皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
すまぬ
四年前のあの日、【豊穣の女主人】の前で彼を目にしたのだった。
今とは違い、それはとても小さかった。私の子たちとは比べるまでもないほど小さい、けれど綺麗だった。私が今まで見たことのない色をしていた。
至極の黒。
欲しい。
見た瞬間、そう思った。美しく、珍しい色、強い輝き。魂の本質を見抜いては惹かれる私には収集家なんて異名すらある。
その時、最初に抱いたのはむき出しの欲望だけだった。彼を見つめていた私は胸の内側でほくそ笑み、 帰宅途中であろう彼に近付いて、懐に隠し持っていた「魔石」を差し出した。
「あの、冒険者さん。魔石を落としましたよ」
『嘘』。彼と初めて出会ったのは『女神』ではなく、『娘』だったのだから。『女神』として、だったならばすぐに奪おうとした筈だ。所属の派閥を知り、面倒がないのなら、意地悪く奪うために近付いてっていっただろう。
だが、その時の私は自重した。『女神』ではなく、『娘』として出会ったのだからそれに応じた『ロールプレイング』をしてみた。いつもと趣向を変えようと思ったのだ。神の傲慢も少しだけ我慢してみようと思った。
どうせ私のことだから、すぐに耐えきれず、ちょっかいを出すようになると決め込んでもいた。だから最初くらいは、そう思ったのだ。
私はそれまで何度も失敗していた。私の望みとは、『伴侶』と巡り合うこと。子供でも構わない。自分の隣に立つに相応しい存在を、天界でも、この下界でも探していた。
そんな、私の内心を知ってか知らないか、彼は言った。
「いや、魔石はもう換金したので」
──────まったくの「嘘」である。
「えぇ·······」
明らかに今、ダンジョンから出てきてこれから換金しにいくところだろう。下界の民の嘘を見抜く神としての力が口からでまかせの嘘であることを当然のように看破し、都市最大派閥の女神としてあらゆる子どもたちを見てきた観察眼が彼の内心を見通してしまった。
「じゃ、そういうことで」
バビューーーーーン!!
─────逃げた?!
いくらLv1とはいえその器を極限まで高めた者の足に零能の身で追いつけるはずもなく、次に会うこととなったのはロキにお茶会で自慢された時だった。
なにが気に入らないって初対面のときもお茶会のときも『娘』と『私』を同一人物と見抜いた上で、彼は『うわっ、面倒くさいやつに目をつけられたな』という顔を向けてきたことだ。
美の女神としてのプライドを傷つけられた私はそれからなりふり構わず、彼を狙い、最終的にはオッタルとアレンに実力行使させたこともあったが結局は············。
「───それで一体、私にどんな用があるのかしら? 貴方が理由もなく私に会いに来るとは思えないのだけれど」
下界に降りて幾星霜、幾万もの魂を見てきたフレイヤだからこそわかる個の領域を遥か逸脱した熱量と世界に開いた穴のような黒い色彩の魂。
もはやおぞましさすら感じる魂の在り方に僅かに辟易としつつもフレイヤは不遜にも美神の自室に許可なく忍び込んだ眼前の英雄に問いを投げかける。
窓枠に腰掛ける、気怠げな姿からは想像もつかない圧倒的な存在感と威圧感。立ち振る舞いの一つ一つから漏れ出る力が空気を震わせ、フレイヤでさえも僅かな圧迫感を覚える。
正しく怪物、正しく英雄、まるで世界そのものに罅を入れ、そこから溢れ出た闇が人のカタチをとったかのような存在が急に現れれば神であれど動揺の一つや二つはする。
無論、そんな内心など欠片も表には出さないが。
「·············」
最強派閥の主神であり・美神として至上の美を持つフレイヤの部屋へ護衛に気取られることなく無断で侵入したのだ。
下界の民は相手がどれだけ嫌いな神であろうと神である限り故意に害することは本能的にできない。だがこの男に限っては破綻していると言ってもいいその精神性ゆえに必要であれば神殺しすらいとわない。
