンターを見舞った上で、徐々に壁際まで追い込んできたというだけ。

 正面切っての戦いでは無理筋な相手だということは連邦とて骨身に染みていたし、そこを承知の上でクーデターにも乗ったのだ。

 

“そして、追い込まれた段に取るべき行動も決まっている”

 

 道連れだ。一人でも多く、徹底的に、防衛師団と親衛隊の戦いが激化する最中に、これはという人間を手にかけ、一つでも多くの首都機能を潰して見せる。

 

“悪く思わないでくれよ”

 

 土台戦争。勝者が一方的に歴史を創り、綴る戦いだ。どれだけ後の世から蛇蝎の如く嫌われようと、勝者の地位さえ手放さなければどうとでもなるのは、他ならぬ歴史が証明している。

 開け放った扉、手始めにと蹴破ったセーフハウスの一つを処理しようと足をかけ──次の瞬間、閃光と共に踏み込んだ人間と、室内の人間()()が吹き飛んだ。

 

 

     ◇

 

 

「あっ……ぐ」

「無事か……! 息はあるかっ!?」

 

 そういう貴様はどうなのだ? と、もし九死に一生を得た連邦工作員が、自分に声をかけた師団員を冷静に見つめることが出来ていたら問い返せていたかもしれない。

 両の鼓膜からは血が噴き出し、血達磨になりながらも片手で引き摺り、応急処置を施す師団員の命は一刻と持ちはすまいが、しかし師団員の目には今も闘志が宿っていた。

 死に時はここではない。こんな場所で、罠にかかって敢え無くくたばるのではなく、一人でも救い、一人でも殺してから死んでやるという気概を忘れない

軍人としてのタフガイ精神を発揮していた。

 

「おれは……」

 

 良いと、そう連邦工作員が口にしかけたのは死期を悟ったが為ではなく、むしろ助かる見込みがあると分かったからだ。

 手傷こそ相応のものを負ったが、四肢が動くならどうとでもなる。そして、五体満足でいられたのは、決して運が良かった訳でない事も徐々に明晰になりつつある頭脳が理解していた。

 

“助けられたな”

 

 吹き飛ぶ手前、それを工作員より早く察知した師団員が、覆い被さる形で命を救った。同じ師団員ではなく呉越同舟であった筈の、抜け駆け、出し抜くことが前提だった工作員の命を救ったのだ。

 

「何故……」

 

 同胞ではなく自分だったのか? 何故生かされたのだという疑問に、師団員は血を溢しながら笑って見せた。

 

「貴様が一番()()()からだ」

 

 所属や階級ではない。このクーデターに、ワルキューレにおいて最も重要なのはそれだけだった。最も優秀な持ち駒を残す為に、他の駒が犠牲になっただけだと説けば、柄にもなく工作員は目を伏せた。

 

“……お人好し共が”

 

 利用するなら、するだけして捨てれば良かった。愚かな仏心など見せず、自分達だけが助かるように動けば良かったと言うのに……。

 

「糞……銃は何処だ?」

 

 耳はまだ潰れているが、振動でザビ派が迫っている事は分かった。

 殺す筈だった人質が自爆するなどというのは流石に予想外だったが、防衛師団が嵌めたと考えることは決して出来ないし……嗚呼、本当に。本当に柄ではないが工作員は今、そういう考えを『したくない』と思いながら、手探りで銃を探している。

 

「おい、聞こえてるだろ? 動けるなら──」

 

 言いかけた言葉が途切れる。もう、工作員を手当てしていた師団員は動かない。為すべきことを成したのだと。すべき勤めを果たし、本懐を遂げたのだと言わんばかりの表情の中に、無念を欠片も遺さず逝ったのだ。

 

「馬鹿が」

 

 嗚呼、この馬鹿が。何を満足して果てている。

 貴様らは国を奪い返すつもりだったのだろう? どれだけ愚かな野望でも、どれほど現実と乖離した世界でも、それを望んだお前達が、何を道半ばで斃れて『後を託した』と言わんばかりの面で死んでいる?

 

“俺は敵だぞ。お前達を良いように操り、機を見て自分の目的を果たさんとした、所詮は呉越同舟の敵国人なのだぞ?”

