皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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十七話 アヴェンジャー

 

 

 

 

 

 

24階層。食糧庫へ続く通路を塞ぐ緑肉の壁をアスフィの指示を受けた小人族の魔導士が炎魔法で突き破り、その先に続く蠢動する緑肉によって舗装された道をパーティが進み始めてしばらくした頃。──ピタリと、先頭のルルネが足を止めた。次いで、後続のメンバーも足を止める。

 

「また分かれ道か·······」

 

 そう呟くとルルネは列に居るアスフィへと振り返る。それにつられて全員が視線を向け、指示を仰ぐ。迷宮において、分岐点や行き止まりというものは非常に多い。そして、今回のような地図のない領域ではそれら全てを把握して進むことなど不可能に近い。故に、こういった場所では大抵の場合で右左どちらかの道を選ぶことになるのだ。しかし、アスフィが指示を出す前に左右の道から破鐘の如き声が上がった。

 

蛇のような風体をした巨大な蔓、毒々しいまでに鮮やかな花弁を持つ花の化け物、そして体表をびっしりと覆う黄緑色の表皮はまるで鱗のように逆立ち、鋭い牙が並ぶ口元からはだらだらと唾液を流している極彩色の魔石を持ったモンスタ—、食人花。

 

「両方からかよ·····」

 

「うーん、惜しい。後ろからもだ」

 

「げっ」

 

 推定レベル3の食人花による左右後方、三方向からの挟み撃ち。天井と地面を這って出現する多くの花、前方は勿論のこと、後方にも退路はない。つまり、この場で選択の余地があるとすれば前に進むことだけだ。

 

「·····『剣姫』、片方の通路を受け持ってくれますか?」

 

「わかりました」

 

 アスフィの言葉にアイズが即答すると、彼女は腰に差した剣を引き抜いた。それを見て、ルルネ達もそれぞれの武器を手に取る。まず、先行したのはアイズだった。アイズは地を蹴ると一瞬にして食人花との距離を詰める。そして、アイズの接近に気付いた食人花は慌てて迎撃態勢を取るべく行動を開始した。だが、遅い。食人花が反応する前に、既にアイズは食人花の攻撃範囲内にまで踏み込んでいた。

 

そして、食人花の牙に対し、アイズは体をひねることで簡単に回避してみせて代わりにアイズの持つレイピアがその口内の魔石を貫いた。食人花は苦悶の声を上げ灰となる。アイズとて、Lv6の冒険者。Lv3相当である食人花など敵ではない。しかし、アイズが攻撃に移る前に、通路から次々に食人花が飛び出してきた。その数は五十を超える。

 

その光景を見た冒険者達の顔色が一斉に変わる。それはそうだ。こんな狭い場所でこれだけの数を相手にするなんて無謀にも程がある。だが、そんな状況下においてもアイズは冷静だった。襲い来る食人花に対して、アイズは一体ずつ確実に倒していく。襲いかかってくる蔓を払い落とし、噛み付こうとしてくる口に刃を突き刺す。時には柄頭を使って殴打したり、蹴り飛ばしたり、あるいは拳打を打ち込んで吹き飛ばすなどして対処する。

 

アイズの活躍によって食人花達は次々と撃破されていき、残るはあと僅かとなった。

 

しかし、その時、突如として天井から緑の柱が数本降り注ぐ。即応したアイズは地面を蹴りその場から離れることで回避するが、なおも途切れずにドドドドドドドドドッ、と地面に激突した緑色の柱は爆発を引き起こし、周囲に土煙を巻き上げた。

 

やがて、視界が晴れていく中、気づけば左方の道が柱の壁によって塞がれていた。【ヘルメス・ファミリア】との分断に成功したと判断したのか、残った食人花達が一斉にアイズへと向かっていく。

 

努めて平静を保ちながらレイピアを構え直すアイズだったが、危険なのはあくまで自分ではなく【ヘルメス・ファミリア】だと判断し、即座に意識を切り替える。

 

「(これじゃ、ルルネさん達が危ない!)」

 

 そう判断したアイズは柱を突き破ってでもルルネ達の元へ向かおうとするが、それを阻むように食人花達が押し寄せてくる。アイズは気持ちを抑え込み、冷静に一体ずつ食人花を斬り伏せていった。

 

そんな時、身の毛がよだつような悍ましい、それでいて圧倒的な戦気を感じたアイズは思わず視線をそちらへ向ける。看過できない強大な覚えのある『怪物』の気配、その正体はすぐにわかった。

