皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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詰め込みすぎた気がする



174話 アル「おまえじゃねぇすわってろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────逝っちゃったか、バルカちゃん」

 

 クノッソス最重要部、迷主の間。先ほどまで慌ただしく闇派閥の幹部達が動き回っていたそこは静寂に包まれていた。

 

そして、その中心に唯一残って水鏡でクノッソス内部での戦いを俯瞰していたタナトスは天を仰ぐように呟いた。

 

バルカを始めとしたタナトスの眷属の反応はもはや戦前の四分の一以下。

 

雑兵の損耗が激しいのは自爆兵を多用しているのだから当然だが数少ないちゃんとした戦力であった『怪人兵』や【ロキ・ファミリア】の進撃を食い止めようとうって出た幹部達も第一級冒険者には一矢報いることすらできずにほぼほぼ全滅。

 

「残りの幹部達も俺の逃げ道を作りに逝っちゃった」

 

 死の神でありながら献身の末、天に還った自身の眷属を哀悼するようにタナトスは瞑目した。

 

水鏡越しに、正面からでは敵うはずもない【ロキ・ファミリア】に対してに我が身を投げ打つ幹部達の熱を感じながらタナトスは静かに嘆息する。

 

「【ロキ・ファミリア】と『猛者』だけ注視してれば後はオマケだと思ってたけどヘルメスのとこにまんまとやられたなぁ」

 

 『勇者』との盤面を見誤ったタナトスの落ち度だ、眷属達の覚悟と献身を無下にするわけにはいかない。

 

しばしの間、自身の眷属達が命を賭して作ってくれた時間を使って己が裁断を下すべく熟考する。

 

負けは負けだ。

 

闇派閥は【ロキ・ファミリア】に敗北した。

 

ダイダロスの手記を取られている以上、ここにももうじき眷属を側めたロキやディオニュソスがやってくるだろう。

 

詰み、ここから逆転の目はない。

 

『勇者』の冴えがタナトスの全知を上回り、冒険者達の勇壮がクノッソスの悪意を喰い破った。

 

【ロキ・ファミリア】がクノッソスに攻め込んできた初戦で『勇者』と『剣聖』を討てなかった時点で敗北は決定していた。

 

「そりゃ神にとっては十年や二十年はあっという間だけどさ、もう一回やれって言われたら勘弁なんだよね」

 

 唯一、エインだけは『剣聖』を食い止めているがその代わりに『猛者』がフリーになってしまった。

 

『剣聖』程の速度はないが着実にクノッソスの罠やモンスターを踏破してタナトスの下まで到達するだろう。

 

冒険者達に通用する戦力として残っているのは精霊の分身のみ。

 

あれらを暴走させれば盤面をひっくり返すとまではいかなくても一度撤退させるくらいのことくらいはできる。

 

「ここまでやるのは大変だったんだよ、本当にね」

 

 地上召喚はできなくなるがここで全滅するよりはマシだろう。

 

だが、あの六体の分身は怪人を経由した命令以外はなにも聞き入れない。

 

魔石などで誘導はできるだろうが人手のない今のタナトスではどうにも動かせない。

 

なら。

 

「エインちゃんには使うな、って言われてたけど『切り札』を切るか」

 

 『切り札』。元は『剣聖』と『猛者』のどちらかをエインを相手にし、相打ちに終わった際に残った方を討つ為に用意したエニュオ肝いりの大戦力。

 

都市の破滅を目論むエニュオの指示のもと用意した『魔竜』と『巫女』に並ぶ第三の英雄殺し。

 

エインが『剣聖』の相手をしている以上、奇しくも今『猛者』に差し向ければ当初の目的を綺麗に果たすことができる。

 

それ以前にあの『切り札』を【ロキ・ファミリア】に差し向けていれば簡単に部隊の一つや二つ、壊滅させられただろう。

 

だが、使わなかった、使えなかった。

 

あれは『切り札』とは名ばかりの『爆弾』だ、とタナトスは嘆息する。

 

怪人を介することである程度の制御を可能とする通常の精霊の分身と違って完全に制御不可能。怪人の言葉はおろか、穢れた精霊の支配下にちゃんと入っているかも怪しい。

 

