皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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120話 手の込んだ心的自傷

 

 

 

 

 

肌がひりついていた。目の前に立つ存在が放つプレッシャーに気圧されそうになる。

 

この感覚をベルは知っている。

 

怪物の宴によって大量発生したモンスターの大群を相手にしたときも、Lv.1で片角のミノタウロスを前にしたときも、18階層でのイレギュラーのときも感じた感覚。

 

それは紛れもない死の予感。

 

足元が崩れ去るかのような喪失感と絶望的なまでの力量差による敗北のイメージ。

 

これまでに感じたいかなる脅威よりも濃密な死そのものを感じさせる怪物を前にして、ベルは震えを抑えられない。

 

そしてベルと同じようにフェルズもまた目の前の存在を畏怖していた。

 

魔力の放出だけで上級冒険者を圧倒できる化物など聞いたことがない。

 

魔導士の常識を覆す魔法のような現象、魔力放出による物理的な威力。魔道具や魔法のような発動のための詠唱を必要としない未知の術理。

 

そんなものがこの世に存在するのかとフェルズは困惑する。

 

この場にいる異端児達もフェルズと同じ気持ちなのか、皆一様に困惑と恐怖の感情を浮かべている。

 

この場で最もレベルの低いベルに至っては顔色を真っ青にして今にも倒れてしまいそうだ。

 

脊髄を氷柱に貫かれたような悪寒。

 

恐怖に心臓を鷲掴みされるような圧迫感。

 

喉が渇いて息をすることすら辛い。

 

額から冷や汗が止まらなくて、呼吸が乱れてまともに思考がまとまらない。

 

「(········駄目だ、ここで()()()()()()()()()())」

 

 ベルは必死に自分に言い聞かせる。ここで自分が折れてしまえば全てが終わってしまう。それはダメだとベルの心が叫ぶ。

 

ここで逃げたらきっとウィーネには二度と会えない。

 

一度、膝をついてしまったらもう立ち上がれないかもしれない。

 

指先が震える。心が軋む。頭の中で警鐘が鳴り響く。

 

吹雪の中に放り込まれたかのように身体が冷たくなって立っているのがやっとだ。寒くて苦しくて、涙が出そうなほどに怖い。

 

いつもここぞという時で役立ってくれた手に握るナイフのなんと頼りない事か。

 

その手は小刻みに揺れて、その瞳には確かな怯えの色があった。それでもベルは立ち向かうことを選んだ。

 

畏れを振り払うようにベルはナイフを構える。だが、その足は生まれたばかりの仔鹿のように覚束無い。

 

しかし、そんなベルを見て怪人は仮面の下の顔を歪めた。

 

『─────少し話をしよう、ベル・クラネル』

 

 敵わないとわかっていながらもベルは抗うことを選んだ。

 

自分よりもはるかに強いリドとグロスを簡単に退けた化物にベルが勝てるはずがないと分かっていても、ベルは逃げようとは思わなかった。

 

その意思を汲み取った怪人はベルに話しかける。

 

それがどういう意図によるものかベルには分からない。だが、今は少しでも時間を稼ぐことが重要だ。

 

リド達が回復するまで時間を稼がなくてはとベルは構えを取りながら言葉を発する。

 

「··········なん、ですか?」 

 

 怪人の意識が自分に向けられている、それだけで発狂してしまいそうだった。

 

仮面の下から向けられているその視線で自分の全てを暴かれてしまうのではないかと錯覚してしまう。

 

いや、もしかすると既に全てを見透かされているのかもしれない。

 

超越者たるこの怪人の前ではどんな隠し事も無意味なのではないかと思ってしまう。

 

それほどまでに怪人の持つ存在感は圧倒的で、ただそこにいるだけで精神を蝕まれる。

 

顔がこわばっているのが自分でも分かる。声が震える。気を抜けばたちまち気絶しそうになるほどの重圧の中、ベルは懸命に意識を保とうとする。

 

『ベル・クラネル。なぜ、お前はここまで来た』

 

「··········?」

 

 唐突に問いかけられてベルは一瞬、怪人の言葉の意味を理解することが出来なかった。

 

意味が分からない。どうしてこの怪人はこんなことを訊ねてくるのか?

