皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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ここ数日忙しいのでちょっと投稿ペース下がります。日に二話は出せるよう頑張ります。


十八話 オルギア

 

 

その『神』が白髪の少年──アル・クラネルと初めてあったとき、心に去来したのは何を代価にしてでも欲しい──真の意味で眷属に迎え入れたいという欲望だった。

 

少年の処女雪のような透き通った白髪に、『神』が作る神酒(葡萄酒)よりも紅く魔性的なまでに純化された情念を宿す双眸は人間として大切なものが欠落した異端者だと同じく異端の神である自身には容易く理解させた。

 

そんな少年を前に『神』の脳裏に浮かんだのは言葉では言い表わせないような感情だった。嫉妬ではない。羨望でもない。ましてや憤怒などとは程遠い。それはまるで長年探し求めていたものを見つけたかのような歓喜にも似た何かで、今すぐにでも少年を自分のものにしたいという衝動を抑えるだけで精一杯だった。

 

この者なら自分と同じように、あるいはそれ以上に極上な『狂乱(オルギア)』を地上に齎してくれるだろう。そんな予感があった。

 

この少年こそ我が半身であり運命。

 

ここで逃せばもう二度と巡り合うことはないかもしれない。そう考えた瞬間、眷族に加えるべく、その手を伸ばしたとき、少年から放たれた名は『神』の胸中に激しい衝撃を与えた。

 

──────大神(ゼウス)が育てている英雄候補だと?!

 

『神』と故郷を同じくする──というより『神』の父親のようなものである大神(ゼウス)が次代の英雄候補にして史上最高の才を持った神才───『救世(マキア)』を成し遂げる最後の英雄の卵を育てていることは同郷ならばその『神』を含めて知る者も多い。

 

 

──────あの大神(ゼウス)が!! 育てた!! 英雄候補が!! このような異端者だったとは!!

 

だがしかし、それ故に面白い。あの好々爺を気取った大神(ゼウス)に愛を注がれて英雄の卵として育てられたはずの子供がこのような人界にいてはならない異端者であることに恐悦を隠しきれず、衆目に晒されながら笑いだした『神』に不審者を見る目を向けて離れた少年を追って眷属に勧誘しようとは思わなかった。少年の行く末を見届けるためにも、少年がこれから歩むであろう修羅の道のりを傍観者として見守ろうと思ったからだ。

 

───アレは自分のもとに置いておくよりもロキやフレイヤのような最大派閥か、デメテルやヘスティアなどの()()()()神のもとに置いておいたほうがより良質な『狂乱(オルギア)』を引き起こしてくれるはずだ。

 

それに……どうせなら最後まで見届けたい。少年の成長を見守るという選択肢をとった自身の判断に間違いはないと信じながらも、それでもなお少年の行く末に思いを馳せる『神』はその端正な顔立ちに似つかわしくないほど歪んだ笑みを浮かべた。

 

大神(ゼウス)に育てられながらもあのような異常に至ったものであれば、と確信を持った『神』は少年を最大派閥の片割れである【ロキファミリア】の主神、ロキに紹介した。

 

そして案の定、面食いのロキはその瞳の悍ましさを気にせずに、『神』の思惑通りに眷属へ迎え入れた。それから『神』は陰ながらかつて大神(ゼウス)が『神工の英雄(ヘラクレス)』に課したように少年に『試練』を与えた。

 

時に、上層へ魔石を食わせた小竜を解き放った。

時に、邪神タナトスにダンジョン内で神威を解放させ、漆黒の階層主を生み出させた。

 

時に、悪名を轟かせる大罪人を少年の下へと送り込み、己の手でその命を奪わせた、時に、『疾風』を罠に嵌め、破壊者を遣わせた。

 

全ては少年を鍛え上げるため。少年をより高みに導くための処置。少年の魂をより深く染め上げ、少年を真の異端者に昇華させるための手段だった。

 

少年は『神』の期待にこれ以上ない形で応えた。『神』の想定を遥かに上回る速度で成長し、多くのモンスターを殺してきた。

 

少年には才能がある。いずれは『神』にとって目の上のたん瘤であり続けた【ヘラ・ファミリア】の『女帝』にすら比肩する時代最強を担う存在になるだろうと思った。

 

偉業を成し遂げ名声を集め始めた少年を、未だ悍ましく輝く瞳を、『神』は陰から見て、見て、見て、見て、見続けた。

 