その理由は定かではないが原種たる元となったモンスターが穢れた精霊の本体よりも強大であったことが原因ではないか、とタナトスは推測している。

 

前回、起動させた時はまだ未成熟な状態だったからこそエインによって沈黙させられたが成長しきった今の状態で起動させれば間違いなくクノッソスを滅茶苦茶にしてなお余りある大破壊が引き起こされるだろう。

 

エインならば制御はできなくとも誘導はできるため、うまくいけば再度休眠させることも不可能ではないだろう。

 

それでも下手をすればエニュオの企みごと全てを粉砕しかねない、と封印を決断した代物だ。

 

···········だが、背に腹は代えられない。

 

「まぁ、仕方ないよね。なるようになればいいさ、あれすら躱されるなら潔く敗北を受け入れよう」

 

 そう言ってタナトスは『扉』の操作を開始する。やることは単純明快、『切り札』が休眠している広間と現在『猛者』たちのいる場所の間にある『扉』を全て開門する。

 

罠だというのはあからさまだし、『鍵』のある彼等には今更『扉』の遠隔操作なぞ何の意味もない。

 

だが、タナトスの知る限り英雄という人種はアルがそうであるように罠だと分かっていて喰い破らんとする。

 

「さて、どうなるかな」

 

 『扉』の開門されるのと同時に休眠状態にあった彼、或いは彼女は目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

アルと別れたオッタルとヘディンは先ほど以上の速度を以ってクノッソスを踏破していた。

 

既に眼晶を通してクノッソスの内部構造は共有済み、雑兵やモンスターは端から相手にならない。

 

たった二人でありながら現在侵攻しているどの部隊よりも速い速度。底を突きかけている敵戦力の殲滅なぞに時間が掛かるはずもなく、一切の妨害らしい妨害を受けないままオッタル達は進んでいく。

 

そんな時。

 

「───────罠、だな」

 

 ゴォン、ゴォン、と地を揺るがしながら幾重もの金属音を奏でる通路。見るとまるでオッタル達を案内するように『扉』が次々と開いていく。

 

あたかもそちらに行ってくださいとでも言いたげな光景にヘディンは舌を打つ。

 

罠である事は明白だ。

 

だが、第一級冒険者として幾度と死線を潜り抜けてきたヘディンの直感がその開いた『扉』の先にこそ本命があると告げている。

 

そして、その直感はオッタルも共有しているものだ。

 

ならば罠だと分かっていても、進むしかないだろう。

 

そう結論を出した二人はどちらが言い出すまでもなくと共に開いた扉へと足を向けた。

 

そして───────。

 

 

『扉』をいくつか越えて行った先、そこにあったのが一際大きな広間。階層主すら丸々入るであろうその広間に、それはいた。

 

「「──────」」

 

 その黒き威容にヘディンはおろか、オッタルですら戦慄から口を噤んだ。明確な動作を起こせばそれが即戦闘の開始をも意味する、そんな張り詰めた空気が場を満たしている。 

 

サイズはオッタルの識る原種(オリジナル)に比べれば遥かに小さい、精々がゴライアスより大きい程度。

 

だが、その脅威のほどはゴライアスとは比較することすらおこがましいと直感する。

 

その黒き毛皮は、その黒光する双角は、見る者全てを圧倒する。あらゆる地上生物を掛け合わせたかのような、その異形。

 

悍ましくも猛々しい、その姿。

 

生ある者を、遍く全ての存在を否定するかのような、その姿。

 

その黒き獣はただそこにいるだけで全てを支配するような存在感を醸し出している。いや、事実としてこの場の支配者はあの獣に他ならないだろう。

 

その威容を目の当たりにした瞬間、オッタルは己が心胆が震えるのを感じた。かつてない強敵と相対した時に感じる武者震いとは異なる感情。

 

ただ一匹の獣が自身よりも強大な獣を前にした時に感じるような、そんな感情だ。

 

一見してはわからないが一応は『宝玉の胎児』に寄生された精霊の分身なのかその漆黒の体表には植物の根のような線条が血管のように浮き出ている。

 

だが、他の精霊の分身のような女体の上半身はどこにもない。かすかに女の細い腕だけが毛皮から覗いているだけ。

 

