皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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ここら辺から素で一万文字弱あるからキツイな・・・まるまる一万文字書き直すのは中々時間かかるな





二十三話 ベル・クラネルの冒険①

 

 

 

 

 

 

「ハァ──ハァ───、」

 

 僕は全身を傷だらけにしながら震える足で何とか立ち上がった。目前には牛頭人型の筋肉の塊────ミノタウロスがいた。その巨体と威圧感はまるで要塞だ。

 

【ファイアボルト】が被弾してもなお、その片角のミノタウロスは五体満足、目立った外傷は見当たらなかった。僕の魔法は厚い体皮に火傷を負わせただけで大したダメージを与えられなかったのだ。

 

先ほどからずっと全力疾走しているかのように心臓が激しく脈打っている。肺も酸素を求めて悲鳴を上げている。しかしそれでも僕はナイフを構えて戦意を示すしかなかった。そうしなければ死ぬからだ。

 

あまりの彼我の差に戦意を喪失しかける僕を見据え、片角を失ったミノタウロスは天を仰いで喉を震わせる。

 

「ブオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 ビリビリと空気を振動させるような雄叫びだった。それは鼓膜を破りかねないほどの勢いで発せられていた。

 

そしてそれが戦闘開始の合図となった。片角を失ったミノタウロスはその手に持った巨大な大剣を振り上げると、地面を踏み砕きながら突進してきた。僕はそれを紙一重でかわす。

 

凄まじい風切り音と共に振り下ろされた大剣が地面に激突すると、衝撃波が発生して周囲の木々や岩を吹き飛ばす。

 

これが、冒険。冒険者ベル・クラネルが冒す、初めての冒険。

 

「(勝てない·····)」

 

 ベートさんに鍛えられてあの時より僕は遥かに強くなった、それは胸を張って言えることだ。

 

でも無理だ、僕の【力】のアビリティじゃいくらナイフを振り抜いてもこの鋼のような肉体の前にはかすり傷がせいぜいだ。奥の手の魔法もあっさりと払われた。今の僕ではこの怪物を倒すことはできない。

 

殺戮に猛る狂牛が僕には絶望に見えた。

 

「······兄さん、お祖父ちゃん」

 

 二人に会いたい。会って安心したい。

 

大丈夫だと背中を押してほしい。そんな弱音が心を満たしていく。いつも笑っていてみんなに慕われていて、いつも優しく頭を撫でてくれたお祖父ちゃんの笑顔を思い出して泣きそうになる。

 

英雄譚が好きで自分はああはできないと言っていたけれど、誰よりも勇敢な人だった。僕がゴブリンに殺されかけた時は鍬を手にして助けに来てくれたし、あの時のことは今でも鮮明に覚えている。

 

ずっと昔から寡黙で弟の僕も笑っているところを見たことがない、それでも誰より勇敢で家族思いだった兄さん。

 

お祖父ちゃんにいくら言われても英雄になんてなりたくもないしなれもしないって言っていたが、それは嘘だ。口ではそう言っても小さい頃から血の滲む努力を重ねていたのを見ていたし、あらゆる恐怖から僕を守ってくれていた。

 

僕にとって、憧れの英雄は物語の主人公ではなく、二人の家族だった。

 

けど、会いにはいけなかった。兄さんのことは大好きだ、でも怖かった。オラリオについて少し調べただけで兄さんの事は簡単にわかった。オラリオ最大派閥【ロキファミリア】の幹部であり、オラリオのあらゆる最速記録を塗り替えた都市に二人しかいないLv7の一人だという。

 

それに引き換え、僕は兄さんがいなくなってからの四年間、何をしてた?

