皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
「出会っていきなり言うのもなんやけど────終わりや、タナトス」
「ああ、ゲームオーバーだ」
ロキはタナトスの正面に立つとその顔を真っ直ぐ見据えてそう告げる、タナトスもその言葉にも一切動じず、むしろどこか余裕すら感じるような態度で応じる。
終わりを前にした者が浮かべるにはそぐわない、どこか老獪で諦観すら感じるような乾いた笑みを浮かべるタナトスの姿に拭えない違和感と不気味さをロキは感じる。
呆気なすぎるタナトスの敗北宣言にもどこか胡乱なモノを感じずにはいられない。
「自分がエニュオを名乗っとった神か?」
初侵攻時にタナトスに遭遇したレフィーヤからの報告でそうではないと聞いていたが、一応の確認としてロキはそう問いかける。
「俺がエニュオ? ·········まさか、顔や姿どころか本当に神なのかも分からない、そんなやつじゃないよ。···················いや、それどころかそんなやつにいいように利用されて使い捨てられたのが俺だよ」
「···················なんやと?」
ロキはタナトスの言葉の意図が分からず、思わず眉根を寄せて問い返す。
利用されて使い捨てられた?
「やられたよ。誰の前にも顔出さないのはそういうゲームかと思ってたけど思惑を気取られないためとはね─────エニュオは端からここを砦や城としてなんて考えてなかった」
「『生贄』を捧げる『祭壇』、ってとこかな」
ぞわり、と悪寒にも似た何かがロキの背中を這い上がる。致命的な何かを見落としていたのか、そんな焦燥がロキの心を蝕んでいく。
得体のしれない違和感が危惧へと、そして不安へと変わりロキの心に影を落としていく。
タナトスはそんなロキの様子をどこか愉快そうに眺めながら続ける。
まるで舞台役者が観客を焦らすように、あるいは道化師が滑稽な喜劇を演じているかのように。
「
ここまで盤面はフィンが思い描いた通りに進行していた。ベヒーモスという最大級のイレギュラーはあれどそれでも盤面に大きな狂いはない。
呪武器への完全な対策、クノッソスの組織的なマッピング、『扉』を開閉する『鍵』の確保。
初めての侵攻で味わった敗走に近い苦戦、その経験を踏まえての事前準備による盤石の態勢。
フィンという差し手の冴えはクノッソスを形作る人の悪意も、タナトスの神の悪意も確かに凌駕した。
アルという爆弾を敵の懐に放り込んだ時点でフィンの差し手としての勝ちは揺るぎないものとなった。
だが、盤面の外から全てを俯瞰し、盤上の趨勢を嘲笑いながら全てを叩き壊す剣を振り下ろさんとしている『誰か』の影が今になってようやくロキの意識にかかり始める。
「ロキ、貴方は一柱で来たのかい? ここに来るまでお仲間といたんじゃなかったのかい」
「っ───!!」
そこで初めてディオニュソスがいないことにロキは気づく。第一級冒険者を始めとした精鋭以外はフィンの指示で上層に戻りつつあるが神であるディオニュソスはロキがそうであるように前線に残っていたはずだ。
「おい、ディオニュソス!! 今どこにおる!?」
ディオニュソスに渡していたものと対応する『眼晶』を取り出してロキは呼びかける。
『────正確にはわからない。だが、とても暗い通路だ』
『独断行動は謝ろう。分岐していた通路にいる、しかし許してくれ。私はこの先にいる眷属の仇の首を取る·······!!』
明確な怒りと憎悪を孕んだ声がロキの耳朶を打つ。常のディオニュソスからは考えられない瞋恚の火を灯した明確な敵意。
憤激に染まったディオニュソスの声音はロキの知るディオニュソスのそれではない。
そして、その怒りと憎悪が向けられているのは───。
『いる、いるんだっ、この先に!! 全ての元凶が········私の眷属を殺めた仇がっ!!』
憎悪に染まったディオニュソスの絶叫、そして。
「─────っ、待てディオニュソス!! 戻ってこい今はまずい!! 何かが起ころうとしとる、自分一人じゃああかん!!」
神の理知が示す危惧。今更ながらにロキはその危険性を認識する。ディオニュソスを単独行動させてはいけない。
『問題ない、フィルヴィスがいる。────いるな、フィルヴィス』
『はい、ディオニュソス様』
『眼晶』から響く会話、ディオニュソスとそこにいるはずのない眷属のやり取りにロキはついに叫びにも似た声を上げる。
「────っ、自分、誰と話しとる!?」
