皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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ゼウスはアルの曇らせ欲求こそ気が付いていませんが性格的に曇らせられないので苦手としています

【豊穣の女主人仲いいランキング】
一位、リュー
二位、ミア
三位、アーニャ
四位、クロエ
五位、ルノア
六位、その他



四十話 雷鳴の産声

そこは古代の神殿であるかのような荘厳さに満ちていた。石造りの壁はさまざまな石材がモザイク模様を描いて組み合わされている。

 

松明の炎に照らされて、壁や柱には美しい浮き彫りが施されており、まるで壁画のようにも見える。

 

ぱちぱちと松明の燃える音だけが響く中をしばらく進むと、その先に開けた空間がある。

 

ギルド本部の地下にある大広間。松明に囲まれた祭壇の中央には、神座が設けられている。そして、そこに腰掛けているのは、オラリオの創設神にしてギルドの主神である老神ウラノスだ。

 

二メートルほどの巨体の上に載っている顔は、目鼻立ちがくっきりとしていて彫りが深い。空色の双眸からは知的な光を放っている老神は悩ましげに目を閉じた。

 

「────どうした、ウラノス?」

 

 ウラノスに対して側近であるフェルズの声がかかる。すると、ウラノスはゆっくりと瞼を開いて視線を向けた。

 

「私の神意がダンジョンに届かなくなった」

 

 その言葉に黒衣の魔術師は驚愕の声を上げた。地上に穿たれたモンスターを無尽蔵に産み出す大穴を封じるウラノスの『祈祷』。それが破られたというのだ。

 

「まさか、『祈祷』が途切れたというのか?」

 

「そうだ·······ダンジョンが、暴走している。恐らく、神がダンジョンに侵入したのだろう。ダンジョンはそれに気が付いてしまった。が、 これは··········」

 

 自身を封じた神々を憎むダンジョンにとって大敵である侵入者が放つ神威を見逃すことなど有り得ない。

 

「·······ウラノス、これは」

 

「ああ·······」

 

 不動の老神は地下深くから伝わる膨大なエネルギーを感じ取るように額に手を当てて呟いた。

 

「ゼウス達がいなくなった後に、変転を迎える、か·····」

 

 

 

 

 

 

 

 

ベートが地上でかき集めたポイズン・ウェルミスの解毒剤とアミッドの魔法によりポイズン・ウェルミスの毒に侵された団員たちが復帰し、部隊の再進行が可能となったため【ロキ・ファミリア】は今日、18階層から地上へ帰還する運びとなった。

 

野営地では出立の準備が進められており、ベル達のいるテントにもその慌ただしい空気が流れてくる。撤収準備をしている者達の中には見知った顔もあり、挨拶に行こうとベルはテントから外へと出た。

 

慌ただしく歴戦の面持ちをした冒険者らが荷物を担ぎ上げている中、主力の第一級冒険者と一部の第二級冒険者が野営地の端に集まっていた。【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンや幹部のリヴェリア達、サポーターのラウル達だ。フィン達が集まって何事かを話し合っている様子だったので、ベルもそちらへと足を向ける。

 

「兄さん!!」

 

 ベルは集まりの最後尾に昨日、あの治癒術師の女の人──アミッドに随分絞られたらしく、心なしか目を煤けさせながら肩を落として歩いている兄を見つけ、咄嗟に声をかける。足を止めた兄の姿は黒い戦闘衣、幾本の刀剣を佩いた完全装備の状態だった。ベルの声に反応したのか、アルもこちらを振り向く。数日前まで毒と傷で死にかけていたとは思えない程の回復ぶりであり、その姿はまさしく英雄然としていた。

 

「もう、行くの?」

 

「ああ、先に出るパーティに組み込まれたからな」

 

 17階層以上の階層では道幅の関係で大人数での行軍は不可能となる。そのため、部隊を分けて小回りが利いて比較的少数で行動できる精鋭部隊が先行して進み、安全を確保しつつ後続の冒険者を連れて行く形になる。アルやアイズ達、第一級冒険者は先発のパーティに組み込まれていた。

 

まだ体力が完全に回復しきっていない筈だが、エアリエルを発動したアイズ以上の突破力とベート以上の速力、リヴェリア以上の魔力を有するアルが戦闘能力に欠ける低レベルのサポーターを含む後発隊の露払い役を担うのは必然だ。

 

「あ、あの······気を付けて」

 

「ああ」

 

 ベル達はベートが率いる後発隊に同行させて貰うことになっているため、後数時間もすれば出発することになるだろう。兄やアイズが確保してくれた道を進むのにやるせなさを感じつつも、兄の身を案じる気持ちを込めて言葉をかける。

