皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
「『ニーズホッグ』、かぁ」
以前、【ロキ・ファミリア】が初めてクノッソスに進攻した際にタナトスと遭遇したレフィーヤ達がタナトスの口から聞いた古き竜の名をティオナが呟く。
未だその全容が見えない『都市の破壊者』の目的、それを暴くヒントになるのではないかとフィンの指示のもと一緒に調べているのだがどうにも上手くいかない。
残っている逸話が少なすぎ、その情報も曖昧でなかなか繋がりが見えてこないのだ。
『黒竜』が地上に現れるよりもさらに昔にダンジョンより現れた古の厄災であり、古代の人類では太刀打ちができなかった絶望の化身だったということはなんとなく汲み取れるが肝心の倒され方や、その最期が記されていないのだ。
祈り子たちの歌が邪竜を浄化しただとか光が起きた後に何も残っていなかっただとか酷く抽象的でいまいち何を言いたいのか掴みにくい。
レフィーヤが模写した壁画には中心にいるニーズホッグとそれを囲う六人の乙女が記されていた。
その乙女が祈り子だったとしても神の恩恵のない古代の人類にそれほどの竜を討てるだけの魔法、神秘の使い手がいたとは到底思えない。
アイズ達とノームの大図書館にも行ったがそれらしき情報は見つからなかった。
後は正直に言って望みは薄いが後はギルドに行って古代の文献を見せてもらってその中から探すぐらいしかないだろう。
「────────あっ!!」
そんなこんなでギルドへ向けて歩いていると人ごみの中で目立つその白い頭髪を見てティオナは声を上げた。
今も帰ってこない自分たちの最強を思わせる純白の髪に火を思わせる真紅の双眸を携えた少年。
ティオナの高い声にあちらも気付いたのか、その少年もティオナ達に気付くと驚きに目を瞬かせる。
「ティオナさん、ティオネさん··············アイズさん」
片腕を鎧のようなサポーターで覆った白髪の少年、ベル・クラネル。都市最強の冒険者である兄以上の速度でランクアップを重ねるオラリオで有数の話題の冒険者。
【ロキ・ファミリア】の者で仲間の弟であり、オラリオきっての有望株であるベルに関心を示さない者などいないだろう。
兄と同じように英雄譚の主人公のような活躍を見せるベルにいつものティオナならば快活な笑みで話しかけていただろう。
しかし、今は少しばかりタイミングが悪い。
ティオナだけでなくアイズやティオネまでもがベルの顔を見て気まずげに視線を逸らしている。
そんな第一級冒険者達の反応に「僕なんかやっちゃったかな」と少しばかり不安になりながらも首を傾げるベルに一切の落ち度はない。
だが、ベルの兄でありファミリアの仲間であるアルがクノッソスに取り残されてるとわかっていながら救出に向かうことすらできていない現状を苦々しく思っている彼女たちにとって今はベルと顔合わせるのは凄まじく気まずいのだ。
アルが今もクノッソス内部に取り残されて事実上の生死不明───生きていること自体は恩恵の反応でわかっているが───だと言うのはウラノスと同盟を組んでいる派閥の一部の者を除けば【ロキ・ファミリア】の団員たちだけしか知らない。
作戦実行の関係上、二次侵攻に参加予定のファミリアにはもちろん共有しているが二次侵攻に参加するのは数少ない都市有力派閥のみ。
いくらLv.4を擁するとはいえ、ベル以外は数名のLv.2止まりの【ヘスティア・ファミリア】に声がかかるはずもないのでベルは兄が都市の地下で緑肉の領域に囚われていることを知らないのだ。
仮に知っていたとしても【ロキ・ファミリア】ですら二の足を踏むあの魔窟にベルができることはないのだから伝えても意味はない。
だからベルにアルがクノッソスに取り残されたことを伝えていないのは仕方がないのだが、偶然とはいえこうして顔を合わせるとかなり気まずいというか罪悪感が込み上げてくる。
いや、まあ、別にまだ死んだわけでもないんだから弟とはいえ他派閥の冒険者に伝える必要は全くもってないのではあるのだが。
「こんなところで会うなんてすごい偶然なんだねー! 何してるの?」
あのアルを殺す以外に止める手段があるとも逆に思えないのでアルの恩恵が一日以上途絶えずに残っている時点でなんかもう普通に地下で力溜めてるだけなんじゃないかな、と思わなくもないのでそこまで悲観することはないと内心の気まずさを押し殺してベルに話しかける。
「あっ、えっと、遠征から帰ってきて歩けるようになったので散歩を··········」
「ベル様は病み上がりなんです!! ぶっ、無遠慮に近づかないで下さい!!」
アマゾネス特有の距離感の近さを発揮するティオナにベルに隠れるようにしていた小人族のリリルカが食って掛かる。
ライオンとネズミ以上の彼我の実力差に何もしてないのになんかかわいそうになってくるぐらい萎縮しているが想い人に近づく第一級冒険者のアマゾネスとかいう【イシュタル・ファミリア】とのアレコレを経た上では恐怖でしかない存在に対するリリルカの気炎にティオナ達は苦笑する。
