皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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ちょっと長いよ


175話 反転した陸の王者(ベヒーモス・オルタナティブ)

 

 

 

都市の破壊者(エニュオ)は執拗なまでに周到であった。

 

『剣聖』───·······アルが己の計画を破綻させる存在だと判断した時点でその準備を進めていた。

 

巫女(エイン)』と『魔竜』だけでは確実なる計画の成就を果たせぬと理解し、その二つに並ぶだけの鬼札を用意しようとありとあらゆる手段を模索した。

 

そして行き着いたのが黒い砂漠デダイン。

 

現代の英雄譚が刻まれた場所にして、太古の『大いなる獣』の呪いを最も色濃く残した生命の存在しない死灰の大地。

 

この下界にて猛威を振るった終末の獣が眠った場所。

 

都市の破壊者(エニュオ)はそこに目をつけた。

 

結果的にそのドロップアイテムを、『巨獣(ベヒーモス)の心臓』を見つけられたのは運が良かったのだろう。

 

陸の王者(ベヒーモス)』の最大の武器は全てを侵し、全てを殺す万死を孕んだ『毒の風』と一つの生命の域を遥かに逸脱した超常の生命力。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()巨獣の臓器。

 

その超常の生命力の源である心臓を手にし、冒険者や善神達の目を盗んでクノッソスまで運び込ませた。

 

或いは都市の破壊者(エニュオ)がアルを警戒、恐れて先んじて発掘していなければどこぞの愚図な愉快神と考えの足らない眷属が灰の中のドロップアイテムを掘り起こして昔日の英雄譚の再演(グランド・デイ)が幕を開けていたかもしれないが、その未来は訪れなかった。

 

愉楽ではなく明確な悪意と殺意を以て、都市の破壊者(エニュオ)は『陸の王者(ベヒーモス)』を、『三大冒険者依頼』の脅威を再誕させんとした。

 

レヴィスに持たせた剣は心臓の他に遺っていた毒の根源である器官の欠片を有効活用する為に試作させただけに過ぎないおまけ。

 

黒き終末の再現こそが本命。

 

『魔竜』の寄生元と同じようにレヴィスとエインによって捕らえられた深層種の幼体に心臓を喰らわせ、同化させ、その肉体を『陸の王者(ベヒーモス)』のモノへと作り変えた。

 

だがそれだけでは原種たる太古のモンスターには到底及ばないのはわかっており、制御もできない。

 

どれだけ強かろうと一度は『英雄』によって討たれた怪物、寸分違わず再現できるならまだしも階層主にすら満たない一個のモンスターを素体としたのでは毒でも生命力でも遠く及ばない劣化個体にしかならないのは自明の理。

 

そして、アルならばその程度の脅威は容易く凌駕するであろうというある意味信頼にも似た確信が都市の破壊者(エニュオ)にはあった。

 

だからこそ、それだけでは不足と断じた。

 

無茶を利かせて当初の計画に必要だった数以上に芽吹かせた『宝玉の胎児』を寄生させ、『陸の王者(ベヒーモス)』を素体とした最悪の精霊の分身とした。

 

それも複数の『宝玉の胎児』。雑多な深層種とは違い、一個だけでは到底軛と成り得ず毒に溶かされるだけだとわかっていたからこそ。

 

できれば59階層の戦いの時点で使いたかったが、この時点ではあの剣はともかく心臓を元に培養していた『亜種』は未成熟だった。

 

苦節数年、手塩にかけた『陸の王者(ベヒーモス)』の亜種たる精霊の分身はようやく完全なる姿へと変貌し、受肉を果たした。

 

─────そしてその『亜種』は都市の破壊者(エニュオ)の想定を容易く凌駕した。

 

複数の『宝玉の胎児』による寄生を以ってしても穢れた精霊の分かれ身たる精霊の女体を生やすどころか制御下にすらおけず、その暴走は同種の剣を持つエインで漸く鎮められた。

 

『宝玉の胎児』による寄生を受け付けなかったわけではない。れっきとした精霊の分身であるのは間違いない。

 

ただ、『巨獣(ベヒーモス)の心臓』と『宝玉の胎児』。

 

その二つの大元である『陸の王者(ベヒーモス)』と穢れた精霊では『陸の王者(ベヒーモス)』の方が上だった、ただそれだけのこと。

 

