皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
溜め回です
「───────」
必要な分の解呪薬の量産は既に終わっている、それなのに私は休むことなく作業を続けていた。
机の横には無数の小瓶が並べられており、中身は全て新しく開発した解呪薬だ。
体格やスタミナの関係で私よりもよほど多く取れるアルの血液を主な材料として作られたこの解呪薬はアルの体質の一部と【レァ・ポイニクス】の呪いに対する耐性と適応力を再現できる。
これさえあれば闇派閥の残党が使う不治の呪詛にも対処可能になるはずだ。
しかし、これはあくまで対処に過ぎない。
あの剣─────三大冒険者依頼の巨獣の亡骸から作られたという最強の英雄殺し。
あの剣による斬撃は切られたのが第一級冒険者でもない限り、解呪薬を使う前にまず間違いなく『即死』する。
即死せずに呪いをどうにかできたとしてもベヒーモスの死毒は確実に体を蝕み、やがては死に至らせる。
散々試したもののあの毒に対する解毒薬は──────作れない。
オリジナルのベヒーモスの毒とどちらが強いかは分からないが、あの毒をアル以外が受けてしまった場合は私の魔法でなければ治療はできないだろう。
つまり、いくら対抗策が出来たところであの英雄殺しの前では意味がない。
あの怪人の相手はアルがするだろうけれど万が一に備えて少しでも被害を減らすために私はアルのいない隊が怪人と会敵した場合に備えて同行して治療する。
それが私の役目だ。
そのためにも通常の呪詛ならば私がいなくても解呪できるように地上分も含めて今のうちにできるだけ多く解呪薬を用意しなければならない。
幸い、アルが深層から持ってきたモンスターのドロップアイテムは山のようにある。これを有効活用すれば多少なりとも数を用意できるだろう。
すでに効率的な精製方法は確立しているので後はただひたすらに作り続けるだけだ。
これが終われば次は護符の準備もしなければならない。
アマゾネス襲撃の件もあるため、しばらくはホームの外に出るのは控えるべきかもしれない。
いや、そのほうがいい。
アルや『女神の黄金』とは違い、直接戦闘能力に欠ける私では襲撃犯に太刀打ちできない可能性が高い。
今はホームの中でできることをしよう。
そんな時だった。
「─────っ」
曲がりなりにも二度のランクアップで一般人に比べれば鋭敏な感覚を持つ私の耳が僅かな物音を聞き取った。
反射的に立ち上がり窓から離れて杖を構え、警戒を強める。間違いなく何かが近寄ってくる音だった。
こんな時間に、しかもこのタイミングで一体誰が? 疑問と共に緊張で心臓が激しく鼓動し、冷や汗が頬を伝う。
それこそ闇派閥の残党の闇討ちである可能性は十分にある。
高速で頭の中を巡る思考。不味いのはわかるが、どうするのが正解なのかわからない。
「(大声で助けを────いや)」
戦闘系ファミリアのホームでないここで助けを呼んだところで戦力にはなり得ないしそもそも深夜だ。
誰も来ない可能性もある。
なら、どうすれば·······!
混乱しながらも必死に頭を回すが、何一つ有効な手立てが浮かんでこない。
ぎぃ、と窓枠に指がかかる音がした。護身用に用意している爆炸薬の瓶を握りしめながらゆっくりと振り返る。
そして、そこには──────。
「おっ、なんだ起きてたのか」
投げた。
「お前ならこの時間帯でも起きてるとは思ってたけどやっぱり薬を作ってたか」
「············この、馬鹿っ」
「え?」
「こんな夜更けに女性の部屋に無断で入るなんて何を考えているんですか!?」
とっさに投げてしまった瓶は何気なくキャッチされ、予想外過ぎる人物の登場に思わず怒鳴りつけてしまうアミッド。だがそれも仕方ないことだろう。
まさかアルがこんな時間に来るなど思いもしないし、何よりここは女性の部屋なのだ。いくら相手がアルとは言え、非常識極まりなかった。
というか、せめて玄関から入れ。
何らかの方法で外から窓を開けて入ってきたのは分かったが、普通に考えてそれは居空き強盗の所業であり褒められたものではない。
心臓が口から飛び出しそうになるほど驚いたアミッドだったが、なんとか必要以上に声を荒げずに済んだ。
代わりに怒気を孕ませた視線をぶつけるが、アルはそれを全く意に介さずにアミッドの隣まで来ると机の上に並べられていた小瓶を眺め始めた。
怒りながらアルの横顔を見ていたアミッドはふと、違和感を覚える。なんだろうか、妙な雰囲気を感じるのだ。
いつも通りの雰囲気ではあるが、どこか普段と違う気がする。しかし、それが何かは分からずアミッドは首を傾げる。
「·········はぁ、というか誰か他の方に見られて誤解でもされたらどうするつもりですか」
「誤解?」
「·········貴方と私がそういう関係だと思われるということですよ」
