皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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ちょい長いよ




183話 騙現(エスピリト)精霊の聖火殿(エトン・ウェスタ)

 

 

 

 

「─────あぁ、なるほど『神の送還』がスイッチだったわけだ」

 

 地鳴り、そして、揺れ。クノッソスそのものが震動し、ぐちゅぐちゅと不気味な音が鳴り響く。

 

その音と共に、何か巨大なものが蠢き出す。ロキとタナトスがいる迷主の間にも遠くから鳴る肉の氾濫が近付いてくる。

 

それは、緑肉の濁流。

 

クノッソスを内側から喰らい尽くすように溢れ出し、濁流となって押し寄せる。

 

「『神の送還』がスイッチ!? 一体、何を言っとる!?」

 

「さてね、大方エニュオが『精霊の分身』にあらかじめ細工でもしていたんじゃないかな」

 

 場を俯瞰する術を持たないロキの困惑を全てはもう手遅れとばかりにタナトスは軽く受け流して嗤う。

 

「状況は分からなくてももう逃げ出しても無駄、ってことはわかるだろう?」

 

 皮肉げにタナトスは口元を歪めてロキを嗤う。その態度にロキは歯ぎしりするが、言い返すことも出来ない。

 

「─────ロキ!!」

 

「フィン!?」

 

 緑肉の濁流を背に迷主の間に駆け込んできたフィン達精鋭部隊にロキは目を見開く。

 

クノッソスを貪り喰らい尽くす緑色の触手の濁流が迷主の間まで迫っている。

 

「気持ち悪い肉の波がすぐそこまで来てる!!」

 

「早く逃げないと呑み込まれる!?」

 

 ティオネとティオナの悲鳴のような叫び。クノッソスに鳴り響く肉の鳴動はまるで巨大な怪物がのたうち回っているかのよう。

 

「────っ、団長、()()()!!」

 

 そして、その肉の波はこの迷主の間に繋がる通路の先から濁流のように押し寄せてくる。

 

その気配をいち早く察した団員の切迫した声にフィンは即断する。この怪物の濁流に呑み込まれれば全滅は必至。

 

「────扉を閉じる!!」

 

 咄嗟に扉を開閉する『鍵』を突き出し、最硬精錬金属の扉を閉じて緑肉の進行を間一髪で食い止める。

 

ベヒーモスの解放に始まり、エインとアルの戦い、そして神の送還。

 

ダイダロス千年の執念の結晶たるクノッソスをして耐えきれない三つの衝撃に苛まれていたその構造に亀裂が入り、巨大な肉の濁流は最硬精錬金属の扉を抉じ開けんとぎしぎしと軋む。

 

その亀裂の隙間からは、緑の触手が幾本も溢れ出てきていた。

 

「残念だなぁ『勇者』。今君たちが入ってきた『扉』以外にこの広間の出口はない、袋小路ってやつさ」

 

 最大の危惧に苦渋を強いられたフィン達をタナトスは心底から皮肉げに嗤う。

 

その笑みにロキはぎりっと歯を食いしばり、ティオネは怒りに顔を紅潮させるが唯一の出口である『扉』が今まさに緑肉の濁流に呑み込まれた以上、現実としてこの広間から脱出する手段はない。

 

「数百メドル以上にも及ぶ『精霊の分身』の緑肉の壁············頼みの綱の『剣聖』は単独行動、『猛者』は今頃地上かな?」

 

「どちらにせよ、最早都市最強(Lv.8の英雄)でも突破は不可能だよ」

 

 死刑宣告のように紡がれるタナトスの宣告にフィン達は顔を苦渋に歪める。

 

何度も味わってきた死が喉元を掠める感覚、だが、今回のそれは今までとはまるで質が違う。

 

都市最強が、『剣聖』が、『猛者』が、いない。

 

『勇者』の冴えを上回る邪神の悪意が容赦なく突き付けられる。

 

最強は不在、切り札である『猛者』も戦線を離脱し、頼みの綱だった『剣聖』は今も下層にて単独で戦っている。

 

数多の冒険を乗り越え、時にはギリギリまで追い詰められながらも生還してきたフィン達だが今回はその経験を以てしても切り抜ける術が思い浮かばない。

 

第一級冒険者の勘が迫る全滅の気配を予感する。

 

こうしてる今も刻一刻と緑肉は広間の亀裂を押し広げ、フィン達に迫りつつある。

 

