皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
花粉がクソきつい
1万超えちゃったんで半分に分割したものです
『化物』─────エインが異端児達を見た時、真っ先に思ったことは異端児達に対する嫉妬にも似た感情だった。
圧倒的な力を持つ自らを前に互いを守り合うように寄り集まったモンスター達の姿を見て、エインは無意識のうちに羨望を抱いていた。
エインからすればあまりにも弱いにもかかわらず、それでも恐怖をねじ伏せて仲間を守ろうとするその姿は酷く眩しく見えたのだ。
先日、クノッソスで相対した【ロキ・ファミリア】にも感じた憧憬と嫉妬の念。煮え滾るかのような醜い感情に我を失いかけたが、辛うじて踏み留まる。
しかし、それはあくまで表に出さなかっただけであり、心の中で渦巻いていた黒い感情は決して消えることはない。
自分と同じ『異端』の存在でありながら同じあり方を持つ仲間がいる異端児達が妬ましく、同時に恨めしく思えた。
だから、だろうか。
今目の前にいるモンスター達はかつての自分の姿のように見えてしまった。仲間と肩を並べたその姿に、クラネルとの日々が重なる。
それが余計に腹立たしい。異端の存在でありながら互いを理解する仲間を持つ姿がひどく憎らしい。
自分が欲しかったものを当たり前の顔をして享受する彼らが許せない。
だが、それ以上に─────
「··········なるほど、クラネルが気に入るわけだ」
脊髄が裏返るような激情に支配されていた意識が冷えていく。醜いと自覚しながらも膨れ上がった激情がより深く沈んでいく感覚を覚える。
自分と同じ『怪物』でありながらクラネルに守られ、共にいる事の許される存在。
その存在そのものが、エインにとっては何よりも目障りで自身を否定され続けているようで苛立ちを覚えてしまう。
あるいは、『剣姫』に対して抱いたモノ以上の激情が胸中に渦を巻いていることに彼女は気づいた。
おどろおどろしい魔力が全身を包み込み、仮面の下の双眸が血の色に染まる。
分身魔法を使っている時はそうでもないがレヴィスの魔石を食らってより高次の怪物に近づいたせいか感情がうまく制御できない。
普段なら理性が抑えつけるはずの感情が、今はまるで歯止めが利かない。それはまるで、この身体に巣食う何かが己の本能を呼び覚まそうと躍起になっているかのように。
殺意と失意、憎悪と憤怒。あらゆる負の感情が溢れ出し、今にも爆発しそうになるのを抑さえ付ける。
同じ『異端の怪物』に対するシンパシーのようなものを感じていたがもうそれも終わりだ。
「お前は、人間か? それとも同胞なのか········?」
人蜘蛛の異端児が畏怖を込めて問いかける。その言葉はエインにとって地雷を踏み抜いたに等しい。
エインの殺意が膨れあがり、黒紫の魔力が噴き出す。紫電が岩盤を舐め、亀裂が広がっていき、エインを中心にして床がひび割れていく。
紫電に触れた壁や床が黒く焦げ、砕け散っていく。殺気そのものが物理的な圧力を伴って襲い掛かり、エイン以外の全員が吹き飛ばされる。
エインはゆっくりと歩き出す。一歩踏み出すだけで床がひび割れて陥没していく。抑えられないほどの衝動が湧いて出る。
──────今の自分は人間なのか、それとも怪物なのか。
「(···········あるいはそのどちらでもないかもしれないな)」
そんな自嘲にも似た思考を浮かべながら、エインは仮面の奥にある双眸で異端児達を見据える。
あるいは自分よりもよほど人間らしい彼らの姿を目に焼き付けながら、ゆっくりと歩を進める。
そして、黒紫の魔力が人型の下半身を覆うように収束していき、泥のような形状に変化して床に広がる。
もはや人間として生きることはできない。
「(ならばせめて最後には『怪物』としてクラネルに──────)」
────────殺されて死にたい。
誰に言うわけでもなく、ただ心の中で呟く。もはや妄執にも近い願いを抱きながら、エインはその足を前へ進める。
「さあな、そんなもの。私にもわからない」
