皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
一体、いつからだろうか、彼を父と重ねるようになったのは。
私が彼、アル・クラネルと初めて会ったのは彼がいつも以上にはしゃいでるロキに連れられてきてファミリアの一員となったときだ。
真っ白な髪の毛に当時まだ幼かったのに鍛えられていた身体に一切の無駄を排したかのような立ち振る舞い。
何より目を引いたのは血のように赤く暗く輝いていた瞳。そしてその眼が私を見つめたとき、私は直感的に理解してしまったのだ。その瞳から発せられる執念に彼は私と同じだと感じた。
事実、彼はロキから恩恵を受けるやいなやダンジョンに潜り始め数年前の自分と同じように、あるいは自分以上の苛烈さでもって日中夜、戦いに身を置き続けた。
最初こそそんな彼の行動に対して周りからは様々な意見が出たけれど、いつしかそれは自然となくなりリヴェリア以外は誰も何も言わなくなった。
強さを求めるものとして根拠のない強い親近感があったが当時すでにLv4だった私は同じ歳とはいえ彼と直接関わることはなく、満身創痍で毎日帰ってきてリヴェリアに叱られる彼を遠くから見ているだけだった。
より、彼を見るようになったのは彼がファミリアに入って三週間程経ったあと─────彼がLv2になってからだ。それまでの最速記録、私の一年を遥かに上回る速度でのレベルアップに私はロキに何があったのか問い詰めた。
曰く、上層で強化種の
そのパーティーとは独断専行がすぎるアルにリヴェリアがむりやり入れさせたロキファミリアに入って三年以内の者たちで構成されたものだ、初心者とはいえロキファミリアの一員であるだけはあり中にはLv2に至っている者もいた。
そんな彼らが逃げるような強化種を恩恵を授かって三週間で倒す? 無理だ、そんなのは私でも絶対にできない。
でも、成し遂げた、故にこそ偉業として認められてレベルアップできるようになった。けど、レベルアップには偉業の他にアビリティのいずれかがDに至っていないと不可能というものもある。
いくら初めは上がりやすいとはいえ三週間では才能があってもGかFがせいぜいなのに
ティオナはその時ぐらいからアルとよく関わるようになってきたけど私はまだ遠くから見ているだけだった。
驚きと共にどこか納得していた。あの時の目を見た時から感じていた何かしらの強い感情。それが彼の原動力なのだと思ったからだ。ただ、それだけならただの戦闘狂で終わるだろうけど彼はそこで終わらなかった。
それからも何度もモンスターを倒し続け、遂には単独で中層にまで到達するに至る。当時の私には想像すらできないことだけど、その頃になると彼が異常だというのはもはや誰の目から見ても明らかになっていた。
そして、一ヶ月後のある日のこと。いつも以上にボロボロになって帰ってきた彼はそのまま倒れ込み、リヴェリアの治療を受けた後にステイタスの更新をした。
────Lv3。
私が、アルと本格的に関わるようになったのはアルがその時、Lv3になったときからだ。ありえない、たった二ヶ月で自分と同じ第二級冒険者になったアルに私が抱いたのは強い嫉妬の念だった。
ティオナやエルフィは彼を褒め称えていたけれど、私はどうしても素直になれず関わることがあっても当たり障りのない返事しかできなかった。
小さい頃から何年もかけて上がってきた階段をまたたく間に駆け上がってきたアルを私はずるいと思った。それからロキの計らいでよく組んでダンジョンに潜るようになってからも私はアルにきつく当たり続けながらアルの命を捨てるような戦い方と異常なまでの成長速度に恐怖した。
それが変わったのはアルがLv4に私がLv5になったきっかけである黒いゴライアスがリヴィラの街を襲った事件だ。
インターバルの最中であるのに関わらず発生し、リヴィラの街を壊滅させた黒いゴライアスは通常よりも強く、当時Lv4の私じゃ歯が立たなかった。