その絶望にフィンでさえその碧眼を歪ませずにはいられない。

 

「俺も【ロキ・ファミリア】もここでおしまい」

 

「ゲームオーバーだ、【ロキ・ファミリア】」

 

 【ロキ・ファミリア】の主力たる第一級冒険者の約半数とファミリアの主神。

 

そのどちらを欠いたとしてもその損失は、余りにも大きい。

 

何よりも後者、主神の送還は恩恵を刻んだ眷属のステイタスの封印を意味する。

 

主神を失ってしまえばいくらその器を昇華させてきた眷属でも新しい神に改宗するまで恩恵を失ってただの常人に成り下がる。

 

上層でも当然のように起きているだろう緑肉の氾濫のただ中に恩恵を失えば残るファミリアの眷属達、アイズやベート達はもちろんのこと、より下層にいるアルもその末路は考えるまでもないだろう。

 

詰み、ゲームオーバー。

 

最早、どうすることも出来ない。

 

「このままエニュオの思惑通りロキが脱落すればオラリオは無事崩壊するだろう」

 

 都市二大派閥の片割れ。大神(ゼウス)女神(ヘラ)の最強の称号を継いだ現代の英雄達。

 

迷宮攻略の最前線にして千年の最強が敗れた『黒竜』を討つ為の下界最後の希望。

 

最早、『次』はないと神々と賢人達に断じられた英雄の器達。

 

そんな彼ら彼女らが全滅すれば下界は希望を失う。これまで積み重ねた都市の歴史が無に帰しかねない、オラリオの終焉。

 

美神の派閥だけでは大神(ゼウス)女神(ヘラ)の代わりにはなれない。

 

救界(マキア)』は、果たせない。

 

「俺が斃れても後のことは全てエニュオに任せさえすれば再び下界は昔日の混沌に逆戻り、天に還る子供たちの魂は増えて俺の願いも成就する」

 

 滔々と語るタナトスは仮面のような笑顔のまま事実を羅列する。それこそが自分にとっての理想だと宣言するように。

 

けれど。

 

「──────冗談じゃない」

 

「たとえそれが強制された『悲願』だったとしてもここはバルカちゃんやみんなが必死に生きた証だったんだ」

 

「·············だから、仕返しだ」

 

 ほんの数分前に初めて対峙したばかりの関係だがタナトスが初めて浮かべる白い笑みにロキ達は確信した。

 

邪神であることは間違いないだろうがタナトスもまた、眷属を愛する主神であったということを。

 

「行けよ、ロキ。───死神からのプレゼントだ」

 

 その笑みに息を呑むロキ達に笑いかけるように短剣を引き抜いたタナトスは自らの胸にその刃を突き立て、躊躇無く刺し突いた。

 

ごぼり、と血泡を口から吹き、タナトスは崩れ落ちる。

 

致命傷、死を避けんと神の肉体が『神の力』を行使する。

 

「─────っ、タナトス!?」

 

 どん、と光の大瀑布が一筋の光柱となって先ほどに次ぐように全てを貫いてクノッソスを貫通する。

 

その光に思わず目を眩ませるフィン達、そして、光が止み、目を開けた時。

 

そこにはもう、タナトスの姿はない。

 

代わりに光柱によって穿たれた地上への風穴。

 

「─────あの穴から脱出や!!」

 

 この場にいる誰よりも早くタナトスの意図を汲んだロキが叫べば、団員達は一斉に動き始めた。

 

その風穴こそはクノッソスから地上へと直通する唯一の脱出経路。

 

タナトスの餞別。

 

その風穴へと駆け出す団員達、ロキを抱えたフィンを最後尾に第一級冒険者達は死に物狂いで地上へと駆け登る。

 

「行けええええええええええええぇぇ!!」 

 

 死を目前としたかつてない加速に団員達の肺は悲鳴を上げ、心臓が張り裂けそうになる。

 

だが、それでも第一級冒険者達は足を止めない。

 

この風穴を逃せば次はない、その一心で駆け抜ける。

 

刻一刻と穿たれた孔を埋めようと緑肉が押し寄せる。

 

だが、第一級冒険者達の激進の方がほんの少しばかり速い。

 

「地上じゃ!! 近いぞ!!」

 

 瞬く間に地上目前、二層にまで到達する。

 

