皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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十四話 泥棒狼と書いてベート・ローガと読む byアイズ・ヴァレンシュタイン

 

 

 

 

 

───これは未来、そう遠くない未来の話。

 

「お前になど、出会わなければよかったよ────アル・クラネル」

 

 別れ身の魔法を解除し、喰らった数多の『魔石』、()()()()()『宝玉』の力も相まってもとよりLv7上位に至っていた肉体は既にそれ以上、Lv9相当······あるいはそれすらも踏破した領域にまで昇華され、アル・クラネルを圧倒した。

 

かつては『白巫女(マイナデス)』と謳われた美貌は緑の蠢動する肉と悲痛な嘆きから悍ましく歪み、漆黒に染まった魔力の渦をドレスのように身に纏っている。

 

これが、この姿こそが彼女の本来の姿であり、本来の力である。そして、今や彼女が手にした力は三大クエストの漆黒のモンスターにすら比肩し得るものとなっていた。

 

その身に余って暴走する魔力の渦に身体を傷つけられながら傷ではなく嘆きから血の涙を流す彼女の姿には、最早かつての面影はない。

 

彼女は今や『怪物』だ。

 

だが、それでも─── あの日、自分を救ってくれた少年の光が、今も心に焼き付いている。そんな彼女にとっての『英雄』を前に嘆く、その感情だけは変わらずにあった。

 

故に彼女は願う。彼が、アルが自分を殺してくれることを。彼になら殺されてもいい、そう思う自分がいるのだ。そして、自身の死が彼の心にひびを入れることを願って。

 

階層無視の攻防が都合十層もの階層を貫き砕く。迷宮の壁は砕け散り、天井もまた粉々になって消え去り、現れたのは地上の空だった。

 

星降る夜空の下、二人は対峙する。

 

そして同時に駆け出し、激突した。

 

互いに振るわれる剣と剣。ぶつかり合う度に衝撃で大地が震える中、『怪物』となった妖精は声を上げた。それは今まで聞いたことがないほど切実な想いの込められた叫びだった。まるで懇願するように涙を流しながら必死の形相を浮かべている。

 

しかし、そんな彼女をアルはただ静かに見据えた。

 

己の意志を貫くための覚悟を込めた瞳。

 

『怪物』となってなおも美しく気高い少女の姿を見据えながら、彼は告げる。

 

決して譲れない願いのために戦うと決めたからこそ、かつての相棒に向かって───笑いかけてみせた。

 

「──────『僕』はお前に出会えて良かったと思ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズはアルの弟であるベル・クラネルを白髪に深紅の瞳という特徴を頼りに探しているものの、その捜索は難航していた。

 

セントラルパーク──────バベルに続く道をゆく冒険者に聞いても芳しい返答は受けられず、時間の浪費をしてしまう。手っ取り早く先にダンジョンに潜ったほうが効率が良いと悟ったアイズは地下への階段を駆け下りていった。

 

捜索するのは当然、『上層』。『中層』以降とはちがい、器を昇華させていない下級冒険者が主に潜る浅めの階層には数多くの下級冒険者がおり、アイズは聞き込みをしつつ、モンスターを倒しながら進んでいく。

 

「白い髪のヒューマン·······そういえば、見たような気がする」

 

「本当ですか?」

 

「確か、サポーターと一緒に8階層の方に·······」

 

 アイズはその情報を聞き、礼を言うなり再び走り出す。階層をどんどんと下っていき、やがてたどり着いたのは8階層。そこでもあった目撃情報にまた下るがおや?と首をかしげる。アイズが探しているのは冒険者になったばかりの初心者である。身体能力、動きの練度、装備、そのどれもが20日前にミノタウロスから助けたときの少年は特に見るべきものもない、冒険者として底辺に位置する存在だったはずだ。

 

これからアイズが潜ろうとしているのは『上層』深部である10階層だ。才能にあふれるアイズであってもそこまで一人でもぐれるようになったのは『恩恵』を受けてから半年ほどたってからだ。

 

素人同然だった少年が、たった20日で10階層まで進出するなどあり得ない。ならば考えられることは一つ。この短期間のうちに急成長を遂げたのだ。

 

「(でも、そんなことあり得るの?)」

 

 そんな短期間で成長できるとは到底思えない。しかし、実際にこうして目撃情報が上がっている以上、真実なのだろう。考えていても仕方がない。今はただひたすらに、その少年を探すだけだ。

 

それに、アイズはそんな冒険者を一人だけ知っている。

 

「アルの、弟──────」

 

