皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

42 / 139

アルは個人的に好きじゃない(フレイヤとか)のとベルヒロイン(リリや春姫)を除いたほとんどのネームドキャラに粉かけてます。

曇らせ対象には女性キャラが多いですが、むさいおっさんでもチャンスがあったら好感度稼いでおきます(例、ボールズ)

他にもベルの成長に必要な敵キャラとかは曇らせ対象から除外されます。



四十二話 漆黒の雄牛

 

 

 

 

 

 

 

「···········?」

 

 上層、第8階層。数時間前に18階層を出立した【ロキ・ファミリア】は中層を抜けて地上へ向かっていた。

 

後続隊の露払いのために先行するフィンを筆頭とした第一級冒険者達とレフィーヤ達、第二級冒険者で構成された先遣隊。その中で先頭を走っていたアイズは足に伝わる震動にダンジョンの床を見下ろした。

 

「なんでしょうか…………?」

 

「ダンジョンが、揺れてる?」

 

 レフィーヤやティオナ達も気付き、首を傾げながら下を見下ろす。高レベルの上級冒険者として常人と比にもならぬほど感覚が鋭い彼女達は、その小さな振動を敏感に感じ取っていた。

 

都市最大派閥の精鋭である彼らはこのような身に覚えのないことはおおかたダンジョンにおける最たる死因である異常事態につながる前触れだと知っている。そのためすぐに上層に入ったことで弛緩していた空気を張り詰めさせる。

 

「団長……………」

 

「…………地上への帰還を優先する、部隊はこのまま進める。ん………そうだね、クルス、ナルディと一緒にリヴェリア達後続隊の様子を見てきてくれ」

 

「はいっ!」

 

 下部の階層からと思われる振動に嫌な予感を覚えつつも、フィンは指示を出す。先行隊には他にもレベル4の冒険者が数人含まれていた。そのうちの二人を指名して後続隊へと向かわせる。

 

モンスターまでもその揺れに驚いているのか、あるいは何かを察してか、モンスター達が姿を現さない。次第に収まりつつある揺れに戸惑いつつも進行を再開させる。

 

一行はなにがあっても即応できるよう、気を張り巡らせていたものの何事もなく地上への出口が見えてきた。

 

しかし、ただ一人、誰よりも秀でた五感と直感を持つ男だけが下より響く『雷鳴』が如き、雄牛の嘶きに気がついていた。

 

「(ゴライアスにしては········牛?)いや、まさかな·····」

 

「どうしたの?」

 

 男のつぶやきにアイズが不思議そうな顔で反応する。よくよく見ればアイズ以外の者達も最強を誇る男の怪訝な態度に先の死闘もあってか不安そうな表情を浮かべている。

 

「…………や、なんでもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

剣を振るうまでもない、ただただ純然たる身体能力を無作為に振り回すだけの攻撃。殴る、蹴る、投げる……ただそれだけで紙屑のように相手は吹き飛んでいく。悲鳴も上げずに血飛沫を上げて地面に倒れていく冒険者たち。それを何の感慨もなく見つめながら、雄牛は淡々と作業的に冒険者たちを無力化していく。

 

「う、うわぁああああああああああ!!」

 

 自分に到底勝てぬと悟った冒険者たちは武器すら投げ捨てて我先にとわき目もゆらずに逃げ出す。もはや、追う意味もありはしないが逃げ惑う冒険者を追い越すように駆け出し、すれ違いざまに腕を振って殴りつけ無力化していく。

 

戦いはおろか、狩りとすらいえない一方的極まる虚しい蹂躙。

 

だが────。

 

「────」

 

 

 風のような捷さで迫ってくるエルフの戦士。強い、いや巧い。腕力も耐久も自らとは比較にならない華奢な身でありながらその膨大な実戦経験で培われてきた技量によって果敢に攻め立ててくる。

 

風のような捷さと嵐のような苛烈さでもって襲い来る無数の斬撃。それらを掻い潜りつつ反撃の機会を窺うが、こちらの攻撃の間隙を縫うようにして繰り出されるエルフの戦士の鋭い剣戟をかわしきれずに頬や胴を浅く裂かれてしまう。

 

なによりも驚嘆すべきはその技巧だ。こちらが動きをまるで読めないのに対してあちらはこちらの一挙手一投足を見据えた上でどう動くかを予測した上での最適な間合いを保ち続けている。

 

突出する速さですら自分の方が勝っているにもかかわらずその自分にはない技量でもって追いすがり、時にはこちらを上回る加速をもって先回りして仕掛けてくる。

 

