皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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改定で一番の鬼門が二章だったりします


二十話 とりあえず、今回はフィルヴィスにちょっかい出すだけで我慢するか。

 

 

『【闇ヨ、満タセ───】』

 

「モンスターが──詠唱だと?!」

 

 巨大な魔樹の下半身のもとに展開される漆黒の魔法円。禍々しい紋様を刻み込まれたそれは、同じく漆黒の魔力光を立ち昇らせている。

 

人類にのみ許される魔法、破壊衝動と本能のまま生きるモンスターにはありえない挙動だ。モンスターが魔法の詠唱を行うなど絶対にありえない。

 

理性と叡智を持った人類の領分なのだから。しかし目の前で起こっている現実はどうだ。間違いなくこの怪物は詠唱を行っている。

 

ならば、この怪物もまた人間だったということなのだろうか。それとも別の何かか。

どちらにせよ、悠長に考えている時間はない。

 

「まさか──精霊だとでも言うのですか?!」

 

 精霊に親しいエルフ、その中でも大森林の守り人の一族の生まれであるリューはその正体に目星をつけながら自身も焦りとともに魔法の詠唱を開始する。

 

「(私の魔法では相殺しきれないっ!!)【今は遠き森の空。無窮の──】」

 

広域展開された漆黒の魔法円。そして吹き上がった魔力の出力はLv4最上位のリューのそれを明らかに上回っている。

 

『【来タレ来タレ来タレ遮光ノ檻ヨ暗澹タル霊妙ノ力ヲ受ケテ空ヲ覆エ星ヲ隠シ月ヲ染メ天河ヲ裂クハ全テヲ黒ヘト変エ───】』

 

「(疾い!! それに超長文詠唱?!)【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を─】」

 

それでも少しでも威力を減退させるため、詠唱を続けるほかない。

 

 

 

 

 

「ババアの防護魔法張れ!!」

 

「は、はいっ──【ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ──】」

 

 ベートの一喝によりようやく動揺から解放されたレフィーヤも詠唱を開始し、ベートは精霊の詠唱を中断させるため魔剣によって魔法を充填させた【フロスヴィルト】を輝かせながら精霊のもとへ駆け出す。

 

「──っ、【凶狼(ヴァナルガンド)】に続きなさい!! 魔剣掃射!!」  

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖】────【ディオ・テュルソス】!!」

 

リューが魔法を相殺するための砲撃の詠唱をし、ベートとフィルヴィスが魔法の妨害のために動き、レフィーヤが防護魔法を唱え、アスフィが指揮をする。誰もがその一瞬、己の役割を理解していた。

 

【ヘルメスファミリア】の団員も含めて初見のイレギュラーに対して満点とも言える動きをした冒険者たちだったが、精霊の力はその全てを嘲笑うかのように凌駕する。魔剣による同時射撃と破邪の雷閃光、第一級冒険者であるベートの一撃を受けてなお、その詠唱は止まらず完成に至る。そして──────

 

『【黒ヨ黒ヨ黒ヨ黒ヨ黒ヨ光ヲ呑ム陰タル黒ヨ星空ノ彼方カラ覆エ災禍ノ怒リ救済ノ涙我ノ愛スル英雄ガ為ノ鉄槌ニシテ地ヲ砕ク凶星】』

 

「【何物よりも疾く走れ】」

 

精霊とリューの同時詠唱。都市最強の魔導士と名高いリヴェリア・リヨス・アールヴを凌駕する並行詠唱の使い手であるリューの詠唱に信じられないほどの超長文詠唱でありながら喰らいつき──否、凌駕する程の詠唱速度で莫大な魔力を束ねてゆく。

 

 

『【──代行者タル我ガ名ハ闇精霊、闇の化身、闇ノ女王】』

 

「【──星屑の光を宿し敵を討て】」

 

「【──集え、大地の息吹──我が名はアールヴ】」

 

「【──盾となれ、破邪の聖杖】」

 

 短文詠唱の第二位階防護魔法を詠唱し終えたレフィーヤと超短文詠唱の盾の魔法を詠唱を行ったフィルヴィスも含めた四者の魔法種族(マジックユーザー)による四重の魔法発動。