今この場においてそんな真似をするはずもないがその気になれば今ここでフレイヤを送還することだって容易いだろう。
そんな益体もないことを考えているフレイヤを前にアルは窓枠から飛び降るようにして床に降り立つとフレイヤの前へと立つ。
「あぁ、ちょっと頼みがあってな」
「·········へぇ?」
立場が上がれば上がるほど、影響力が増えれば増えるほど他者に何かを頼むという行動の重みは増す。
ましてこの場にいるのは片や都市最強派閥の主神、片やそれと対を成す最強派閥の幹部。
その両者間での貸し借りは下手をすれば今後のオラリオにおける勢力図すら左右しかねない。
確かに今のアルは【ロキ・ファミリア】から離れて行動しているようだが正式に改宗をしたわけでもなく、そんなことは他派閥とのやり取りに際してはあまり関係はない。
それをわからぬはずもないアルが普段の不遜極まりない態度とはうって変わってフレイヤに対してこうして下手に出ている。
それでも神ならざる者がフレイヤ程の神格に頼みごとをするにふさわしい態度には程遠いがまぁ構わない。
どうあれ余程の事情であると感じ取ったフレイヤは意地の悪い笑みを薄く浮かべる。
相手がロキであれ、アルであれ貸しをつくるのはやぶさかではない。
アルに対してはなんなら貸しすぎてる気もしないではいないがそれはそれだ。
「そう、それでどんな頼みごとかしら」
「お前とお前の眷属、しばらくベルに接近禁止な」
「えっ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
ダイダロス通りに武装したモンスター────異端児が現れ、【ロキ・ファミリア】の面々と戦ってから四日が経過した。
あれから、あのモンスター達は一度も姿を見せず、また何かをする気配もない。
現在オラリオではダイダロス通りを中心に【ロキ・ファミリア】をはじめとした有力派閥の団員たちによる警邏が行われている。
レフィーヤ達はモンスターの狙いが都市の破壊や住民の殺害ではないのを分かっているがそれをあの場にいなかった者に伝えたところで素直に信じるわけがない。
レフィーヤとて異端児達が通常のモンスターとは違うことは理解しているが無害だと断じれるわけでは到底無い。
むしろ、自分たち最大派閥の団員たちと同等かそれ以上の実力を持ったモンスターが今も地上に潜んでいるというのはレフィーヤをして言葉にできない不安を掻き立てられる。
異端児達が人類と何ら変わらぬ──ように見えた──感情と理性を持っていることを直接目の当たりにしているレフィーヤだからこそ、尚更に。
「·············」
今のオラリオに漂う空気は非常に悪い。都市中に蔓延する不安と恐怖が人々から笑顔と活気を奪っている。
それはモンスターが都市を破壊し、人々が殺されるという恐怖から来るものだけではない。
ダイダロス通りでの異端児との戦いは、ある意味では【ロキ・ファミリア】の敗北でもあったのだ。
曲がりなりにもこの英雄都市オラリオで最強に位置する派閥の者が揃ってなお異端児達を一体も打倒できなかった。
その事実は【ロキ・ファミリア】の最大派閥としての名声を大きく傷付けた。表立ってそのような中傷をする者はいないが、それでも名声が大きかったが故に隠しきれぬ失望の目線は間違いなくあった。
民衆からの失望の対象はなにも【ロキ・ファミリア】だけではない。
【ロキ・ファミリア】が異端児達と相対したのはあくまでも遭遇戦であり、異端児達が地上まで進出したのも元はといえばギルドが【ガネーシャ・ファミリア】へ異端児達への対処を一任した結果だ。
異端児達の強さを直に体感したレフィーヤからすればいかに【ガネーシャ・ファミリア】が精鋭揃いといえどダンジョンというモンスターの領域で彼らを相手に戦うのは荷が重いと断言できる。
まだ記憶に新しいあの遠征で戦った深層のモンスターと比してなお、異端児の強さは図抜けていた。
漆黒のミノタウロスと恐らくはリーダー格と思われる三体を除いたとしてもそのアベレージは優にLv.3を超えているだろう。
