皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
「······································私は、私は一体なにを」
アルの胸の中で散々に泣いて縋り付いた。自分が何をしたかを思い出し、そのあまりの醜態に羞恥心で頭が茹だる。
不安にかられ、アルの無事な姿を見て安心し、その胸で泣いてしまった。思い出すだけで顔から火が出そうになる。
目眩すら覚えながらその場に蹲る。あの短時間で私に降りかかった数々の衝撃に脳の処理が追いつかない。
いや、割と自分から衝撃の渦に飛び込んでいったような気もしなくもないが·················。
あの時、上っていた頭の血はもうすっかり元通りだがそれでも恥ずかしさはまだ引いてくれない。
それどころかどんどん熱くなっていく一方だ。どうすればいい、どうにでもなれと自棄になった結果がこれだ。
理知を取り戻した今、自己嫌悪が津波のように押し寄せてくる。
いくら不安に苛まれていたからってあれはないだろう、と思わずにはいられない。
思い返すのも躊躇われるくらいみっともなくアルに縋り付いた記憶が頭の中でリフレインする。
許されるのなら劇薬を呷って全てを忘れ去ってしまいたくなる。
一時の気の迷いと言うにはあまりにも鮮烈に刻み込まれた記憶。きっとこれからも忘れられそうにないこの熱の源をなんと呼ぶのか、私は知らない。
痛々しすぎて思い返したくないが瞼を閉じる度にアルに抱き寄せられた時の情景が浮かんでしまう。
破れた戦闘衣から見える傷跡ばかりの身体、その体温と鼓動の熱を鮮明に思い出す。
熱い、顔が熱い。胸が締め付けられるように苦しい。アルの顔を思い出すだけで心臓の鼓動が早まるのがわかる。これはまずいと思わず胸を押さえる。
このままこの場にいたらなにか得体の知れない感情に呑まれてしまいそうで怖くなり立ち上がる。
甘いような苦いような形容しがたい感情が胸の中で渦巻いている。アルのことを考えると胸が締め付けられる、なのにその痛みすら心地良い。
アルの胸の中にいた時と同じように胸がどくどくと早鐘を打ち、頰に血が集まっていくのを感じる。
ふらふらと部屋の中を歩き回り、壁に頭を打ち付ける。頭がぐわんぐわんと揺れ動き、少しすっきりする。
ガン、ガン、ガン。
そのまま何度か壁に頭を打ち付けるが一向に落ち着いてくれない。
むしろさらに頭に血が昇っていく。これはまずい、本当にまずいと慌てて水瓶からコップに水を汲み一気に飲み干すが一向に熱は引かない。
『··················································治します、治しますけどその間、何も言わずに胸を貸しなさい』
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ─────っ!?」
自分がこの口で宣った言葉が脳裏を過る。自分で言った言葉に衝撃を受けて思わず頭を抱える。頭を壁に打ち付けても収まらないどころか更に酷くなるばかりだ。
悲鳴のように呻き声を上げながらその場に蹲る。
逃げ場などないのに逃げ出したくて堪らない。
みっともなく手足を投げ出して転げ回りたい欲求に駆られるがそんなことをしている余裕もない。
今、誰にもこの姿を見られなくて本当に良かったと思う。こんなところを見られたら羞恥で死ねるとすら思える。
熱に浮かされたように意識がぼやける。
ただでさえ昨日の出来事に頭が追い付いていないというのに。
「··································はぁ」
大きく深呼吸してなんとか落ち着こうとするが焼け石に水だ。顔が熱い。心臓はうるさいくらいに早鐘を打っている。
きっと今の私の顔も真っ赤になっているだろうと容易に想像がつく。
じくじくとした熱に浮かされるままに壁に背中を預けて天井を仰ぐ。顔から火が出そうだ、いやもう出ているかもしれない。
この熱が引くまでは誰にも会いたくない。特にアルとは絶対に顔を合わせられない。
そうは言ってもいつまでもこのままというわけにはいかないだろう。なんとかして落ち着こうと深呼吸をする。大きく息を吸って吐く度に少しずつ落ち着いていくのを感じるがそれでも完全には落ち着かない。
仕事となれば切り替えられるが今は休憩中だ。
二次侵攻を前にやる準備はいくらでもあるのだが私が先頭に立ってやるべきことは既に大体終わらせてしまっている。
今の私が優先するべきことは物資の準備ではなく、実際の戦場に出るまでに体調を万全に整えておくことだ。
決戦の前の大事な時期だ。休む時にしっかり休まないといざという時に動けないなんてことになっては目も当てられない。
頭でわかっていても、感情がまだそれについてきてくれない。
本当に昨日はどうかしていたとしか言いようがない。
私はあそこまで弱かったのだろうか。
私はアルの胸で泣いた。泣きついた。思いっきり縋り付いてしまった。
それはいい、そこまではいいのだ。いや、良くはないのだが··································。
問題はその後だ。あの後、私はなんて言った?
