皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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Lv.〇→Lv〇
メドル→メートル
〇〇・ファミリア→〇〇ファミリア

多すぎ問題。

気づいた時に都度直してますけど残ってるのがあったらコメントとかで教えてくださると助かります。 





143話 ベル・クラネルの冒険②

 

 

 

 

 

「モ、モンスターだ!! モンスターが出たぞぉー」

 

「あぁ!? おい、どこにもいねえじゃねえか!!」

 

 都市全体に怪物の咆哮が響いて数刻。ダイダロス通りを中心に散発するモンスターの目撃情報。

 

飛び交う索敵と発見の声々に武装した冒険者たちは混乱をきたしていた。

 

原因は元賢者謹製の魔道具『幻想花』。

 

秘密裏にベル達に協力している【ミアハ・ファミリア】のナァーザが手にしている青と赤の花弁を持った萎れかけの二輪の花から放たれる金の花粉による幻惑効果だ。

 

複数回のランクアップを果たした神の眷属や【耐異常】の発展アビリティを発現させたものに効くほどの効力は持たないが、オラリオの冒険者の大半を占めるLv.1の下級冒険者の目には事前に記憶させたモンスターの姿が幻視される。

 

実際にはいないモンスターの発見

報告が積み上がっていく。

 

「(【ロキ・ファミリア】は避けないと··········)」

 

 混乱の一途を辿っているダイダロス通りを駆け抜けながらベルは路地を曲がっては誰もいないことを確認しながら先を急ぐ。

 

獣人対策の臭い消しのアイテムとこれまた元賢者謹製の魔道具である『リバース・ヴェール』────両面仕様になっており簡単に効果の切り替えができる不可視化の外套を羽織っているため、ベルの姿は冒険者の目には映らない。

 

冒険者たちの混乱もあってベルは順調に進んでいるが、それは単に第一級冒険者と遭遇していないからに他ならない。

 

師であるベートがそうであるように 第一級冒険者の知覚といざという時の第六感とも言える直感はこの程度の小細工など容易く見破るとベルは考えていた。

 

そして、その警戒は正しかった。

 

 

 

 

 

「(────ううん、いる。姿が見えないだけ)」

 

 フィンの指示のもと、事前に取り決めてたようにアルを探すため、ダイダロス通りに乱立した屋根の上を飛び跳ねるように疾走するアイズは偶然にも発見し、アルの捜索を中断して人知れず尾行していた怪しげな人影────ベルの姿が消えた事に僅かに目を鋭くさせる。

 

高所を飛び回るアイズが知覚できたのはベルのいるであろう空間から発される風の流れと音だけ。

 

Lv.6の超感覚はそれだけでも十分すぎるほどベルの位置を割り出す。微かな足音や気配、息遣い。

 

そして、風に乗って微かに漂ってくる『怪物』の残り香。

 

それがベルのものだと断定するのに時間はかからない。

 

「(まさか、透明化の魔道具?)」

 

 アイズはアルを探そうにも見つけられていなかった。

 

ダンジョンではない地上の都市である以上、アルの『最速』も真価は発揮されず一度見つけさえすればアイズでも【エアリエル】をフルに使うことで追いすがれるはずだがそもそも見つけられなければ話にならない。

 

才禍の怪物、すなわち万能の才人であるアルの異能は戦闘能力だけにあらず。オラリオ外の暗殺派閥【セクメト・ファミリア】由来の隠密技術を自己流に昇華、発展させた隠形を駆使されてしまえばLv.6のアイズでも感知することはほぼ不可能に近い。

 

だが、弟であるベルを追跡すれば···········?

 

自分自身もベルに気取られないよう、気配を鎮めて尾行を続けようとする。

 

だが、そこに。

 

「──────『剣姫』」

 

 若芽を思わせる緑のフード付きのロングケープを身につけた覆面姿の人物に、アイズは呼び止められた。

 

アイズは瞠目する。以前、24階層で共闘した覆面のエルフがそこにいた。

 

Lv.6である自身の知覚を抜けてきた。それだけでも警戒に値するが、何よりもこの人物から漂う戦気の丈は─────

 

「一手、手合わせを願いたい」

 

 腰に佩いた木刀を引き抜き、その覆面の人物はアイズに向かって構えた。

 

瞬間、張りつめる空気。

 

大気が重圧を纏い、押し潰されたかのようにアイズの肌をひりつかせる。

 

「今、ここで?」

 