脱出を目前としたその風景に団員達は歓喜に顔を綻ばす、が。

 

その時。

 

『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ!!』

 

 破鐘の咆哮。緑肉の合間から蛇のように飛び出してくる食人花、光柱の瀑布に巻き込まれなかった極彩色のモンスターが宙空を奔るフィンが抱えたロキを目掛けて奔る。

 

最悪のタイミング、全力の跳躍中に不意を完全な形で突いた奇襲。

 

だが、開かれた食人花の口腔を目前にしたフィンはまさに神速。

 

右手で抱えたロキを放り投げ脱出寸前のティオネへ託し、左手の槍で唸りをあげる食人花を解体するのに僅か一秒と少し。

 

そして、たったのその二秒足らずが『勇者』から勢いを失わせた。

 

「(············もう何をしても届かない)」

 

 一瞬の停滞、跳躍の勢いを失ったフィンの身体を空を仰ぎながら緑肉の顎門が捉える。

 

「(ロキ、貴方を主神に選んで正解だった)」

 

「(次の世代も育ってる)」

 

「(英雄候補も一族再興の兆しにも出会うことができた)」

 

 走馬灯が如く想起される情景。

 

軽薄で、女好きで、酒癖も悪いが情に厚い主神。

 

高慢だが不義理を嫌い、真っ直ぐなハイエルフとその従者。

 

頑固で堅物だが義理堅く、頼れるドワーフ。

 

その四人との数年の旅、そしてオラリオに来てからの幾星霜。何度も重ねた別れと出会い、そして後に続く次世代の者達。

 

どれもこれもが素晴らしい冒険の日々だった。

 

だが、もうそれも終わりだ。

 

『勇者』は、フィン・ディムナはここで終わりだ、一族の再興を見届けることなく。

 

けれど。

 

「··············後は任せたよ」

 

 純白の笑顔。落ちていく団長の姿に叫びをあげるティオネ達と今はここにいないアル達へ紡ぐ。

 

そして、フィンは緑肉に呑み込まれていく。

 

「だっ、団長ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 ティオネの絶叫が響き渡る。その慟哭も、緑肉に遮られていく。遠目から見ても分かる程大量の緑肉の濁流がフィンへと殺到する。

 

 

 

 

「────させナイ」 

 

 

 

 

その終わりに否を告げるように一筋の黄金が奔る。

 

「君、は────」

 

 美しくはあれど人類とはかけ離れた異形。緑肉の濁流をその飛行能力で以って躱す『異端児』の姿にフィンは目を見開く。

 

ほんの数日前、期せずして共闘を交わした歌人鳥のレイ。

 

「その手ヲ前へ!!」

 

 自分自身も緑肉にとらわれそうになりながらもフィンの元へと飛翔する。

 

そのレイの言葉にフィンは咄嗟に手を伸ばす。

 

「離脱しまス!!」

 

 翼を持つ怪物がゆえに可能とする宙空での加速、フィンの腕をその鉤爪で掴みながらレイは緑肉から逃れて飛ぶ。

 

第一級冒険者に匹敵するポテンシャルをフルに発揮した高速の飛翔、遥か頭上の満月を目指すようにレイはフィンを連れて上昇する。

 

「「─────っ!!」」

 

 本来であれば間一髪で逃れられたはずの緑肉。だが、その濁流はレイの飛行を上回りフィンとレイに覆い被さる。

 

六体の『精霊の分身』による『祭壇』の起動。

 

それだけであればギリギリのところで逃げ果せるはずだった。

 

むしろアルが横流した深層域の魔石の大量摂取によってそのポテンシャルを引き上げたレイならばほんの僅かの余裕すら持って脱出可能だった。

 

だが、クノッソス内にいる『精霊の分身』は六体だけではない。

 

ベヒーモスとエイン。

 

ともに完全な形での『精霊の分身』とは言えないが『宝玉の胎児』を複数取り込んだ両者の存在は『精霊の分身』以上の要石として働く。

 

詠唱にこそ加わっていないがただそこにいるだけで『祭壇』の出力を僅かなりとも底上げする。

 

エニュオの『剣聖』に対する危惧の結果が思わぬところでフィン達に牙を剝いた。

 

そして、その牙はフィンとレイの身体を緑肉に呑み込む。

 

今度こそ、フィンは呑み込まれる。

 

そのはずだった。

 

緑肉が二人を呑み込む直前。

 

