皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
ずっとアルと顔を合わせるのが怖かった。
リヴェリアとの会話を聞いてしまってから、アルと『静寂』のアルフィアの関係を知ってしまってからこれまで親近感に似た感情を抱いていた昏い復讐者の瞳を直視するのが怖くなった。
その目を見て、もしその目線がモンスターではなく私達に向けられていたものだとしたら私はきっと折れてしまう。
復讐の心の鋭さと重さは私もこれ以上なく知っている。抱えたくて抱えるものでは決してない、けど、それを必要としてしまう程の奪われた者の嘆き。
これまで、アルがどうしてあそこまで強さを求めていたのかわからなかった。あの瞳の中で燻る昏い焔の理由わけを私は知らなかった。
ただただ、漠然と自分と似ていると、同じだと勝手に思っていた。
でも違った。アルの心の闇は私が思うよりもっとずっと深くて昏くて、その闇の深さを私は測りきれていなかった。
その絶望の根源が他でもない私達を由来とするものだったなんて。
アルが私達を恨んでいてもおかしくない、いや恨んでいるだろう事実に私は、私達はどう向き合えばいいのかわからなかった。
だからずっとアルを避けた。レフィーヤやティオナ達から心配されても、何でもないと誤魔化して。
でも、それは間違いだった。
だって、今目の前で私の言葉を待ってくれているアルは、私が知っているいつものアルだった。
「アルは、私たちを嫌いかもしれないけど、それでも私はアルと一緒に戦いたい」
最初に口から出たのはそんな願いだった。ぐるぐると恐怖と不安と後悔が渦巻いていた私の口からいざアルを前にすると出てきたのはそんな普通の言葉だった。
その言葉にアルは、驚きつつも困ったような顔をした。それはそうだろう。何せ今まで避けていたのは私の方なのだから。
思えばこうしてアルの顔をちゃんと見るのも久しぶりな気がする。ヘスティア様がラキア王国にさらわれてそれを助けるためにアルの弟と行ったエダス村からの帰り道以来だろうか。
あそこから帰ってきてからはリヴェリアの噂のこととかでアルがホームに戻ってくることもほとんどなかったから仕方ない事かもしれないけど。
或いは、ダイダロス通りで戦った時以来だろうか。あの時も私はどうしようもなくて、泣き喚くかのように剣を振るうだけだったけど、今は違う。
今、こうして目の前にアルがいるのだから。
だから今度こそはちゃんと伝えないといけないと思った。私の本当の気持ちを、願いを。
「嫌い? ··············俺がお前たちを、か?」
え、何言ってんだこいつ、とアルの怪訝な顔に今度は私が困惑する番だった。
え、だって、アルは私達のことが嫌いで、憎んでて、それでも『隻眼の黒竜』を討つ為には仕方ないってずっと思ってたんじゃないの? そう口に出しかけてアルの言葉が終わっていないと私は思いとどまる。
「················あー、あれか? 俺がお前らに隠れて『異端児』······モンスターと手を組んでたからってことか?」
アルの言葉に私は頷く。そう、アルはモンスターと手を組んでいた。モンスターを憎んでいるはずの彼がその憎悪の対象であるはずのモンスターと協力したのは『隻眼の黒竜』を討つためだと言っていた。
それと同じように『静寂』の死の要因であり、彼女が託した次代である私たちと一緒にいたのも『異端児』と手を組んだのと同じ理由なのではないのか、と。
でもそんな私の予想に反してアルは頭をガシガシと掻いた後にため息を吐いた。そして私を見る。いつもと同じ紅く、昏い瞳で。
「何か勘違いしてるようだが俺が『異端児』を助けたのは割と偶然の結果というか、お前らがどうこうとは全くもって関係ないぞ」
というか俺がお前らのこと嫌いって何を見てそんなこと思ったんだよ、と呆れたように言うアルに私は首を傾げる。
··········私の勘違い?
