皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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三十三話 ロキファミリアの冒険

 

 

「は、はは」

 

「はははははははははッ───」

 

 笑っていた。壊れたかのように顔を手で覆って嗤い出す頭領の小人族に団員たちは目を丸くする。その笑いは嘲笑でも自棄の笑いでもない、まるでなにかから吹っ切れた清々しいもののようだった。やがて一頻り笑うと、頭領の小人族は顔を上げた。そこにはもう先ほどの昏い表情はない。

 

「ああ、まさか。ベートに教えられるとはね·····」

 

 その頭領の視線の先には死に体であるはずにも関わらず怪人をたった一人で抑え込むアルと、絶望的な状況であったのにも関わらず決して諦めなかったベートの姿があった。その姿にフィンはかつての自分を、始まりの憧憬を思い出して小さく微笑む。

 

誰もが、フィンですらも絶望を感じていた。『勇気』を失っていた。だが、フィンよりも弱いはずのベートは戒めを、『殻』を破って誇り高く吠えた。

 

「あの怪人を討つ」

 

 砂煙で汚れた顔を拭いながら、フィンはそう宣言した。黄金色の髪を揺さぶるように頭を振った彼は、決意に満ちた瞳で前を見据える。

 

黄金の長槍と白銀の不壊槍を構え直して彼は一団の先頭に立つ。フィンの顔には既に『勇者(ブレイバー)』の仮面が被られていた。

 

「君達に、そして何よりも僕自身に『勇気』を問おう」

 

 高らかに煽動者のように、『道化』のように、『英雄』のように声を張り上げてこの場にいる全ての者に語りかけるように、自分自身に語りかけるようにフィンは言葉を紡ぐ。

 

それは宣誓だ。皆を奮い立たせるための言葉であり、同時に自らを鼓舞するためのものでもある。フィンは静かに息を整え、その手に握られた槍に力を込める。その姿に、目を澱ませ下を向いていた【ロキ・ファミリア】の者たちの顔が上がる。

 

「認めよう。僕は諦めた、僕は『絶望』した」

 

 確かにフィン・ディムナはアル・クラネルのような生来の英傑ではないのかもしれない。だが、フィン・ディムナは知らなかった。英雄になるのに資格など要らないということを、自身が胸に持つ想いは目的のための冷めた覇道などではない紛れもない『英雄願望』だったということを。

 

「だが、君達の目には何が見えている?」

 

 そして、リヴェリア・リヨス・アールヴは、ガレス・ランドロックは知っていた。自分達の戦友がどうしようもない『夢想家』であり、そしてそれこそが彼の本質なのだということを。

 

「恐怖か?」

 

「絶望か?」

 

「破滅か?」

 

「───僕の目には倒すべき敵、そして二人の『英雄』しか見えていない」

 

 【ロキ・ファミリア】の目に火が灯る。諦めたはずなのに、心の奥底ではまだ立ち向かう気概があった。いや、立ち向かわなければならないという使命感すらあった。その目には毒に侵されながらも今も戦うアルと圧倒的格上を相手に全力で足掻くベートの姿が映っていた。

 

「君達は負けたままで終われるのか? 君達が立つというのなら、僕がこの槍をもって道を切り開く。女神の名に誓って君達に勝利を約束しよう───ついて来い」

 

 視線の先のその姿に、ラウル達が拳を作り、レフィーヤ達の心が奮えた。フィンは高らかに告げる。己の魂に刻み込むように。そして己が胸に抱いていたものを今一度確かめるように。

 

いかなる場所、いかなる時でも万軍を鼓舞、高揚を促すのが『英雄』の条件というのなら。『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナは、誰よりも『英雄』であった。

 

「それとも───君達にベル・クラネルの真似事は難しいか?」

 

 皆の脳裏によぎるのはアルの弟でベートの弟子であった少年───ベル・クラネルの成した最新の英雄譚にしてここにいる誰しもが忘れてしまった、始まりの冒険。

 

「彼はすべてを出し切って戦った。君は全力を出したのか、ティオネ?」

 

「彼は『冒険』をした。生と死の境に身を投じたよ、ティオナ」

 

 ハイエルフの魔導士とドワーフの大戦士に続いてアマゾネスの二人が戦意をもって武器を握り、鋭い光沢を放つ魔剣を持ったサポーターたちも顔を上げた。

 

気を吐きながら立ち上がった者達を見てフィンは口角を上げる。燃え盛る気炎を纏った集団を前にしてフィンは満足げに笑う。そして笑みを消し、鋭い視線を前方へと向ける。

 

自らの指を額に当て、魔法の詠唱を行う。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て───ヘル・フィネガス】」

 

 唱えるは戦意高揚の魔法詠唱。戦闘意欲が引き出され全能力が超高強化し、Lv6をこえた領域にまで自らのステイタスを劇的に向上させる。

 

