宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※20261/20誤字修正。
 プータさま、しれしにつしぬさま、ご報告ありがとうございます!


81 時代からの召命

 三部劇の第一幕、『ワルキューレ』は閉幕した。

 魂と誓いに殉じ、祖国の為に果てたダイクンの騎士達は、その魂を戦乙女に迎えられたが、正しく時系列を語るならば、残る二部作も同時進行という形を取っている。

 故に、残る二部作は時間を巻き戻した上で、それぞれの舞台を中心に語ることとなるが、第二部『キャリフォルニア・ベース攻防戦』に移る前に、この物語の敵役にして、最終幕に出番を控える、連邦の英雄に視点を移そう。

 

 UNICAM(ユニカム)──ラテン語で『唯一』を意味する言葉であり、地球連邦軍において一〇〇機もの敵機を撃墜・撃破した撃墜王が賜る尊称だが、連邦軍でこの称号を帯びたのは、たった二人。

 地球連邦の双璧と讃えられ、夥しい勲章で胸を飾る一人は、最多撃墜王たるテネス・A・ユング。

 そして、もう一人……この物語において、イワン・ヨークと殺し合うことを宿命づけられた男。

 

 ──パプティマス・シロッコが、ここに至るまでの経緯を語ろう。

 

 

     ◆

 

 

 連邦宇宙軍の壊滅によって、本来予定されていた木星への資源回収任務が白紙となったことは、シロッコ()()()木星船団の乗組員(クルー)にとって、失意と落胆を抱くには十分過ぎるものだった。

 

 命の危機というならば、木星行きとて大差ない。

 

 しかし、宇宙にまで生活圏を広げた人類にとってさえ、未だ過酷な道程と任務である以上、木星船団のチケットは名誉と栄達を賜る絶好の機会でもあった。

 だからこそ、人生のプラチナチケットを奪われたばかりか、追い打ちとばかりに連邦宇宙軍の大敗まで聞き及んだ際の消沈ぶりは、凄まじいものだった。

 

「いっそ『捕虜交換』の列に並ぶか?」

「俺達は弾かれるさ」

 

 内側に親宇宙移民(スペースノイド)思想を抱えた状態で戦争をしたくない連邦と、各サイドの駐屯軍を明け渡してでも即戦力を確保したい公国の思惑が合致した上で行われた連邦‐公国間の人的資源の交換だが、連邦としても思想はどうあれ、手放したくない技能保持者は一定数存在する。

 木星行きに選抜された人材など、どんな場所でも喉から手が出る程欲しがる逸材だ。

 さしもの連邦と言えど、宇宙軍が完膚なきまでに崩壊し、予備戦力も最低限の状況で、木星船団の人員を手放す余裕はなかった。

 

「少尉。他人事のような顔をしているが、お前が一番貧乏籤を引く確率が高いんだぞ?」

 

 四十路ほどになる白髪交じりの()艦長が、上辺だけでない気遣いをシロッコに向けたが、シロッコは「でしょうな」と軽く返すにとどまった。

 パイロット資格を有している以上、間違いなくシロッコはジオン公国の地球侵攻に対する防衛を担う事になる。

 士官学校を飛び級で卒業し、余人から天才扱いを受けて憚らない経歴も、言い換えれば最も経験が浅い人材ということだ。

 

「貴様は見所がある。下に付くなら連れて行くぞ?」

 

 ()艦長にしてみれば、制宙権を取られ、宇宙に蓋をされた連邦の戦略的敗北は明らかだ。

 にもかかわらず講和のテーブルを蹴り上げ、継戦を決定したお上の無理心中に巻き込まれては堪らない。

 

「お上は綱渡りのつもりかもしれんが、現実には確実に落ちる剃刀の上を歩かされるようなもんだ」

 

 負けは見えている。聡いお前なら分かるだろう? と続けるのは、本気でシロッコを買っているからだが、しかし絶対に必要というほど長い付き合いでなければ、他力を当てにするほど()艦長も無能ではない。

 肩を竦めるだけで針にかからなかったと見るや「幸運を祈るよ」と告げて、他の乗組員(クルー)に声をかけ始めた。

 

