皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
オラリオの中心にダンジョンの大穴を塞ぐために建設された白き摩天楼バベルの塔の最上階にあるその部屋は、天を衝くほどの高さにありながら開けていて、まるで外にいるかのような開放感があった。部屋の中には絶対者の風格を持った一人の女神がいた。
それは美である。地上に存在する全ての美しさという概念の具現化である。
猥雑な全ての者たちをただその有り様の美しさで支配する地上においてもっとも尊き擬人化した美という概念の結晶、この世界にあるどんな言葉を用いても、彼女の美しさを表すことなどできないあらゆる『価値観』を染め上げる暴力的なまでの美しさ。
その女神の名をフレイヤ。【ロキ・ファミリア】と対を成す【フレイヤ・ファミリア】の主神である。
「本当に、いつ見ても美しいわね、彼の魂は」
その女神が浮かべている笑みは普段浮かべている下界の者を翫ぶ嘲笑じみた微笑みではない。下界の者が見れば心を壊す程に甘く、それでいて花のように明るい笑み、恋する乙女のようでもあり、友人に対する親愛の笑みのようでもある。
仮にその笑みが一人の人間に向けられたものだと知ったら
そんな彼を見てフレイヤは嬉しそうに呟く。彼がオラリオに来た時も思ったことだが、やはり彼の魂は美しいと。初めて会った時からずっと思っていた。だからついついちょっかいを出してしまうのだが、その尽くを踏破してしまった。
物理的にも、精神的にも、フレイヤが唯一、揺るがせることのできない人間だった。
「弟の輝きが穢れなき純白なら、彼のは磨き抜かれた漆黒の闇。本当に興味深い兄弟ね、なんでロキなんかのところへ行ってしまったのかしら―――貴方も同じファミリアが良かったでしょう、オッタル?」
美神に従者が如く付き従っているその男を一言で表すとするならば巌。鍛え上げた金属が如き肉体を持つその目には静謐な、それでいて猛るような力強さが込められている。
そして何よりこの男が纏う雰囲気は常人には耐え難いものであろう。美神の従者としている今は抑えているが、例えレベル5の冒険者であろうとも相対すればその存在感に耐え切れず武器を手放してしまいそうな程の威圧感を秘めている。
「·······恐れながら、私としては『剣聖』とは同じ【ファミリア】ではなく【ロキファミリア】に居続けていて欲しいものです」
しかし、そんな気配など微塵も感じさせぬような落ち着いた声で男は答える。この世界において間違いなく最強の一角であり、レベル7という高みにいる戦士としての自覚からくる落ち着きなのか。それとも目の前の神に絶対の忠誠を誓った証なのか。
どちらにせよオッタルと呼ばれた男の返答を聞いたフレイヤはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「あら? どうしてかしら、貴方も彼のことは気に入っているでしょう?」
「は、しかしできればやつとは同胞ではなく敵としてありたいのです」
静かに闘気を沸き立たせるその威容は最強の冒険者にふさわしく、都市に名を馳せる第一級冒険者ですらオッタルには容易く屠られることだろう。
しかしそんなオッタルに臆することなくフレイヤはその美しい顔に悪戯な笑みを浮かべて尋ねる。オッタルは表情を変えず、淡々と言葉を紡ぐ。
それは彼の本心であった。オラリオに来てすぐに頭角を現した『才禍』、かつての最強たる男神と最恐の女神の残り火であるあの青年は真に『最強』に至れる器の持ち主である。オッタルはそんな、次代の英雄の『壁』として立つことを決めている。
その言葉を聞いてフレイヤはさらに笑みを深める。
「ふふ、貴方らしい答え。アレンが聞いたら怒りそうだけれど」
「でも、そうね·····。それなら完成されつつある彼よりも未完の器、弟の方をぜひ手に入れたいわ」
フレイヤはそう言って笑みを深めた。その笑みを見てオッタルは無言で頭を下げる。この女神が言うのであればそれが全てなのだ。そんなオッタルの様子にフレイヤは満足げに微笑んだ。
ロキファミリア、二軍勢がもっとも苦手とするのは誰か。自分たちを雑魚とよんで憚らない暴力的なベート・ローガ? それとも団長との関わりを邪魔されると烈火の如く怒り狂うティオネ・ヒリュテ? 否、そのどちらでもない。
二軍勢がもっとも苦手とするのはロキファミリア最高戦力『剣聖』アル・クラネルである。
二軍勢の殆どはアルよりも年上でアルよりも長くロキファミリアに所属しており、先輩とも言えるが、その戦いぶりと異次元の成長速度を前に呼び捨てできるものはいない。