 

··········これと言って身体を鍛えることすらせず、何もしていなかった。それを実際に会って『英雄』になった兄さんと何一つとして変わらない自分の違いを突きつけられるのが怖かった。だから僕は逃げたんだ。兄さんに憧れることさえ放棄した。

 

それはベートさんに鍛えられてからも変わらなかった。

 

なんのかんのと理由をつけて兄さんと会うのを避けていた·······憧憬から逃げていた。

 

ああ、でも、会っておけばよかったな────

 

咆哮のまま、ロから唾を吐き散らしながら大剣を振りかぶるミノタウロスを前に、走馬灯のように思考する中、体を恐怖に支配されながらもどこか冷静な自分がいた。

金属で編み上げられたかのような筋肉の鎧に覆われたミノタウロスの姿は、まるで鋼鉄の要塞。その鉄壁の防御を打ち崩す術を僕は持っていない。【ファイアボルト】もその分厚い身体の表皮を焼くだけで致命傷になりえない。僕の攻撃は通じず、向こうの攻撃は一撃必殺。

 

「フゥゥー」

 

 こちらに向けられる大剣の切っ先を見据えながら、僕の意識は急速に冷めていく。諦めに支配された僕の意識とは別に、死にたくないという本能が叫ぶ。死への恐怖が脱力感を一斉に吹き飛ばし、脳髄を熱く沸騰させる。このまま突っ立ってるだけじゃ僕だけじゃなくリリまで殺られる。それだけはダメだ。

 

いきりたって迫りくるミノタウロスを背に、僕は無様に地を蹴った。背後から迫る死の気配に、全身が総毛立つ。足が震えて力が入らない。

 

それでも必死になって駆ける。少しでも遠くへ、少しでも速くとリリのいる方向とは逆方向へと走る。しかし、ミノタウロスの突進は速い。広間へ走る僕へあっと言う間にその巨体が急カーブを描きながら肉薄してくる。

 

「(このミノタウロス、やっぱりこのあいだのとは違う)」

 

 モンスタ—らしからぬ知恵なくしてはできない獣に見合わない獲物の追い詰め方。そして、拙いながらも力任せの鈍器としてではなく刃物として大剣を振るう戦士としての技量。

 

このミノタウロスは明らかに他のモンスターとは一線を画している。何よりも単純なパワーやスピードがこないだ追いかけられたミノタウロスとは数段違う。

 

「(·········まさか、強化種?)」

 

 エイナさんやベートさんから聞いたことがある。ダンジョンのモンスターには極稀に同族の魔石を食べることで飛躍的に強くなった強化種と呼ばれるものがいるのだと。目の前に迫るミノタウロスはまさにそれだった。もとよりLv1では絶対に勝てない相手だが、それが強化されたなら尚更勝ち目はない。

それでも、リリだけでも逃がさないと!!

 

「ヴムゥンッ!!」

 

「───ぐっっ!!」

 

 ダンジョンの床を蹴り砕き、土煙とともにミノタウロスが跳躍した。空中で回転し、遠心力をたっぷり乗せた大剣を豪快に振り下ろす。空気を切りさく音が聞こえてくるほどの剛撃。

 

直撃すれば確実に挽肉になるであろう斬撃を僕は紙一重でかわしていく。掠めただけで皮膚どころか骨ごと両断されるだろう一撃をギリギリで避け、時には転がって回避する。   

 

ミノタウロスの猛攻は止まらない。地面に着地すると今度は横薙ぎの一閃を放とうとする。大上段から叩きつけるような一撃と違い、横に振れば攻撃範囲も広がる。かわせる可能性は低い。それでも僕は、なんとか攻撃をかわす。

 

ミノタウロスの一撃一撃が重い。レベル差によるステータスの差は歴然だった。攻撃がかすめるだけで僕なんか簡単に吹っ飛ばされる。

 

だから、避けるしかない。

 

しかし、いつまでも避けられるわけがない。徐々に動きが悪くなっていく僕にミノタウロスはニヤリと笑みを浮かべると、大剣を肩に担ぎ直して僕へと迫ってくる。

 

大剣の重量によって繰り出される一撃は先ほどまでの比ではない。速度と重さを兼ね備えた一撃は風の悲鳴を上げながら僕の頭上をかすめていく。

 

濁流のような猛攻に晒される中、視界の端でリリの姿を見つけた。早く、速く、疾く、逃げてくれ!! そうすれば、僕も全力で逃げることができる。

 

だから、早くリリも逃げろ! そう叫びたいのに、喉の奥からは情けない呼吸音だけが漏れていく。恐怖が邪魔をして声が出ない。そんな僕にミノタウロスはニタリと笑うと、再び地面を蹴った。来る。狙いはリリのいる場所だ。

 