だが、それは【ガネーシャ・ファミリア】が異端児達の進出を食い止められず、【ロキ・ファミリア】が異端児達を制圧するどころか一体残らず逃がしてしまったことへの言い訳にはなりえない。
実情はどうあれオラリオの秩序を守るべき大派閥二つの失態は都市に住む者達にとって大きな失望と恐怖を抱くには十分な理由である。
いつもは活気に満ちている大通りもどこかうすら寒い。いつもは威勢のいい声が響き渡るセントラルパークも今はどこか閑散としていて人の数自体が少ない。
モンスターへの恐怖が人々の心に陰を落としているのだ。
だが、そんな中にあってレフィーヤ達たち【ロキ・ファミリア】に失望の視線が向けられることはあっても怒りや排斥の感情を向ける者はいない。
むしろ、同情や哀れみといった視線が向けられることが多かった。
「············アルさん」
その理由は言うまでもなく『剣聖』の離反だ。都市最優にして当代最強の冒険者があろうことか倒すべきモンスターを庇い、仲間であるはずの【ロキ・ファミリア】に剣を向けたのだ。
ありとあらゆる最新記録や世界記録を塗り替えた英雄の醜聞はそれだけでもオラリオにいる誰もが驚愕するにたるものだった。
ギルドと【ロキ・ファミリア】によって情報統制されたが人の口に戸は立てられない。
『英雄』が『怪物』をその剣で守った。アルが都市を裏切ったという信じられない事実は急速に伝播し、アル・クラネルは今や都市にとって異端児以上の台風の目となった。
アイズが真っ先にヴィーヴルを殺そうとしたからこそアルと【ロキ・ファミリア】は別のものとして扱われ、多少の失望はあれど非難の目を【ロキ・ファミリア】が向けられることはない。
だが、レフィーヤからすれば向けられる同情の視線こそがなによりも辛いものだった。
「なんであんな·········」
アルが知性を持ったモンスター、異端児達を擁護するのはまだ百歩譲って理解することが、納得することができる。
しかし、それならば事前にフィンやリヴェリアに事情を話しておけばよかったのだ。遭遇戦ならばいざ知らず事前に、信頼するアルから知性あるモンスターの話をされて無下にするフィン達ではない。
異端児達の味方はできなくとも故意に見逃がすくらいならばしていたはずだ。
それなのにアルは異端児───というよりもあのヴィーヴルと遭遇するまで異端児という存在そのものを誰にも言わずに隠し続けてきた。
アルがフィン達のことを信用できなかったのだとすればそれまでだが、どうあれアルであればもう少し上手くやれたのではないかとレフィーヤは思わずにはいられない。
そうすればここまで多くの混乱は起きなかったはずだ。何もかもがめちゃくちゃな男ではあるが考え無しの馬鹿では断じてない。
むしろ、都市最優の第一級冒険者としてその力に相応しいだけの判断力と思慮深さを───多分、きっと、おそらく───兼ね備えている───はずだ───といいなぁ、とレフィーヤは思う。
「(ヴィーヴルのことはアルさんも予想外、だった?)」
人類と何ら遜色ない知性と感情を持った異端児達だが、あのヴィーヴルだけは端から見て知性があるようにはとてもじゃないが思えなかった。
だが、ただのモンスターが地上まで到達するというのはあり得ない。あるとすれば例の食人花のように闇派閥やそれに類する者たちによって手引きされたのだろう。
異端児達がその姿を自ら晒したのはヴィーヴルがアルに庇われてからだし、あのヴィーヴルは【ロキ・ファミリア】がダイダロス通りに着く前から満身創痍に近い状態であった。
明らかに戦闘行為を経た状態であり、ヴィーヴルや異端児達にとって、あるいはアルにとっても予想外の何らかのアクシデントが発生したのだったとすればある程度の納得はできる。
異端児達の存在は英雄都市オラリオの根幹を揺るがす毒になりうる。
アルとしてはあのままでは異端児達と【ロキ・ファミリア】が互いを知らぬまま本気で殺し合うことになる、と考えたからこそ彼らの事を話しただけで本来であれば水面下で穏当に事を終わらせるつもりだったのではないだろうか?
