皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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第三章
二十一話 アレ? 私の恋敵、ロリ神様でも剣姫でもなくこの狼なのでは····? と、リリルカ・アーデは訝しんだ


 

 

 

 

 

 

 

私は気づいたらそこにいた。

 

私が生まれたのは十五年前。下界の民ならば子供でも知っている下界の悲願『三大冒険者依頼』の最後の一つ、『隻眼の黒竜』に当時最強であった男神と女神が率いる【ゼウスファミリア】と【ヘラファミリア】が破れた年───『暗黒期』が始まったときだった。

 

当時のことは今でも鮮明に覚えている。世界中を覆った混乱、恐怖、絶望。街は混沌に支配されていた。今でこそ治安が良くなったと言われているけど、当時は誰もが不安や焦燥感を抱えていて、犯罪が横行していた。

 

生まれた場所は都市オラリオ。モンスターを吐き出す穴たるダンジョンを封じる蓋であり、モンスターを倒すことで生計をたてる者たち──冒険者の住まう、英雄の都と呼ばれる場所だった。

 

だが、私は知っていた。英雄なんてものは───少なくともこんな都市にはいないのだと。

 

両親は【ソーマ・ファミリア】に所属しており、私も貴族の子が貴族、農民の子が農民であるように物心ついた頃には私も神の恩恵を神ソーマによって刻まれていた。

 

だが、両親は物心ついてすぐに実力に見合わない階層に潜って私だけを残して呆気なく死んだ······なんのために? 決まっている、お金のためだ。  

 

【ソーマファミリア】の団員の信仰は神には捧げられてはいない。団員たちの信仰対象は神酒(ソーマ)、主神と同じ名を持つ酒であり、酒造の神であるソーマが自らの手で権能も使わず下界のものだけで造った酒である。

 

だが、その味は絶品という言葉すら及ばない魔的ですらあるもので、一般的に市場に高値で出回っている失敗作ならばともかく、真作とも言える完成品は神ならざる下界の民が飲めばその酔いが醒めるまで、またその酒を飲むためだけに生きる畜生に成り下がる。

 

私自身、一度飲んだときには酔いが醒めるまでもう一度飲むことだけを考えていた。それほどまでに神酒(ソーマ)は人の魂すら酔わせる下界の民には過ぎたものなのだ。

 

そしてその依存性を利用して団員に一度だけ神酒(ソーマ)を飲ませ、また飲みたければ莫大な金を支払わなくてはならない決まりを団長や一部の幹部がファミリアに作って私腹を肥やし、団員たちはその思惑のとおりに手段を問わず金を集めてまた酒を飲むためだけに冒険者として生きている。

 

そんな団員たちと団長の企みに主神であるソーマは何も言わない。

 

神ソーマは悪い神でないのだろう、私達下界の民に敵意や悪意を持っているわけではない。持っているのは諦観と無関心、神は私が産まれるよりずっと前から下界の民を見放している。

 

当然、そんな神が私を助けてくれるはずもない。いや、あるいは私という眷属がいることすら知らなかったのかもしれない。

 

両親の顔も声も今となっては欠片も覚えてはいないけど別に悲しいとは今もその当時も思っていない。

 

両親が死んだあと、まだ幼い私への遺産などあるはずもなく、私は天涯孤独の身となった。それからの日々は地獄と言っていいものだった。

 

誰も助けてくれない。頼れる人がいない。当時の暗黒期は身寄りのない小人族(パルゥム)の子供が生きていけるほど平和ではなかった。

 

【ゼウスファミリア】と【ヘラファミリア】という抑止力を失ったオラリオは反秩序の勢力、【闇派閥(イヴィルス)】の暴虐に日々、苦しめられていた。

 

一般人、冒険者を問わず人がゴミクズのように死んでいく環境の中で私が死ななかったのは、比較的要領が良かったのもあるが、一番は運だろう。

 

 

 

·····················運。そうだ、私は悪運だけには恵まれていた。

 

生きるため、生きるためにはなんだってした。プライドなんてものはハナから捨てて私を劣等種のガキだと詰る冒険者崩れにもすり寄って、頭を伏せて、泥水を啜って生き延びた。

 

けれど、町中で親と手を繋いで幸せそうに笑いながら歩く同じくらいの歳の子供を見たとき、死にたくなった。どうして自分だけがこんな目に遭わなければならないのか、どうして自分がこんな惨めな思いをしなければならないのか。

 

私はなんのために生きているのだろう、なんで私は一人なんだろう。蹲りながら一日中泣いた。

 

どうして、そんなになってもお腹は鳴り、生きたいのだと願う浅ましさにまた悲しくなった。もう嫌だ、生きていたくないと何度思ったかわからない。

 

