皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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十五話 恐怖に限らず感情には鮮度がありますbyクソイカレ白髪

 

 

 

 

 

 

私、フィルヴィス・シャリアが、アル・クラネルに初めて出会ったのは三年ほど前、アルが『黒のゴライアス事件』を解決したばかりの頃───私に『死妖精(バンシー)』の二つ名が定着してしまった頃だった。

 

「──なんだと? もう一度言ってみろ、ヒューマン」

 

「お前のこれまでのパーティが死んだのはそいつらの実力不足だったんじゃあないのか?」

 

 第一印象は最悪だった。かつての仲間や戦友を愚弄するかのような言葉を聞いた私は一回りは年下の少年に対して激昂した。彼らはもっとも若輩であった私を逃がそうと命を捨てたのだ。それを実力不足などと·············!

 

【ロキファミリア】の若き英雄、アル・クラネルの名は私も知っていた。恩恵を刻まれてから一年余りの少年、その認定レベルは────オラリオでも間違いなく実力者のLv4。

 

都合、三度の世界最速記録の更新をした、このオラリオでもっとも才能に溢れた眷属と謳われる不世出の天才児。その天才が私とあのような口論になったのはギルドで無関係の冒険者が『死妖精(バンシー)』の名を出して私を罵倒したのが始まりで、その罵倒に先のような言葉をかぶせたのだ。

 

以前から彼の存在は知っていたし、その活躍には感心していたのだが、まさかこれほどまでに不愉快な男だとは思わなかった。

 

冒険者は死と隣り合わせだ。ダンジョンで死ぬ者もいれば地上で死ぬ者もいる。それは仕方のないことだ。しかしだからといって死者への侮辱を許すわけにはいかない。許せなかった。目の前の少年の言葉はあまりにも軽率であり無礼だった。

 

仲間を侮辱された怒りのままに剣に手をかけた私だったが、他の冒険者に止められ、売り言葉に買い言葉で共にダンジョンヘ、中層のとあるアイテムの採取依頼を行うこととなり、二人の臨時パーティを組んだ。

 

正直、死んでしまえ、と、お前も最後には怨嗟を吐いて苦しみながら死ぬのだろうとすら考えていた。

 

だが、そうはならなかった。クラネルは死ななかったのだ、もっとも才能に溢れた眷属という噂は本当であり、キャリアの浅さゆえの知識の偏りこそあったが私の超短文詠唱を上回る速攻魔法の雷、中層のモンスターでは相手にもならない剣技、当然のように行われる並行詠唱、そのどれをとっても私以上───上位互換と言っても差し支えない天才だった。

 

仮に27階層の悲劇にいたのが私ではなくアルだったならば皆は死ななかったのでないか、そんな考えを浮かべていると怒りは薄れ、どうしょうもない無力感だけが残った。私は弱い。こんなにも弱くて何も守れない自分が嫌になる。どうして私はあんなにも弱いのだろう? どうして私は仲間を守ることができなかったんだろう? 答えは簡単だ。私が弱かったからだ。

 

「──()()()()、俺は生き残ってしまったな」

 

 依頼を終えた後、アルが言った言葉になんと返したかはわからないが次の言葉への返答は覚えている。

 

「よし──俺とパーティ組むか」

 

「気でも狂ったか、ヒューマン」

 

 聞くに、これで自分が死なないのは立証された。どうせ、お前はパーティ組む相手なんかいないんだろう? なら俺が組んでやる、との考えだったらしい。そんなバカな、とたった一回だけならともかくずっとパーティを組めばクラネルにも良からぬ噂が立つであろうし、下位互換でしかない自分と組むのはアルにメリットがない。

 

なにより『死妖精(バンシー)』と言われる自分が、忌まわしくはないのか───そんな理論だった疑問はアルの「うるせぇ、やるぞ」の一言でかき消された。それから何度か、アルがこれまた世界最速でLv5になるまでパーティを組み、ダンジョンに潜っては互いに生き延びた。

 