精霊に寄生されるのではなく、精霊を取り込んで自らの血肉とした。

 

かろうじて誘導まではできるだろうが間違っても六円環の歌を奏でさせることなぞできない。

 

できることは精々、時を見て解き放ち、その場全てのものを粉砕させる程度。

 

本来ならばあり得ない邂逅によって産み出された下界の異物(イレギュラー)、邪神の邪智によって産まれながら神の全知すら凌駕した禁忌の獣。

 

言うなればその名は『反転した陸の王者(ベヒーモス・オルタナティブ)』。

 

精霊を取り込んだ漆黒のモンスター、或いはその在り方は今も世界の果てで風印に眠る『隻眼の黒竜』と近しいかもしれない。

 

正しくこのクノッソスにおいて『巫女(エイン)』と対を成す最強の怪物。

 

その力は─────────

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

       

 

 

 

 

 

「───────ッ」

 

 吐く息が浅い。この七年で一度たりとも感じなかった自身の命に指がかかる感覚。

 

死の気配が目と鼻の先にまで迫っている感覚。心臓が自身の胸のうちにあることを忘れるほどに鮮烈な圧。

 

空気が硬く、重い。まるで水の中にいるような息苦しさ。

 

ヘディンの様子を伺う余裕は一切ない、オッタルをしてあの怪物から視線を逸らす真似はできない。

 

なぜ、ここにきて既に討たれた筈の『陸の王者(ベヒーモス)』が現れたのかはわからないが推察はできる。

 

既に先ほど相対したエインの持っていた黒い剣については聞き及んでいる。

 

数多の英雄を侵し殺してきた『陸の王者(ベヒーモス)』の災毒に加えて治癒不全、魔法封じの呪詛を帯びたその呪武具はアルですら一度は死の直前まで追い込まれた悪夢の刃。

 

デダインの黒い砂漠から闇派閥の者達が発掘したベヒーモスのドロップアイテムを『神秘』の発展アビリティを持つであろう呪術師が呪武器へ加工した最凶の英雄殺し。

 

十五年前のあの時討たれた『陸の王者(ベヒーモス)』はドロップアイテムを落とさなかった。

 

だが、同列の怪物である破海の蛇竜、『海の覇王(リヴァイアサン)』は『静寂』に討たれたことで『全身の骨』や『蒼鰭』をドロップアイテムとして落とした。

 

ならば、『陸の王者(ベヒーモス)』も同じく多大なドロップアイテムを落としたが砂漠一つを造るほどの大量の灰によって隠れ、存在を誰にも知られることなく眠っていたということは十二分にあり得る。

 

そして、それを闇派閥の者が掘り起こして一本の剣を創った。

 

だが、『海の覇王(リヴァイアサン)』のドロップアイテム───『全身の骨』を核としたロログ湖とダンジョン下層の水の迷都を繋ぐ横穴を塞ぐ海竜の封印(リヴァイアサン・シール)や『海覇王(リヴァイアサン)の蒼鰭』から造られた学区の調光器、の他に残った少しの牙から『ナイト・オブ・ナイト』の大長剣が作られたのだ。

 

海の覇王(リヴァイアサン)』と同列であり、あの巨体を誇る『陸の王者(ベヒーモス)』のドロップアイテムが剣一本しか賄えない方が可笑しい。

 

むしろ、剣は眼前の『亜種』を受肉させる際に余った残りから作られたと考えるほうが自然だろう。

 

そのドロップアイテムがなんなのかはわからないし、推察する意味もない。

 

太古より大海を征する『海の覇王(リヴァイアサン)』が『蒼鰭』を、ウダイオスが最凶たる己の『剣』を落とす様に灰となったモンスターが落とすドロップアイテムはその個体の異常発達した部位だと相場が決まっている。

 

陸の王者(ベヒーモス)』の最大の武器は全てを侵し、全てを殺す万死を孕んだ『毒の風』と一つの生命の域を遥かに逸脱した超常の生命力。

 

そこから導き出される『陸の王者(ベヒーモス)』のドロップアイテムは毒を吐き出す『器官』か生命力の根幹である『臓器』、或いはその両方。

 

『亜種』の核となったのはおそらく後者、生命力の根幹である『臓器』。

 

同胞の魔石を食らったモンスターは力を増大させた強化種となる、ならば『大いなる獣』の一部をモンスターに喰らわせたならば『原種(オリジナル)』には届かずとも真に迫る事は出来るかもしれない。