『前』の自分であれば到底勝てぬであろう、達人。だが、この身は今や母たるダンジョンの加護を一身に受け以前とは比較にもならぬ高みへと至っている。

 

いっそ、虚しくなるほどの強さ。今の自分を殺せるのはかつて恐怖を抱いた『武人』か自らと好敵手の戦いを見届けた『英雄』くらいのものだろうか。

 

そう考えた我が身を銀の閃光が引き裂き、血潮を溢れさせる。

 

···········認めよう、驕っていた。自らの身体を滴る血潮の熱さに酔いが覚める。先程までの自分は与えられた力に酔っていた。世界は広い、よもやこれほどの使い手にさっそく巡り会えるとは何たる僥倖。

 

眼前の二者は再誕した自分を殺し得る強敵だ。

 

 

 

 

 

 

リヴィラの街を拠点とする幾多の上級冒険者達は雄牛から離れた丘に即席の拠点を作り上げ、街からかき集めてきた大量の武具やポーションなどの消耗品を惜しまずに分配していく。その光景はまさに戦場のそれであり、彼らの表情には一片の緩みもない。

 

緊張や恐怖以上に戦意が勝っているその様は彼らがオラリオでもごく少ないランクアップを果たした強者だからこそであろう。貴重品である魔剣すら惜しまずに分配されたその編成はリヴィラの街の総戦力であり、派閥は違えど軍隊がごとき数の上級冒険者が並び立つさまは壮観ですらあった。

 

「おい、てめぇら! 第一級の連中ばかりにデケえ顔させてんじゃねぇ! ここは俺らの街だ!!」  

 

 その中で中央に立つ男が皆を鼓舞するかのように、あるいは自らを奮い立たせるかのように声を上げる。一団を指揮する彼はリヴィラの街の顔役である眼帯をしている大柄のヒューマン、ボールズ・エルダーだった。その一団にはオラリオでも限られるLv3の第二級冒険者すらいる。

 

「前衛は美神と道化師の奴等に任せて俺らは露払いと後衛だ! 魔剣持ちと魔導師はいつでも撃てるようにしとけぇ!!」

 

 同じパーティでもファミリアでもない彼らは端から連携など期待していない。互いに邪魔だけはしないようにある程度離れつつも陣形を組み上げていく。先んじてベートの指示で集められた魔剣使いはアスフィに指揮されて随所随所での支援を行っている。

 

雄牛のステイタスはどう見積もっても第一級以上、最大で第二級冒険者しかいない彼らたちは雄牛を相手に前衛は務められない。それは雄牛が産まれてすぐに蹴散らされた冒険者たちが証明している。

 

故に前衛職のものは第一級冒険者の戦いに横槍を入れられないように階層中から集まりつつあるモンスターの各個撃破にし、魔導師と魔剣使いは遠距離からの魔法攻撃によって支援を行うことになった。

 

『魔導』の発展アビリティを発現させたレベル2以上の上級魔導士達がそれぞれの杖を構えて詠唱を開始する。生まれながらのマジックユーザーであるエルフの魔導士を筆頭に砲撃魔法のための長文詠唱が開始される。各々が使える最強の魔法を放つべく魔力を練り上げて色も形もサイズも違う魔法円が次々と構築されていき、強力な攻撃魔法の発射装置として完成されていく。

 

「バケモンを相手すんのは初めてじゃねぇだろ!! あん時とは違って戦力は揃ってる、勝てるぞ!!」

 

 三年前、インターバルの最中であるにも関わらず発生し、リヴィラの街に階層主ゴライアスが攻め込んできた事件があった。そのゴライアスは通常のゴライアスとは違い体色が黒く、その力は本来の適正レベルを上回るLv5相当で最大でLv3しかいないリヴィラの町の冒険者は全滅するかと思われた。しかし当時、Lv4とLv3であったアイズとアルの二人が中心となり討ち取ったのだ

 

過去の死闘を生き残ったベテラン達の士気は極めて高い。

 

その戦いでリヴィラの街にいた最高戦力はいまだLv4であった『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインとLv3の『剣鬼』アル・クラネル、たった一人のLv4とLv4相当の戦餓鬼を除けばその時居た第二級冒険者は十人にも満たなかった。

 

あのときに比べれば今は第一級の二人に加えて『万能者』を始めとしたLv4、皮肉にもあの戦いでランクアップしてLv3へ至った幾人もの冒険者達、そして────。

 

「何より俺達にはあの『剣聖』の弟でLv1でありながらミノタウロスをブチ殺した『兎狼』ベル・クラネルがついてるッッ!!」

 