 

怪人の意図が全く理解出来ない。怪人の質問の真意がわからない。

 

─────なぜ、ここまで来たのか。

 

そんなものは決まっている。

 

異端児達を止めるため、そして何より攫われたウィーネを救い出すためにベルはここにやってきたのだ。

 

それ以外に一体何があるのだろうか。それともこの怪人は何か別の答えを期待していたのだろうか。

 

そんなものは決まっている。

 

異端児達を止めるため、そして何より攫われたウィーネを救い出すためにベルはここにやってきたのだ。

 

ベルが困惑していると、それを見た怪人は小さく嘆息した。

 

『なぜ、お前はモンスターを守ろうとしている?』 

 

「···········えっ?」

 

 なおも意味が分からず、ベルはさらに困惑する。この怪人は何を言っているのだろう。そんな疑問がベルの脳裏に浮かぶ。

 

『お前はこの化物共を、異端児達を救おうとしている。それは何故だ』

 

 何故、異端児達を救うのかという問いにベルは戸惑う。何度言われても質問の意味がさっぱり分からない。

 

そんなのは──────

 

『ただ喋るだけ、モンスターであることに変わりはないというのに』

 

「─────」

 

 これまでモンスターなんていくらでも殺してきただろう、と怪人は言う。

 

それは紛れもない事実であり、ベル自身も今まで数え切れない程のモンスターを殺してきた。

 

だから、ベルは反論することもできない。怪人の言うことは正しい。冒険者はダンジョンに潜れば必ずと言っていい程、大量のモンスターと戦うことになる。

 

そして、冒険者の大半はその過程で奪う命の重さを感じなくなっていく。多くの冒険者が怪物を殺すことに忌避感を覚えることは無くなる。

 

ベルだって例外ではない。

 

怪物の宴のときも、18階層のイレギュラーのときも、そして今日ここに来るまでも、ベルはその手で怪物の命を屠ってきた。

 

冒険者の常識では当たり前のこと。冒険者として生きる以上、モンスターは殺すべき対象でしかない。

 

モンスターは人類の天敵であり、害悪である。人とモンスターは決して相容れることのない存在なのだ。

 

太古の昔より悲劇と災厄を人類にもたらし続けた人類の不倶戴天の敵、それが怪物だ。

 

でも、異端児達は違う。

 

彼等は人間と同じ知性を持ち、言葉を話せる。理性的に会話が出来て、共に笑い合うことも出来る。

 

リドやグロスは確かに恐ろしい化物かもしれない。しかし、それでも心を持つ立派な『人』だとベルは思う。

 

だからこそ、ベルは彼らを、ウィーネを助けたかった。

 

たとえ、それが他の冒険者から見れば甘い考えだとしてもベルにとっては大切なことだった。

 

『············チッ』

 

 言葉ではなくベルの視線に込められた想いに怪人は舌打ちを返す。まるで、見当違いの返答を聞いたかのように。

 

仮面の奥にあるその瞳に宿る感情は果たして怒りなのか、嘆きなのか。ベルには知る由もないが魔力の放出による威圧感は先ほどよりも増していた。

 

「貴方は········いったい、なんなんですか」

 

『私のことはどうでもいい。──────嗚呼、お前の目を覚ましてやろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「················あぁっ」

 

 『それ』を前にしてベルの口から漏れたのはそんな情けない声だけだった。

 

目の前にいるのは巨大な蛇体。

 

全身が氷のような蒼い鱗に覆われており、その瞳は濁った湖のように冷たい。青白く輝く長い髪は地面に触れるほどに長く、その巨体は大型級モンスターにも劣らない。

 

その体表には竜を連想させるような器官が生えていて、口元からは鋭い牙が見え隠れしている。

 

額からあるべき『赤石』を失ったことで現れた怪物性。ほっそりとした両足は大蛇のような胴体へと続いている。

 

醜くゆがんだ両手には鋭利な爪が備わっており、その一本一本が尋常ならざる切れ味を持っていることは想像に難くない。

 

不気味に輝くその赤黒い双眼がベルの姿を映す。その瞬間、ベルの心は絶望の色に染まる。

 

「ウィーネ·······っ!」

 

『─────ルルルゥウウッ!!』

 

 怪物でありながら無垢で穢れを知らない竜の少女の成れの果て、その姿はあまりにも痛ましくベルの目に飛び込んでくる。

 

ウィーネは獣の如く喉を鳴らしながらベルを睨みつける。そこにはもうかつての優しいウィーネの姿はない。

 

人間の少女のように小柄で華奢だった身体は巨大で禍々しい姿へと変貌し、もはや本来の原型は残っていない。

 

その両腕は血で染まったように黒ずみ、ボロボロでコウモリのような翼が生えている。

 

硬質化した竜鱗が覆う下半身は大蛇のようで不均等な醜さが際立っている。

 