「行けよ······行けえええええええええええええええええええええええええっ!!」

 

 地を蹴ってくるミノタウロスの前に割り込みながら、僕はリリに向かって叫けんだ。僕の言葉が届いたのか、こちらを振り向いたリリは一瞬驚いた表情の後、くしゃっと顔を歪めて走り出す。視界の端からリリの姿が消えていく、そのことに安堵しながら、僕は迫りくるミノタウロスを睨む。

 

僕もこれで逃げられる──────わけが、なかった。

 

怖くて足が震える。逃げ出したい気持ちで一杯だ。だけど、ここで僕が逃げたら誰がリリを守るんだ? 僕が守らないと、僕が戦わないと、僕が助けないと。 

 

恐怖に負けそうになる自分を鼓舞するように叫ぶ。お祖父ちゃんが、兄さんが、憧れの英雄が僕だったらどうした!! 後ろに守る相手がいるのに逃げたか?!

 

迫りくるミノタウロスの大剣を前にして、僕は腰に差した【バゼラード】を抜き放った。

 

「ぐうううっ!!」

 

 ほとんど機能しないボロボロの防具のまま死地へ飛び込むという自殺行為に等しい行動をとったせいで、身体中に激痛が走る。

 

ミノタウロスの大剣が砕く度、石飛礫が散弾のように襲い掛かる度に意識が飛びかける。それでも必死になって耐えて大剣の連撃を受け流す。

 

いくらやっても中々、捉えられない僕に業を煮やしたミノタウロスの呼吸は荒い。そして、僕の呼吸はそれ以上に乱れていた。汗まみれになりながらも、必死に足を動かす。少しでも遠くへ、少しでも長く生き延びるために。

 

もうどのくらいの時間戦い続けているのか分からない。ダンジョンの中に入ってからどれくらい時間が経ったのだろうか。

 

そもそもダンジョンに入ってまだそれほど時間は経っていないのかもしれない。時間感覚が麻痺するほどの戦いの中で、それでもはっきりと分かるがあった。

 

「··········は、はは」

 

 つい、笑みが溢れた。

 

恐怖で頭がおかしくなったわけではない、ただ、気がついてしまった。

 

────ベートさんのほうが遥かに怖い。

 

いくらこのミノタウロスが強化種でどれだけ強かったとしても僕がいつも痛めつけられてきたベートさんに比べればただの、モンスターだ。現に、まだ僕は死んでいない。相手が怒り狂ったベートさんだったら僕はとっくに殺されていただろう。

 

そしてもう一つ、全てにおいて劣っているけれど唯一、素早さは、【敏捷】は負けていないと。それに気がついた瞬間、僕の心はスッと軽くなった。今なら、少しだけまともに動けそうだ。

 

僕の変化に気が付いたのか、ミノタウロスは大剣を構え直した。振りかぶった大剣を僕に向かって振り下ろそうとしている。

 

今までよりずっと速い一撃。避けられないし、受けても殺されるだけだ。だから僕は、それをかわさなかった。鋭い切っ先が迫る直前、僅かに体勢を変えて軌道から外れると、そのまま地面を転がる。

 

勢いよく転がったせいで全身を打ち付けるが、おかげでミノタウロスの攻撃は空を切ることになった。

 

だが、立ち上がった僕へ重ねて繰り出された頭突きに意表を突かれ、吹き飛ばされてしまう。壁まで吹っ飛んだ僕は背中から激突すると同時に肺の中の空気を全て吐き出してしまう。

 

そして、がっしりとしたミノタウロスの手が凄まじい握力で投げ出された僕の足を掴み、僕を持ち上げる。宙吊りになった僕はなんとか抜け出そうとするが、掴まれた足首を万力のような力で締め上げられて身動きが取れなくなる。

 

「────ッ?!」

 

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 ヌンチャクを回すような動作で僕を振り回し始めたミノタウロス。視界が激しく揺れ動く中で、僕は抵抗することも出来ずされるがままになっていた。

 

身体をシェイクされながら、体中の関節が悲鳴を上げる。骨が軋む音が聞こえる中、僕は何とか逃れようと暴れるが、ミノタウロスはビクともしない。いくら体をねじろうと圧倒的なパワーに揺らされて視界が定まらない。