湖を思わせる蒼い瞳に宿る光が紅く染まり、血の如き赤光を放ち出す。強大な力の代価にまともな判断能力を失った狂戦士と化してしまう諸刃の魔法なのだが───

 

「ラウルたちは後方に残って支援しろ!! 僕達は精霊に突撃する!!」

 

「え、なんで指揮できて······?」

 

 戦意高揚の魔法の発動は理性を失うがゆえに指揮を放棄したと同義であるのだが。双眸が碧眼から紅眼ヘ変わったもののそれ以外は変わらず、普段通りに理知的なフィンのままだ。

 

「七年前の大抗争以来かな、限界以上に怒り狂うと逆に冷静さを保ったまま発動できるとは知っていたがどうやら、怒り以外の感情でもいいらしい」

 

 フィンはそれほどまでに高まった戦意が込められた声で指示を出す。素早く、的確に。先程までのどこか悲壮感漂っていた雰囲気は消え去り、そこにはただひたすらに英雄然とした佇まいがあるのみだった。

 

突撃の準備を慌ただしく整える団員達の背後に、二振りの槍を構えたフィンは、未だ倒れ伏しているヒューマンの娘のもとに近付く。

 

「アイズ、ここで終わりか? ならそこで膝を抱えていろ、僕達は先へ行く」

 

 彼は死体のように動かない少女に目を向けない。その瞳は敵を見据えている。前だけを見つめている。答えを待たずに先へと進む。アイズを残し、フィンは戦場へ駆け出した。

 

そしてびくり、と。

 

倒れ伏すヒューマンの右手が揺れた。がりっと細い指が地面を掻いてゆっくりと、まるで何かを求めるように握り締まる。

 

「······私、私は···········私、だって───ッ!!」

 

 銀の長剣を握りしめ、精根尽き果てた肉体に活を入れる。幽鬼の如く立ち上がる。髪も衣服もボロ雑巾のようになり、美しい貌には無数の傷跡が刻まれていた。

 

装備を整えたリヴェリア達に静かな号令を下すフィンは猛る冒険者達に背を向ける。敵のみを見つめる。

 

「───皆、冒険をしよう」

 

 

 

攻撃魔法であろうと、結界魔法であろうと、呪いであろうと喰い破る巨狼の炎牙はアルに纏わり付く不治と魔封の呪いすら噛み砕いた。

 

緋炎を纏った狼人が精霊の怪物に肉薄し、渾身の拳を叩き込む。拳撃によって生まれた衝撃が熱波となって広がり、大地に亀裂を走らせた。

 

そして、アル。呪いから解き放たれた都市最速の魔法は幾束もの炎雷となって激昂するレヴィスの肢体を嘗め尽くす。剣魔一体の絶技で以ってレヴィスは己の身を焼き焦がされ、絶叫を上げる。

 

「────ッ、ふ、ざけ─「【サンダーボルト】」─~~~~~~~~ッ?!」

 

 雷撃の雨を浴びながらもなお、前進を止めなかったレヴィスが稲妻に打たれ、動きを強制的に封じられた。全身が痙攣し、麻痺状態に陥る。

 

焼身による激痛が神経を襲う中、それでも無理やり動こうとした瞬間、今度は横殴りの一撃が炸裂した。加工金属を切断しうる脚刀が直撃し、凄まじい轟音と共にレヴィスは吹き飛ばされる。

 

「【蠢動しろ、陸の─】」

 

「遅い」

 

 緑肉の鎧によってLv7相当にまで高められたレヴィスのステイタスから放たれる大剣の斬撃も、呪詛も、その全てがアル・クラネルには届かない。

  

絶死の大剣の刃をアルは最小限の動きで避け、脇腹を蹴り飛ばす。内臓を破裂させる勢いで蹴り抜かれ、レヴィスは苦悶の表情を浮かべる。が、それで終わるはずもない

 

間髪入れずに交わされる攻防。余人が踏み入ることのできない高みにある剣戟と呪詛、魔法の応酬が繰り広げられる。18階層での戦いの焼き増しのように、否、それ以上の差を以って一方的な蹂躙劇が繰り広げられる。

 

───この男は、化け物だ。

 

レヴィスの中でそんな言葉が浮かぶ。レヴィスの振るう死毒の斬撃は子供のままごとのように容易く受け流され、逆に剣鬼の刃がレヴィスの頬を、服を、髪を、肌を、指を、耳を、目を掠める。

 

「バ、カなぁあああああああああああああッ!!」

 

 怒りを、恐怖を、感情をすべてを殺意に変えたレヴィスの猛撃に対してアルの動きは酷く静かで一切の機微をレヴィスに感じ取らせない。まるで、感情が欠如した人形のような男だ。