 

そして─────、 バキィ! という破砕音と共に壁の一部が破壊され、そこから一人の人物が姿を見せた。すらりと伸びた肢体と豊かな双丘、艶やかな赤髪は短く切りそろえられ、身に纏っている戦闘衣も赤を基調とした露出の多い煽情的なもの。とても美しく整った、男ならば誰もが振り返るような美貌を持つ妖艶な美女。

 

暗闇を切り裂いて歩み出て来たのは、紛れもなくアイズが知る人物だった。黄緑の瞳に殺気を宿らせ、右手には禍々しい輝きを湛える大剣を携えている 赤髪の調教師の女───レヴィスだった。そして、彼女の背後からぞろぞろと現れるのは、食人花だ。

 

「·················貴方は、ここで何をやっているの?」

 

「さぁな」

 

「これは、このダンジョンは何? 貴方が作ったもの?」

 

「知る必要はない」

 

 アイズの問い掛けに対し、冷淡な態度で答えるレヴィスは食人花達に合図を出すと、アイズへ向かわせた。同時に、レヴィスも アイズへ向かって走り出す。アイズは迫りくる食人花を捌きながらも、こちらに向かって駆け寄って来るレヴィスを見据えた。

 

先ほど感じた強烈な戦気が、より一層強まっている。あの時の比ではないと察したアイズは警戒を強め、食人花を薙ぎ払うと同時に地を蹴った。互いに疾走し、瞬く間に距離が縮まる。アイズが間合いに入る直前、剣の間合いに入った瞬間、レヴィスが動いた。

 

振るわれる大剣、しかし、アイズの反射神経はそれを見切る。身を捻ることで紙一重で回避すると、そのまま懐に入り込むべく踏み込んだ。だが、アイズの予想に反して、レヴィスはまるで攻撃を回避されることを想定していたかのように動じることなく蹴り

を放つ。

 

予想外の攻撃、それでもアイズは咄嵯に反応してガードするも、衝撃を殺しきれずに大きく後方へ弾き飛ばされる。なんとか空中で体勢を整え着地したアイズに対し、レヴィスは追撃をかけるべく再び動き出した。

 

アイズが防御態勢を取る中、凄まじい勢いで振り下ろされる大剣、かち合う斬撃と斬撃。互いの武器がぶつかり合ったことで生じた衝撃波により、両者の周囲にある瓦礫などが吹き飛ぶ。激しい金属音が響き渡る中で両者は。

打ち合っていた刃を滑らせるようにして相手の刃を弾くと、即座に次の攻撃へと移る。

 

アイズはレヴィスの大剣による連撃をレイピアを用いて捌いていくが、反撃する隙がない。それはレヴィスとて同じことであり、攻めあぐねている様子だった。

 

「(この人──)」

 

「(コイツ──)」

 

「「(───あの時(リヴィラでの戦い)より格段に強い!!)」」

 

 

 アイズは階層主を単騎で倒すことでLv6へのランクアップを果たし、レヴィスはオリヴァス・アクトの魔石を喰らうことでそれぞれ以前とは一線を画す力を手に入れていた。拮抗する実力、それが今まさに目の前の相手との戦いを通して理解させられる。

 

とはいえ、このまま戦いが長引けば不利になるのはアイズの方だ。何せ、ここは敵のテリトリー内。追加戦力として、どこからともなく食人花が現れても不思議はない。そう考えたアイズは再び仕掛ける。

 

渾身の一撃、それをレヴィスの脳天目掛けて放つ。しかし、それを見たレヴィスもまた同じように攻撃を繰り出してきた。二人の刃が交差し、火花を散らしながら鍔迫り合いとなる。

 

新たに得た力ならばレヴィス(『アリア』)を容易く倒せるという確信は、互いが更なる高みへ至っていたことで霧散する。

 

それでもアイズは負けるわけにはいかないと力を込め、押し切ろうとする。だが、レヴィスの方が上手だった。彼女はアイズの力が籠められた刀身を受け流すと、そのままガラ空きとなった胴体に回し蹴りを叩きこむ。その威力は凄まじく、アイズは口から血を吐き出しながらも大きく後方に吹き飛んだ。

 

アイズは地面を転がるも、すぐさま立ち上がると構えを取り直す。そんなアイズを眺めながらレヴィスは、大剣を肩に乗せると鼻を鳴らした。

 

