皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
短いよ
18階層での戦いの後、誰よりも死にかけていたくせにもはや誰よりも活力にあふれているアルを先頭に治療を終えたベル・クラネル救助隊は地上ヘ戻っていた。
本来ならば数日は身体を休ませてから戻るべきだが、神であるヘスティアとヘルメスがいる以上、いつ追加の漆黒のモンスターが産み出されるかわからないのとアルという最強戦力がいたがゆえにその日のうちに地上ヘ戻ることとしていた。
アルを蛇蝎のごとく嫌っているアレンは、傷が癒えると忽然と姿を消したがそれ以外の一行は行きのベート達以上の速度で出現するモンスターを粉砕するアルの存在もあって驚くべき捷さで階層を駆け上がって途中、偶然発見した未開拓領域の温泉で休んですぐに地上ヘたどり着いた。
地上ヘの生還を喜ぶベル達に、死者が出なかったことに安堵するリュー、連戦に次ぐ連戦で休む暇もなく流石に疲れが見えるベート。そして、ダンジョンの出入口で出待ちしていた人形のようだとも評される端正な顔に青筋を立てた白髪の少女を視界に入れて青ざめるアル。
「アル」
「はい············」
ただ、名前を呼んだだけのアミッドに【ガネーシャファミリア】に連行される犯罪者かのように手を引かれるアルにベル達はなんとも言えない表情を浮かべていた。
「『戦場の聖女』すげぇ········」
ゴライアスを、凶悪な骨のモンスターを一撃で葬り、地上に戻るまでに見せた凄絶なる戦闘能力を知るがゆえにそのアルを完全に屈服させているアミッドに目をむくリリルカだった。
「さぁーて、色々やることはあるんやけど··········まずはステイタス更新やな!!」
ダンジョンへの遠征に出向き、59階層での死線を乗り越えたアイズ達はなんとか無事に自分たちのホームである『黄昏の館』へと帰還を果たしたのだった。心身ともに疲弊しきったアイズ達はそのまま自らのベッドに倒れこみ、泥のように眠ってしまった。
怪物に警戒する必要のないひさしぶりの安眠はこれまでの緊張を一気にほぐすようにアイズ達にダンジョンから地上に帰ってきたのだと実感させてくれた。続出する寝坊した者を除いた、日の出の光とともに目を覚ました者たちは久方振りの地上での朝食を楽しむ。食卓に運ばれるふかふかのパンや温かなスープ、新鮮な野菜と果物、卵と肉の炒め物などなど、ダンジョンでは味わえない地上の恵みに舌鼓を打つ。
皆が休息や食事も一通り済ませたところでロキの宣言のもと、ステイタスの更新が行われる。
これまでにない『冒険』をしたのだ。ステイタスの更新は義務ではないとはいえ、遠征組は神室の前に長蛇の列を作る。居残り組の団員は遠征で得た戦利品や消耗した物資の整理に追われていた。遠征組も流石に疲れており、昨夜の内に更新を済ませている者は殆どいない。
事前に更新していたベートの他に更新できるだけの余力を残していたのは誰よりも深手を負ってから休む暇もなくダンジョンに潜って深夜に帰ってきたくせに誰よりも堪えていないアルくらいだ。
まあ、そのアルも更新する前にダンジョンの出入口で出待ちしていたアミッドに拘束され、今は【ディアンケヒトファミリア】の治療院に監禁されているのだが。
「アイズに追い付いた──!!」
「しゃあッ!!」
ティオナ達アマゾネス姉妹の歓喜の声が響く。59階層での死闘を乗り越えたことによってアイズやベート同様、上位の経験値を得られたようだ。Lv5からLv6へ上がったことでさらに強くなったことを自覚しているのか興奮冷めやらぬ様子だ。
更新内容を写した用紙をロキから受け取ってはしゃぐティオナに、ティオネも続く。
「まぁね。アキとナルヴィ、あんた達は?」
「あー、私達はまだまだ道のりが険しそーです··········」
二軍主力の第二級冒険者達はみなLv4のままだ。今回の遠征でもレベルが上がったものは一人もいなかったらしい。項垂れるラウルの横でナルヴィ達も肩を竦めた。
「やれやれ。またLv7はお預けか」
団員たちの更新があらかた終わってから最後に更新をしたフィン達首脳陣もまたステイタスを更新して各々の反応を示す。ぼやくように呟いたガレスの言葉にフィンが苦笑する。
「世界最高位のLv.7は未だ二人のまま、か······」
七年前の大抗争からランクアップを果たしていない首脳陣は今回もまたLv6を維持だ。自分達ならいずれLv7にも到達できると信じて研鑽を重ねている首脳陣の三人だが、それでもやはり歯がゆさを覚えることもある。そんなフィン達を眺めながらロキもどこか口惜し気に言う。