 剣に生きる者にとって『剣姫』の勇名は、弱冠16歳で都市最強剣士候補筆頭に名を連ねるアイズ・ヴァレンシュタインの剣名はけして無視できないものだ。

 

我こそは、とアイズに決闘を申し込む者も決して少なくない。

 

だが、こんなタイミングで────

 

いや、そういえば、このエルフは他ならぬアルの紹介で24階層の戦いに参加したのではなかったのか。

 

「────貴女はアルの、なに?」

 

 感情のまま、手を剣帯に伸ばすアイズに、遠ざかってゆく少年の気配を気にする余裕はない。

 

エルフから向けられるものに倍する戦気がアイズから放たれる。どこからか昏い感情が湧き出てくるのを感じながら剣を抜く。

 

「···········すまないが、ただ、戦いにのみ応じてもらいます」

 

 そんなアイズの誰何の声にエルフは答えず、『疾風』の如く斬り掛かった。

 

─────私よりも速い!!

 

第一級冒険者と遜色ない、否、アイズ以上の速度で以て見舞われてくる木刀の一閃に否応なく戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「─────────ッ!!」

 

 【ロキ・ファミリア】を躱しながらウィーネと春姫と共にダイダロス通りを駆けるベルの背筋に、ぞくりと悪寒が走る。

 

同時に、ベルは遥か上空より迫り来るそれを感じ取る。ランクアップを果たした冒険者として磨かれたベルの第六感が放つ最大限の警鐘。

 

『リバース・ヴェール』を二人と一緒に被ることで瞬時の透明化を果たさせ、気配を鎮めて路地の陰に身を潜めながらベルは空を仰ぐ。

 

そして、ベルは見た。

 

「(ベートさん··························!!)」

 

 だんっ、とベルが見上げた空より、その銀靴を輝かせる狼人ベート・ローガが着地してきたのだ。

 

ウィーネと春姫もその圧倒的な強者の気配に遅れて気付き、息を潜めて気配を殺す。

 

だが、無意味だとベルは悟る。獣人の第一級冒険者であるベートの感覚の鋭さをベルは知っている。

 

臭い消しのアイテムと透明化の魔道具による隠密すらベートには通じない。だからこそベルの縦断を察知できたのだ。

 

ぴりぴりと肌を突き刺すような感覚がする。それは、自分以外の者の肌にも伝わっているのか、ウィーネと春姫の頰からも一滴の汗が流れていた。

 

「出てこい」

 

 寸分の迷いもなく正確にベルたちが潜んでいる場所へ、ベートは静かに声を投げかける。

 

どくんどくん、とベルの心臓が高鳴る。絶望的状況、絶体絶命。隣り合うウィーネの身体の震わす怯えがベルにも伝わってくる。

 

震えながらベルの袖をぎゅっと掴む小さな手に自分が出るしかない、と覚悟を決める。

 

しかし、その覚悟を春姫が遮った。

 

春姫は唖然とするベルを他所にウィーネから身を離し、『リバース・ヴェール』から出る。

 

そしてベルとウィーネを庇うようにベートの前に出た。

 

恐怖から身体の震えが止まらない。

 

それでも、春姫はベルとウィーネの二人を守るように、守られるだけだった弱虫な自分を奮い立たせる。

 

「あん?」

 

 思ってもなかった春姫の行動にベートは眉を顰める。春姫は震える身体を抑え、ベートの鋭い眼光に怯えながらもその目を真っ直ぐに見つめ返す。

 

二人はこれが初対面では当然ない。

 

【イシュタル・ファミリア】との一件以降、【ヘスティア・ファミリア】に改宗した春姫はベルの師事するベートと何度も顔を合わせていた。

 

しかし、言葉を交わしたことは一度もなかった。

 

ベートが相手をするのはあくまでも弟子であるベルだけというのもあるが春姫自身、かつての派閥の団長を遥かに超える強者に怯み、言葉を交わすなどできなかったのだ。

 

故に、これが初めての会話となる。

 

春姫の震えが増々強くなる中、ベートは訝しむように睨む。

 

「一人じゃねえだろ。いんだろ、他の連中も出てこい」

 

 ベートからすれば春姫は数多くいる『雑魚』の一人でしかない。

 

姑息で卑屈で、それでいてフィンにも通ずる意志の強さを垣間見せる小人族の娘。

 

冒険者としてはともかく鍛冶師としては目を見張るもののある魔剣鍛冶師の末裔。

 