“俗人だが優秀だな。人情もある”

 

 時代が時代でさえなければ、あの()艦長も上手くやれただろう。

 連邦の手は大きく、腕は長い。どれだけ優秀であっても、否、優秀であるからこそ、連邦は彼らを逃がしはしなかった。

 捕らえられた()艦長達がどうなったかまではシロッコも知る由はないが、多少冷遇こそされても、死ぬような目には遭うまい。

 有能であるからこそ執拗に目をつけられた以上、使い捨てにされる筈がないのだ。

 

“むしろ、私の方が『窮地』と称される立場に相応しいのだろうな”

 

 熟考するまでもない推察と、それが正しかったことを裏打ちするように届いた辞令。

『聖なる大地を守る聖戦』を旗印とした地球連邦軍から突き付けられた地上空軍への移籍と邀撃任務……、シロッコが捨て石にされたのは、誰の目にも明らかだった。

 

「貴官を含め、最高の人材を用意した」

 

 ロボットの撃破は難しいだろうが、有効打の一つは与えるか、あわよくば弱点を探ってくれという指示は体のいい威力偵察だ。

 戦果など期待されてはいない。ベテランにして虎の子の、正規の地上空軍のエース達を本腰を入れて使うまでに『見どころ』のある連中をぶつけて、公国軍のロボットがどの程度のものか推し量りたいと言ったところか。

 この時点で連邦の窮状を察したシロッコだが、軍服を脱いで下野する気は欠片もなかった。

 

『聖戦』を旗印とした地球連邦軍に対し、共感と忠節を誓っている訳でもなければ、人類史上初の統一政権という偉業に心酔し、存続に意義を見出している訳でもない。

 

 誰の目からも絶望的な、明らかに士気の低い飛行隊の中にあって、シロッコが泰然とし続けていられる理由は、たった一つ。 

 

 ──私は死なん。時代が私に舞台を与えたのだから。

 

 余人が聞けば、気宇壮大な事だと鼻で笑っただろう。しかし、死地に飛び込むことを強要されたシロッコは、死神の息吹を感じることも、死の気配が背筋を撫でる独特の怖気を感じることも、戦場で未知の敵と相対した中でさえ感じはしなかった。

 明らかに空気抵抗という面を無視した、奇怪極まる戦闘機。

 コミックやSF映画に登場するような人型兵器。

 それらに戸惑い、心を乱し、不覚を取った飛行隊が一機、また一機と墜ちて行く。無線が通じず、第一次大戦の頃のように至近距離での手ぶりで連携を取るには、この時代の戦闘機はあまりに速く、視界が狭い。

 対し、公国軍の戦闘機は最高速度こそ劣っていても、格闘戦(ドッグファイト)には秀でていた。

 今や旧時代の戦いとして廃れ、技術の多くが映像記録として残るばかりの空戦機動(マニューバ)だが、公国軍の飛行隊はそれを復活させていた。

 

「中世期の戦だな、これは」

 

 見込みのあった連中が墜ちるのも道理である。彼らは『時代』に適応できていない。

 最新と旧式の立場が逆転した戦場は、ただ速いから、多機能だから勝てるという常識を覆してしまった。

 それはつまり、個人技に重きが置かれる時代が訪れてしまったということであり──。

 

“時代よ──貴様が望んだ男が来たぞ”

 

 ──時代に適応し、運命を捩じ伏せる天才が頭角を現した瞬間だった。

 

 動きが分かる。射線が分かる。カバーし合う敵機の位置取りを一目見れば、例え未知の兵器であっても構造上の弱点は読み取れてしまう。

 

“そして、乱戦に勝つコツは最も弱い所から崩すことだ”

 

 公国製戦闘機(ドップ)の一機が後ろを取られ、火を噴いたのは偶然でなく、逆転劇の始まりだった。

 たちどころに五機を墜とし、初の空戦でエースの称号を得たシロッコは、誘導性を失ったミサイルを、無限の射程を誇る槍と見做してザクⅡに放つ。

 狙いはバックパック(ランドセル)。全てのMS操縦士(パイロット)が「絶対に撃たれるな」と叩き込まれ、互いに死角を潰すよう陣取っていたからこそ、弱点は余りに分かり易かった。