 

 吠えたかった。亡骸に向けて叫びたかった。だというのに、このお人好しと来たら、とっととダイクンとやらの身許に旅立つべく、魂を肉体から解き放ってしまった。

 

「これだから宇宙移民(スペースノイド)は嫌なんだ」

 

 どいつもこいつも魂が軽い。本物の重力を感じないから、直ぐに体から飛び出していく。

 

「せめて、望んだあの世に行くまでに、戦いぶりだけは見ておけよ」

 

 それぐらいの猶予は有る筈だ。

 何。自分が地獄に堕ちるには、さして時間はかかるまい。

 

「来やがれ植民地人(スペースノイド)! 連邦の意地汚さを見せてやるッ!」

 

 おそらくは生涯初だろう。常に合理と裏切りの中で生きてきた工作員は、鉛弾を全身に浴びるまで、猛々しく吼えて戦い抜いた。

 

 

     ◇

 

“イワンめ、先を読み過ぎだ”

 

 コロニーという環境を利用して、相手の戦力を物理的に削ぐシュレッサーの計略を読み切った上での支援物資に、最新鋭MSの増援……見事な手腕だが、流石に今回は()()()()だ。

 

“過剰戦力は、敵の出方を狂わせかねんというのに”

 

 こんなことならば、初めから手の内を打ち明けておくべきだったかと悔悟しかけたが、ランバはすぐに頭を振った。

 秘匿すべき情報は、知り得る人間が少なければ少ないほど良い。それを実践してきたのは他ならぬイワン自身であり、ランバや他の者もそれに倣って動いたのだ。

 齟齬があるからこそ、アドリブというものは状況を()()()見せる。敵も味方も振り回され、誰もが東奔西走してこそ舞台が際立つ。

 今まさに、制圧を開始した行政区の一角で、防衛師団()()連邦工作員を挽肉にしているように。

「衰えておらぬようで、何よりです」

「いいや、年を感じるよ」

 

 流石に後方が長過ぎた。マ・クベに面目が立たぬので流石に不眠不休と称しはしないが、それでも現場で第一線を張るのに十分な肉体を維持できているかと問われれば、ランバは断じて否だった。

 手榴弾を投擲するタイミング、遮蔽物から身を乗り出す際の動作一つとっても、全身に鈍りを感じて止まないが、それでもプロとしての矜持がある。

 

「クリア」

 

 一方的に、と称して良い相手ではなかったし、倒したつもりでも油断は禁物だ。

 自動小銃の下部に装着した擲弾発射機(グレネード・ランチャー)を用い、折り重なった死体めがけて焼夷手榴弾(テルミット)を射出する。

 きゅぽ! というグレネード独特の射出音を耳にした瞬間、死体の陰から同じようにロケットランチャーを構えた防衛師団員が這い出した。

 

「ジーク・ジオ……ッ……!?」

 

 あわよくば近づいた瞬間にランバたちに反撃を加える腹積もりだったのだろうが、今回に限っては流石に相手が悪かった。

 ランチャーの発射ボタンを押し込むより早く、それを見越したランバと部下が、クーデター派の生き残りを蜂の巣に変えていた。

 

「使い古された手だったな」

 

 死体の中に潜むのは悪くない。制圧した側が、倒した敵兵の死を確実なものとするために、死体の頭と胴に数発撃ちこむと言うセオリー通りの手順に従っていれば、ロケットランチャーを発射でなく、誘爆させる形で巻き添えにする事も叶った筈だが、ゲリラ戦を本領としてきたランバ・ラルの前には手も足も出なかった。

 

「狂信者共め……っ」

 

 不快の色を発した瞳が、万が一にも生き残りが出ていないか警戒に動き、既に焼夷手榴弾(テルミット)で燃え上がる死体の上から、念を置いて有毒性の鎮火剤を撒いて生死を確認した。

 毒素は数秒で霧散霧消するものの、浴びれば苦痛でのたうち回る代物だ。薬物で苦痛を取り除いている可能性も有るだろうが、だとしても生身の身体は火と毒の二重奏に耐えられるようには出来ていない。

 

“──ジオンに栄光あれ(ジーク・ジオン)、か”

 

