皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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はやくアストレアレコードの続き読みたい………


四十四話 「再戦を」

 

 

 

 

 

遥か先にいる冒険者たちの陣営を瓦解させるほどの大衝撃を至近距離で受けたアレンとベートは、弾丸のように飛び散った瓦礫と無理な回避行動による自壊によって全身を血で濡らしている。

 

どちらも敏速に特化したステイタス故に同レベルの前衛に比べて耐久が低い。無論、Lv6である以上積み立てられたステイタスは第二級以下とは比較にもならないが、相手は怪人レヴィス以上の剛力を誇る生粋のモンスターだ。

 

一撃が掠っただけで致命傷になりかねないだけの肉体の差がある。

 

「ふざけんじゃねぇッッ!!」

 

 傷も痛みも置き去りにした憤怒に身を任せたアレンが爆発的な加速を以て、再び突貫する。獣の本能に突き動かされたようなその動きは銀槍の穂先が描く軌跡さえ見えないほど速い。 

怒りを力に換えたアレンはそれこそ怪物じみた速度で肉薄し、振り下ろされた拳を紙一重で回避するとすれ違いざまに渾身の一撃を放つ。

 

瞬間移動と見紛うばかりの速度から放たれる、風を切る音すら置き去りにする怒濤の神速の連撃。神がかった技術が織り混ぜられた銀槍と銀靴の猛攻による銀光の雨。まるで鋼の塊でも殴っているかのような手応えを感じながらも怯まずに追撃を加えていく。

 

硬い表皮や筋肉に覆われている雄牛の巨体とはいえ、流石にこの連続攻撃には耐え切れないのか苦悶の声を上げて後退していく。

 

『ヴゥヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 黒き猛牛も怯むことな反撃に転じてくる。真っ向から振るわれる連撃に対してカウンター気味に打ち出される巨大な右拳。砲弾じみた威力を持つそれを前にして、一向に止まらない二人は逆に踏み込んでいく。

 

それを証明するように銀光の軌跡を描く銀の長槍が、赤銀の残像を残す銀靴が今までよりも更に速く激しく回転を始める。

 

それはまさしく嵐のような荒々しさであり、雷のような迅さだった。研ぎ澄まされていく意識の中で世界の流れが遅くなっていく。

 

「ガアッ!!」

 

 雄牛の一撃を紙一重で回避したベートはその勢いのまま身体を回転させて銀靴を雄牛の顔面に叩き込む。凄まじい衝撃と共に炸裂した銀靴に込められている魔力が烈火となって荒れ狂い、大地に亀裂を走らせる。

 

必殺の一撃を見舞ったはずのベートは吊り上がった瞳を見開き、信じられないモノを見たかのように表情を引き攣らせる。

 

階層主はおろか、かの赤髪の怪人であろうとも確実に粉砕できるだけの威力を込めた一撃であったはずだった。だが、それでも雄牛は倒れない。全身から鮮血を流しながらも戦意は全く衰えず、むしろ一層燃え上がっているように見える。

 

冒険者ではどうやっても手に入れることのできないモンスター特有の強靭過ぎる耐久力と生命力を前にして、ベートは唇の端を戦慄に歪める。

 

蹴りを打ち込んだベートの足の方を苛立たしげに見つめると、雄牛は丸太のような太い腕を振り下ろす。

 

轟ッ!! という豪風を巻き起こしながら迫る鉄槌を前にベートは舌打ちしつつも咄嵯に身を捻って回避行動に移る。

 

咄嗟に雄牛から離れたベートの代わりに閃光が走る。銀光が煌めいたかと思った次の瞬間、迷宮の地面が大きく陥没し、地響きが起こる。アレンが渾身の力を込めて放った一撃は、巨人の鉄槌に匹敵する破壊力を発揮していた。

 

しかし、そんな規格外の破壊力を持った一撃を受けてなお、雄牛は健在だった。ベートの攻撃によって負わされた傷は既に塞がりつつあり、雄牛は二人を見下ろすと、再び両腕を大きく広げながら突進してくる。

 

同時に第一級冒険者二人を相手にしても全く引けを取らない怪物相手に、アレンもベートも畏怖を隠せない。大気を震わせる『怪物』の叫び声に気圧されそうになりながらも二人は体勢を立て直すために距離を取る。