リヴィラの街にいる冒険者は精々がLv3、Lv5相当の強さを持つ黒いゴライアスには太刀打ちできず絶望し、そのまま全滅するかと思われた、みんなが逃げる中たった一人で黒いゴライアスに立ち向かうアルの姿を見るまでは。
そして、アルの戦いを見て私は気づいてしまったのだ。彼は命をどうでもいいと思っているから顧みないで戦っているわけじゃない。むしろ、逆だ。
アルは自分以外の命を助けるために戦っているのだと。だから、彼は自分以外の為に、他の誰かの為に、強くなる。
いくらアルが才能に溢れていたとはいえLv3のステイタスではLv5相当の階層主にはどうやっても勝てない、そんなの誰でもわかるのに一切の恐怖を持たず突き進む彼の背中が父のそれと重なって見えた。
その姿は心が折れかけていたリヴィラの街の住人を立ち上がらせ、再び武器をとらせた。私は何故かそれが誇らしく思えた。
今までずっと父に守られてばかりだった私が初めて守りたいと思った人ができた瞬間だった。そして激戦の末、ゴライアスは倒され、私もアルもレベルアップした。
それから数年、私はLv5のままでアルはLv7、冒険者の最高位に至ってしまった。
Lv5から先へ行けないのは私だけになってしまった。悔しかった、悲しかった、怖かった、でもそれ以上にアルの隣に立ちたかった
彼は私を見ていない、先を見ている。このままだと決して追いつけないところまで行ってしまう。アルにおいていかれたらまた私は一人になってしまう。アルが見ているものを一緒に見たい。アルが見ている世界を知りたい。アルと同じ場所に行きたい。
だから、だから、お願いだからおいていかないで、アル。
【ディアンケヒト・ファミリア】から依頼された51階層にある『カドモスの泉』より要求量の泉水を採取する依頼を達成するために泉へ向かったアイズたちはカドモスの死体とカドモスを殺した犯人であろう腐食液を蓄えた巨大な芋虫に遭遇した。
異常なまでに強力な腐食液は希少金属を鍛え上げたものであるロキファミリアの武器を尽く溶かし、
腐食液に溶かされる前に斬り伏せる繰り返し。ギリギリながらフィンたちのグループと合流し、本陣で芋虫型の新種をかろうじて殲滅したが、そんな彼らの前に現れたのは芋虫より遥かに巨大で大量の腐食液を蓄えているであろう女性型の怪物だった。フィンが冷静に相手の戦力を分析する。
おそらくあの巨体による突破力は凄まじいものだろう。だが、それ以上に厄介なのは吐き出す溶解液だ。あれを浴びれば一瞬にして戦闘不能に陥ることは必至である。
階層主にも匹敵するそのサイズはおよそ六メートルから七メートルか。先ほどの芋虫型と比べてもその大きさには大きな隔たりがある。
先程まで戦っていた芋虫型の大型個体より、更に大きいその不気味な身体は毒々しいほどに鮮やかな黄緑色をしており、芋虫型の女王ともいうべきその異様は見る者を恐怖させる威圧感を放っていた。
肥大化した芋虫のような悍ましさは変わらない。ただし、芋虫型は人間大の青虫のような近いシルエットをしていたのに対し、こちらは人間の女性のシルエットをしている。
胸元は大きめな乳房で盛り上がり、腰はくびれていて臀部は丸みを帯びて膨らんでいる。下半身は盛り上がった肉がスカートのようになっている。
真っ当な知的生命体ならば見ただけで恐怖にも近い生理的嫌悪を引き出すそのおぞましさにさえ目をつぶれば天女のような有機的な美を湛えており、その醜悪な姿とは裏腹に、この怪物からは異様なまでの神聖さが感じられた。それは、今までに出会ったどんなモンスターとも違う感覚であった。
神性。
そう表現するのがもっともしっくりくる存在だった。フィンたちがこれまでにない感覚に戦慄していると四枚の扁平状の腕を芋虫の女王は、ふわり、と愛しい者を抱擁するかのように、すべてを受け入れる聖母であるかのように、広げた。
その瞬間、腕から虹色の粒子群が花の花粉であるかのように風に乗るような軽やかさでフィン達のもとに煌めく光粒となって舞い落ちる。