 ジーク・ジオン、ジーク・ジオン……クーデター派として連邦工作員と結託し、祖国を滅ぼすべく動きながら、防衛師団は皆同じ言葉で命を散らす。

 笑いながら、魂を震わせながら、悔いなど残すまいと喉を裂くように叫び、死んで行くが、何とも皮肉な言葉だった。

 敵も味方もその言葉を聖句のように唱えていると言うのに、こうして向き合い、相対すれば一片の慈悲もなく殺し合う。

 ランバ・ラルをはじめ、旧ダイクン派にあってもザビ家に尽くす将兵も少なからず存在する手前、敢えて口にしていないが、狂信者と罵り、それに続き呪詛を吐く者達は内心こう思っているだろう。

 

 ダイクン派は、こうなる前に粛清すべきだった。

 

 下手に慈悲などかけるから付け上がり、国を滅ぼしにかかったのだと。

 怒りに身を委ねつつも、自分達の(かしら)が旧ダイクン派であったランバだからこそ自制できているが、それでもクーデター派に対して容赦する気は微塵もない。

 

“それが……意図して自分達に向くよう仕向けられた憎悪だとしても”

 

 それを望んだのが他ならぬクーデター派であった以上、ランバも一切妥協出来ない。取っていい捕虜は何も知らぬ師団員だけで、それすら状況如何によっては巻き込まねばならなかった。

 即時降伏を許された者も多くいたが、行政区の制圧に駆り出された者の中には、右往左往する中で正確に頭を撃ち抜かれた者も多かったことだろう。

 

“夥しい数の国民を巻き込んだばかりではない。()()()()()を、ここからも手にかけねばならん”

 

 その苦悩、その苦衷を背負えるのは限られた人間だ。

 秘匿すべき情報は、知り得る人間が少なければ少ないほど良いという鉄則は、どれだけ残酷であっても守られねばならない。

 

“その結果、クーデター派には永劫許されない反逆の汚名と誹りを受けるとしても”

 

 それを行うのが、ザビ派に与するランバ自身なのだとしても。

 

“歴史が、決してお前達を許してくれなくとも”

 

 その果てに祖国(ジオン)の生存が約束される以上、ランバは祖国の防人として行動する。微塵も躊躇せず引き金を引き、罵る部下を止めもせず急き立て、連邦諸共一夜のうちに殺し尽くすのだ。

 

“許せ、シュレッサー。許せ、我が友”

 

 懺悔の念は、しかし瞳にすら宿らない。何処までも無慈悲に。現役の冴えを取り戻しつつある手腕によって殺戮劇が推し進められた。

 全ての勇者たちを、ワルキューレの手に委ねる為に。

 

 

     ◇

 

 

『悲嘆することはない。私が相対した強者の中でも、君は三指に入る戦士()()()

 

 ガルバルディに迫る灼熱の刃。コクピットごと胴を断ち割らんと振りかぶったヴァイス・ローゼの腕が、しかし次の瞬間に()()した。

 

「今のを避けるか」

 

 腕と言わず胴体ごと持って行くつもりだった。狙いも正確無比の四文字に恥じないものだった。たが、ヴァイス・ローゼは、それを駆る戦鬼、ランス・ガーフィールドは緊急解除ボルトを作動。

 遠心力を乗せて分離(パージ)させた腕を砲撃にぶつけることで、自身へのダメージを最低限に抑えて見せた。友軍機たるガルバルディまで巻き込まぬよう出力を抑えていたのを読まれていたとはいえ、ここまで完璧に対処して見せるとは思わなかった。

 

「見事だよ、天晴だ。そして、ようやく見つけたぞ」

 

 ──お前だな? 俺の機体で、名誉参謀顧問を暗殺したのは?

 

 極寒地獄の中でも、殺意が陽炎の如く揺らめいている。

 豪雪の中にあってさえ、遥か彼方で仁王に立つ専用機に、誰もが畏怖と驚愕に慄く。

 雪の中ですら溶けぬ、オリーブ・グリーンの専用機体色に、青蜘蛛のパーソナル・マーク。囚われの身であった筈の、少なくともこの戦いに間に合う筈は無いと思われていた、北米最強の男が雪中に立つ。

 

『イアン・グレーデン特務中佐か──会えて嬉しいよ』

 

 たとえ聞こえていても皮肉と受け取られることを承知で、ガーフィールドは息を吐いた。

 

『中佐!』『お下がり下さい中佐!』

 

 砲撃からグレーデンの存在を認めたのだろう。接近戦に特化したヴァイス・ローゼの分の悪さを悟り、麾下のFZ型が後退を進言したが、ガーフィールドはそれが無意味であると心得ていた。

