どこぞのひげ面の影の薄いロリコン(イワン)から、編集長に主役が交代しました。
ホントは物語の前半主人公がイワン君、後半主人公をマ・クベにする予定で、だからこそ第一話にこの二人を持って来たんだけど、連載形式の流れの変化って恐ろしいわ……。
※2026/8/10誤字修正。
結城藍人さま、ご報告ありがとうございます!
空は曇天を通り越し、黒雲が広がり始めていた。
チカチカと光る不快な稲光をアプサラスに設置されたモニターが映し、おどろおどろしい雷鳴が拾われている。
「昔の話だがな。連邦軍の士官学校に行っとった頃は、雷ってもんを知らんかったんだ」
機体前面中央。巨大な大型メガ粒子砲の直上に突き出すよう設けられたコクピットの後席で、ガルシアがパイロットスーツのヘルメット越しに漏らした。
サイドでは相応の地位にある
「だから、この音と黒い空には心底驚いてな? 『なんだ!? 連邦軍が新兵器のテストでもしとるのか!?』『それとも気象管理局で重大事故でも発生したか!?』と、消灯時間を過ぎた官舎を、寝間着のまま飛び出したんだ」
あの時の赤っ恥を、ガルシアは絶対に忘れられない。同期どころか、士官学校の
「けどな? それを機に大真面目に地球環境の詳細やら、自然災害で装甲車やら輸送機が被るであろう被害を論文にしてムンゾに提出したら、これが防衛隊で偉く受けてなぁ」
忘れられない恥ではある。しかし、ムンゾ防衛隊地上軍に属していたガルシアが今の地位にまで登るきっかけとなったのも、その恥がきっかけだった。
今日、ジオン公国に生まれた
全てを飲み込む津波、火山噴火や乾燥地帯の山火事や竜巻といった自然災害は言うに及ばず、風土病から動植物の生態まで、子供の頃から学ぶことが出来ている。
それらのきっかけを作ったのが、こうして過去の恥を語る将軍の成果だということを、果たしてどれだけの公国臣民が知っているだろう?
地球侵攻に際して志願した義勇軍が、促成栽培の軍事教育の中でも、地球環境については念入りに叩き込まれることになった、その始まりが誰の貢献によるものかを見知っている者は、決して多くない。
けれど、そうした過去の努力が示すように、ガルシアなりに勝ちを求め、邁進してきたという事実は変わらず動かせない。
余人から誉めそやされ、イワンに買われるまでは己の才に驕りながらも怠惰に過ごした過去は消えないが、ガルシア自身が生み出してきた功績も、それによって成し得たことも確かにあったのだ。
「昔も年を食ってからも、この音は心底嫌いだったもんだが、今は愛してやれそうだよ」
天候に進軍速度が左右される程、宇宙世紀の軍隊は原始的ではない。たとえミノフスキー粒子が、西暦時代を彷彿とさせる有視界戦闘に戦闘様式を逆行させても、機械化軍は余程でもない限り、自然の猛威をものともしない。
だが、ミノフスキー・クラフトによって大気中を飛翔するアプサラスにとって、厚い黒雲は話が別だった。
詳細な全高も、本体重量さえ公表されていない秘密兵器だが、通常のMSと並べれば人型兵器が豆粒にさえ見える程、横方向へ異様なまでに肥大化した巨体である。
如何にレーダーが役立たぬ時代とはいえ、晴天で飛べば見落としようがない。
その巨大な機体を、雷雲そのものが覆い隠してくれていた。
「地球の空が、我々に味方してくれるとは思いませんでした」
今日までアプサラスのテスト・パイロットを勤めて来た
開発初期の段階でのアプサラスは、二名の搭乗員が機体制御を分担する複座機だったが、今は四名もの人員が席に着けるだけのスペースがあった。
