皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
春休みで昼夜逆転しちゃった
「あ、貴方は──────」
「ベル、ベル・クラネル。────また、会えて嬉しく思う」
軽く2M以上はあるであろう分厚い筋肉の鎧に覆われた巨体。見上げるほどの長身に、筋骨隆々とした肉体。ただそこにいるだけで他者を威圧する強者の風格。
フードの所々から覗く黒い体毛。金属糸で編まれたかのような筋肉の塊に牛のような角。
忘れもしない。
威圧的な外見に反して重厚感のある落ち着いた声音にベルは確信する。この人物は間違いなくあの時のミノタウロス────ベルの好敵手だった。
「リド、コンナバカゲタ事ハ早ク終ワラセロ」
喧騒からベルとアステリオスが離れてからしばらくしてリドの背後から現れたそのガーゴイルはどこか苛立たしげに言った。
リドにも劣らない強者のオーラを放つ全身が灰色の石で出来ている二足歩行の竜であり、その瞳は鈍色の輝きを放っている。
「所詮、ソノ者達ハ信ジルニ値シナイ人間ダ、遇スル程ノ価値ガアルト思エン」
「グロス、まだ言ってんのかよ。ベルっち達がウィーネを守って来たのを見ただろ?·······というか、アルっちの弟なんだ、信頼できるさ」
「フン·······ソノ人間達ハ弱イ、アノ男ガ我々ヲ排斥シナイノハ我々ナド脅威デハナイ程ニ強スギル『怪物』ダカラダ」
リドの言葉にグロスと呼ばれたそのガーゴイルは吐き捨てるように言う。
人間に対する本能的な敵意を持たない異端児ではあるがその全員が人間に対して友好的というわけではない。
ダンジョンの肚から地上や人間に対して『憧憬』を抱いて産まれた異端児ではあるが、モンスターである以上、人間から絶対的な敵意を持たれることは必然である。
特にモンスターを狩ることを生業としている冒険者にとって怪物とは敵以外の何物でもないのだ。
どれだけ異端児が善良であろうと怪物というだけで悪とされ、討伐対象とされる。それが当然のことであり、不変の理である。
だからこそ異端児の中には冒険者によって殺されかけたり、あるいは眼の前で同胞を殺められたりして冒険者を憎む者も少なからず存在する。
グロスもその例に漏れず人間や冒険者に対して強い猜疑心を抱いていた。リドはそんなグロスの心情を察し、苦笑しながら頭を掻いた。
グロスだけでなく離れたところから宴を忌々しげに眺めているユニコーンやラミア達も似たような心境なのだろう。
彼らはリドたちとは違い、武具こそ身につけているがその質は決して高いものではない────リドたちの身体に合わせて鍛えられた武具を身につけているのに対して彼らは自分で調達した冒険者の遺品を身に付けているのだ。
敵意を宿した眼光をヴェルフ達にちらりと向けてから洞穴の奥へと消えていく彼らを見ながらリドは小さく嘆息する。
「悪いな、アイツらもオレっち達もいろいろあってな。アルっち以外の人間が来るってことでピリピリしてんだ」
「いえ、大丈夫です······」
リドの言葉にリリルカは力なく首を振った。リド達の事情はわからないが、察することはできる。
モンスターは太古の昔より悲劇と災厄を人類にもたらし続けた人類の不倶戴天の敵だ。積み重なった悲劇と怨嗟の連鎖は種族の壁を超えてモンスターを憎悪させるに至っている。
モンスターと人類の溝は深く、リリルカとてウィーネと出会うまではモンスターは恐怖と敵意の対象でしかなかった。
今だってリド達のことを無条件に信頼しているわけじゃない。リド達が悪いモンスターではないとわかっていても、どうしても染み付いたモンスターへの嫌悪感が拭えない。
モンスターが怖い、恐ろしいと思う。それは紛れもない事実。けれど、リド達が自分たちに危害を加えるような存在ではないことも理解できている。
それでも、心の奥底にある恐怖がリド達を拒絶してしまう。
少しずつ慣れてきてはいるが、リド達に話しかけられるとやはり萎縮してしまう。
「···········そういや、ギルドとはどういうつながりなんだ」
ヴェルフはアステリオスと話すベルの方に視線をやりながら尋ねる。
そもそも【ヘスティア・ファミリア】がこうして20階層まで来て異端児たちと会うことになったのはギルドからのミッションが原因だった。
ギルドが異端児たちのコロニーの場所を知っている以上、ギルドと異端児達の間で何らかの繋がりがあるのだろうことは想像がつく。
