皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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長らく書いてなかったから衰えた感がある……地道にリハビリするっきゃないなぁ





三十七話 やっぱりフィルヴィスは······最高やな!! それに比べてベートは······はぁ、つっかえ。やめたら冒険者。

 

 

ダンジョン中層域、安全階層18階層。淡い輝きを湛えた水晶と緑が美しい森林はここが怪物の巣窟であるダンジョン内だとは信じられないほど静謐で穏やかだった。

 

「迷宮の楽園」とまで呼ばれる地下世界に広がる蒼と緑の色彩はまるで地上の光景をそのまま写し取ったかのようであり、ここに暮らすモンスターたちは他の階層から移ってきたものであり、この階層で産まれたモンスターはいない。

 

安全地帯―――ダンジョンの壁や天井を構成する石材から突き出た水晶が淡く発光しており、その光のお陰で暗闇に支配されることもない。

 

そんなダンジョンの中とは思えない壮観な景色の中に深層での戦いから生還した【ロキ・ファミリア】の一行がいた。59階層での怪人と精霊との死闘による消耗。そして帰り際、下層で大量発生したポイズン・ウェルミスの大群に襲われての連戦に心身ともに疲弊しきった彼らは休息を取るためにこの階層でしばし休養を取ることとなったのだ。

 

通常の解毒魔法では癒せないポイズン・ウェルミスの劇毒への特効薬こそ早急に買い占め、【耐異常】の発展アビリティを発現させていない者や比較的レベルが低い危険な状態にあった者の毒の治療は済ませているが、それでもまだ全員分の特効薬の確保には至っておらず、未だ大多数の団員が床に伏している。

 

深層での激戦によりポーションの類いも底を尽きかけている。最低限の食糧をリヴィラの街で仕入れることはできたものの、地上より遥かに物価が高く法外な値段だ。

 

芋虫型の溶解液対策の不壊属性の武器に大量の魔剣、それにポイズン・ウェルミスの劇毒への特効薬。今回の遠征は完全に赤字である。

 

「アル大丈夫かな·····」

 

 そんな中、蒼く輝く湖の浅瀬にスラリとした人影が佇んでいた。

 

猛るようなエネルギーが瑞々しい四肢から溢れ、凹凸にこそ乏しいものの健康的に焼けた肌と均衡のとれた身体つきをしたアマゾネスの少女であった。

 

いつもの底抜けの明るさを曇らせてうつむくアマゾネスの少女、ティオナ。アルがベヒーモスの毒を受けてから既に一週間近く経っており、リヴェリアの魔法すら効かない以上は精神力回復薬でだましだましにアル自身の魔法でどうにか進行を抑える他ない。とはいえそれもいつまで続くかわからない。

 

いくら精神力が尽きずとも不眠不休で魔法を使い続けることなど不可能であり、三日目辺りから寝たまま魔法を維持できるようになったものの少しずつ死に近づいているのは間違いない。

 

自分達の最強が床に伏している状況は【ロキ・ファミリア】の面々を不安定にさせており、中でもその原因となったアイズはティオナが知る限りほとんど寝てさえいない。

 

「アミッド、早く来ないかな·····」

 

 武器を振るうことしかできない自分には唯一、アルが侵されている毒を治癒できるかもしれない友人を待つことぐらいしかできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────!! フィルヴィスさん!!」

 

 森の中で採取してきた果物類など様々な食材が入った袋を抱えたレフィーヤが野営地に戻ると、純白の戦闘衣で身を包んだ黒髪のエルフが一つのテントの前で挙動不審な動きで右往左往していた。友人の姿に笑みを浮かべたレフィーヤが駆け寄ると彼女もレフィーヤの存在に気付いたらしく、ハッとした様子で振り返った。そして、どこかバツの悪い顔をして視線を逸らす。

 

探索系中堅ファミリアである【ディオニュソス・ファミリア】 の団長を務める第二級冒険者、フィルヴィス・シャリア。魔法剣士として優れた技量を持つ彼女とは少し前にあった24階層での事件で知り合い、遠征に向かう前には並行詠唱を教わった友人だ。その悲惨な過去からか常に陰気な雰囲気をまとっている彼女であるが今のフィルヴィスはいつもに増して暗く、レフィーヤと目を合わせようとしない。