 

『もう遅い』

 

 その言葉と同じくして、脇を固めつつガーフィールドを下がらせようとしたFZ型二機が、二本の光芒に呑まれて吹き飛んだ。

 ビーム兵器はその威力もさることながら、最も恐ろしいのは直進性に伴う命中速度だ。

 余程の長距離でもなければ、亜光速など躱そうと思って躱せるものではなく

、故にビーム兵器が主体となるであろうこれからの戦場を見据え、パイロットの心理的負担を憂慮しつつも、ゲルググ以降のMSからは、コア・ブロック機能が廃されることが決定してしまったほどの──代替物として、イジェクション・ポッドなる簡易脱出機構は用意されたが──戦場の変革者に位置付けられたビーム兵器の恐ろしさは、対峙したガーフィールドにも嫌気がさすほどしっかりと伝わった。

 

“そして、これから自分達が対峙する相手の力量もな”

 

 口径によって威力と余波被害が左右される実弾と異なり、出力一つ操作するだけで周辺被害を及ぼさぬまま、MSのみを適切に処理することは、グレーデンにとっては余りに容易い。

 だからこそグレーデンに暗殺嫌疑がかかったのもやむを得ないと言えるが、それだけのことを成し得るグレーデンの索敵能力と精密射撃は折り紙付きだ。

 視界という蜘蛛の巣に捕らわれた時点で、決して逃げることは叶わない。

 だからこそ、避けられぬからこそ、ガーフィールドは突貫を選んだ。

 

「ああ、そうだろうな。そうするしかない」

 

 だが、実力は兎も角として近接格闘に特化したグフ・カスタムと、遠距離からの支援砲撃に特化させたゲルググ・キャノンの相性は最悪だ。

 奇襲を仕掛けるならばいざ知らず、初撃の段階で距離を空けられている以上、ガーフィールドに勝ち目はない。

 建造物を盾にしようと、既にスクラップと化したFZ型を盾にしようと、グレーデンに届く見込み自体ゼロに等しい。

 

「それでも来るか、戦鬼」

 国家の存亡をかけた戦いでなければ。

 軍事作戦でなく、尋常の決闘となれば。

 グレーデンもキャノンを切り離し、堂々たる一戦を申し込んだやも知れない。

 

「悪いな」

 

 だが、そうではないのだ。この戦いは首都を奪われるか否かという天王山。センチメンタリズムに駆られて迷うほど、軍人として甘ったれた考えはグレーデンに存在しない。

 だからこそ、グレーデンが驚いたのはここからだ。

 

「……おいおい」

 

 気でも狂ったかと声に出しかけた。グレーデンの砲撃は一切の慈悲を宿していない。たとえ直撃に至らずとも、間違いなく行動不能にし得るだけの精度と威力を備えている。

 無駄弾など存在せず、一方的に蹂躙し得るからこそ北米最強の名を戴き、一級ジオン十字勲章を賜った英雄なのだ。

 だからこそ、英雄の砲撃を妨ぐには、致命の一撃を防ぐには一つの命を代価として払わねばならない。そう、ガーフィールド麾下部隊員の命という代価をだ。

 

『馬鹿共っ!』

 

 思わず声に出すのはガーフィールドだ。宇宙港は決して敵の手に渡ってはならない。たとえガーフィールドが斃れようと、残るFZ型は最後の一兵に至るまで粘り、死守を遵守せねばならないと厳命してきたと言うのに……っ!

 

『お叱りはヴァルハラにて』

『最期ぐらいは、御許しを』

 

 気軽げに声を湧かし、恐れ一つ見せることなく、ガーフィールドの代わりに命を差し出す部下。

 超硬スチールの装甲を容易く溶かす砲撃を、絶命する部下が身代わりとなりながらも、決して無傷とはいかない。

 至近距離に立つヴァイス・ローゼも、飛散した高熱の粒子によって装甲を削られて行っている。

 地球侵攻の最前線に立つエース達ならばチタン・セラミック複合材か、或いはルナ・ツーから確保したルナ・チタニウムを部分的に使用した専用機を下賜されただろう。

 しかし、防衛師団に組し、信用を置かれなかったガーフィールドは、大隊旗機であってもその恩恵に与ることはなかった。

 だが、そんな不満をおくびにも出さなければ、自らの不利を言い訳にする気もガーフィールドになかった。

 ガーフィールドの心には、散って行った部下に対する思いで満ちている。だからこそ彼は、逆境の中で折れることなく固く操縦桿を握り込む。

 