現在探索している50階層前後の階層域はLv6であるフィン達にとって得られる経験値は多いとは言い難い。フィン達がより効率よく経験値を稼げるのはそれより下の階層であり、それこそ未到達階層を新たに開拓できれば話は別なのだが現状それは難しいだろう。今回の怪人と精霊との戦いで得た経験値は多大であろうがそれも分散されてしまえばこの程度のものなのかと落胆してしまう。
これは常軌を逸した無茶をするアルは例外にしてもアイズやティオネ達も遠からずぶつかる壁だ。
唯一、怪人レヴィスをほぼサシで打倒したフィンはランクアップの可能性も高かったが、あのときのレヴィスは既に『折れていた』。ステイタスこそ上がったものの偉業としてはイマイチだったのだろう。
「悔しいけど、Lv8やらLv9のバケモンがいたゼウスとヘラのところとはまだまだ年季が違うっちゅうことやな」
新たに三名のLv6を得た【ロキ・ファミリア】ですらかつての二大最強派閥にはいまだ届かない。千年に渡る神時代において最強と謳われた両派閥にはそれぞれLv7以上の冒険者が複数人いた。また、彼らだけでなく敵対する闇派閥にも今以上の強豪が犇めいていた時代に比べれば───
かつての二大最強派閥が三大冒険者依頼の失敗、『黒竜』に敗北をする前、その両派閥と抗争を繰り広げていた一世代前の闇派閥筆頭。今の【ロキ・ファミリア】と同等以上の戦力────
今のオラリオで彼らと並べるのはアルとオッタルだけだ。
「アルはどうなんだろうね」
あの戦いで最も経験値を稼いだのは間違いなくアルだろう。四体もの精霊の分身を抑え、怪人レヴィスを圧倒した。何よりもゼウスの眷属すらも侵したベヒーモスの毒から生還したのはまさに偉業だ。ランクアップしてもおかしくはない。そうでなくともステイタスの向上量は計り知れないだろう。
「·········全ステイタス、SSSとかでも驚かんで」
「やっほー、アミッドー!!」
「ちょっと、静かにしなさいよ。店の中よ」
「こんにちは、アミッド」
腕利きの上級冒険者たちで溢れている【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院。光玉と薬草のエンブレムが掲げられた扉を開けて中に入ると、そこには見知った顔があった。艶やかな白銀の髪に染み一つない白い肌をしたヒューマンの少女、アミッドである。彼女はアイズ達を見つけるなり、小さく会釈をして出迎えてくれる。
「18階層では助かったわ、アミッドのおかげで、首の皮一枚のところで繋がったわ。勿論、特効薬の方もね」
「私も精神力回復薬のおかげで助かりました!ありがとうございます!」
「私達の治療薬が皆さんのお役に立てたというのなら、これほど喜ばしいことはありません」
精巧な人形のような心優しき治療師の少女は、口元に手を当てながら微笑む。
アミッドとて少し前まで18階層で数十人の【ロキファミリア】の団員相手に魔法を使いまくっていたというのに店頭に立っているあたり、だいぶタフなものである。
「皆さんは、やはり今日一日ご多忙なのですか?」
「うん、この後【ゴブニュファミリア】のところに行って、 大双刃の整備頼まないといけないんだ。ティオネも行くでしょう?」
「そうね、短刀の予備はもうないし·······投刃の補充も注文しとかなきゃ」
「アイズさんも、ですよね?」
「うん、私もデスペレートを見てもらわないと···········」
遠征後にやることはたくさんある。ここには下層や深層でかき集めてきた治療薬の原料となるダンジョン産のドロップアイテムなどの取引とポーションの補充のために来たのだ。それが終われば魔石やドロップアイテムの換金などもある。
「──俺も武器はともかく防具がめちゃくちゃだからな、」
「アル!! 毒は大丈夫なの?」
山積みの仕事に頭を悩ませるアイズたちのもとへ治療院の奥から折り畳んだ病衣を手に持ったアルが何食わぬ顔で歩み出てきてティオナの問に「いや、18階層の時点で完治してた」と応えながら手に持った病衣をついてきた治癒術師に手渡した。
そんなアルに対してアミッドは頭痛を堪えているかのように頭を押さえながら叱るような口調でアルへ詰め寄る。
「··········なぜ、普通に出歩いているんですか?最硬精製金属の鎖で縛り付けてたはずです」
「ちぎった」
『アル・クラネル』
身長︰ロキファミリア幹部陣では一番高い
イメージカラー︰白黒
好きな食べ物︰甘い物、曇り顔
好きなタイプ︰曇り抜きなら弟と同じ
バトルタイプ︰オールラウンダー
天敵︰アミッド、ミア、アルゴノゥト