そして、ゆっくりとした足取りで歩き出し、アイズとの距離を詰めてくる。

 

「お前は黙って付いてくればいい。 会いたがっている奴がいる。来てもらうぞ、『アリア』」

 

 レヴィスが告げたのは、アイズの母の名前だった。その名を聞いたアイズの表情が微かに歪む。

 

「私は、『アリア』じゃない」

 

「『アリア』は私のお母さん」

 

 母の名を口にされたことで動揺してしまった自分を律するように、アイズは努めて冷静に言葉を返した。なぜ、レヴィスが母の名を知っているのかわからない。だが、今はそんなことはどうでもよかった。今は敵を──『葬る』ことだけを考える。

 

「世迷い言を抜かすな、『アリア』に子がいる筈がない。仮に··············お前が 『アリア』 本人でなくとも、関係のないことだ」

 

 レヴィスは冷淡な態度のままアイズの言葉を一蹴すると、剣を振り上げた。アイズは素早くバックステップを踏み、レヴィスの攻撃を回避すると同時にレイピアを構えると反撃に転じるべく、突きを放った。

 

狙いは急所である首元。しかし、レヴィスが振るう大剣によって防がれてしまう。アイズは瞠目しつつも、すぐに次の行動に移った。

 

レヴィスはアイズの刺突を防いだ直後、そのまま刃を振るい彼女の身体を吹き飛ばす。空中で体勢を整え着地したアイズは即座にレヴィスへと肉薄し、連続攻撃を仕掛ける。

 

放たれるのは神速の斬撃、その全てをレヴィスは大剣で受け止めた。だが、それでも完全には受け切れず、僅かに鮮血を飛び散らせる。

 

Lv6となり、大幅な能力上昇を果たしたアイズは、今の今まで苦戦を強いられていたレヴィスを相手に互角に渡り合っていた。

 

両者の攻防は激しさを増していき、周囲に激しい金属音が響き渡る。アイズが繰り出す連撃に対して、レヴィスは大剣で捌き続ける。アイズが攻めればレヴィスはそれを防ぎ、逆にレヴィスが攻勢に出ようとすればアイズはそれを凌ぎ切る。

 

「────チッ、『剣聖』は、あの忌々しいヒューマンは来ない。アイツは既に『回収』を終えた32階層に向かった」

 

 レヴィスは舌打ちをすると共にアイズの猛攻を捌きながら言葉を発する。アイズはその話を聞きながらも攻撃の手を止めず、攻め続けた。

 

「なんとしてでも、あのヒューマンに嗅ぎつけられる前にお前を連れていく」

 

 レヴィスの足元が爆発した。それほどまでに重い踏み込みにより地面が大きく陥没し、凄まじい衝撃を生み出す。それにより、アイズは体勢を大きく崩してしまう。

 

そこを狙いすましたかのように振るわれる横薙ぎの一閃。それをアイズは辛うじて防御するも、衝撃を殺しきれずに大きく吹き飛ばされる。地面を転がりつつも何とか立ち上がったアイズだったが、そこにレヴィスが迫ってきていた。

 

「───【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

 レヴィスの更に上がった膂力と速力から『(エアリアル)』を纏わない斬撃では決定打にはなりえないと判断したアイズはLv6になって初めて己の魔法を発動させた。アイズの詠唱に応えるように、その手に持つレイピアが緑色の輝きを放つ。

 

そして、アイズを中心に暴風が巻き上がる。それはまるで荒れ狂う嵐のように周囲に存在する瓦礫や木々を呑み込みながらレヴィスに襲いかかった。

レヴィスは風の渦に巻き込まれるも、それを突き破るようにしてアイズに迫る。アイズは迫るレヴィスに向けてレイピアを突き出す。レヴィスもまた、それに呼応するように大剣による刺突を放った。二人の武器がぶつかり合う。

 

風の後押しを受けたアイズの剣筋は徐々に疾く、鋭くなっていき、リヴィラの戦いの時のレヴィスであれば完封できるであろう領域まで高められた斬撃の雨はレヴィスの大薙の一撃で容易く弾かれる。

 

「ランクアップを果たしたか、面倒な───だが、問題ではないな」

 

  レヴィスの所感は間違ってはいなかった。いかにランクアップによってステイタスが上がっていたとしてもレヴィス自身も魔石により肉体性能を激上させている以上は先の戦いの焼き増しにしかならない。