 

オッタルの識る【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】によって討たれた『原種(オリジナル)』にどこまで迫っているか、或いは凌駕しているかは分からないが、この圧力からして見た目だけを模倣した虚仮威しだということはあり得まい。

 

「─────·········来るぞ、オッタル」

 

 普段の玲瓏な声が嘘のように掠れて罅割れた響きとなって静かにヘディンの口から絞り出される。

 

先ほどまで目を瞑り、眠りにつく四足獣のように体を丸めていた『陸の王者(ベヒーモス)』は立ち上がり、前屈みで獲物を狩る肉食獣の如くこちらにその双眸を向ける。

 

猛りはなく、咆哮もない、ただ静かに血色に輝く瞳を向けてくるだけ。

 

だが、それだけでもわかる。

 

あの『亜種』はたった二人のオッタル達を明確な敵として認識していると。

 

猛りも、咆哮もない。ただ静かにこちらを見据えてくるだけだが、その眼に宿る冷たい闘志と底無しの暴虐の欲求だけは嫌というほど伝わってくる。

 

激進まで秒読み、引鉄は引かれる。

 

「···················」

 

 苦渋に満ちた顔で、それでも己の武器を握りしめるオッタル。

 

闇派閥残党が振るう悪意の疫。

 

呪詛に対しては生産した専用の解呪薬の準備とアミッドの参戦によって対処を行えている。

 

事実、不治の呪武器による死者は今のところ出ておらず、エインの黒剣に対してはどちらにせよアル以外の者がエインと相対した時点で毒以前に確実に敗北することから『陸の王者(ベヒーモス)』の災毒に対しての対策は準備していない。

 

一応、アミッドとアルならば『陸の王者(ベヒーモス)』の災毒でも治癒可能なのは実証済み故、それ以上の対策に回すリソースは呪詛の方が優先された。

 

一本しかないであろう特殊武装に対しての対策を講じるくらいならばその分のリソースを大量生産されている呪武器の呪詛に対しての対策に注いだ方が良いとフィンが考えたのは至極当然の結論。

 

だが、それはつまり『陸の王者(ベヒーモス)』の災毒による汚染を癒す手段が現状ではアミッドとアルの魔法以外にないという事。

 

十五年前に果たされた『三大冒険者依頼(クエスト)』にはオッタルも、フィンやレオン達がそうだったように参加していた。

 

当時の最強達に比べれば吹けば飛ぶ一介の若輩でしかなかったオッタルはその巨獣に牙を届かせることなく、自身より先を行っていた冒険者達がなにもできずに腐れて風化していく悍ましき光景を目に焼き付けている。

 

今の、正真正銘のLv.8であるオッタルならば仮に眼前の『亜種』が『原種(オリジナル)』と同等の怪物だったとしてもその牙を届かせることが出来るだろう。

 

だが、十五年前にあった準備が今のオッタルとヘディンにはない。

 

『静寂』が『海の覇王(リヴァイアサン)』に止めを刺した一戦もそうだったがゼウスとヘラの両派閥が『陸の王者(ベヒーモス)』を下した十五年前の戦いには『女帝』と『英傑』を筆頭とした今のオッタルと同等以上の英雄に複数のLv.7や数多の第一級冒険者が参じていた。

 

その戦力の程は今の【フレイヤ・ファミリア】の総員でも遠く及ばない。

 

加えて千年もの間、災毒を分析し準備していた対『陸の王者(ベヒーモス)』に特化した専用の装備と専用のアイテムも揃えられていた。

 

文字通り下界の全てを費やした末の勝利、喰らうことで限界なく自己強化を重ねる下界屈指のスキルを持つLv.7の武人が『陸の王者(ベヒーモス)』の毒肉を喰らって放った自らを顧みない自己犠牲の一撃。

 

レベルでは勝っていてもオッタルにその一撃を再現できるかは怪しい。そして、今、この場にオッタル以外に『陸の王者(ベヒーモス)』を正面から相手取れる英雄はおらず、専用の装備とアイテムもない。

 

戦力は足らない。

 

準備はない。

 

脅威は計り知れない。

 

敗北の条件は全て揃っている。

 

『────ヴォ、ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 規格外の『咆哮(ハウル)』。大地を揺るがす振動と大気を震わせる覇気の奔流。自らの戦場に立つ資格の有無を判別するが如き英雄以外の全ての存在を怯えさせる破音。