「「!?」」

 

 不死鳥を思わせる緋色の焔が緑肉の濁流を焼き払った。

 

常人とはかけ離れた動体視力を持つ二人の反応すら超越した速度で奔った炎。

 

見れば眼下のクノッソス全体が赤く輝いた。その光に緑肉は悶えるように震え、一部が灰と化して崩れ去る。

 

瞬時の爆炎の後、フィンとレイが呑み込まれるはずだった緑肉は跡形もなく消え去る。

 

「─────この音、は」

 

 その時フィンは確かに聞いた、クノッソスから響く『鐘』の音色を。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

フィン達がクノッソスから脱出する少し前に時は遡る。

 

神の送還。

 

地下から地上の全てを貫いて天へと昇っていく光の巨柱。

 

一切の例外なく直上に存在する全てのものを消し飛ばしながら光の奔流が突き進む。

 

そしてその光に呼応するように『祭壇』が起動する。

 

『ラララァァ────────··············』

 

 澄んだ鈴の音のようでありながら、聞くもの全ての心を鷲掴みにするかのような魔性の魅力に満ちた歌声。

 

無垢と魔性、歓喜と悲哀、相反するはずのものが同居した甘美なる合唱。クノッソスの異なる場所に配置された六体の『精霊の分身』が共鳴し、その力を相乗させていく。

 

六つの歌声の奏律。異なる音階が調和して一つの歌を紡ぐ。神へ捧ぐ祝詞のようでありながら、それは同時に神をも殺さんとする呪いの歌。

 

そして、歌声が、この空間の全てに波及した。

 

六つの妖歌を繋ぐように光の円環が広がっていく。

 

そして、ぐちゃり、と。

 

分身から緑肉が膨れ上がり、加速度的にその体積を増していく。氾濫するように、爆発するように。

 

悍ましくも淫靡な肉の奔流が地下空間を蹂躙し、破壊してなお溢れ出す。荒れ狂う緑肉は形を変え、寄り集まり、そして人を喰らう為に最適化されていく。

 

触手が生まれる。腕が生える。まるで子供が粘土をこねくり回して遊ぶように、贄と捧げるための異形の氾濫。

 

一切の隙間なく空間全てを瞬く間に埋め尽くす濁流に床も壁も天井も区別はなく、空間そのものが一つに溶け合っていく。

 

神々がオラリオ後に降臨した神時代の始まりに今もなおその威容をオラリオの中心で保つ白き摩天楼バベルを建造した神域の天才ダイダロス。

 

ダンジョンという混沌の美に魅了され、人の手でもってその混沌の美を探求せんとした天才にして狂気の探究者が手がけた未完の傑作、クノッソス。

 

始祖たるダイダロスの妄念。1000年もの間一族に受け継がれてきた悲願であり、呪縛。

 

混沌の美の完成の先にあるものを求めて、完成を見ることなく散ったダイダロスの遺志を継ぐ一族によって造られ続けてきた地下迷宮。

 

その千年が蝕まれ、涜され、上書きされていく。

 

『ラララァ───────』

 

「あ、あぁ················!」

 

「お、おい、なんだよこれっ!?」

 

「ひぃぃ!? た、助けっ」

 

「い、いやぁぁ! いやぁぁ!」

 

『ララララァァ──────···········!!』

 

「に、逃げなきゃ···········! 逃げなきゃぁ···········!」

 

「ま、待ってくれぇぇぇ!」

 

「ひぃぃぃ! ひぃぃぃ!」

 

 恐怖と絶望がクノッソスに広がっていく。歌声によって空気が、空間全てが狂気に蝕まれていく。

 

最も早くその肉の氾濫を視認し、その犠牲となったのは発生源である『精霊の分身』を守るための防衛戦力として最深部に張っていた闇派閥【タナトス・ファミリア】の眷属達。

 

なにも知らない、何も知らされていない。ただ、神に命じられるがままに『精霊の分身』を護衛していただけの雑兵。

 

その眷属達が、緑肉に飲み込まれていく。

 

悲鳴と絶望の合唱がクノッソスに木霊し、その悲鳴と絶望すらも歌声は塗り潰していく。

 

これまでに行ってきた非道の代償だとしてもあまりにも惨すぎる光景が、クノッソスの全てに広がっていく。

 

