皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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溜め回です



七章完結記念103話 正義敗残

 

 

 

 

 

 

私は、あのガキを、アル・クラネルを嫌っている。

 

リオンのあとに、【アストレア・ファミリア】に入団した一番の若輩でありながら至上たる才でもって幾千の屍の山を築き上げた子供。

 

私達が積み立ててきた階梯をまたたく間に踏破してみせ、今やオラリオの最強の一角となった『剣餓鬼』。

 

あの小生意気な顔を思い出すだけで腹が立つ。何もかもが気に食わなかった。

 

私やアリーゼ、リオンはおろか、都市最強の『猛者』や『勇者』すら及ばない、··········認めざるを得ない空前の鬼才。戦慄すら覚えるその才能は、私達の遥か先を行っている。

 

普通ならば剣など握ったこともないような年でありながらその剣域は私の知るいかなる剣客のそれを凌駕する。

 

ゴジョウノ家一族の最高傑作とまで言われた妹でさえ、霞んで見えるほどの才覚。

 

私とて一端の剣士だ、『そこ』は否定できない。だが、感情は別だ。

 

才能に胡座をかくわけでもなく、さりとて果てなき理想を抱いているわけでもない。

 

アリーゼやリオンとは全くもって違う感情のない人助けに、不可能などないと言わんが如く積み上がってゆく偉業の数々。

 

そんな態度全てが私を苛立たせた。リオンのように青臭い綺麗事を吐くわけでも、アリーゼのように理想を語るのでもない、ライラや私のように『諦めた』わけでもない気味の悪さがあった。

 

いっそ、死んでしまえば清々するかとすら考えていた。

 

だが────。

 

私達を『庇った』結果、派閥最強であるはずのコイツは未だ、意識を取り戻していない。いや、そもそもあれだけの重症を負っていたのだ。意識を取り戻したところで、まともに動けるか怪しいものだ。

 

こんな傷を負ったのを見たのは初めてだった。たった一人で階層主に挑むような埒外のガキがこんなふうに倒れ伏すなど私は考えてもいなかった。

 

その有様を見て、私は──────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都市中を覆った慟哭と悲鳴、流された血と涙。それはまさしく地獄の光景だった。逃げ惑い、助けを求める声に応えてくれる者は誰一人いない。

 

燃え盛る炎の中、助けを求めて伸ばした手が炭となって崩れ落ちる。絶望と怨念に満ちた絶叫が木霊し、血塗れの死体や焼け焦げた死体が転がっている。

 

都市を照らす月明かりの下、黒煙が立ち上り、火の手が上がる。都市に刻まれた傷跡は深く大きい。

 

後に『死の七日間』と語り継がれることになる正と悪の抗争。数多の魂を飲み込み、憎悪を振り撒く暗黒の戦いの始まりであった。

 

後に、『暗黒期』を象徴することとなる大抗争の始まり、敵にまわったかつての最強たる【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】によって刻まれた傷は戦いが終わってからも冒険者たちを苦しめた。

 

「くそっ、ヒーラーはどこだ!?」

 

「魔法で水を出して消火しろ!!」

 

「ポーションはまだなのか!」

 

「おい! こっちにも手を貸せ!! 人が足りないんだ!」

 

「負傷者の手当てをしてください! 急いで!」

 

「重傷者を先に運べ! 急げ!」

 

 激戦の後、都市には甚大な被害が出ていた。闇派閥の交戦により多くの冒険者や市民が死んだ。その被害はあまりにも大きく、都市の復興作業は遅々として進まない。

 

瓦礫の下に埋まっているかもしれない仲間を助けようと、あるいは死んだ恋人や家族を弔おうと多くの人が作業を手伝っているがそれでも人手が全く足りていない状況である。

 

そして何より問題なのは負傷者の数だ。戦闘に参加した全ての者の治療を終えるまでどれだけかかるのか見当もつかない。

 

都市の主力である第一級、第二級冒険者もその大半が負傷。

 

ポーションなどの救援物資はあるがそれもすぐに底をつくだろう。治療院は常に患者で溢れかえっており、今もなお増え続けている。

 

都市全体の空気は重苦しい。誰もが疲れ切っていた。

 

「ッ!! 何をどうしたらこんな傷に···········」

 

 そんな中、【アストレア・ファミリア】所属の回復役の少女は横になって寝かされているアルを見て絶句した。

 

血溜まりに斃れるアルの有様に既に精神力の尽きたヒーラーの顔が歪む。まるで肉を轢き潰されたかのような惨状、一目見て分かる致命傷。

 