“ああ、許そう……許そうとも。最期を選ぶ権利は、お前達にもある”

 

 祖国の為に差し出した命でも、散華の瞬間ぐらいは選んで良い筈だ。

 親衛隊との戦いを投げ、背中を晒し、後ろから撃たれ爆散する中でも、一機でも多くガーフィールドの盾となるべく動き、散って行く同胞達を一機、また一機と見送りながらガーフィールドは突貫を止めない。

 お前と戦う為に、戦鬼と英雄が相討つ為に、部下は命を差し出したのだ。なればこそ!

 

『イアン・グレーデンよ! 貴様だけは檜舞台に上がって貰う!』

「……良いだろう」

 

 どの道残敵はほぼ掃討した。手負いの戦鬼を他に任せるよりも、グレーデン自身が受けて立つ方が生存率の上でも理に適う。

 

“言い訳としては、これだけあれば上等だろう?”

 

 接近戦に備え、デッド・ウェイトとなるバック・パックのキャノン砲を分離する。言葉以上に明確な返答に、ガーフィールドは喜悦の咆哮を上げた。

 

『嬉しいぞ、()()に引導を渡しに来た英雄よ……!!』

 

 ただ勤めを果たした先に、義務の死を賜るばかりだった自分達に最高の舞台を与えてくれた歓喜を叫び、突っ込んだ。

 既にしてヴァイス・ローゼは満身創痍。大隊旗機として染められた純白の塗装は無残に剥がれ、被弾箇所か流れる伝導液が、血液のように全身を汚している。

 正しく戦鬼。仲間と己の血を浴びながら、振り被ったヒート・ソードが豪雪を裂けば、ゲルググ・キャノンの握り込んだグリップから発振されたビーム・ナギナタが吹雪を溶かしながら迎え撃つ。

 袈裟懸けに振り下ろすヴァイス・ローゼの刃がナギナタを弾くと同時、柄頭から発振された()()()()の刃が手首を回転させてヴァイス・ローゼの胸部を引き裂いた。

 双身刃……二つの刃を持つ独特の近接兵装である。

 遠距離支援に特化してきた機体を駆り、前線指揮官として常に一歩下がって来たグレーデンだが、決して格闘戦が不得手な訳でも、厭っている訳でもない。

 北米でスコアを稼いできた時も、何度となくデッド・ウェイトとなるキャノンを分離(パージ)し──その度に整備兵からは苦情を漏らされたものだが──ヒート・ホークを奮ってはビッグ・トレーを破砕してきたものである。

 厚さにして三〇以上もの装甲を両断し、衝撃に近い音が機体の振動を介して伝わってから、ようやくグレーデンは残心を解く。

 余人が見れば、見惚れるような殺陣だった事だろうが、一太刀にて白薔薇を散らして見せたグレーデンの手は汗で冷え、背筋もまた滝のような水で溢れていた。

 

“危うかった……なんてもんじゃない”

 

 一太刀で終わったのではない。一太刀で終わらせる以外になかったのだ。

 ヴァイス・ローゼの動きを、技を、ビーム・キャノンによる捕捉照射でガルバルディから引き剝がす為の補正時間で確認し、かつナギナタを構えて軌道を制限させた上で、相手が隻腕だったからこそ捥ぎ取れた勝利に過ぎない。

 

“結局……お前がどうしてここまでやらかしたのか、聞けずじまいだな”

 

 本当ならば、息の根を断つのでなく、足の一つでも落として縛につかせたかった。身柄を親衛隊に委ね、司法に裁いてこそ、濡れ衣を着せられたグレーデンの留飲も下がろうというものだったというのに……白薔薇は華々しく散ってしまった。

 

「なぁ……満足か? 戦鬼」

 

 操縦席(コクピット)を溶断した以上、返事が返る筈もない。

 それでも、届かずとも言葉を漏らしてしまったのは、彼らが作り上げた地獄を前にして、打ち壊された諸々を目の当たりにして、そう漏らさずにはいられなかったからだ。

 

「見ろよ……この有様を」

 

 これが本当に、あの華やかなりし首都なのか?