『『『うおおおおおおおおおおおお──ッ!!』』』

 

「えぇ··········」

 

 過去の死闘以来、アイズとアルを英雄視する中堅冒険者達は多い。当人はいなくともアルの弟であり、Lv1でのミノタウロスの討伐という上級冒険者の彼らをして目を剥くような偉業をなしたベル。

 

相手がミノタウロスのような見てくれであることも含めてベルの存在は、冒険者達の士気を限界以上に高めていた。当人のベルは自分よりも遥かに屈強なベテラン冒険者達に囲まれて状況を飲み込めていないのか、ただ困惑していた。

 

もっとも、声を上げるボールズ自身、本当にベルが活躍するとは考えていない。いくらあの『剣鬼』の弟とはいってもLv2、砲撃魔法を使えない以上は戦力にはならない。あくまでも冒険者達の士気をより上げるための出汁にしたにすぎない。

 

十分に士気が高まったことを肌で感じたボールズは再度、号令をかけようと息を吸い込み────。

 

───その時、ダンジョンに「津波」が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アレンの銀槍とベートの銀靴によって傷を負わされ、その動きを止めていたはずの雄牛の身体から湯気、あるいは光の粒子のようなものが上がっていく。赤い光の粒子が傷を負った体皮の表面を覆うように集まってみるみるうちに塞いでいった。やがて光が消える頃にはそこにはもう傷一つない雄牛の姿があった。

 

「チッ………」

 

 時を巻き戻したかのように元通りになった雄牛が再び突進する体勢をとる。それを見たアレンは思わず舌打ちをする。

 

「魔力を燃焼させて、治癒能力を·········」

 

 天蓋の照明水晶を失って薄暗くなった中、雄牛の身体に微かに残る赤い粒子の燐光が照らす周囲にアスフィの畏怖に満ちた呟き声が響く。湯気のように立ち昇る光の粒子の正体は燃えた魔力だった。

 

並みのモンスターではありえない深層の階層主にすら匹敵しうる莫大な魔力を燃焼させ、自らの傷を癒すという常軌を逸した力技を目の当たりにして、アスフィも流石に戦慄を隠せない。しかし、そんなアスフィとは対照的に、ベートは冷静さを保っていた。

 

「めんどくせぇ、あの怪物女と同じかよ」

 

 ベートの脳内によぎるのは59階層で死闘を行った赤髪の怪人レヴィス。それに切り飛ばされた腕すらまたたく間に再生する怪人とは違って雄牛のそれはあくまでも自己治癒力の範疇。欠損を癒せるほどではない。

 

「なら、再生する暇もねぇ速度で轢き潰すだけだ───」

 

 瞬間、アレンは再び閃光と化す。アレン・フローメルの強みは敵対者に反応すら許さない神がかった速さ。ただ敏捷のみに特化したステイタスはスキルの後押しもあって【エアリエル】の風を纏ったアイズ以上の速度をアレンにもたらし、そんなアレンの姿を捉えることはたとえ第一級冒険者であってももはや不可能に近い。

 

そして同じように速さに秀でたステイタスを誇るベートも半歩遅れながら雄牛へと肉薄し、その極厚の肉体に銀靴の一撃を叩き込まんとする。銀槍と銀靴の交差、絶望的なまでに相性の悪い二人ではあるが酷似した戦い方の二人は即興でありながら完璧に近い連携を見せる。アレンの雷光のような速さをベートが補うことで互いの長所を最大限に活かす、神速の立ち回り。

 

深層の怪物を優に超える雄牛の圧倒的な怪力でもって大剣を振り下ろされるよりも速く、ベートの銀靴がその巨躯を激しく打ち付けていく。しかし、それでもなお、雄牛の動きを止めるには至らない。漆黒の大刃が振り下ろされ、その衝撃の余波だけで周囲の瓦礫を吹き飛ばし、地面を深く陥没させる。

 

直撃すれば第一級冒険者であっても間違いなく致命傷を負うであろう斬撃を前にしてもベートは表情を変えずに次の攻撃へと移っていた。雄牛の攻撃を紙一重で避けつつ懐に飛び込んだベートは雄牛の腕の上を駆け上がり、頭部まで一気に跳躍すると渾身の蹴りを放つ。

 

首筋を捉えたベートの蹴りに対して雄牛は大地を砕く踏み込みと同時に、握られた大剣の柄頭がそのままアレンとベートをまとめて吹き飛ばさんとする大砲のように突き出された。

 

だが──当たらない。

 

「遅え」

 