その美しさは『神』に神前に捧げられた極上の葡萄酒を飲んだかのような幸福感を抱かせ、自らの愚かにも愛おしい『巫女』が少年とパーティーを組み───それどころか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

少年の魂がより深い狂気に染まっていく。

 

少年の輝きが増していく。

 

その度に、少年への執着が強くなっていく。

 

その輝きに魅せられ、少年に魅了された神々が動き出す。少年と繋がりを持つために。少年に近付くために。少年と交わり、少年を取り巻く環境は大きく変わっていく。

 

大神の庇護を受けながら、英雄候補から、異端者へと変わった少年は今まさに新たな時代の幕開けを迎えようとしていた。

 

そんな少年を見て、『神』はまた笑う。少年がこれから起こすであろう波乱に満ちた『英雄譚』を想像し、世界の行く末を想い、愉快そうに笑った。

 

少年が少年だけの物語を紡ぐとき、それはきっと素晴らしいものになると確信を抱きながら。

 

しかし、時間が経つにつれてその幸福にケチが付き始めた。

 

───まだなのか?

 

あの瞳に宿った狂気は死滅願望。他者を利用し尽くして悦楽を求め、自身の欲望を満たせばどう果てても構わない───いや、果てることこそが目的なのだと考えていた『神』は首を傾げる。

 

少年を見初めてからはや数年、もはやオラリオの英雄となった少年はいまだ『事』を起こさない。

 

起こそうとしたらば全力を以って協力するつもりだったがいつまでたっても何もしない──既にすべてをひっくり返せるだけの力と人望を手に入れているはずだ。

 

あの凶猛の瞳は今も変わらない、あの狂気は今も風化してはいない。

 

ならば、なぜ、あれ程の狂気を宿しながら、『神』のように神酒(葡萄酒)で自分を酔わせているわけでもないのに今も常人の中で暮らしていけている?少年を見守り続けてきた『神』だからこそ疑問に思う。

 

少年は異常だ。『神』でさえ思わず見惚れてしまうほどに美しく、それでいてどこまでも醜く、『神』さえ畏怖してしまうほどの狂気に囚われた神才の異端児。

 

その疑問は少しずつ恐怖へと変わっていった。少年は何を待っているのか。少年は一体何を求めているのか。少年はどうして動こうとしないのか。

 

少年の望みはなんだ。少年の目的はなんだ。少年の願いはなんなのだ。少年の行動は読めない。少年の目的もわからない。少年のすべてが理解できない。

 

少年が求めるものを測れない。少年が求め、待ち続けているものが何かわからなくなる。それが『神』を不安にさせる。少年は狂っている。

 

『神』さえも恐れる異常性を抱えている。下界のすべてを嘲笑う『神』ですら、少年の心だけは覗けない。

 

その狂気の深さを知るがゆえに神ならざる身でありながら狂気を押し殺し、民衆の『英雄』として過ごしている少年の精神性を理解できなくなってきた。

 

「─────お前は、何を考えているんだ」

 

 『神』───都市の破壊者(エニュオ)は恐れる。

 

今や、自らの野望を台無しにできるほどの力をつけた少年を。

 

今や、自らの喉元に近寄りつつあるその狂気が自らに向くのを。

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、お前等がどこの【ファミリア】か、聞かせてもらおうか?」

 

 アイズと分断されながらも目的地である食料庫へたどり着いた一団は闇派閥と思わしき白いローブを着た男達に襲われていた。

 

しかし、その練度は低く、『恩恵』こそ受けているものの一般人に毛が生えた程度の集まりでは上級冒険者しかいない【ヘルメス・ファミリア】の相手にもならない。瞬く間に制圧されていき、そのうちエルフのセインに無力化され、拘束される。

 

「······ッ!」

 

「ま、黙っていても無駄なんだけどな」

 

 当然、相手も口を閉ざすが、へへへと笑いながらルルネは懐を。神血から非合法に作られる【神秘】の液薬。ルルネが懐から取り出した結晶が浮かぶ真紅の液体は神の眷属の背中に刻まれた神の恩恵をロックする『錠』を解除することができる。

 

つまり、この薬を使えば恩恵に刻まれた情報を閲覧することが可能となるのだ。『開錠薬』を見せつけられ、目を見開いたローブの男は何かを覚悟したように唇を引き結び、そして口を開く。

 

「神よ、盟約に沿って、捧げます·····」

 

