皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
そろそろ極東の掘り下げが欲しいところ
春姫クロニクルで来るかな
「来い、『英雄』の作法を教えてやる」
自分たちとそう変わらない体躯から濁流のように放たれる覇気。その圧倒的な存在感を前に、ベル達は一瞬たりとも目を離すことができない。
瞬きをすることすら惜しいと感じるほどに目の前の英雄の一挙手一投足に集中する。少しでも気を抜いてしまえば即座に倒される。
アルは短剣を構えたまま微動だにせず、ベル達が動くのを待っている。
戦端を切ったのはベルだった。Lv.3の第二級冒険者としてのステイタスを遺憾なく発揮し、突貫した。
疾速でもって【ヘスティアナイフ】を翻弄しながら懐に飛び込む。逆手に持たれたナイフに一切の躊躇いはなく、その瞳に迷いは欠片もない。
ウィーネを庇いながらの戦闘というハンデを抱えながらも、ベルは全力で立ち向かう。
彼我の間合いを一瞬で潰し、その勢いのままにアルの胸元へ突きを放つ。
しかし、ベルの攻撃に対してアルは一歩もその場を動かず、最小限の動きでベルの攻撃を捌く。
その動きには一切の無駄がなく、完璧なまでに洗練された技術が垣間見える。
スキル【英雄願望】を発動させながらの高速戦闘。魔法戦士の並行詠唱にも相当する難儀極まる戦闘技術をアルという最強を前にしてベルは完全にモノにしていた。
だが左手に白い光粒を収束させながら放った幾重もの斬撃の全てはアルの持つ蒼玉の短剣───【リジル】によって簡単に防がれてしまう。
レベル差を覆すほどの速力を以てしても、その技量と身体能力の差はいかんともし難い。
無論、ベルとて正面からの突貫が通用するなどとは考えてはいない。防がれることを前提とした動きで追撃から逃れ、己に許された唯一の魔法を発動させる。
「【───ファイアボルト】!!」
速攻魔法の八連発動。火の魔力が弾け、炎雷が奔る。本来、人間相手に使うことのない魔法の行使に躊躇いなく踏み切る。
ベルは彼我の比べることすらもおこがましいほどに隔絶した実力差を理解していた。今の自分とアルの間にはどれだけ頑張ったところで埋められない壁がある。
ならばせめてベルは持てる全ての手段をもってアルと相対しなければならない。ベルが戦ったことのある相手でもっとも強いのは冒険者ならばベート、モンスターならばアステリオスだろう。
どちらも、今のベルでは到底届かない高み。そして兄は、目前の英雄はその両者ですら比較の天秤に乗れぬ正真正銘の『最強』。
戦うにしろ、逃げるにしろ今のベル程度が気遣って良い相手ではない。
ならば出し惜しむことなどできるはずがない。たとえ勝機が万に一つしかないとしても、ベルはここで全てを懸ける覚悟でアルに挑まなければならない。
紅い軌跡を残して稲妻もかくやという捷さで空を駆ける八条の火雷。数十秒にも渡る【英雄願望】によるチャージを受けたそれは中層はおろか、下層のモンスターですら一撃で屠る威力を秘めている。
先の木竜にも通じるであろう火雷の猛襲。一足一刀の至近距離から放たれたそれらは回避することはもちろん、防御すら許さない。
第一級冒険者ですら完全に防ぐことは困難であろう炎熱の蹂躙、しかし───。
「【サンダーボルト】」
緋色の軌跡を描く火炎を迎えるように雷撃が瞬く。轟音と共に稲光が空気を引き裂き、空間を焼き焦がす。
炎熱の八条はアルの放った雷霆によって簡単に、完璧に
ベルのそれと種別を同じくする雷の『速攻魔法』。共に詠唱を不要とする即発動の魔法ではあるが、その発動速度は天と地ほどの差があった。
雷と炎は互いを喰らい合うかのように絡み合い、そのまま消失する。ベルは目の前で起こったことが信じられずにほんの一瞬だけ硬直してしまう。
「(──ッ?! 後から発動させて先に潰したッ?! いや、それよりも────)」
アルに直撃する寸前で弾けたかのように消えた火雷に目をむく。魔法というものは同じ種別であろうと使用者の技量によっていかようにもその姿を変えうる。
そして、何よりも恐ろしいのは【英雄願望】によってブーストされた八連射の炎弾を完璧に相殺して見せたということである。
Lv.8の魔法とLv.3の魔法。いかにスキルによるブーストがあったとはいえ、Lv.8のそれが勝つ、そこに不思議はない。
計り知れないのは炎弾を迎え撃った雷霆に一切過剰な魔力が込められていなかったということだ。