 音楽と文化、産業と化学、文学といった瑞々しい新興国家の活力に満ち溢れ、有能にして不滅の公国民によって築かれた祖国の中心点とは思えないほど、爪痕は何処までも痛ましかった。

 

“親衛隊ほどじゃないが……俺だって怒りたくなるんだがな”

 

 だというのに……死体に唾吐きたくなる思いだと言うのに、どうしてかそれが出来ずにいる。

 百戦錬磨の古豪たるグレーデンだからだろう。こうした機会は、北米で幾度となく経験した。

 唾棄すべき相手ではなく、真に誇りを持った相手を屠った時。

 或いは一個人の復讐心から、仇討ちを求めてきた敵を倒した時。

 誉以上に、胸に疼くものを感じた瞬間が、今も同じように胸中を乱す。

 だが、もうグレーデンは喋らない。愉快気に、満足げに果てて、何ひとつとして情報を遺す事なく逝ってしまった。

 

「いいさ……お前みたいに、全部抱えて逝く奴も初めてじゃない」

 

 知っていれば、知ることさえできたなら、親友になれたかもしれない事柄を胸に秘めたまま逝く戦士……それを看取ることも討ち取ることも、初めてではなかったからこそ間を置かずして動き、生き残った戦友に手を差し伸べる。

 

「『動けるか?』」

 

 接触回線を用いて問えば『特務中佐殿のお陰で』とフィーリウスが返した。

 激戦でこそあったが、要した時間は左程の物でもない。

 実力伯仲でもない限り、三分以内に決着がつくのがMS(モビルスーツ)戦というものだ。

 

「『宇宙港は取り戻したが、予断は許さない状況だ。俺と来るか?』」

 

 無理にとは言わない。僚機は操縦士(パイロット)こそ無事でも撃墜判定を下す状況であるし、疲労も有るだろう。

 他の親衛隊と共に、ここに留まるという選択肢もある。

 

『いえ、()()動けます」

「『そうか。()()残れ』」

 

 疲労を押し殺して、()()などと口にした奴は、真っ先に死ぬのが戦場だ。退路が断たれたなら限界を超えることも必要だろうが、そうでないなら、敵前逃亡など、軍機に反する場合でもなければ第一に己の身を案じねばならない。

 

『……。試されましたか』

「『悪いな。お前のような部下は、多く持って来たんだ』」

 

 不服と思うなら、戦後に埋め合わせはしよう。そう微かに笑って、グレーデンは去り際に問う。

 

「『名を訊かせてくれ』」

『フィーリウス・ストリーム少尉であります』

「『覚えておく。そして任務を与えよう。ここを任せる──必ず生き残れ』」

 

 最前線から下がるとはいえ、油断は決して許されない。

 どれほどの天稟を備えようと、唐突に命を落とすのは珍しい話ではないのだから。

 

「『生き残り続ければ、お前は素晴らしい戦士になる』」

 

 そんな若人達を死なせない為に、イアン・グレーデンは戦い続けているのだから。

 

 

     ◇

 

 

 クーデター派(われわれ)にとっての、最も滑稽な乱痴気騒ぎ。

 後世の誰もが自分達を蔑むだろう歴史の一ページが、死神の足音と共に、銃声と共に届く部下達の叫びの距離が近くなることを、アンリ・シュレッサーは静かに感じ取ると、制服の端を掴んで皺を伸ばし、軍帽を被って身なりを整えた。

 

「……お前が来たのか」

「不服か? 将軍」

 

 拳銃を突き付け、死を届けに来た相手に対し「いいや」とシュレッサーは笑った。

 

「親衛隊長が手ずから引導を渡してくれるのだ。勿体無い最期だよ。だが、生憎と私は往生際が悪くてな」

 

 銃弾が眉間でなく、シュレッサーの肩口を貫通させた。デラーズが狙いを外したのでなく、シュレッサーが拳銃に手をかけようとしたのを阻む為だ。

 

「親衛隊長。物語には……、二種類の悪役が居る」

 

 悪として否定されながらも、憎まれず、慕われる悪役と。

 

「愚かで、滑稽で、誰にも愛されず……死すら生温いと唾棄される悪役だ」

「喋るな。将軍」

 