前席が飛行・姿勢制御、後席が火器管制という括りこそ同じだが、作業分担と効率化を踏まえての改良だった。
「そりゃあ
「然りですな!!」
これは一本取られたと、
誰も彼もが空笑いを浮かべ、誰も彼もが心を軽くさせようと無理に笑う。
覚悟を決め、護る為に動こうと、どれだけ名誉で心と体を塗り固めようと、完全には恐怖を消し去れない。
酒や薬でも与えれば気も紛れようが、精密操作を要求される以上、脳を鈍らせる訳には決して行かない。
誰もが恐怖に抗い、屈服を拒み、自分が味わえない明日を、他人に謳歌して貰う為にここに居る。
目標地点に到達するまでの数分の内に、ガルシアはガルマの姿を脳裏に浮かべた。
“忘れてないだろうな? お坊ちゃんよ。俺はまだ、お前に借りを返して貰っておらんのだ”
だから、イセリナを愛し、結ばれろ。
子をなし、良き父として育み、孫を抱け。
民を愛し、愛され続ける指導者となれ。
年老い、皆に泣かれながら、微笑んで逝く人生であれ。
“このガルシア・ロメオが命を捨てたという意味と重みを、決して忘れてくれるんじゃあない”
そうでなければ許さない。
俯き、嘆く人生では、助けてやる甲斐がない。
ガルマを守るため、最後の閂として戦って死んだ全ての命が軽くなる。
「閣下! 対物感知・熱源探知センサーが捉えました!」
「観測班! 標的捕捉!」
「カウントだ! 俺の合図でやれぃ……!」
敵を捉えた。アプサラスに備えられた兵装は、確実に戦局を塗り替えるが、最大効果を発揮するなら、決して焦ってはならない。
火力とは威力だけではない。何処へ、何時、どれだけの敵を入れてから撃つか──それを決める者の胆力まで含めて初めて兵器は最大効率を発揮する。
大型メガ粒子砲……アプサラスが備える兵装は、事実上これ一門だが、一門で十分だった。一点を貫き、山体そのものを穿つ集束射撃。
そして、砲口周囲の反射パネルによってビームを複数方向へ偏向させ、多数目標を薙ぎ払う拡散射撃。目的に応じて、その二つを使い分けられるのがアプサラスの特性だ。
巨大な砲口を囲む六枚の反射パネルが展開し、砲口から青白い巨大な光が膨れ上がる。
光を囲む反射パネルが次々に角度を変え、そして──分かれた。
「三、二、一、今!
一条である筈のメガ粒子の奔流が、驟雨の殺人光線となって戦場へ散開した。
◇
空から降り注ぐ光に、連邦軍は何を見ただろう?
聖書に記された神の怒りか? 或いは眩く美しい、流星群の煌めきか?
雷より速く、巨大な輝きを示す無数の光線。淡く煌めく薄紅色の輝きは、ジオン・連邦が用いるビーム兵器の光であることは間違いなかった。
しかし、理屈の上での知識に、現実の光景がついていけるかと問われれば難しいだろう。
世界が燃えたと錯覚するほどの豪火が、地面と、その上にある物全てを吹き飛ばした。炎の混濁と流動は、コクピット内のヤザンの肌に、有りもしない熱の痛みを錯覚させるのに十分な光景だった。
“危うかった……アトラスでなくば、俺も
喉は枯れ、眼球は干上がり、生存の喜びを味わう余裕さえない。
パイロットスーツの内側は言うに及ばず、首から上まで全身の汗腺が拡がり、冷え切った汗がシャワーでも浴びたかのようにヤザンの全身を濡らしている。
往時のヤザンであれば、胸元のタトゥーに触れつつ「玉が縮んだぜ」と軽口を漏らし、次の瞬間には意識を切り替えることが出来た筈だが、この瞬間ばかりは勝手が違う。
“三分の二……いや、五分の四が
消滅だ。文字通り、あの光を浴びたGMも、余波を受けた機械化混成部隊も、死を感じる間もなく、跡形もなく致死の
“キャリフォルニア・ベースを攻略すべく、結集した中核部隊が!!”