 

そんな弟の心情を知ってか知らずか、アルは平然と返事をするのみで仲間たちと17階層へ続く洞窟のへと向かっていく。

 

「ベル様! リリ達も帰る支度をしましょー?」

 

「あ、うん!!」

 

 リリルカの呼び掛けに応じて、ベルは自分のテントへと戻った。かがり火は既に消されており、水晶の明かりだけが照らす薄暗いテントの中、ベルは急いで帰り支度を始める。武器の整備を終え、荷物の確認を終えた頃には残りの団員たちも続々と野営地を出ていった。

 

ヘスティアが人気のなくなった野営地で借り受けたテントを畳もうとベル達を呼ぼうとする。

 

「········? 誰かいるのかい?」

 

 背後からがさりという物音が聞こえたため、ヘスティアは不思議そうに首を傾げた。テントの中に誰か潜んでいるような気配を感じたからだ。まさかモンスターだろうかと思い、見回してみるが特に変わったところはない。

 

気のせいだったかなと首を捻るが、妙な違和感を覚えて再び視線を巡らせる。念のため警戒しながら恐る恐る茂る草地を覗き込むがそこには誰もいなかった。

 

「むぐうっ?!」

 

 葉擦れの音だったのかと納得しかけた時、口を塞がれる。ヘスティアは悲鳴を上げようとしたが、口を押さえられていて声が出せなかった。抵抗しようと腕を動かすが、全く振り解けない。だが、ヘスティアの周りには人影などなかった。

 

透明の腕に押さえつけられているような感覚に彼女は混乱する。はたから見ればヘスティアがひとりでにジタバタと暴れてるようにしか見えない。地面から浮いている足を見て、彼女がようやく自分が何者かに持ち上げられつつあることを理解した時には、既に彼女の体は宙に浮かんでいた。

 

「(と、透明人間?)」

 

 掴み上げられている手から伝わる感触は人間のものだ。バタバタと足を動かしても空中では何もできず、なすすべなく運ばれていく。ヘスティアは必死になって自分を持ち上げているであろう人物を見ようと頭を上げるが、やはり姿を確認することはできなかった。

 

野営地の出口に差し掛かった辺りでヘスティアを拘束している人物は速度を上げたようで、視界に映る景色が急速に後ろに流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『リヴィラの街』。荒くれものの冒険者たちが集う街であり、同時により下層に挑む者にとっての補給地点だ。多くの商店や露店が立ち並び、常に活気に満ち溢れている。そんな街の数少ない酒場のひとつに野卑な怒号が響き渡った。

 

洞穴の中に作られた酒場は、壁も床も天井も岩でできており、その広さも相まって中はかなり薄暗い。安っぽい酒の匂いと、それに混じる獣臭が鼻を突く。粗末な木製のテーブルの上には、空になったジョッキがいくつも転がり、そして今またひとつ追加されるところだった。

 

「クソがッ!!」

 

 怒号の主である大柄な男は、既に相当量の酒を飲んでいるようで、顔どころか首まで真っ赤になっている。彼は手にしたジョッキの中身を一気に飲み干すと、そのまま机に叩きつけた。ガンッという大きな音とともに、木の破片が飛び散る。

 

皮鎧や腰に佩いた剣は使い込まれており、上級冒険者に相応しい装備ではあるが薄汚れている。人相の悪い顔つきに分厚い胸板、そして丸太のような太い腕。焼けた肌に無精髭といった風貌からして、どう見ても堅気には見えない。

 

「荒れてんなぁ、モルド」

 

「うるせぇ! あのガキッ、どんな手品使ってここまで来やがった········調子乗りやがって!」

 

 彼の名はモルド・ラトロー。『噛犬』の二つ名を持つLv2の第三級冒険者だ。上級冒険者ではあるものの中堅には届かない彼は世界最速記録に限りなく迫る速度でランクアップを果たしたベルに対して八つ当たりにも似た嫉妬心を抱いていた。

 

偉業をなし遂げてランクアップを果たした上級冒険者でなければ到達できないリヴィラの街の酒場は長らく同じ顔ぶれであり、酒場の常連客の顔などすぐに覚えてしまうものだ。気が置けない間柄であるモルドの言葉を聞きながら、他の常連たちは苦笑いを浮かべる。

 

「てめえ等も他人事じゃねえぞ!! 生意気な新人が、昇格してから大して経ってもねえのに 中層中間区へやってきたんだ!! ン年も前からいる俺等はさぞかしいい笑い者だろうなぁ!!」