未だ未熟もいいところだがベートをして登ってくると期待させるほどの才を持った極東出身のヒューマン。

 

【ロキ・ファミリア】に身を置くベートが言えたことではないがなかなかに尖った連中が揃っている【ヘスティア・ファミリア】に於いて春姫は特に見るべきところのない三下にしか見えていなかった。

 

正確には『凄まじい隠し球』を抱えていること自体は第一級冒険者としての勘でどことなく察していたがどんな力を隠し持っていたとしてもその本質は戦うものではなく守られる者だと見切りをつけていた。

 

だが──────

 

「私はっ、一人です」

 

 比べることすら馬鹿らしいほどの格上であるベートの鋭い眼光に震えを懸命に隠して気丈に振る舞い、決して目を逸らさない春姫にベートは僅かに瞠目する。

 

「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ」

 

「私は一人です!!」

 

 『弱者の咆哮』。自らの惰弱を嫌い、殻を破らんとする者の魂の咆哮。

 

春姫は、ベートの威圧に屈することなく、その意志を言葉にして叫ぶ。

 

「だから、あっちに行ってください!!」

 

「··················はっ」

 

 ベートの返答は『こちら側』へと来た者への小さな称賛と嘲笑。

 

そして。

 

────キュガッッッッッ!!

 

次のベートからの返答は『石』であった。

 

それはLv.1の春姫はおろか、竜種としてのポテンシャルを持つウィーネですら知覚できぬ速度で迫り、ベルの隠れている壁に炸裂する。

 

銀靴の一蹴。霞むような速度で蹴り飛ばされた砕けた石片が矢のように飛び散る。

 

他ならぬベルへの言葉なき言葉。

 

それを受けてベルは────。

 

「ベル様?!」

 

 透明化のマントを脱ぎ捨てて前に出た。春姫の悲鳴のような声があがるが、構ってはいられなかった。

 

ベルは知っていた。目前の狼人から逃げることなど不可能だと。春姫の覚悟を無駄にするような行為だが、何よりこの場で隠れたままでいる方が恐ろしかった。

 

「ハッ───、あん時よりはマシだな」

 

 数日前、ウィーネを庇い【ロキ・ファミリア】と対立した際と構図は同じ、だが、今のベルにはあのときなかった覚悟がある。

 

それは──────。

 

()()()()は、僕の『家族』だッ!! 手を出す奴は許さない、それがたとえ貴方でも──ッ!!」

 

 兄がそうであったように、今度は偽らない。たとえ相手が自分にとって絶対的強者である師であったとしても『敵』となる覚悟があった。

 

そうまでしてウィーネを逃がそうとするベルを前に、ベートは───嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「【──────大きくなれ】」     

 

 祈りを捧げるかのように紡がれる詠唱に答えるかのように光の粒たちが躍る。

 

金糸のような髪がふわりと浮き上がり、微かな燐光に包まれる少女の姿はもはや可憐を通り越して神秘的ですらあった。  

 

春姫の白い肌に大粒の汗が浮き上がり、その滴が純白の素地に吸い込まれる。

 

階位昇華というLv.1の器に余る強化魔法の域をはるかに逸脱した奇跡の行使。

 

だが、その力の行使よりも春姫を苦しめているのはこの場に漂う圧倒的な戦気。

 

第一級冒険者の狼人が放つ、肌を焼き、臓腑を縛るような覇気の渦。圧倒的強者が放つそれは、まだLv.1の春姫にとっては毒に等しい。

 

だが、それでも春姫は祈りを止めない。

 

『最強』によって授けられた高速詠唱術は未だものにはしてない春姫だが、その詠唱速度はこれまでの何よりも早かった。

 

「【其の力に其の器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を】」  

 

 何者も傷つけることを能わない光の粒が、春姫の周囲で渦を巻く。

「【大きくなれ】」

 

 距離を置いて対峙するベートは動かない。春姫の魔法の効果を知っていてなおそれを含めた全てをねじ伏せなくては意味が無いとばかり、牙を剥き出すように静かに口角を歪める。

  

第一級冒険者である狼人の戦意は、もはや物理的な圧力すら伴って春姫に襲いかかる。

 

他ならぬベルの兄との一悶着でそれ以上の力の差を体感していなければ耐えられなかったかもしれない。

 

「【神饌を食らいしこの体。神に賜いしこの光金。槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を。──────大きくなぁれ】」

 

 金光の粒子と光雲の渦が立ち昇り、その輝きで夜闇を払いながら迷宮街を仄かに照らし上げる。

 