時間を空費させまいと、北西方面を除いた各戦線の公国軍を封止しつつ、可能な限り複数戦線の連邦軍部隊を抽出して──攻囲を圧縮して殲滅戦を図るには、流石に時間が足りていなかった──合流。
これを以て頑強なる総司令部を攻略し、ガルマ・ザビを虜囚にするという気宇壮大な計画を達成させるには、全てを瓦礫に変える大規模空爆でなく、陸上部隊の集中によってこそ果たし得る。
拙速と物量を最大の武器として防衛線を破り、心臓部にして中枢神経たるキャリフォルニア・ベース攻略に向けて強力な重点を作るべく、稠密なる結集を果たした連邦軍の妥協なき努力は、完全に裏目に出た形となった。
政治・戦略目標達成を初志貫徹せんが為にエネルギーを注ぎ込み、軍事的合理性の優先順位を一旦下げた結果、戦力の過剰集中によって大損害を被った訳だが、ここに来て手痛い失敗を被るとは、さしものイーサン・ライアーと言えど、思っても見なかったことだろう。
“政治目標を優先しての作戦だったとはいえ、北西方面の防衛線を破ってからの一連の流れは、かねてからの戦役計画に沿うもので、妥協は一切なかった”
地上戦力の集中にしたところで、公国側の航空機は払底し、散発的な防空で、残存MS部隊を掩護することしか実行できないと確信してからの実行だ。
戦力の結集にした所で、万が一の空爆に備え、密集でなく梯団として、連続性のある攻撃を前提としつつも、纏めて薙ぎ払われるような手を使われぬよう配慮した。
だというのに地平の先まで、目に付く全てが蹂躙されるなど馬鹿げた冗談としか思えないし、何よりだ。
“あのデカブツを初期段階で投入していれば、連邦の快進撃は無理だった筈だ”
北西と言わず、何処か一つにでも戦力としてアプサラスを投入していれば、時間を稼ぐには十分過ぎた筈だ。
だが、獣でなく合理的な士官として、恐怖の奔流にも論理的思考を奪われる事なく回し続けるヤザンの脳裏に正解が浮かぶ。
それは現実の、眼前の脅威に対する逃避ではなく、強靭な精神が為せる明晰さ故だった。
“もし、もしもだ……。北西反攻軍が連邦軍の本命と判明した時点で、防衛側が劣勢になると理解していたなら?”
欧州方面軍からの来援は期待できず、さりとて持ち駒で盤面は覆せず、敗走を余儀なくされると北米方面軍が確信出来てしまっていたら?
連邦軍の進撃を止められず、拠点攻略にまで盤面が進むと理解できてしまっていたなら?
「読んだのか!?」
連邦が結集すると!? ガルマを捕らえる為、万全を期して動くということを!?
「読んだともよ! お前らなら確実にそうするとなぁ!!」
通信など交わしていない。ヤザンという一個人などガルシアは知覚していない。それでもガルシアは、腹の底から「してやったり!」と勝ち誇り、
ガルシアが
苦境と劣勢の壁際まで追い込まれ、敗北の現実を喉元に突きつけられ、死さえ受け入れて尚、ガルシアは踏みとどまって戦うことを選択したのだ。
死地に飛び込むとしても、自分の命に安値を付けて無駄死になど、ガルシアなら絶対に有り得ない。
戦車の砲弾を発射するのは砲手の役目だが、何時、どのタイミングで発射するかは車長の一存。それ故に戦車のスコアは車長のものとなるが、ガルシアもまた、複数人で運用するアプサラスのトップとして命を下した。
全ては連邦地上軍の重点形成のタイミングを図り、殲滅するため。
昔取った杵柄とばかりに気象データに基づいてアプサラスを目的地まで動かし、一度の奇襲で最大級の戦果を叩き出して見せたガルシアは、こと戦術眼に限れば既にイワンと肩を並べる程度には鍛えられている。
イワンの如く考え、イワンの如く手を打つ。
敵が纏まった瞬間に叩くというルウム戦役の再現も、ソーラ・レイによる殲滅戦を計画した、イワンを模倣しての戦法だ。
「可能なら、ここで膠着を維持できれば最良ッ!」
連邦軍の進撃遂行を困難たらしめ、以て欧州からの来援到着まで粘り切れれば、地上戦は逆転し得る。
突撃機動軍の至宝、公国の輝ける星……
今や、それら全ては決して誇大でも、粉飾されたものでもなくなった。
ガルシア・ロメオ──常勝将軍の名に掛け値なし!