──────視界を埋め尽くすような強烈な発光現象が起きた。閃光に目が眩む。咄嵯の判断でアイズは『風』を纏い、仲間たちを守った。そして、間を置かずに光が炸裂し、大気を揺るがす衝撃とともに地面を爆散させる。
「ぐっ─────ッ!!」
「きゃぁああああああああ──ッ?!」
凄まじい熱気を伴った爆風によって吹き飛ばされたフィン達は体勢を崩されながら、即座に立ちなおり状況を確認する。
爆発が起こった場所には直径数メートルに及ぶ巨大なクレーターができており、周囲には衝撃波によって木々がなぎ倒され、大地がえぐれている。
蝶の鱗粉のように無造作にばらまかれるあの光粒の一つ一つが、すべてをふきとばす魔弾であり、その威力は直撃を許せば第一級冒険者であっても致命傷になりかねないほどのものであった。
そして、その中心には女王の姿がある。その姿はもはや芋虫ではない。腕は二対四枚もの翅のように広がり、頭頂部からは天に向かって伸びるように長大な角が二本生えている。この変異こそが女王の真なる姿なのだということを直感的に理解した。
もはや芋虫という殻を脱ぎ捨てた芋虫の女王は、その身を変貌させながらも不敵な笑みを浮かべる。
階層主に匹敵する膨れ上がった巨体故、魔石の場所の特定が儘ならないものの、恐らくリヴェリアの魔法であれば倒せるはずだが後先を考えずに倒せば流れ出る莫大な量の腐食液の津波に呑まれ、甚大な被害が出るだろう、それを誰よりも早く理解したフィンは撤退を指示する。
「速やかにキャンプを破棄、最低限の物資を持ってこの場から離脱する。リヴェリア達にも伝えろ」
「待てよ、フィン。それじゃああいつはどうすんだよ!?」
「あんなの放って置いたらとんでもない事になるかもしれないんだよ!?」
フィンの指示にベートとティオナが噛みつくがそれは間違っていない、ロキファミリアですら苦戦するような怪物の親玉を放置すればどんな被害が出るかわかったものではない。
それにこのまま戦えば被害は免れないだろう、しかしそんなことよりもっと恐ろしい事が起きる可能性がある。そう考えたフィンはあえて非情な判断を下すことにした。
「でもあのモンスターを必要最低限の被害で始末するにはこれしかない。僕も大いに不本意だ·············。月並みの言葉で悪いけどね」
階層主もかくやというあのサイズからして溢れ出した腐食液を躱すのは困難であり、それができるのはそもそも風の付与魔法で腐食液が当たらないアイズと腐食液を焼き切れるであろう火の付与魔法を使え、そうでなくとも『
今現在ここにはフィン達の他にも多くの仲間がいる。もしも腐食液が飛び散ればそれだけで大勢に影響が出てしまう。そのため二人以外のメンバーではあれを倒すことはできない。
故にこそ、フィン達は二人に託して撤退する他ないのだ。
「アイズ、アル。あのモンスターを討て」
その言葉に二人は静かに首肯するとそれぞれの武器を手に取った。
「(·········硬い!!)」
女体型の身体を斬った瞬間、アイズにはそんな感覚が伝わっていた。それはまるで鋼鉄の塊でも叩いたような感覚で、しかもそれでいて手応えが全くないのだ。
そしてその通りであり、斬られた箇所から濁った樹液のようなものが出現して傷口を覆うと、すぐに何事もなかったかのように元通りに再生してしまった。
これには流石にアイズは驚きを隠せず、思わず目を丸くしてしまう。するとそんな彼女に対して、今度は女体型の方が攻撃を仕掛けてきた。
太い腕を伸ばしてくると同時に、腕をムチのように撓らせ襲い掛かってきたのだ。咄嵯に剣を構えてそれを防ぐも、そのまま押し切られてしまい吹き飛ばされてしまう。
だが彼女は地面に着地するなり再び体勢を整えると、今度は剣を思いっきり振り上げてから横薙ぎに斬り払った。しかしやはりそれも大した効果はなく、与えた傷は癒えてしまう。