今となってもアルと異端児達の関係はよくわからないが、レフィーヤとしては事態の裏にまだなにか隠されてるのではないかと思ってしまう。
結局、レフィーヤにはわからないことだらけだった。アルが本当はどう思っているのかわからないし、アルと異端児達の関係もわからない。
ただ、この事態の鍵はヴィーヴルだと見て間違いないはずだ。
額から赤石が失われたヴィーヴル。
恐らくはあのヴィーヴルも知性を持った異端児であったが額の赤石を何者かに取られたことで暴走したのだろう。
そして、【ロキ・ファミリア】より、アルよりも先にヴィーヴルのもとに辿り着いたのは────
「···········ベル・クラネル、か」
アルの弟であり、ベートの弟子。
【ロキ・ファミリア】全幹部を前にしながらヴィーヴルを庇おうとした異端の冒険者。
冒険者になってまだ半年も経っていないというのにありえない速度でレフィーヤと同じLv.3まで駆け上ってきた彼をオラリオの冒険者で知らない者はまずいない。
レフィーヤとて彼の噂は色々と聞いてきたし、アルという人類なのかも疑わしい怪物の弟だと知らなければ嫉妬めいた感情も抱いていただろう。
あのベートが弟子として何かとベルのことを気にかけて構うものだからファミリアでもアルという神話級問題児の弟だということを抜きにしてもベルのことは話題に上ることが何度かあった。
しかし、レフィーヤ個人としてはベルのことをほぼなにも知らない。噂以外にはこの前の遠征帰りにリヴィラでちらっと顔を見たくらいでまともに言葉すら交わしてはいなかった。
ベル・クラネルについてレフィーヤが知っていることといえばアルの弟だということと、Lv.3ということ。
そして────アルを除く【ロキ・ファミリア】の誰より此度の事態の真相に近いということ。
フィンやリヴェリアはそれをわかった上で放置し、団員達にも【ヘスティア・ファミリア】に干渉しないよう言い含めている。
おそらくは【ヘスティア・ファミリア】や異端児との関係が見え隠れしているギルド及び創設神ウラノスを警戒しているのだろう。
だが。
「·······でも」
あの日以来、アルはオラリオから姿を消し、敬愛するアイズも見るからに意気消沈している。
いや、まあ、アルに関してはここ最近ずっとどっかに行ってた気もしないではないが。
今の【ロキ・ファミリア】の雰囲気は非常に悪い。幹部でさえもどこか焦りと不安を隠せていないし、ベートやアイズに至ってはいつ暴発するかわからない爆弾のようなものだ。
今のままで良いはずがない。
無論、フィンであればレフィーヤが思い至ることなんてとっくの昔に思い至っているだろう。
フィンやリヴェリアに任せれば万事上手くいく、なんて思考放棄するのは簡単だがそれではいつまでたっても憧れに追いつくことはできない。
かといって独断専行をするわけにもいかないのだが────
「········あっ」
暗澹たる思いで暗い町中を眺めていたレフィーヤは視界の端に灰色の軽鎧を身に着けた白髪の少年を捉える。
幼さを多分に残した顔を濃い疲労の色が覆い、その足取りは重い。しかし、その何気ない所作にはしっかりとした芯のようなものが見て取れる。
悩みの渦中にある人物の姿に僅かに目を丸くするが、図らずも目の前に現れた機会を見逃すわけにはいかない。
自分から行くならともかく偶然ならばもはやこれ以上悩むのも馬鹿らしい、とある意味では冒険者らしい思考で少年───ベル・クラネルに話しかけるべくレフィーヤは駆けだした。
◆◆◆◆◆◆◆
「加えてだが、次の人造迷宮へのアタックに協力してほしい」
「協力?」
「幹部全員は無理でもヘディンとヘイズの二人は借りたい。今のモンスター関連のいざこざが片付いたら早いうちに人造迷宮にアタックするだろうからな」
「········まぁ、構わないけれど可愛い子供達をそう軽々しく貸すのものもねぇ·······」
「あ? あー、じゃあ借り一つ、ってことでいいだろ」
「あら、返してくれるの?」
「あぁ、返す返す、絶対返す、何ならロキに誓ってもいい」
「···········踏み倒す気まんまんじゃない」
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アルは返す前に死んで踏み倒す気なんで気にしてませんが、実情を知ったらフィンが白目剥くぐらいにはフレイヤに借りがめちゃくちゃあります。そしてフレイヤはアルにゲロ甘なので催促もなく今も積み上げられてます。
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