皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
四期どこまで行くんやろ
伝令神。それがこの神の天界での役職であった。その名のとおり、方々で手に入れた情報を必要に応じた嘘を交ぜつつ男神へ、女神へ、美神へ、戦神へ、炉神へ、大神へ、老神へ伝令する。
下界に降りてからもそのあり方は変わらない。自らの足で赴き、自らの目で見る。
人の営みを、神の遊戯を、モンスターの暴虐を、怒りを、嘆きを、喜びを、見てきた─見て、見て、見て、見て、見て、見て、見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て────見続けた。
千年もの間続いた神時代、その時代のうねりをひたすらに見てきた。故にその神は理解していた。この世界には嘆きが、悲劇が多すぎる。年端もいかぬ少女がモンスターの手で両親を失い、強きを求めた狼は求めた理由の全てを失った。そんなものはありふれた世界の日常だ。
その積み重なった悲劇の精算、その第一歩目こそが『三大冒険者依頼』の遂行。すなわち、『陸の王者』ベヒーモス、『海の覇王』リヴァイアサン───そして、『隻眼の黒竜』ジズの討伐。
太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなけれればいけない原初の約定でありながらその強さゆえ、千年もの間放置され続けた黒き終末。
だが、それを今こそ討伐しようと立ち上がった者たちがいた。それこそが千年の成果にして神時代の象徴、【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】。
神々に認められし最強の集団は前人未踏の領域の階位に至った『英傑』と『女帝』、Lv.8とLv.9の団長達によってそれぞれが率いられ、更にその軍下にはLv.7の英雄が幾人もいた。
まさに最強、まさに無敵、下界全土の悲願を達成するに足る英雄旅団、神々の全てが英雄たちの勝利を疑っていなかった。そして、成し遂げた。
『静寂』のアルフィアの鐘の音が『海の覇王』リヴァイアサンを打ち砕き、『暴喰』のザルドの牙が『陸の王者』ベヒーモスを平らげた。
下界の住民は歓喜した、俺達の、私達の、千年は無駄ではなかった。自分達の英雄は世界を救えるのだと──!!
神々も確信した、下界の可能性、その結晶とも言える最強達であれば真に『救界』を成し遂げられる、と。
残るはただ一つ、絶望の化身たる黒き巨竜。突如として現れて全てを蹂躙したモンスターの王。
あと少し、あと少しで人類は再び救われるのだ! あの者達ならばきっとやってくれるはずだ、必ず成し遂げてくれるはずだ。そう、誰もが信じていた。
─────だが。
だが、しかし、しかしだ。黒竜は討たれなかった。大穴より現れた怪物の王は打ち倒されなかった。何故ならそれは、彼等が敗北を喫したからだ。
人々の願いを、神々の予想を裏切って最強の集団はたった一匹の竜に敗北した。
間違いなく史上最強を誇った英雄達が敗れるなどありえないはずだった。なのに、なのにどうして? 答えは単純明快、ただ単純にして最大の問題。
竜は、強すぎたのだ。
あまりにも強く、あまりに異質だった。最強の称号をほしいままにした英傑は、最強の軍団はその力を踏み躙られ壊滅し、残った男神の団長も瀕死の重傷を負ってその力の大部分を失った。
幾多の試練を乗り越え、数多の偉業を成し遂げた彼ら彼女らならばきっとやってくれると、誰もがそう信じていた。··············だからこそ、これは予想外だった。
あの日、何が起きたのか。それを知る者は数少ない。だが、それでもなお分かることが一つだけある。
それは、あの日から世界は変わってしまったということだけだ。
その敗北によって力を失った男神と女神の地位を奪おうとした【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の計略により、生き残った眷属たちは都市から追放され、今代の英雄達は消えた。
かくして世界は変わった。かつてのように平和な時代ではない。かつての栄光を取り戻すための希望もない。
始まったのはまさに『暗黒期』、あらゆる悪が、邪悪が、巨悪が世界を覆った。更に積み上がった悲劇はその頁を増やすことしかなく、そして新たに台頭し始めた新たな勢力。
それらによって世界は更なる混沌に包まれて行き、正義の眷属を始めとした新たな英雄たちによって悪が砕かれるまでそれは続いた。
今あるのは仮初の平和、いつか崩れる砂上の楼閣。
かの竜は大昔に実在した英雄譚を元とした『迷宮神聖譚』においては黒き終末、生ける厄災と言われている。それは正しい。
そう遠くない未来、竜は黒き終末を世界へ届けるだろう。
もはや誰も彼もが己のことだけで精一杯で、誰かを救う余裕なんてない。いや、そもそもそんな考えを持つことすらおこがましいだろう。
世界には悲劇が満ちている。この世に生きる全ての者が悲劇に塗れ、悲劇と共に生きている。そんな世界で一体誰が他人のために何かをすると言うのか。
だが、その神は誰しもがそんな暗闇のなかでも燦然と輝く光を求めていることを知っている。
故にその神は、伝令神ヘルメスは断言する。
────────世界は英雄を欲している。
ゆえに伝令神は動く。たとえそれがどんな犠牲を払おうとも。
絶望と嘆きの時代を終わらせるため、世界を終わらせないために、ヘルメスは暗躍し続ける。
「やぁ、アルくん。どうしても君に頼みたいことがあってね、少し時間をくれないかな?」
はー、えんがちょだわ。
なんで折角のフリーの日にヘルメスの野郎と鉢合うんだよ。こういう愉快犯系の神嫌いなんだよなあ、曇んねーから。イシュタルとよろしくやってろよ。
え、なに? 依頼だって? やだよ、折角の休みなのに。リューにも偶然あって買い物付き合ってるだけで終わったらホームで寝るんだよ。
しつこいわ、モンスターの大量発生だかなんだか知らんが俺個人に依頼出すんじゃねえ、ファミリアに出せや。 24階層ってそんな浅いとこでなにがあろうが知ったこっちゃないわ。
··········ん? 24階層だって·········? あっ、··········きたぜ、ぬるりと······!!