もはやそんなことすらどうでもいいと言わんばかりに、エインは冷たく呪詛のように紡いだ言葉を吐き出す。
「──────では、クラネルに気づかれる前に済ませよう」
夜叉のように歪んだ笑みを浮かべ、エインは翻った。
「──────っ」
声にならぬうめき声をあげながらラーニェは目を覚ました。全身が軋むように痛み、頭も酷く重い。起き上がろうとするも、体が思うように動かない。手足に力が入らず、視界がぼやけている。
息を吸うことすら苦痛に感じる。冒険者の遺品である甲冑は砕かれ、装備していた精霊の護符はボロ布のように破れている。
腕や下半身の多脚は辛うじて折れてはいないがそれでも動かすこともままならない。
「なにが·······起きた、んだ······?」
自分がどうしてこんな状態になっているのか理解できず、ラーニェは困惑しながらも必死に記憶を掘り返す。
霞んだ意識は思考をバラバラに散らしてしまう。断片的に思い出されるのは、圧倒的な暴力と死への恐怖。
今も尚、臓腑に氷柱を突っ込まれたような寒気が止まらない。体の芯から凍りつくような恐怖。
「(そうだ、自分はあの化物と対峙して······それから────ッ!!)」
人型の姿を思い出すと同時に、ラーニェはハッとなって顔を上げた。同時に激痛が走るがそんなことに構ってはいられない。
「オード·····クリフ·····フォー·····フィア··············ウィーネっ」
ラーニェは仲間達の姿を探そうと周囲を見渡す。痛む体に鞭打ってなんとか立ち上がると、そこには先ほどまでの自分と同じように倒れ伏す仲間たちがいた。
全員、酷い有様だ。明確に致命傷を負っているものは居ないがそれでもいずれも重傷なのは間違いない。
フォーに至っては四肢はあらぬ方向に曲がっており、生きているかも定かではない。
だが灰になってはおらず、流したであろう血の量も少ない。浅くだが身体を上下させていることから呼吸はしているようだ。
ラーニェは安堵の吐息を漏らすがすぐに表情を引き締める。
「ッ、ウィーネ·······!!」
ウィーネがいないことに気づいてラーニェは青ざめる。慌てて周囲を見渡してもやはりその姿はない。
痛みに耐えながら周囲を捜索すると、連絡路の隅に彼女が身に纏っていたローブの切れ端が落ちていた。
ウィーネの身に何が起きたのかは分からないが、少なくとも無事ではないことは明白だった。
そうしているうちに少しずつ先ほどまでの記憶が鮮明になっていく。
「·······なんだ······何だったんだ·······何だって言うんだ、アレは······!?」
思い返せば思い返すほど、ラーニェは戦慄する。人型から感じた底知れぬ力。あれは到底個が辿り着けるような領域ではなかった。
仮にあの化物が異端児────同胞であったとしても、あんな化物を同胞とは呼びたくない。
階層主が可愛く思えるほどの化物、底が見えないどころの話ではない。そもそも存在としてのレベルが違い過ぎる。
ラーニェは改めてその事実を認識して震え上がる。何もできなかった、抵抗すら出来なかった。
ただ蹂躙された。一方的に屠られた。その現実がラーニェの心に深く突き刺さる。
武器すら持たず、手を振りかざすだけの攻撃とも言えぬ一撃で為す術もなく吹き飛ばされ、捩じ伏せられた。
パーティの中で最も強く、冒険者で言うところの第一級冒険者に肉薄するほどの力を持っているフォーですらまるで相手にならなかった。
フォーは全力を出していた。ラーニェも、フィアも、全員が持てる限りの力を発揮して戦った。
しかし、届かなかった。傷一つ負わせることが出来なかった。それどころか、まるで歯牙にもかけずにあしらわれてしまった。
自分の力では届かない。ラーニェは絶望的なまでに叩きつけられた実力差に心が折れそうになる。
常のラーニェなら失うくらいであれば死を選ぶであろう矜持や意地が音を立てて崩れ落ちていく。
勝てる勝てない、抗える抗えないなど問題ですらない。
本能に刻み込まれ、魂にまで刻まれた絶対的な恐怖に膝を屈しかける。
まずは何をすればいい?