精霊がモンスターに寄生しているというよりは モンスターが精霊を取り込んでいると言った方が正しいような、そんな歪さを感じさせる。

 

当然だ、その寄生元のモンスターがオッタルの識るものと同種であるとするならば狂った精霊程度に支配しきれるものとは到底思えない。

 

オラリオに住まう冒険者でそのモンスターの名を知らぬものはまずいない。

 

太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなけれればいけない原初の約定でありながらその強さゆえ、千年もの間放置され続けた黒き終末。

 

その災毒と階層主すら比較にならない巨躯を持って人類に終わらぬ悲劇を与え続けてきた『大いなる獣』の一匹。

 

今より十五年前、オッタルにとってある意味因縁の相手とも言える武人の己の体も顧みない覇撃で以って討たれたその獣の名は────

 

巌を体現するオッタルの口から喘ぐように漏れた声でその怪物の名が呼ばれる

 

「─────ベヒーモス」  

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

フィルヴィスとして、妖精としての白い私はレフィーヤの前で死んだ、死ねた。

 

後は一つに戻った私が『怪物』のままお前に殺されれば全てが終われる。

 

醜い『怪物』として死ぬとしても、最期に見る顔が『英雄』ならば悔いはない。

 

心残りがあるとするならばそれは死んだ私の顔を暴いた時のお前がどんな顔をするかを見ることができないことだけだろう。

 

だから、だから、これだけは神にも精霊にも邪魔は────·········

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃と轟音が響き渡る。一閃、二閃、三閃、四閃。アルとエインの剣戟の音色が絶え間なく人造の迷宮を木霊する。

 

超短文詠唱と速攻魔法の応酬。英雄ならざる者では介在できない剣戟の極地が幾百の交わりとなって空間を震撼させる。

 

最強の冒険者と最凶の怪物、その戦いは苛烈を極める。

 

アルが振るうのは不壊剣。

 

エインが握るのは災毒の細剣。

 

翠刃が、黒風が広間を埋め尽くし、超硬金属の石畳や石壁が撓み、亀裂を走らせる。両者の激突によって石畳が割れ、石柱が折れ、瓦礫が崩れ落ちる。

 

雷の散光、闇の閃電。

 

空間が爆ぜ、切り裂かれ、震撼する。

 

突き込みから放たれた細剣の刺突をアルは体を捻ることで躱し、振り上げた不壊剣をエインへと袈裟斬りに叩きつける。

 

対するエインは片手で細剣を操りその斬撃を受け流すと素早く手首を返して逆手での刺突で応じる。

 

両者の得物が衝突し火花を散らす中、まるで示し合わせたかのように両者は間合いを取り直すと同時に再び衝突する。

 

互いに一歩も引かず、水鏡のように玲瓏な斬踊を為すアルと嵐のような激しさで攻め立てるエイン。

 

極まった『技と駆け引き』の応酬は第一級冒険者の目でも追えぬほどの速度域へと達する。

 

アルの不壊剣が閃き、エインの黒雷を纏う細剣がそれを弾く。エインの刺突がアルの肩を掠めるもお返しとばかりに振るわれる不壊剣にエインの竜鱗が紙のように切り裂かれる。

 

覇獣の細黒剣(ベヒーモスの黒剣)の災毒も掠る程度ではアルの【耐異常】と【レァ・ポイニクス】を侵せない。

 

翡翠の不壊剣(ミスティルテイン)の一撃ではエインの竜鱗までは断てても致命までには到底至らない。

 

互いに有効打に欠け、決定打にはなり得ない。

 

だが、その拮抗がエインの心を昂ぶらせる。

 

『───────クラネル!!』

 

 心の孔が埋められていく感覚。アルの斬撃を躱し、受け止めながら仮面の下でエインは笑う。

 

戦いそのものに愉しさを見出しはしない。 

 

アルの視線が、思考が自身にのみ向けらえれ、戦意が籠められた剣戟がこの身に迫ることに歓喜する。

 

その愉楽で以って喪失を埋める為にエインの黒雷がより強く迸り、細剣から放たれる斬閃もより鋭くなる。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖】」

 

 詠唱が紡がれる。エインの目前に闇色の魔法陣が展開され、凄絶な魔力が吹き荒れる。ウダイオスを一撃で粉砕して余りあるほどの魔力が収束し、漆黒の極光となって解き放たれる。