 槍の石突を脚の代わりにしたアレンは軽やかに宙返りをしながら着地し、ベートは雄牛の拳を避けた後、即座に後方へ飛び退く。破城鎚が如き破壊力を秘めた拳砲は空を切って逆に銀槍の煌めきが雄牛の肉体を痛めつけんと閃く。

 

回避に回避を重ねながらも確実にダメージを与え続けるアレン達に対して雄牛の攻撃はアレンにも、ベートにも一切当たっていないもののその度に迷宮の床を破壊し、あたりの青水晶を粉砕していく。数えきれない死線と修羅場を潜り抜けてきた二人は既にこの程度のことで動じることはない。

 

雄牛のステイタスはどう見積もっても自分達以上、唯一敏速のみが勝っている現状で無理に攻めるのは自殺行為。数の利と捷さを活かした戦い方で少しずつ追い詰めていくしかない。そんな二人の思惑とは裏腹に、雄牛の体力を削っていくのに比例して雄牛の放つ殺気もより苛烈なものになってくる。まるで獲物を逃がさぬよう包囲しているかのような圧迫感が二人を襲う。

 

圧倒しているはずの二人は戦慄とともに既視感を覚えていた。

 

再生すら追いつかぬ速度で攻撃を重ねているにも関わらず、要塞がごとき重厚さをみせる肉体は血に濡れながらも揺るがない。それどころかより濃い闘気を漂わせるその姿にベートはアルを、アレンはオッタルを想起する。

 

英雄ならざる者には決して踏み込むことのできない神速の攻防が繰り広げられる中、間隙を縫って【フロスヴィルト】に火の魔剣を装填したベートが爆炎を宿したメタルブーツを横薙ぎに振るう。凄まじい熱量を孕んだ紅蓮の火焔が雄牛の巨体を包み込んでいく。ベートは更に加速し、火炎の波濤を雄牛の巨体に叩きつける。

 

漆黒の肌を焼き焦がし、肉を炭化させていくも雄牛はその程度で止まるような存在ではなかった。灼熱の業火に包まれながら、雄牛の身体から粒子が立ち昇り、傷口が再生されていく。それでもとまらずに再生が追いつかない速度でもって炎撃が雄牛を襲い続ける。

 

────勝てる、確信があった。いかにこのモンスターがアルに、オッタルに匹敵するステイタスを持っていたとしてもあくまでもモンスター。戦士ではないモンスターにそのステイタスを十全に発揮できる技量も理知もない。

 

仮にこのモンスターに赤髪の怪人──レヴィス程の技量があればLv6二人では抑えられなかったであろう。しかし、このモンスターのようにどれだけ優れたステイタスを持っていても力尽くで振り回しているだけでは熟練の二人には到底届かない。

 

そして後衛を務めるアスフィやリヴィラの冒険者の働きも大きかった。雄牛の足元へアスフィが粘着性の薬品などを投げつけ、冒険者達は攻防の合間合間に遠目から速射可能な魔剣の砲撃を浴びせる。

 

どちらもさしたる効果があるわけではない、特に後者はLv7相当の耐久とそれに見合った魔法耐性を持つ雄牛からすればかすり傷になるかも怪しい、ほんの一瞬動きが鈍る程度。だが、その一瞬を技量で、捷さで勝る二人が見逃すわけもない。

 

その不利を悟ったのか雄牛の動きが変わる。アレン達に対し───いや後方にいるアスフィ達も含め、その巨大な大剣を唐竹に頭上高く振り上げた。防御の全てを捨てた構えに魔剣の砲撃がぶつけられるが小動もしない。

 

そして雄牛は握り締められた大剣を、足もとへと振り下ろす。

 

 

 

────草原が、迷宮の大地が割けた。

 

大地を砕く轟音と共に地面が隆起し、大剣の刃は大地の裂け目をなぞるように走る。衝撃波と振動波によって冒険者、モンスター問わずあらゆる者たちが吹き飛ばされ、アレン達は咄嵯に跳躍することで辛うじて避けたものの足場を失い、体勢が崩れてしまう。

 

とどまることを知らない破壊の津波は離れた冒険者たちの本陣を直撃し、吞み込んでいく。

 

砂煙が晴れた先に見えたのは、崩壊した壁面、破砕した青水晶、瓦礫に埋まった負傷者。かろうじて立ちあがろうとしている者たちは数える程しかいない。

 

たったの一撃で死屍累々の惨状を作り出した雄牛は、ゆっくりと歩を進める。






シルとアミッド次第ではここにオッタルとアルもいたという事実

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。