「自分の眷属は、もうっ─────」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「────────」
『自分の眷属はそこにはおらん、おるはずがない!!』
ロキの声に振り向いたディオニュソスの視界を満たすのは先の見えない闇のみ。
追従していたはずのフィルヴィスの姿はどこにも見当たらず、ディオニュソスは一人、闇の中に取り残される。
辺りを見渡そうともそこには暗闇が広がるのみ。
『自分の眷属はっ、────っ、フィルヴィス・シャリアは
「(フィルヴィスが死んだ? そんなわけはない、確かに私と────)」
いくら周囲を見回しても眷属の姿は見当たらず、フィルヴィスの声すらも聞こえてこない。
ずきり、と。
ディオニュソスのこめかみに再び激痛が走った。
その痛みは先のものより強く、まるで脳を鷲掴みにされているかのような錯覚を覚えるほどのもの。
思わずその場に膝をついたディオニュソスは両手で頭を押さえながら、痛みに歯を食いしばった。
薫る、薫る、薫る。
視界が揺らぐ、薫る。甘美なその匂いはディオニュソスの鼻から脳へ、そして全身へと行き渡り、どろどろと溶けるような熱が血流を加速させた。
ずきり、ずきり、ずきり。
「フィルヴィスっ!? どこだ、どこに、いるっ!?」
眷属の名を呼びながらディオニュソスは必死に周囲に目を凝らす。けれどやはり視界に広がるのは先の見えない闇のみ。
「フィルヴィス! どこへ、どこに行った!?」
ずきり、ずきり、と痛みと熱は増し続け、ディオニュソスから正常な思考を削ぎ落していく。しかしどれだけ叫んでもどれだけ探してもフィルヴィスの返事はない。
ディオニュソスは痛みと熱に浮かされながら、必死に眷属の名を呼んだ。
『はい、ディオニュソス様』
姿はないのに耳へ、聴覚へ、脳裏にフィルヴィスの声が響く。全身を駆け巡る痛みと熱にのたうち回るように甘い陶酔にディオニュソスの意識は悲鳴を上げる。
まるで暗闇がディオニュソスから全てを奪い去ろうとしているかのように認識が揺らいでいく。
暗闇に、暗闇に呑まれていく。
ロキの声も、何もかもが遠くなっていく。その中で唯一最後まで残っていた眷属の声がディオニュソスに優しく囁く。
『はい、ディオニュソス様』
焼き付けられたその声を聞きながら、ディオニュソスは己の意識が暗闇に沈んでいくのを感じる。
闇が手を伸ばす。
暗闇がディオニュソスを引きずり込む。
痛みも、熱も、意識さえも暗闇に呑み込まれながら、ディオニュソスは闇の中へ沈んでいく。
甘い葡萄酒の薫りがディオニュソスの鼻腔をくすぐる。甘美な薫りに誘われるように暗闇を昇っていく。
折った膝を伸ばし、立ち上がる。
ふらり、ふらりとおぼつかない足取りでディオニュソスは歩み始める。
「(どういうことだ? フィルヴィスが消えた?)」
「(─────いや、違う?)」
「(エルフの少女など最初から────)」
思考にノイズが走り、なにを考えるべきなのか、それすらわからずにディオニュソスの思考は暗闇を漂う。
「··················なんだ、なにが、なにを···?」
幻聴、幻覚、それとも現実? ディオニュソスの認識は定まらず、ただ導かれるように暗闇を歩む。
不快な雑音と茫漠な闇がディオニュソスの思考を搔き乱す。
葡萄畑の香り、花々の薫り。
楽園の如き香りが甘くディオニュソスを酔わせる。その薫りに誘われるままディオニュソスは歩き続ける。
「幻覚、幻術············? いや、馬鹿な、そんなわけはない、そんなはずはない、ありえなぃ·····っ」
ぐらり、と。
暗闇が歪む。
ぐにゃりと視界が歪み、ディオニュソスの意識が闇の中を漂う。
頭を軽く振るい、ディオニュソスは意識をしっかりと保とうとするが、その瞬間に闇は牙をむくように襲いかかってくる。
甘く薫る葡萄畑の薫りが強まると同時に幻聴が激しくなる。耳元へ囁かれているような感覚にディオニュソスは思わずその口元を手で押さえた。
「馬鹿な、私は神だっ、超越存在だ、下界の異能に遅れを取る道理が─────っ」
全知零能の身に堕ちようとも神は神、天に座する超越存在の理知を下界の異能如きが犯せるはずもない。
ありえない、ありえるはずがない。
そう口の中で呟きながらディオニュソスは闇を歩む。匂いはどんどん強くなり、ディオニュソスの鼻を刺激する。甘い香りは強まるばかり、強くなった薫りに誘われるようにディオニュソスの意識が更に混濁していく。
