「あの、プロデューサーさん」
「ん? どうした春香」
雪解けも済んだ三月末。春の気配はすぐそこまで来ていると感じる事務所の窓は、既に桜色だ。
「遠足のおやつって何持って行きました?」
「そうだな……ポテチみたいにつぶれたりしなくて、チョコみたいに溶けないやつ」
「全然具体的じゃないですね。なんかないんですか?」
「まぁコアラのマーチとか、キャラメルとか」
「ですよね、そこら辺ですよね」
「どういう意味?」
「いや、四月に一応学校の遠足があるんですけど、おばあちゃんから、『今度の遠足、これ持っていき』って……」
「ポテコじゃん。確かにつぶれないけど、デカいよな」
「そうなんですよね」
「……」
「……食べます?」
「食べる」
「あーん」
「いや、それはないだろ」
「じゃあ指出してください」
「はい」
「なんで左手じゃないんですか?」
「え? なんで俺怒られてるの?」
*
「なあ、春香」
「なんですか、プロデューサーさん」
温かさもいい具合で心地よく、なのに花粉が舞って苦しい季節が来た。四月末はいつもマスクと目薬が手放せない。
「名前でなんとなくどこの国とかって分かる?」
「どういうことです?」
「例えば、アルセーヌ=ルパンって聞いて、あ、フランスっぽいな、みたいな」
「あー……ありますよね、名前で国っぽさ分かるタイプ」
「〇〇ッヒ、はドイツ、とか」
「ハルシュタインはドイツっぽかったですよね」
「そうそう」
「お花の名前とかだとアメリカっぽいですよね」
「例えば?」
「マーガレット、とか、ヴァイオレット、とか」
「ヴァイオレットは色じゃないか?」
「あ、ほんとだ」
「あとは……なんだろう、マリア、とか、セント、とかはキリストっぽいとか?」
「それは国っぽさではないですね」
「確かに」
「ロシアとかも有名ですよね。〇〇ロフ、とか、〇〇スキーとか」
「ハルカスキー、とか、完全にロシアっぽさ出てるよな」
「……」
「え、なんか変なこと言った?」
*
「なあ、春香」
「なんですか、プロデューサーさん」
そろそろ梅雨時か、と思うような、湿気の匂いがし始めた五月末。この時期になると、田舎から出てきたことをちょっとハナタカで語りたくなる。
「春香は天ぷらで何が好き?」
「天ぷらですか? 揚げるのが面倒なのでどれも……」
「めっちゃ主婦みたいな感想だな」
「プロデューサーさんは何が好きなんですか?」
「え?」
「いや、何が好きなのかなぁって」
「んー……鶏かな」
「それ唐揚げで良くないですか?」
「お、おい……言ってはならんことを……」
「ちなみに私はお魚の天ぷらが好きです」
「例えば?」
「鱈とか、キスとか」
「いいね、俺もキス好きだな」
「……はい」
「あれ、大丈夫か? 顔赤いぞ」
「ちょっと黙ってもらってもいいですか」
*
「あの、プロデューサーさん」
「ん? どうした春香」
事務所に来るまでにある花屋でアジサイが綺麗に咲いていた。六月末らしい雨の多さも、こういうのを見ると、たまにはいいのかなとも思う。
「テレパシーってあるじゃないですか」
「うん」
「あれって、思ったことが相手に伝わるんですよね?」
「そうだな」
「思ったこと全部伝わると困りません? 隠したいこととかもあるかもしれないのに」
「そういうのって上手いこと分離されるんじゃないのか?」
「そんな都合いいんですかね?」
「さぁ。俺は使えないから分からん」
「ちょっとやってみてもいいですか?」
「え?」
「んー……!! んー!!!」
「……」
「来ました?」
「来ないが」
「んー!!!!」
「春香」
「んー!!!!!」
「来ないよ」
「きっと心のチューニングがあってないんですね。それか、プロデューサーさんが人じゃないか」