ウィーネは今や『怪物』と呼ぶに相応しい化物と成り果てていた。

 

その理由は怪人が引き剥がした額の赤石、『ヴィーヴルの涙』と呼ばれる第三の瞳を失ったが故だ。

 

ヴィーヴルの涙は莫大な富を授けるとも言われる希少なドロップアイテムであり、それを獲得するには生きたヴィーヴルの額から石をむしり取る必要がある。

 

当然、それは生半可なことではない。

 

ヴィーヴルはLv.2~3程度のモンスターだが額から赤石を失った個体は理性を失い、狂暴化する。

 

暴走状態に陥ったヴィーヴルは、通常時に輪をかけて本能のままに暴れ狂う化物となる。

 

それは異端児であるウィーネも同じだったようだ。

 

掛け替えのない何かを失ったように、ウィーネは悲しげに鳴いている。

 

「───────────ァ、アアッ、ァ、ギィ、ィイイッ、ア、グギャ、ァッ、アアアアアア

ァッ········!!」

 

 言葉にならない鳴き声が迷宮内に響き渡る。それは聞く者の精神を蝕んでいく魔性の叫び。思わず耳を塞ぎたくなるほどの絶叫にベルは顔をしかめる。

 

悲愴と狂気に満ちた声音は心を揺さぶり、ベルの胸中に罪悪感を呼び起こす。

 

胸を掻き毟られるような痛みと悲しみ。ベルの視界が霞み、意識が遠のきそうになる。

 

ウィーネはもう以前の彼女ではない。

 

怪物と化した彼女は、ベルに対して明確な敵意を向けている。

 

心に亀裂が入る。

 

ベルは、ウィーネを救いに来たはずなのに。

 

こんなことを望んではいなかったのに。

 

こんな再会は望まなかったのに。

 

悲嘆と自責の念に押し潰されそうになる。

 

怪物としての、人を殺すための牙や爪が生えた手足をウィーネは振るう。

 

その姿に前までの可愛らしさや愛おしさは一切なく、ただ殺意のみが伝わってくる。

 

『これを見て、まだ、モンスターを守れるか? クラネルの弟』

 

 仮面の怪人の言葉がベルの脳裏に響く。怖気立つほどに冷たいその声音がベルを突き刺していく。ベルはその問いに答えることが出来なかった。

 

ウィーネを救うどころか、この手で殺すことになるかもしれないという恐怖がベルの足を震わせる。

 

胸を刺す『嫌悪感』。人間がモンスターに対して感じてしかるべし負の感情。

 

本能から来る忌避の感情。これまでダンジョンで殺してきたモンスターたちに対して感じていたものと何一つ変わらない感情。

 

これが冒険者の、人間の本性だ。今まで培ってきた冒険者としての常識がベルの行動を制限する。

 

『ィ、ルゥル、ルルゥッ……!』

 

 ウィーネが動く。その大きな身体からは考えられない程の速度で。狙いはベルだ。ウィーネは尾で地を蹴って一直線に飛び込んでくる。

 

ウィーネが振った尾がベルの右脚を捉えて、そのまま地面に叩きつけた。

 

「かはっ········!?」

 

 肺の中の空気が全て吐き出される感覚と共に衝撃がベルの全身を襲う。骨が軋み、鈍い痛みがベルの体を支配する。

 

大型級モンスターの一撃は生身の人間にとって致命傷になりかねない威力がある。ウィーネはそのまま続けて、残った左の拳を振るう。

 

『ルゥウウッ!!』

 

「ぐぅっ··········!」

 

 今のウィーネは正真正銘の怪物だ。その攻撃には容赦など欠片もない。

 

ウィーネが次いで右腕を振るい、その鋭利な爪がベルの背中に突き立てられる。

 

肉を引き裂く嫌な音と激痛がベルを襲った。

 

『ベルゥゥゥウウッ··················!!」

 

 ウィーネは更に追撃を行う。ウィーネが左腕を振り上げて、ベルに向かって振り下ろす。ウィーネの攻撃は止まらない。

 

ベルの首筋を狙って、ウィーネは腕を振るう。ウィーネは容赦なく、ベルを殺そうとしている。

 

身をひねり、回避を試みるもウィーネの鋭い爪はベルの肌を切り裂く。鮮血が飛び散り、ベルの身体に深い切り傷が刻まれる。

 

『 やはりこうなったか··········殺せばいい、殺さなくては死ぬのはお前だぞ』

 