少しずつ削っても意味がないと悟ったアイズは剣により一層の『風』をかき集め、対階層主用の『大技』の準備をしようとするが、眼前で行われる文字通りレベルの違う攻防に愕然とする。
それはまさに神速とも言える速さの戦いであった。アイズですら遠目からでやっと視認できる超常的なまでの速力は激しい衝撃波を巻き起こして周囲の樹木や地面を破壊する。更にそこに荒れ狂う雷撃のような攻撃が加わるため、もはや近付くことさえ出来ない状況だった。
アルの持つ主武装、
アイズの【デスペレート】と同様の力を持つその剣は如何なる手段を用いても決して折れず曲がらず砕けないという代物であり、アイズ以上の力のアビリティと技量を持つアルに振るわれることで女性型の鋼のような肉体を易々と斬り裂いていく。
「(また、強くなってる)」
さっきまでとは違い、ふたりきりで戦うことでより強く実感する。伸び悩んでいる自分とは違ってアルの成長はまだ止まっていない。
このままではいけない、もっと頑張らなくては――そう思いながらも、目の前で行われている戦闘を前にただ見ていることしかできない自分が歯痒かった。
その肥大化した巨体に見合わぬ敏捷さと機動力をもつ女体型は、360度の全方向の攻防に対応できる可動域の四本の触腕を機敏に振り回し、背後に回ったとしても、イソギンチャクのように蠢動する無数の足を蠢かせ、方向転換をしてくる。ゴライアスのような階層主にままある小回りの未熟さも見えない。
しかし、アルの前では案山子同然だ。背後から襲いかかってきた腕を難なく斬り飛ばし、そのまま胴体に強烈な一閃を叩き込む。
鈍重な見た目に反して俊敏性も高く、さらに魔法にも耐性があるようで物理攻撃に対する抵抗力は相当なものだろう。それでもアルにとってこの程度の相手ならば問題はなかった。
そして彼の猛攻によって追い詰められた女体型だったが、突然動きを止めると口から大量の液体を吐き出し始めた。それは粘性の高い紫色をしたスライム状の物体で、それが瞬く間に地面に広がっていく。すると広がった紫液に触れた木々が次々と腐り落ちていったのだ。
腐食毒かと警戒を強めるアイズは自身に許された唯一の魔法、【エアリエル】を行使して嵐と錯覚するほどの激風を自身に付与し、女体型の吐き出してくる紫液を吹き飛ばしていく。
マジックユーザーであるエルフでないのにも関わらずアイズの【エアリエル】による風の加護は、細剣で女体型の触腕による薙ぎ払いとの鍔迫り合いすら可能とする。
だが、アイズからすれば奥の手である魔法と不壊剣を使って漸く拮抗できるのだ、アルのように純粋な身体能力と剣技だけで戦えないことに焦りにも似た歯がゆさを感じざるを得ない。だが、アイズがそんなことを気にしている間にも状況は変化していく。
アルはアイズとは一線を画する加速から女体型の左脇を抜きさり、同時に左下から逆袈裟に斬撃を放つ。それを察した女体型は即座に残った右腕を盾にして防ごうとしたが、遅きに失した。イソギンチャクのように蠢く多脚を神速でもって、まとめて断ち斬ったのだ。
いくら強靭で柔軟な身体とはいえ、流石に下半身を失ってしまえばもう動くことはできない。これで勝負あったかに思えたが、しかし女体型はなおも諦めることなく、その巨体を転がすように動かして強引にアルへと突進してきた。
バランスを失った女体型のその勢いと質量の乗った体当たりは確かに驚異的な突破力を秘めていたが、破れかぶれの特攻が当たるはずもなく余裕をもって躱したのち、女体型の巨体を反応すら許さない速度で駆け登る。
すれ違いざまに全身を斬り刻んでいき、残る腕を根元から斬り飛ばす。その瞬間、女体型の動きが止まると同時に今まで見たこともない量の腐食液が吹き出したのだが、アルはそれを魔法も用いぬ斬撃の結界によって打ち払う。
決定的なまでに開いてしまった実力差。極めれば極めるだけ神に近づくともされる『恩恵』はその仕組み上、レベルが一つ違えばもはや種族が違う、二つものレベル差は数値以上の壁としてアイズの前に立ちはだかっていた。
「───っ」