 くぐもった声を零した男は、自らのローブを切り裂き、その中に隠した真っ赤な岩のような紅玉を晒す。爆炎を封じ込めたかのようなそれは数珠のように連なって男の上半身に巻き付けてあった。

 

『火炎石』と呼ばれる深層の『ドロップアイテム』であり、これを砕けば無加工でありながら爆発的に燃焼する炎を生み出すことができる発火性と爆発性を兼ね備えたモンスターの肉体の一部だ。

 

深層種『フレイムロック』の『ドロップアイテム』を用いた自爆兵、ローブで身を包んだ集団の正体はこれだった。彼らは自らが所属する組織のために、神のために命を捧げる異質な信者。

 

故に、彼に躊躇いはない。自爆兵が一斉に己の命を燃やし尽くさんと、凍り付くセインとルルネを睨み付けながら外付けされた撃鉄装置を躊躇いなく起動させ───ることはできなかった。

 

高速で飛来した小太刀に両腕を縫い留められたからだ。驚愕に見開かれた瞳には、覆面のエルフの姿があった。彼等は歯に毒の類を仕込んでいない.

 

毒物で自ら命を絶ったとしても、己の体皮を燃やす『火炎石』による自爆でなければ『開錠薬』によってステイタスを暴かれ、己が所属する派閥と主神を暴露してしまうことになるからだ。そのため自爆以外の自決はできない。

 

男に自決の手段はもうなかったのだが、彼は最後の悪足掻きとして腕に突き刺さった小太刀を抜こうともがくが、まるで動かない。

 

「その自決用の装備·········私はそれを見たことがある」

 

 忌々しげに、友の命を奪った装備だ、と言うのは小太刀を投擲した人物でもある覆面のエルフ────『疾風(リオン)』リュー・リオンだった。

 

アルがヘルメスによって食料庫の調査と極彩色のモンスターの殲滅を依頼されるところに出くわした彼女は、事が『闇派閥』関連であるかもしれないことと戦友であるアスフィも赴くということからアルの向かわない24階層の調査の協力を申し出て同行していたのだ。

 

そして、彼女の目の前にいるのはあの時戦った者達と同じ格好をした者達ばかり。つまり、この者たちは自分たちが打倒した『闇派閥』の残党。

 

そんな存在がなにを企んでいるかは定かではないが、ろくでもないことを考えていることだけは確かだろう。だが、今はそれどころではない。

 

「『万能者(アンドロメダ)』!! この者たちは7年前の大抗争と同じ──死兵だ!!」  

 

 平静をかなぐり捨て、『疾風(リオン)』はあらん限りに叫んだ。 使命のために全てをなげうった者達。最も性質の悪い、死をも覚悟した一団。己の命さえ爆弾に変えて襲いかかってくる相手が続々と向かってくる。

 

かつてを知る、『疾風(リオン)』と『万能者(アンドロメダ)』の二人はベテランの立ち回りで死兵を無力化していくが、いかんせん数が多い。

 

加えて、食人花の対処や自爆兵の爆発に巻き込まれないように随時退避する必要もあるため、なかなか減らない。

 

大抗争を経験していない者たちもいる【ヘルメスファミリア】はその死をも恐れない異様さに気圧され、直撃こそ喰らわぬものの負傷者がではじめる。

 

このままでは押し切られると、二人が焦燥に駆られていると、 ドォンッ!!!! と、轟音が響き渡った。自爆兵達の自爆でもなければ、食人花の自爆攻撃によるものでもない。

 

それは、何かが爆発したような音だった。

 

「【────雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 見れば、巨大な火球が炸裂し、幾束もの『火矢』となって地をゆるがす爆音とともに吹き荒れていた。その威力たるや凄まじく、『火矢』に巻き込まれた食人花は跡形もなく消し飛び、爆風で数十人の自爆兵がまとめて吹っ飛ばされるほどだった。

 

敵味方問わず呆気に取られていると、再び詠唱の声が上がる。

 

「【一掃せよ、破邪の──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

『少年の魂がより深い狂気に染まっていく。』→曇らせ失敗でウガーーーってなってる

 

 

エニュオ

『最高やな!!』→『何アイツ、こわ·······』

フレイヤ

『最高やな!!』→『手に入らぬからこそ美しいものもある』

アポロン

『最高やな!!』→『最高やな!!』

 

 

 

 

 






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