◇
『突撃機動軍、北米方面軍司令長官、ガルシア・ロメオである! 反攻に出た連邦軍将兵に申したい!』
ありきたりな降伏勧告か? 高強度通信を用いても無線通信は難しいことから、
『見事であった! この戦、俺の完敗よ!!』
これだけの戦果を出し、地獄を作り、圧倒的な武威を示した上で尚、将帥としての敗北を不倶戴天の敵に見せる度量。
“果たして、
ここまで溌溂と。しかして威厳を持ったまま、言葉を発する度量を持った将帥が今の連邦軍に居ると、断言することができるだろうか?
『最早我が軍に勝ちはなく、連邦軍諸官の攻勢に我が軍が抗し得ぬことは先刻承知である』
だが、相手を讃えて終わる筈がない。単に兜を脱ぐだけなら、鹿爪らしい大仰な口上など必要ないのだ。
『俺を殺すも、虜囚として辱め、鳴り物入りで宣伝することも甘んじて受け入れよう! 総司令部を無血開城し、抵抗する全部隊に白旗を掲げさせ、南極条約に則って、全員を投降させることも確約しよう!
但し──、ガルマ・ザビ殿下だけは、見逃して貰う!!』
貰い
希うのでなく、上段から突き付ける。
敗者として、己の尊厳どころか命さえ惜しくないと言って見せた常勝将軍の、妥協できない一線が
ガルマ・ザビの死という、将兵達の精神的世界の破壊を阻止すること……王族への忠誠を掲げる君主制国家の軍人たれば、総司令官自身さえ、己の破滅をも許容するという事実。
王権の神格化というものは、むしろ
『南極条約に基づき、指定の信号弾を上げよ! 受諾・決裂の意を示した後、全てを
「……律儀なことだ」
口上こそ待ってやったが、それは態勢を立て直す時間を欲しただけだ。
圧倒的な武威を見せつけ、大
「──これが、俺達の返答よ!」
遥か後方からの砲音──二六〇キロメートルもの射程を誇る、
◇
不意打ちを実行したことに、恥じる心はヤザンにない。ヤザンがそれを命じる立場にあったとしても、「やれ」と確実に命じたからだ。
“俺達にも、余裕がないんでな”
ガルマ・ザビの確保が絶対条件となっている以上、条件は呑めない。
さりとて、ここでアプサラスを避けて通れるかと問われれば、それも無理だ。
何しろ連邦軍は、アプサラスのスペックを知らない。あらん限りの破壊を実行し、口上を続けながら、その巨体には余りに細く長い、不釣り合いな三本足(射撃安定用スタビライザー)を延ばして今は重力に従っていたが、再度飛び立って他の戦線を蹂躙しない保証は何処にもなかったからである。
何より、余裕がないというヤザンの評は全く正しい。
仮にアプサラスが身動きできず、北西方面以外に突破口を開こうとしても、迂回を行う暇はなかった。
ミノフスキー粒子散布下において、互いに距離が離れ、統一指揮が困難な広大な戦場では情報伝達速度が低下してしまうという実情もあるが、何より連邦北西反攻軍は、主作戦に基づいて各戦線から戦力を引き抜いて編成することで*1重点を移し、整えたばかりだった。
“だというのに、その整えた戦力がものの見事に溶かされたとあってはな!”
勝利と破壊が目前に迫り、「勝った!」と驕った瞬間にこれだ!