「酷くない?」
「今度答えをメールで送っておきます」
*
「なあ、春香」
「なんですか、プロデューサーさん」
窓を開けても涼しくない七月末。雨の冷たさは何だったのかと思いながらも、とりあえず雑念を払ってデスクに向かうしかないこの頃。心頭滅却すれば火もまた涼し、って律子も言ってたしな。
とはいえ。
「夢で知人に会うと、次の日顔合わせづらいよな」
「そうですね」
「……うん」
「……まさか」
「そう、まさかだよ」
「どんな? どんな夢見たんですか!?」
「ちょ、こっちこないで、今気まずいから」
「なんです? 私に何されたんです?」
「……いや、絶対言わん」
「えー」
「まだお子様には早い内容だから」
「え、えっちなのを見たんですか……!?」
「どうしてそうなる」
「け、けだもの……!」
「まだ何も言ってないのに酷い言われようだ」
「夢の中で私にナニしようとしてるんですか! まったくもう!」
「いや春香がしてきたんだろ……あ」
「あっ」
「あっ」
*
「あの、プロデューサーさん」
「ん? どうした春香」
まだ学生なアイドル達を見ていると、そろそろ夏休みも終わる頃かと思う八月末。そろそろ体育祭とか文化祭とかがあるんだろうなと思うと、なんだか懐かしい気持ちになる。
「体感時計ってありますよね」
「ああ、あるね」
「目を瞑ってストップウォッチで十秒計れます?」
「やるの?」
「やりましょう」
「勝ったら何かある?」
「じゃあジュース奢りましょう」
「よし。じゃあ俺から」
「……」
「あ、そういえば、亜美と真美がまたゴージャスセレブプリン食べたみたいですよ。しかもデスソースかけるとかなんとかで」
「……ここだっ……九秒八三」
「すごいですね」
「妨害はズルくない?」
「じゃあ私も」
「よし」
「あ、勝ったらご褒美、いいですか?」
「なんか今日の春香ガツガツ来るな」
「いいじゃないですか。そういう日もあるんです。夏だし」
「何の理由にもなってないぞそれ」
「まぁとにかくやりますから」
「……ふむ」
「……し、ご、ろく……」
「頑張ってるなぁ。そんなにご褒美欲しいのか?」
「……なな、はち、きゅう……」
「今日の春香、可愛いな」
「ぶっ!?」
「よし」
「……十一秒三七」
「勝ったな」
「ズルくないですか?」
「春香が言う?」
「そっちじゃないです」
「え?」
*
「あの、プロデューサーさん」
「ん? どうした春香」
カレンダーをめくってやっと夏が終わったと思ったのに、まだ暑さが残る九月末。秋が早く来てほしいと願う事務所は、まだ太陽がまぶしい。
「このまえ新作秋物のセールをやってたので見に行ったんですけど、男の人ってどうして女の子のちょっと大きい服が好きなんですか?」
「どういうこと?」
「ほら、パーカーとか、セーターとか、裾とか袖がちょっと長い方がいいというか、ぶかぶかな感じがいい、みたいな」
「あるね、そういうの」
「なのにスカートはちょっと短い方がいい、みたいな」
「この前の街ロケの衣装もそんなんだったよな」
「そう、こんな感じの」
「あー」
「どうですか?」
「んー」
「……なんなんですか?」
「いや、雪歩に似合いそうだなと」
「……そうですか」
「いや、あの、その……ね?」
「……」
「ちょ、無言で殴るのやめて、痛い」
*
「なあ、春香」
「なんですか、プロデューサーさん」
九月のドタバタが落ち着いて、ゆっくりし始めた十月末。学校行事が仕事と重なると、アイドルをするのはなかなか難しいんだなと思わされる。
「伊達眼鏡ってどこで買うんだ?」
「普通にどこでも売ってますよ? 最近じゃネットでも」
「そうなんだ」
「でもプロデューサーさんってすごい近眼でしたよね」