 

「『仕事は果たした、帰投する』」

 

 ミノフスキー粒子下での無線など役に立ちはしないが、音声記録は残る。初戦闘でロボットの一機を仕留めたこともガン・カメラに記録された以上、誰一人として文句のつけようはない筈だ。

 

 

     ◆

 

 

 シロッコの予想と期待通り、否、それ以上の狂喜で以てシロッコの戦闘詳報は地上空軍基地のみならず、ジャブローの高官(モグラ)達に迎えられた。

 継戦を決定した『上層部の構想』は、シロッコとて口にしないまでも確信していたが、それが口に出すのも憚れる悪行であることも同時に弁えていたし、連戦連敗を重ね続けてきた連邦軍の現状を糊塗する上で『真っ当な』戦果というものを欲していたことも理解していた。

 本土防衛の最前線たる欧州からジャブローまで護送され、戦功メダルを胸にプロパガンダの準備と相成ったが、シロッコは撮影の際、仮面を付けることを提案した。

 若い美貌の英雄というだけでは、志願兵を募集するポスターと変わるところはない。仮面一枚を隔ててしまえば、人は勝手に『ストーリー』を書き加える。

 ある者は、戦創を負ったと思うだろう。

 ある者は、出自を隠したいが為だと勘ぐるだろう。

 ある者は、幼いか、或いは醜面故と邪推するだろう。

 顔が良いというだけでは、若いというだけでは話題性には不十分だというシロッコの意見は広報担当官にも支持されたが、シロッコ自身の本音は別だ。

 

“いずれ、戦いの舞台は宇宙(そら)に移る”

 

 負け続きの連邦だが、必ずその日が、舞台が自分に用意されるだろう。

 その舞台に上がる為、未だ宇宙(そら)に残る連邦軍秘密基地に地球から赴くには、整形による身元詐称が必須となる。

 この時はそうした、己の顔を無為に嫌悪感や煩わしさから逃れたいが為の仮面であったものの、これが後に実益をもたらすことになるとは、シロッコをして予期していなかったことであったが、ともあれ『仮面の英雄』という偶像としてのシロッコは、ここで完成を見た。

 

 このまま後方に身を置き、連邦政府のスピーカーとしてプロパガンダ活動に勤しむことも出来ただろうが、少なくともシロッコには御免だった。

 

“感じるぞ。運命が私を手招いている”

 

 根拠など欠片も存在しない。しかし、ここに止まり続けることは、文字通りの停滞であることだけは確信できたからこそ、最前線を志願した。

 弱点を暴いたならば、次は実物を確保したいという申し出は、連邦軍にとってもこの上なく都合のいい申し出だった。

 仮面で顔を隠した以上、今後の広報には多少の整形を施した別人を宛がえば、仮に戦死されても隠し通せる。

 その上で前線勤務を志願してくれるというのなら、連邦としても止める理由は何処にもない。

 

 かくして休暇も同然の広報活動に別れを告げ、前線に戻ったシロッコだが、全ての戦場で無傷であった訳ではなかった。

 出撃中にひやりとした場面は何度となく経験したし、中には敵の攻撃そのものでなく、撃墜された僚機の破片が、自機戦闘機の風防(キャノピー)を掠めて死にかけた日もあった。

 だが、どのような戦場であろうと、どれだけ強大な敵であろうとシロッコには分かり易過ぎた。

 それを勘の良さと決めつけるのは愚行だろう。勘などというものは、悪しように言ってしまえば博打に過ぎない。どれだけ勝ちの目を出そうと、何時かは負けが来るものだ。

 かといって、観察眼の賜物かと問うならば、それもあるだろうが、一要素に過ぎないことはシロッコの戦いが証明していた。

 

『──パプティマス・シロッコには、未来が見えている』

 