─────楽しかった。最初は面倒であったし、苛立たしかった。だが、唯一自分といても死なないアル・クラネルは一緒にいて安心できた。

 

付き合いが長くなっていくにつれて最初に吐かれた悪態も冒険者に寄ってたかって罵倒されていた自分を助けるための回りまわった不器用な優しさだと気づき、才能以上に無茶をする男であることも理解した。

 

いつの間にか私にとって、自分の過去を知りながら普通の、対等の相手として接してくれるクラネルは物語の英雄のような希望の象徴となっていた。

 

瞼を閉じる、この残酷な現実から目を背けるように。

 

甘く、儚い幸福な夢。瞳を閉じればいつだって瞼の裏に浮かぶ昔日の冒険。まだ第一級冒険者となる前のクラネルと共に何度もダンジョンへ潜った。

 

『大樹の迷宮』では強化種のグリーンドラゴンと、『水の迷都』では他派閥の者達と共にアンフィス・バエナと戦った。命がいくつあっても足りない危険極まる冒険の日々だったが、ひたむきに前に進むクラネルの隣にいるときだけは自分が、『■■』であることを忘れられた。

 

························楽しかった、つらい現実を忘れられるほどに楽しかったんだ。

 

だが、冒険の日々はそう長くは続かなかった。

 

クラネルは本物の英雄の器の持ち主だった。一年と数週間、それがクラネルが恩恵を受けてから第一級冒険者───Lv5へと至るのにかかった期間。才ある冒険者が長年かけてようやく辿り着けるかどうかという、一つの頂。異例も異例の早さで【ロキファミリア】幹部まで上りつめた史上最高の神才。

 

第一級ともなれば都市最大派閥【ロキファミリア】の主力としてそれ相応の立場と責任がついてまわる。中小派閥の第二級冒険者とのパーティーなど組み続けられる道理はなかった。············もっとも、Lv3の魔法剣士ではもとより足手まといにしかならないのは目に見えていたのだが。

 

こんなことなら最初から出会わなければ良かったのに、そうすれば──────こんな痛々しい夢など見なくてすんだのに。

 

この世界がかの『迷宮神聖譚』や『アルゴノゥト』のような物語の世界であれば『英雄』によって『姫』に()()()()()()()()は解かれ、『姫』は救われるのだろう。

 

だが、この世界の残酷さは私自身が一番良くわかっている。何より────『私こそが英雄に殺されるべき怪物じゃないか』   

 

─────そうだ。だから、そんな都合の良い夢からは覚めろ。

 

「──夢、か」

 

 フィルヴィスが目を醒ますとそこは年頃の娘が住んでいるにしては飾り気がなくもの寂しい部屋で、今日は確か、主神であるディオニュソスが神ロキと会談をする日──。

 

これまで死んでいった仲間の夢で魘されることはあってもあのような明るい過去を見る夢は見たことがなかった。

 

もっと早く、誰よりも早くお前に出会えていたら、と思わない日はない───だが、そうはならなかった。出会ったときには全てが終わったあとだった。 

 

いっそ、こんな夢を見るくらいなら。

 

「お前になど、出会わなければよかったよ──アル・クラネル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが敵意であれ、好意であれ、相手の感情を掻き立てるのに必要なのは落差だ。感情は一辺倒になればなるほど、静的になればなるほど褪せていく、敵意から好意へ、好意から敵意ヘ。あるいは········幸福、希望から不幸、絶望ヘ感情を流動させることが必要なんだ。

 

だからまあ、こないだアイズ褒めたりしたんだが············。

 

で、俺の目的上、相手の好感度を上げるのは前提中の前提なんだが、そのためにも効果的に相手に好意を持たれるために必要なのはまず嫌われる········というよりは負の感情を抱かれることだ。

 

アイズなら嫉妬心煽ったり、リューならトラウマ刺激したりとかな。

 

映画版ジャイアン理論というか、先に負の印象与えた上でそれを覆す印象の落差が必要なんだ。ゲインロス効果とか言うんだっけか。まあ、誰にでも使える手じゃない、相手によっちゃ第一印象で固定されるやつとかも居るから一概に最善手とは言えないけどな。