「ああ、アルっちと知り合う随分前からの付き合いだぜ。俺たちが冒険者に見つからないようにしてくれたり食料やらアイテムをもらったりして助けてもらってる」
「··········信じられません、冒険者を統括するギルドが·······その、モンスターであるあなた方と繋がっていたなんてことが露見したら大問題になるはずなのに·······」
リスクばかりでメリットが少なすぎる。異端児たちがどれほど人間に対して友好的だろうとその他大勢の人間や冒険者からしたらモンスターであるという絶対評価でしか見られない。
そのせいで異端児達は今まで何度も迫害されてきたはずだ。そんなモンスターに味方したことが露見すれば世界の中心、対モンスターの砦であるオラリオの威信そのものが揺らぎかねない。
それぐらいのことが分からないほどギルドが無能とは思えない。この関係が表沙汰になれば間違いなく冒険者達に混乱が走る。
モンスターに手を貸した者への排斥以上にモンスターが人間と同じような感情を持っている可能性があるという情報が冒険者たちのモンスターを殺す手を鈍らせてしまうかもしれない。
そうなってしまえばそれによる混乱はオラリオだけにはとどまらず下界全体を揺るがす事態になりかねない。
「私たちモただ一方的ニ助けてもらっている訳デはありません。冒険者ニは依頼できない秘密裏ノ調査ヤ迷宮デ起こった厄介事ノ鎮圧などを行うギブアンドテイクの関係ヲ築イテいます」
リドの言葉を補足するようにレイが言う。確かに冒険者では即応の難しいダンジョン内の異変の調査なども行っているというレイの言葉は納得できる。
冒険者に広く露見することが望ましくない事態でもリド達のような異端児になら協力を要請することができる。
そうでなくとも第一級冒険者にも劣らぬ二人や他の第二級相当のモンスター達であれば下手なファミリアよりよっぽど役に立ってくれることだろう。
アルに依頼するにしても最大派閥【ロキ・ファミリア】に所属する彼を頻繁に動かすことは難しい。その点、リド達ならば秘密裏に長く動いてもらうことができる。
「···········ん? それじゃあベルの兄貴はギルドとは別にお前らと知り合ったってことか?」
ヴェルフはふと気になったことを尋ねた。ギルドよりも後に知り合ったというのなら一体いつからリド達と交流を持っていたのか。
異端児たちは基本的に冒険者や他のモンスターから身を隠しているのだから冒険者と接触する機会はほとんどないはずだ。
「ああ、それはなアルっちが···········ん? あれ? アルっちどこいった?」
「え?」
「へ?」
「一体、なんの真似だ·········!!」
「なんのことだ、ラーニェ」
今も宴が行われている大洞穴の外。未開拓領域から未開拓領域への連絡路でアルを囲うようにしてアルを睨みつけている数名の異端児たち。
その中の一人、―――ラーニェと呼ばれた人蜘蛛が憤怒の表情を浮かべて怒りの声を上げる。その言葉を受けたアルはまるで心当たりがないとばかりに肩をすくめる。
ラーニェはその態度にますます苛立ちを募らせ、他の異端児たちも険しい視線をアルに向けている。彼らはグロスと同じように冒険者に対して敵意を持っている側の異端児だ。
武器などは手にしておらず手荒な真似をするつもりはないのだろうがそれでも剣呑な空気は変わらない。
「リドたちは頷いたが私達はお前やフェルズの言い分に納得していない」
自分たちの殺意にも近しい 敵意を受けておきながらどこ吹く風と言わんばかりのアルにラーニェは敵意を隠そうともせず吐き捨てるように言った。
「新たに生まれた同胞を保護する、それはいい。昔からやってきたことだし私達も一人でも多くの同胞が救われることを望む。─────だが、なぜあの者たちを連れてきた」
ベル達【ヘスティア・ファミリア】を自分たちのホームに招待したこと、ウィーネに関してはベルたちを同行させずともいかようにも合流させられたはずなのにわざわざベルたちを同行させたことについてラーニェはアルに抗議していた。
アルは最初からリド達とベル達を引き合わせるつもりだったらしいが、ラーニェたちからすれば信頼できない人間をいたずらに招き入れただけに他ならない。
「·········いや、お前たちも見たろ。あいつらがあの、ウィーネを守るために俺と戦ったの」
ベル達の意志と覚悟がどれほどのものかを推し量るために試した。手は抜いたし全力も出さなかったがリリルカや春姫が気絶しない範疇でアルは本気で彼らを威圧した。