でも、アルが『隻眼の黒竜』を討つための戦力として私達ではなく、『異端児』を選んだのは事実だ。
アルが私達ほど嫌っていないっていうのは嬉しいけれどそれでもアルが、『静寂』のアルフィアが求めるほどの強さに至っていないのも事実。
「私は、弱くて·············まだ、【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】の人たちほど強くなれてない」
クノッソスでの仮面の怪人との戦いの時もそうだった。【
アミッドがいてくれたおかげでアルの傷もすぐに治ったけどあの場でアルと共闘できていたのは私達【ロキ・ファミリア】じゃなくて強さとはまた別の異能を持つアミッドだけ。
『異端児』は私が見た限り、今の全体の強さは私達よりは下だけどモンスターなら強化種として怪人と同じように魔石を食べることで冒険者よりももっと簡単に早く強くなることが────アルの成長速度についていくことができる。
あの漆黒のミノタウロスが良い例だ。ベートさんの話では少し前に18階層で産まれた時より格段に強くなっていたらしい。
何より、あのミノタウロスは私やフィンがあの七年前の戦いからまだたどり着けていないゼウスとヘラの領域、Lv.7の域に達していた。
かつての最強の生き残りである
そんなごく限られた英雄の領域に知性を持った強化種が到達できることは怪人の存在がすでに証明している。
オラリオにとって敵である怪人とは違い、モンスターがモンスターとして味方になるのならそれはどんなに才能がある冒険者よりも心強いはずだ。
「····························それでも、頑張るから私も一緒に戦わせて」
18階層で赤髪の怪人に圧倒されてアルに守られてから何度も自分に言い聞かせた誓い。私は強くならなくちゃいけない。
寄りかかればアルは私を守ってくれるだろう。けどそれじゃあ駄目だ。
私はアルの隣に立ちたい。守られてばかりじゃなくて、一緒に戦いたい。
私じゃアルを助けられない。
私じゃ、アルの『英雄』にはなれない。
それはわかっている。私は『
このままじゃ私は、私達はアルを死なせてしまう。
「『黒竜』を討つのは、みんなの願いだから。アルだけに背負わせたくない」
『静寂』のアルフィアが私達冒険者に託した悲願。
太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなければいけない原初の約定でありながらその強さゆえ、千年もの間放置され続けた黒き終末の討伐。
私にとって『剣』を執った理由そのものであるその願いは世界全ての悲願であり、冒険者全てに課された責務。
それを誰より才があり、誰よりその重みを知っていたからこそアルはその全てを背負おうとしていた。
この地上の誰より『最後の英雄』に近いからこそ、誰にもそれを明かせずにたった独りで。
私達が嫌いじゃなかったとしても複雑ではあったはずだ。自分の母親にも近しい人の犠牲の上にある私達の七年をたった三年と少しで飛び越えてしまったのだから。
でも、だからこそ、私もその責任を背負わなくちゃ駄目だ。アルの後ろを歩くんじゃなくて隣を歩いて支えることができるようにならなくちゃいけないんだ。
じゃないとまた同じ過ちを繰り返してしまうから。今度は本当に取り返しがつかないことになるかもしれないから。
「私は、アルに置いて行かれたくない」
ぽつり、とそんな心の声が漏れた気がした。さっきまで見ていたアルの顔が見れない、伏せた顔を上げられない。
心臓が痛いくらいに鳴っているのに指先はやけに冷たい。ぎゅっと握った拳がひどく心許ない。
いくら頑張っても私じゃアルの早さにはついていけないと心の何処かで諦観にも似た絶望がそう訴えかけている。
────アルは早すぎる。
私がLv.5になってからの三年の間でアルはLv.3からLv.7にまで駆け上がった。
最初は自分のこれまでの数年間を数日、数カ月で踏破するアルに嫉妬と焦燥を抱いていた。同じ第一級冒険者になってからは隣にいるアルに離されないように必死だった。
私よりも早くLv.6になってからは日々遠くなっていく背中に追いつこうと努力を積み重ねた。
それでも、結果は今だ。追いつけるどころかどんどん差は開いていく。その現実がどうしようもなく私に重くのしかかる。
漸く、私もLv.6に届いて差が少しは縮まったかと思ったらすぐにアルはLv.8になってまた離れてしまった。
『英雄』とそうじゃない只人、その違いを突きつけられたようで悔しかった。
それは最早嫉妬なんて感情を抱くことすらおこがましい程の隔絶だった。
天から与えられた才能とそれに見合うだけの不屈の精神性。『英雄』になるべくして世界に選ばれた存在。