各々が魔剣や呪詛、魔法で以って自らに迫る緑肉の氾濫を退けようと抵抗するもその抵抗は無意味。

 

自らに迫り来る触手を剣で切り裂こうとも、それは触手の表皮を浅く裂くだけ。

 

魔法が直撃しようが触手は止まらない。それどころかより勢いを増していく。

 

絡め取られ、『養分』として『捕食』され、飲み込まれる。

 

上級冒険者行方不明事件で攫われた上級冒険者が緑肉に取り込まれたのと目的は同じ。

 

ただ、より暴力的で容赦がなかった。

 

悲鳴は歌声に塗り潰されて誰にも届くことはない。

 

ただ、無残に、無造作に、無慈悲に。クノッソスを蹂躙する緑肉は全てを吞み込んでいく。

 

「これは『精霊の分身』なの!? 何故!? どうなっているの!?」

 

 自らの尖兵であるはずの極彩色のモンスターも区別なく食らっていく緑肉の波濤に闇派閥のローブを剥ぎ取られた妙齢のヒューマンの女性がヒステリックな悲鳴を上げる。

 

「タナトス様ッ、どうかお願いします!! 私にできること全てを捧げてきました!!」

 

「どうか、夫と子と再会できる未来を───」

 

 矮小な人間の願いなぞ知ったことではないと緑肉が全てを吞み込んでいく。

 

闇派閥の兵の次に緑肉の矛先が向けられたのは【ディオニュソス・ファミリア】。

 

主神の送還により、そのステイタスを封印された彼等に神の眷属としての超人的な身体能力は残されていない。

 

ランクアップを果たした眷属でも逃れられるかどうかという窮地を常人と変わりない彼らが潜り抜けられる道理は当然ない。

 

「これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢、早く覚めて────!!」

 

「嫌だ嫌だ嫌だぁぁこんなところでこんな死に方だけはぁ!! 誰か助けてぇ!!」

 

「お前達逃げろぉぉおおおおお!!」

 

 主神への恩義に報いんとしていたエルフも、かつての派閥で落伍者の烙印を押されていた獣人も、今度こそは自分が仲間を守ろうと盾にならんとするドワーフも緑肉の標的とされる。

 

「助けてッ、【ロキ・ファミリア】ぁぁぁぁぁ!?」

 

 オッタルの敗北を聞いたフィンの命で戦線を下げていたことで【ロキ・ファミリア】達はその緑肉の波濤から辛くも逃れることができる。

 

だが、ステイタスを失って助けを求めるだけの烏合の衆となってしまった【ディオニュソス・ファミリア】に逃れるすべはない。

 

死を直前とした者たちの手が助けを求めるように【ロキ・ファミリア】に伸ばされる。

 

だが、その手を取ることはできない。

 

「ッ、許してくれ!!」

 

「〜〜〜〜〜〜っ、ごめんなさい!!」

 

 歯を食いしばり、目をそらすように背を向けて【ロキ・ファミリア】は緑肉の波濤から、その救いを求める悲鳴から逃げる。

 

一人でも救おうとすれば伸ばされた十や二十の手が絡みつくだろう。

 

【ロキ・ファミリア】は知っている、どんなモンスターよりもそのか弱い手が何よりも恐ろしいと。

 

だから背を向けて逃げる。

 

その背に向けて伸ばされた手を、救いを求める声を全て無視して。

 

「いやぁあああああああああああああああ!? ディオニュソス様ぁぁ!!」

 

「来ないで、来ないでぇ!!」

 

「許さねぇぞ、【ロキ・ファミリア】ぁああああああ!!」

 

 ある者は敬愛する主神の名を叫び、ある者は絶叫を、ある者は自分達を見捨てた者への呪詛を吐きながら生を諦める事を強制される。

 

「フィルヴィス·········ディオニュソス様ぁ」

 

 ファミリアの最古参であり、共に昔を知る同胞も敬愛する主神も喪ったアウラはその美しい顔を涙でぐしゃぐしゃに濡らしながら呟く。

 

「こんなの··············こんな終わり方」

 

 眼前に迫る緑肉が、まるで死そのもののようにアウラの瞳には映る。祈りもなにもどこにも届かない。ただ、その緑肉に飲み込まれるのを待つしかない絶望。

 

悪も正も区別なく、只人も妖精も区別なく。等しく全てを飲み込まんと波打つ緑肉がアウラの視界一杯に広がる。

 