 

「【ディオ・テュルソス】」 

 

 オッタルの『斬光』と相対した先の砲撃より遥かに高密度の魔力光。闇色の閃光が空間を埋め尽くし、眩い閃電が迸る。

 

「【聖雷の英斬(アルゴ・ディアーナ)】」

 

 全てを穿ち、全てを灰燼に帰す黒雷の極閃が先のオッタルの規格外を模倣するかの様に一迅の閃きで以って真っ向から迎え撃たれる。

 

真正面から衝突する闇色と極光、白熱した極光の明滅が広間を白く染め上げ、衝撃の余波によって宙に浮かんでいた瓦礫や塵埃を吹き飛ばす。

 

砲撃と斬光。丘を断ち、城を断ち、竜までその刃を届かせんとするその威力は拮抗し、相殺される。

 

「────っと」

 

『ふ、あはははは────っ』

 

 狂熱を語るエインが幼い少女のように笑う。アルの斬撃を躱しては細剣を閃かせ、受け止めては黒雷を迸らせる。

 

愛憎ですらない、純然たる熱烈。

 

割れた心を埋めるにはまだまだ足りない。

 

まだ、もっと、もっとだ。

 

ずっとこのまま刃を交わしていたい。ずっとこのまま何も考えずにいられる戦いに没頭していたい。

 

限界まで昂ぶる心の熱、背筋を這う背徳の悦楽。その熱に身を委ね、エインはアルへと斬りかかる。

 

『クラネル!!』

 

 愛を囁くように、愛を乞うようにエインがアルの名を呼ぶ。打ち鳴らされる剣戟に呼応するかのように闇色の雷光が広間を埋め尽くし、白熱する極光が空間を焼き焦がす。

 

紙一重の剣戟の間を縫いながら両者は相対する相手を斬り裂くべく剣を閃かせる。

 

争歌は止まらない。

 

終わらない戦いにエインは更に心が昂ぶり、アルもそんなエインの戦意に呼応するかのように剣閃が冴え渡る。

 

もはや言葉は交わさない。ただ剣戟だけが応酬される。逢瀬を重ねるように、命の炎を重ね合わせるようにアルとエインは剣戟を重ね続ける。

 

それはさながら歌劇にして死闘。英雄譚に謳われる一幕のようにも見えた。

 

『─────!!』

 

 覇獣の細黒剣(ベヒーモスの黒剣)から奔る災毒の魔力。無形の百足のように蠢くそれが水に落とされた墨のように剣の間合いを侵す。

 

魔力の放射による災毒の散布。エインは剣閃に乗せて魔力を解き放ち、その猛毒をアルへと叩きつける。

 

災獣の顎門が開く。黒雷の魔力は人智を超えた猛毒へと転じ、アルへと牙を剥く。

 

対して精霊の分身を一斬のもとに下したその斬撃は災獣であろうと断ち割るとばかりに『英斬』の一撃が放たれる。

 

音すら追い付かない剣閃の応酬は破壊となって空間を震わせ、爆ぜた衝撃の余波で天井から崩れた瓦礫と床石が捲れ上がって嵐となる。

 

人智を凌駕する人外の一撃同士の衝突、破砕された床に転がっていた精錬金属の欠片が吹き飛び、あるいは弾かれて四方八方に飛び散る。

 

『ふふっ、は、はははッ!』

 

 愉楽のままにエインが笑い声を上げる。笑いながらもその剣閃の冴えは健在、アルの不壊剣と打ち合うたびに細剣に宿る災毒がアルを蝕もうとその猛威を振るう。

 

熱情に身を委せながらもその刃に一切の狂いはない。剣戟の速度はなおも加速し、より速く、より苛烈なものとなっている。

 

『私をッ、私だけを見ろクラネル!!』

 

 エインは吠える。激情のままに、狂熱に浮かされるままに。アルは応えず、剣閃を返し、災獣を打ち払う。

 

だがしかし、エインはより強く、より速く、もっとと求め続ける。

 

それはまるで恋焦がれる乙女のようでいて、愛執に狂う女のようでもあった。

 

狂気に近い熱情にのみアルは応える。もはや言葉は必要ない。ただ互いの魂を焼き焦がすほどに刃を交わし続ける。

 