それすなわち、自らに迫るスキルによって威力をブーストされた八つの魔法に込められた威力を一瞬の間に見抜き、一分の違いも無いほどに同等な威力に抑えて魔法を発動させたのだろう。
けれど、それを実現させるには圧倒的なまでの技量が必要となる。魔法を発現させ、制御し、狙い、放つ。その一連の動作があまりにも滑らかすぎた。
────それは一体、どれほどの修練が必要なのだろうか。
「うぉ、おおおおおお────ッ!!」
「ふっ───」
戦える鍛冶師を自称し、春姫の【ウチデノコヅチ】によって一時的に疑似Lv.3となったヴェルフが中層のモンスターならばたやすく一撃で両断できる大剣を風圧を纏わせて振り下ろす。
それに重ねるように命の軽やかな刀による剣戟が重なる。ベルが速度を活かし撹乱するなら、二人は力と技の緩急で攻め立てる。
個人戦力としてはベルに劣る二人だが、共に死線を越えた仲だからこそできる上級冒険者同士のコンビネーションは下層域でも十分に通ずる。
しかし、相手は深層を一人で踏破する男なのだ。
「(当たらねぇッ?! 全て、最小限の動きで躱される!!)」
「(二人、いえ三人がかりでも歩法だけで───!!)」
ヴェルフの大剣と命の刀が織りなす嵐のような連撃を、アルは最小限の動きで避け続ける。剣閃の隙間を縫って迫る拳打がベルの疾撃を的確に弾き返す。
三者三様の連携を以てしてもアルを捉えることができない。ベルも加わった上級冒険者三人による斬撃の雨をアルは涼しい顔のまま捌き続けている。
手加減をしているのか、防御でも反撃でもなく回避行動、しかし、それですらベルたちでは話にもならない練度に達している。
ヴェルフの斬撃が短剣の腹で受け流され、その隙を狙って繰り出された命の刺突がアルの篭手で止められる。
ベルが背後からナイフで斬りかかれば、アルは後ろを見ずに体を捻ることでその攻撃を回避し、カウンターとして回し蹴りを放つ。
その動きには一切の無駄がなく、ベルは咄嵯にバックステップをすることでどうにか距離を取ることしかできない。
ヴェルフと命もまたアルの体術に翻弄され、攻勢に出ることができない。たった数合打ち合っただけにも関わらず、息が上がってしまう。
『ランクアップを果たした上級冒険者にはステイタスに振り回されるやつが多い』
ベルの脳裏に師の言葉が浮かぶ。身近な例で言えばヴェルフが圧倒した元【ソーマ・ファミリア】団長のザニス。彼のように恩恵の力によりかかり、ステイタスの力で敵を倒そうとするものは多い。
レベルが一つ違えばそれはもう生き物としての格が違う。実際、上級冒険者ともなれば力任せに暴れるだけで相手を殺すことなど容易い。
だが、真逆。
このオラリオで誰よりもランクアップを重ね、誰よりも高いステイタスを持つはずのアルの最大の武器はそのステイタスではなく、純然たる技量。
連綿と積み重ねてきた鍛錬と実戦の結晶。凄まじい密度で練り上げられた武の極致。ステイタスの差を覆すほどの速度で振るわれる剣筋を、時に受け流し、時に回避しながら、ベルたちの攻撃を完璧に防ぎきっている。
そのアルの技量を前に最も戦慄を感じているのは最大戦力であり、弟であるベルでも戦いを俯瞰するLv1のサポーターであるリリルカでもなく、元【タケミカヅチ・ファミリア】の命だった。
鍛冶神であるヘファイストスが『神の力』を使わなくとも【鍛冶】の発展アビリティを持つ上級鍛冶師ですら足元にも及ばない神域の武具を、酒の神であるソーマが魂すら酔わせる神酒を作れる様に。
武神、武芸の神であるタケミカヅチは下界のルールによって常人以下の身体能力に貶められているのにも拘らず、短時間であれば技量のみで上級冒険者を翻弄することができる。
全力を出すことが前提だが第二級冒険者クラスなら最大で二十人、第一級冒険者が相手であっても一人ならば捨て身覚悟で
無論、断続的に攻め立てれば体力の差で命達が勝つであろうが、小細工を弄さない正面戦闘においては大人と子供以上の身体能力の差を技量で覆して『恩恵』を受けた者たちに打ち勝てるのだ。
まさに神域の武。そんなタケミカヅチに師事する【タケミカヅチ・ファミリア】の者達は対モンスターよりもむしろ対人戦にこそ真価を発揮する。
武神の元眷属であり、その薫陶を長年に渡って受け続けた命だからこそその戦慄を抑えられない。
「(────タケミカヅチ様と同じか、それ以上?)」
あらゆる天才を過去とした神域の天才。下界の民でありながら神の域に到達した神時代の到達点。その才は一つのことに特化すれば、その分野を司る『神を超えうる』。
