皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
英雄の武器を手にしたベルとミノタウロスは一切の躊躇なく駆け出した。その速度は今までとは比べ物にならない程速く、一瞬にして両者の間合いはゼロになる。
それはまるで鏡写しのように同じタイミングであり、全く同じ攻撃であった。戦士として付け焼刃の技術しか持たないミノタウロスと同じようにベルの剣捌きは拙いものであった。
片手剣といえど当時既にLv6だったアルが振るうことを前提に作られた朱色の呪剣はベルの手に余り、技術不足を補おうと力任せに振った結果、その軌道は酷く歪なものとなる。
「下っ手くそだなあ········」
「でも、押してるわ」
しかし、それでもベルの動きはミノタウロスと同等かそれ以上の速度を誇っていた。その勢いは同じく新たな武器を得たはずのミノタウロスを圧倒する。
「────っ!!」
ベル・クラネルの背中が、『
そう、四年ぶりに会った兄からの短い言葉と餞別。それがベルの中で長い間燻っていたものを一気に燃え上がらせたのだ。
それはベル自身にも自覚できていなかったもの。だが、確かに存在する心の炎。それを燃料としてベルの力はさらに増していく。
多くを語らない、それでも自分を常に守ってくれていた兄は自分に渡すだけでなくミノタウロスにも武器を投げて寄越した。
それはつまり、自分をただ守る対象でなくミノタウロスとの対等の戦いを行う戦士として認めたのだ。ならばそれに応えなければならない。兄の期待に応えたい。
始まりの憧憬に認められ、背中を押された。
─────その事実がどれほどまでにベル・クラネルの心を燃やしたか、ミノタウロスにはわかるまい。
ベルという赤い竜巻が巻き起こし、渦中にいるミノタウロスは裂傷だらけになりながらも必死で抵抗を試みるも、その全てを圧倒的な速度で斬り伏せられる。
縦横無尽に振り回される朱色の軌跡が、瞬く間にミノタウロスの血に染まる。逆転した戦況にミノタウロスに動揺の色が見え始める。ベルはその隙を逃すことなく攻勢に転じ、防御を取らせず一方的に斬撃を叩き込む。
憧れの「英雄」の武器を手にして、英雄願望の少年が強くならないわけがない。
尽きない進撃に、徐々に後退を余儀なくされるミノタウロス。確実に傷が増えていき、血飛沫が上がる度に動きが悪くなっていく。
そして遂に、ベルの猛攻に耐え切れなくなったミノタウロスが膝をつく。そこに容赦のない追撃を加えようとするベルだったが、その時、突如として視界の端から巨大な拳が迫ってくる光景が映り込んだ。咄嵯に身を捻って回避するも体勢が崩れてしまい、致命的な隙が生まれてしまう。
そこに生まれた僅かな硬直時間を狙いすまして、雄叫びを上げながら突進してきたミノタウロスが渾身の一撃を振り下ろす。
ベルの変わりように怯んでいたミノタウロスが、吠えた。だが、ベルは慌てることなくその攻撃を避け、反撃に移った。
振り下ろした直後で無防備な腹に向かって剣を突き刺そうとするが、直前で気付いたミノタウロスが素早く身をよじり、辛うじて致命傷を避ける。
それでも完全に避け切ることはできず、腹部からは大量の血液が流れ出た。苦悶の声を上げるミノタウロスに対し、ベルは容赦なく追い打ちをかける。
横薙ぎの一閃を放とうとするが、最強のモンスターの肉体から作られた漆黒の大剣を持つ姿は神話の怪物のような偉容をもって咆哮する。
「ブ、モオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
互いの雄たけびが重なり合い、両者の視線が激しくぶつかり合う。先に仕掛けたのはミノタウロスの方だった。大剣を上段に構え、一気に振り下ろそうとしてくる。それに対してベルは敢えて前へと踏み込み、自ら攻撃を仕掛ける。
その判断に驚愕しつつも、ミノタウロスはベルの攻撃を迎え撃つべく全力を込めて振り下ろす。交じり合い、交差し合う斬撃。
衝突した瞬間、轟音が鳴り響く。その反動を利用して距離を取ろうとするが、ベルの方が一歩早く相手の懐に入り込んでおり、再び刃を交える。
しかし先ほどとは違い、今度は技巧の応酬が繰り広げられていた。互いが互いに相手を倒さんと力を尽くしている。
一合、二合と打ち合うごとに二人の表情が歪んでいく。それは体力の消耗によるものか、それとも痛みによる苦痛なのかはわからない。
一進一退の攻防が繰り広げられる。止まらない加速を続ける戦いの中で、ベルが少しずつではあるが押し始めていた。それは単純な力比べではなく、技量の差が表れた結果だった。