ある程度身体が育ってきたので、両親の真似事ではないがダンジョンに潜るようになった。やはり、物乞いや雑用よりも冒険者のほうが遥かに効率的に稼ぐことができる。

 

幸い、ダンジョンに潜るために必須である恩恵は既に刻まれている。·········けれど、そこでも私は現実の無慈悲さに打ちのめされた。

 

単純な話、私には冒険者としての才能がなかったのである。もとよりヒューマンの下位互換の劣等種とすら蔑まれる小人族(パルゥム)であり、特別な才能も持たない私は上層の上層ですら探索はできなかった。

 

そうなっては私が金を稼ぐ方法は一つしかない。サポーター、冒険者たちに蔑まれる雑用係。それでも、ならないで餓死する選択肢はなかった。

 

『稼ぎが減るだろ。さっさとしろ! 早くたて!』

 

小人族(パルゥム)のガキなんかに渡す分前なんざねぇよ、さっさと消えろ』

 

心のない罵詈雑言に日々晒され、報酬を払われないことや八つ当たりから暴行を受けることも何度もあった。それでも逆らわずに、死にたくないから媚びて媚び続けた。そんな毎日の中、私はいつしか笑えなくなっていた。感情が麻痺していた。

 

··········そうしていると魂が腐るような気がしたけれど気にしていられなかった。

 

こんな環境は嫌だと逃げても逃げても見つけ出され、ようやく作った居場所を奪われる。

 

段々と私は荒んでいき、発現した変身魔法【シンダー・エラ】を駆使して恨めしい冒険者から盗みを働くようになった。そして少しずつ稼いだ金をファミリア脱退のために貯めて貯め続けた。

 

ファミリアを出る、そうしなければ私の人生は始まらない。

 

·············なんて、世界は私に厳しいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなとき、彼に、ベル様に出会った。

 

最初はわかりやすい鴨だと思った。だが、その印象はダンジョンでその戦いぶりを見たときに覆った。年嵩の冒険者数名が苦戦するようなモンスターを相手にダンジョンを駆け回り、一人で苦もなく倒してしまった。

 

日を重ね、彼を知るに連れて私は彼に嫉妬するようになった、恨んですらいた。冒険者になって一ヶ月未満とは思えない体捌きに、見ていてわかるステイタスの高さ。

 

本人は師匠の教えがいいからと謙遜していたが、これまでに見てきた冒険者の中でもっとも才能に溢れていると断言できるだけの素養に────私が持って生まれなかった才能なんていう不平等かつ理不尽なものに満ちていた。

 

そしてLv1の初心者が持つものとは思えない拵えと切れ味のナイフ。聞けば彼の主神である神に貰ったのだという────私は救われなかったのに。

 

ボロボロになってもその瞳から光が消えることはなく、がむしゃらに努力を重ねた。何故そこまでやるのかと聞けば、先に挙げた師匠や命を救われた女剣士、何よりもずっと守られてきた兄に追いつきたいのだという。

 

なんて贅沢なのだろう。才能があり、愛され、煌びやかな人生の目標なんてものすらある。

 

私は思った。この純白の心を穢してやりたいと。

 

だから、私は私を脅す【ソーマファミリア】の団員の命令に従って彼を裏切り、殺そうとした。そして私も私の蓄えを狙ったその団員に殺されそうになった。

 

『·····ああ、なにもなせない、なにもなかった人生だったな』

 

そう、全てに絶望し、ただ死を待つだけだった私のもとにベル様は現れ、私を助けた。

 

わかっていた筈だ、ナイフを盗んだのは私だと。恨んでいいはずだ、貴方を騙して殺そうとした私を。───なんで、そんな私を助けたんだ、英雄でもないくせに。

 

そう、恥知らずにも叫んだ私にベル様は笑いながら言った。

 

『確かに僕は英雄じゃないよ、なろうとしてもなれないだろうね。けど、僕の、憧れの英雄なら君を見捨てなかった』

 

その憧憬に嘘はつけないと英雄に憧れる道化のように笑って私の手を握ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル様、貴方は英雄にはなれないと言いますが、少なくとも貴方は私の英雄ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして私、リリルカ・アーデは正式にベル様のサポーターになった。ベル様の主神、ヘスティア様はとてもいい神様だった······敵だけど。

 

そんなある日、契約初日にベル様はとんでもない爆弾を投げてきた。

 

ベル様の話に時々出てくる兄もここ、オラリオで冒険者をやっているらしい。·····うん、それはいい。兄弟で違うファミリアに入ることはそれなりにあることだし、オラリオに来た時期が違えばそういうことも多々あるだろう。 

 