「そうなんだよ。だけど、コンタクトにしようかなって」
「どうしてです?」
「汗とかでズレるし。あと、ぼちぼち冬じゃん。マスクすると曇るんだよ」
「あー……確かに」
「最近の伊達眼鏡ってレンズ入ってないだろ? だからいいかなって」
「え? コンタクトにするのになんで伊達眼鏡するんですか?」
「眼鏡外すと自分が誰か分からなくなるんだよ」
「そういうものなんですか?」
「眼鏡をしばらくつけて生きてるとそうなる」
「眼鏡に乗っ取られるってことですか?」
「どうしてそうなった」
「まぁ、そういう理由ならネットで買うのが無難です。変に勘繰られたりしないので」
「なるほどね」
「あ、じゃあプロデューサーさんの眼鏡をもらえば、プロデューサーさんと一心同体ってことですか?」
「なんで話を戻したんだ」
*
「なあ、春香」
「なんですか、プロデューサーさん」
秋も深まってすっかり寒くなってきた十一月末。年末に向けて色んな商品が出る季節でもある。アイドルプロデュースも大忙しだ。
「この前ポケモンの新作出たけど、うちのアイドル達って、ポケモンに例えると何だろう」
「結構色んなところで聞きそうな話題ですよね、それ」
「千早は……ヌオー?」
「どうしてそうなるんです? もっといたでしょ、水タイプ」
「水、水、ダイケンキとか?」
「アシマリとかの方がそれっぽくないですか?」
「あー……進化前考えてなかった」
「プロデューサーさんがどんな学生時代を送ったかは分からないですけど、ポケモン廃人だったことは分かりました。しかもマイオナ――」
「待て、女の子がそれ以上はよくない」
「でもあれですね、みんながジムリーダーになったと思えば、ダイケンキありですね」
「さては春香も結構やってたな?」
「ストーリーは好きでしたよ」
「じゃあ他のみんなは? 亜美と真美はどうやって区別する?」
「亜美と真美はゲーム好きだから……サンダーとレントラー、みたいな?」
「ダブルバトルで強そうだな。えっと、どこだっけ、双子のジムリーダー」
「トクサネシティですね」
「そうだそうだ。詳しいな」
「……この前、小鳥さんと喋ってるプロデューサーさんがエメラルド好き、って言ってたので」
「あれ、宝石の話じゃなかったのか?」
「……見損ないました」
「分かった、分かったから、今度一緒に新作やろう」
「小鳥さんにも謝ってあげてください」
「なんで!?」
*
「なあ……春香」
「なんですか、プロデューサーさん」
イベントのシーズン真っただ中の十二月末。忙しいけど、しないといけないことがあることは気を紛らわせるのには十分だ。あったかい空気と仕事があれば、とりあえず生きてはいける。
「新しく出会った人の名前と同じ名前の人が知り合いにいると、とたんに呼びづらくなったりしない?」
「いたんですか? 春香」
「いたんだよ。この前局で出会ったディレクターさん。字は違うけど、『春花』って」
「あー、結構よくあるタイプですね」
「しかもさ、そのディレクター、俺すごい嫌いなタイプで」
「えー。もっと仲良くしてくださいよ」
「無理。あれはマジでねちねちしてるウザいタイプなの」
「そう言わずに……仲良く仕事するのが大事って、私はここで教わったんですよ?」
「でもこの前、春香さ、他の局で俺より若い女性のADさんと俺が喋ってたら、その後廊下でローキックかましてきたじゃん」
「あれは何かの間違いです」
「三連打も?」
「そうです」
「じゃあ頑張って仲良くしてみるか」
「いや、やっぱりいいです。嫌いなままで」
「じゃあ春香って呼びづらいんだけど」
「じゃあ仲良く……ああ!!」
「ごめんって」
*
「なあ、春香」
「なんですか、プロデューサーさん」