 

「本当に、無事だったか·····久しぶりだな」

 

「フィル、ヴィスさん?」

 

 ふと、気づく。フィルヴィスが右往左往しているテントはフィルヴィスの旧知であるらしいアルが寝ているものだと。本来ならば病人に外部の者が会うのは許されないが、即死級の毒に侵されながらもアルは他の伏している者達よりもよっぽど意識がハッキリしている。

 

他派閥とはいえ、元パーティであるフィルヴィスならば問題はないだろう。そうだからこそ【ロキファミリア】の面々に止められずにここまで来れたのだろう。

 

「会っていかれないんですか? フィルヴィスさんなら··········」

 

「い、いや·······私にそんな資格は」

 

「··············」

 

「··············」

 

 何とも言えない沈黙が二人の間を流れ、いつぞやのような気まずい空気が流れる。こんな時にティオナが来てくれればと考えるレフィーヤだったが、いきなりテントの入口が開いて中から血色の悪い美男子······アルが姿を現した。

 

「クラネルッ?!」

 

「なっ、なんで立ち上がってるんですか?! 寝てなきゃ駄目ですよ」

 

 気だるげなそのさまはいつものような気迫が感じられず、顔色は相変わらず悪い。だが、その瞳にはいつも以上に紅い輝きを放っているように見えた。全身を精霊の触腕で貫かれた上にベヒーモスの呪毒で骨まで腐らされたにも関わらず、当の本人はまるで死にかけたことなど忘れてしまったかのように平然と立っている。

 

「·····フィルヴィスか、久しぶりだな」

 

「クラ、ネル。私は······」

 

 

 

 

 

 

 

ふざけるな!! ふざけるなっ!! 馬鹿野郎!!! うわぁ─────!!!!

あんなにいい演出して決め台詞も言ったのになんで生きてんだよ?!あれはもう死ぬ流れだっただろ?!?!

 

あのツンデレ狼、本当にふざけるなよ!!俺があの演出のために何年かけて準備してきたと思ってんだ!!!!

 

てか、この身体も身体だよ。なんで胸貫かれて即死毒流し込まれてんのに死なないんだよ。

 

今、毒で死ねればそれはそれでベートには間に合わずに目の届かないところで死んで曇らせられるし、みんなも自分たちのせいで、って曇らせられるけどスキルのせいで自動的に魔法発動してゆっくりだけど毒治りつつあるもん。くそっ……マジでなんなんだよこのポテンシャルはよ……。

 

【精癒】とスキルのせいでどの道精神力も尽きねーし、寝ながらも自動発動している以上は限界来る前にアミッド(絶対生かすウーマン)が来ちまうじゃねーか。即死できれば一番良かったんだけどなあ……。

 

レヴィスちゃんさー、なんで初撃で首飛ばさないかな……。心臓抉っただけで俺が死ねるわけないだろうが……。せめて腰あたりまで斬りはらってくれれば出血死できたかもしれないのに……。いや、それだとアイズ達を逃せないからどのみち駄目か。

 

……チッ、俺の【直感】がビリビリ警鐘ならしてやがる。

 

ああ、ちくしょう……。これ絶対アミッド(白い悪魔)が来るじゃん……。

 

どうしよう……。

 

俺の魔法で遅滞できてる以上、アミッドの魔法(滅びの呪文)で治せないわけないからな··········。

 

ああ、クソッ。ここまで来て終わりなのかよ……。

 

これもひとえにベートの野郎がなんか覚醒じみたことしやがったせいだぞ畜生め……。

 

もうなんか、どうでもいいや·········。

 

見張りいないし散歩でも行くかな。

 

お、フィルヴィスじゃん、おっはー。

 

·············その顔だよ。フィルヴィスさんは普通に接してるだけで曇ってくれるからいいわあ。その上、正体は俺を殺せる強さの敵キャラって········女神様かな?