問題はその兄が都市最大派閥【ロキファミリア】の幹部にして最高戦力『剣聖』アル・クラネルだということだ。

 

オラリオに『剣聖』のことを知らぬものはいない。

 

オラリオの──否、下界のあらゆる最速記録をたった数年で塗り替えた正真正銘の今代の英雄筆頭であり、現オラリオ最強の片割れ。オラリオで唯一のLv7であった【フレイヤファミリア】の首領、『猛者』オッタルに三年と少しで追いついた埒外の才禍の持ち主。

 

確かに『剣聖』とベル様はともに白髪赤目であるし、何よりも名字が同じだ。けれど気づけるはずもない。冒険者界隈で最底辺であった私にとって雲の上の存在過ぎて考えにも入らなかった。

 

そしてまだ爆弾はあったらしく、度々話に出る師匠とはあの『凶狼(ヴァナルガンド)』ベート・ローガなのだという。  

 

···························································なにそれ怖い。

 

『剣聖』の弟で『凶狼(ヴァナルガンド)』の弟子? そりゃ強くなりますよ、ならなきゃおかしいですよ。

 

凶狼(ヴァナルガンド)』の勇名と畏怖はオラリオの冒険者全体に広がっている

 

『剣聖』と同じ【ロキファミリア】の幹部であり、オラリオでもっとも恐れられる第一級冒険者筆頭。

 

他者を雑魚と言ってはばからない【ロキファミリア】の問題児。その暴虐さから恨みを持った第二級冒険者十数名に襲撃を受けた際には、その全員を【ディアンケヒトファミリア】送りにしたという。

 

更には理由は定かではないが格上のLv6であるはずの『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』とやり合い、互いに深手を負った事件もある。

 

弱者であろうと強者であろうと歯向かうものには一切の躊躇なく噛みつき、神にすら喰らいつくと言われるオラリオ最凶の狼人(ウェアウルフ)、それが我々の『凶狼(ヴァナルガンド)』ベート・ローガの印象だ。

 

ただの噂であるのかとも思ったが弟子であるベル様曰く、だいたいあっているらしく、今でも修行中に死ぬかと思うことが日常的にあるらしい。

 

そんな怪物に弟子入りできたのは兄である『剣聖』の紹介によるものだと思ったがそれも違うらしく、ダンジョンで偶然出会って煽られた挙げ句、いきなり腹をLv5の脚力で蹴られたが、その痛みに耐えて立ち上がれたのでスカウトされたらしい。

 

··············何いってんだ、このベル様。

 

あと、なんでそんなことを誇らしげに満面の笑みで言ってるの? リリ怖い······。

 

ベル様、ボロボロの疲労困憊の状態でダンジョン潜ったりする頭おかしいところあるし········もしや、リリは救われる英雄を間違えたんでしょうか。

 

 

··········えっ、今から『凶狼(ヴァナルガンド)』に修行つけてもらいに行く?! 私も挨拶に?!

 

い、いやー、リリは遠慮しときます·············そんな捨てられた小兎みたいな顔しないでください。行きます、行きますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初対面の『凶狼(ヴァナルガンド)』は噂に違わぬ厳つさと荒々しさで、私は壊れたマジックアイテムのように首を縦に振るうことしかできなかった。

 

そうして始まった修行は凄惨の一言に尽きた。容赦なく圧倒的身体能力から放たれる攻撃を喰らい、あっという間にボロ雑巾のようになったベル様に罵詈雑言を浴びせ、ベル様が倒れ伏すとその腹を横から蹴り上げた。

 

見ていて心臓がいくつあっても足りない鍛錬に流石に止めようとしたが『凶狼(ヴァナルガンド)』······ベート様の射抜くような視線とともに投げられた『弱えままでこれ以上強くなろうともしてない雑魚以下が邪魔すんじゃねぇ』の一言で抵抗の意志は根こそぎ奪われた。

 

第一級冒険者マジこえぇ······。

 

そんなイジメのような仕打ちにもベル様は一切へこたれず、目をキラキラさせながらベート様に挑みかかっている。

 

ベート様もそんなベル様を気に入っているのか、言動の荒々しさとは対照的に鍛錬外では、日々人の顔を伺っていた私だからギリギリわかるほどにわかりにくいものだが、ベル様に対する思いやりが感じられた。

 

凄まじく怖い方だが、ベル様が尊敬するだけあって同じくらい優しい方でもあるのだろう。ベル様もそんなベート様をとても慕っていて仲睦まじい兄弟のよう··························と、私を蚊帳の外に置いて話す二人を見てそう思った。

 

 

 

アレ? 私の恋敵、ロリ神様でも剣姫でもなくこの狼なのでは?

 

 

 

 

 

 






ヒロインレース筆頭狼

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