 

 酒臭い息を撒き散らしながら、モルドは店内にいる冒険者たちに吠えかかる。だがそれに対して反応するものはいなかった。皆一様に押し黙り、そして視線を合わせようとしない。的を射た指摘であったからだ。数少ない上級冒険者としての自負がある彼らも、ベルのことは面白く思っていないのだ。

 

「一丁前に火精霊の護布なんて揃えやがって······焼きを入れねえと腹の虫が治まらねぇ」

 

 ぐびぐびと杯を傾けて苛立たしそうに吐き捨てると、モルドは再びジョッキを叩きつけるように置く。

 

「けどモルド、叩きのめすって言ってもどうすんだ。あのガキ、噂じゃああの『剣聖』の弟って話だろ····?」

 

「これは嘘だろうが、あの『凶狼(ヴァナルガンド)』の弟子って噂もあるな」

 

 モルドの仲間の冒険者が口を開く。数年前にもベルと同じように他の冒険者の成長を嘲笑うかのような速度でランクアップを重ね、あっという間に冒険者の最高位に到達してしまった男がいた······それが『剣聖』アル・クラネルだ。彼もまたベルと同様に短期間でランクアップを果たしており、今なお記録を更新し続けているという怪物中の怪物だ。

 

いまや、最大派閥の最高戦力。モルドたちでは足元にも及ばない高みにいるその男の弟ならばその成長速度も納得がいく。

 

「······ランクアップに何年もかかって今の今までずっと足踏みしてる俺らとは生まれからして違う、ってこったろ」

 

「どうせ、数年後には第一級冒険者様だ。······チッ、やってらんねーよ」

 

 酒場の冒険者達は顔をしかめつつも、その瞳に浮かんでいるのは昏い諦念であった。おそらくはもうランクアップすることなどないであろう、Lv2止まりであろう自分たちとは違ってまたたく間に上へ行ってしまう若き芽への嫉妬と諦め。相手が只のニュービーであるならばともかく、都市最強の身内に手を出すなど命がいくつあっても足りない。

 

「あいつ一人を誘き出しさえすりゃあ·······」

 

 【ロキファミリア】の目の届かないところでベル一人を狙えばと考えるモルドだが、周りの目は冷たい。つまらない憂さ晴らしのために最大派閥に目をつけられるなどごめんなのだろう。しかしそんな彼らの心情など露知らず、モルドは苛立ちをぶつけるようにジョッキの中身をあおる。

 

「────おー、わかりやすいくらい盛り上がってるなぁ」

 

 そんな時だった。一人の男が酒場へと入ってきた。場違いなほどに明るい声音で、陽気な表情を浮かべている彼はこの場の空気にそぐわない人物に見える。その男はにこやかな笑みを張り付けたままゆっくりとモルドたちの方へ向かって歩いてくる。

 

モルド達の視線を一身に浴びながらも、男─────ヘルメスは気にした様子もなく歩み寄る。

 

「······何の用ですかねぇ、神の旦那。酒を飲みに来たなら、とっとと地上へ帰っちまった方がいいですぜ」

 

「はは、悪巧みの話が聞こえてきてね。 ついつい足を運んでしまったのさ」

 

「だとしたら、どうするんで? そのお供一人で俺達の悪巧みを止めさせますか?」

 

「お、おいっ、モルド?!」

 

 まるで酒場の者たち全員がベルを闇討ちしようと考えているかのようなモルドの口ぶりに冒険者達は勝手に自殺行為に俺たちを巻き込むなと慌てる。

 

「なに言ってるんだ、好きにすればいい。オレに気にせずその物騒な話を続けてくれ。オレは君達みたいな無法者も大好きだぜ? この下界は優等生ばかりじゃつまらない」

 

 そう言ってにやりとした笑いを浮かべるヘルメスの瞳は『神』の本性を表すかのように底冷えするような冷たさを宿していた。清濁や善悪を超越した存在の視線を受け、モルド達は思わず背筋を震わせる。

 

モンスターよりも恐ろしい、その存在感。目の前の青年は、確かに人の皮を被った何かなのだと本能的に理解させられる。

 

 

「ベル君を襲いたいんだろう? 何だったら、今後のオレ達の予定を教えておこうか?」

 

「でもよぅ、あのガキは『剣聖』の──」

  

「なら、いいのかい? 彼はあっという間に君達の手の届かないところにまで行ってしまうよ?」

 

 プライドだけは高い無法者を口八丁で扇動し、操ることなど神たるヘルメスからすれば朝飯前である。ヘルメスの嘲るような口調は酒場の冒険者たちにまるで自分たちが直接話してもいないベルに馬鹿にされていると錯覚させた。