漆黒と緋朱の交わりは数十を超える剣戟として快音を響かせる。ベルが振るった刀身が、ミノタウロスの分厚い皮膚を切り裂く。ミノタウロスの振るう大剣が風を切りながら、ベルの肌に赤い線を刻む。お互いが傷つきながらも、その闘争心は全く衰えていない。
止まらない激動の中、ついに均衡は崩れる。ベルの放った鋭い突きがミノタウロスの肩を貫き、そこから鮮血が噴き出す。
今までとは違う手ごたえを感じ取ったベルはここぞとばかりに攻め立て、ミノタウロスの身体を滅多切りにする。怒涛の連撃に、ミノタウロスの巨体が揺さぶられる。
両雄の咆哮がダンジョン内に響きわたる。
ベートが、ティオナが、ティオネが、フィンが、小人族の少女を抱くリヴェリアが─────アルが。誰もが言葉を発さず、その闘いを最も近い場所から見つめていた。
決して止まらない戦意のぶつかり合い。躊躇も妥協もない少年とモンスターの本気の戦いに、言葉など不要だとばかりにかわされるのは言葉にならぬ咆哮。誰もがその戦いに目を離せない
「········『アルゴノゥト』」
それは太古の英雄譚。英雄を目指す愚かな道化が紡ぐ物語。
少年が憧れた物語の、始まりの物語。
ベル・クラネルという少年が憧憬を抱いた物語。
悪意と運命に翻弄されながらも、己の意志を貫くために立ち向かい続ける一人の少年の魂の物語。
冒険の果てに雷鳴の猛牛を打ち倒し、数多の英雄達の船となった始まりの英雄。
「あたし、あの童話、好きだったなぁ······」
繰り広げられる戦いを見据えながら、ぽつりと呟くティオナの目には英雄譚とベルの戦いが重なって見えた。
新たなる英雄譚の一頁。それが今、目の前で繰り広げられている。そう思えてならなかったのだ。ベルもミノタウロスも限界は近い。
既に両者共に満身創痍。それでも闘志だけは消えておらず、ただひたすらに勝利を求めるために動き続けている。
其れこそが神々が古代からいつまでも見守り続けてきたどこにでもある英雄譚の一節。
命を削り合う死闘。死力を尽くす攻防の交差。朱色の呪剣と漆黒の大剣が幾度となくぶつかり合い、火花を散らす。ベルの緋色の剣閃が奔り、ミノタウロスの大剣が薙ぎ払う。
両者は一歩たりとも譲らず、互いの武器を振るい続けた。両者の勢いは止まらない。そして遂に決着の時が訪れる。ベルの渾身の一撃がミノタウロスの腹部を穿ち、肉の鎧を貫いた。
「フゥーッ、フゥーッ··········ンヴゥウウウウウウオオオオオオオオオオオオッ!!」
止まらない出血に限界を感じ取ったのかうめき声とも憤怒の声ともとれる雄たけびを上げ、全身の力を込めて剣を握らない左腕をダンジョンの床に叩きつける。
その衝撃によりぐしゃぐしゃにひしゃげて原型のなくなった左腕で地面を踏み締めるかのように強く踏ん張り、四足の獣のように姿勢を低くする。
ベート達、歴戦の冒険者が何度も見てきた、窮地におかれたミノタウロスが見せる最後の攻撃。それを戦士としての理知と比類ない英雄の武器を手にした片角のミノタウロスが「奥義」として昇華させた。
血走った双眼と殺意の籠った視線が交錯し、ベルもまた同じように構えを取る。ベルは、ミノタウロスが何をしようとしているかを理解していた。ミノタウロスは、ベルがこの後にどう動くかを理解していた。故に、両者は同時に動いた。
その身体すべての推進力を剣に込めた漆黒の一撃にベルは呪剣を袈裟に構えて振り下ろすことで迎え撃つ。ベルの瞳には、自分の身体を両断せんとするミノタウロスの斬撃と口端を吊り上げて笑みを浮かべる怪物の姿が映っていた。
その破城槌が如き一撃はベルの【力】では決して止められない。だが、そのままベルを轢き潰そうとしたミノタウロスの肩に朱色の刃が食い込み、突進の速度が僅かに緩む。
「ファイアボルト!!」
ベルはその隙を見逃さない。渾身の力で振るわれた緋色の一刀は、遂にミノタウロスの左肩に深く食い込んでいる、剣を伝ってミノタウロスの『体内』に炸裂する炎雷の魔力を注ぎ込んだ。分厚い筋肉が内部からの爆炎に耐え兼ねて膨れあがり、内圧に押されるようにして弾け飛ぶ。
「ファイアボルトオッ!!」
炸裂した爆炎が傷口から吹き出し、ミノタウロスが絶叫を上げる。体内で荒れ狂った緋色の火炎が鼻と口から溢れだし、ミノタウロスの巨躯が大きく仰け反る。
「ハッ、ゲッハッ、グッ·········オオオオオオオオオオオオオッ!」
だが、それでも致死には届かない。臓腑を焼かれながらもミノタウロスは咆哮し、金属が編み込まれたかのような剛腕をもってベルを打ち潰そうとし────
その衝撃の前にベルの身体が焼け焦げる──!!