──────そこに英雄でも怪人でもない甘い紫紺の吐息が差し込まれた。

 

『(とってもタノシソウ────私も混ぜテ?)』

 

 アルには聞こえない、エインの脳裏でのみ響く声。意識が、視界がブレる。その一瞬の隙を突かれて超硬金属の壁に叩きつけられる。

 

「?」

 

 反応の消えたエインの様子に怪訝に思うアルだが、続く追撃はしない。

 

変容。エインが纏う魔力の質が変質する。禍々しい魔力はその量こそ変わらないものの、澱みを増してより深く昏い色に染まっていく。

 

覇獣の細黒剣(ベヒーモスの黒剣)を握る腕が脈動するように形を変える。骨が軋み、肉を突き破らんと節くれ立っていく。

 

『(エインちゃんだけズルイ、私も私も私も私も遊ビタイノニ)』

 

『やめ、ろ』 

 

 胸に埋め込まれた魔石と身体に取り込んだ()()()()()()()()』を介して穢れた精霊の音なき言葉がエインの脳髄に響き渡る。

 

その不快感を堪えながら、エインは必死に抵抗するも、その抵抗は無意味とばかりに精霊が嗤う。

 

魔石から流れ込む穢れた魔力と()()()()()()()()』によって変質したエインの身体が軋みを上げながら形を変えていく。

 

骨肉が膨張し、筋骨が歪み、皮膚を突き破って紫紺の水晶体が伸びる。

 

『(天に届く英雄のカガヤキ!! 私達天の姉妹が愛した傑たるヒトの奇跡、小さな仔達も愛する雷鳴の寵児!!)』

 

 穢れた精霊の目的がアイズであるのは揺るぎなく、穢れた精霊にとってアルはアイズを手に入れるのを阻む敵でしかない。

 

だが、24階層、59階層、クノッソス。

 

数えること三度、個体にして六体の精霊の分身がアルと戦い、討たれた。

 

穢れた精霊は見た、見てしまった。

 

アルが纏う多大な精霊の加護とアルの身体から離れようとしない自らの系譜たる精霊達の影、そしてなによりアルの英雄の輝きという『熱』を。

 

仮にアルを喰らえればアイズを喰らうのと同程度に近いほどの力となにより退屈を殺す『熱』を得られると識ってしまった。

 

『(ジュピター───········いいエ、アル!! 私とアソンデ!?)』

 

 エインは自らの腕に醜悪な『人面瘡』ができて嗤う幻視を見た。それはまるで、英雄の輝きを直に浴び妬み羨む穢れた精霊がエインに成り代わろうとするかのように。

 

覇獣の細黒剣(ベヒーモスの黒剣)で背中から伸びた無数の水晶体を砕こうとするがしかし、穢れた精霊の眷属たる怪人の肉体は背信を許さず力が籠もらない斬撃に水晶体はその悉くが硬質な音を響かせて弾かれるのみ。

 

不愉快な多幸感と自分が自分でなくなるような喪失感、その二つがエインの心を蝕み、精神を侵していく。

 

エインの怪人としての資質はオリヴァス・アクトやレヴィスのそれを凌駕する。

 

今のエインにかつての妖精(■■■■■■・■■■■)としての部分はほんの少ししか残っていない。

 

アルを討つべくエインを強化させようと企む彼女の主神と昏い熱情に焦がされた彼女自身の意思により取り込まれた多大な魔石に、溶かして取り込んだ三つの『宝玉の胎児』。

 

ベヒーモスの災毒との接続も考えれば今のエインの内、かつての妖精(■■■■■■・■■■■)としての部分が占める割合は精々が二割、残りの八割は全て怪物のそれに置き換わっている。

 

それでもなお、エインがこれまで妖精として残滓とも言える自我を喪わずにいれたのはエインの資質とアルの『熱』に焼かれてその精神が固定されていたから。

 

或いは常であれば身体の制御自体は奪われようとも精神そのものを穢れた精霊に乗っ取られるということはなかったかもしれない。

 

だが、たったの十数分に妖精としての死を魂に刻んだ今のエインは酷く不安定だ。

 

故に、穢れた精霊の精神汚染を拒めず、その精神は急速に侵されつつある。

 