 

そして、ミノタウロスはそのまま僕を投げ飛ばした。浮遊感と共に訪れる落下。地面が割れる程の衝撃と痛みに意識が飛びかけたが、ギリギリで踏み止まる。

 

しかし、衝撃で絞りつくされた肺から無理やり息を押し出されてしまい咳き込んでしまう。骨が軋む痛みの波に呑まれ、体中へ絶叫が駆け巡る。

 

かろうじてとった受け身もすぐに崩れ落ち、うつ伏せの状態で倒れ伏す。このままじゃ、本当に死ぬ。痛む体に鞭を打って立ち上がろうとするが、膝が笑って上手く立ち上がることが出来ない。

 

そんな僕へ向かってミノタウロスが一歩を踏み出した。動かなければ、と思っても体が言うことを聞かない。震えながら顔を上げた先にあったのは、巨大な影。

 

見上げた先にいたのは、大剣を構えたミノタウロス。その表情には確かな殺意が浮かんでいて、そして、ミノタウロスの口元が歪んだように見えた。

 

「──ぁ、ぇ(身体、動け、動け、動けよぉ!!)」

 

 地響きとともに近づいてくる巨大な蹄。ミノタウロスの巨躯が迫ってきても僕の体は動かない。ミノタウロスの視線は確実に僕を捉えている。今にも殺そうとしてくる。ここまでか、と思ったとき、地響きが不自然に止まった。

 

怪訝に思い、痛みに身をよじりながら顔を持ち上げるとそこには──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝、ダンジョンの大穴を塞ぐバベル前のセントラルパーク。都市をはしるメインストリートが集結する、日光が降り注ぐ都市中央の広場。そこには派閥を問わずに大勢の冒険者が集まっていた。

 

その中央いるのが細剣を佩いたヒューマンの少女、メタルブーツを身に着けた狼人、極大の魔法石を取り付けられた杖を持ったハイエルフ、重厚な鎧のような肉体をしたドワーフ、超重量の武器を装備するアマゾネスの姉妹、輝く金槍を肩に担ぐ小人族、そして、なかでも軽装な白髪のヒューマン。

 

多くの種族の人間が、この日この時この場所に集まっていた。未到達領域への遠征に挑む【ロキ・ファミリア】と遠征隊の精鋭達だ。

 

彼らへの激励のため、あるいは物資の提供のために、オラリオに住む【ロキ・ファミリア】と友好のあるあらゆる派閥の冒険者がここに集っていた。

 

遠征へ向けた物資の積み込まれたカーゴを何台も従えた【ロキ・ファミリア】は、都市のメインストリートを通り抜けていく。バベルの北門正面には、ギルドから派遣された職員達がずらりと並んでいた。

 

都市でもっとも高名な道化師のエンブレムの団旗、周囲からの期待と羨望の眼差しを受けながら、北門前へと進んでいく。今は団長からの出発の号令を固唾を呑んで待っていた。

 

「いいな、ベート・ローガ。無理強いして滅茶苦茶な予定で銀靴を手前に作らせたのだ、また壊したら承知せんぞ」

 

「ほいほい壊すかよ、わかってるっての。それより、おいっ、近付くんじゃねえ!!」

 

 ドワーフの血が入っているとは思えないすらりと伸びた体躯に、極東の人間を思わせる顔立ち、ヘファイストスと同じ漆黒の眼帯、褐色の肌。肌を極東の和装と大陸の洋装を混ぜ合わせた和洋折衷の迷宮用の武装で隠したハーフドワーフの女性。ベートへ声を掛け、過剰なほどに距離を詰めて隣に立ってニヤニヤと笑う。

 

遠征に同行する、【ヘファイストス・ファミリア】の団長椿・コルブランドにベートは暑苦しいと声を荒らげる。 うんざりしたように額を押し返そうとするが、椿は嫌がられるとより一層顔を近づけてベートの反応を楽しむ。

 

『単眼の巨師』という仰々しい二つ名を持ち、鍛冶師でありながら第一級冒険者級の力を誇る彼女の膂力を遺憾なく発揮したハグはベートとて容易くは振りほどけない。

 