 

やっぱりフィルヴィスは······最高やな!! それに比べてベートは······はぁ、つっかえ。やめたら冒険者。

 

 

あ、逃げた。

 

まぁ、いいや、もうちょい歩いたら帰るかな。

 

あれ、なんか倒れてる人いるな、生きてるっぽいけど新人冒険者か?

 

『助けて·····兄、さん』

 

 ベルやんけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野獣や害蟲をより大きく、より凶悪に歪めたかのような暴力的な凶相。機能的なまでに鍛え上げられた天然の肉体機構は、ただそれだけで見る者の恐怖心を煽る。そんな怪物────ダンジョンに巣くう人類の大敵たるモンスターの空気を震わせる雄たけびが次々と途絶えていき、代わりに無様な断末魔と肉を切り裂く音が連続して響き渡る。

 

高速。そんな言葉では表現できないほどに速く動く二つの影が、モンスターはおろか同行する【タケミカヅチ・ファミリア】の団員の動体視力すらも置き去りにして動き回る。遅れて奔る幾束にも分かれて乱反射する銀光だけが辛うじて二人の姿を映し出す。

 

ダンジョンで時折起きる異常事態────怪物の宴。【タケミカヅチ・ファミリア】の面々が怪物進呈をベルたちにする原因にもなったこの現象によってダンジョンの岩壁から次々とモンスターが産みだされては『胎内』に入り込んだ敵へと襲いかかっていく。10や20ではきかない数のモンスターたちが入り込んできた者達を排除しようと群がり、普段この階層域を攻略しているレベル3未満の上級冒険者パーティならばそのまま全滅していただろう光景が広がる。

 

だが、今ここにいる者達はその程度の相手など歯牙にかける必要すらない存在だった。100にも容易く届きうるモンスターの大軍ですら、彼らにとっては物の数ではない。二つの神速の影の一挙手一投足でモンスターが斬り刻まれ、粉砕され、蹂躙されていく。

 

疾走。ただ走るという行為そのものがアルミラージの全身を砕き、ヘルバウンドの火焔を散らす、神速の走りに巻き込まれたモンスターが爆散していく。機動力に長けたヘルバウンドなどのモンスターが涎猛な瞳に殺意の色を浮かべて襲い掛かるが、到底二人の速度に追いつくことはできない。瞬く間に距離を引き離されたモンスターたちの群れが次々に屠られていく。

 

まるで暴風、まるで雷鳴、まるで嵐そのもののように荒れ狂う二つの暴威を前にしてモンスターたちは為す術もなく切り刻まれ、殺し尽くされる。

 

鎧袖一触。そんな言葉すらも生ぬるい蹂躙を超えた瞬殺、たった二人の男によってまたたく間に百を超えるモンスターの屍山血河が築かれていく。やがて最後のモンスターであるヘルハウンドの首が切り飛ばされて絶命すると、周囲に静寂が訪れる。

 

「なにがなにやら·······」

 

「あれほどの数が一瞬で、か」

 

【タケミカヅチ・ファミリア】だけでは全滅していたであろうモンスターの大軍をゴミのように蹴散らす次元の違う戦いを前にして命が呆然と呟いた一言を皮切りに、ようやく周囲の時間が動き出したかのようにどよめきが生まれる。先程まで自分達を苦しめていたモンスターたちを文字通り塵芥の如く蹴散らした実力を目の当たりにしては無理もない反応であった。

 

「あ、あうう·······」

 

 ダンジョン13階層。捜索隊は瞬く間に上層を踏破し、中層域へと突入していた。想定を遥かに超えた速度での快進撃。他の者が出る幕などあるはずもなく、もはや同行している意味はあるのかと思うほどのハイペースでの攻略。そのあまりの格の違いに、【タケミカヅチ・ファミリア】は完全に気圧されていた。

 

命達【タケミカヅチ・ファミリア】はおろか、レベル4の第二級冒険者として傑出したベテランであるリューやアスフィですら遠く及ばない高みに立つ二人。彼らの戦いぶりを目にして、【タケミカヅチ・ファミリア】は自分達の常識が崩れ去る音を聞いた気がした。

 