 アイズは少年を、ベルをミノタウロスから助けたあとの【豊穣の女主人】で行われた遠征帰りの宴までアルに弟がいることを知らなかった。

 

もとより、自分のことを話すタイプではないしアイズ自身も自分の過去から他人へ踏み入った話を聞くのは躊躇っていた。

 

唯一、アルの家族のことで知るのは両親が──アイズと同じように──既になくなっていることだけであり、そこからある種の親近感を持っている。

 

自分と同じ天涯孤独だと思っていたアルに家族がいた────嫉妬や裏切られたという昏い怒りがなかったといえば嘘になる。

 

だが、それ以上に喜びの方が強かった。そして、嬉しかった。昏い感情と共に感じたのは安心と憐憫。

 

安心は自分とは違ってアルにはまだ家族がいることに対して、憐憫は四年前にアルに置いてかれたベルに対して。

 

二度と会えない死別であるアイズとは重みが違うものの唯一の家族に───親代わりの祖父がいたらしいが───置いてかれた幼子の気持ちは痛いほどわかるつもりだ。

 

実際、アイズもアルに実力的にではあるが置いてかれつつある。いつか、自分もそんな風に取り残されるのかと思うと胸が締め付けられるような感覚を覚える。

 

一方的で、失礼なことかもしれないがアイズはたった二度しか会ったことのないベル・クラネルに対して強く親近感を覚えていた。だからこそ、心配なのだ。もし、ベルが10階層へ向かっているなら、それはつまり死に急いでいるということと同義だからだ。

 

かつての自分やアルのように無鉄砲に突き進むよりも基礎を積み上げてからのほうが安全である。

 

そうして、ようやくスタートラインに立つことができる。それがわからないということはよっぽど追い込まれている状況なのか、あるいはそれとも何も考えてないかのどちらかしかない。

 

前者であればまだ良いが後者であった場合、非常に危険────リヴェリアが今のアイズの内心を知れば「お前が言うな」というだろうが────である。

 

ダンジョン内で死ねば遺体すら残らないことも多い。そうなれば探す術などないに等しい。だからこそ、急ぐ必要がある今のアイズの装備は剣一本のみ、それでもモンスターと遭遇してもこの階層域のモンスターならば問題なく殲滅させるだけの実力はある。

 

そして、少年を助け、場合によっては────。

 

「·············訓練、つけて、あげちゃったりして···········」

 

 などと呟きながら、モンスターを蹴散らしていく。モンスターの返り血すら躱して、アイズは疾走する。

 

アイズは密かにレフィーヤへ魔法技術や知識を授けるリヴェリアやラウルに後継として期待をかけるフィンの姿に憧れていた。

 

とはいえ、アイズには弟子や育てるべき後輩はいない。ファミリア外のものは論外としてレフィーヤはアイズとは違って後衛であるし、ファミリアの新人は女神のような美しさと最強の一角としての苛烈さを併せ持つアイズに萎縮し、教えを請おうとはしない。

 

その点、アルの弟であれば才能や根性もあるだろうし、他派閥のファミリアでも教えることに文句は言われないだろう。

 

そんな考えもあって、アイズはベルのことが気になって仕方なかった。

 

アイズは少年を見つけ次第、保護しようと心に決めて駆け抜けた。

 

まあ、その強さから忘れがちだがアイズも16歳の女の子、ちょっと中身が幼いのも含めてお姉さんぶりたいお年頃なのである。

 

それに場合によってはアルと二人で一緒に教えることもあるかもしれない。

 

「·····共同、作業····」

 

 ロキ曰く、仲の良い男女は共に同じことをすることでその絆を確かめ、より深めるという。「最近はケーキ入刀やらんとこもあるらしいけどウチなら絶対やるわ」やら「アイズたんの新郎はもちろん、ウチや」など理解できない言葉もあったがそれらは無視した。

 

そんなことを思いながら、アイズは10階層へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羊の乳のように白く、濃い、視界を覆う濃霧。『恩恵』によって視覚を強化された冒険者であっても先を見通すのは難しいこの霧は10階層における迷宮の陥穽だ。

 

相当に【ステイタス】を強化して五感を鋭敏化させ、かすれる視界に慣れなければモンスターの接近に気付けずに奇襲を許すことになる。

 

しかし、この迷宮で戦うには慣れが必要不可欠だが、慣れたからといって油断はできない。なにせ、この濃霧の中、壁や天井から無数に飛び掛かってくるモンスターがいるからだ。

 

───通称、『バッドバット』

 