生きていることが不思議なほどの重傷、第一級冒険者としてのステイタスと付与魔法の効果によってかろうじて一命を取り留めていたが、あと数分でも処置が遅れていれば確実に死んでいたであろうことは明白だった。

 

全身を覆う火傷に皮膚が爛れた顔、腕は千切れかけており、内臓は潰れ、骨は砕けている。誰が見ても即死していておかしくない状態、仮にこの傷を受けたのが他の【アストレア・ファミリア】の団員だったなら、確実に死んでいただろう。

 

自分たちを逃がすために『覇者』とただ一人で相対し、瀕死の傷を負った弟分の姿に自分達も満身創痍な【アストレア・ファミリア】の面々の顔が歪む。

 

そして、その周囲には既に『手遅れ』となった住人や冒険者達が倒れ臥している。

 

辛うじて息をしている者もいるがその呼吸は細く、いつ止まっても不思議ではない。

 

都市中に充満する血の匂いが吐き気を催させる。その凄惨さは見るに堪えないもの。

 

「··············何人死んだ、何人、助からなかった?!」

 

 若い妖精の慟哭に誰も答えられない。それはここだけではなく、至る所で起こっていることなのだ。

 

助けを求める声に誰も応えられず、救いを求める声に応えることができない。その無念と悲しみの感情が伝播するかのように都市全体が嘆きに包まれる。

 

「····························リュー」

 

「アストレア様、正義とはなんですか?!こんなにも簡単に悪に屈して········私達は一体、なんのために······」

 

 アルとアリーゼの機転によって送還を逃れたアストレアへ打ちひしがれたリューが問う。戦いのさなか、『絶対悪』を自称する神によって問われながらも答えられなかった『正義』の正体。 

 

今まさに都市を襲った悲劇を前に、その問いの答えをリューは見つけられていなかった。

 

都市を守るために戦った、守るために戦ってきた。なのにその結果がこれだ。目の前で消えていく命を眺めながら、自分の無力を嘆く。

 

アストレアはその問いに鎮痛な表情を浮かべる。

 

「────ッ、誰も守れない。守られただけだったッ!!」

 

 この一日で一体どれほどの命がリューの前で失われたのだろうか。そして、アルが命をはって自分達を逃さなければリューも死んでいただろう。

 

戦火の引いた残骸の山に妖精の嘆きが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

スーーーーーーッ!!(深呼吸)

 

 

 

 

 

戦火の引いたセントラルパーク。間一髪で破壊を逃れたバベルだったがその周辺には深手を負った冒険者達と冒険者だったものが散乱していた。

 

瓦礫に押しつぶされ、焼け焦げた死体。身体の一部を失いながらも息絶えることなく助けを求める声を上げる冒険者。

 

息のあるものはなけなしのポーションやヒーラーによって治療を受けているが、それはあくまでも応急処置に過ぎない。

 

「リヴェリア、まだ寝ていろ。ガレスほどではないにしろ君も重傷だ」

 

 その一角、そこには第一級冒険者で唯一無傷なフィンと『静寂』と相対し、ガレスともども敗北したリヴェリアが横になっていた。

 

激戦の末、リヴェリアとガレスは辛うじて生きていたが、それでも決して軽い傷ではない。

 

特にガレスなどは全身を包帯で巻かれ、痛々しい姿だ。意識もなく、血を流し過ぎたせいか顔色が悪い。

 

「私のことなどどうでもいい!!それよりもまだ早いッ、アイズはまだ·········!!」

 

 翡翠色の長髪を煤と血で汚したエルフの美女、都市最強の魔導士であるリヴェリアは蒼白い顔で叫ぶ。その声には隠しきれない苦慮と悲壮感があった。

 

「すまないが、リヴェリア。手札を温存できる時勢は既に終わった。気持ちは分かるが君も今だけは母親であることをやめろ」

 

 冷徹なまでのフィンの言葉に、リヴェリアは唇を噛む。都市最強魔道士たる彼女も今は負傷しており、万全の状態には程遠い。

 

「今後、敵の継続的な攻勢が予想される以上、戦力はいくらあっても足りない。子供であろうとも使えるものは全て使う」

 

「······ッ」

 

「恨んでくれて構わない。準備は良いか─────アイズ」

 

 二人の視線の先には若い、というよりも幼い金髪の少女が佇んでいる。少女はフィンの呼びかけにこくりと小さく首肯すると、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、速すぎる·······ッ!?」

 

「何なんだコイツ、はッ────?!」

 

 風のように走る金色の残像によって闇派閥の雑兵たちが次々と斬り伏せられる。

 