『女神の戦車』アレン・フローメルに『凶狼』ベート・ローガ。ともに二大派閥の幹部であり、パワーや魔法よりも疾さに重きをおいた二人の獣人の動きは全知零能の神二人はもちろんのことLv2止まりの【タケミカヅチファミリア】の目には残像すらも視認できず、モンスターの死体という結果のみがその実力の程を理解させる。

 

第二級冒険者としては間違いなく最高位の実力と並の第一級以上の立ち回りを誇る『疾風』の異名を持つリューでさえ、二人に比べれば霞んでしまう。『剣聖』を除けばオラリオの全冒険者の中で一位と二位を独占するであろう圧倒的な速度。彼等と同行する立場にあることが恥ずかしく思えてくるような圧倒的な存在感。まぎれもない英雄の風格を見せつけられて、誰もが圧倒される。

 

「この調子でしたら今日中に18階層まで辿り着けますね」

 

 ヘルメスですら目を剥く蹂躙に唯一、驚いていないのは『戦場の聖女』の二つ名を持つ白銀の乙女。純後衛、といった装備と身体つきの彼女の名はアミッド・テアサナーレ、命達と同じLv2でありながらオラリオ最高の治癒術師の名をほしいままにする死神泣かせの聖女である。

 

「私達いらなかったんじゃ·······」

 

 なぜ、この三人がヘスティア一行に同行しているかは遡ること数時間前。

 

 

「遅いよ、ヘルメス!!」

 

 ダンジョンヘの入り口であるセントラルパーク。日が完全に落ち切った夜空の下で今しがたやってきたヘルメスに、ヘスティアが開口一番そう言った。痺れを切らし、苛立った様子のヘスティアを見て、遅れて到着したヘルメスは申し訳なさそうに苦笑する。

 

「いやぁ、色々あってね。········まさか、君がいるとはね。『遠征』ではなかったのかい?」

 

 遅れて悪かった、と頭を下げたヘルメスの視線の先には苛立たしげな狼人がいた。 【タケミカヅチ・ファミリア】の面々はベートになにか言われたのか萎縮している。

 

「·····チッ、ただの成り行きだ。さっさと行くぞ」

 

 ベートとアミッド。遠征の帰りに劇毒を受けた【ロキ・ファミリア】を解毒するために一足先に地上に戻ってアミッドを連れてくるようフィンの指示を受けたベートはダンジョンに潜ろうとした際に弟子であるベルが中層から帰ってこないことをヘスティアから聞いて18階層まで救助隊に参加したのだ。

 

その説明をアミッドから聞いたヘルメスがニヤニヤしていたその時、夜の暗闇よりすらりとした人影がこちらに歩いてきた。シンプルな冒険者の戦闘衣から艶やかな脚線美が覗き、月明かりに照らされた姿はとても美しい。神秘的な雰囲気を纏う華奢で線の細い身体は無駄を排したかのような洗練されたものであり、深くかぶったフードの奥から垣間見える瞳には戦士の鋭さが宿っている。

 

ショートパンツにロングブーツ、そして長い木刀と二刀の小太刀を携えた彼女はヘスティア達の前に立つと、軽く会釈をした。

 

「ああ、彼女は助っ人だよ、超強い。心配しなくても大丈夫」

 

 対応に窮するヘスティア達に紹介するようにヘルメスが言うが、ただ一人、ベートだけはヘルメスでもリューでもなく、その後ろの暗闇から音もなく歩み出てくる猫人の男を見ていた。

 

「······チッ、なんでテメェがいやがる三下」

 

「あ゛ぁ!? コッチのセリフだ、糞猫」

 

 一触即発。にらみ合う二人の獣人はまさに犬猿ならぬ狼猫の仲。アルならば似た者同士の同族嫌悪と笑えるが、この場にいるのは二人に遥かに劣る者達。階層主以上の怪物同士の殺気に身を竦ませる。

 

「(シルは『仲良くなったとってもお強い常連さんに頼んでみたら快諾してもらえたの』などと言ってましたが全然、そんな感じはしませんね·····)」

 

「彼も助っ人だよ、凄まじく強い。心配しなくても·········まぁ、平気なんじゃない?」

 

 





健康と時間が欲しい

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