 

びりびりと肌を突き刺す威圧感と殺気、そして圧倒的な存在感を放つ怪物。不屈の意志と闘争心を併せ持つモンスターの姿に舌打ちしながらもアレンとベートは、再び武器を構え直す。

 

いくら二人がLv6の冒険者といえども体力や精神力は有限だ。階層主を相手取っているかのような濃密な死線を潜り抜け続ければ消耗するのは必然である。

 

なによりも驚くべきは少しずつではあるが両者の動きに適応しつつあるということ。まるで知性があるかのような『駆け引き』と『技量』、どちらもベテランたる二人には及ばないもののこのステイタスでもって振るわれればそれは大きな武器となるだろう。

 

恐るべき成長に二人は確信する、ここで倒さねば手に負えなくなると。

 

だが、そんな二人の危惧すらも怪物の成長性が凌駕する。

 

『ゥ、ヴオオオオオオ──ッ!!』

 

 漆黒の大振り。希少金属の柱すら分断するであろう破壊力を秘めた一撃だが、そのような大振りがベートに当たるはずもなく────余裕を持って躱せるはずだった一撃は、ベートの眼前でピタリと止まる。

 

「(何を───まさか、フェイント?)」

 

 ベートの身体に漆黒の剛撃が直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊の津波から間一髪逃れたアスフィはその一分にも満たぬ攻防を見ていた。

 

ダンジョンそのものを破砕させるほどの一撃によってベートという戦力を失った戦いは長くは続かなかった。リューではベートの代わりは務められない。そしてアレン一人で相手できるほど易しい相手でもない。

 

いくら速くとも一人では捕捉されてしまう。敏速に秀でた二人だからこそ翻弄できていたのだ。ベートに引き続き、アレンも漆黒の剛撃を受けてしまった。

 

無論、ただでやられる二人ではない。雄牛は全身に浅くない手傷を負っており、中でも最後の攻防でそれぞれを沈める際にカウンター気味に受けた二つの攻撃は、雄牛の肉体をこれ以上ないほどに苛んでいる。

 

守りを捨て、捨て身になったからこその勝利だったがその代償は大きく、魔力の燃焼による自己再生すらも覚束ない重体。だが、その状態であっても雄牛から戦意は失われてない。

 

彼の目には彼の一撃によって作られた瓦礫の中から立ち上がる白髪の少年の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ·····」

 

 突如襲ってきた破壊の津波は上級冒険者たちの陣形を容易く崩し、中には立ち上がれぬものもいる。冒険者たちに囲まれていたベルは比較的、破壊の影響を受けずに立ち上がることができた。しかしそれでも足が震えて動けない。

 

震える足になけなしの気合を送り込んで無理やり動かして立ち上がったベルの目に映るのは絶望だった。そこには自分とは比較にもならないベテランだというエルフの戦士、シルの常連で最大派閥の幹部だという猫人、そして何よりも師である狼人の姿があった。

 

だが、恐怖に震えている暇はない。

 

こちらにズンズンと近づいてくる黒い影はもうすぐそこまで来ている。それは破壊であり、死だ。

 

上級冒険者たちを意にも介さず、その巨体は一直線にベルの元へ駆けてくる。漆黒の雄牛は冒険者たちをまるで障害とも思っていないかのように突き飛ばしながら迫り来る。自らへのあらゆる攻撃を撃砕する黒き猛獣を前にして、上級冒険者さえも恐れ戦き後ずさった。

 

アスフィの指揮の元、なんとか陣形を組み直した上級冒険者たちの矢など全く効いていないようで、お構いなしに迫るその姿には狂気すら感じられた。

 

────ベルだけを目掛けて。

 

「────ッッ?!」

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオ───ッ!!』

 

 威容を誇る漆黒の猛牛の走力は凄まじく、あっという間に間合いを詰められてしまった。振り上げられた前脚は大地を揺るがすほどの衝撃と共に叩きつけられる。大地が割れ、吹き飛び、粉塵が巻き起こる。巻き上げられた砂礫や石片が容赦なくベルを襲う中、漆黒の破壊者はベルを探すように首を巡らせ、再度突進しようとする。

 