アルが手加減をしているのは火を見るより明らかだ。Lv.8であるアルがベル達の土俵で戦ってやる必要もなし、一度攻勢に出ればそれだけで終わる。
回避に関しても先程垣間見た神速ではなくステイタスに依らぬ技量によるものだった。迎撃も最低限度で済ませ、防御に徹している。
おそらく、アルはベル達を相手に本気を出して戦うつもりなど端から無いのだろう。その意図は読めないがその余裕と油断に乗じるしかベル達に勝ち目はない。
手に持った蒼いナイフも形状からして主たる用途はリリルカの使う解体用のナイフなどと同系統の道具なのだろう。
それでも深層域のモンスターを解体するために必要な切れ味を備えているため下手な剣より、というよりは現状のヴェルフが打てるものよりも等級は高そうだ。
しかし、あくまでも戦いに特化したものではなく、その性能は主武器である第一等級特殊武装には遠く及ばないだろう。
身につけた防具も都市最強の第一級冒険者が身につけるには心許ない簡素なものだ。
どちらもアル本来の武装からはかけ離れたもので、今のアルはまるでベル達の実力を測るために態々手加減しているかのように感じられる。
手加減に手加減を重ねられて、それでもなお、拮抗すら許されない『高み』。
ベル達とてはなから勝てるとは思ってはいなかった、最悪ヴェルフの魔剣を使い、ダメージを与えたところを逃げ出そうと考えていた。
だが、そんな考えすらも生温いとしか言えない実力差。────これでは、あまりにも。
全てが違う。何もかもが、違いすぎる。ベルが憧れ、目指し、追いつきたいと願う背中はこんなにも遠い。
今更ながらに思い知らされる。
今更になって悟る、今、ベル達の前に立ち塞がるのはオラリオに幾千といる冒険者、そして世界中に散らばる『神の眷属』の頂天たる逸脱者だと。
「ヴェルフ!! 魔剣!!」
「はぁっ?! 何言ってやがる?!」
何よりも攻撃力が足りない。それを補えうるのはヴェルフの魔剣だけだ。階層主にすら通ずる魔剣の砲撃は第一級冒険者の魔法にすら匹敵する威力を誇る。
その直撃を受けて無傷でいられるものなど存在しない。
「構わん、使えるもんは全て使え」
ベルの叫びに己の魔剣の破壊力を熟知するヴェルフは戦いの最中であるにも拘らず驚愕するが、その糾弾よりも早くアルの快諾が入り、不承不承ながら覚悟を決める。
上段に構えられた炎の魔剣。以前、ベルがアステリオスに向けたものよりも遥かに研ぎ澄まされたそれは階層主すら沈める一撃。
決して人間に向けて良いものでは断じてない。だが、この男を前に出し惜しみをして勝てる相手ではない。
ベルの言葉に従い、ヴェルフは躊躇なくその大剣を振り下ろす。瞬間、海を焼き払ったとすら言われる破壊の火焔がアルへ殺到し──────。
「─────は?」
海割りの聖者の奇跡かのように真紅の津波は剣を持たぬ方の腕で放たれた手刀により霧散した。
ベル達の視界の中で、全てが停止した。アルの手刀が振り抜かれ、魔剣が真っ二つに割れ、砕け散り、宙を舞う光景が目に焼き付く。
火花を散らすことすら許されず、圧倒的な熱量を誇るはずの業火の塊は一瞬で消滅した。
第一級冒険者の魔導士が反対属性の魔法を使ってようやく相殺できるかどうかという超火力を手刀の一撃で消滅させたのだ。
唖然とするヴェルフたちは知る由もないが、アルのスキル【加護精霊】は精霊に対する特防をもたらす。
クロッゾの魔剣は精霊の魔剣、アルにとっては威力に劣る通常の魔剣の方が効く。
ただでさえ属性攻撃に対する耐性を有する上に、これまでの戦いの中で既に魔剣に宿る魔力の大半を使い切った状態ならば尚更だ。
散った魔力は大気中に溶け込みきる前に真紅の光粒となってアルに吸い込まれていく。
やっていることとしては都市最強の魔導師だけが持つ『始祖の加護』、自身の魔法円を中心に魔法の残滓である魔素を吸収する【妖精王印】と同じ効果。
魔法円内にいる同胞全てを再吸収対象とする【妖精王印】とは違い、精神力の回復をできるのは自分だけではあるが、その吸収速度は桁外れであり、その閾値も比較にならないほど多い。
Lv.7だった時はその効果は微々たるものであったがランクアップし、Lv.8に至ったことで新たに発現した力。
仮面の怪人のように魔力そのものに攻撃性と拒絶性があるものは吸収できないが、それ以外のものであればほとんどの場合吸収できる。
大気に飽和した魔力の蓄積。【ロキ・ファミリア】が度々敵対してきた精霊の分身も行なった反則技。