 

「·······信用していいんですか、神の旦那?」

 

「おいおい、オレはヘルメスだぜ? 子供に嘘はつかないよ」

 

「オレは間違っても協力できないけど·······そうだな、化物も倒す勇気のお守りだったら、君達に貸してあげてもいい」

 

 そう言ってアスフィから何かを受け取り、モルドたちに見せびらかすように差し出す。それは帽子のようにも見える小型の兜であった。漆黒に染まったそのヘルムが纏う雰囲気はこれが普通の品ではないことを表している。

 

「これは······」

 

「『万能者(ペルセウス)』が作った魔道具さ。効果は·······透明化」

 

 稀代の魔道具作製者であるアスフィが作り出した魔道具。その効果を聞いた瞬間、モルドたちはごくりと喉を鳴らした。透明になるということは、姿を隠すということだ。姿を消すということは、奇襲においてこれ以上ない武器となる。つまり、ベルを襲う際にその透明化のヘルムを身に付ければ、誰にも気付かれずにベルを襲えるということだ。

 

「本当に、これを······」

 

 信じられないという表情を浮かべるモルドだが、ヘルメスはその言葉を信じさせるかのように微笑む。現実的な手段を手に入れたことに気がついた冒険者たちの瞳に剣呑な光が宿る。ヘルメスの言葉を信じるならば、これがあれば『目撃者』を作らずに闇討ちを行える。ならば、それを使わずにいる理由はない。

そんな彼らの欲望を見透かしたのか、ヘルメスは笑みを貼り付けたまま言う。

 

「ただし、条件がある」

 

「オレを楽しませてくれる、面白い見世物にしてくれ」

 

 

 

 

「───などと囃し立ててはみたものの」

 

 ()()()()()()を繰り広げるベルとモルドに、二人を囲む無法者の輪。荒くれ者共の興奮した声援が飛び交う中、そんな見世物を輪の外から見守る男神とその眷属。

 

「相手にもなってないな、モルド君」

 

 最初は見えない相手に戸惑っていたようだが、自ら目を瞑り、視界以外を頼りにモルドの場所を特定したベルの戦いのキレはモルドを容易く圧倒していた。ベルの速度が、度胸が、立ち回りがまがいなりにも長年、上級冒険者として活動してきたモルドのそれを遥かに凌駕しているのだ。

 

まあ、よくよく考えてみるとベルはいつも経験している対人戦の相手はあの『凶狼(ヴァナルガンド)』なのだ。第三級で燻ってるならず者など話にならないだろう。とはいえ、不可視の敵を相手にして無傷とは流石だ。

 

「流石はアルの弟ですね。ランクアップしたばかりだと聞いてましたがLv2中堅では私の兜ありきでも相手になりませんか···········」

 

 アルがまだ第一級冒険者となる前にほかならぬヘルメスの命でアルを調べ、今でもそれなりに関わりのあるアスフィは下で戦っている少年の兄がどれだけの怪物なのかよく知っている。

 

Lv2のアルにけしかけられたのが『猛者』と『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』だったことを考えるとやはり、手ぬるいと言わざるをえない。それでも、ベルの成長速度は驚異的だった。今はまだ第三級、第二級の壁を破れずとも近いうちに第一級まで駆け上がるだろうと予想できるほどの才気を感じる。

 

「ベル・クラネルの力を自分の目で確かめたい······そうおっしゃっていましたが、こんなものを見るためにわざわざダンジョンへ?」

 

「きついなぁ、アスフィ」

 

 冒険者の輪から少し離れた木の上に立つヘルメスが苦笑する。枝葉に隠れて地上からは見えないが、その表情はどこか満足げだ。「あっ、ヘルム取られましたね」とつぶやいたアスフィの隣でヘルメスはくすりと笑う。

 

「本当は階層主あたりと戦うところを期待していたんだが、流石にそう上手くはいかない」

 

 気味の悪いほど穏やかな声音で、兜を失ったモルドに王手を掛けるベルを見つめながらヘルメスは語る。

 

「階層主の方が馬鹿げていますよ」

 

「わざわざ私の兜まで預け、あんな冒険者達をけしかけて······私はヘルメス様が彼に恨みでもあるのかと思いました」

 

 アスフィの侮蔑交じりの言葉にまっさかぁ、とヘルメスは肩をすくめる。

 

「んー、むしろオレなりの愛かな?」

 

「こんな愛、堪ったものじゃありません。また、アルから貴方を庇うのは嫌ですよ?」

 