 

『【ダーク・ヴェーブ】』

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

「【ヴェール・ブレス】!!」

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 漆黒の魔法円が一際強く輝くと同時に、 大地を引き裂いて現れたのは直径十Mにも及ぶ暗黒球。まるで夜のように暗い、底なし沼のような闇の波動。

 

膨大な量の黒い魔力光が周囲を夜の森を塗りつぶすように照らし出し、それは漆黒の輝きを放ちながらゆっくりと宙に浮かび上がり、やがて音もなく弾けた。

 

闇色の波濤となって広がる破壊の魔力。それが全てを飲み込み、全てを消し去るために荒れ狂う。天高く聳える大樹のような黒き闇の柱は周囲の水晶を根こそぎ薙ぎ倒し、その衝撃だけで一帯を吹き飛ばした。

 

それはまさに暴虐の破壊だ。轟音を立てて大地を焼き尽くす闇の濁流と緑風を纏った無数の光玉がぶつかり合い、拮抗するかに見えたその瞬間、圧倒的な魔力の差がそれを打ち破る。

 

リューが唱えた広域魔法、星屑の光で形成された光の槍が漆黒の奔流に押し負け、純白の魔法盾をも破って津波のように迫る闇が防護魔法で護られた冒険者達を容易く蹂躙した。

 

 

 

「───っ、生きてるかテメェら!!」

 

「──どうにか、『凶狼(ヴァナルガンド)』」

 

 闇の津波が引いた後、全身を闇に侵されながらも真っ先に立ち上がったのはベート、それに引き続いてLv4の二人、最後に【ヘルメスファミリア】の者たちがかろうじて立ち上がった。

 

「闇属性の魔法でしたから私の魔法で減退できましたが、そう何回も使える手ではありませんね」

 

 闇と相克する光属性を含める【ルミノス・ウィンド】であればそれなりに威力を減退させられる。だがそれでもレフィーヤとフィルヴィスの防護魔法がなければ【ヘルメスファミリア】の幾人かは落ちていただろう。

 

『【火ヨ、来タレ─】』

 

「連発─?!」

 

 花弁が輝き、魔素が吸い込まれ再度魔法の詠唱が、まだ動くことのできない冒険者たちを見据え、精霊は容赦なく再び詠唱を始める。

 

 

 

 

 

「────っ」

 

 何処からか聞こえる叫びにゾワリ、とアイズの背を言い表せられない不快感が駆け巡った。以前、リヴィラの街で『宝玉』に触れた時以上のそれは、まるで脳をかき回されるような不快感だ。

 

息苦しさに荒い呼吸を吐きだしながら、アイズは周囲を見渡す。そんなアイズの動きは当然のように止められていた。

 

「気づいたか、『アリア』。アレはお前の同類の起きた声だろうよ」

 

「同類?」

 

「質の悪い『宝玉』を使った失敗作だがな。だが、いくら失敗作でもあの程度の連中であれば始末するには十分だ」

 

 そしてその隙を見逃すほど、レヴィスも甘くはなかった。刀身の砕けた大剣を投げ捨て次の瞬間には新しい大剣を容易く壁に弾かれる。駆け引きも工夫も介在しないほどの力の差が両者の間にはあった。

 

アイズのスキル【復讐姫(アベンジャー)】。その効果は怪物種全般に対する攻撃の高域強化。ロキ曰く、下界の歴史の中でも最強出力を誇るスキルであり、その威力は憎悪の丈によって更に向上する。 

 

アイズが抱える憎悪は両親を奪ったモンスターに対するものと自分自身の弱さに対するもの。その丈は九年前の、恩恵を刻まれたその時に抱いていたものを凌駕する。故に今のアイズ・ヴァレンシュタインの力は他の追随を許さない領域にある。

 

長年、使用を禁じていたそれを初めて解き放ったのはウダイオスを単騎で倒すとき、その際には逆杭すら容易く砕き一方的ともいえる勝利を手にしていた。

 