 シロッコの戦いを目撃した生存者は、そう漏らすのが常だった。敵が飽和攻撃で死角なき殺し間を組み立てて来るなら、組み立てる前に殺せば良い。

 奇襲を仕掛けてくるのなら、仕掛ける前に仕留めればいい。

 死地に身を投じれば投じる程、鋭敏になっていく感覚。エクスタシーにも似た衝撃が電流の如く脳を走り抜ける時間は、命のやり取りを繰り返すごとに長く、鮮明になっていく。

 

 地球居住者(アースノイド)の偶像たる、仮面の英雄。

 

 ミノフスキー粒子という時代の針を巻き戻す新技術に適応すべく、無駄を削ぎ落としたとはいえ、未だ圧倒的不利を克服できずにいる既存兵器(せんとうき)が、MS(モビルスーツ)を狩り続けると言う非現実にも似た光景は、地球侵攻を担う突撃機動軍のみならず、公国軍そのものの心胆を寒からしめるには十分だった。

 そして、自分の活躍と機体性能の限界を。何よりも公国(てき)の学習能力を見誤るほど、シロッコは愚かではない。

 

“何事にも潮目というものはあるものだ”

 

 英雄が現れたのならば、英雄を殺す手段を講じるのが人間だ。いつの世であれ、強大な個というものは、対抗策を練られた上で打倒される。

 ハンニバルという天才から学んだスピキオが、ハンニバルを追い抜き勝利して見せたように。

 ナポレオンという天才が再び世に現れても打倒し得るよう、集合知の結晶たる参謀本部が設立されたように。

 強大であればあるほどに、人はそれを打ち破る打開策を講じていく。

 

“それこそが、連綿と続く進歩というものだ”

 

 戦争という不可避の落とし穴が存在する世界で、状況を見定めることができない人間は、共同墓地にその名を刻む。

 生き残り続ければ、凡夫とて英雄になれる時代が今だ。しかし、墓場に入ることで語り継がれる英雄になる気は毛頭ない。

 

“何より、私の力は私だけのものではないらしいからな”

 

 それは『神から与えられた才能(ギフト)は、大衆の為に用いられるべきである』という西欧的価値観に根差したものではない。

 ニュータイプ──ジオン・ズム・ダイクンの提唱した、新人類が宿す進化の形こそ、パプティマス・シロッコの力の正体なのだということ。

 それは既に、ジオン公国にとっては確立された研究分野であり、数こそ少なくとも既に宇宙移民(スペースノイド)の中で同時多発的に発現しているという。

 

宇宙(そら)の環境に適応した人類が、相互理解の為に得る力、か”

 

 皮肉な話だ。宇宙(そら)に上がらずとも、異なる環境に身を置かずとも、生まれついて片鱗を持ち合わせたシロッコは、太古から人類が続けてきた戦争の中で、ニュータイプとしての感覚を研ぎ澄ませてしまう事が出来てしまった。

 分かり合う力を、先を読むこと、殺意に反応して切り返すという戦争の道具として使うことに、一切躊躇してこなかった。

 

“歪だな”

 

 それを自覚するからこそ、ニュータイプというものの在り方を宇宙(そら)に問おう。

 果たして自分は間違っているのか。重力に魂を縛られ、殺戮の連鎖によって磨かれた異能は、ジオン主義(ジオニズム)によって在り方を覆されるのか?

 未知に飛び込む期待と興奮に、シロッコは正規軍の軍服を抜いて宇宙(そら)に飛び込み──

 

 

     ◇

 

 

「なんだ、このザマは?」

 

 正規軍人として得られる名誉や、賞賛の類などどうでも良かった。

 ティターンズとして得られる、戦後の特恵とやらにも興味はなかった。

 そうした分かり易い即物的な利益でなく、自己と世界の在り方を問い質すために上がった宇宙(そら)で、シロッコは余りの醜悪さに隠しもせず愁眉を寄せた。

 

「どうやら、シロッコ大尉は『本物』であられるらしい」

 