だから、アルは私なんかに守られる必要なんてない。私が隣に立つなんておこがましい。
それでも私はアルの隣にいたい。
「どう、すればいいのかな」
誓いとは程遠い弱音。こんなことを言うために会いに来たわけじゃないのに溢れてくるのはそんな情けない言葉。
恐怖が再燃する。見放されることへの恐怖、置いていかれることへの恐怖。強くなればなるほどアルが遠くなる。追いつこうとすればする程、アルの背中が離れていく。
寒い、暗い、怖い。縋るように両手で身体を抱き込む私の心に『熱』が差し込まれた。
「─────────ッ」
伏せていた顔を上げざるを得なかった。ヒューマンとしては長身でも冒険者としてそこまで並外れたわけでもなく、大型級モンスターに比べれば当然のように小さいアルの身体が膨れ上がるかのような錯覚に襲われる。
「俺に置いて行かれたくない、か。······················考えを正そう、アイズ・ヴァレンシュタイン」
熱い、さっきまでの恐怖も何もかもを焼き焦がすような熱がそこに在った。
超越存在である神々が放つ神威にも似て非なる、一個の存在として条理から逸脱した者が放つ魂の業火。
机越しに向かい合うアルから沸き立つのはまさしく『英雄のオーラ』。ただそこにあるだけで人々の魂を焼き尽くすような鮮烈なまでの熱。
───私の憧れた『英雄』がそこにはいた。
その熱に私は思わず後ずさりそうになる。
けれど、それは私の誓いとアルの瞳が許さない。
アルの紅く昏い瞳が私を射抜く。まるで蛇のように絡みついて離れないその視線は私を逃すまいと縛り付ける。
恐怖と困惑でぐちゃぐちゃだった私の心が『熱』に焦がされる。私の悩みや躊躇いなどどうでもいいとばかりに焼き尽くされる。
その熱は、私がずっと求めてやまなかったもので。
「今、お前が怒りを向けるべきは自分ではなく俺だ」
「·····································えぇ」
アルの言葉に私は思わずそんな間抜けな声を漏らした。私が怒りを向けるべき相手はアルじゃない。
私がアルに置いていかれているのは私の弱さが招いたことのはずなのに、どうしてアルに怒るの? そう困惑する私に、アルは更に言葉を重ねる。
「何で自分は追いつけない、と悲嘆するのではなく自分の前を走ってるんじゃねぇ目障りだから消えろ、と激せ」
言っていることはめちゃくちゃだけどその声音は今までに聞いたことがない程に厳しくて、けれどどこか温かい。
追いつくために努力したのに追いつけないから怒るなんて我儘でしかないし、そんな感情を抱くなんてお門違いだ。
そう困惑する私の内心を見抜くかのようにアルは鼻で笑う。その笑みはまるで聞き分けのない子供に向けるような呆れを含んでいた。
なんだかそれが無性に悔しくて私はアルをむっと睨みつける。
「················ぁ」
ふと、さっきまでの空気が暖かなものになって陰惨としていた私の中に差す陽だまりのような何かを感じる。
アルの『熱』に溶かされ、私の中にあった不安や怯えがその暖かさに溶かされて消えていく。
いつだったかロキが言っていた「アルは本人の意志とは無関係にその場の全てをいい方向に捻じ曲げる
「俺ならそう考えるし、そうしてきた」
『
挫ける度に立ち上がり、敗北を重ねながらもその全てを糧として前を歩き続けたその姿が、その短くも濃い年月と共に築き上げた揺るぎない強さの証。
思われた側からすれば理不尽極まりない、しかし紛れもなく本物の『英雄』としての姿。
「俺に追いつくなんざ端から考えるな、俺も自分がこれから踏破していく通過点の一つだと捉えろ」
「!!」
脳裏にかつての光景が過ぎる。全てを奪われた果ての冬の記憶。己に誓った絶対の『悲願』。
「そして、俺からお前にやれる答えはない。人から齎された答えなんざ、たかが知れてる」
突き放すような、けれどひどく温かな言葉。言葉だけ聞くと突き放したような印象を与えるのに、それが私に寄り添うように私の心を焦がして温めてくれる。
口調こそ乱暴だけど、その声音にはこちらを気遣う優しさがあった。
思えば、アルは最初からずっとこうだった。私が誰にも何も言わないで勝手に一人で抱え込んでしまっている時こうして私に何気なく芯を打つ言葉をくれる。
いつだって私は自分のことに必死で気づかなかったけれど本当はずっと見守ってくれていたのかもしれない。
そんなアルだからみんな惹かれるのだろう。だからこそ私達は諦めきれないんだろう。
ふと気づくともう体の震えも寒さもなくなっていて、ただ私の心の闇が融かされていた。
さっきまであんなに怖くて寒くて震えていたのにアルの言葉一つですぐにそんな弱さは消え去ってしまっていた。
「相手が神だろうが精霊だろうが俺だろうが他人に考えを委ねるな」