風を切って振り下ろされる雄牛の大剣は、地面ごとベルを叩き潰さんとする勢いだ。極死の一撃を喰らえばひとたまりもないだろう。後方へ一撃を避けるために飛ぼうとしたところで、漆黒の暴君は更に踏み込んできた。

 

一瞬にして眼前に現れた漆黒の巨体に対し、ベルは咄嵯に横へと回避行動をとる。地面を破砕しながら迫る大剣の横薙ぎを回避できたのはほとんど偶然だった。もし少しでも反応が遅れていれば、この瞬間をもってベル・クラネルの人生は終わっていただろう。

 

ダンジョンの床に叩きつけられた大剣から発せられる衝撃波によって、またたく間に全身が傷だらけになる。至近距離からの轟音に鼓膜が破れかけながら吹き飛ばされたベルは決河の勢いでダンジョンの床を削りながら転げ回っていく。

 

ようやく止まった時には、全身が擦り切れ、血塗れになっていた。激痛に耐えながらもなんとか顔を上げると、再び漆黒の破壊者がこちらへ向かってきていた。

 

その速度は先ほどよりも遥かに速い。まるで暴走機関車のように一直線に向かってくる漆黒の破壊者。

 

「ベル様!!」

 

「がっ、ぐう·······」

 

 砕かれたダンジョンの床の瓦礫の中から身体中の骨が軋みを上げているような感覚を覚えながら、必死に立ち上がろうとする。そんなベルの耳に届くのは自分の名前を呼ぶ声。

 

少なくなった天井の水晶から月の光のようにか細い明かりが差し込むダンジョン内を見渡せば、そこには見知った少女の顔。リリルカの姿があった。

 

なけなしの気力を振り絞り、立ち上がって漆黒の破壊者に向き合う。

 

地を揺るがすような震動とともに着地した漆黒の破壊者の瞳には、戦意の色がありありと浮かんでいた。筋骨隆々の肉体を持つモンスターでありながらも、その目はどこか理性的な輝きを放っているように見える。圧倒的な暴力の化身のような存在なのに、何故か目の前にいる漆黒の破壊者は恐ろしくはなかった。

 

どこか見覚えのあるような漆黒の大剣を装備する姿はまるで騎士のようであり、青水晶を踏み砕きながらこちらを見据える視線からは確かな知性を感じる。

 

しかし、何故だろうか。

 

このモンスターとは、初めて会う気がしない。

 

ベルの中で何かがそう囁いていた。

 

絶望的な戦力差を前に汗を流しながらナイフを構えるベルに対して、漆黒の破壊者は何も発しない。ただ静かに佇むのみ。

 

「······?」

 

 あれほど凄烈な殺気を放っていたというのに、今はすっかり鳴りを潜めている。まるでこちらを品定めしているかのような様子でじっと見つめてくるだけだ。静けさすら感じる雰囲気に思わず困惑してしまう。

 

こちらを凝視してくる双紅の瞳は、まるでベルのことを懐かしんでいるように感じられた。水晶の光を浴びて煌めく深紅の角はまるで雄々しくそそり立つ王冠のようだ。僅かな間合いを保ちながら対峙する2人は身じろぎ一つせずにお互いの出方を窺う。

 

他の冒険者たちもその異様な様を見て動きを止めている。誰もが息をすることすら忘れてしまいそうな緊張状態が続く中、静謐な空間を打ち破るようにして雄牛は口を開いた。

 

「名前を」

 

 漆黒のモンスターは確かに人の言葉を発した。ベルは自身の耳を疑った。人類の大敵であり理知を持たない物言わぬ怪物であるはずのモンスターが人の言葉を解すなど────有り得ない。

 

「名前を聞かせてほしい」

 

 聞き間違えではない人間の言葉。自分と近くにいるリューぐらいにしか聞こえぬ静かな、外見に似合わぬ落ち着いた声色。静かな『武人』を思わせる口調だった。低い声音は威圧感を感じさせながらも、不思議と心地良い響きを持っている。

 

「夢を」

 

「えっ?」

 

「───夢を見ている」

 

「たった一人の人間と戦う、夢」

 

「血と肉が飛ぶ殺し合いの中で、確かに意志を交わした、最強の好敵手」

  