ベートの特殊武装【フロスヴィルト】は椿の手によるものだ。そのせいか、いつも以上にベタベタとくっついてくる椿に対して、ベートは心底嫌そうな顔を浮かべていた。

 

リヴェリア達はそんな二人のやりとりを見て、苦笑しながら見つめている。

 

同行しない【ヘファイストス・ファミリア】の者たち以外でも【ロキ・ファミリア】の面々と個人的に親交がある冒険者達が声をかけ、笑顔と一緒に激励を送っていく。アイズやティオネなど、若手の人気の高い少女達に激励を送る男神達の姿もちらほらとあった。

 

「アルさん、赤い髪の女の人には気を付けてくださいね·······」

 

「ああ」

 

 アイズは何度か依頼を共にした【ヘルメスファミリア】の犬人族ルルネに、アルは【アポロン・ファミリア】のカサンドラや【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッド達にそれぞれ挨拶とダンジョン内で使うアイテムなどを渡される。

 

 

 

 

「総員、 これより遠征を開始する!!」

 

 部隊の中央、フィンが声を張り上げ、全員が姿勢を整えた。これから都市の外へと向かう団員達の士気は高い。未到達領域へと足を踏み入れる興奮を誰もが感じていた。【ゼウス・ファミリア】以来、久しくなかった未知の階層への遠征。

 

「階層を進むに当たって、今回も部隊を二つに分ける! 最初に出る一班は僕とリヴェリアが、 二班はガレスが指揮を執る! 18階層で合流した後、そこから一気に50階層へ移動! 僕等の目標は他でもない、未到達領域だ!!」

 

「君達は『古代』の英雄にも劣らない勇敢な戦士であり、冒険者だ! 大いなる未知に挑戦し、富と名声を持ち帰る!!」

 

 フィンの言葉に歓声が上がる。冒険者だけでなく、都市中の民衆も期待を寄せ、激励の声を上げていた。この場にいない多くの神々もまた、この偉業に胸を躍らせている。自分達の未知への挑戦。それは何物にも代え難い刺激を彼等に与えてくれる。

 

フィンは集まった冒険者の集団を見渡してから言葉を続ける。

 

「犠牲の上に成り立つ偽りの栄誉は要らない!! 全員、この地上の光に誓ってもらう、必ず生きて帰ると!!」

 

「遠征隊、出発だ!!」

 

  湧き上がる鬨声を背にして、【ロキ・ファミリア】は出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

深層を目指すうえでの物資や芋虫型への予備武装を運ぶ、遠征の心臓部ともいえる後続部隊をダンジョンではいつ起きてもおかしくない異常事態から守るため、最精鋭の第一級冒険者で構成した先遣隊が出発する。

 

真っ先に戦闘でダンジョンへ潜ったのは先遣隊。第一級冒険者七名という錚々たるメンバーで構成された部隊。その先頭には派閥最強のLv7であるアルの他に、フィンとリヴェリア、それに続いてアイズ、ティオネ、ティオナ、ベート、彼らの他にはサポーターとしてラウル達、二軍メンバーの第二級冒険者が随伴している。

 

続く第二部隊はガレスが指揮を取り、レベル3以上の中堅を中心に構成され、レフィーヤをはじめとした魔導士達もいる。第一部隊より多い人員が護衛に就いている。

 

「ねえねえ、ティオネ。どうして他のファミリアの人達がパーティに交ざってるの? あの人達、雇ったサポーターっていうわけじゃないんでしょ?」

 

 二分された部隊が狭い上層の通路を進んでいる中、ティオナが隣を歩くティオネに尋ねる。様々な道具を手に簡素な通路をついてくる【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師達が視界に入り、ティオナは今更ながら不思議そうに尋ねた。

 

「馬鹿ティオナ。前の遠征の撤退理由、もう忘れたの?」

 

「彼等は鍛冶師だ、ティオナ」

 

「ああ!!」

 

 考えなしの妹に呆れるティオネと律儀に説明するリヴェリア。鍛冶師の役割は主に武具の手入れ。彼等は基本的には戦闘に参加しないが、しかしそれでも命の危険はある。そこで下手な上級冒険者よりもツワモノ揃いな【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師に助っ人を頼んでいたのだ。

 