 この場に集う、投薬と外科手術によって能力を発現・拡張された人造兵器(モルモット)など足元にも及ばない。

 真に輝く原石が地球居住者(アースノイド)から発掘された事実を寿ぐ科学者に対し、内心そうではないとシロッコは忌々し気に口元を歪めかけて……そこにきてようやく、自分自身の()()()()を自覚した。

 

 パプティマス・シロッコは、公国を追いつき追い越さんと躍起になる連邦科学者達の非人道的な人体実験に憤っているのでも、精神と肉体を凌辱された被験者に同情を寄せているのでもない。

 

“この者達に、私を押し上げる力がないからこそ苛立っているのだ”

 

 だというのに、この連中はシロッコに要らぬ手を加えようとしている。金をかけた機材だ投薬だと、そんな小細工で何が為せる?

 

“今しがた私が転がして見せた連中と、同じ措置を受けろとでも?”

 

 冗談ではないと睨めつければ、称賛を送った科学者は心臓を鷲掴みされたかのように竦み上がった。

 他者を読み取るということは、心に踏み込むということ。

 精神という不可侵たるべき領域を一方的に暴くのは他のニュータイプにも容易いが、シロッコのそれは攻撃性が強く出ている。

 

 ──自らの憎悪、悪感情の思念を武器として、相手の精神を蹂躙することさえ可能なほどに。

 

 陽炎の如く立ち上る思念の波。感応波が物理的影響を空間に及ぼし、各種計測器が異常な値を示していたが、それ以上に『波』に当てられた被験者達の反応こそ劇的だった。

 取り乱し、発狂することさえ許されない。

 逃れ切らない竜巻を前に呆然と佇むように、死を悟った者が膝から崩れ落ちるように。

 彼ら彼女らは皆、既にシロッコに打ち負かされていたが、それでもここまでとは思っていなかったのだろう。いや、彼我を正しく認識するという社会性が、ショック療法によって回復したと見做すべきかも知れない。

 指先で優しく、赤子の手を払うように負かして見せた先程とは違う。

 何であれば、本当に殺してしまおうかという感情が、直接向き合った訳でもないというのに感じ取れて、気分一つで自分の()が潰されるのではないかと錯覚する。

 心……そう心だ。脳にまでメスを入れられ、精神を極限以上に追い詰められた後、気が触れたことで、或いは人として欠けてはならないものを削ぎ落としたことで、ようやく生物としてのバランスを保つことが許された被験者達が、再び真っ当な恐怖心を快復させられてから壊されること。

 この世のどんな拷問よりも悍ましい破壊の責め具を受けることに、恐怖を覚えない者は一人としていなかったが、被験者達が想像した、哀れな最期を科学者が迎えることは無かった。

 

「安心したまえ。君を任されたのはそこに居る彼でなく、飛び切り優秀な男だ」

 

 飛び切りという部分に、皮肉をたっぷりと含ませた痩せぎすの男……クルスト・モーゼスなる科学者は、ふん、と鼻を鳴らしてからカードを投げた。

 

「君のような人種が、一人残らず共食いの果てに滅ぶことを祈っているよ」

 

 

     ◇

 

 

「この上なく不愉快な時間を過ごされたようですな、大尉殿」

 

 顔に出した覚えはなく、この浅黒い肌をした中年男がニュータイプでない事もすぐに分かった。

 但し、そこいらのニュータイプより遥かに厄介な男でもある事も理解できたが。

 

「古風なやり方だな」

 

 雑魚をぶつけ、苛立たせ、これ見よがしに特別扱いだと示す品を投げ渡す。これで僅かにでも自尊心を満たすか、留飲を下げることの出来る人間がいるのなら、そいつは余程軽薄なのだろう。

 少なくとも、シロッコには怒りが募るだけの時間と扱いだ。

 

「すまんね。試させてもらった」

 

 正直は美徳だ。とはいえ、白状した相手が善性の持ち主であることは有り得なかったが。

 

「フラナガン・ロムだ。貴官に限らず、天然の原石が現われれば直接通すのが協力(ねがえり)の条件だった」

 

 持ち得る技術を前渡ししての契約だったものの、連邦は詐欺師でなくビジネス・パートナーとしてフラナガンとの約束を守った。そして、協力(ねがえり)の条件には続きがある。