 

大切なのは見極めだな。

 

神なら話題性、アマゾネスなら強さ、とか種族とか個々人の好みによって琴線は違う。

 

············ただ、エルフ相手ならこれが一番、手っ取り早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「リヴィラの街」を襲撃した人物・・・・・例の『宝玉』と関係している可能性が高い」

「──ちなみに、32階層の方には君もよく知る『剣聖』が向かっている」

 

 かつてない違和感を覚えさせられた不気味な『宝玉の胎児』。私を母の名で、『アリア』と呼んできた赤髪の調教師。私の過去を知っているかのような口振りをした赤髪の調教師を言葉を思い出し、私は思わず唇を噛み締めた。

 

疑問は尽きないけれど、今はそんなことを考えている暇はない。私は気を取り直して目の前の魔術師を見据える。

 

「事態は深刻だ。『剣姫』、どうか君の力を貸してほしい」

 

 脳裏に蘇るリヴィラでの戦い、嘆願する魔術師を前に頭を悩ませたあと、頷いた。

 

「わかりました········」

 

 この魔術師に自分を罠にはめるつもりはなさそうであり、そもそもこの魔術師からは悪意や害意を感じられない。それに私自身、今回の一連の事件について無関係ではいられない。だから私は魔術師の依頼を受けることに決めた。

 

「できれば今すぐにでも向かってほしい。いいだろうか?」

 

 魔術師の要請に少し悩む。【ファミリア】のみんなにつげずに突き進んでも大丈夫かと不安になったからだ。うーん、と悩んで、目の前の不審極まる魔術師に、ダメもとで頼んでみる。

 

 

「あの伝言をしてもらってもいいですか? 私のファミリアに······」

 

「ん、ああ、なるほど。わかった、それくらいは頼まれよう」

 

 すると意外にも魔術師はあっさりと承諾してくれた。小鞄から常に持っている血筆の魔導具と羊皮紙を取り出し、【ファミリア】宛てに今回の依頼についての報告を自分であることの証に神聖文字を書かせてもらう。これでひとまず安心だろう。

 

 

「まず、『リヴィラの街』に寄ってくれ。『協力者』が既にいる」

 

「わかりました」

  

 その『協力者』が待っている酒場に特定の『合言葉』を告げればそれで伝わるらしい。『協力者』とは何者なんだろうと疑問を抱きつつ、私は中層、リヴィラの街へ向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

中層の『安全地帯』、仄かな燐光を放つ水晶が寄り集まった天蓋の灯りと地上を思わせる水辺と木々が特徴的な『迷宮の楽園』、そして上層のように無秩序に広がるわけではなく、まるで一つの巨大な街のような景観を見せるリヴィラの街。

 

魔術師に指定された洞窟に作られた酒場へ木製の階段を降って、リヴィラの街に数多くある酒場の一つ、『黄金の穴蔵亭』に辿り着くと、そこには見覚えのある冒険者の姿が在った。

 

「んん? あれっ、『剣姫』じゃないか!? こんなところで、奇遇だな!!」

 

「·············ルルネ、さん?」

 

 様々な格好の冒険者達がたむろする酒場のカウンター席に座っている身軽さを重視した盗賊らしい装備を身につけた褐色肌の少女、【ヘルメス・ファミリア】に所属する犬人族の盗賊ルルネさんだ。

 

彼女は私が入ってきたことに気づくと目を丸くしたあと、ニカッとした笑みを浮かべてこちらに手を振ってきた。彼女はアイズと同じ魔術師から件の『宝玉』を運び出す依頼を受けて赤髪の調教師に狙われたことがある。

 

このリヴィラの街にいるということは彼女もこの一件に関わっているということなのかな? そんな風に思いながら彼女の隣にである魔術師の指定した椅子に座ると、店主が話しかけてきた。

 

「注文は?」

 

「『ジャガ丸くん抹茶クリーム味』」

 