魔法によるものではない、その原因は手にする
その剣の銘は【
その呪われし異能は────自らの肉体を焼き焦がす事を対価とした攻撃力の激上。
全力を込めた一撃が、ミノタウロスを叩き割らんとその威容を誇る肉体ごと肩から腹までを斬り裂く。そして、ミノタウロスの骨肉を粉砕しながら、緋色の呪剣はそのまま振り切られた。
「ファイアボルトォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「─────、───────────!!」
鋼の体に叩き込まれた朱色の刃は、その勢いのままに肉を突き抜け、その先にある魔石に突き刺さり止まる。
炎雷の炸裂によってはじけ飛ぶミノタウロスの身体の一部を浴びながら、ベルは叫ぶ。猛牛の戦士は跡形もなく消え、そこには仮初めの主を失った漆黒の大剣だけが、まるで墓碑のように残る。
その瞬間、ベルは膝をつく。限界を超えて酷使された手足は、既に使い物にならなくなっていた。そして、今や全身が重度の火傷によって、皮膚が爛れて酷い有様となっている。
「·······勝ち、やがった」
「········精神枯渇」
「た、立ったまま気絶しちゃってる········」
剣を振り抜いたまま動かない火傷だらけの少年に、ティオネとティオナも戦慄する。
なんの悲願も、なんの責務も負わないただの怪物とただの人間の果たし合いは英雄になりたいと願う人間の勝利で終わった。
勝鬨の咆哮はない。だが、確かに少年は英雄の階段を登った。
成し遂げた「偉業」に誰もが声を発さず、ただただ驚嘆していた。そうして訪れた沈黙の中、アイズの目は立ったまま気絶しているベルの背中へと向けられた。全身全霊を尽くし、全ての力を出し切った背中は小さい。
己の限界を超え、格上であるはずの怪物を倒してみせた。全身を火傷に苛まれ、ぼろぼろの肌着が垂れ下がる、血に濡れた背中に刻まれた神の恩恵。
鍵のかけられていないそれは神聖文字を読み解けるアイズの目にオールS以上の全能力値として映る。
ベル・クラネル
『Lv1』
力:SS1002
耐久:S999
器用:SS1011
敏捷:SS1093
魔力∶S988
《魔法》
【ファイアボルト】
・速攻魔法
・火属性
《スキル》
【憧──
限界を超克したステイタス。他に例のないステイタスの限界突破。溢れんばかりの称賛と限界突破したステイタスに驚愕したアイズは少年のもとへ歩みだそうとして踏みとどまる。
自分よりも、誰よりも先に少年に駆け寄る資格を持つ存在を思い出して、考えを同じくしたベートとともに漆黒の大剣を拾い上げた後、少年のもとへゆっくりと向かった青年の横顔を見やる。
「·····ったく、四年ぶりだってのに変わらんな。どうしたらお前は曇るのかね」
その顔にはアイズやファミリアの者たちには向けない不器用な、かつてアイズが父に向けられたもののような慈しみに満ちた薄い微笑みが浮かんでいた。
ベルとその仲間の小人族の少女を摩天楼施設の治療室へ搬送するためにアイズはベートとともに地上へ一旦戻った。
当然アルにも、いや、アルにこそ任せるべきことだったが。
「コイツの
アイズは、あの戦いから途切れることのない自問自答を繰り返す。
自身と同じ憧憬に追いつこうとし、壁を越えた少年に惜しみない称賛と羨望を、そしてステイタスの限界突破───示された高みへの可能性。
様々な光景とともに湧き上がる己の感情に、アイズは胸の内をかき回された。
「私も、もっと──────!!」
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《いろいろな設定》
【片角のミノタウロス】
推定認定レベル2最上位クラス。下層のモンスターに匹敵する能力値と僅かながら戦士としての理知を持つモンスターの戦士。オッタルの薫陶と魔石による強化により、通常のミノタウロスを遥かに上回る強化種としてレベル3相当と言ってもいい剛腕を誇る。ドロップアイテムは漆黒の片角。
【ベル・クラネル】
戦闘タイプの近い師匠と憧憬×3(一途とは何だったのかとは言ってはいけない)でパワーアップ。ベートを師匠にしたのは「双剣」「スピードタイプ」「白髪」「火の魔法」「アイズが好き」でいろいろ被っているのとアルゴノゥトとユーリの関係が好きで相性いいだろうなと思ったから。
【枝の破滅(ロプトル・ラーヴァーナ)】
ベルが使ってた方。第一等級特殊武装。カースウェポン。損傷(火傷)を負うことと引き換えに攻撃力激上。ロプトルはつけなくても。
【バルムンク】
ミノタウロスが使った方。第一等級特殊武装。漆黒の刃を持った両手剣(アルは片手で振るう)。Lv6へ至ったアルへゼウスからヘルメスを介してアルへ渡された隻眼の黒竜の鱗から作られており竜種及び黒のモンスターに対して特効を持つ。
【Q&Aコーナー】
Q.何度言っても知り合いの冒険者がバカをやめません、どうすればいいですか?『匿名希望の大聖女』
A.──────(回答者逃走)