「ロッ、ロロロロ【ロキ・ファミリア】だからってリリはもう怖気ついたりはしませんっ、リリだって上級冒険者··············Lv.2になったんですから!」
「へーやるじゃない」
「そうなの? すごいね!」
「おー」
足をガクガクと震わせながら威嚇するリリルカに口々に称賛するティオナ達。
Lv.6のティオナ達からすればLv.2の上級冒険者なぞ木っ端でしかないがそもそも小人族の身でランクアップしたというだけでも十分すぎるほど凄いことだ。
Lv.7を手前にした我等がフィン・ディムナは例外中の例外としても小人族は種族柄ランクアップをする者はとても少ない。
才能よりも相応の気概がなければ小人族のランクアップは叶わない。
ティオネとティオナもそんなリリルカを微笑ましいものを見る目で眺め、アイズも少し口元が緩んでいる。
「ベルしゃま、リリにはここまでが限界れしゅ·············」
「あはは·············」
とはいえよくよく考えたらこの人たち、自分が何度死ぬかと思った悪辣な強化種やインターバルを無視して出現した階層主とかも単騎で撫で切りにできる怪物なんだよなぁ、と今更な事実に気付いたリリルカはベルの後ろで震えるしかない。
「あっ、そうだ。ねぇねぇ、この絵についてなんか知らない? ニーズホッグっていうんだけど」
図らずも場の空気を弛緩させたリリルカのファインプレーに苦笑しながらティオナはベルに壁画の写しを指し示す。
その絵を見た途端、ベルは何かに気付いたように小さく目を見開くと少し考え込むような仕草をする。
「ちょっと、バカティオナ! そんなホイホイ人に見せるんじゃないわよ!! それに知ってるわけが───「あ、はい、知ってますよ」───は?」
ティオナを止めようとしたティオネだけでなくアイズまでもベルの言葉に固まった。
「昔、村にいた頃兄さんと一緒にお祖父ちゃんに読んでもらったおとぎ話で聞いたことがあります。────邪竜ニーズホッグを滅ぼした精霊の六円環ですよね?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「·················はぁ」
遠征から帰還したベル・クラネルの処置が一段落つき、リハビリがてらの散歩を許可したアミッドは一人、深いため息を吐いて椅子にもたれかかった。
女神を思わせる美貌を持つ彼女の美貌は憂いに満ち、物憂げな雰囲気を醸し出している。
銀髪の長髪に僅かに紫紺が差した瞳。アミッドの容姿は誰もが振り返り、見惚れてしまうであろう美貌である。
しかしそんな彼女の表情は暗く、美しいとさえ思える顔立ちも台無しになる程に暗かった。
表には出すまいと人前では気丈に振る舞っているアミッドだが、その内心は不安と焦燥で埋め尽くされていた。
一次侵攻から帰還して早二日。
侵攻に参加したアミッドや他の【ディアンケヒト・ファミリア】の団員に目立った負傷はなく、その他の派閥の者にも多少の負傷はあれど『白巫女』以外に死者は出ていない。
唯一、オッタルだけはベヒーモスの災毒に加えて重傷を負っていたが命に別状はなく、傷も癒えつつある。
被害は最小限で抑えられたと言えるだろう。
しかし、アミッドにとって縁深いアルだけは今も帰還せずにクノッソスに取り残されている。
フィンの指示で一足先に地上に帰還していたため間近で目にしてはいないが第一級冒険者でも捕らえられれば死は免れないと確信してしまう緑肉が氾濫する光景を地上から目にしてなお、アミッドは、アルの生還を欠片も疑ってはいなかった。
クノッソスを覆った緑肉の脅威やそれを覆した聖火の反動の丈はアミッドとてわかるがあのアルが生還不可能なレベルだとはどうしても思えなかったのだ。
というかその程度で死ぬならアミッドの識る限り既に五度は死を迎えている。
七年前の大抗争をはじめとして数多の死線で治癒の腕を振るってきたアミッドにとってアルは最も死から遠い存在だ。
気軽に死地に飛び込み、致命傷までは負うが死という一線だけは世界そのものが越えるのを防いでるかのように必ず帰ってくる。
それがアミッドの持つアル・クラネルという冒険者への確かな認識だ。
だが、それでも、だからこそアルが未だに帰ってこないという事実はアミッドの心を締め付ける。
いくら治癒の腕が優れていても死人は生き返らせることはできないのだ。
恩恵の反応からまだ生きてはいるらしいがそれもいつまで保つか。
意地の悪い神々や自派閥の団員達に揶揄されることもあるが間違ってもアルとは男女の関係ではない。
少なくともアルは自分に対してそういった感情を抱いてはいない。良いところが気の知れた友人か、あるいは頼れはするが過保護な姉貴分といったところか。
アミッドとしても色恋の相手などではとてもなく例えるならば凄まじく手のかかる弟といったところだろう。
故にその身を案じるのは当然の帰結である。
当然の────
「────っ」
無意識に噛んだ唇から赤が滲む。
もしかしたら、もう二度とアルに会えないかもしれないという可能性を脳裏を過った瞬間、視界が揺らぐような錯覚に襲われる。