 それが魔術師から教えられた『合言葉』だったがそれを告げた瞬間、隣りに座っていたルルネさんがガタガタッ、ガッシャーン!! と盛大に音をたてながら椅子から転げ落ちた。

 

突然の出来事に驚いていると、ルルネさんは私以上に驚いた顔で、あんぐりと口を開けていた。

 

えっと········どうしたんだろう、一体。いつの間にかヨロヨロと隣の席に座り直していたルルネさんが恐る恐るといった様子で私に尋ねてくる

 

「·····あ、あんたが、援軍?」

 

 ルルネさんの問いに私はまさか、と思っていると周りの席で賭博をしていたヒューマンや武具の手入れをしていた小人族が一斉に席を立ち上がり、こちらに顔を向ける。

 

陽気に騒いでいた彼らの変わりようにようやく、悟る。魔術師の言っていた『協力者』とはここにいる『全員』なのだと。

 

「彼女で本当に間違いないんですか、ルルネ」

 

「ア、アスフィ········」

  

 立ち上がった冒険者たちの中からコツコツ、と足音を立てて歩み寄ってきたのは、一房だけを白く染めたスカイブルー色の髪の女冒険者。

 

翼を思わせる意匠の施された金色の靴に、短剣やポーションのかかったベルト、白いマントなどを装備し、魔導具と思われる銀縁のメガネをかけた知的な美女こそがルルネの所属する【ヘルメス・ファミリア】の団長でありながら都市有数の魔導具作成者。

 

「(『万能者』アスフィ・アル・アンドロメダ·······)」

 

 

 Lv4というこのオラリオでも限られた確かな実力者でオラリオに5人といない【神秘】の発展アビリティを持つ稀代の魔道具作成者(アイテムクリエイター)アスフィ・アル・アンドロメダ。しかし彼女は自分の名が知られていることを承知しているのか、特に驚くこともなく、ただ真っ直ぐに深い知性と強い意志を感じさせる瞳で私の目を見つめる。

 

だが、最も目を引いたのは彼女ではなく、私が協力者であると知っても動かず、店の壁に隠れるかのように寄りかかっている全体的に緑の配色の服装をした覆面のエルフだった。

 

華奢で線の細い身体は無駄を排したかのような洗練されたものであり、しなやかな美しさと強かさを秘めているよう。その佇まいからして、おそらく剣士だろう。加えて、身体から沸き立つ魔力は魔導士としても一級だと雄弁に語っている。

 

覆面からその顔や浮かべている表情は伺いしれないが垣間見えるその瞳は抜身の刀のように鋭く、修羅場をいくつも潜った戦士のそれだった。

 

 

「(──間違いなく強い、ラウル達よりは確実に上。もしかしたら第一級(Lv.5)?)───あの人も【ヘルメスファミリア】?」

 

 だとしたらあれ程の実力者を隠し通し続けていた神ヘルメスは私が思っていた以上の神物なのかもしれない。強さというものは良くも悪くも人の目を集める、それをそらすというのはそれだけの頭脳が必要だ。

 

「いえ、彼女は【ヘルメスファミリア】ではありません。彼女も貴女と同じ助っ人ですよ」

 

 

「───『剣姫』、私のことは気にしないでほしい」

 

 何らかの魔導具によるものか、依頼者である黒衣の魔術師と同じような声色───かろうじて若い女性だとわかる───で話す覆面のエルフにアイズはどこかであったかのような気がした。そして、それはすぐに思い当たる。

 

敵として戦ったわけではないだが、どこか既視感があった。自分が関わって印象に残る相手といえば───

 

アイズが思考の海に浸っていると、隣りに座っていたルルネがゴホンッ! と咳払いをして注目を集めてから口を開く。

 

「あー、これで全員揃ったろ、アスフィ」

 

「ええ、では今回の依頼について改めて説明します─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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感情を喰らう悪魔みたいな生態してんな

 

外道白髪「アッハッハッ」

 

世界「確かに落差は必要だよね」






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