深夜に年頃の女性の部屋を訪れる男性と女性が二人きり。傍から見れば勘違いされてもおかしくはない状況だ。なんなら夜這いと見なされても不思議ではない。
それなのにアルは平然としており、まるで気にしていないようであった。
ずる賢いくせに所々で考えなしなところがあるのがアルの悪い癖だと内心で呆れて溜息をつく。
「ああ、それとも本当に夜這いでもするつもりだったのでしょうか」
「は、驚いたなお前がそんな冗談を言うなんて、いや嫌味か」
「嫌味の一つや二つ、言いたくもなります」
軽く笑い飛ばしてくるアルに対して眉間にシワを寄せて睨む。アルの性格上それを期待するのは無駄だろうが。こんな深夜にアポなしで訪ねてきたことは反省してほしい。
「というかリヴェリア様の件の後、ダンジョンに潜って退避してましたよね?」
「あー、いや······」
リヴェリアとの熱愛報道で荒れに荒れた事態の収拾をヘディンに丸投げしてことが落ち着くまでダンジョンに逃げ込んだのは知っている。
事情を詳しく聞く前に怒ったのは思い返していれば少し申し訳ない気持ちになるが、それでもダンジョンに潜って逃げるというのはどうかと思う。
「·········それで、一体どういったご用件でこちらに来たのですか?まさか本当にそういう目的で来たのではないでしょう?」
とはいえこんな夜中に人目を忍んで来たということはそれなりの理由があってのことだろう。
先程までの軽口の応酬で多少は冷静さを取り戻したアミッドは改めてアルに向き直ると、その本題を切り出した。すると、アルは頭を掻きながら困ったように苦笑を浮かべる。
「ちょっと頼みがあってな··········」
「頼み、ですか?まぁ、内容次第ですが······」
アルの表情を見る限りあまり良い予感がしない。一体どんな無理難題を押し付けられるのやらと少しばかり不安になる。
「何も聞かずに明日、貧民街の方で待機しててくれないか?」
「········はい?」
突飛な要求にアミッドは思わず聞き返してしまう。脈絡のないその言葉の意味を咀砕するのに数秒の時間を要した。
「えっ、なんでですか?」
当然、疑問が湧く。そんなことのためにわざわざこんな時間にやって来たのかと。しかし、当の本人は至って真面目らしく、真剣な眼差しを向けてきている。
意味がわからないし、意図が全く掴めない。
一体、明日に何が起こるのだろうか。
「悪い、訳あって今はまだ理由を話せないんだが·······頼むよ、お前にしか、アミッドにしか頼めないことなんだ」
そう言って頭を下げるアル。正直、困惑しか生まれないが、アルがここまで言うのだから何かしら重要な意味があるのだろうとは思う。
思えばアルに頼られるなんてことは今まで無かった。基本的に周りに迷惑をかけることはあっても物事は全て自分一人で解決しようとする性格だ。
そんなアルに頼まれると言うのはなかなかどうして悪くない気分だ。アミッドは小さく笑うと、仕方ないと言わんばかりの態度を取る。
人に頼ることを知らないような男がこうして素直に頼ってきているのだ。ならば、応えてあげるのはやぶさかではない。
もう少しやり方があったんじゃないかと思わなくもないがそこはまた後で説教すればいいだろう。そこまで困っているのなら仕方がない。
それに、アミッドとしてもアルの頼みごとを聞くのは満更でもないのだ。
だが、それはそれとして──────
「いや、雰囲気で押し通そうとしないでください」
事情説明はちゃんとしろ、とアミッドはチョップを落とした。
まぁ、正直俺かフェルズがいれば問題はないと思うんだけどな。
それでも万が一、どちらかが間に合わなかったり魔法が失敗したなんてことになれば取り返しがつかない。
そもそもの話、ウィーネが傷つかないように配慮すべきなんだろうがこればっかりは近くにいないとどうしようもないからな。
できる限りそうならないように冒険者たちの動きを誘導するつもりだけどそれも絶対じゃない。
全智の神じゃあるまいしどこまで行っても人間でしかない俺が確実に目的を達成するためには予防線をできるだけ張っておくべきだ。
そう、俺がどこまでランクアップしたところで神の視座は手に入らないだろう。
だからこそ俺は神を曇らせの対象とは端から考えていない。
少なくとも、この世界の神は死をそれほど重くは見ていないからだ。
それはなにも死を軽く見ているということではない。親しい者が、愛する者が死ねば当然ながら悲しむだろう。それは人間と変わりない。
実際、身近な眷属の死には涙を流すだろうし、善神であれば見ず知らずの人間の死でも涙を流したりするものだ。
だが──────
それでも、この世界における神の感覚は、人間とは違うのだ。たとえば、この世界で百年、或いは二百年以上も生きる者──エルフなどがいい例だろう──は珍しくない。
そして、その長命の者たちにとってさえ百年の時は決して短いものではない。
だが、神は違う。不変であり、不死の彼ら彼女らは当然のように万年の時間を過ごしてきている。