 

ビリビリと肌を震わせる覇気と膨大な魔力が広間はおろかクノッソス全体を地震の如く激しく揺らす。

 

物理的圧力すら伴った『咆哮(ハウル)』の衝撃波が二人の全身を殴りつける。

 

第一級冒険者に満たぬ者であればそれだけで恐慌状態に陥りかねない暴虐の雄叫び。

 

聞いたものを強制停止させる力を持った雄叫びにヘディンですら原始的恐怖によって引き起こされる畏怖の感情を抑えきれない。

 

『──────、──────!!』

 

 圧倒的な質量を持つ漆黒の巨躯が駆る。全てを殺す毒を孕んだ暴風と全てを腐食させる災禍の瘴気を振り撒きながら激進する。

 

抗魔のドロップアイテムで覆われた超硬金属の石畳を踏み砕く脚力が生み出した突進は生半可な防御など紙屑のように貫いて、容易くその命を奪い取るだろう。

 

巨体でありながら大気の壁を突き破らんばかりに疾走する速度も異常の一言に尽きる。竜鱗が如き漆黒の外殻はそれ自体が凶器、直撃を甘んじれば第一級冒険者であろうと即死は免れない。

 

その巨獣が駆る姿は正しく大嵐。荒れ狂う暴風と猛毒を撒き散らし、全てを蹂躙し、喰らい尽くす破壊の権化。

 

だが、オッタルは一歩も引かずにその黒き暴虐を迎え撃つべく武器を握る手に力を込める。

 

そして、『陸の王者(ベヒーモス)』の進路上に立ち塞がったオッタルを見てヘディンもまた覚悟を決めた。

 

撤退はない。

 

戦力が足りないのは確かだが個としての戦力でいえばオッタル以上の強者はいない。

 

仮にアルとオッタル以外がこの怪物と接敵すれば抗うことすらできずに容易く蹂躙される。

 

ある意味、ここで遭遇したのがオッタルだったのは幸いだった。

 

「ォ、ォオオオオオオオオオオ───!!」

 

 雄叫びを返すようにオッタルが吠え、その剛力を以ってして『陸の王者(ベヒーモス)』の進路を阻む。

 

真正面に構えた大黒剣と『陸の王者(ベヒーモス)』の角が衝突し、大気を震わせる金属音と火花を散らせる。

 

劇烈なる衝撃が他を全て粉砕する破波となって広間に響き渡り、大地震の如き振動が周囲一帯を激しく揺動させる。

 

その衝撃はクノッソス全体を揺らし、天井からパラパラと砂塵や石片が落ちてくる。

 

大震、過衝、散響。技も駆け引きも介在しない純然たる力と力の衝突。規格外なんて言葉すら陳腐に思えるほどの暴虐のぶつかり合い。

 

その衝撃は当然、ヘディンにも牙を剥くが、そんな些事に気を取られる暇などありはしない。

 

激突、それも正面から衝突した黒大剣は砕けない。だが、それでも両者の間で散りばめられた火花と金属音が示すように拮抗状態は長く続かずに崩壊する。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」

 

 傷はない。

 

だが、()()()()()

 

自身の微かな後退を唾棄しながら疾走する。その勢いを駆ったままに、再びの激突がオッタルと黒き暴獣の間で繰り返される。

 

一撃ごとに激震が走り渡り、衝撃が大気を震わせる。だが、それでもなお両者の戦いは拮抗していた。

 

否、風の破波に美しい金髪を掻き乱されるヘディンからすれば押し負けているようにすら見えた。

 

怪物に技や駆け引きなぞあるわけはなく、オッタルの動きに戦慄はあれど迷いも過ちもない。

 

ならば、その差は純然たる『力』の差。

 

人の身でダンジョンに潜る冒険者にとってはある意味当然のことではあるが神の恩恵を授かってたとしても生来の破壊者たるモンスターがその身に宿した純粋な力は冒険者のそれを凌駕する。

 

だが、それでも今のオッタルの膂力を凌駕するモンスターなぞ【フレイヤ・ファミリア】が探索を進めている58階層までには絶対にいない。

 

或いは、あの仮面の怪人すらも凌駕しうる至域の力。

 

だが、それでもなおオッタルが押し負けている事実にヘディンは歯嚙みする。

 