『───謝らなくていいからもう少しだけこうさせてください』
馬鹿じゃないのか? いや、馬鹿だ私! 何してるんだ本当に!? いくら不安だったからってそれはないだろう!?
まだ、一度縋りついてもすぐに離れれば一瞬の気の迷いということで誤魔化せた。
だが、一度離れる機会がありながらそれをせず、あまつさえあんな声まで出してあの後のアルの固まった顔も容易に思い出せてしまう。
本当に何をしてるんだ。一時の気の迷いとでも言い訳すればまだ誤魔化しようもあったはずなのに、自分から泥沼にハマりこんでどうするというのか。
心臓がうるさい。顔が熱い、頭が茹だる。どくどくと鳴る心臓の鼓動が身体中に鳴り響いているのがわかる。
「うう·······························ぁぁ」
羞恥で死にそうだ。穴があったら入りたい、むしろ自分で掘って埋まりたい。
アルのあの反応を見るに私は相当ひどい顔をしていたのだろう。私がアルの立場なら絶対に困るし戸惑うだろう。
あんなに取り乱して泣きついたのは初めてだ。
アルもアルだ、いつもはあんなに飄々として適当でデリカシーの欠片もないというのに。
『··············あぁ、僕で良ければいくらでも』
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ、もう! 思い出すだけで顔から火が出そうになる。
何だったんだあの優しい時間は、あの甘ったるい空気は。思い出すだけで胸の奥がざわつき、頭がくらくらする。首筋から下腹部に奔る痺れのような熱に浮かされて何も考えられない。
いや、あんな風に泣きついたのは私の勝手だ。そもそも私が勝手に不安になっただけなのにアルを責めるのはお門違いだろう。
でも、それでもと思わずにはいられない。
調子が狂わされる、本当に勘弁して欲しい。
───あんなにも優しい顔をするなんて卑怯だ。
昨日からアルのあの顔ばかりがちらついて仕方ない。
恨み言の一つでも言いたいところだが文句を言おうにも当の本人はここにはいないし、そもそも何を言えばいいのかわからないのでどうしようもない。
いやもう考えるだけ無駄なのかもしれないとさえ思えてくる。
はぁ、とため息をつきながら天井を仰ぐ。
この胸の中で燻る熱を吐き出すように大きく深呼吸をする。心を落ち着けるように深く息を吸い、ゆっくりと吐く。その繰り返し。
何度かそれを繰り返せば少しずつだが落ち着いてくるのを感じる。
冷たい空気を肺に送り込んで、火照った身体を冷ます。それでもまだ顔や身体が熱いのはきっとこの熱が抜けきっていないからだろう。
しばらくこうしていれば落ち着くはずだと自分に言い聞かせて椅子によりかかるように座って瞼を閉じる。
「貴方も私も生きて帰って、そうしたら話を──────····························」
ちゃんと寝れるかはわからないが仮眠くらいは取れるだろう。
寝て起きたら少しは頭が冷えているかもしれないという淡い期待を抱きながら微睡みに身を任せる。
ああ、駄目だ────全然眠れそうにない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なにを、なにを言って」
過去の泥に縛られて横たわっていた四肢に力が籠る。だが、それは立ち上がる為のものではない。
アルさんの言葉に心の澱みを逆立てられて起き上がる。寝台から転げ落ちるように降り立ち、彼の肩を掴む。
怒りを原動力に今一度立ち上がった身体はそのまま崩れ落ちる事はなくその激情を向ける。
視界に火花が散る、だが、それは心の痛みからではなく激情によって生み出されたものだ。
「貴方はっ、なにを、何を言っているか分かっているんですか!!」
「····················あぁ」
巫山戯るな、巫山戯ていい事じゃない。貴方はフィルヴィスさんの仲間で、友人で、───だ。
そんな彼女を怪人に殺されたというのに、それなのに何故そんな事を言える!!