ノルマンディーを遥かに凌駕する史上最大規模の奇襲進撃を達成し、圧倒的物量で以て快勝したかのように見える連邦と言えど、力任せの平押しで進軍していた訳ではないし、数にかまけただけで戦争に勝てるなら苦労はない。
“神速の行動でもって北西の防御線に穴を開け、突破口を開くという大進撃に払った物資と準備は、並大抵のものではなかった”
北西方面の打通は、北米全域に渡る公国軍の防衛と、それに付随した建築物と陣地。兵力を入念に調査分析し、高級将校と参謀連が作戦を練り上げ、不断の努力と、反攻に注ぎ込まれる途方もない消費と浪費を覚悟した上で成功させたものである。
大胆不敵にして巧妙なれど、今日に至るまでに払った労苦を思えば「もう一度他の戦線でやれ」と言われても、無理だと匙を投げるに違いない。
ミノフスキー粒子という戦場の霧は、それほどまでに深く濃い。
かつては地球の裏側にさえ届いた無線機も、今や二キロ先にさえ届かない、超至近距離での連絡交換手段になってしまった程である。
大規模反攻であるため、事前準備を怠らなかったが、だからこそ通信網を短距離の緊急連絡手段と割り切り、中央集権的な指揮統制から、現場指揮官の裁量に委ねる分権的な指揮にならざるを得なくなっているのが現代戦だ。
末端が機敏に動けるという利点を生む一方、一度作戦全体を組み替えようとすれば致命的な遅さとなる。
各部隊が独自判断で戦えることと、数十万の軍勢を一斉に別方向へ向けることは、まるで別の問題だ。連邦と言えど、北西方面から主戦場を変えて足並みを揃えさせるには、丸一日以上かけてしまう。
どれだけ戦い方が歴史の針を戻し、有視界戦闘が前提になったと言っても、技術そのものは宇宙世紀の時代であることを忘れてはならない。
公国軍の生命力と軍事的抵抗力が如何程のものかは、ヤザンもこの戦いで嫌という程理解した。
“そんな時間の空費をした日には、確実にジオンは逃げ切る”
それだけならまだマシで、最悪を考えるなら今の今まで沈黙を貫いている、マスドライバー攻撃を公国軍が再開しかねないという所にある。
最短二四時間。最長四八時間は沈黙させ得ると豪語して見せた連邦の『成果』とやらが、どのような形で実ったのかはヤザンには知る由もなかったが、そもそもにしてガルマ・ザビを虜囚にしろなどと厳命している所からして、碌な手でなかったことは確実だ。
それなら時間の浪費を避けるべく、再度各方面から強引に戦力を引き抜いて、北西に送った方がマシで、反攻を続けるならそれしかないことぐらいヤザンも理解できていたが、問題は引き抜く兵力の『数』だ。
“ただでさえ攻撃側は、待ち伏せる防衛側と比べ、損害が出る”
ましてや拠点攻略ともなれば、かかる損耗は素人でさえ「多大な損耗を覚悟せねばならない」と悟る。
故に、先に結集させた戦力というものは、乱雑な『積み木部隊』などではなかった。
“結集させた戦力を率いるに足る将校団もまた、損耗を計算に入れつつも入念な訓練を重ねて選抜された精鋭だったと言うのに、その全てが壊滅的打撃を被ってしまった……!”
溶かされた戦力と同数では、もう足りない。予備部隊の能力を超えている。
再度、各戦線からの戦力を抽出してキャリフォルニア・ベース攻略に動くなら、最低でも倍する数を搔き集めた上で初めて実現できる。
“忌々しいことだ! 連邦軍が、『数』に頭を悩ます羽目になろうとは……!”
最早、他戦線の公国軍を減殺するのでなく、可能な限り膠着状態を維持せざるを得なくなってしまった。
だからこそヤザンも、遠巻きにアプサラスの猛威を目撃した全将兵も、ガルシアごと確実に潰すと決めたのだ。
可能であれば直ちに被害報告と援軍要請を実施し、再度拠点攻略に向けて動きたいが、アプサラスという戦略兵器は、後退など絶対に許してくれない。
叩き潰すことを、決断せざるを得ない状況に追い込まれてしまった!!
「それも、分かった上でやったんだろう……!?」
なんたる采配! なんたる結果! 敗北を堂々と認めている癖、死ぬその時まで世界最大最強の地上軍を振り回して見せようとは!