認めるのは癪だがヘディンにとってもオッタルは壁であり、軍師として見ればあらゆる前提を覆す切り札だ。

 

その人界の化物を凌駕する存在とこの短時間で二回も遭遇するという異常事態。

 

こんな魔窟が敬愛する女神の座する摩天楼の地下に存在しているという事実に舌を打つ。

 

こんなことならアレンやヘグニ達も動員するべきだった、なんて無様を通り越して滑稽な思考は巡らせない。

 

オッタルに対して指揮は不要、ならばヘディンも一個の戦力として抗うしかない。

 

「【永争せよ、不滅の雷兵】」

 

 かき鳴らされる理不尽なまでに規格外な争歌に紛れるように妖精の歌声を紡ぐ。

 

間違っても刃を以って飛びかかるような愚は犯さない。文字通り最強の前衛であるオッタルで漸く勝負になる力の化身の前にヘディンが割り込むなど自殺行為でしかない。

 

故に、魔法による後衛に徹する。

 

超短文詠唱の砲撃を一発や二発を当てたところで仮面の怪人がそうであったように一切の損傷も与えずにかき消されるであろうことは想像に難くない。

 

ならば、と詠唱を重ねる。

 

高まる雷鳴の魔力に言葉を交わさずとも軍師の意図を汲んだオッタルはヘディンに『亜種(ベヒーモス)』の注意を向けさせぬようより一層、猛り狂う。

 

オッタルを『盾』とするヘディンは『亜種(ベヒーモス)』の周りを大きく円を描いて移動しながら詠唱を重ね、練り上げ、魔法を次々に完成させる。

 

いくつもの雷弾を生み出しながらも 撃ち出さず、虚空に固定させて待機させる。

 

亜種(ベヒーモス)』を覆う雷の檻にして『爆雷』の鏃。移動地点に魔法の待機状態を利用して雷の閃矢を固定して円状の砲台を作った。

 

「【永争せよ、不滅の雷兵───カウルス・ヒルド】」

 

 最後の詠唱を以って完成された総数、九百と七十八の雷兵。

 

その雷の包囲網を構築するのに要した時間は十秒、一発一発は『亜種(ベヒーモス)』の剛皮を貫けずともこれほどの数が揃えば話は変わるとばかりに大気が雷鳴の魔力に揺らぐ。

 

「貴様を焼き殺すために考案していた【陣】だ、敵としてでなく見せるのは癪だったが·········まぁ仕方ない」

 

 『強靭な勇士』の一員としてありとあらゆる意味で目障りな壁であるオッタルを自らの手で討つために考案した必殺の陣。

 

自分一人では求める前衛としての動きを満たせない為、廃棄した技だが自分以上の前衛がいるのであれば話は変わる。

 

七の兵(サジャウ)

 

 言葉はなく背中を任せるとばかりに剣を振るうオッタルの轟撃に合わせるように七射の魔法弾を射出する。

 

間違っても全弾の一斉掃射なんて愚は犯さない。

 

あの威容、仮に千に届こうか全ての魔法弾を一度に食らわせたところで大した損傷も与えずに耐えきるだろう。

 

雷の包囲網はあくまでも補佐。

 

雷矢を兵に見立て、オッタルという将の一撃を届かせるための援護。

 

雷の速度で打ち出される魔法弾、それを王の如く操りつつ、ヘディンはオッタルが動きやすいように立ち回る。

 

同じ派閥とはいえ仲良しこよしの【ロキ・ファミリア】とは違って【フレイヤ・ファミリア】の団員にとっては同じ神血を分けた眷属は背中を預ける同胞ではなく、美神の寵愛を奪い合う競争相手でしかない。

 

幹部の中でもまだオッタルとヘディンはマシな方だがそれでも一糸乱れない連携なぞ望めるべくもなし。

 

故に、ヘディンが行うのは『一方的な連携』であり、オッタルと雷兵の同時攻撃。

 

「ッッ────!!」

 

十二の兵(トルフ)!!」 

 

 オッタルの轟撃に重ねるように雷条を叩きつけ、その漆黒の剛体を紫電で以って苛む。

 

速度はあれどその巨体ゆえに完全に統制された雷の鏃を躱すことは『亜種(ベヒーモス)』にはできない。

 