悔しくはない、ただ悲しいのだ。このまま行けば彼我の差はより広がり自分ではアルの隣で戦えなくなってしまう。いやだ、と自分の中の小さなアイズ・ヴァレンシュタインが叫ぶ。
おいていかれたくない、ずっと隣に居たい、前みたいに共に背中を合わせて戦いたい。そんなアイズの葛藤をよそに、その場に聞くものの魂を震わせるかのような鐘の音が響く。そして、どこからともなく現れる黒い光の粒子。
その正体はアルのスキル、【
「───【サンダーボルト】」
チャージによって威力を爆発的に引き上げられた雷霆はリヴェリアの【レア・ラーヴァテイン】を上回る威力を持った光柱となり女性型の肉体を焼き尽くした。
視界が灼熱に包まれ、全ての光景が赤く染まる。爆心地には炎の海が広がりその勢いは止まらない。灰色の森へと燃え移り、あちこちから火の手が上がっていった。顔を緋の色に焼かれながら、アイズは視線の先の光景をじっと見つめる。
「(ああ、何もできなかった)」
割れる炎の海から無傷で歩み出てくる人影。まさに、英雄の貫禄。自分がいなくても容易く女性型を倒したであろう傷一つないアルの姿に歯噛みした。
様々な石質の岩石によって造られた無機質な通路を征く一団、【ロキ・ファミリア】はダンジョン中層に張りめぐらされた天然の迷路といってもいいその中を迷いなく進みながら、より上層───地上を目指して進んでいた。
階層が浅くなっていくにつれモンスターも弱くなってくるため、進むペースははやく、着実に歩を進めていた。薄暗いダンジョンを照らす燐光は一層強くなっていっている。
もうすぐでこの地下迷宮から出ることができるだろう。今、彼らがいるのは先ほどまでいた深層よりも遥かに浅く、地上にもほど近い中層の17階層。
ここまでの道程で、アイズ達はいくつかの戦闘をこなしていた。しかしそれは大した数ではなく、せいぜい三回か四回程度だ。それもすべて敵の強さはさほどのものでなく、Lv.2の冒険者であれば問題なく倒せるレベルであった。
アダマンタイトすら溶解せしめる腐食液を蓄えた芋虫型のモンスターに、階層主並みの存在であった女体型のモンスター、【ロキ・ファミリア】ですら苦戦した二種の新種というイレギュラーもあって今回での未到達階層の進出は諦め、地上への帰還を行っていた。
「(……あのモンスターは何だったんだろう?)」
アイズは隣を歩くティオネやレフィーヤと談笑しながら、ふっと先ほどの戦闘のことを思い返していた。巨大な芋虫型のモンスターは、体表を変色させて襲いかかってきた。その攻撃方法は単純明快なもので、口器と思われる先端にある穴から噴出する酸を飛ばしてくるというもの。
防具のない箇所ならば一瞬にして溶かされてしまいそうな威力を持つ。女体型は階層主並みのサイズとそれに見合ったポテンシャルをもった強敵であった。
特に女体型にはなにか『良くないもの』を感じていたがその正体はわからない。ただ一つ言えることは、どちらも厄介極まりない相手であったこと。
『ヴ、ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ───ッ!!』
アイズがそんなことを考えているうちに、進行先の通路から大気を震わせる咆哮とともに獣臭と血錆の香りが漂ってくる。姿を現したのは他のモンスターと比べても頭ひとつ抜きん出た巨躯を誇っている牛頭人型のモンスター、ミノタウロスだ。
赤銅色の肌に牛頭、そして二本の角。手には武器こそ持っていないが、発達した筋肉がそれを補って余りある戦闘力を有していることを雄弁に物語っていた。
そして何より特徴的なのはその頭部だ。本来であれば人の顔があるべきそこには、まるで猛獣のように鋭い牙が並ぶ暴力にゆがんだ牛の頭があり、鼻腔からは蒸気のような息吹が出ている。
ミノタウロスの群れはアイズ達を見て、立ち塞がるように低く腰を落とすと地面を踏み砕かんばかりに強く踏み出した。瞬間、爆発的な加速をもってしてミノタウロス達が肉迫してくる。