「常勝将軍ッ! その首、俺が必ず貰い受ける……!!」
一生分の恐怖を覚え、味わった。心の底から、逃げ出したいと獣の本能が心臓を叩き潰そうとするほど殴り続けた。
原始の恐怖が臓腑と魂を震えさせて
負けを認めようと膝を屈さず、命を失おうと瞳は輝きを失わない。
希望の萌芽、輝く可能性を託しながら、気高く果てようとしている
どんな
「俺を飢えさせたのだ! 腹いっぱい喰わせてくれ…………!!」
◇
「ダメージ・コントロール!」
アプサラスの装甲は巨大ではあっても無敵ではない。まして機体下面に露出する二基のミノフスキー・クラフトは、この兵器にとって明白な弱点だった。
「右ミノフスキー・クラフト、出力低下!」
「左で持たせろ!」
「姿勢制御、補正します!」
MS三機分のジェネレーターが唸り、二基のミノフスキー・クラフトと大型メガ粒子砲へ電力を送り続ける。それだけの出力があったからこそ、浮遊しながら主砲を使用しても容易にはエネルギー切れを起こさない。
だが、電力があっても機体が壊れれば終わる。その時間は、遠くない。
“こうなるとは分かっていた。一世一代の花火の後は、俺達も弾けて死ぬのだと”
元よりアプサラスとは南極条約で禁止されたICBMの代替として、ジャブローを筆頭とした軍事拠点と要衝を攻略すべく生み出された、『強襲型』の戦略兵器だ。
弾道飛行によって長距離を進出し、目標上空へ到達。拡散射撃によって多数の対空防御と地上兵器を一掃した後、地下深くに築かれた軍事施設を集束砲撃で直接破壊する。
目に付く全てを焼き払い、蹂躙してから、悠々と宇宙に向けて離脱するという一撃離脱を運用の前提としていた。
大気圏突入と対空火器による防御こそ念頭に置いていても、敵軍の本格進攻を阻む為の拠点防御や、固定砲台としての役割など、端からコンセプトに入っていない。
今の使い方は、本来の兵器思想からすれば完全な邪道である。一撃離脱に徹すべき兵器を、ガルシアは逃げ場のない固定砲台として使っているのだ。
加え、戦略兵器として、あれだけの破壊を可能としたアプサラスは、全体的なサイズもそうだが、特に横幅が広い。
精密砲撃を実行し得るだけの宇宙世紀の時代にあっては、余りに的として大き過ぎたが、そんなことはガルシアや
アプサラスの全ての性能と弱点を理解した上で、捨て身でここまでやって来て、最後の最期まで暴れに来たのだ。
「万倍返しでぶちかませ!」
「火器管制! 推定射撃地点、入力!」
砲口周囲の反射パネルが再び動く。連邦軍の砲撃方向、着弾角、観測出来る熱源情報を火器管制装置が重ね合わせる。
「拡散で薙げ!」
大喝一声すると共に、拡散メガ粒子砲がガンタンクの射線と交差して、狙い過たず複数方向へ折れながら連邦軍の火力陣地を襲った。
地に足を付け、高く背を伸ばして位置を示したのは、相手が
アプサラスという
熱源、着弾方向、発射音。直接座標が分からずとも、複数の情報を重ねれば『何処から撃たれたか』は絞れる。
まして敵が超長距離から大口径火器を撃っているなら、その熱量と発砲時の反応は小さくなかった。
生身の狙撃手ならばいざ知らず、アプサラスの装甲を抜く類の兵器なら、戦闘機か高速爆撃機でもない限り、一撃離脱などできはしない。
熱源探知からの応射である以上、精密爆撃とまでは行かないが、それでも相手からすれば堪ったものではないだろう。拡散とはいえメガ粒子砲。収束させれば山一つさえ容易く穿ち、その先さえ焼き滅ぼす絶死の光線である。
防御など到底不可能で、逃げに徹しようにも周辺もろとも焼き尽くされて消し炭……敵とはいえ、理不尽に死をばら撒いているという自覚はガルシアにもあったが……。
“悪いが、お相子だ”
殺すつもりで撃ってきたのだ。撃ち返されても文句は言ってほしくないし、何よりアプサラスが受けた痛みも取り返しがつかなくなっている。
所詮は的……位置を見せつけ、撃たれ続けている以上、返す刀で薙ぎ払っても、血を流して死ぬ運命は避けられない。
「さぁって! そろそろ死ぬかぁ!!」
殷々と響くガンタンクの打鼓状砲撃に、装甲を食い破られて死ぬか。
はたまたこちらに突貫する、飛行をも可能とした連邦軍の
どちらでもいい。命の代価は時間稼ぎで、身を投じた分の役目は十二分に果たして釣りがくる。
命尽きるまで、ジェネレーターが臨界点に達して吹き飛ぶその瞬間まで連邦の数を減らし、一分一秒を稼げれば、後のことは後の奴に任せて逝ける。
そんな風に──、満足して逝けたらどれだけ幸せだっただろう?