階層主クラスの敵ですら瞬殺できる力を今、アイズは持っている。目の前にいるレヴィスは強い。それは間違いがない事実だ。だが、それでもこの場においてはアイズの方が圧倒的に上であった。

 

今のアイズは人外を相手にする場合に限ればLv6最上位であるフィンやガレスを確実に上回って───Lv7の領域に片足を踏み入れることができる。

 

「ク、ソがッ──化け物め!!」

 

 深層の階層主ですらひとたまりもないレヴィスの剛撃を容易く逸らし、アイズの猛り狂う風渦を付与した剣身がレヴィスの身体を蹂躙する。そのたびに鮮血の花びらが宙を舞い、レヴィスが苦悶の声を上げる。

 

先の戦いとは次元の違う能力の激上ぶりに繕うこともできずに叫ぶレヴィスの目にはアイズが以前、一切の反撃を許さず自らを一方的にねじ伏せた白髪のヒューマン──アルと重なって見えていた。

 

振るわれる大剣、しかし、アイズの速度はそれ以上だ。もはや目で追うこともできない斬撃が幾度も繰り出され、瞬く間にレヴィスの全身を切り刻む。

 

アイズの一撃がレヴィスの大剣を持つ左腕を捉え、そのまま肩口から切断する。レヴィスは反射的に後ろに下がるが、そんな動きで距離が稼げるはずもなかった。

 

一歩踏み込み、横薙ぎの一閃。それがレヴィスの腹部から胸部にかけて深々と斬り裂いた。傷口からは噴水のように鮮血が溢れだし、床一面に紅い水溜りを作る。だが、アイズの攻撃はまだ終わらない。

 

二歩三歩と下がったレヴィスに追いすがるようにして間合いを詰めると、勢いよく振り上げた刃を振り下ろす。咄嵯に大剣を掲げ防御の姿勢を取るレヴィスだったが、凄まじい勢いで振り下ろされるアイズの剣、互いの武器がぶつかり合ったことで生じた衝撃が周囲の壁を吹き飛ばしていく。一瞬の拮抗の後、レヴィスが大きく吹き飛んだ。

 

それでも尚、アイズの追撃は止まらない。大上段からの唐竹割り、返す刃で袈裟切り、更には刺突まで繰り出して、その度にレヴィスの肉体からは鮮血が撒き散らされていく。

 

まるで暴風のような苛烈な連撃を受け続けたレヴィスは全身に深い傷を負っている。

 

「──怪物は、貴女の、方」

 

 今も耳に残る悍ましく心を掻き立てた叫びのことは思考から一旦外して、レヴィスを倒すためにより多くの黒風を纏いだすアイズは内心、焦っていた。

 

恐るべきは怪人の生命力、これまでに何度か大剣の防御を貫いて人間であれば継戦不可能な損傷を与えたがそれもまたたく間に癒えてその強さにいまだ揺るぎはない。

 

地の利はあちらにある。単純な戦闘能力では圧倒しているとはいえ、このまま戦い続けていればいずれは自分が不利になるだろうという予感があった。

 

その出力の高さ故に【復讐姫(アベンジャー)】のスキルは発動中、常にアイズ自身の身体に莫大な負荷をかけ続ける。それも、Lv6になったばかりのアイズをLv7の領域まで押し上げる位階昇華にも等しい強化であれば身にかかる負荷は計り知れない。

 

少しずつではあるが身体中に見えない傷が刻まれ、肉が撓み、骨が軋むような痛みがアイズの全身を覆いつつある。長くは持たない。そう判断したアイズは更なる攻勢に出る。

 

「────リル・ラファーガ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

レフィーヤ達支援組と【ヘルメスファミリア】による対精霊の戦いは優勢でこそないものの彼我の力量差を覆すように順調に進んでいた。

 

いかに失敗作といえど階層主に匹敵するサイズと触腕の威力、何よりも上級魔道士の砲撃を上回る威力の魔法。その推定レベルはどう甘く見積もってもLv6の階層主相当。

 

そんな怪物相手に個々の実力で遥かに劣る面々が未だに死者を出さずに戦えていたのには、やはり、この場唯一の第一級冒険者であるベート・ローガの存在が大きかった。

 