 

それをアイズも強く理解した。このままではまた、同じ相手に敗北することを、現状のアイズ、現状の『(エアリアル)』では目前の怪人に勝てないことをアイズは冷静に受け入れた。だから、アイズは決断する。己の限界を超えることを、誰もが見たことのない力を引き出す。

 

迷いはない。

 

不安はない。

 

恐怖もない。

 

ただ、あるのは勝利への渇望、そして冷徹な殺意。

 

アイズはレヴィスの攻撃を避けながら、心の中で静かに呟く。

 

───今、この瞬間だけは、私以外の全てが止まって見える。

 

その思考を最後に、世界がモノクロに変わっていく。

 

そして、アイズの瞳の色彩は深い闇へと沈んでいく。

 

レヴィスは、目の前の少女の雰囲気が変わったことに気が付き、警戒を強める。だが、そんなものは無意味だった。

 

アイズの放った一閃がレヴィスを襲う。

 

それは、ただの一閃だった。

 

だが、それだけで十分だった。

 

たったの一閃でレヴィスの身体は引き裂かれ、付け根から先を失った右腕から鮮血を撒き散らす。

 

アイズの黒風を纏った踏み込みで足元の緑肉が消し飛び、そのあまりの速度に反応できないレヴィスは剣を持っていた右肩の先を周囲の緑肉ごとすべてを削り喰らう黒風によって砕かれていた。

 

 

 

すなわち───

 

「【起動(エアリアル)】────【復讐姫(アベンジャー)】」

 

「───ッ、?!」

 

 レヴィスは理解を置き去りにするほどの超強化に反応すらできずにそのまま先の戦いでのアイズのように壁へ叩きつけられる。

 

レヴィスは混乱していた。何故なら、レヴィスは今の今まで、目の前にいる少女は自分と同等の実力を持っていると判断を下していた。それでも終始、自分が有利であり、このまま戦えばまず勝てると。だが、今は違う。

 

今のレヴィスが目にしているアイズは紛れもなく、今のレヴィスを上回っていた。

 

「(なんだ······何が起きた?!)」

 

 レヴィスは壁にめり込んだ身体を引き剥がすと、すぐさまアイズの姿を探す。だが、アイズは既にレヴィスの視界の外にいた。

 

レヴィスはアイズの姿を探そうと周囲を見渡そうとしたが、それよりも先にアイズがレヴィスの前に現れる。レヴィスは咄嵯に大剣を振るい迎撃しようとするも、既に遅かった。

 

アイズが振るったレイピアの刃はレヴィスの左胸を貫いていた。レヴィスの口から鮮血が溢れ出す。

 

信じられない、といった表情を浮かべるレヴィスだったが、アイズは冷酷に告げていた。

 

───貴女にはここで死んでもらう。

 

アイズはレイピアを引き抜き、再びレヴィスの心臓───魔石を穿とうと突き込む。かろうじて間に合ったレヴィスの左腕が僅かに刺突をそらし、致命傷を回避させる。

 

アイズは再び、レイピアを振りかぶると今度は確実にレヴィスの命を奪うために突きを放つ。

 

レヴィスは大剣を盾にしてそれを防ぐも、レイピアは大剣を容易に切り裂き、レヴィスの胸部に深々と突き刺さった。

 

だが、アイズの剣はそこで止まらなかった。レヴィスの胸に突き立ったままの剣をそのまま強引に振り抜き、レヴィスの上半身を大きく斬り裂く。

 

「〜〜〜〜〜〜ッ?!」

 

 即死には至らずとも普通ならば死を待つのみな身体からどす黒い血を撒き散らすレヴィスは、この身体でなければ三度は死んでいたと吐き捨てるように内心で呟く。

 

レヴィスの視線の先で、アイズはまるで人形のように感情の抜け落ちた顔のまま、無言で剣を構えていた。アイズの纏う空気が変質していく。それは、まさしく殺戮者の纏う気配だった。

 

レヴィスは直感的に理解した。目の前の少女は最早、自分の知っている少女ではない。今や彼女は魔石の力を得た自分と同じ、あるいはそれ以上の化物だと。

 

「ああ、やっぱり──人間じゃなかったんだ(怪物だったんだ)

 

「───なら、躊躇なく戦える(殺せる)







加筆分、戦闘シーン3000文字もってかれた・・・・・・・



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