その遠大さはたかだか十か二十しか生きていない俺には到底測れるものではなかろう···········しかし、それがどういうことなのかくらいは想像できる。
つまり──────彼らの価値観ではどんな経験も時間という尺度で見れば、一瞬の出来事に過ぎないのだ。
彼ら彼女らが生きてきた遠大な時間。それに比べれば、人の一生など刹那に等しいほどに短い。
無論、積み重なった時の長さだけが全てではないが···········しかし、それを抜きにしても、やはり人の一生は神にとっては短すぎる。
神は人間が死ぬば悲しむし、涙も流す。けれど、だからといってその死はその神の在り方を変えはしない。
例外がないとは言わないがどれだけその人間を愛していてもその死をきっかけに自らの在り方を喪う神はいない。
人はいつか必ず死ぬ。神はそれを嘆くかもしれないが、決してその死を否定しはしない。
人間にとっての死は終わりだが、彼ら彼女らにとって死は『次』への通過点にすぎない。
死した魂は天上へと昇り、漂白されてまた下界の新たな生命として生まれ落ちる。そうして輪廻する世界の理を当然のものとして識る彼ら彼女らにとって、人の死とはそういうものなのだ。
何より、神は死なないし、死ねない。
彼ら彼女らの肉の殻はどれほどの時を重ねても老いることも、朽ちることも無い。
全能であるか、全知であるか、などは些末な問題だ。
『殺すことはできるが死なすことはできない』。
現に俺ならば天界への送還という形ではなくその神の力自体を殺害することが可能だ。
だが、それでも彼ら彼女らは『死なない』。神には『次』がある。
俺は神を殺せても世界までは殺せない。
戦、炎、平和、正義、悪、酒、鍛冶、愛、歌、美、生命、死、貞淑。
それら概念を権能として司る神々にとって死ぬことは終わりという意味での死ではなく、一つの状態に過ぎない。
俗な言い方をしてしまえば超越存在である神にとっての死は『一回休み』でしかない。
司る概念さえあればどれだけの時間がかかるかは知らないが、必ずまたその概念を司る神として再誕するだろう。
確かに再誕したその神は司る概念が同じなだけでかつての記憶や人格を引き継いでいるわけではないのかもしれない。
だが、それでも彼らは間違いなく同じ存在だ。たとえ姿形は同じでも別の存在であり、かつて持っていた魂を失ったとしても、新たに得た魂を以てその存在を新たに始める。
逆も然りで司る神がいる限り、信仰がある限り、その概念が滅びることはないだろう。
神は死ねない、死という終わりを許されない。
仮に貞淑を司る神が死んだとして、その一万年後にまったく別の神として再誕したとしよう。
だが、それが人間にわかるだろうか。司る神の人格がなんであろうと貞淑という概念に違いはない。
そしてその概念に変わりがなければ人間にとって神にも変調はあり得ない。
卵が先か鶏が先かという話になるのだが··········ともかく、結局のところ、それこそ世界が終わるまで終わらぬ連鎖であり、真なる意味での神の死それは世界の終わりと同義でもある。
神は不死であり不滅である。故に神は変わることがない。
或いは、この世界の神は『
『神殺し』に意味はない。この世界の神は人の形をしているだけ。殺したとしても継承者がいなければ再び同じものが現れるだけだ。
この世界の神は王ではない。
そんな神にとって、人の形をした概念にとって人間の死とはなんら特別なものではない。
神と人間のもっとも大きな差異は──────死ねるかどうかの違いだと俺は思う。
終わりがあるか、ないかの違いと言い換えても構わない。
だからこそ、この世界での神の在り方は異質に思える。
神は人のように感情を持ちながらも、同時に非情なまでの合理性を持っているように思えてならないのだ。
概念を、存在に役割を持たぬ人間と神にとっての『次』はまったく異なるもの。
ゆえに俺の定義の上では俺は人間でも神でもないのかもしれない。
部外者に役割なぞあるはずもないのに、欠落を許されずに『次』を得てしまった。
完全であるがゆえに欠落を赦されない神と不完全であるがゆえに欠落することのできる人間。
果たしてどちらが幸せなのかはわからないが少なくとも、俺は神になんてなりたいとは思えない。
だからこそ、俺はあんな魔法を発現したのだろう。
だからこそ、俺は神だって騙してやる。
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アル『神は曇らせがいがないし、つまらん。────けど、だからこそ違うやりようがある』
アミッド『何を悩んでいるのかとか何を企んでるのかとかは全く知りませんし、興味もありませんけどせめて事情説明はしなさい』
アル『あっ、はい、すみません·······』
難産でした
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