事務所を出ると、まだ積もっている雪が、足元でしゃりしゃりと音を立てる。一月末の雪はまだしっかり堅い。
「えい」
「ひゃぁっ! ちょ、ちょっとプロデューサーさん!」
「すっかり冷えたなー」
「冷えた所じゃないですよ。それのせいでほっぺた凍るかと思いました」
「それって言うなよ。俺の両手だって生きてるんだぞ」
「死人ですよ死人!」
「死んでないから。……で、春香は?」
「え?」
「……あったかいな」
「手袋つけてましたから。つけます?」
「いやいいよ。春香が風邪ひくと困る」
「プロデューサーさんが風邪ひいても困るんですけど?」
「でも手袋だけじゃあったまれないだろ」
「なんかあったかいもの食べに行きます?」
「ラーメン行くか」
「夜に女の子をラーメン屋に連れて行くのってどうなんです?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないですけど」
「よっしゃ」
*
「あの、プロデューサーさん」
「ん? どうした春香」
アイドルの活躍の場は広い。大学、高校、中学校、ショッピングモール、イベントホール、などなど……どこも寒いのに、どうしてアイドルの衣装はあんなに寒そうなものばかりなのか、そんなことを考えさせられる二月末。雪もしばらく降っていて、電車が止まるらしい。まったく。
「レシートで爪を磨くと綺麗になるって知ってました?」
「いや、聞いたことないな」
「あれ、そうなんですか? てっきり、財布の中がレシート多かったのでそういうことかと」
「この前捨てたよ。単純に整理を忘れてただけ」
「なるほど。でも、プロデューサーさんって手綺麗ですよね」
「そうなのか? まぁでも結構言われること多いかも」
「爪も綺麗にしときましょう」
「やってみるか」
「ちょうどレシート貯めてたので、どうぞ」
「ありがとう。……ほんとだ、結構綺麗になるな」
「ですよね」
「もう一枚欲しいな」
「はい」
「ありがとう」
「私もしておこうかな」
「すまん、もう一枚」
「はい」
「……もう一枚」
「そんなに要ります?」
「いや……もしかして、春香、結構ラーメン好き?」
「バレました?」
*
「なあ、春香」
「なんですか? プロデューサーさん」
気が付けば、またこの季節か。
「そういえば、あの時のあれ、もらってないぞ」
「あ、ジュースですか? ストップウォッチの時の」
「いや、そうじゃなくて、テレパシーの時の」
「あ、あー……ありましたね、そんなこと」
「やっぱり答えなんてなかったか」
「そう……ですね、そういうことにしておきましょう」
「なんだよ、あるみたいな言い方して」
「まぁ、テレパシーなんて、やっぱり、伝えたいことと伝わってほしくないことは区別できないんですよ」
「ん? どういうことだ」
「そういうことですよ」
「なんだよ、もどかしいな」
「一年間お疲れ様でした」
「唐突だな。ありがとな、こちらこそ」
「ドームライブ、綺麗でしたね」
「そうだな。やっぱ、年度終わりってちょっと寂しいけど、その寂しさも綺麗だよな」
「プロデューサーさん、私」
「言うなよ、分かるから」
「……やっぱり、伝わっちゃいますよね」
「ああ、また来年もあの景色みられるように、頑張ろうな」
「……違います、ばか」
「え?」
「違いますー!!! やっぱりテレパシーなんて嘘ですね、はっきり分かりました」
「えー……」
「まぁ、そんな鈍感プロデューサーさんと一緒に過ごした一年、すごい楽しかったですよ」
「俺も、積極的な春香と一緒に過ごすのは、いい意味で新鮮だったな」
「また来年もよろしくお願いしますね?」
「ああ、それが誕生日プレゼントになるならな」
今日は四月三日。あと二回、この日を迎えたら、気づいてたことも伝えてあげようかな。