一介の
死を軽んじているわけでも死に無頓着なわけでもない。ただ、冒険者の生死に深く関わる治癒師である以上は割り切らねばならないとアミッドは識っている。
今どんな状態かもわからない者のことを考えて動きを止めるくらいなら一人でも多くの患者を癒やし、一本でも多くのポーションを作製する。
それが都市最高の
だが、ベルというアルの弟の再起不能一歩手前の患者の治療を自らの手で行うことでアミッドの心は揺らぎつつあった。
このまま帰ってこなかったらどうしよう。帰ってきたとしても手遅れな状態であったらどうしよう。
ぐるぐると巡る思考は悪い方、悪い方へと傾き、アミッドの心を蝕んでいく。
無意味で不必要な思考の循環。
それを自覚しながらも思考を止めることができない。
自分はこれほど弱かっただろうか?とアミッドは自問する。
「私はなぜ··············」
それでも思わずにはいられない。
いくら都市最高の
『勇者』や『剣姫』ならば或いは準備を整えた上でできるかもしれないがどこまで行っても第一級冒険者には程遠い一介の
適材適所、自分は自分の役目を全力で果たすべきだとわかっていても割り切れない。
それがアミッドという少女の強さでもあり、弱さでもあった。
とめどなく回る思考の渦に囚われるアミッド。昏い感情が心を蝕み、その美しい顔を曇らせる。
白魚のような指は無意識に近くにあったポーションの瓶を強く握りしめる。
他でもないアルの血から二人で製造した対呪詛の専用薬の入った瓶を。
寒い。
寒冬のような冷気が全身を包み込む。
身体が重い、思うように動かない。まるで鎖にでも縛り付けられているかのように体の自由が利かない。
苦しくてたまらない。早くこの閉塞感から解放されたい。
息がうまくできない。いくら吸っても息苦しさは増すばかりで一向に楽になってくれない。
異常に周囲の音が遠くてそんなわけはないのに氷が張ったように寒くて痛い静寂だけが響き渡る。
好き勝手に手を焼かせてくれた鬱陶しさすらあるあの声が、あのぶっきらぼうな口調が聞きたい。
仕舞い込んでいた筈の感情が堰を切ったように止め処なく溢れて止まらない。
無遠慮で大雑把で変なところで几帳面なあの粗野な態度で、声で、態度で、自分を安心させてほしい。
最後に言葉を交わしてからたったの数日だというのにもう何年も会っていないように感じる。
あれだけ鬱陶しかったのに。
あれだけ苦労をかけられたのに。
今はただあの声が、姿が恋しい。
「アル、貴方の声が聞きた────」
「腕なくなっちゃったから治してくんない?」
「────はぇ?」
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いや、まぁ、ね?
正直腕も治したくないし、色々と怖いからぶっちゃけギリギリまで行きたくなかったんだけどお前を後回しにすると後が怖いやん?
復帰するのもギリギリの塩梅見込んでちょうどいいタイミングでボロボロの状態で登場した方が絶対いいってのは分かっとるんだけどどうにも予想外のことが多すぎてしくじっちまいそうだから本命以外の小さな曇らせは無視するしかないわ。
時間はかかるけど腕も自動迎撃のせいでちょっとずつ勝手に直されるからそれくらいならぱぱっと治しちゃっても変わらんしな。
『────はぇ?』
··············で、何でアミッドは鳩が豆鉄砲を食らったような顔してんだ。
こいつのこんな顔初めて見たな、てかちょっと涙目じゃない? 欠伸?
恩恵の反応で俺が生きてることは知ってただろうし、てっきり顔見せたら怒鳴るレベルでブチ切れてくるかと身構えてたんだが··············。
『·························································································································································っ』
おっ、キレるか?
こちとら地下で暇してる間にシュミレーション重ねてたから何言われても─────
『··················································治します、治しますけどその間、何も言わずに胸を貸しなさい』
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カス「暇してた間に怒られるシミュレーションは済んでるから何言われても大丈夫だぜ」
世界「クズが··········」
直感「えぇ············」
英雄覇道「流石に引くわ··········」
ジュ◯ター「◯けーーーー!!」
加護精霊「黙れよ糞爺」
闘争本能「死なせないけど一回死んだ方がいいんじゃないかな」
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