視界によらぬ周囲の把握を行えるコウモリ型のモンスターであり、上層では珍しい高い飛行能力を持ったモンスターである。

 

戦闘能力はそこまで突出しているわけではなく、小賢しい分、普通に戦えば『インプ』のほうが厄介だろう。

 

だが、この視界が効かない濃霧の中では話が別だ。彼らは視界など頼らずとも周囲を把握し、霧と同化して獲物を襲う。そして、一度襲われればその鋭い牙から逃れる術はないのだ。

 

何よりも悪辣なのは範囲内の者の聴覚を潰す怪音波を放ってくることだろう。この怪音が聞こえてしまうと平衡感覚を失い、方向感覚も狂わされてまともに動けなくなってしまう。そうなってしまえば後は餌食になるだけだ。

 

ダンジョンでの戦いになれてきた冒険者でもあっさりと全滅する危険な場所。それがここ、10階層なのだ。

 

そして今、そんな危険な階域を一陣の風となって疾走する黄金の影があった。

 

他でもないアイズであり、彼女は現在進行形で濃霧の中で縦横無尽に駆け回っている。視界を覆う濃霧も厄介な飛行モンスターも第一級冒険者である彼女からすれば

障害になりえない。

 

「戦ってる?」

 

 疾走する中、【ステイタス】によって強化された聴覚が聞き取ったのは戦闘音。音と気配の感じからしてモンスターの数は二十以上、階層の深さも相まってLv1の新人では勝負にもならずに圧殺されるだろう。

 

しかし、聞こえる戦闘音からは数の暴力に圧倒されつつも確かに戦い続けていることが伝わってくる。

 

アイズは速度を上げ、音の方向へと急ぐ。濃霧に包まれているせいで視認こそできないものの、戦闘音の発生源へと近づいていくにつれて徐々に輪郭が見えてきた。

 

そこには十を超えるモンスター相手に孤軍奮闘する一人の少年の姿があった。年の頃は十三、四歳といったところだろうか。アルと同じ白髪赤目の幼さを残した顔立ちをしており、その顔には焦りがあった。

 

しかし、助けようとは思わなかった。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 威力は遠く及ばないもののアルの他に例のない速攻魔法。分厚いオークの皮膚を易易と斬り裂けるナイフに【力】のアビリティ、小柄なインプの攻撃ではゆるがない【耐久】のアビリティ、あらゆる攻撃を紙一重で捌き切る【器用】のアビリティ、そのどれもが20日前の少年とは一線を画しており、相当の修羅場をくぐらなければああなるまい。

 

おそらくあの少年はこの濃霧の中でも問題なく戦えるほどに戦い続けてきたのだろう。中でも敏捷は頭二つ抜けており、そういうスキルを持つのかLv1でありながらLv2下位に相当する速力でもって鈍重なオーク達を翻弄し、一体一体を確実に仕留める姿に強い既視感を覚える。

 

既視感、似ている。アルに───ではない。

そう、アイズと同じく【ロキファミリア】幹部であるベート・ローガにだ。

 

「(······なんで? ベートさん?)」

 

 真っ先に浮かんだのは疑問であった。

 

これが多少似ている程度であれば気にもしなかったが、『双剣』、『スピードタイプ』、『銀の足あて』、時折使われる『蹴り技』、そのどれもが【凶狼】を連想でき、実際似ていた。

 

まるでベートの生き写しのような戦い方の少年。だが、その理由がわからない。偶然の一致というには出来すぎているし、仮に少年がベートに憧れていて真似したとしても『堂』に入りすぎている。

 

猿真似ではない、確かな薫陶の賜物がそこにはあった。

 

そこで思い出したのはベートが弟子をとったという噂だ。【ロキファミリア】ではリアリティのない嘘だと一笑にふされ、すぐに消えたアイズも信じなかった噂だったがそれが真実だとしたら──?

 

「(なにそれズルい)」

 

 酒場であんなに罵っておきながら? アイズのが先に知り合ったのに? ぐるぐるとそんな疑問と嫉妬の炎がアイズの心を駆け巡る。

 

「·····泥棒狼」

  

 ボソッと今食堂にいるベートが聞けば水を噴き出し咽るであろう言葉をつぶやいた後、思考を少年の戦いに戻す。戦況はかなり芳しくない。いくらLv1とはいえ、少年の敏捷は並みの冒険者を凌駕している。

 

少年は何を焦っているのか、本来冷静に戦えれば危なげなく勝てるモンスター相手に少なくないダメージを負ってきている。

 

おそらく、何かしらの事情があるのだろう。それでも最終的に勝つのは少年だろうがその、少年が焦っている理由には差し支えるかもしれない。

 