 

「私を得て、貴方は何を渡す?」

 

 横流しされた技術を基に、連邦はエスパー同然の人間兵器を生み出している。精神面の安定性は欠くものの、人工ニュータイプたる強化体は、ひとたび実戦に投入すれば、公国軍にとって最大のアドバンテージたる経験値を凌駕して余りある戦果を期待できるだろう。

 だからこそ、シロッコは問うのだ。連邦にでなく、シロッコ自身に何を渡してくれるのか? そして、それを連邦は納得させることができるのか?

 

「──生存と勝利の可能性。私が渡せるのは、それだけだ」

 

 言い換えれば、フラナガンはこう言っている。

 私なくして連邦とシロッコ(おまえたち)に勝利はないと。

 

「酷な現実を告げるがね。今の、その程度では私の『最高傑作』に届かんよ」

 

 そして、『最高傑作』は絶対にお前達を逃がさない。戦争がどのような形で終わるとしても、この世界の何処に潜もうと、必ず探し出して息の根を止める為に死力を尽くす。故に、だ。

 

「殺し合え。私の最高傑作を打倒して見せろ」

 

 ジオンの独立も、連邦の統一政権にも興味はない。競わせ、ぶつけ合い、強い方を棚に飾って愛でる遊戯の為だけに、お前を玩具にさせろと笑う。

 

「最高傑作とやらを打倒した私が、貴方を殺しに行くとは考えないのか?」

「構わんよ。結果さえ分かればそれで良い。大尉が殺し易いよう膳立ててやる」

「良かろう」

 

 他人を玩具にしておきながら、自分の命は差し出せないとほざく小物ならば今この場で殺してやるところだったが、自分の命もテーブルに乗せる度胸が有るなら及第だ。

 

「さて、私は語った。次は大尉の番だ」

 

 即物的な利益でなく、英雄願望もなく、愛国者にも程遠いパプティマス・シロッコは、何を求めて進んだのか?

 

「運命を信じるか? フラナガン・ロム」

 

 自分を呼ぶ運命を。

 舞台に上がれと命じる運命を。

 理不尽の只中に人を置く運命を信じるか?

 

「私は信じている。ニュータイプとしての異能でなく、より大きな運命を感じている」

 

 シロッコはジオニストではない。特定の宗教を信仰している訳ではない。

 神の言葉が直接届いた訳でも、操り人形の糸を自分の手足に感じたこともない。

 

「神などという全能の愚者が弄玩する、一人遊びのそれではない。私にとっての運命とは、全ての人類が作り上げた、世界という濁流だ」

 

 神が一方的に書き上げた、舞台劇など存在しない。

 人という種があらゆる感情を綯い交ぜにして生み出した社会こそが、パプティマス・シロッコの定義する運命なのだ。

 

「運命という濁流に、流されるまま生涯を終える者も居る。抗い、挑みながら沈む者も居れば、濁流の流れ()()()()さえ変えてしまう、偉大な人間も存在する」

 

 人の手によって生み出され、作られた運命。

 神などという空想世界でしか存在し得ない、三流劇作家などより遥かに歪で、刺激的であるが故に有無を言わさぬ、恐るべき大河の濁流だ。

 

「私に運命は()()()()()()()。干上がった河を延々と歩くばかりだった」

 

 だからこそシロッコは、世界全てを巻き込んだ人類史上最大最悪の戦争を歓迎した。それがどれほど凄惨で絶望的なものであっても、挑む価値のある運命だと……。

 

「初めの頃は、そう思っていたよ」

 

 だが、勇んで飛び込んでみれば、濁流が自分を襲うことはなかった。渦の動きそのものを感じる気配はあれど、飲み込むようなものではなかった。

 

「当然だな。そもそもの基点が違っていた」

 

 自分は運命に()()側ではなかった。パプティマス・シロッコという存在そのものが、世界という濁流を作り上げる側だったのだ。

 

「私が挑むのではない。()()()()()こそが私だったのだ」

 