「ひどい」

 

 【ディオニュソス】の名を冠した眷属達は一切の例外なくその緑肉に飲み込まれる─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────犠牲を迫られる。

 

悪辣なる邪神の奸計を見抜けなかった代償。

 

【ロキ・ファミリア】は死なないだろう。

 

だが、信じていたものに裏切られ、そして裏切られていたことにすら気づかずに【ディオニュソス・ファミリア】は墓標を築く。

 

恩恵を失った彼ら彼女らを精霊の顎から救う手立てはない。

 

犠牲を迫られる─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────【我は終末の語り部、地獄(おおあな)(ふた)を開く(ぐしゃ)────」

 

──────────··········································。

·············································。

························。

 

【争歌の楽譜、開戦の角笛。汝の手に勝利の刃はなく、災禍の咎鳴だけが鳴り響く】

 

 残酷なる現実に否を突きつけるかのように、悪逆なる邪神に立ち向かうかのように。

 

───詩が響く。

 

地の底から響く『祝詞』。魔法の詠唱ではない、されど力を持った言霊の調べ。聞こえるはずのないその歌声が、クノッソスの全てに木霊する。

 

【汝の運命(さだめ)(にえ)にあらず、閉ざされし赤の添え手】

 

 その詩に沿うように『それ』が響き渡る。

 

ゴォン、ゴォォン、と重く響く鐘の音色。

 

希望の咆哮を謳う『大鐘楼』とも、未来を託す『聖鐘楼』とも掛け離れた紛い物の、偽りの『黒鐘楼』。

 

黒い光の奏律が空間全てに響き渡り、全ての音という音を塗りつぶしていく。

 

【悲劇は絶えず、報いはなく、あとに残るは薄汚い灰のみ】

 

 不死鳥の付与魔法の最大励起、黒鐘楼へ至ったスキルの収束、そして呪武器の代償に焼かれる英雄の五体。

 

絶望の中にあって、それでも光を謳う詩が紡がれる。

 

神時代始まって以来の才禍、英雄となることを世界に強制された当代最強の男が振るう至上の力。

 

【されど芽吹く、英雄の歌】

 

 黒鐘の音色と英雄の調べに応えるように数十、数百の細くも輝かしい緋色の光柱が立ち昇っていく。

 

それはクノッソスの中からであり、ダンジョンの大穴を覆うバベルからでもある赫灼の火柱。

 

なにものも燃やすことなく、ただその火柱の輝きは闇を照らし出す。

 

それは英雄が作り、自らの火を灯していた『炉』。極彩色の魔石を核とし、穢れた精霊の魔力に適応する継火。

 

神と精霊に属するものにしか理解を赦さない天域の聖火。

 

「また、神の送還···········いや、これはっ」

 

 遠くに立ち昇る()()()()()に類似した聖火の輝きにホームにいたヘスティアが窓からバベルの方を見やる。

 

「これは、『精霊の奇跡』────?」

 

 ヘスティアの驚愕を引き継ぐように祈祷の間で手に持つ『眼晶』の奥に輝く光の旋律にウラノスは静かに呟く。

 

穢れた精霊によるものではない。

 

正しくは穢れた精霊による『精霊の奇跡』の行使を掠め取るかのように、クノッソスに満ちる力を簒奪して成立した儀式。

 

満ちる精霊の魔力を気体燃料に見立てて火をつけるが如き邪道の祭儀。

 

【神々よ、ご照覧あれ。道化の讃歌を繋ぐ贖罪(あがない)一槍(いっそう)を】

 

 精霊にのみ赦された奇跡を以って、ただ一人の人間が引き起こす神の権能の模倣。

 

【加護精霊】による自身の存在の昇華。

 

【英雄覇道】の最大蓄力による限界突破(リミット・オフ)

 

そして、祝詞による呪武器の限界突破(リミット・オフ)

 

この三つと『炉』を燃料としてかつてないほどの範囲を以ってして燃え上がる【レァ・ポイニクス】の炎。

 

【妖精の詩人、我が真名()はそこに置いていく】

 

 幾百の『炉』を祭壇に、クノッソスに満ちる穢れた()()の魔力を薪に、そして呪詛の代償に焼ける我が身に宿る神血を神の力に見立てて偽りの聖火台を創り出す。

 

『··········································ナニ、コレ?』

 