『やめろ、やめてくれ』

 

 意識が混濁する。身体が思い通りに動かない。泥のような倦怠感と悍ましい眠気がエインの意識を蝕む。

 

蟲に喰われた果実の結末の如く、エインの精神が腐れて削られて溶けていく。甘い紫紺の吐息がエインの意識を塗り潰す。

 

一度、その精神が溶けてしまえば、もうエインに抗う術はない。

 

そして、その抵抗すら穢れた精霊は愉しみながら貪る。

 

エインは必死に抵抗するも、それは無意味な行いだ。

 

『(アルとは私が代わりにアソブからエインちゃんはハヤク寝ましょう?)』

 

『───────ッ』

 

 その言葉に、抗う意思が火を灯す。精神の深層領域で意識を保つエインを嘲笑うように穢れた精霊はその激情すら溶かして深い昏い闇に誘う。

 

『私から、これ以上、奪────』

 

『(────オヤスミ)』

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

『「───────ぁ、あ」』

 

 魔力の変質と肉体の変質。背中から蜘蛛の脚のように生えた紫紺の水晶体に漆黒の竜鱗。

 

光の反射に緑、青、紫と様々な色濃度を移り変わらせる水晶体。その身から放たれるのは禍々しい魔力、先ほどまでの昏い熱と澱んだ闇色とは違うむせ返るように甘く血生臭い。

 

そこにはかつてあった妖精の純真さも昏い熱情もなく、花園で戯れる幼女のような無垢なる狂気だけがあった。

 

『「ウフフッ、アハハハハハッ、ラァ〜〜♪ ララァーーァ♪」』

 

 エインの仮面の奥から先ほどまでとは全くもって違う人を惑わすような甘さと昏さの入り混じった蠱惑的な嗤い声が木霊する。

 

その身に纏うは紫紺の水晶体と竜鱗、そして背に生えた四対八本の蜘蛛の脚の如き竜翼。

 

「覚醒した、って様子ではなさそうだが」

 

 エインの変容を見ていたアルは短く呟く。纏う魔力量は増大している、肉体も見るからに人外の要素を取り込み変質している。

 

正常な精神を持つ者が見れば 例外なく忌避と恐怖を抱くだろう。だが、アルはそんなエインの変容に動じないどころか、その身に纏う魔力の質を精査して分析する。

 

「まぁ、道理はともかく強くなるならそれに越したことは────」

 

『「ァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」』

 

「────気が狂った、ってわけじゃぁねぇよな」

 

 艷い嗤うエインにアルの紅い瞳が細く冷たく眇められる。先ほどまで向けられていた昏く強い熱情の彩が全くもって感じられない妖婦めいた気配にアルは訝しむ。

 

初戦で見せた感情の高ぶりによる外装変容とはまた別種の、異形化とも言える肉体の変貌。

 

狂うのはいいが正気を喪って我を失われては困る、とせっかく盛り上がってきたところに水を差されたかのような見当違いな有様に嘆息する。

 

アルは知る由もないが今の彼女はもはやエインですらないただの容れ物。

 

穢れた精霊によってその精神を封じ込められ、精霊の力を振るうだけの人形。そこにエインの意思は、ない。

 

故に囁かれる誘いの言葉。

 

「『アル、貴方モ、一緒ニ成リマショウ?』」

 

 自らの現状を説明以上に分からせる狂った精霊の戯言。

 

アイズが同じ言葉を何度も言われている様を見てきたアルにとっては今のエインの状態を理解するには十二分にすぎていた。

 

その言葉に対してのアルの反応は────

 

 

        はぁ?(お呼びじゃねぇ殺すぞ)

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────────── 

 

3章以来のグランド・デイ再び、108話の冒頭のとかがこれ

 

ベヒーモス・オルタナティブ「ちっーす」

穢れた精霊、エニュオ、エイン「あっ、だめだこりゃ制御できねえ」

タナトス「このまま全滅するぐらいなら解放しちゃお」

穢れた精霊、エニュオ、エイン「!?」

 

 

穢れた精霊「エインばっかりずるーい」

エイン「これ以上私から何も奪うな!!」

白髪「お前じゃねえ座ってろ」

 

 

 

 






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