この場の誰よりも疾い彼は魔法を篭めた特殊武装【フロスヴィルト】による蹴撃で精霊の詠唱を中断させる。それにより生まれた一瞬の隙に各員が魔法や魔剣を叩き込む。

 

また、リューの存在も大きい。単純な能力面では劣るものの戦闘経験においては並のLv5を上回る、リューは一線を退いて久しいもののその積み重なった経験と卓越した戦闘技術の高さにより巧く精霊の触腕による攻撃を躱し、触腕にふっとばされた各員に即座に駆け寄り短文詠唱からなる回復魔法で迅速な回復をする並行詠唱を行える治癒魔導士としても一級品であった。

 

この二人の存在は心強かった。

 

そして主砲としてフィルヴィスに守られながら攻撃魔法を魔力の限り叩き込むレフィーヤは最大のダメージソースとしてなくてはならない存在だった。

 

【ヘルメスファミリア】の面々もレベルこそ低いが『万能者(アンドロメダ)』の指揮のもと、個々の強みを活かす連携により【ロキファミリア】の中堅グループ以上の戦力として戦場を支えていた。

 

一部は互いの名前も知らない状態での即興の連携はこれ以上ない完璧と言えるものだった。

 

だが───

 

『【閉ジヨ、閉ザセ、光ヲ堕トセ】』

 

「(──超短文詠唱?!)」

 

『【ティア・ノアール】』

 

 ミスはなかった。しかし、いくら超短文詠唱といえど避けられない攻撃でもなかった。あえて言うなら五年にも渡るブランクによる咄嗟の判断違い、魔法による空中機動をしていたリューは闇走の礫に撃ち落とされた。それが致命傷になったわけではない。

 

そこからの戦線の崩壊は早かった。

 

次に落ちたのはベート。もっともよく動き、もっとも消耗していた狼人はたった一人で精霊と対峙することとなり、リューが請け負っていた分の負担を抱えきれずの触腕の餌食となった。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の──ぁ」

 

 崩壊した前線に動揺したレフィーヤが最後に選んだ魔法は師であり、都市最強の魔導士であるリヴェリア・リヨス・アールヴの絶冷魔法。まともに食らわせられれば精霊といえど行動不能に陥るだろう。

 

しかし、詠唱の途中でレフィーヤは崩れ落ちた。いくら多大な魔力と精神力を持つとはいえLv3、様々な防護魔法や砲撃魔法の連続行使はレフィーヤ自身が自覚している以上にレフィーヤを削っていた。精神疲弊、レフィーヤの視界は歪んで崩れ、地に倒れ伏した。

 

「フィル、ヴィスさん····」

 

「ウィリディス?! ──くっ」

 

「───ッ」

 

 戦力の中核であった三者が倒れる様を目にしたアスフィは負けを悟った。この圧倒的格上相手に戦えていたのはベートという優れた前衛とベテランの動きで中衛とヒーラーを兼ねていたリュー、そしてLv3に見合わぬ魔力と選択肢を持ったレフィーヤの三人を戦場を俯瞰するアスフィが指揮していたからだ。

 

『オワリ? ナラ、ナラナラ、グチャグチャニシテアゲル』

 

リューは墜ち、ベートは斃れ、レフィーヤは限界を迎えた。いかに連携が巧みでもアスフィを除けばLv.3以下の集まりでしかない【ヘルメス・ファミリア】では主砲と柱を失っては目前の絶望────『穢れた精霊』には絶対に勝てない。

 

次の瞬間、訪れるであろう死の予感にせめて一矢は報いようと虎の子の魔道具を握りしめるアスフィは見た。

 

 

 

大空洞の壁面一角が、爆発する。轟然たる破砕音に大空洞にいる全ての者、敵味方の区別なく目を向けた。砂煙を切り裂き飛び出してきたのは赤い髪の女。

 

吹き飛ばされたのか全身血塗れで壁を破壊してきた彼女はガガガガガガッと地面を削っていく。矢のごとく進む彼女は体中を傷まみれにしながら急制動をかけ止まる。女はゆっくりと、全身から血を流し片膝をつきながら立ち上がる。