 寝所で子供が耽る、妄想にも似た全能感。

 ニュータイプという異能は、十代の人間が手にするには、行き過ぎた代物であることは間違いなく、当然それは、シロッコの心に歪な価値観を築いていた。

 もし、シロッコが地球連邦とジオン公国との一大決戦に参加せず、木星への資源獲得に赴いていたならば、きっとシロッコは異なる価値観を形成し、真理を獲得し、異なる形で自分自身を定義した筈だ。

 

 しかし、忘れてはならないことがある。

 

 どのような道に至ろうと、どのような経験を重ねようと、彼はパプティマス・シロッコなのだ。何者かに操られた訳でも、異なる存在が乗り移った訳でもなく、違う人生を歩んだというだけで、正史と同じ存在なのだ。

 

『常に世の中を動かしてきたのは、一握りの天才だ。私は、私がいなければ時代は変わらないと感じているに過ぎない』

 

 正史のシロッコがかくも傲岸な自負心を抱いていたように、異なる真理を得ようとも、同一人物であるが故に、揺るがぬ自己を有している。

 自分を他と同列に置くことなく、居丈高な傲慢を抱えながら、人の世を睥睨し続けている。

 

「貴方は()()私では勝てぬと言った」

 

 ならば、シロッコの価値観は誤りであったのか? 余人と同じく、濁流に抗い制するだけの、天才という抜きんでた『個』に過ぎないだけだったのか?

 いいや、違う。

 

「しかし、最高傑作と相対する前に貴方に出会った」

 

 見上げ、挑む機会。初めて明確な格上と出会う機会は、今ここで潰えてしまった。やはり自分は、挑まれる存在としての宿命を負っているのだと言う自説を強化する形になってしまった。

 

「それを嘆くかね? 大尉」

 

 運命に挑む事の出来ぬ立場を。舞台装置めいた、熱情なき人生に肩を落としたくなったかと問われたシロッコは、「まさか」と笑う。

 嘲笑ではなく、何かを愛でる者特有の、純粋な笑みで。

 

「私は『与え、奪う』立場にある」

 

 理不尽に奪われ、可能性を摘み取られる立場ではない。出会う者に試練を与え、相対する者から残る人生という可能性を奪う立場だ。

 

「私は私に挑む者を飲み込み続ける、運命という濁流の中で生まれた一つの渦だ」

 

 渦そのものは嘆かない。それは一つの事象に過ぎない。しかし、シロッコという個人は渦としての自分を、何よりも渦に飲まれる人々を捉えてきた。

 渦に抗う中で、醜い地金を晒した者もいれば、誇り高い輝きを見せる者もいた。恐怖に折れる者もいれば、勇気を振り絞れる者もいた。

 

「運命に翻弄されながらも『生きる』彼らを見届けられることを、嘆くことは決してないさ」

「ふむ」

 

 共感を抱いた訳でもなく、かといって悪感情に目を背けるでもなく、無関心であった訳でもない。

 善悪好悪の視点を除き、客観視した上でフラナガンは短く頷き、内心結論付けた。

 

“自分の傲慢さによって、殺されることを理解出来ん手合いだな”

 

 それを忠告してくれる人間も、自戒を生み出せるだけの障害も現れなかったからこその弊害だろう。

 フラナガンにしてみれば、そうした人格の欠点はどうでも良い。むしろ、そうした歪んだ自負心は歓迎さえしているほどだ。

 

“己を渦と称した以上、逃げ隠れる事は決してあるまい”

 

 嗚呼、ようやくだ。ようやくイワンに匹敵する原石が見つかった。

 積み上げた技術の全てを一点に集中し、惜しみなく注ぎ込む価値のある存在が、やっと現れてくれたのだ。

 

「かけられる時間は然程多くないのでね。少々手荒になるが……、何。安全は保障できるから、そこは安心してくれ」

 

 不吉な言葉と邪悪な笑みを向けるフラナガンに、臆すシロッコではなかった。妖しげな光を湛える瞳は、自分ならば問題ないと言う不遜と確信の輝きに満ちていた。

 

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