特に今回は遠征で得た深層のドロップアイテムを渡す契約もある。先遣隊と後続隊に人員を分けるに当たって鍛冶師達も二つに振り分けられていた。第一級冒険者相当の椿はガレスと共に、後続隊に同行している。

 

「ほー、【ヘファイストスファミリア】の連中なら、間違っても足手纏いにはならねえな。安心したぜ」

 

「はい出たー。ベートの高慢ちき」

 

 

 ベートは下手な【ロキ・ファミリア】の中堅団員より強い【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師を見て鼻を鳴らす。そんな彼にティオナが半目になって突っ込む。

 

 

「ベートはさ、何でそういう言い方しかできないの? 他の冒険者を見下して気持ちいいの? あたし、そういうの嫌い」

 

「勘違いするなっての。雑魚なんぞを見下して優越感に浸るなんて、俺はそんな恥ずかしい真似はしねぇ。事実を言ってるだけだ」

 

 むっと眉根を寄せるティオナにベートは平然と答える。弱者を見下すこと自体に意味を見出している、彼は言い切る。ベートの発言はいつものことなので誰も気にしないが、一方でティオナは不満げな表情を隠さない。

 

「俺は弱ぇ奴が大っ嫌いなだけだ。 何もできないくせにヘラヘラしやがって、吐き気が止まらねえ」

 

「強者の位置に立った者の驕りにしか、私には聞こえんな」

 

「そうだよ、ベートだって弱っちい時があったくせにぃ」

 

「身の程を知れって言ってんだよ、俺は」

 

 リヴェリアとティオナが苦言を呈する。だが、ベートは意に介さず、むしろ苛立たしげに吐き捨てる。

 

話を聞いていたアイズは透明の疑問から小さくつぶやく。

 

「········なら、なんでベートさんはアルの弟を弟子にしたの?」

 

 ────瞬間、空気が凍った。誰もが硬直し、ベートの顔色が変わる。その質問をしたアイズ自身も皆の変わりように驚く。

 

「·····ぇ、何言ってるのアイズ? ベートが、弟子? アルの弟を? アイズがミノタウロスから助けた? いやいやいやいや、ベートが弟子なんか取るわけ無いじゃん」

 

 凍った空気からいち早く正気を取り戻したティオナが動揺しながらアイズに恐る恐る尋ねるが、アイズはキョトンとした表情で首を傾げてあっさりという。

 

アイズとしては純粋な疑問だった。凍った空気からいち早く正気を取り戻したティオナが動揺しながらアイズに恐る恐る尋ねるが、アイズはキョトンとした表情で首を傾げてあっさりという。

 

「? でも、前に見たときの動き、すごくベートさんに似てたし······」

 

 その言葉にティオナ達だけでなくラウル達、第二級冒険者達も口々に「そういえば半月くらい前にベートさんが弟子を取ったって噂が······」「いや、でもベートよ?」「てか、アルさんの弟ってどんななの?」などと口に出すが当のベートを気にしてすぐに口を閉じる。ベートは沈黙したままアイズの顔を凝視していたが、キョトンとしたアイズの様子に舌打ちをして視線を外す。

 

「······ただの噂だと思っていたが、本当なのか?」

 

 半信半疑といった風なリヴェリアがベートに問うが、ベートは気まずそうに口をつぐむ。その様子が逆にアイズの言葉に信憑性をもたせるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「········四人かな」

 

 ベートの弟子の話がなあなあになってしばらくした後、アイズが突如として顔をあげる。周りの者たちも彼女と一様に足を止め、通路の先を見つめる。

 

ちょうどアイズ達が通過しようとしている通路の奥、そこから走ってくる冒険者の激しい足音が響いていた。

 

第一級冒険者の集まりである【ロキ・ファミリア】に出くわした冒険者たちは、息を切らせながら足を止める。

 

「げぇっ?!【ロキ・ファミリア】!! え、遠征か!?」

 

 アイズ達の素性を察した冒険者達は途端に尻込みし始める。そんな彼らにベートが何をやっているのだと問う。

 

一度はベートの侮蔑交じりの言葉に対し、文句を言おうとした冒険者だったが、しかし彼よりも先に別の者が声を上げた。

 

「ミノタウロスが、いたんだ」

 