淀んだ水気に満ちた空気と悍ましくもある生臭い獣臭。そして、耳を澄ませば聞こえてくる――まるで何かが暴れ回っているような轟音や悲鳴のような声に、誰かの泣き叫ぶような声。
脈打つかのように蠢動し、腐臭を漂わせる緑肉の肉絨毯に覆われた空間、その中央に聳え立つ異形の物――――。死臭とも腐臭ともとれる悪臭に満ちた生理的嫌悪感を覚える異境の光景、まるで意志を持っているかのように胎動する肉塊。
冒険者達の知るダンジョンとはあまりにもかけ離れた異常な光景の中、一人の女がいた。
すらりと伸びた肢体と豊かな双丘、艶やかな赤髪は短く切りそろえられ、身に纏っている戦闘衣も赤を基調とした露出の多い煽情的なものだ。その容姿はとても美しく整っていて、男ならば誰もが振り返るような美貌を持つ妖艶な美女だ。
黄緑の瞳を持つその女は先日、リヴィラの街で【ガネーシャ・ファミリア】に所属する第二級冒険者であるハシャーナ・ドルリアを殺し、宝玉の胎児をめぐってアイズ、アルと戦った赤髪の調教師であった。
彼女は今、目の前に広がる光景を見ながらダンジョン産だと思われる奇妙な配色の果実を齧っていた。
その女の名はレヴィス。
レヴィスはその美しい相貌を不快そうに歪めていた。
彼女の視線の先には、この階層では絶対に見るはずのないモンスターが存在していた。それは本来であれば59階層以降に生息するモンスターであり、このような中層に現れることは決してありえない存在だった。
だが、それも当然だろう。何故なら、今彼女の目の前にいるのは新たに生育されたものなのだ。
「────おいっ、モンスターがダンジョンに溢れて冒険者の間で騒ぎになっている、大丈夫なのか!?」
彼女の不機嫌さに気が付いていないのか、黒いローブで全身を覆った闇派閥の信徒と思われる痩せぎすの男が声を荒げながら食ってかかり、レヴィスは飽きれたような表情を浮かべる。
現在進行形でモンスターが氾濫している状況に、闇派閥に属する者達は動揺していた。
「放っておいていいのか? このままでは三十階層や十八階層の二の舞いにもなり得るぞ、レヴィス?!」
同じように声を上げたのはドロップアイテムだと思われる白骨の兜で顔を覆った長身の男でその言葉には余裕がなく何かを焦っているかのようだった。だが、レヴィスはそんな彼らを見て、苛立たしげに溜息をつく。
「冒険者にいくら勘づかれようが知ったことではない」
その様子に闇派閥に属する二人の男は眉根を寄せた。そんな彼らの反応を見て、レヴィスが口を開く。その口調はどこか冷たいものだった。
「~~~~~~~ッ、『分身』の作成を焦りすぎたせいだ、その分手が回っていない!! これでは『彼女』は──」
男はそこで言葉を切った。それは立ち上がり、男に詰め寄ったレヴィスが手刀を男に、『白髪鬼』オリヴァス・アクトの胸に突き刺したからだった。
オリヴァスは何をされたのか分からないかのようにぽかんとした顔を浮かべていたが、数秒後には口から血を流しながら絶望の形相を浮かべる。その様子を見て、闇派閥の男は目を剥く。
「どちらにせよ、お前はもう、いらないな」
レヴィスは腕をさらに押し込み、それに合わせるようにオリヴァスの胸元から黒く濁った血液が流れだし、弱弱しくなけなしの力で抵抗するように両手でレヴィスの腕を抑えるが溢れ出していく血液の量は変わらない。
「レ、レヴィス、何を?」
「より力が必要になった。モンスターどもではいくら食べても大した血肉にならん」
レヴィスの言葉を聞き、目まぐるしくオリヴァスの顔色が変わる。彼女が一体何を言いたいのか理解してしまったからだ。
「どうあれお前では『剣聖』はおろか、『アリア』にも勝てん。そんなお前をこれ以上生かしておく利点もないのでな」
「まさか、よせ!! 私はお前と同じ、『彼女』に選ばれた人間············」
「選ばれた·············? お前はアレが女神にでも見えているのか? アレが、崇高なものである筈ないだろう」
レヴィスの瞳はどこまでも冷たかった。まるで汚物を見るかのような視線を受け、オリヴァスは体を震わせる。その震えは痛みによるものだけではなかった。彼女が言うアレとは、オリヴァスに第二の生を与えた彼女のことだろう。
「た、たった一人の同胞を殺す気か? 私がいなければ、『彼女』を守ることは──!!」
「アレは私が守ってきた、これまでもこれからもな」