 ベルはまさか、と目を見開いた。雄牛が持つ漆黒の大剣、そして己の「夢」を語る雄牛自体の姿が、そう遠くない過去の記憶を呼び覚ます。

 

生涯においてはじめての『冒険』にして『偉業』、ミノタウロスとの戦いの記憶。命を賭した死闘。死力を尽くした戦いの中、全てを出し切った果てを垣間見た瞬間。

 

「再戦を、自分をこうも駆り立てる存在がいる」

 

 ベルが驚嘆の中で一つの答えに辿り着く中、漆黒の怪物は言葉を続ける。それは、ベル・クラネルにとって決して忘れられない情景。

 

ベル・クラネルという少年の人生を根底から変えてしまうほどの宿敵との邂逅。ベルの脳裏に、あの時の光景が鮮明に浮かび上がった。

 

鮮血に彩られる視界。

 

大地を震わせる衝撃。

 

荒れ狂う暴虐の嵐。

 

「あの夢の住人と会うために、今、自分はここに立っている」

 

 なおも言葉を紡ぐ漆黒の怪物。ベルの身体が震えた。それは恐怖でも畏怖でもない。怪物の強烈な『憧憬』にあてられて武者震いをしているのだ。

 

「自分の名はアステリオス────────名前を聞かせてほしい」

 

「·······べル、ベル・クラネル」

 

 その名前を怪物は刻むように受けとり、嬉しそうに微笑んだように見えた。そして漆黒の大剣をゆっくりとベルへ差し向ける。その動作の意味を察せないほどベルは愚かではなかった。目の前に立つこの漆黒の破壊者は、自分に勝負を申し込んでいる。

 

「ベル、どうか」

 

 滾るような熱い闘志を込めた眼差しで、怪物は懇願した。

 

「再戦を」

 

 水晶の光に照らされる中、二人の男が向かい合う。焦がれるほどに待ち望んできた再会を果たした雄牛のモンスターは全身から血を流しながらも戦意を失わず、目の前にいる少年は全身の骨と筋肉が悲鳴を上げているにもかかわらず武器を構えたまま動かない。

 

少年は、ベルは無理だと、勝てるわけがないと頭のなかで泣き叫ぶ、あの師ですら勝てない怪物に自分程度がどう戦えるのか、と。しかしベルの心は、逃げ出すことを拒んだ。

 

雄牛の足元を見る。全身から流れだす血溜まりは刻一刻と広がっている。滴り続ける血潮は床を赤く染め、漆黒の大剣を握る腕からも流血していた。

 

既に満身創痍なのは明らかだ。刻まれた傷跡は深く、モンスターとしての生命力がなければとうに絶命しているだろう。

 

それでも、そのモンスターは立ち続けている。その瞳には確かな熱情があり、ベルを真っ直ぐに見据えていた。ベルの身体を駆け巡る血が沸き立ち、心臓が激しく鼓動する。

 

再生すら覚束ない魔力の欠乏、瀕死の状態にも関わらずこの場に居続けることを決断した雄牛の姿に、ベルの魂が奮えた。

 

ベートを、アレンを、英雄の都が誇る神速の男たちを退けてやってきた宿敵の挑戦状。

 

ベルは、ベル・クラネルは、この場で逃げてはいけないと思った。ベルは腰を落とし、重心を低く保つ。右手に持つナイフを逆手に握り締め、左手を前に突き出す。あの時、『冒険』に臨んだように。

 

ベルは逃げ出したかった。その上で、全力を出して戦うことを望んでいた。怪物は静かに佇んでいる。静寂に包まれた空間はまるで静止画のように静かだった。神の刃を逆手に持ち替えたベルと、大剣を構える怪物。両者の視線が交錯する中、闘争への渇望だけが高まっていく。

 

静けさを打ち破るようにして、ベルは疾駆する。

 

漆黒の大剣と白銀の短刀が交差した瞬間、ニイッ、と雄牛の────アステリオスの口角が上がった気がした。自分達を見下ろす母たるダンジョンの天蓋を仰ぎ、全てを震わせる雄たけびを上げる。

 

────────戦いの号砲が轟いた。

 

 

 

 

 






アル「いい………」

シル「か──っ、卑しか雄牛ばい」


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