 囀ることは辛かろう。その痛みは、骨の覗く肩から来るものだけではなかった筈だ。だが、それでもシュレッサーは『悪役』を貫くべく、手放さなかった拳銃を持ち上げようとした。

 そう……しただけだ。もう右腕は使い物になりはしない。左手に持ち替えようとはしたが、次の瞬間には乾いた銃声と共に、脳髄を吹き飛ばされたシュレッサーが床に転がっていた。

 

“さらばだ。友よ”

 

 本来なら、厳かな敬礼で見送るべき相手なのだ。

 胸中でなく、万感の思いで以て届けねばならない言葉の筈だった。

 だが、デラーズはそれを許される立場にない。いいや、この世の誰であっても決して許される行為ではないのだ。

 

“だからこそ、防衛師団(おまえたち)に誓おう”

 

 何時の日か、時代が自分達を必要としなくなった時。

 時代が犠牲を強いる日が来たのなら、親衛隊(われわれ)もまた同じく、誇りをもってその役を買おう。

 新たな時代、新たな世界の為に、嫌われ役を演じて見せよう。

 

“決して、決して違えぬぞ……友よ”

 

 硝煙を吐き出す拳銃をホルスターに仕舞いながら。最後まで目を放さなかったデラーズは、背後に叫んだ。

 

「首魁は討ち取った! 再度降伏を勧告せよ!」

 

 

     ◇

 

 

「終わったな」

 

 アンリ・シュレッサーの戦死とキャスバル救出の報がズム・シティのスピーカーに乗って響いている。

 たとえ何処に居たとしても、この急報を聞き逃すことは無いだろう。その後に続く、葬送協奏曲も……。

 

「どちらを選ばれますか? 師団長閣下」

 

 司令部の最奥、重厚な木材に、クロム鍍金の金属とガラスで装飾された執務机に、自決用の拳銃が恭しく載せられた。

 目の前の特務大尉が持つような物ではない。贅を凝らした彫刻と象嵌。磨き上げられたクロームの輝きを放つそれは、本来高級将校に対する贈呈品として、ザビ家が下賜する逸品だった。

 

「無防備だぞ?」

 

 顔を顰めながら、ロートレックはまだ年若い特務大尉……エリーゼの軽挙を咎めた。もし、この拳銃を掴み、エリーゼに銃口を向けたなら?

 たとえ一発しか弾が無く、エリーゼが体技に秀でていたとしても絶対はない。それ以前に、()と同じように手榴弾を忍ばせていたらどうするつもりだったのか?

 フィクションでは威力が軽視されがちだが、現実は一個だけでも半径一五メートル内であれば致致命傷を負わせる代物だ。

 どれだけ優れていようと、人ひとりは確実に楽に殺せる兵器を忍ばせていないとは考えなかったのか?

 

「それを()()で、ここに来ることを命じられましたので」

「不敬を承知で言うが、非情な上司だな」

 

 どうせ腹は決めているのだからと、気にせず得心して笑う。

 

“嗚呼、成程。要は自分は読まれていたのだろう”

 

 シュレッサー達のように、やって来る相手に危害を加える真似はしないことを。彼らのような死に物狂いの演技などせず、淡々と終わる手合いだと分かっていたからこそ、エリーゼを寄こしたのだ。

 

「閣下だけならば、生き延びることも能います」

 

 答えは変わらないのか? 静かに取った拳銃を置き、投降する気はないのか? そうすれば、司法取引の場を用意できる。ジンバ・ラルがしたように、連邦の悪逆ぶりと自分達の愚かさを法廷で語りさえすれば、後は窮屈でもそれなりの余生を送る事は出来るだろうに……。

 

「お若く、優しい子だ……だがな、お嬢さん。私の友も、若人達も皆命を捧げたのだ」

 

 非道な連邦さえ除けば、誰一人として悪者はいなかった。この舞台に上がった全員が、敵味方の別なく命を懸けて、未来を築く礎となった。

 

「今更祖国に、俺のような無能は必要なかろう」

 

 何より……たとえ世界から閉ざされた場に終生囚われるのであっても、友が誹られ続ける時代を生きるのは堪え難い。

 だからこそ、この老躯もまた舞台を去ろう。死人に口はない以上、どれだけのものを抱えても、吐き出す心配は何処にもないのだから。

 

「だが、分かっているな?」

 