冷徹な瞳に女神ですら魅了する男性的な美しさはファミリア内外を問わずファンが多く、団長であるフィンに匹敵する人気の高さであるが二軍勢達からしたら自分たちとは違う本物の英雄の姿を見ているような気分にさせ萎縮させる。
そんなアル・クラネルの弟を二番目に苦手とするベート・ローガが罵倒したと知った二軍勢リーダーであるラウルはいっそ気絶してしまいたいと思った。
この都市で生まれ育った者も、外からやってきた者も、等しく訪れることを許される《豊穣の女主人》。
少々割高な値段設定だが、それ以上に料理の質は高いことで定評のある店だ。今、店内は満席であり、客のほとんどが冒険者だった。彼らは皆一様に、テーブルに置かれた肉や野菜が山のように積まれた大皿をつつきながら、エール酒の入ったジョッキを傾けている。
そんな店内の喧騒の中、彼らの視線が一点に集中しているのは───ドシン! と音をたてて置かれた大皿には、山盛りの野菜炒めがあった。
肉厚のベーコンをふんだんに使ったその料理の他にも香草に包まれてこんがりと焼かれ、所々から脂が滴り落ちている大皿の中央に鎮座する小山のような巨大な肉の塊など次々と運ばれてくる料理の数々はどれもが豪快な大皿料理であり、それらもまた美味しそうであった。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!! ガレェスッ!! 飲み比べでウチと勝負やぁ!!」
「ふんっ、いいじゃろう、返り討ちにして額にミノと書いてやるわい!!」
「ちなみに勝った方がぁ─────────リヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやあああァッ!」
「「「「「な、なにいいいいいいいいい―――ッ!?」」」」」
「じっ、自分もやるっす」
「俺もやるぜ!」
「私もっ!」
「ヒック、あ、じゃあ僕も」
「ぇ、団長ォー!」
「リ、リヴェリア様·····ッ?」
「はぁ、言わせておけ」
そんな大皿料理が運ばれて行く先は店の中央を占拠する一団。今日の【豊穣の女主人】はロキファミリアの遠征帰還祝いの場として賑やかになっていた。そして、大皿料理を運ぶ給仕の少女達も忙しい忙しいと口にしながらテキパキと動いている。
そんな中、遠征を無事に終えたことの立役者であるはずの青年は喧騒に参加せず、いつもと同じように端にある一人用の席で無言で事前に取り分けられた料理を食べていた。
「皆さんの中に入らなくて良いのですか?」
「ん? ああ、リューか。いや、いいんだよ。ああいう賑やかなのは俺には合わない」
そう言ってどこか淋しげに呟く彼が誰よりも勇気があり、誰よりもひたむきなのを私は知っている。
四年前、漸く私が店員業務に慣れてきた頃、シルの強引な客引きに連れてこられた彼の目に私は復讐に燃えて闇派閥を殺し回っていた頃の自分の姿を幻視し、自分より一回り若い12歳の少年に恐怖した。
彼は日頃のシルのしつこさもあってか頻繁に豊穣の女主人に来るようになったがその度にシルに救われる前のかつての自分のように磨り減っていく彼の姿を見ていられなくなり、少しでも彼を強くして死なないようにするため「シルが可愛がっているから」なんて理由をつけてLv4であることを明かし、鍛錬をつけることを申し出た。
最大派閥であるロキファミリアの一員である故に断られることも予想していたが思いのほかあっさりと受け入れられ、始まった鍛錬の中で今度は彼の才能に恐怖した。
一時間前にできなかったことがその一時間後にはできるようになり、日々感じるアビリティの向上はもはや成長ではなく進化といえた。その容貌とその才はかつてあの大抗争の中、18階層で戦い圧倒された『静寂』のアルフィアを想起させた。
接するにつれ才能に溺れずひたむきに努力を重ねる彼が私とは違う心優しいただ周りの者を守りたいだけの英雄の卵なのだとわかり、怖くはなくなった。
そしていつしか私は彼を強くしたいと思う反面、彼に戦ってほしくないと願うようになっていた。だが彼は強くなるほどに、強くなるにつれどんどんと過酷な死線に身を投じた。
今でこそ私と気軽に話してくれているが最初の頃は私の態度のせいでかなり気まずかったと思う。迷宮攻略では前衛として背中を任せられるほどに強くなり、たった一年足らずで私と同じLv4に至った頃には······失礼かもしれないが私は彼を弟のように思うようになり、私のようにはならぬよう願うようになる。
地上、オラリオの都市街でできない並列詠唱の練習等はダンジョンの中で行うようになり、それから更に半年が経った頃、私が『疾風』だと気がついた闇派閥の残党ジュラの罠に嵌められてリヴィラの街で起きた殺人事件の犯人として私は指名手配を受けた。