そんな貴方が彼女の死を知りながら何故そんな口を叩く! 何故、そんな事を言える!?
ふつふつと沸き立つ激情に身体が震え、目の奥から涙が滲み出る。だが、アルさんは私の激情に眉一つ動かさない。ただ私を見返すだけだった。
その瞳がまるで自分が間違っているとでも言っているような気がして更に怒りが沸き上がる。
巫山戯るな! この人だってフィルヴィスさんを守れなかったというのにっ!! 嚙み締めた奥歯が音を鳴らした。
彼女の最期をこの目で見た。
首を絞められ、骨の折れる鈍い音が響き、最後は彼女の口から血泡が溢れたその最期をっ!!
直接それを見ずとも彼女がどんな最後を迎えたか知っていながら尚この人はそんな無神経な事を言うのかッ!
「あの人が、フィルヴィスさんが怪人!? 何を言っているんですかっ、そもそもあの仮面の怪人の手であの人は────っ」
殺された、と口にしようとして唇を噛み締める。鉄の味が広がる、だが、それよりも心が痛い。
「···················あぁ、知っているさ」
「なら何故っ!」
そんな私の激昂に対してアルさんの返答は酷く静かなものだった。
その静かさが尚のこと私の神経を逆撫でる。私は彼の肩を握る手に力を込める。
そして────
─────パンッ!!
部屋に乾いた音が響き渡る。
返ってきた衝撃が掌に伝わり、それが私が彼の頰を打ち据えたのだと遅れて気付く。
激情に突き動かされるままに打った掌は焼けるように熱い。だが、その熱も心に打ち付けられた楔を砕くには至らない。
寧ろ、激情がより強く胸を穿つ。
打たれたアルさんはしかしまるで痛みなど感じていないかのように私を静かに見返すのみだった。
その瞳と向き合うだけで胸の内から瞋恚が溢れ出る。言いたい事はたくさんあるのにどれを口にすべきかすらわからない。
口を開いては何も言えず、また唇を噛み締めて閉ざす事しかできない自分が酷くもどかしい。
何故だ、何故なんだ! なんで貴方は悲しまない、なんで貴方は怒りを見せない、
なんで貴方はっ!