「ふっ────」

 

 上層のモンスターでは知覚すらできぬ、神速の踏み込み。美しい金髪をたなびかせ、

アイズは戦場に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起こったかわからなかった。ベルは突如として現れた乱入者に呆気にとられ、一瞬動きを止めてしまう。

 

そんな隙だらけの彼に、モンスター達は容赦なく襲い掛かる。だが、その攻撃が届くことはなかった。

 

何故なら、 その全てを、金色の閃光が両断していたのだから。突然のことに混乱するベルに、背後から声がかけられた。どこかで聞いたような、凛とした涼やかな少女の声だ。振り向くと、そこに立っていたのは見目麗しい絶世の美少女だった。

 

鮮やかに輝く金髪、切れ長の瞳にスラッとした鼻筋、薄紅色の唇に透き通るような白い肌。その整った容姿はまさに完成された美の結晶。こんな状況だというのに、思わず息を呑んでしまうほどの美貌の少女。

 

「─────」

 

 その可憐な口元が動く。しかし、バクバクと音を上げる心臓の音があまりにも煩くてその言葉は聞こえてこず、ただパクパクと開閉するだけに見えた。

 

彼女こそ、ベルの憧憬たる金色の女剣士。そして、彼と同じく冒険者を志すものならば知らぬ者はいない、第一級冒険者の剣姫。その名はアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

そんな彼女は、まるでベルを庇うようにモンスターの前に立ちふさがった。

 

襲いかかってくる十数体ものモンスター。すると、次の瞬間、信じられないことが起きた。

 

アイズがレイピアを翻し、舞うようにして全てのモンスターを斬り伏せてしまったのだ。あまりの光景に、ベルは唖然としてしまう。それは、自分が苦戦したモンスターを苦も無く屠ってしまったからだ。一体、どれ程の実力があればあんなことができるのか。

 

いや、今はそれよりもリリのもとへいかなくては!! アイズに落ち着いてお礼を言いたい気持ちはあったが、それどころではない。

 

失礼ではあるが、一言告げてから走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行っちゃった……」

 

 アイズは、ぽつりと呟く。実際、アイズの、この半日は割と無駄だった。

 

上層での効率の悪い聞き取りから始まり、救助対象の少年は既に十階層を制覇できる実力の持ち主で、あわよくばと考えていた師匠枠は【泥棒狼(ヴァナルガンド)】に掻っ攫われていた。

 

「··········帰ろう」

 

 少年の負担を減らせたからそれでヨシにしようとごまかし、これ以上潜る気にもなれなかったのでアイズは上層への道行を行こうとし───

 

「(見られてる?)」

 

 何者かの視線を感じた。モンスターではない理知を持った人間特有のそれはなにもないはずの霧中から感じられた。

 

「───誰?」

 

 鞘に収めた剣を再び抜剣し、構える。そしてその気配が動く。アイズがそちらを見ると、光を通さない黒いローブに全身を包んだ人間がいた。

 

「············気付かれてしまうか。お見逸れする」

 

「私に何か用ですか?」

 

「ああ、その通りだ。だが用を言う前に、その剣を下ろしてほしい。私は君に危害を加えるつもりはない」

 

 確かに、敵意を感じられない。それでもアイズは警戒を解くことなく、しかし剣を下げて問う。

 

「···········貴方は、誰?」

 

「名乗るほどでもないただの魔術師だよ。以前、ルルネ・ルーイに接触した人物、と言えばわかってもらえるだろうか」

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン・・・・・・君に冒険者依頼を託したい」

 

 唐突に告げられる言葉。その内容に思わずアイズは息を呑む。

 

「24階層と3()2()()()で起きた怪物の大量発生、異常事態が起こっている。君には24階層の方を調査、あるいは鎮圧してほしい」

 

「ことの原因の目星はついている。 恐らく、階層の最奥······食料庫」

 

 フードの奥に隠れているのか、顔はよく見えないが声音からは真剣さが伝わる。黙って聞く一方で、思考を走らせ、質問をしようとするが、それよりも早く魔術師がくちをひらく。

 

「実は、以前にも30階層──ハシャーナを向かわせた場所で、今回と酷似した現象が起こっていた」

 

「─────!!」

 

 

 

 

「「リヴィラの街」を襲撃した人物・・・・・例の『宝玉』と関係している可能性が高い」

 

 

 

「──ちなみに、32階層の方には君もよく知る『剣聖』が向かっている」

 

 

 






最初のアレを書くまでエタれないな


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