味方であるはずの冒険者達に追いかけられながらも、それでも私を信じてくれる彼とともにその裏にいる闇派閥の生き残りを追い詰めたが【ルドラ・ファミリア】が五年前の悪夢を繰り返すかのように発生させたあの忌まわしき『ジャガーノート』に襲われた。
【アストレア・ファミリア】総員でかかっても相手にもならなかったジャガーノート相手にLv4二人ではどうやっても勝つことができないと思い彼だけは逃がそうとしたが彼は逃げず、既に致命傷を負っているにも拘らず戦意を失わない彼の姿はその火の付与魔法もあって私ではなくアリーゼを思わせた。
死闘であった、共に死力を尽くした戦いだった。私を庇い、瀕死になりながらもジャガーノートを倒した彼はLv5となり鍛錬もそれを機に終わった。それから数年、『静寂』と同じLv7に至った彼は今でも努力を重ねている。
ああ、本当に───
「貴方は尊敬に値するヒューマンだ」
「は?」
······つい、口に出てしまった。恥ずかしい。ほら、彼も「いきなり何を言ってんだ、このエルフ」という顔をしている。私は馬鹿か。
「い、いえ何でもありません。ああ、そ、そういえばアルには弟さんが―――」
ガタンッ
「ベルさん!?」
すごい勢いで立ち上がり、走り出す白髪の少年をシルが呼び止めるが聞かずにドアから出ていってしまった。そうだ、彼がアルの弟であるかを聞こうとしたのだ。
しかし、どうしたのだろうか? 何やら様子が変だったが?そんなことを考えていると。
「·····今、出ていったのが俺の弟、だな」
私が聞くまでもなくそう呟いたアルは弟の分と言って私に金銭を渡し、彼を追いかけようとする『剣姫』を呼び止め、大テーブルの方へ向かった。
「やはり、兄弟でしたか。······それにしても何があったのでしょう」
『凶狼』が縄で締め上げられ天井に吊るされたテーブルの方にいたアーニャから話を聞くに『凶狼』の言葉に耐えかねたかのように飛び出したそうだが真相はよくわからない。
走る、走る、走る。怒りにも似た激情に突き動かされ、憐光で仄かに照らされる薄暗いダンジョンの中を走る。
僕、ベル・クラネルにとって兄であるアル・クラネルは紛れもない英雄だった。物心ついたときから兄さんは近くのガキ大将から、獣から、ありとあらゆる恐怖から自分を守ってくれた。
ただ強いだけではなく優しく、聡く、村の大人たちはこぞって兄さんを褒め称え、自分はそれが誇らしかった。
そんな兄さん、お祖父ちゃん、自分、この三人でいつまでも暮らしていくのだと思っていた。しかし、その夢は四年前、兄さんが突然村を去って行ったことで破綻する。
お祖父ちゃんが言うには、兄さんはオラリオ────冒険者の街へ行ったのだという。たしかに、と納得した。兄さん以上に冒険者が似合う人物を自分は知らない。寂しくはあったが兄さんが一流の冒険者になることを応援することとした。
そして兄さんが村を離れて四年後、お祖父ちゃんはこの世を去った。それがきっかけとなり、僕も遅れて兄さんを追うようにオラリオヘ向かった。
最初は自分の力だけで生活しようと思ったが、すぐに無理だと気付く。というのも自分がいかに無知で無力なるかを思い知らされたからだ。
それでも神様と出会い、兄さんと同じ冒険者になることができた。冒険者という仕事は大変だったがやりがいがあり、優しい神様やエイナさんと知り合え、何よりも『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインさんに救われ、初恋というものを知れた。
けれど─────────
『雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ』
ああ、まったくもってそのとおりなのだ。雑魚じゃ『剣姫』の隣には立てない。彼女の隣に立てるのはそれこそ兄のような英雄だけだろう。
そして聞くにたったの四年で冒険者として大成し、兄は『剣聖』という二つ名で『剣姫』と同じファミリアの主力として活躍しているという。
「強く、なりたい。兄さんのように、兄さん以上に!!」
兄であるアル・クラネルと初恋であるアイズ・ヴァレンシュタインへの憧憬。それが僕が強くなりたい理由だ。
やっちまった、リューと話してたらあのシーンを見逃してしまった。
──────────────────────────────────────────────────────────────────
アルの戦いの師匠枠はリューさんでルドラファミリア関連は解決してます(対ジャガノートで曇らせ失敗してます、勝っちまった)
《武装》
【ミスティルテイン】
第一等級特殊武装。不壊属性の片手剣。異常発生した階層主バロールのドロップアイテムと最硬精製金属を鍛え上げた仄かに光る翠の刃を持つ。