恐怖に沈みそうな思考を無理矢理にでも律し、ラーニェはその思考を巡らせる。
「(おそらくウィーネは攫われた·······ならまずは······いや、その前にフォー達を······)」
思考がまとまらない、感情が乱れる。それでもラーニェは必死に頭を働かせる。ラーニェは仲間達の治療に当たろうとポーチに手を伸ばす。
この状況下でもラーニェは冷静に行動していた。いや、正確にはそれだけ追い詰められていたというべきか。
今、冒険者や敵意を持った同族に襲われてはひとたまりもない。自分以上の重傷を負っているフォー達を連れて逃げるのは不可能に近い。
故に、今の最優先事項は仲間達を治療することだ。幸いにもフェルズの用意したポーションはまだ残っている。
「─────ッ」
だが、ポーションを取り出すよりも早く、不意に通路の外から聞こえてきた足音に思わずラーニェは身を強張らせる。
ゆっくりと、こちらに向かってくる足音が近づいて来る。
同族や同胞ではない。人間のもの、それも一人のものだ。ラーニェは咄嵯に近くに落ちている短剣を抜き放つと、通路の入り口に向けて構える。
通常、冒険者は複数人でダンジョンに挑む。それは単純に探索効率の問題もあるが、それ以上に安全を確保するためだ。
複数の冒険者が連携してモンスターを狩ることで、万が一にも不測の事態が起きても即座に対処できる。
というよりも一人でダンジョンに潜るなどよほどの実力者でもない限り自殺行為に等しい。
だからこそ、単独の冒険者をラーニェは警戒する。
上層ならまだしも中層と下層の間に位置するこの深さまで一人で潜ってこれるとなると相当の使い手であることは間違いない。
緊張で心臓が早鐘を打つ。額には汗が滲み、喉が渇く。
脚の多くが折れずとも砕かれているラーニェは、まともに戦うことも出来ない。
仮に一人だったとしても、逃げ切ることすら難しいだろう。
ならば、仲間達だけでも逃がすために仲間達が戦いの音で目を覚ますのに賭けて時間を稼ぐしかない。
鉄兜も甲冑も砕かれ、モンスターとしての能力である糸や毒液も出血と傷のせいでろくに使えないがそれでもラーニェは覚悟を決める。
もし、もしもあの化物の仲間だったら。そんな考えが脳裏を過るがすぐに振り払う。
もうどうしようもなかった。ラーニェは己の死を受け入れて、ただその時を待つ。
そして、通路の先から現れたのは────。
「───、───おい、何があった」
ラーニェが───否、すでに死んだ者達とたった一人の例外を除いてこれまでに誰も見たことのない表情を浮かべるもう一人の『化物』だった。
地上から遥か奥に潜った場所にある地下空間。ダイダロス通りから繋がる地下水路をさらに進んだ先の人造迷宮。
不気味な石畳の床、松明が燃えているだけの薄暗い広間。腐臭にも似た異臭が立ち込め、壁には気味の悪い怪物の絵やレリーフが彫られている。
その最奥に位置する広間の一つに彼らはいた。そこにいるのは百を超える数の人間たちだ。
全員が一様に闇派閥の雑兵特有の白いローブを纏いフードを被っているが、体格などで性別の区別がつく者もいる。中には獣のような耳と尻尾を持つ者までおり、人種も様々だ。
共通しているのはその誰もがローブの奥に隠された瞳に昏く澱んだ輝きを抱いていることだろう。
双眸には狂気にも似た並ならぬ熱意がありありと宿り、口元に浮かぶ歪みからは隠しきれない喜悦がある。
その集まりから離れた人造迷宮の一角には一柱の神と怪人、そして一体のモンスターがいた。
「エインちゃん、そのモンスター·········『ヴィーヴル』、どうするの?」
男神ながら美女のような艷やかな長い髪、濃紫色の瞳、白い肌に艶めかしい肢体をした神──闇派閥に残る唯一の邪神にして最古参の神タナトスは失神したモンスターを見て首を傾げる。
退廃的で享楽的、底知れぬ深淵を覗き込んだかのような恐怖を覚える有り様。
「エニュオからの命だ。このモンスターを使ってクラ──『剣聖』を孤立させる」
そんな神の軽薄な言葉に「やり方は任せる」と気絶したヴィーヴルの少女を放り投げた怪人が答える。
頭からすっぽりと全身を覆う外套と仮面のせいでその表情は伺い知れないがどこか不機嫌そうな声色だ。
「エインちゃん、なんで他のモンスターも殺さずに無力化で済ませたのかな?」
怪人はその場から去ろうとするが、投げかけられた神の言葉に足を止める。
「····················」
言葉はないがゆらりと黒い炎のように揺らめく魔力が怪人の感情を表していた。
だがタナトスは意に介さず、さらに続ける。怪人の殺気などまるで歯牙にかけず、さぞ可笑しそうに口を開く。
「ヒトの言葉喋って仲間意識持ったモンスターに同情しちゃった? それとも、『剣───うおっ?!」
「次はない」
怪人からの返答は零能の身では視認すらできぬ速度でタナトスの真横の壁に投げつけられたナイフだった。
「おっかないなぁ······」
アダマンタイトの壁に深く突き刺さる刃を見て冷や汗を流し、四散した金属片に頬を切られたタナトスはそう言いながらも顔を愉悦に歪ませて笑う。
その様子に舌打ちして今度こそ怪人は去っていった。その場に残されたのはタナトスと気絶したままの少女のみとなった。
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原作1.5巻分くらい迷宮にこもってるアルと全方面に地雷が多すぎるエインちゃん