噛みしめるようなその言葉だけはアルが自分に対して向けているような気がする重みがあった。
それはアルが誰かに言われたことのある言葉なのか、それとも自分自身に課す誓いなのか。
私にはわからないけれどその言葉は私の心に深く突き刺さった。
「何が正しいかなんかを求めて他人の指図でこれからの道を決めるくらいならそんな良識、ドブに捨ててしまえ」
私にはわからないけれどその言葉は私の胸の深くまで突き刺さる。きっとアルにとってはなんて事の無いただの真実なのだろうけど私にとってはどんな言葉よりも胸に響いた。
私の中にあった不安や怯えを焼き尽くしたその熱は私の中に在る未だ不確かな答えを照らし出す。
焼かれた熱、私の胸に宿る何かの答えが私に道を示す。
─────そうだ、私はまだ捨てきれていない。
覚悟を押し通すための意志が足りていなかった。
道理や良識では『英雄』には届かない。
「自分で『答え』を出せるまで悩み続けろ、どうするかはお前が見定めてお前が決めろ」
自分はそうしてきたと当代最強の『英雄』の瞳は語る。
アルは誰にも委ねていなかった、自分で決め自分で定めた『大願』の為にその道を歩んできた。
だから迷わない、恐れない、自分の道を信じて疑わず弱音を吐かずに前だけを見て歩き続けることができる。
だから誰より強い。悩み迷う私なんかよりずっと。
当たり前のことだった、アルは最初からそうしてきたのだから誰より早く走ることができたのは当然のことだったのだ。
「お前が悩んだ末に出した答えなら俺はそれを尊重しよう」
私の心を再び燃え上がらせる熱が胸に宿り始めるのがわかる。先程までとは違い暗く澱んだものではもうなかった。
寒さはない、不安もない。ただ私の心が熱に焦がされながらも燃え続ける意志を持って前を見る。
私の中で変わり始めていた何かが形を帯び始めたのを感じる。自分の変化を私は明確に感じ取っていた。
それと共に私の中にあった考えが一つに纏まり始める。それはきっと私にとって大切なものとなるはずだから。
覚悟が定まったからといって直ぐに何かが変わるわけではない。けれどその一歩を踏み出したことに意味があるとアルは言ってくれた気がした。
────もう、大丈夫な気がする。
もう迷わずに前を向くことができる気がする。燻る熱が眠っていた私の中の何かを呼び起こす。
こうしてはいられない、と私は立ち上がる。その私の様子を見て、アルは満足そうに頷く。
身体が動かしたくなった、悩んでいたままでは強くなれないから。
身体を動かして考えを纏めたかった。この胸の熱い燻りを剣に乗せて振るいたかった。
「···············最後に一つだけ聞いてもいい?」
部屋から出る前にふと部屋から出る前にふと、私はアルにこれだけは聞いておきたいと思った。
「アルにとって、『英雄』ってなに?」
私の知る限り今のオラリオで最も『英雄』に近いのはアルだ。だからこそ、アルにとっての英雄とはなんなのかどうしても気になった。
私の言葉にアルもまた立ち上がる。そして、口を開いた。
「·············誰もが伸ばすまでもなく諦める届かぬはずの星空に手を伸ばして星を掴む者」
「─────ッ」
熱が消える、いや違う。さっきまでの暖かさとは違う激情が猛る、身体の芯から凍りつくような冷たさと鋭さを宿したどこか焦がれるような言葉には計り知れない強い感情の丈があった。
私ではなく、どこかここではない遠くを見るように虚空を見つめるアルの言葉には諦観も憤怒もなく、ただ炎も凍てつかせる程の純粋すぎる意志があった。
あれは、あれは、そうだ。
あの瞳を、あの眼差しを、私は知っている。
あれは『憧れ』に、自分では届かない『英雄』に─────私がアルに向けていたものと同じ憧憬の眼差しだ。
ここにいる私ではない遠くを見ている瞳と、何処か悔しげで何処か誇らしげな薄い笑顔。
そんな、今までに見たことのないアルの表情に私の全てが止まる。
さっきまでの『おとうさん』を思わせる大きく暖かなアルの雰囲気が変わる。
まるで───いや、私と同じ年齢のどこにでもいる普通の青年のように顔を歪めて笑う。
「世界を救う『英雄』はきっと、そんな奴だ」
その視線の先にはアルの『英雄』がいるのだろうか。
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アル「早く帰って欲しいしそれっぽいこと言っとこ」
英雄覇道「おっ」
幸運、直感、精霊、闘争、疾走「「「「「ん?」」」」」
▼アルのそれっぽいこと言っとこ
▼アイズの曇りが晴れた!!
世界「えっ、バカなの?」
緻密に計画立てた舞台で練りにねった決め台詞吐くよりもやる気ない時にそれっぽいこと言った方が英雄力高いです。