オリヴァスは自分が使徒たる力を与えられた時、自分が選ばれた存在だと錯覚してしまっていたのだ。しかし、今にして思えば、彼女は自分など比べ物にならないほど超越的な存在であり、ただの気紛れに過ぎなかったのだろうと今更ながらに悟ってしまった。
オリヴァスは恐怖で身を震わせ、レヴィスの手を止めようとするも全く意味がない。やがて、力の入らなくなった両手がレヴィスの腕から離れていく。
「────せめて私の血肉となって役立て」
レヴィスはそう言うとオリヴァスを突き飛ばすようにして引き抜く。それに合わせて大量の鮮血が噴出し、オリヴァスは糸の切れた人形のように崩れ落ち、魔石を抉られたモンスターと同じく、白い灰に還った。
その様子に闇派閥に属する男の方は思わず後退る。
「──ひぃっ」
ローブの男は味方であるはずのオリヴァスが同じく仲間であるはずのレヴィスになんの感嘆もなく殺されたことに怯える。レヴィスはそんな男にはなんの興味も示さず、えぐり出した『魔石』を飴玉のように口に入れ、嚥下する。
ゴクリという音と共に喉仏が上下に動き、そして、レヴィスはかすかに笑みを浮かべた。その様子にローブの男は更に後ずさる。それは正真正銘の怪物の姿だった。
レヴィスは己の力を確認するように手を握ったり開いたりする。その表情には喜びとも驚きともいえる感情が浮かんでいた。
「まだ、足りないがいずれ殺すぞ『剣聖』」
『古代』 から千年もの間、連綿とモンスターとの戦いの歴史を紡ぎあげてきた迷宮都市オラリオ。ダンジョンを封じている創設神ウラノスの祈祷が破られたときに内部から溢れて出るであろうモンスターが外へ進出することを防ぐための防波堤を念頭に置いて巨大かつ頑強な白い市壁に円状に囲われている。
この都に住む全ての人々にとって、モンスターは脅威であると共に恩恵を与えてくれる資源でもあるのだ。
故にこそ冒険者という存在が生まれ、彼等は今日も己の力を高め、富や名声を求めて地下深くへと潜っていく。そんな冒険者たちが持ち帰ってくる地上では決して得られない資財の数々こそが都市の財政を支えていた。
だからだろうか。この都市には冒険者以外の者にも様々な人種がいる。ヒューマンはもちろんのこと、エルフ、ドワーフ、アマゾネス、獣人、小人族等々。
魔石製品を求めてきた様々な種族の商人によって世界中の産物が運び込まれてくるオラリオはいかなる国よりも栄えていると言っていいだろう。
街の活気溢れる大通りを周囲の視線を集めながら歩く金髪の少女がいた。少女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。腰まで伸びた長い髪と大きな胸を揺らしながら歩いていく。
アイズは女神をも凌駕する美貌をもっているが、視線を集める理由はそれだけではない。
彼女はつい最近、オラリオにおいて冒険者最高位の階梯──────二人の『頂天』は除く──────であるLv.6へ到達した冒険者であるからだ。その実力はオラリオでも十指に入ると言われており、オラリオに彼女の名を知らぬ者はいない。
派閥の名前は【ロキ・ファミリア】。世界最高峰の戦力を誇る大所帯であり、所属している団員のレベルはいずれも高い。しかしその中でもアイズの実力は飛び抜けており、オラリオ最強候補の呼び声も高いほどだ。
そんな彼女は依頼を受けてダンジョンへ向かっていた。
もっとも、ギルドを介さない個人的な申し入れであり、依頼主はリヴェリアの旧知であるギルド職員のハーフエルフ、エイナ・チュールだ。リヴェリア経由で知り合った彼女に頼まれた依頼内容は、「ベル・クラネル」という少年を助けてほしいというものだった。
アイズはそれを聞き入れた。他ならぬリヴェリアの旧知であるし、アイズも前途ある冒険者が消えるのは避けたい。何よりの理由としてその少年の、名字──クラネルがアイズの関心を強く引いた。聞けば少年は以前、ミノタウロスから助けたアルの弟だという。
あのときは怖がられたのか逃げられてしまった。次こそは話せるかもしれない。何より、今、少年の兄であるアルがいない以上は彼に代わってアイズが少年を助けてあげるべきだと気合を入れてダンジョンの入口へ進んだ。
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・ベル魂
内側に純白の光を湛えたダイヤモンドの原石。
・アル魂
薄汚ねえコールタールが濃すぎて逆にキレイにみえるベンダブラックカラー。