 

レヴィスの顔が歪む。レヴィスの瞳にはアルが人の姿をした化物にしか見えていない。

 

そして、その化物にレヴィスは追い込まれていく。人の領域を逸脱してまで得た力を持ってしても目の前の男に勝てるビジョンが全く見えないのだ。

 

魔石、精霊の加護、地の利、それらすべてを費やしてなお、死に体のアルとの剣速は互角。しかし、技量においてレヴィスは完全に上回られていた。戦士としての格が違い過ぎる。

 

「なぜ、なぜ動ける?! 呪いだけだ!! 解かれたのは呪いだけ、ベヒーモスの死毒は今もお前を蝕んでいる!!」

 

 【ハティ】はあくまでも魔法を、呪詛を喰い破るだけのもの。剣の素材由来の毒の解毒はどうしようも出来ない。かつて、大神の眷属をも蝕み尽くした病毒は今もアルの血を、肉を、骨を腐らせている。

 

【レァ・ポイニクス】によって進行は抑えられているが、戦闘と傷自体の治癒に精神力が割かれている以上、解毒には至らない。 

 

今のアルはあくまでも物理的な傷を塞いだだけで、いくら魔法を使えたとしてもその戦闘能力は下がるどころか苦痛により戦うことすらできないはずだ。なのに、 何故、どうして、レヴィスの思考が疑問符に支配される。

 

常軌を逸している。異常だ。狂っている。剣を振れば激痛が走る。剣を握る手の爪の間からは血が流れ落ちる。痛みは全身に広がり続けている。肉体の限界はとうに超えて、意識を保っていることさえ奇跡に近い。

 

だが、圧倒。

 

単純なステイタスであればフィンやガレスをも上回り、即死の刃を振るうレヴィスを相手に勝負にすらなっていない。

 

格が、戦士として立っている地平が違う。蜥蜴と竜、それほどまでの差が二人の間にはあった。レヴィスの大剣はアルの身体に触れず、アルの剣はレヴィスの身体を捉え続ける。

 

「ああ、キツいな。だが───それが、どうした?」

 

「今、こんな状況で死ねるわけないだろうが──!!」

 

 ステイタスを、スキルをも超越した純然たる闘志がアルの身体を突き動かしていた。今、この場で倒れられるわけがない。こんな終わりは認められない。

 

「クッ·······『分身』、コイツを殺せぇええええええええええええッ──!!」

 

 その時、残る三体の精霊が()()()()()()()()()。巨大なモンスターの下半身を持つ精霊の悍ましい共喰いにさしものアルも驚嘆に目を見開く。

 

強化種。

 

他のモンスターの魔石を喰らうことで飛躍的に強くなったモンスターであり、レヴィスもその性質を持つ。仮に、Lv6以上の力を持つ穢れた精霊の三つの魔石を一つにしたらどうなるか。

 

『ア、アアアアアアアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア─────ッ!!』

 

 共喰いに勝利し、残った最後の一体は『死体の王花』に寄生した個体。見た目に変わりはなかった。怪物の下半身に、天女と見紛う上半身を持つ緑色の怪物は先までに倍する魔力をもって歓喜の悦声を上げた。

 

 

 

レヴィスの檄により、共食いを行い新生した穢れた精霊。いかにアルがレヴィスを圧倒できるとはいえ、病毒の進行を抑えるのに精神力のほとんどを使って魔法の減退を先程までの様な出力でできない現状でレヴィスという前衛のついた穢れた精霊を相手取るのは流石に難しい。

 

「·····フィン?」

 

 そこに金銀の槍を備えた小人族の男が心の淀みを濯ぎ出したかのような表情で現れる。

 

「先の命令は撤回する。──撤退はなしだ、総員で打って出る」

 

「アル、君には精霊の相手を頼みたい。代わりに──彼女の相手は僕がしよう」

 

「······構わんが、やれんのか?」

 

 レヴィスのステイタスはLv7下位相当。凶猛の魔槍を使ったフィンならば拮抗できるが、その武器は最凶の呪詛武器。かすり傷が致命傷となる最悪の相手。いくらフィンといえどもまともにやっては勝てないはずだ。だが───

 

「なに、君の弟くんに比べれば優しい相手さ」

 

「──そうか、なら任せた」

 

 覚悟を決めた戦友に対してアルは迷わず背を向け、アイズたちが対峙し始めた精霊のもとへ向かう。

 

「───小人族、貴様程度の相手をしている暇はない」

 

「あいにく、僕は君にアルたちの方へ行ってほしくはないんでね」

 

「精々、足掻かせてもらうよ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Q&Aコーナー】

Q、誰と一緒に戦うとき、アルは一番力を出せるの?『匿名希望のアマゾネス』

 

A、ソロ。

 

 

 


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