その上でベル達はウィーネを守るためにアルに立ち向かった。身内の情を凌駕する恐怖感を味わったはずなのにそれでもなおウィーネを守ろうとした。
アルのヤバさを知るが故にリド達はベル達を信用できると判断し、迎え入れたのだ。
「それに感情論を抜きにしてもあいつらにお前らを害するほどの力はないし、異端児の存在を外に漏らしたところで自滅にしかならん」
「そういう話をしているんじゃない。お前たちの企んでいる我々と人間の融和、そのきっかけにするつもりだったな?」
仮にベル達が心の底から異端児たちに協力をしたとしてもそれは例外であり、異端児達が人間そのものに受け入れられるわけではない。
人間たちとの融和をとうの昔に諦めているラーニェ達からすればアルやフェルズがリド達と行っていることはタチの悪い、リスクばかりの馴れ合いでしかない。
アルやフェルズ、あるいはベル達が異端児たちを受け入れる少数派であることは認める。
だがそれは人間との融和につながるわけでは断じてない。異端児たちが人間と共存するなど不可能だし、その他大勢の人間がモンスターと手を取り合うなんてあり得ない。
異端児たちがいくら友好的であろうと人間側からすれば異端児はモンスター以外の何物でもない。
異端児たちが人間と手を取り合えるようになるには人間側がモンスターに対する根本的な意識を変えなければならない。
「お前たちのそれはいたずらに希望をちらつかせているだけだ。リド達は諦めていないようだが、我々と人間の融和なぞ土台無理なことだ」
「そうか? いや、まあ、確かに俺が変わり者であるのは認めるがそんな俺やベルを取っ掛かりにうまく都市の中核陣と交渉すれば可能性はあると思うぞ」
これだ、とラーニェは内心で毒づく。アルの厄介なところは『希望』を見せるのが上手いということだ。
アルの都市での立場や化け物じみた強さを知れば知るほど可能性があるんじゃないかとラーニェですら錯覚してしまう。
実際にアルやベル達のように異端児たちを受け入れてくれる者がごく少数とはいえいる以上、ラーニェの考えが間違っている可能性も否定できない。
感情論ではなく理論で話を有耶無耶にしてしまうのはアルの最も得意とする話術だった。
嘘は吐かないし、誇張もしない。ただ自分の考えを曲げずに相手の意見を否定するだけ。それでいて相手に反論の余地を与えない。
自分という特大の例を使って続ける弁論は確かに信憑性があるし説得力もある。
だが同時にラーニェはアルが異端児たちのために動いているのではないと考えている。
アルの目的はあくまでダンジョン最下層の攻略であって、その過程でたまたま最下層までの攻略に役立ちそうな異端児と遭遇して協力関係を築いただけだ。
これまでにいた上辺だけ異端児に味方をして後々、ひどい裏切り方をしてきた人間たちとアルが違うのは認める。
異端児達では潜れないような深さの階層から取ってきた魔石の供給やそれぞれの体にあった武器の提供など異端児達にとって確実に利益となる行動もしてくれた。
しかし、それでも土壇場になればアルは異端児─────モンスター側ではなく人間側に立つだろう。
アルは異端児達と協力はしていても異端児達の味方ではない、今は敵じゃないだけで地上に住まう本当の仲間たちと天秤に掛けられたなら迷わず仲間を選ぶだろう。
その選択の是非をラーニェは問わないし、その際のアルの選択に文句を言うつもりもない。
だが、だからこそ『一線』は引いておくべきだとラーニェは思う。いくら友好的に接していたとしてもアルは『人間の英雄』だ。
『異端の英雄』ではない以上、過度な馴れ合いはするべきではない。
人間との融和を今も望んでいるリドたちからすればアルの存在は理想に大きく近づく存在であろう。
リド達の積年の願いを知る以上、アルと仲良くしている彼らを責める気にはなれない。
それでもこれ以上、リド達とアルの仲が深まることを許容するつもりもなかった。
リド達とアルが手を組むのは構わないが、それはあくまでも一時的なものであり恒久的なものではない。
リド達はアルに期待を寄せているようだが、ラーニェからすればリド達はこの『怪物』に夢を見すぎているようにしか思えない。
─────そう、頭ではわかっているラーニェですらアル自体を敵視することはできていなかった。
恐ろしいまでの英雄性、地上の仲間と天秤にかければそちらを取るだろうがその一歩手前。
目の前で異端児が危険な目に合えばどんなに傷ついてでも助けるし、異端児たちの望みが叶うことを望む。
それこそがアルの本心であると信じたくなるほどの呪いにも似たカリスマ性をアルは持っている。
