皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
溜め回
闇派閥と冒険者達の争歌が絶え間なく鳴り響くクノッソスの広間でディオニュソスは確かにその『薫り』を嗅ぎ取った。
「··················
ぽつりと呟いたディオニュソスの声は誰の耳に入ることもなく戦いの音色に搔き消される。
暗黒に包まれた一つの一本道を前にしたディオニュソスはふと足の歩みを止め、片手でそっとこめかみに触れた。
何かを感じ取り、自身の記憶を探り始める。
わからない、わからないが確実にその先に
「··················」
儚い葡萄酒の薫り。全てを溶かし、かき混ぜる甘い薫り。
その香がディオニュソスの鼻から脳に伝わり、ぞわぞわと全身の毛が逆立つ。
その薫りをディオニュソスは嗅いだことがある。
その薫りをディオニュソスは知っていた。
その薫りの先にあるものを知っている。
知っている、はずなのに。
思い出せない、いや知らない? いや、違う、知らないはずがない、だってこの薫りは············。
この薫りは············。
この、薫り、は············。
ずきん、と。こめかみの辺りから強烈な痛みがディオニュソスを襲った。
その痛みにディオニュソスは顔を歪め、両手で頭を抑えながらよろよろとその場で膝をつく。
思わず唇を噛み締めれば口の中にじんわりと鉄の味が広がった。
「この先に私の眷属を殺した神が、─────エニュオがいる」
口の中に溜まった血を吐き出し、荒れ狂う疼きをなんとか鎮めるために何度も深呼吸を繰り返すが一向に痛みが引く気配はない。
それどころか頭の痛みは酷くなる一方だった。
ずきんずきんと鳴り響く頭痛に頭を押さえつけながらディオニュソスは道の先に横たわる闇をじっと睨んだ。
「·········行くぞ、フィルヴィス」
振り返ることなく後ろにいるだろう眷属にそう声をかけたディオニュソスの双眸には揺らぐような瞋恚の炎が宿っている。
血と泥と死臭が漂う戦場にあってない薫る甘さに懐の短剣に手をかけた。
「
側に側める眷属の声にディオニュソスは微かに頷き、闇の中へ足を踏み入れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「·············ご機嫌そうだね、エインちゃん」
クノッソス最重要部、迷主の間で戦場の移り変わりを俯瞰していたタナトスはコツンコツンと足音を立てながら戻ってきたエインを見て開口一番そう言った。
いつも通りの仮面、いつも通りのローブに身を包んだエインの表情は伺えるものではないはず、なのだが。
何というか雰囲気が違うと全知零能の神であるタナトスの目にはそう見えた。
クノッソス内に設置された監視装置の目で『剣聖』達と会敵したことまでは確認できているが戦いが始まってすぐに監視装置が余波で破壊されてしまったため、それ以降はエインが何をしていたかまではわからない。
「(クノッソスの様子をみるに『剣聖』とは決着つけなかったみたいだけどなんでお互いに見逃したのかな)」
ここまできてエインがまさかギルド側に寝返ったとは思わないがそれでもタナトスは違和感を拭いきれない。
『剣聖』はどうかは知らないが少なくともエインは表にこそ出さないものの『剣聖』と決着をつけることにある種固執してさえいたはずだ。
戦いの規模を考えればお互いに手を抜いていたわけではなさそうだが·········。
タナトスは薄い笑みを浮かべ、エインが近づいてくるのを待つ。
そして、エインはそんなタナトスに一瞥もくれることなく通りすぎていく。
まるでそこに誰もいないかのように、あるいは興味すらないかのように。
そんな態度にタナトスは肩を竦めながらエインの背中に向かって声をかける。
「お疲れのところ悪いんだけどさ、『精霊の分身』出してよ」
趨勢は決した。エインがここにいる以上、敵方の最高戦力である『剣聖』は完全にフリーだ。
ベヒーモスは『猛者』を撃退するという大金星を挙げたが殺せてはいないし、ベヒーモス自体、理由はわからないが途中で動きを止めて沈黙している。
『剣聖』以外の第一級冒険者も全て健在となれば全て食い破られるのも時間の問題だろう。
『断る、分身どもにはしかるべき『配置』がある。そこから動かすことは罷りならない』
「状況を見ようよ、そりゃ地上召喚できなくなるのは問題だけどさ。このままじゃぜーんぶ持ってかれちゃうよ?」
取り付く島もない冷淡なエインの言葉にタナトスは食い下がる。
確かに『精霊の分身』をクノッソス内部で萌芽させた時点で確かに大局的にはコチラの敗北と言って差し支えないが、それでもここのまま全滅するのを指をくわえて眺めているわけにもいかない。