振り払うように頭を振りながら歩み続ける。
それでも甘い薫りが絶えず漂い続け、その香りがディオニュソスからナニカを少しずつ奪っていく。
頭の中で何かが囁くのだ。
この香りの先へ行けと、この香りに全てを委ねろと。
その囁きはディオニュソスの意識を少しずつ暗闇へと引きずり込んでいく。
甘い薫りが強まり続ける。
匂いは更に強くなる。まるで手招きをするかのように甘美な薫りがディオニュソスを誘う。
ふらふらと、おぼつかない足取りでディオニュソスは歩み続ける。
「そうだ、ありえない、ありえないのだ、ありえてなるものか、ありえるはずがないのだ、ありえることがありえないのだ、ありえないのに、ありえては、ならないのに·········」
うわ言のようにディオニュソスは呟く。
『はい』と耳元へ囁く声がある。
『ディオニュソス様』と頭の中で声が響く。
「あ、ぁ、ああ············っ」
反立する陶酔と耽溺する光が劇場を創り出す。耳元で囁かれる声を、頭の中で響く声音を肯定する己が神意をディオニュソスは否定する。
しかし、それでも、その陶酔と耽溺する光に抗えない。
劇を笑いながら見下ろす万雷の喝采が劇場を満たす。その喝采に、その光に、その輝きに、ディオニュソスの理性は溶かされていく。
溶けた理性は形を失い、どろどろと暗闇へ流れ落ちていく。瞼をきつく閉ざす。それでも闇の奥から薫る甘美はディオニュソスの意識を絡め取って離さない。
耳元から聞こえる声が、頭の中で囁く声が、ディオニュソスの意識をかき乱し、狂わせる。
笑みが、笑いが、嘲笑がケタケタと劇場を包み込んだ。
暗闇が笑う、ディオニュソスの意識に絡みつく。
『ディオニュソスっ!! どうしたディオニュソス!!』
反応が消えたディオニュソスに呼びかけるロキの声が『眼晶』から伝わるが万来の喝采にかき消されて届かない。
ロキの呼びかけに答えず、ディオニュソスは暗闇を彷徨い続ける。その歩みが劇場へ続く階段を上り始める。
ゆっくりと、一歩ずつ、踏みしめるように階段を上るディオニュソスは暗闇の中から聞こえる声に耳を澄ます。それは甘美で蠱惑的で、そして抗えないほどに魅惑的な声だ。
その声は囁くのだ。
この劇の主演は『■■■』だと。
脚本も演出も全て甘い葡萄の甘美な薫りが創り出した仮面の夢だと。ディオニュソスはその声に誘われるまま、階段を上り続ける。その歩みが少しずつ速度を上げる。
暗闇の中で囁く声に誘われて、一歩ずつ階段を上っていくディオニュソスはその瞼をゆっくりと開き、眼下を見下ろした。
まるで天上へ続く階段のような長い長い段差を上り詰めた先に広がるのは深い闇だ。
喜劇が、歌劇が、悲劇が、その全てを見下ろす貴賓席がある。
仮面達の喝采が暗闇に響き渡り、劇場を包み込む。万来の拍手喝采に迎えられながらディオニュソスはゆっくりとした足取りでその壇上へ向かう。
酩酊する、酩酊する、酩酊する。
闇はディオニュソスを歓迎し、甘言の声を囁き続ける。甘美な芳香と万来の喝采がディオニュソスの歩みに力を貸す。
舞台の上に上がると劇場を埋め尽くす仮面達が一斉に立ち上がり、喝采を浴びせる。その喝采はまるで巨大な声帯を震わせるような凄まじい音量だった。
けれど酩酊するディオニュソスにはその声は聞こえない。ただ己を取り囲む無数の仮面達の笑みだけしか認識できない。
「───────··················エ······ニュオ?」
いる、闇の先に、喝采の中に、ディオニュソスの眷属を奪った存在がいる。
万来が喝采する劇場の中心でディオニュソスはその歩みを止めた。そしてゆっくりと、闇から溶けだしたようなその姿を見据える。
「────────」
『道化』。
そんな呟きが口の中で消えた。
「馬鹿な············そんなっ············私が追い続けてきた『仇』は─────っ」
ディオニュソスの復讐の終わり、全てを盤上の外から操っていた黒幕が目の前にいた。
仮面に隠されたその表情は見えないが、その内側にあるのが自分と同じ神であるということはディオニュソスにはすぐに理解できた。
その内側にあるのが───であるということはディオニュソスにはすぐに理解できた。
しかしそんなはずがないとディオニュソスは頭を振る。
そんなわけがない、あってはならない、そんなことは間違っているのだと否定しながらも心の奥底から湧き上がる衝動を止められない。
それはまるで獣の本能のようにディオニュソスの中で叫び続ける。