「──なにを、何をしていやがる!?」
モニターに映る、公国軍のMS……決して来るべきでなかった者達が、助けてはいけない者を助けに来た。
◇
空を駆ける者、地を進む者……、本来ここに来るべきでない者たちに、ガルシアは吠えた。
「ふざけるな……ふざけるなよ貴様らっ!!」
頼んでなどいない。こんなことを、一体何処の誰が頼んだというのだ!?
“ノイエン・ビッターが抗命したか!? いいや、奴はギレン・ザビの信奉者だ……ここぞの選択は、絶対に間違えない!”
つまりは、誰の指し金でもない。強要された訳でもない。
彼らはただ、自分達の総司令官を守りに来たというだけで──
「──俺は命じただろう!?」
『ガルマを護れ』と。それが総司令官としての最後の命令だった。こんな場所で、こんな所で心中させる気などガルシアにはなかった。
「やめろっ! 来させるな! 何としてでも奴らを送り返せ!」
将軍としての強さなどなく、メッキの下に隠れていた私人の声でガルシアが叫んだが、
癇を立てた馬を宥めるように、曖昧に誤魔化すなど不可能で、ガルシア相手ではそれが出来る筈もないと弁えていたから。
「彼らは決めています。我らと道を同じくすると」
たとえ公王や総帥であっても、彼らの足を止めることは叶わない。
何より、ノイエン・ビッターは優秀で仕事も早い。今からでは脱出に間に合う筈もないことは、平時のガルシアなら言われるまでもなく理解出来た筈である。
彼らが前進を選び、ここに辿り着いてしまった時点で、撤退のタイミングは逸している。
「だとしてもだ……!!」
ここで死ねば、彼らは本当の意味で無駄死にになる。援護してやろうにも、広域殲滅型の戦略兵器たるアプサラスでは、巻き添えになってしまう。
だからこそガルシアはアプサラス単独で動き、自分達が撃破されてから、残る
そういう手筈だったのではないのか!?
「だっていうのに、なんでお前ら以外の屍食鬼《グール》まで来やがった!?」
屍を思わせる土気色のドワッジは、誰がどう見ても間違えようはない。
死に場所を選ぶ権利などなく、端からそんな
「閣下は……、愛され過ぎたのです」
常に将兵を慮り、勝利を約束し続けた。彼らの望む全てを、今日まで叶え続けてきてしまった結果がこれなのだ。
この危急に動かねば、公国軍人の名に恥じる。不義の徒として、歴史的汚名を受けねばなるまいと、自らの信念に拠って立ち胸を張って死にに来たのだ。
守ろうとしたガルシアが、それを望まないと知っていながら。
敬意と友情が断ち切れない形で結びついていたために、彼らはガルシアから離れられなかった。
「閣下ご自身が、将兵を愛してしまったように」
口にすれば、ガルシア自身は否定しただろう屍食鬼《グール》隊員の心。
しかし、本心からそれを否定するには、ガルシアの表情は余りに分かり易かった。
蛇足だが、「作戦(または戦闘実施)の必要に基づき、建制上の部隊を適宜に編合組成すること」が『編組』。
「軍令に規定された軍の永続性を有する組織」を『編制』と称する。