『精霊の分身』を複数体召喚させれば【ロキ・ファミリア】を殲滅することはできなくともベヒーモスの存在と合わせて『勇者』は撤退を選ぶだろう。
一旦の仕切り直しをさせればまだチャンスはあるはずだ。
そんなタナトスの打算を知ってか知らずかエインの冷徹な声が続く。
『エニュオの神意に背くというのか?』
「いやいや、このまま呑気にお歌歌わせてたら『剣聖』に一体一体狩られておしまいでしょ?」
一体一体を独立して配置している現状、『剣聖』と『精霊の分身』が一対一で戦ってしまうかもしれない。
六体とベヒーモスまとめてならまだしも『精霊の分身』単体では逆立ちしても『剣聖』には敵わない。
このまま各個撃破されて何もなせないまま封殺されるくらいなら同時に解き放って盤面を乱したほうがいくらかマシだ。
『···················································』
「エニュオの人形って言っても限度があるでしょ、秘密兵器が秘密のまま終わっちゃったら喜劇ですらないよ」
「
全知たるタナトスの目から見ても今からこの盤面を覆す一手はない。まだエインが『剣聖』を討っていれば話は違っただろうが。
タナトスの嘲笑を交えた視線と声音がエインを貫くがエインは一切の機微を見せずにタナトスを見据える。
その仮面の奥に潜む底知れぬ視線にタナトスは思わず息を呑んでしまう。下界の存在に対して一度たりとも感じたことのない異物感、それが今のエインから漂っていた。
まるで全てを見透かされているような、見定められているようなその視線にタナトスは居心地の悪さを感じる。
『『道化』は貴様だ、死神。────いや、貴様
寒々しい空気の中、エインの冷徹な声が響き渡る。
なにか、なにか致命的なモノを見逃してしまったのではないかという不安にも似た情動がタナトスの胸中を支配する。
『主からの言伝だ───【此処マデノ協力ニ感謝スル。オラリオノ崩壊ハ私ガトゲヨウ。冥界へ至ル道ハ私ガ開イテヤル】』
『─────【ソノ為ニ、贄トナレ、死神】』
「──────────────」
話は終わりだと、エインはタナトスの脇をすり抜けて『扉』を開いて何処ぞへ行くエインの背中を見送ること数秒。
タナトスはようやく自分が何を見逃してしまったのか、その答えに思い至り、そして───。
「────く、はっ、ハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! 」
笑う。哄笑する。腹を抱え、引きつった顔で、涙すら滲ませながら笑い続ける。
まるでやってられないと。
「あはははは、あはっ、アハハハハハハハハハハっ!! やめてよねぇ、それってさぁ、なんでもわかってるつもりの神にとってどうしようもない恥辱ってやつじゃないか!!」
死神らしい退廃的な雰囲気を一転させ、タナトスは甲高い笑い声を響かせる。
全知たる神の叡智が全てを盤上の外から見下ろす黒幕の神意を看破してしまう。黒幕たる神の手のひらで操られていたことに自嘲と怒りを覚えてしまう。
自身の企みも、眷属達の献身も、全てが茶番。人形劇の人形のように滑稽に操られていただけなんて───笑えないにも程がある。
「本当に、冗談じゃない。善良な
ぎり、と歯軋りをしてタナトスは憎々しげに吐き捨てる。
その神意を、黒幕たる神の企みを知った以上、もうこの盤面の指し手を気取る意味も意義もないが───。
そこにコツン、とエインでも自身の眷属でもない足音がタナトスの耳朶を打つ。
途端、タナトスは笑うことをやめ、ゆっくりとその足音の主へ振り返る。
「追い詰めたで、タナトス」
「あぁ追い詰められたよ、ロキ」
まるでやってられないと、タナトスは眷属を引き連れて現れた
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「【ディオニュソス・ファミリア】は出口付近で陣を張るっす」
上層でマッピングをしていた【ディオニュソス・ファミリア】の面々に前線を下げろというフィンの指示を受けたラウルが告げる。
既にこの層域に闇派閥の兵や極彩色のモンスターの姿はなく、静寂が戻っていた。
「あの··········【ハイ・ノービス】。お言葉ですがもっと奥に··········あちらの岐路に陣を張れば我々だけで階層を繋ぐ階段を監視できます」
ラウルの指示に【ディオニュソス・ファミリア】の団服を着たヒューマンの団員がおずおずと進言した。
もっともな意見だ。
数が多く、それを強みとして求めて動員された【ディオニュソス・ファミリア】を一箇所、それも出入り口前に固めるのは正直に言って無駄遣いだ。