とはいえ直撃したとしても魔力を散らす毛皮とその下の鋼のような骨肉に阻まれ、損傷を与えることなどほとんどできてはいない。

 

雷の魔法の性質上、損傷を与えずとも感電現象を引き起こしてその動きをほんのわずかに麻痺させるのが精々。

 

だが、それで充分。

 

生まれたほんの僅かな淀み、その一瞬を見逃さずにそれこそ針の穴を通すような精密さを以てしてオッタルが黒大剣を叩きつける。

 

『───────ッ』

 

 戦士として、或いは魔導士としてヘディンを凌駕する使い手は僅かではあるもののオラリオには幾人か存在する。

 

だが、その中間。

 

自らが戦いの根幹となるのではなく盤面を支配する軍師のように黒子として戦場を操る中衛としての手練手管でヘディンを凌駕する者は同じLv.6の第一級冒険者の中にも存在しない。

 

圧倒的な上級中衛職(ハイ・バランサー)。 

 

たった一人でありながら、オッタルという唯一『大いなる獣』を討つに足る牙を持った英雄を支援する万軍の指揮者。

 

戦力の数が足らぬなら足る数を用意すればいいとばかりに、自らの魔法で雷の兵力を拵えて争歌を紡ぐ。

 

『猛者』と『白妖の魔杖』。

 

たった二人でありながら万軍にも勝る第一級冒険者は或いはアルの希望を最大限叶えるが如く、邪神の盤面をひっくり返す。

 

背は魔法の鏃に任せ、オッタルは求めに応えるように剣を振るう。

 

黒大剣と鈍色の蹄がぶつかり合い、大鐘楼を乱暴に打ち鳴らすような不協和音が響き渡る。

 

階層主や超大型級を討つ為のセオリーである足への部位破壊の一撃。

 

『──────!!』

 

 煩わしいだけの雷兵とは違って自身の骨肉を確実に断つオッタルの、Lv.8の覇撃だけは看過できぬと漆黒の暴獣が吠える。

 

咆哮と共に放たれる黒い暴風、その威力は直撃せずとも風圧だけで冒険者の身体を容易く吹き飛ばす暴威だがそのような愚は犯さないとLv.8の剛体が真正面からそれに抗う。

 

黒銀の弧線を描く刃が空気を打ち払い、雷兵によって作られた警戒の間隙に轟撃を叩き込む。

 

怒り狂う黒獣の剛皮を削り、肉を切り裂き、骨まで断ち切らんとばかりに猛り狂いながら縦横無尽に刃を振るう。

 

強い、硬い、計り知れない。

 

オッタルがこれまでに刃を突き立てたモンスターの中で間違いなく最強。

 

そのサイズこそ及ばぬもののその威容と力はあの巨獣に抱いた畏怖を想起させ、オッタルの一撃の直撃をもってしても致命傷には程遠い。

 

だが、()()

 

『暴喰』に討たれた怪物を、あの英雄を越えたオッタルが討てぬ道理はないと猛る。

 

一撃では届かないならば幾十、幾百の刃を。

 

獣化は使わない、使えない。

 

ランクアップによって使わずとも使っているのと同等以上のステイタスの上昇に、まだオッタルは完全には慣れておらずその状態での戦闘経験が不足している。

 

無論、最強の第一級冒険者として器に精神が追いつかないなんて無様を晒す事はあり得ないが獣化を重ねれば力は増せどもその『技と駆け引き』が微かに鈍る。

 

力の多大な上昇よりも『技と駆け引き』の維持の方が遥かに大きな武器となる。

 

そして何より発動条件を持たない代わりに多大な代償を要求する獣化を常に全力で剣を振るわなければならない今の状況で使うのはリスクが高すぎる。

 

猛りながらも己が獣性に全てを委ねることなく熱く冷徹にオッタルは己の牙を叩き込む。

 

『────────ァッッッ!!』

 

 雄叫びを上げ、自らを()()()()と猛るその形相に理知なんて持っているはずもない『亜種(ベヒーモス)』は確かに怯えた。

 

識る筈もない、見たこともないその姿に鮮烈なまでの歪な『既視感』を抱いた。

 

死への恐怖、喰らわれることへの忌避、怪物の身でありながらまるでトラウマを刺激されたかのように打ち震える。

 

そして、自らもまた吼えた。

 

「──────ッ、下がれ、ヘディン!!」

 