 これは決して、終幕ではない。ここで決して、終わりではないのだ。

 

「我々は退場し、区切りを付ける。()()()()()()が終わっただけだ」

 

 ハムレットの最終幕さながらに、一面血の海のフィナーレだと言うのに、運命は更なる流血を求めて止まない。この第一幕が可愛く思えるほどの苦難が、今や遅しと待ち構えている。

 

「勝てよ。俺達の血を、一滴たりとて無駄にするな」

 

 力強く目を見開き、拳銃を咥えたロートレックは引き金を引く。

 死してなおその目は閉じず、犠牲を忘れるなとエリーゼを……否、その先に居るザビ家を睨み続けていた。

 

 

     ◇

 

 

「お勤め、ご苦労でした」

 

 全てを見届けてから戻ったエリーゼを労うセシリアには、総帥府で見せたような無様は微塵もない。何処までも泰然とした、女特有の冷酷な正しさを色香の香水で消す、秘書官としての鎧を見事に纏っていた。

 

「演技は申し分なかった筈ですが、何処で気付いたのですか?」

 

 エリーゼが私情を挟んだのは、女としての感情を優先しただけではない。

 セシリアが崩れ、心を折ったかのように見せた全てが演技だと悟ったからこそ、セシリア・ザビは未だ健在と理解したからこそ、エリーゼは総帥府を離れたのだ。

 セシリアの慟哭に、何ひとつとして偽りが無かったなら。

 真実の全てをし得る立場になかったエリーゼは、ギレン・ザビ暗殺を信じ込み、感情を押し殺しつつ公人としての自分を保ちながら、最後まで国に尽くしただろう。

 だが、エリーゼはセシリアの擬態を見破った。あそこでセシリアが折れたと騙すことが出来たなら、エリーゼは決して自分の期待を裏切らない筈だと言うセシリアの姦計を悟った上で『セシリアとギレンが健在なら、男の為に動く猶予はある』という理性の算盤を弾いて、セシリアの手から抜け出してしまった。

 エリーゼの職務放棄自体は大問題だが、そうなる可能性を弁えた上で、釘を刺すのでもなければ配置を変えるでもなく、一芝居打って見せたセシリアにも問題はあったし失態だ。

 だからこそ、ロートレックの一件でチャラにしてから、セシリアは問うている。「私の芝居は、何が行けなかったのか?」と。

 

「恐れながら、セシリア妃殿下は既に女ではありません」

 

 エリーゼのように、焦がれた男に振り回され、恋慕の情動でしくじるような、そんな無様を晒しはしない。

 

「妃殿下は、既に母であらせられます故」

 

 結ばれ、子を成しながらも、自分を優先するばかりの未熟な手弱女では決してない。愛する夫(ギレン)を喪おうとも、遺された我が子(グレミー・ザビ)の未来の為。子の生きる世界を護るために、どんなことでも出来る母へと開花したのがセシリア・ザビなのだから。

 

「夫より、我が子を優先するのが母の(さが)でございましょう?」

「……これは一本取られました」

 

 演技以前の問題だ。どれだけの美貌を誇り、色香を振り撒いたところで、既にセシリアは女としての在り方を根本から変えている。

 母としての目を宿し、母としての心を持ちながら、色を匂わせる女を続けて見せるなど、浅はかだったと言う外ない。

 出来れば今後とも『女』としての行動原理を有する、有能な部下(エリーゼ)を持ち駒として侍らせておきたいところだったが……。

 

「安心なさい。約定を違える気はありません」

 

 無事に戦後を迎えたなら、好きな人生を歩ませてやる。どんな未来も望むままだという甘言で抱き込んだのだ。

 どれだけ有能であろうとも、誰だとて手放したがらない駒だろうと、区切りさえつけば自由だと約束したからこそ、エリーゼは忠誠心以上の動機として、総帥府に席を置いたのだから。

 

“それも、全ては命あってのものですがね”

 

 セシリアは勝利を疑っていない。自分の夫(ギレン)が、夫の信じる怪物(イワン)が敗北するなど考えられない。

 我らが総帥ある限り、祖国は不死鳥の如く蘇る。

 だが、だがなのだ……。

 

“私達が生き残る保証は、何処にもないのですから”

 

 この首都が、国土()()()()()()する可能性は、未だ健在なのだから。

 

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