「春姫さん、ウィーネを!!」

 

 春姫による強化を受け取り、疑似Lv.4へと到達したベルがベートが突撃する。

 

準備は万全とは程遠く、彼我の力量差は歴然。それでも微塵も躊躇うことなく加速する。

 

それに応じるように、狼もまた双剣を逆手に構える。

 

舞い散る光粒の輝きを纏い、来た道を後戻りする春姫達を背にして春姫の祈りを力に変えながらベルが駆ける。

 

逆手に持たれた短剣に一切の躊躇はない。遥か格上、自身の上位互換ともいえるベートの実力を痛いほど知ってるからこそ、ベルは迷わない。

 

二度のランクアップに加え、春姫の階位昇華によって激上した敏捷はもとよりそれに特化してることもあって疑似Lv.4の身でありながら第一級冒険者のそれに近い。

 

「ッ、!!」  

 

 双剣と短剣が火花を散らす。初撃は言うまでもなく力負けして弾かれる。それを予測していたからこそ、ベルはさらに一段加速して双剣の刃を逸らす。

 

【ヘスティア・ナイフ】と【牛若丸弐式】による短剣二刀流は、同じく二刀使いであるベートとの相性が良いとは言えない。

 

正面から行って勝てないのは分かっている。だが、それ以上に駆け引きで自身より遥かに長い間戦いに身を置いていたベートを出し抜けるとはベルも思っていない。 

 

逆手に構えた【牛若丸弐式】を地を這うように低く構え、掬い上げるようにして赤い斬撃を繰り出す。

 

鋼と鋼が打ち合う金音が響き渡る。横薙ぎに繰り出されたベートの剣が、ベルの短剣を即座に打ち据える。

 

斬撃の威力に短剣ごと跳ね飛ばされそうになるのを、ベルは歯を食いしばって堪える。

 

地から足が離れる刹那を狙って、ベルは素早く身を翻して回し蹴りを放つ。それも容易く躱されるが、回転による慣性を利用してそのまま地面に手をつき側転する要領でベートの顎を蹴り上げようとする。

 

だがそれも軽く身を仰け反らせるだけで躱される。ベートの双眸が鋭く細められ、連撃の合間の隙を縫うようにして蹴り上げたメタルブーツの爪先がベルを襲う。

 

「くぁッッ?!」

 

 一撃目はガントレットで受けるも、続く二撃目は防ぎきれずに浅くだがベルの体を痛痒に揺らす。

 

肺から空気が押し出され、ベルの体勢が大きく崩れる。その一瞬を見逃すほどベートは甘くはない。

 

体勢を立て直す間を与えずに追撃の双剣がベルへと迫る。 

 

くの字に体勢を崩したベルの頭部を打ち据える軌道で振るわれるベートの剣閃に、思わず身を強張らせる。

 

「──────ッ、【ファイアボルト】!!」 

 

 自爆同然の速攻魔法の行使。身体の裡から魔力が汲み上げられるのと同時に両者の間で火雷が爆ぜる。

 

攻撃の為でなく、緊急回避のための速攻魔法の行使。雷の如く奔る熱と衝撃に自身の白髪を焼灼されながらも爆炎にはじき飛ばされるようにベルは後方へと飛び退く。

 

一進一退とはとても言えぬほど一方的に打ち据えられながらもまともに受ければ容易く致命に至る一撃を逸らし、躱し、時には自身の魔法による相殺で凌ぐ。

 

Lv.6を相手に疑似Lv.4の身でありながら瞬殺を免れているだけでも奇跡に等しい。

 

だが、その程度では足りない。

 

まだ、憧れには届かない。

 

双剣が一閃し、火雷の残滓を切り裂いてベルへと肉薄する。その速度に驚愕しつつも、ベルは咄嗟に短剣を交差させて防御態勢を取る。

 

しかし、その程度では防ぎきれないと即座に判断し、衝撃に備えて身を固くする。

 

直後、凄まじい衝撃がベルを襲った。防御の上からでもなお骨を軋ませ、内臓を激しく揺さぶる。

 

「がっ··············ッ!!」

 

 交差した短剣越しに伝わる威力にベルの体が宙を浮き、そのまま後方へと吹き飛ばされる。だが、その程度では終わらない。双剣を左右に切り返してベートはそのまま追撃の一閃を放つ。

 

「その程度かッ!!」

 

「────ッッッ?!」

 