 瞬間、吹きすさぶ光を通さぬ漆黒の轟嵐。先ほどまでの風とは質も圧もまるで違う、大気が消し飛びかねないほどの暴虐の嵐が広間を蹂躙する。

 

その風こそ真なる意味での災毒。

 

下界の大地に今も癒えぬ毒の災いを遺し、終末を討たんと立ち上がった 数多の英雄たちを蝕み、その在り方を貶めてきた猛毒。

 

Lv.8のステイタス、そして高められた【耐異常】の発展アビリティを持つ自分ならば専用の防具がなくとも僅かならば耐えられよう。 

 

だが、レベルでもアビリティでもオッタルに劣るヘディンではいくらLv.6の第一級冒険者と言えどもその血肉を侵されては抗えぬ。

 

故に、オッタルは吼えた。

 

オリジナルの『陸の王者(ベヒーモス)』の脅威を現役の冒険者の中で誰よりも知るが故に警鐘を叫んだ。

 

そして、そのオッタルの危惧と禍々しい風が与えてくる本能の警鐘にヘディンは従って戦域から僅かに離れた。

 

────そこが二人の運命を分けた。

 

オッタルは識っていた『陸の王者(ベヒーモス)』の脅威を、それを討つまでに費やされた犠牲の数を。

 

だからこそ警戒し、だからこそ猛り、だからこそ畏れた。

 

オッタルの警戒は『陸の王者(ベヒーモス)』に対するもの。

 

オッタルの戦意は『陸の王者(ベヒーモス)』を討った英雄への感情故のもの。

 

オッタルの畏怖は『陸の王者(ベヒーモス)』の災毒に対してのもの。

 

オッタルは『陸の王者(ベヒーモス)』という怪物の存在の意味を正しく知るが故に失念していた。

 

この戦場は闇派閥の用意したものであり、彼らの切り札は穢れた精霊の力。

 

 

─────そして、たった今戦っている『亜種(ベヒーモス)』も紛れもない精霊の分身であるということを。

 

 

「【穿チ示セ水鏡ノ檻代行者タル我ガ名ハ水精霊水ノ化身水ノ女王───アクア・リング】」

 

 病風の暴風に紛れて紡がれる精霊の歌。

 

亜種(ベヒーモス)』の口ではなくその体に取り込まれた精霊の女体が喘ぐように紡ぐ、力ある古代の精霊にのみ許された神秘の魔法。

 

短文詠唱、極小の魔法円。

 

ヘディンへの警鐘、『亜種(ベヒーモス)』の剛力、病風への対処、この三つに意識を割いていたオッタルはほんの数瞬、魔法への理解を遅らせた。

 

ありふれた、そして許されない失策。

 

オッタルの知らぬ『未知』が無知なる者を喰らわんと牙を剥いた。

 

「──────くっ」

 

 水の檻。硬い鎖ではなく、柔く不定形な水がオッタルを縛り上げる。水圧による拘束ではなく、それは水に包み込まれているように四肢の動きを制限し、動きを鈍らせる。

 

身体を動かすために必要な部位が直接的に固定されれば如何に第一級冒険者とはいえ身動き一つ取れなくなるのは必然。

 

それでもオッタルであれば一秒で抜け出せる程度の拘束。

 

だが、その一秒は死に抗わんと猛る『亜種(ベヒーモス)』の前には長すぎた。

 

「───────────···············································································································································································································································がぁっ」

 

 喰らってはいけない災毒の風を纏った蹄の一撃、晒してはいけなかった致命的な隙をついた一撃がオッタルの巌の肉体に穿たれた。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────────── 

 

 

 

エニュオ「ベヒーモスやばすぎ」

ベヒーモス・オルタナティブ「英雄怖すぎ」

 

エインはスキルの関係上アル以外だと本領発揮しきれず、アルはベヒーモスの毒に耐性獲得済で精霊の魔法は大して効かないので逆の方が色々と有利でした。

 

次はアルVS穢れた精霊かな

 

【各√オッタルに対する反応】

本編「ツンデレじゃない獣人に価値なくない?」

聖女アルちゃん「ざぁーこざぁーこ、筋肉達磨っ」

アストレア「ゴリラのことオッタルって言うの止めなよ」

女帝「あと十年若ければ夫にしてあげたのに(ロールプレイ)」

静穏「先に行く(素)」

 

 

 






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