「·········あぁ?」

 

「だからっ、ミノタウロスだよ!! この上層であの牛の化物が、うろついてやがったんだ!!」

 

 中層出身のモンスター、それも中層最強格のミノタウロスが浅い上層に出現したことにベート達は驚きを隠せない。異常事態、ベートやリヴェリアを筆頭に、全員が瞬時に臨戦態勢に入る。

 

 

「·········申し訳ない。 貴方がたが見たものを、僕達に詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

 

「あ、ああ·······」

 

 

 

 

 

フィンの頼みに、まだ呼吸の整わない冒険者は戸惑いながらも説明を始める。その内容に、アイズは──────そしてベートは冒険者達に詰め寄った。

 

「そのミノタウロスを見たのはどこだッ!」

 

 ベートの鬼気迫る声に、全ての者が動きを止める。ティオナ達も、眼前の冒険者達も、進行が止まった遠征部隊も、アイズすらも誰もが時を止めた。

 

それは普段の彼とは全く違う姿。余裕のない、焦燥に満ちた彼の姿に誰もが驚いたのだ。

 

 

 

「そのガキが襲われている階層は、どこだって聞いてんだ!!」

 

「きゅ、9階層······動いていなければ········」

 

 聞くや否やベートは先の通路へ駆け出し、その後をアイズが続く。

 

「チッ、クソがぁ──!!」

 

「! 私も行く!!」

 

 周りが制止するよりも早く、二人は ダンジョン内を全力で疾走していく。度々、遭遇するモンスターを粉砕し、9階層への正規ルートを突っ走る。

 

モンスターの姿もなく、静まり返った通路に二人の足音だけが響く。そして、はるか先から猛牛の咆哮が轟く。

 

 

「チッ──咆哮(ハウル)か」

 

 聞いたものの戦意を砕くミノタウロスの咆哮、それに僅かに混じった人の悲鳴にベートは更に速度を上げる。

 

いくら成長したとはいえ、Lv1の下級冒険者がミノタウロスに襲撃されれば一溜まりもない。ベルの実力をベル以上に知っているベートは最悪の結果を脳裏に浮かべる。

 

二人が音だけを頼りに迷宮内を進み続けると、やがて前方に人影を見つける。ベートはそれを視界に捉えて、思わず立ち止まる。小さな体を血に塗れさせた小人族の少女。

 

「冒険者さまっ·······ッ、ベート様!! どうかっ、どうかお助けください!!」

  

 栗色の髪を赤く染め、今も頭から流れる鮮血を拭うこともせず、彼女は泣き叫ぶ。

その光景を見てベートは全身の血が沸騰するような錯覚を覚えた。

 

「あの人を、ベル様を助けてください·······!!」

 

「場所はどこだ!!」

 

「正規ルート、E-16の、広間······」

 

 彼女の血の点が延々と続いた通路の先を震える指で示し、そのまま力尽きたように倒れ込む。それを受け止めると、ベートは奥歯を噛み締める。時間が惜しいとばかりに、抱え上げたまま走り出す。

 

アイズの表情にも焦りの色が見え隠れしている。ベートは彼女を無視し、アイズもそれ以上何も言わず無言のまま並走する。

 

 

 

 

 

 

 

 

────目標の地帯直前の最後の広間に突入したところで。

 

「止まれ」

 

 静かな声が投じられた。モンスターも冒険者も存在しない広間に、二つの足音が反響した。視線の先に佇むその姿を見て、ベートの額に青筋が浮かぶ。背には身の丈ほどの大剣を背負い、二人を冷徹な瞳で見据えていた。

 

二メートルを超える巨躯の猪人。武人という言葉を体現するような巌のような男だった。鋼のように鍛え上げられた肉体、錆色の瞳には感情が窺えない。

 

「········『猛者』!!」

 

 【フレイヤファミリア】首領、オッタル。オラリオ最強の片割れがそこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの·····アルさんは行かなくてもいいのですか?」

 

「あー、まあ、相手はミノタウロスだしな」

 

「?」

 

 

 






飼ってるハムスターが元気なくて心配、もう歳だからなあ

学校の期末と車の学科試験、面接があるのもあって中々厳しいわ

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