 ベルの胴を二つに分かつだけの勢いで振られた一閃はその一撃の直線で刀身での打撃へと切り替わり、そのままベルの胴を強かに打ち据える。

 

その一撃が斬撃として放たれていればそれで終わっていた。吐き気すら催すほど強烈な衝撃にベルの意識が刈り取られる。

 

それでもなお、倒れ伏すことを許さぬと言わんばかりにベートが双剣の刀身をベルの首に押し付ける。そのままねじ伏せるようにベルは地面に顔を叩きつけられた。

 

胴と頭を強く打ちつけられて痛みに悶える間も無く、今度は胸ぐらを掴まれ強引に立たされ、投げられる。

 

「終わりか?」

 

 苛烈な眼光がベルを射抜く。彼我の実力差は試すまでもなく分かっていた。レベルや経歴といった数字以上に明確な差。

 

それでも。

 

「(············ウィーネ)」

 

 目眩いのする頭を何とか振り払い、ベルは立ち上がる。助けたい人がいる。救いたい人達がいる。果たしたい誓いがある。だからここで倒れるわけにはいかない。

 

血が滲むほど強く握りしめた短剣をもう一度強く握り直し、真っ直ぐに目の前の狼人を見返す。どれほど打ち据えられようとも折れることのないその双眸に、ベートはほんの僅かに唇を吊り上げる。

 

言葉はない。ただ、目の前の少年を正面から迎え撃つことを決める。愚直に突進してくるベルの体を掠めるようにベートは双剣を振るう。軽鎧の上からとはいえ生身で受ければ深い裂傷を負う一撃だ。

 

それを受けてもなお、ベルは怯まない。

目に強い意志の光をたたえたまま、寸毫も勢いを緩めずにベルは突き進む。

 

「あああぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 裂帛の気合とともに放たれる短剣の連撃。疑似Lv.4となり、激上したステイタスに振り回されず、ベルは一撃一撃の精度を高めていく。

 

短期間での度重なるランクアップと階位昇華による体と精神の『ズレ』を修正し、動きから無駄を除いでいく。

 

ベートの双剣が唸りを上げてベルを襲い、それを短剣で逸らす。火花が散り、衝撃に手がしびれる。だが、その程度では止まらない。

 

反撃の一撃を凌いだところで即座に二撃目が来る。それもまた辛うじて受け流して三撃目を凌ぐ。

 

四撃目で体勢を崩したところで五撃目がくる。それを何とか打ち払い六撃目に備えるも、七撃目にて力負けする。

 

そして八撃目。

 

ベルの体勢が崩れたところを狙いすましたかのように振るわれた一撃を、ベルはとっさにのけぞるようにして紙一重で躱す。

 

双銀の斬閃が描く軌跡の隙間を潜るように、ベルはベートの懐へと飛び込む。剣閃の合間から繰り出される刺突を、わずかに体勢を崩しながらも上体を逸らすことで紙一重で躱す。

 

頰と髪を僅かに裂かれるも直撃だけは意地でも避けきる。

 

先ほどまでではできなかったであろう動き。連撃の凌いだ対価として得られたわずかな数瞬。

 

今度こそ、喰らいつく。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 二度目の至近距離での火雷の炸裂。チャージもしていない単発の火雷なぞ直撃させたところで大したダメージにはなり得ない。

 

だが、それでもベートの視界を一瞬、塞ぐ程度の効果はある。追撃に振り上げようとした双剣を爆炎に晒されてその勢いが鈍る。

 

「────────ッ!!」

 

 これまでの人生で間違いなく最速の一撃。疑似Lv.4のステイタスを最大限に発揮した、零距離からの横薙ぎの一閃。

 

確かな驚愕がベートの顔に浮かぶ。だがそれも一瞬。完全に虚を突いたはずのその一閃は、あっさりとベートの二双の剣で受け止めきられた。

 

だが。

 

「···········やるじゃねぇか」

 

 先ほどまでとは違い一切の怒気を孕まない静かな称賛の声。ベートに師事してから初めて聞いたその声に、ベルは目を見開く。

 

こんな状況であるにも関わらずベルの心に僅かな喜色が浮かぶ。だがそれも刹那のこと、すぐにその顔を引き締めて短剣を握る手に力を込める。

 

自らを認める師の称賛、それが意味するのは──────

 

「なら、こっからは手加減なんざいらねぇよなぁ────ッ!!」

 

 

 

 






次話も明日の夜中12時ピッタリに投稿予定です。
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