──────何であの時いてくれなかったのか。
救われなかったことを理由に『英雄』を憎む醜悪な無辜の愚衆のような八つ当たりじみた怒りが胸中を満たす。
あの時、この人があの場にいたらフィルヴィスさんは絶対に死ななかった。
行き場のなかった自身の無力に対する瞋恚の炎が恰好の標的を見つけたが如く醜く燃え盛る。
貴方がそこにいたのなら彼女は死ななかったはずだッ!! そんな身勝手な怒りをアルさんへぶつける。
まるで駄々をこねる子どものようだと頭の片隅で思いながらも、それでもその激情に突き動かされるままに感情を露わにする。
そんな私に対してアルさんはただ静かに、そして淡々と事実だけを口にするように告げる。
「─────『分身魔法』。他でもない『
「────────────」
そのたった一言でこれまでの違和感の全てが繋がっていく。心の奥底で気づいていながら目をそらして、意識的に考えないようにしていた一つの真実。
フィルヴィスさんが所々で見せた、異常なまでのタイミングの良さ。
仮面の怪人エインの言動とアルさんへの異常なまでの執着。
そして、フィルヴィスさんを殺した仮面の怪人エインの不自然な
一つ一つはバラバラなヒントでしかないそのすべてが、たった一つの答えで繫がる。
ありえないと叫びたくなるのに、それがこれまで感じてきた違和感の正体だと確信めいた直感が告げる。
そんな私の葛藤などまるで知らぬ存ぜぬとばかりにアルさんは続ける。それは無慈悲な断罪のようにも感じられた。
「一つの器を妖精としてのフィルヴィスと怪人としてのエインの二つに割る魔法、どちらが本体かは知らんがな」
他でもないこの人に紹介され、同じ地獄を見せられていた【ヘスティア・ファミリア】のリリルカさん。
彼女の魔法は変身魔法。
同胞の魔法なら条件を満たせば何でも使える私でも類する魔法を知らない稀少魔法であり、その効果は魔法による変身───変装ではなく変身。
それはつまり、上限や限界はあれど『魔法は人の肉体を形作れる』ということ。
リヴェリア様に師事し、おそらくは誰よりも多くの魔法を使える私だからこそわかってしまう。
『分身魔法』────フィルヴィスさんの第三の魔法がそれだと。
「···········································································それを、私に言ってどうするんですか」
話は分かった。飲み込めないし、信じたくもないが彼女の正体が怪人であるそういうことを他でもないアルさんが言うのならば信じてしまえる。
だが、だから何だって言うんだろうか。
この人は言った。
エイン───フィルヴィスさんとの戦いは自分が終わらせると。
なら私にできることは何もない。
今度は『怪物』としてあの人は『
だから、そんな私に向かって言うアルさんの意図がわからない。
そんな風に身構える私を見据えて彼は告げる。
感情の読めない瞳でただ静かに────
「まだアイツは生きている」
「っ、!!」
震えるような吐息が溢れる。
だから、だからそれがなんだと─────
「アイツは死なせない、お前に頼みたいのはその後だ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
原作におけるフィルヴィスのレフィーヤに対する曇らせ、言うか死に様は俺にとって理想形の一つとすら言える。
討たれるべき怪物となってその手で討たれるという時点でハチャメチャに美味しいし、魔法という形でいつまでも残る形跡を遺して逝けるのも最高だ。
遺されたレフィーヤが苦しみ抜いた上で それを克服───いや、呑み込んで正しく再起するというのだから、やはり完璧としか言いようが無い。
────だからこそ、それを横から掠め取るような真似は酷く心苦しい。
心苦しいが、フィルヴィスを死なせるわけには行かないし、レフィーヤと轡を並べて共闘するわけにもまたいかない。
というか、多分、
フィルヴィス────エインに割いていい戦力は俺一人だ。
ベヒーモスの亜種をオッタルが討ち、その分の戦力をアイズやベートが担うとしてもおそらく足りない。
【直感】がそう告げる。
────二次侵攻は絶望的なまでに戦力が足りなくなる。
ベル達やフレイヤの連中を考慮に入れてもなお足りない、と【直感】が叫んでいる。
だからこそレフィーヤには悪いが俺の個人的感情を抜きにしても俺以外に何人いようと戦力という意味で足しにならないとわかっているエイン相手にレフィーヤを、『千の妖精』を充てるわけにはいかない。
まぁ、結論から言うとだな。
戦いは俺がやるから全部終わった後のフィルヴィスのフォロー頼むぜ。
────────────────────────────────────────────────────────────────────────
好き勝手やった後の後始末を投げられようとしてる弟子ポジションの妖精。
聖女「いっそ殺して」
白髪「切り替えの早さだけが取り柄の俺です」
世界「はーっ、もうそういう策謀全部捨てて人の心を獲得して来てくれないかな」
白髪「いやです」
世界「クソが」
【人の心】
・ある
頭のおかしい闇モンペ、聖女√、聖女アルちゃん
・ない
その他