 

「はっ、はぁッ········! ─ぐっ、がはっ」

 

 呻き声を上げ、少なくない量の血を吐き出すその姿は体表で竜巻が起きたのかのように渦の形をした傷に苛まれていた。女が粉砕した壁面から次に姿を現したのは、金髪金眼の少女───アイズだ。彼女は盛大に肩で息をしているものの防具の破損等を除けば無傷に近い。

 

金髪をなびかせる美しい少女。誰もが彼女の登場に言葉を失い、目を離せなかった。その静寂の中、アイズは剣を構えて前を見据える。その瞳に宿るのは闘志。

 

「アイズさん!!」

 

 半日ぶりに再会したアイズに対してフィルヴィスに支えられたレフィーヤは涙ながらに声を出す

 

「──なに、あれ」

 

 だが、アイズにレフィーヤを気にかける余裕はなかった。

 

アリア!! 貴方モ、一緒ニナリマショウ? ──貴方ヲ食ベサセテ?

 

 自分に対して嬌声をあげる精霊を目にしてしまったからだ。精霊は巨塔を思わせるほど巨大な姿へと変貌しており、今なおその体積を増やしている。巨大な鞭のような触手の群れがうねりをあげ、その先端は槍のように尖っている。

 

──────ァアアッ!!!

 

 絶叫とともに、精霊はアイズの視界を埋め尽くすほどの触腕を一斉に伸ばした。

 

──速い。

 

精霊が放つ無数の触腕が空気を切り裂いて殺到する。今まで見てきたモンスターの中でも上位に位置する速度、しかもただの速さではない。 

攻撃範囲の広さと圧倒的な手数、触れたもの全てを塵芥に変える暴威を振るわんとする精霊を前にして、しかし、アイズは動じなかった。

 

視界一面を埋める触腕の群れ、それに対するアイズが取った行動は単純明快。ただ、剣を一閃させるのみ。アイズの一太刀によって触腕は細切れになり宙に舞う。

 

「(なんて、硬さ)」

 

 切断した触腕の断面を見てアイズは顔をしかめた。もし並の武器だったなら今の一撃だけで折れるか刃こぼれするかしていただろう。

 

それだけあの触腕の強度は異常だ。そのスキに最低限、傷を癒やしたレヴィスはアイズから離れ、食料庫の中央にある紅い巨大なクオーツの前へ移動していた。

 

「『アリア』、どうやら、今のお前には勝てぬらしい······そのなり損ないの失敗作の相手でもしていろ」

 

 今のアイズには、穢れた精霊がいるとはいえ勝てないと考えたのか。折れた紅い大剣を投げ捨て逃走しようとする。

 

「待って、貴女はモンスターなの?」

 

「──ただの触手にすぎん、あの女の魔石を埋め込まれただけの元人間のな」

 

 人とモンスターの『異種混成(ハイブリッド)』。人が持つ知性とステイタス。魔石によって獲得したモンスターの怪力と回復力を併せ持った怪人。

 

「アリア、59階層へ行け」

 

 話は終わりだと緑肉の中へ消えていくレヴィス。満身創痍の皆の中で無傷に近く、消耗はあるとはいえ動けるアイズだったが追おうとはしなかった。

 

アイズはモンスターと人間の融合した存在へのショックもあったがそれ以上に、今は目の前の怪物に集中したかったのだ。

 

アイズと対峙するのは巨大な触手の塊。まるで黒い絨毯の上に赤子の拳大の眼球が無数に散らばったような光景にアイズは思わず息を飲む。

 

だが、先のアイズ達が現れたように肩に担ぐ漆黒の大剣とは真逆の純白の頭髪が特徴的な男──アル・クラネルが緑肉の壁を吹き飛ばして現れ、触手の束を斬り飛ばした。アルが振るう大剣は刀身に纏わりつく炎を激しく燃え上がらせていた。

 

「あー、アイツ、逃げた後か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、今戦っても仕方ないしな。精霊は········うーん、相性的に話にならんな。

 

とりあえず、今回はフィルヴィスにちょっかい出すだけで我慢するか。

 


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