その剣閃は速く、鋭く、正確無比。まるで熟練した剣士のような太刀筋であり、それでいて一切の容赦がない。

 

第二級冒険者のステイタスにより圧倒的な速度で戦場を駆け抜ける彼女はまさしく疾風の如き速さで敵を切り刻む。

 

そのあまりの速度、あまりの迅雷に闇派閥の兵たちは彼女の姿を捉えることもできず、血飛沫を上げて倒れ伏す。

 

「ど、同志達が一瞬で······ッ?!」

 

「ば、馬鹿な!こんなことが······ッ、ぎゃあぁああッ!!」

 

 十歳にも満たぬであろう外見とは裏腹に、その剣技は一切の躊躇いがなく、苛烈。その小さな身体に秘めた才能に、闇の眷属達は完全に翻弄される。

 

「フィン達から話聞いた、自爆なんてさせない」

 

 闇派閥の雑兵たちが全身にくくりつけた爆弾に触れずに手足だけを斬る。

 

命を取らずに、相手の両手足だけを切ることで自爆兵にもさせない活人剣。ただ殺すよりも遥かに困難なそれを少女は容易くやってのけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで救助はしまいか?」

 

「ああ、もう生きた人の気配はない」

 

 深手を負ったアルを除く【アストレア・ファミリア】の面々はあの戦いから寝ずに救援救護に努めていた。

 

都市中を走り回り、負傷者を見つけ出しては回復魔法で治療を施し、水と食料を分け与える。

 

火の手が上がり、破壊された家屋の下敷きになった者たちを助け出し、その家族の元へ届ける。

 

その作業を繰り返し、既に日は昇っていた。疲労はピークに達しており、誰もが限界を迎えている。

 

「随分と酷い顔だぞ」

 

「ハッ、鏡を見せてやろうか? お前だって似たようなもんだ」

 

 軽口を叩き合う輝夜とライラだが、その顔色は悪い。二人とも既に満身創痍だ。無理もない。あれだけの死闘を繰り広げたのだ。肉体は疲弊し、精神力もすり減っている。

 

そして何より、この数時間の間に多くの命が失われた。その事実が彼女らの心に大きな負担をかけており、精神的にも肉体的にも追い詰められている。

 

「疫病の対策は?」

 

「各区画に【ディアンケヒト・ファミリア】が防病剤を配布している。あと、腕っこきの『聖女』がいるから大丈夫だってさ·······」

 

 

「『聖女』··············ああ、あのアルと仲のいいお人形みたいな女の子ね」

 

 アルのもとにも今頃、『聖女』が行って治してるはずと獣人の少女が補足する。

 

「シャワー浴びてぇな······」

 

「·······私は眠りたいわ」

 

 夜通し戦い、全身を煤と血で汚した彼女らはまさに心身共に満身創痍、本来救援などできる体力など残されていない。

 

「残念ながらどちらも無理だ。救助が終わったら今度は巡回だ」

 

 輝夜の言葉にライラは項垂れる。都市中の救援を終えた彼女たちはこれから都市を練り歩いて、民を害そうとする闇派閥の信者がいないかを探さなければならない。

 

「いくら超人じみた冒険者だからって休まなきゃ死んじまうぜ······」

 

 いくら上級冒険者として常人とは乖離した【ステイタス】を持つ彼女たちといえどその身体も心も無敵というわけではないのだ。

 

前衛であり、第二級冒険者の輝夜でさえ限りなく限界に近いのだ、体力に乏しいスカウトのライラが動けているのは気力によるものだろう。

 

この地獄のような状況に誰も彼もが参ってしまっている。しかし、それでもやるべきことをやるしかない。そうしなければこの絶望的な状況はさらに悪化していく。

 

「···················」

 

「··················リオン、下を向いちゃダメよ。まだ終わってないわ」

 

「······ええ」

 

 仮設キャンプには少なくない数の民衆が詰めていた。そのいずれもが昏い目をしていたが、【アストレア・ファミリア】の姿を目にするとその眼に良くない輝きを宿す。

 

「何だよ········お前········」

 

 当てつけ。行き場のない、家族を、友人を、愛するものを失った行き場のない彼らの怒りは彼らを命がけで守ったはずの冒険者たちへ向く。

 

「【アストレア・ファミリア】は、正義の派閥じゃなかったのかよ·····!!」

 

「夫を、あの人を返して!!」

 

 怒号、怨恨、悲嘆、憎悪、あらゆる負の感情を向けられる。投げつけられる石礫と、何よりも嘆きの雨を向けられた妖精は自らの心が折れた音を聞いた。

 

 

 

 

 

 





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