「そう言うなって、遅かれ早かれ、冒険者の洗礼はベル君に訪れたんだ。アスフィも言っていただろう? ベル君は人間の汚いところを知らなさ過ぎる、将来はもっと酷い場面に遭うかもしれない。悪趣味でもなんでも知るべきさ」

 

 清濁併せ呑むというわけにはではないが、善意だけでは世の中を渡っていけないことを彼は知る必要がある。それが彼のためになるかどうかは別として、ヘルメスは今回の件を計画した。ヘルメスなりにベルを想ってのことなのだが、アスフィからすれば迷惑以外の何物でもない。

 

「それは……間違ってはいませんが…………」

 

 勝手な神の試練に振り回されたアスフィは不機嫌そうな顔のまま呟く。

 

「·····だからさ、許してくれないかな?」

 

「───ベート君」

 

 ヘルメスの言葉にバッ、と後ろを向いたアスフィの視線の先には太い木の幹によりかかる一人の狼人がいた。

 

「【ロキファミリア】は地上に戻ってしまったけど。君だけは弟子を送るために残るのを許可されたのかい?」 

 

 第二級冒険者の自分がかけらも気配を気取れなかった事実におののき、顔を青くするアスフィとは対照的に明るく話しかけるヘルメスに対してベートはチッ、と舌打ちを漏らした。

 

「テメェの言うとおり、あのバカは良くも悪くも綺麗なとこばかり見やがる。いずれ、そういう経験はしておくべきだろうからな」

 

「なにより、あの程度の雑魚に後れを取るほど生ぬるい鍛え方はしてねぇ」

 

 ベートの視線の先では振り抜いたベルの拳にモルドが膝をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

「···········くだらねぇ」

 

 その戦いをヘルメスたちと同じように遠目から見ていたのは猫人の男。ヘスティアがモルドにさらわれるとこから見ていたアレンの目は実に冷めていた。

 

魔道具があったとはいえ、この程度の相手にいいようにやられて守るべき自身の女神を拐われるとは何たる脆弱、何たる惰弱。もし、アレンが同じ立場だったならモルド達を皆殺しにした後、自らの至らなさを懺悔して自害するだろう。

 

あの程度の相手と戦うなど試練どころか『洗礼』にもなりえない。

 

しまいには────。

 

『やめるんだ』

 

 女神のその静かな一言が、周囲の音を呑み込み、空間を打った。金縛りに遭ったように、ベルに一斉にかかろうとした冒険者の体が一斉に停止する。愕然とし、そして青ざめた顔を再度ヘスティアのもとに向けた彼等は喉を震わせた。

 

下界の者を平伏させる神の威光。頭を垂れざるをえない超越存在としての一端。自分のためではなく、争い合い傷つけ合おうとする子供達を止めるために、ヘスティアは神威を解放した。

 

『剣を引きなさい』

 

 守るべき女神に神威を解放させて、逆に守られるなど惨めにも程がある。

 

「────ッ」

 

 ため息をついたアレンはその時、ダンジョンの鳴き声を聞いた。

 

天井一面に生え渡り、18階層を照らす数多の水晶。その内の太陽の役割を果たす、中央部の白水晶の中で何かが蠢いていた。

 

まるで万華鏡を覗いているかのように影が水晶内を反射し黒い模様を彩る。あの水晶の奥にいる何かが階層を照らす光を犯し、周囲へ影を落としているのだ。

 

そこへ一際大きな震動が起こる。階層全体を震わす威力に、アレンは目を見開く。そしてバキリッ、と未だ巨大な何かが蠢く白水晶に、深く歪な線が走った。

 

安全地帯でのモンスターの誕生。

 

その原因は間違いなく、ヘスティアの神威だろう。最大派閥の幹部であり、七年前の大抗争の最前線に立っていたアレンはダンジョンで神が神威を解放するその意味を理解していた。

 

だが、この階層は中層中央部。漆黒のモンスターが出たとしても精々がゴライアスの変異種、認定レベルは5を超えないだろう。むしろ、ベル・クラネルへの『洗礼』にはちょうどいいかもしれないがアレンからすれば脅威にはなりえない。

 

だが─────

 

「(あの方が俺かあの猪野郎を指名したのは────)」

 

『────ォ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 18階層に『雷鳴』が如き咆哮を上げる漆黒の狂牛が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【豊穣の女主人アルからの好感度ランキング】

一位、リュー

二位、従者の方

三位、アーニャ

四位、クロエ

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五位、ミア

六位、ルノア

七位、その他

八位、女神の方

 

 


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