この階層の敵戦力の掃討は終わっているし、出ても精々が水黽型のモンスターでそれならばほとんどがLv.1の【ディオニュソス・ファミリア】でも対処できる。
だが、オッタル────都市最強の敗北から考えても今のクノッソスは前回以上の魔窟と言っても差し支えない。
確かに【ディオニュソス・ファミリア】が多方面を監視してくれるのであれば自分達は別の箇所をより広く警戒できる。
「心配無用ですよ、もうここにはモンスターもいませんし」
「やばい時は扉から脱出させてもらうよ」
僅かに悩むラウルに【ディオニュソス・ファミリア】の団員が言葉を重ねる。
「···············宜しく頼むっす、【ディオニュソス・ファミリア】!くれぐれも無茶はしないように!」
いざとなれば自分達が盾になって守ればいいと結論を出したラウルが頷き、二言三言かわしてからその場から走り去っていく。
「あんなこと言っちゃっていーの? 20人いるって言っても私らほとんどがLv.1だよ?」
「どーしよ、逃げ出したくなってきた」
ラウル達の後ろ姿を見送った後、配置変更を申し出たヒューマンにもう獣人の少女が不安げに呟く。冗談めかした言葉だが、その実、それは本音だ。
言った本人も今更顔を覆って、あっちゃーと頭を抱えている。
「だって
息を吐いて気弱な発言をする青年に周りの団員たちも苦笑いを浮かベる。
「··········やっぱ逃げちゃおっか?」
「おいおい、ディオニュソス様が戦っておられるのにそれはいかんだろう」
茶化すように笑うヒューマンの青年の頭をまた別の団員がこつん、と小突く。
「··········あー、クソ、今まで黙ってたけどオレさ、前のファミリアで仲間をダンジョンに置き去りにして逃げたんだよ···········」
天井を仰いで、少しの逡巡の後に青年が頭を掻きながら重い口を開く。
「そいつらは無事に帰ってきたけどまあ当然ながらファミリアにいられなくなって逃げるように脱退」
「そんな最低でどこにも居場所がなくなったオレを迎えてくれたのはディオニュソス様だけだったんだ」
青年の発言に団員達の顔に様々な表情が浮かぶ。だが、それを馬鹿にするような者はいない。
ここにいる全員が多かれ少なかれ似たようなものだ。
「··········私はエルフなのにまるで魔法の才能がなかった。剣もダメでサポーターの真似事すらできない。役に立たないと歓楽街に売られるところをあの方に助けていただいた」
「··········ワシも似たようなもんだ。誰も彼もディオニュソス様に出会わなければどこぞで垂れ死んでいた半端者の集まりじゃ」
続くようにエルフの女性とドワーフの男が自嘲げに呟く。
【ディオニュソス・ファミリア】の団員達がファミリアの規模に対してほとんどがLv.1の下級冒険者なのは他派閥で落伍者の烙印を押されたものをディオニュソスが拾い上げたからだ。
「··················だからこそさ、そのディオニュソス様に一緒に戦ってくれなんて頼まれちゃったら絶対にもうやらないって決めた『冒険』なんてものを今度は逃げ出さずにしなきゃいけないって思っちゃったんだよなぁ··················」
皆、怖いし、不安だ。
だけど、その思いは団員達の総意だった。
「ディオニュソス様への恩義を返す絶好の機会よね!!」
「ディオニュソス様の為に」
「終わったらまたみんなで乾杯しよう!」
口々に団員達が決意を固め、次々に配置につくべく駆け出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
さーて、そろそろかなぁ。
チャージ始めとこ。
神が送還されるだけならぶっちゃけどうでもいいんだけどせっかくの有望株たちをみすみす死なせるわけにはいかないからな。
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二日酔いで頭痛いディオニュソス「エニュオめ!」
テンションブチ上がりエイン「るんるんっ」
割と好き勝手やってたタナトス「キレそう」
またしてもなにも知らないロキ「追い詰めたで」
ディオニュソスFの皆さん「頑張ろう!」
【聖女アルちゃんの嘘あらすじ】
第一話、才禍の怪物爆誕
第二話、騎士「この話の通じなさ、絶対にヘラの系譜だ·········」
第三話、アオハルナックルで騎士以外の全てを分からせて事実上の退学。
第四話、ロイマン「Lv.7の手にも負えない化物を放流するのやめてくんない?」
第五話、特に理由のない残光鉄拳が美神と猪を襲う!!
【ベルが妹の嘘あらすじ】
第一話、ベルの旅立ち
第二話、宿敵剣姫
第三話、不冷暗殺未遂
第四話、百合はいいよね
第五話、だだしフレイヤ、テメーはダメだ
11章もそろそろ佳境。