血走った眼をぎらつかせながら突進してきたミノタウロス達はアイズ達に襲い掛かった。だが、それを見たティオナが嬉々として飛び出していく。
彼女は溶かされたウルガの代わりに渡された大剣を横薙ぐように振るうと、先頭にいた一体を吹き飛ばした。後続を巻き込んで吹き飛ばされたモンスターの体は壁に激突し、絶命しているのか動かないまま壁の一部となる。
さらにティオナは勢いのままに大剣を振り回すと、近寄ろうとしたモンスターを次々と切り伏せていった。瞬く間に五体を両断されたミノタウロス達は力を失い、地面に倒れ伏す。
中層最強とされるモンスターに対し、ティオナの攻撃はひどく一方的であった。それも当然であり、深層を探索する【ロキ・ファミリア】にとって中層に出現するモンスターなどものの数ではない。
アイズやベートもそれに加わり、圧倒的なステイタスを有する前衛の活躍によって次々と蹴散らされてゆく、本来ならば下位団員に経験を積ませるため、幹部である彼女たちは手を出さないこととしているが、今回は例の新種についての情報をいち早く地上に伝えるため、急いでいた。
だが、今回は数が異常だった。
幹部の活躍により、半数以上が瞬く間に灰に還るがその彼我の戦力差に恐怖を覚えたのか、我先にとのこる数十体のミノタウロスがアイズに背を向けて逃走していった。
「ええええっ?!」
「はあ?! なに、逃げてやがる、てめえら、モンスターだろうがっ!!」
ミノタウロスの撤退。通常ではありえない光景だ。基本的にモンスターは本能で行動しているが、中には知能の高いモンスターも存在する。しかし、今回のような事態は初めてだった。
ティオナも、ベートも呆気に取られていたがすぐに気を取り直すと後を追うべく走り出す。この階層まで来れば上層のモンスターはほとんど木っ端だ。そのため、地上を目指すにあたって障害になるようなものはなかった。
ダンジョンには当然ながらアイズたち以外にも冒険者がいる。そんな彼らからすれば恐慌状態で迫ってくるミノタウロスの大群など悪夢以外の何物でもない。自分たちが取り逃がしたせいで冒険者たちが襲われるかもしれない。
そう考えたティオナとベートは全力疾走で逃げるミノタウロスを追いかけ始めた。ティオナは大剣を振るいながらも追いすがり、ベートもまた悪態をつきながらそれに続く。
さらに上層、16階層へ続く階段をミノタウロスが駆け上がっていき、恐怖に支配された群れはあっという間に見えなくなった。
ティオネがチッと舌打ちをして、ティオナとベートの後を追い、アイズもそれに続いた。
いやあ、芋虫相手に死ぬのは絵面悪いし遠慮するわ。いくら俺でも殺される相手の選り好みくらいはしたい。それにアレは本来、アイズ一人でも倒せる相手だし俺が普通にやって負けるはずもない。
てか、アイズどうしたんだろ。戦い終わってからなんか暗かったけど。
まあいいや、それよりそろそろ我が弟、ベル・クラネルが運命の出会いするころかな。俺達から逃げ出したミノタウロスをアイズが先頭になるよう『加減しながら』走って追いかける。
ぶっちゃけまだ魔力あるし【サンダーボルト】連発すれば走るまでもなく全滅させられるんだけど残しとかないと原作始まらねぇからな。
あ、いたわベル。
「だぁあああああああああああああああああ!?」
そして逃げる、ミノタウロスからではなくアイズから。うーん、速いな。最初からその速さでミノタウロスから逃げれば良かったのに。
それにしてもやっと原作の始まりか。内容は正直あやふやになりかけてるけど曇らせチャンスポイントは忘れてない。
ああ、楽しみだ。
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《スキル》
【英雄覇道(アルケイデス)】
・能動的行動に対するチャージ実行権。
・解放時における全アビリティ能力補正。
・能力補正はチャージ時間に比例。
・チャージ中、味方の戦意を向上させる鐘の音が響く。