 怪人はその様子を冷めた目で見つめていた。その口調はどこか落胆しているように聞こえる。

 

ウィーネはまるで獣のように、その双眼を血走らせて、その口からは白い唾液が垂れ流れている。

 

そこにかつてのウィーネの面影はない。

 

ドクンドクンと心臓が激しく脈打つ。呼吸が乱れ、思考が定まらない。ウィーネの攻撃を辛うじて避けながらも、ベルの心は揺れていた。

 

ウィーネは怪物だ。理性を失った怪物だ。このまま何もしなければウィーネに間違いなく殺される。

 

しかし、それでも、ベルは動けない。

 

『どうした? 何故、動かない?』

 

 怪人の声が響く。分かっている、自分の甘さが招いた結果だということくらい。

 

全ては成り行きで、自分勝手な行動の末路だという事も理解している。

 

自分への怒りが沸き上がってきた。ウィーネはこんなにも苦しんでいるのに、どうして自分は身動きが取れないのか。

 

ぎり、っと歯を食いしばる。

 

力を振り絞ってウィーネの顔を見上げる。ウィーネはベルを、ベルだけを睨みつけながら、その牙を剥き出しにして、喉を鳴らしている。

 

「──────ああッ!!」

 

 ────でも、それはおかしいのだ。

 

額の石を失ったヴィーヴルは本来、石を取り戻そうとするために暴れ狂う。

 

ただそれだけのためにヴィーヴルは狂暴化して暴れ回る、はずだ。

 

なのにウィーネは石を持つ怪人ではなくベルだけを見て、執拗に攻撃を仕掛けてくる。

 

それが何よりの違和感だった。

 

『············べるうううぅッッ!!!』

 

 ふと、ウィーネと目が合う。その瞳の奥には涙が溜まっていた。

 

ウィーネは泣いていた。

 

ベルを映すその両の目からは大粒の涙を流していた。それは悲しみと苦しみ、そして─────

 

「─────大丈夫、僕はここにいるよ」

 

 肩に食い込む爪の痛さも忘れて、ベルはウィーネの身体を優しく抱き締めた。

 

ウィーネの爪がベルの身体に深々と突き刺さるが構わず、ベルは抱きしめ続ける。

 

『ゥ、ゥゥウウウウ、ベ、ル?」』

 

「·········うん、遅くなってごめん·····ね」

 

『ル、ルル、ルゥ、ルル、ルル、ルルルルルルゥゥゥウウウウッ········!! あぁ、ベ、ルゥゥウウッ········!!』

 

 鮮血が流れる。ウィーネの爪が、深く、深く、ベルの背中に突き刺さる。ウィーネの涙がベルの頬を濡らす。怪物の悲鳴が人造迷宮内に響き渡る。

 

「だい、じょうぶ、だから······もう、怖く、ないから········!!」

 

 ベルはウィーネを強く、強く、抱き寄せる。ウィーネもまたベルにその爪を突き立てる。

 

血が溢れる。痛みを感じる。だが、そんなことはどうでもいい。ベルはウィーネの頭を撫でて、ウィーネの耳元で囁く。

 

ウィーネの泣き声が一層大きくなる。ベルはウィーネを安心させるために、優しく、何度もその言葉を紡ぐ。

 

痛み、苦痛、そんなものが何だというのだ。ベルはただウィーネの側に居てあげたい、ウィーネを救いたいという一心でウィーネを抱き締め続けた。

 

やがて、ウィーネの腕が震え始め、その爪がベルの背中から離れていく。

 

ウィーネの身体は弱々しく痙攣していた。その身体からは力が抜けていき、その瞳に僅かに光が宿る。

 

「僕は、ここに、居るから············!!」

 

『ベルゥゥゥゥゥゥッ!!!!』

 

 泣き叫ぶウィーネの身体から力が抜けていく。肩から爪が抜かれて、ウィーネの巨体が地面に崩れ落ちる。

 

理性を失ったはずのはずの怪物が、ウィーネが、ベルの腕の中で静かに座り込んだ。

 

ありえざる奇跡にも似た光景を前にリドは呆然と立ち尽くし、フェルズはその骸骨の顔を驚愕の色で染め上げている。

 

そして、怪人は─────────

 

 

『───────は?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

エニュオ『は?』⇒ベルに対して

 

白髪『は?』⇒怪人に対して

 

屑ども『『は?』』

 

『ベルLv.3の最近の戦い相手』

・変態白髪英雄もどきLv.8

・クソ捻らせ仮面怪人Lv.9〜

 






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