アイロニカル秘封トーク   作:Iteration:6

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Talk 4

「私が思うに、私たちのサークル活動に足りないものは一つ。資金よ」

 

 蓮子の言葉を聞いてメリーは気怠げに目を細める。

 

「俗物的ねぇ。無いもの強請りをしたって仕方がないわよ」

「それはそうだけど、こうやってメリーとお喋りができるのは珈琲を二つ頼めるだけの支払い能力があるからよ」

「ならその調子で、私たちに無いものではなく有るものを挙げていきましょう」

 

 頭を指差しながら蓮子は語る。

 

「私たちにあるもの……それはこれよ。cogito, ergo sum」

 

 

 

 

 

 〜オートマタ〜

 

「有名なデカルトの言葉ね」

「物質に対する彼の独創的な考え方は特筆に値するわ」

 

 蓮子の言葉に対して、相対性精神学を専攻するメリーは首を傾げた。

 

「デカルトと言えば心身二元論でしょ? 今となっては古錆びた理論だし、蓮子が注目するようなものだとは思わなかったわ」

「彼は科学が扱う対象を物質に限定した科学者の一人だった。世界は精神と物質で構築されているが、科学は物質を対象とする。素晴らしくスマートな宣言よ。実に独創的で美しい」

「なんだか喧嘩を売られている気がするわ。精神学は科学ではないとでも言うつもり?」

「流石にそこまで私の心は狭量じゃないよ。但し、科学とそれ以外を股にかける境界的な場所だと思っているのは否定できないかな」

 

 蓮子は正直に自分の意見を表明した。結果としてメリーは反駁する。

 

「デカルトは、思考しない物質を対象とする事で万物を物理的な視点から解釈したわ。人間の事は分からない。でも人間の腕ならば? 腕の骨ならば? 骨の組成ならば? そう、分かることができる。精神をよそに置けば、人間という物質は理解可能であると」

「うん、素晴らしい考え方よね?」

「いいえ、彼の言によれば魂を持たない──即ち思考しない物体は──皆、複雑なオートマタに過ぎないのよ。木や花や鳥や蟻は、複雑な仕組みを持った機械であり物体に過ぎないのだと」

 

 メリーは少し不機嫌なようだ。早口で言葉が連なっていく。

 

「確かに今と環境が違う当時としては自然な考え方だけれど、人間のように思考する存在以外は魂無き機械に過ぎないというのは、今の私達からすると直感的には受け入れ難いのよね」

「その点についてはデカルトだって承知していたと思う。人間と同程度の知的能力を持つ動物は当時だって知られていたし、精神と物質の肝心の繋がりについても難点だったからね。でも、遺伝子の発見がその違和感を払拭した」

「生物というオートマタのアルゴリズム、それは今や私たちの目に見える形としてあると言いたいのね」

「うん。メリーには悪いけど、私には生物が有機的なロボットに思えてならない。蟻や蜂は、みな定められた行いを繰り返すロボット。花も木も、延々と繰り返し動作している。まあ、このプログラムは急に編集されたり試行錯誤を伴うアルゴリズムを有したりするけれど」

 

 一拍おいて、蓮子は表現する。

 

「アルゴリズムの()()()が魂に見えているだけなのかもしれない。私から言わせれば、単純なものこそ何より美しいのだけれど」

 

 蓮子はメリーの意見に同意しつつも、自分の意見を曲げることはなかった。

 

「ともあれ私がデカルトを尊敬している最大の点は、彼が精神と物質を二つの世界に別けたことで科学にとってどれだけ物質界が重要であるかを明確に示したことよ。今もそれは変わらない。人間を治そうとする医者が人間の精神ではなく、まずは物質としての人間を理解するところから始めるのも正にそうなのだと思わない?」

「蓮子の意見は分かったわ。そして私もそう思う。故にそうして科学が手を付けずに祀り捨ててきた精神界を、一端の科学者の卵として私は探検している訳ね。これまで科学の主流は精神界をよそにおいてきた。結果として今やそこは科学の最後のフロンティアの一つになっている」

 

 メリーも自分の意見は曲げない。故に二人の意見は真正面から衝突し、合流し、混ざり合い、一つとなった。

 

「蓮子は物質界を、私は精神界を見る。私たちの視座が合わされば、きっと一つの世界が見えてくるはずよ」

 

 蓮子は頷いた。

 

 

「その通りよメリー。それで、その……」

 

 

 歯切れが悪くなって言い淀む蓮子。

 

「なーに? どうしたの?」

「それがね、こうやって喫茶店で話をするのと、心霊スポットを巡るのとどっちが良いかなって。ほら、活動資金の兼ね合いで最近は遠出してなかったでしょ」

 

 メリーは和かに微笑んだ。

 

「どちらも好きよ。蓮子が一緒ならね」

「それは有難い。宿代が一番重いからね。やっぱりルームシェアは偉大だわ」

「……ねぇ、もしかして私の価値って宿代半額分なのかしら?」

「うーん、うん。予算的な価値としてはそう」

「ごめんなさい、今日はもう帰るわ」

「ちょ、待ってメリー、冗談よ。えと、事実ではあるけれど。その、貴女と一緒なら私も楽しいから。つまり……精神的な意味で」

「ふ〜ん?」

 

 席を立ちかけたメリーを慌てて引き留めた蓮子。メリーは呆れた様子でボヤきながら席に戻った。

 

「貴女はもう少し人の心を見る事を心がけるべきよ。反省しなさい」

「そうね、冗談にしては面白くなかったし、事実としては余りに人の心が無かったわ。ごめんなさい」

「うん。真面目で理性的な反省ね」

 

 メリーとしてはもう少し感情的に反省して欲しかったなぁというのが本音であったが、理知的に問題点を洗い直して謝罪する蓮子の姿勢は極めて真摯で、そして無機質だった。

 

「まるでオートマタみたい」

「メリーさん、その、私もう謝った」

「うるさい」

「ひぃ……ごめんなさいってばぁ」

 

 メリーさんは、怒らせると怖かった。




本小説での宇佐見蓮子
 理知的で明晰で明朗な思考を有し、道理に適っていれば人の心がない発言も口からぽろっと漏れる。でもメリーに感情的に怒られると何も言い返せない。


本小説でのマエリベリー・ハーン
 博識で、物事を感覚とイメージで捉える。蓮子の知性を尊敬しているが、彼女には人の心に対する配慮が足りないと思っている。怒らせると結構怖い。
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