ランクアップし、より強まった精霊の加護を存分に発揮することで可能とした暴挙。
「────さて、そろそろこちらから行くぞ?」
真紅の魔素を火煙と共に取り込んだアルは初めて、
「「「────ッ」」」
空気が張り詰め、肌がひりついく。
ずん、と音を立てて空気が重くなる。五十センチにも満たない刀身が自分たちの首に添えられた鎌のようにすら錯覚する圧倒的な戦気。
非戦闘員として相手にされていないリリルカや春姫ですら膝を屈してしまいそうな色のついたのような覇気に今更ながらベルたちの身体が震え出す。
「まぁ、軽く一撃───」
「───やりすぎでスッ!!」
短剣を振ろうとしたアルの頭上から叫び声とともに、金色の羽を持った少女が降ってきた。
美しい容姿の『セイレーン』が慌てた様子でそのままくるりと回転して着地し、ベル達の盾になるように両手を広げて立つ。
「はぁ·········おい、レイ。ネタバレが早すぎるぞ」
「ネタバ···? い、いエッ、それよりモ試すにしてモ、やりすぎでス!!」
ぷんぷんと怒ったように頬を膨らませて怒る姿はモンスターのそれではなく人間の少女にしか見えない。
いきなり現れた彼女はぽかんと口を開けるベル達の視線に気がついて気まずげに咳払いをしたあと、ニコリと微笑んで会釈をした。
その姿はまるでお伽噺に出てくるような天使のようで、ベル達は思わず息を飲む。先程までの緊張感はどこへやら、すっかり毒気を抜かれてしまう。
「·····アッ、コホン。────はじめましテ、地上の方々」
間違いなくモンスターであるはずにも関わらず人の言葉を話す彼女にベル達どころか、ウィーネまでもが目を丸くする。
天女の如く神々しさすら感じる彼女の登場に誰もが呆然となる中、アルは嘆息しながら頭を掻く。
金色に輝く髪がさらさらと揺れ、透き通るような白い肌が明かりに照らされる。
美の女神かと見紛うばかりの美しさを誇る彼女だが、その背には巨大な翼が生えており、やはりその正体はモンスターなのだと改めて思い知らされる。
本来、セイレーンというモンスターは醜悪な顔をしており、上級冒険者であっても直撃を受ければ卒倒する怪音波を放つ半人半鳥の怪物だ。
だが、目の前にいるのはそんな怪物とは似ても似つかない美女。顔立ちは端正で、切れ長の瞳は見る者を魅了し、その唇は艶めかしさを醸し出している。
手の代わりにある大きな両翼は黄金で彩られ、所々にある怪物らしい器官がまた妖しくも美しい。
エルフにも近しい美貌を持つ彼女がモンスターであることは間違いないが、それでもその容姿はただひたすらに美しく、神秘的であった。
「········?」
「えっ、え、ど、どういうことですか?!」
停止したベル達の中でいち早く正気に戻ったリリルカは未だ、ビビリながらアルへ質問するが、その答えは決まったようなものである。
彼女の正体はウィーネと同じ─────
「詳しい話ハ、リド·······私達ヲ纏めていル同胞から聞いてくだサイ」
そういったセイレーン·······レイは先導するように歩き出し、アルはその後ろに続く。
「ああ、そうだ、いろいろ治しとくな。【妖精の
無造作に、ヴェルフ達の反応すら許さない超高速詠唱によって発動された魔法、そしてベルたちを包み込むかのように燃え上がる橙の烈火。
「熱っ───くない?」
いや、それどころか────全快。
ベル達の傷も、体力も、微かに残るモンスターの毒素もそのいずれもが完全に癒えた。
────なにこれ、怖い。
未だ混乱中の【ヘスティア・ファミリア】が都市最高の冒険者の魔法を受け、浮かべたのはそんな感想だった。
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強さ以上に死ににくいアルをぶっ倒せるのはオッタルのような超パワーやエインのような超火力の持ち主です。
・アル
ランクアップで半分くらい精霊みたいな生態になった。魔素の再吸収は出力が高い代わりに精霊の分身やリヴェリアのものよりもいくつか制限があります。
・ヴェルフ
それはそれとして同レベル帯が前提だが暴発魔法は付与魔法や第三魔法に刺さるのでかなり有効。サンダーボルトを耐えられるようになったら対アルレイド必須級になるかもしれない。
・命
というかタケミカヅチ。18巻のタケミカヅチが思ったよりも化け物だったのでいくらか修正。タケミカヅチが司っているありとあらゆる武芸の一つを凌駕しているだけで例えば忍術とかはタケミカヅチのが言うまでもなく圧倒的に上。
・リリルカ
義兄運がない。