 遥か地下。ダンジョン60階層で戦いの余韻に浸る穢れた精霊の本体が遥か上層で自らの歌を妨げ、自らの力を掠め取る光の奏律に感応する。

 

掠れた記憶、失った過去。ダンジョンに食われ、その在り方を反転させるよりも昔、自らが天の使者として支えていた『英雄の輝き』を幻視する。

 

【報いを果たせ、偽物(イアソン)。挽歌は不要、道化は死なず、真勇(おまえ)は蹄跡を刻む(きざめ)

 

 それはアル・クラネルの四年間が見いだした人界の祭儀。『神の力』には到底届かず、『精霊の奇跡』としても不完全な劣位の奇跡。

 

本質は異なるが模倣し、目指したのは処女神の権能。穢れたモノを焼き、正す不滅の聖火。

 

いくらアルが才能に溢れようと、いくら準備を整えようと矮小な人の身で神の権能を模倣することなど土台不可能。

 

神の権能を真似るのではなく、その結果を真似た不純物。人の身と精霊の奇跡を以って結果のみを模倣するという矛盾。

 

【なれば我が身は(おわり)をもって終焉(おわり)を砕く】

 

【ラグナロク・ギムレー】

 

 祝詞が終わる。聖地の大英雄が振るう神創武器の炎剣のそれと在り方を近くした呪武器の枷が完全に外される。

 

それ自体が何か大きな力を振るうわけではなく、ただ担い手に代償と代価を提示するのみ。

 

瞬時、炭化を通り越して灰と化すほどの代償が英雄の体を襲う。

 

少しでも塩梅を過てば何も成すことなく灰の山となって崩れさるであろう特大の代償。

 

その大きすぎる代償を、しかし英雄は意に介さない。人の身で叶えられない大願ならばそれに足るだけのものを引き換えにすればいいだけのことと。

 

アル・クラネルの全てを賭した猛りは、クノッソスに満ちる穢れた精霊の力を根こそぎ奪い去り、火を灯す。

 

処女神の権能が貞淑を侵す美の神への迎撃役にして安全装置とするならばその精霊の権能は在り方を反転させた穢れた精霊への迎撃祭儀、アル・クラネルの四年間の集大成。

 

人も怪物も焼かない清浄の火、精霊の条理から外れた精霊の力だけを焼いて界を是正する為だけの火。

 

「──────【騙現(エスピリト)精霊の聖火殿(エトン・ウェスタ)】」

 

 

 

 

 

────犠牲を拒む。

 

条理を覆し、無辜の墓標なぞあってたまるものかと盤面を翻す。

 

数多の無辜から終焉に立ち向かう次なる『英雄』を見出さんとする『英雄の輝き』が盤上を俯瞰する邪神の奸計に抗いを見せた。

 

 

 

 

 

 

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・【騙現(エスピリト)精霊の聖火殿(エトン・ウェスタ)

なんかそれっぽく言ってるけど穢れた精霊の魔力っていう気化したガソリンに火つけたようなもん。

 

ヘスティア「ウェスタってついてるけど僕と欠片も関係なくない······?」

白髪「恨むなら技の商標権がないこの世界を恨め」

  

発動の流れは【英雄覇道】と【枝の破滅】の限界突破で跳ね上げた【レァ・ポイニクス】の火力を【加護精霊】と炉で対精霊にのみ絞って範囲拡大。

 

・【ラグナロク・ギムレー】

【枝の破滅】の限界突破、【炎の鷲】でいうところの【エルグス・パンドラ】。

 

あくまでもバフなのでこれ自体は攻撃技でもなんでもない。呪武器の代償と代価を引き上げる最大開放状態、火傷する代わりに攻撃力を激上させる呪詛を焼死寸前になる代わりに階位を覆す火力を得る、ところまで伸ばす。

 

簡単に言えば死にかける上に一瞬で効果が切れる『階位昇華』、春姫の超絶劣化。

 

しょぼい代わりにリスクも自分一人の単純なダメージで済む分、『神秘の鎖』とか『誓いの剣』よりは良心的。

 

本編だと通常戦闘ではろくに使えない産廃技でしかないのでちゃんと設定出すには静穏か古代編書かないと無理な古代編後編における【リーヴ・ユグドラシル】枠。

 

 

 






マイナスなあれこれは気にするべきじゃないんだろうけどやっぱりちょっとつらいな

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