アルはただ異端児たちを利用できる駒として見ているに過ぎないし、いざとなったら切り捨てることにも躊躇はないはずだと自分の心を律する。
アルは本質的には人間側の存在であるとわかっているラーニェですらアルを偽善だと断じることはできないでいた。
リド達が信じる以上、自分たちはその分疑わなければと思いながらも。
そんなラーニェの葛藤を知ってか知らずかアルは
「なら、なんで俺はいいんだ?」
今でこそ魔石の供給や武器の提供で自身の有用性を証明したアルではあるが最初の頃はそうではなかった。
それなのになぜ自分は受け入れられたのか、というアルの問いにラーニェの美しい眉がピクリと動く。
「決まっている。お前は同胞ではないが人間でもない───────『化物』だからだ」
種族の話でも、立場の話でもない。確かにアルは『人間の英雄』だ。しかし、その精神性はどう考えても人間とは言い難かった。
人間と怪物の領域を超えた超越存在である神、ウラノスが異端児を受け入れるのはわかる。
数百年以上の時を生きてきて自身もその体を人間から程遠いものへと変貌させた元賢者、フェルズが異端児を受け入れるのもわからないでもない。
だが、アルだけは違う。
ベルたちのような背景もなく、突然出会ったしゃべる怪物たちを何の躊躇もなく助け、あまつさえ友として接する。
それでいてそれ以外のモンスターは異端児たちと出会う前と何ら変わらない態度で鏖殺する。
おおよそまともな神経では考えられないアルの精神にラーニェは内心で恐怖すら抱いていた。
人間でありながら人間ではなく、怪物に寄り添いながらも怪物とは程遠い『化物』。
だからこそ歓迎も排斥もできない、できなかった。
まばゆいばかりの英雄性に隠れているがそれ以上にアルの異常性は悍ましい。
ラーニェはアルが異端児たちに優しくすればするほど、その裏にある何かが怖くて仕方がなかった。
下種な人間への嫌悪や恐怖とは違う、理解不能なものに対しての畏怖と不安。
アルがダンジョン最下層の攻略のために異端児たちを利用しようと考えている、というのもアルの行動に無理やりに理由を当てはめることで自分を納得させているだけに過ぎない。
アルが異端児たちを利用しようと思っているならばこちらもアルを利用してやればいい、と受け入れたがそれすらもアルの術中なのではないかとラーニェは考えてしまう。
アルによって助けられて合流することのできた同胞は数多くいる。
それに関しての感謝の気持ちはある。だが、それでもアルのことを信用することはできないし、アルに仲間意識を抱くこともなかった。
その異常性を分かっていながら心のどこかで好感を抱いてしまい、それを自覚してしまうことがラーニェはたまらなく嫌だった。
そして、今も。
ラーニェの瞳に映るアルの姿はただの人にしか見えず、アルの異常な人間性など微塵も感じさせない。
それが恐ろしくて『化物』なんて暴言を吐き捨ててみたものの、それでもアルの本質はなにも掴めない。
ラーニェはアルを睨むように見つめるが、対するアルは不敵な笑みを浮かべたまま何も変わらない。
ラーニェの刺すような視線を真っ向から受け止めながら、まるでラーニェの心を見透かすかのように見返してくる。
なにより、ラーニェはアルのその紅い瞳が嫌いだった。
『決まっている。お前は同胞ではないが人間でもない───────『化物』だからだ』
へ、ヘイトスピーチ···········。
えぇ、めっちゃ言うやん、何でそこまで俺嫌われてんの?
いや、ラーニェは好きだから定期的に絡んでるけど。フィルヴィスみたいにいじわるしたりはしてないつもりなんだけどな················。
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・ラーニェ
深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいている、と見せかけて底と彩度の浅い沼に映った自分の顔を見てるだけ。アルが理解不能すぎて深読みしちゃってる。
アルのことは気まぐれを起こした頭のおかしい化け物だと思っている。
なんだかんだ言って決定的なところでは人間の味方をすると考えているので敵意こそ抱いてはいないが信頼はしていないし、異端児のことはダンジョン攻略のために利用するつもりだと思っているがそれすらも本心かどうかわからないので混乱中。
・アル
そこまで深く考えてないアホ。