葡萄酒の薫りが、甘美な薫りがディオニュソスを駆り立てる。万雷が、喝采が、拍手が、劇場を埋め尽くす仮面達がディオニュソスの理性を溶かす。
その衝動に身を委ねろと囁く声がする。
ディオニュソスは震える手で短剣を抜き放ち、仮面の神へ突きつけた。
だが。
「──────」
仮面が外れる。
エニュオの仮面がディオニュソスの前でからんと音を立てて床に落ちる。
そして、その下から現れた素顔は─────。
エニュオの正体は─────。
『ディオニュソス!!』
ロキの声が今になってディオニュソスの耳に届く。
あぁ、けれど。
万雷の喝采が劇場を埋め尽くす。
拍手と歓声が暗闇を呑み込む。
「すまない、ロキ」
神の身体をエニュオの刃が貫いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
どん、と重い音を立てて『それ』は立ち昇った。
夜闇に包まれたオラリオを照らす一筋の光輝。
都市そのものが震える。
全てを包み込み全てを貫く天空の唸りに全てが共鳴する。オラリオに存在する全ての者はその光を見上げた。
人知を超えた莫大なその光に込められたのは神の絶叫にして断末魔、甚だしい衝撃と天をも揺らす大音響。
『光の柱』。
地上に存在するありとあらゆる現象の中で最大のエネルギー量が光の奔流となって立ち上る。
「光の柱!?」
ホームの窓で夜景を眺めていたヘスティアはその輝きに驚愕する。
「神が送還されたのか!?」
ダイダロス通りで陣を張っているガネーシャは七年前にも見たその光の柱に驚愕する。
「一体、誰が··········」
そして、バベル、都市全てをへ見下ろす白き摩天楼にてフレイヤはその光の顕現を見届けた。
オラリオ全てを激震で包み込む純白の輝きは光の奔流となって荒れ狂う。都市を揺らし大地を震わせる衝撃は当然のように発生源であるクノッソスを大いに揺らした。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!?」
「一体、何が起こったぁぁぁ!?」
昇華した眷属でも立っていられないほどの揺れに撤退中の【ヘルメス・ファミリア】も、ロキに合流間近のフィン達も、クノッソスに在る全ての者がその衝撃に翻弄される。
都市が砕けたかと思われるほどの莫大な光の奔流は天空の彼方へと消えていき、オラリオ中の視線と耳を釘付けにした光の柱も次第に細くなり消えていった。
後に残るのは夜の静寂。
都市を激震させた大地震もまるで嘘のように消え失せる。
「──────っ、!!」
危惧を知らせる親指の疼きにフィンは己の親指を見下ろした。
「全力でロキとの合流を目指す!! 立ち止まるな!!」
フィンの号令に一も二もなく団員達は駆け出した。
─────そして、『祭壇』は起動した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
はいはい茶番おつ。どんだけ待たせるんだよ、ダボが。
「──────さて、と俺も久しぶりに全力出すか」
神が送還するのもクズが死ぬのも勝手だがつまらない茶番で犠牲者出すのはそれこそつまらない。
人造迷宮の各地とオラリオ四方に、後はバベルに撒いておいた俺の血と極彩色の魔石を封した『炉』。
そして、神の送還によって起動した『祭壇』によって精霊の魔力で包まれ異界化したクノッソス。
割と賭けの要素が強かったけど使えそうだな。
24階層の苗花の環境を見て使えるとは思っていた、いや使えなかったら今後の展開無視して最大チャージした残光英斬に【リーヴ・ユグドラシル】を乗せた斬撃ミサイルばら撒いてあらかた吹っ飛ばすだけなんだけど。
【加護精霊】最大励起。
【レァ・ポイニクス】最大範囲。
【英雄覇道】最大蓄力、
そして、【枝の破滅】祝詞完唱、
このためだけに曇らせ関係ない準備をあれだけしたんだからな。
「──────【
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ヘスティア「えっ」
白髪「名前だけだからセーフセーフ」
【聖女アルちゃん嘘あらすじ】
第六話、「新人冒険者です仲良くしてね」
第七話、『戦いの野』追放
第八話、『黄昏の館』門前払い
第九話、『豊穣の女主人』出禁
第十話、モノホンの聖女との出会い
【聖女√嘘あらすじ】
第一話、「こ、これが怪人の力········」
穢れた精霊、レヴィス、エニュオ「「「なにそれ知らん、こわ···········」」」