皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
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五十二話 俺はこれを高嶺の花と書いて生き遅れ直行と読む現象と心の中で呼んでいる
この世に生を受けた時から、自分は───ティオナ・ヒリュテはその国にいた。
────ゼ・ウィーガ!!
────ゼ・ウィーガ!!
────ゼ・ウィーガ!!
常に今も、耳に残る勝者を讃え、敗者を嘲る女戦士の雄叫びが響き渡る陸の孤島、テルスキュラ。
血錆の臭いと戦場の香りが混ざり合うその土地で、ティオナは生まれ落ちた。その孤島では女神が降臨する神時代以前、古代から儀式という名の殺し合いが行われてきた。
降臨した女神はその殺し合いを歓迎し、常人を超人に、超人を英雄へと変える『恩恵』を与えた。
それ以降、テルスキュラでは生まれてすぐに女神から『恩恵』を与えられ、眷属の末席に加えられる。
テルスキュラのアマゾネスは言葉を発するよりも先に戦い方を教わり、物心がつく前にモンスターの殺し方を覚える。
母親が誰なのかは知らない、握っていたのは母親の手ではなく身体に見合わぬ大きさのナイフだった。自分について知っていたのは名前だけ、それ以外は何も知らなかった。
ただ一つ、自分達がテルスキュラの『真の戦士』を作り出すという目的のために戦うことだけは教えられた。
テルスキュラでは強さこそが正義
であり、弱き者は強者に従うしかない。強者は弱者を従え、弱者はそれを甘んじて受け入れるしかないのだ。
アマゾネスの本能がそのまま形となった国、それがテルスキュラだ。神時代に移り変わってテルスキュラに降臨した女神も闘争を愛しており、彼女から齎された『恩恵』はその闘争をより激しく、より苛烈なものに変えた。
そんな戦いの日々を、辛い、と思うことはなかった。戦いの日々はあたしにとって当たり前のことであり、疑問を抱くことはなかった。
勝てば生きることができ、負ければ死ぬだけだ。そこに辛さなどはなく、ただ自分が生き続けるには勝ち続けなければならないということだけが理解できた。
石の闘技場にて行われる戦いは命を賭けたものであり、その戦いの中で死ねば自分もまた石のように砕け散ってしまうだろう。
血に濡れない日はなかった。肉を引き裂かない日はなかった。骨を砕かない日はなかった。内臓を引き摺り出さない日もなかった。
冷たい石の闘技場で血の温かさを感じながら、変わらない日々の中で変わらず刃を振るう。
そうして幾年か経つと殺し合う相手がモンスターから同じアマゾネスに変わった。相手を殺すことに躊躇いはない。だが不思議とその時ばかりは自分の手が鈍く感じられた。
理由は分からない。しかしそれは初めての感覚であった。殺し方は変わらない、ナイフを突きたて切り裂けばいいだけの話だ。
なのに何故こんなにも胸の奥底がざわつくのか? 答えが出ることはなく、結局自分はいつも通りに相手を殺した。
同胞の血を浴びる度に自分の中の何かが冷めていく気がしたが、それを気にすることはなかった。
まだ幼く、人を殺す、ということの重みをよくわかっていなかったあたしは『あぁ、また殺してしまった』程度の感情しか抱くことができなかった。
けど、ティオネは違った。日に日にティオネの目が濁っていくことをあたしは気づいていたが、その理由までは分からなかった。
戦うこと自体は嫌いじゃない、むしろ好きと言ってもいいくらいだ。けれど同じアマゾネスを殺す度に胸の中にモヤがかかるような気持ち悪さが募っていった。
最後に家族のようだった同室のアマゾネスを殺してランクアップを果たした後、あたしたちには指導者をつけられることが決まった。
指導役となったアマゾネスはちょうど十歳上のバーチェとアルガナという名前の戦士で、二人は姉妹らしいが性格は似ても似つかないほど違っていた。
あたしの担当となったバーチェは寡黙で冷徹な戦士だった。次期団長候補筆頭と言われるほどの実力者であり、その鍛錬は熾烈を究めた。
血を吐いて倒れるまで武器を振り続けたこともあった。骨を折られて動けなくなったことも何度もあった。
『·······はやく、立て』
倒れ伏す自分を感情のない冷たい目で見下ろし、淡々と告げてくる声音に産まれて初めて恐怖を覚えた。日に日に苛烈さを増していく訓練は、まるで拷問のようで、その痛みは想像を絶していた。
得られる快感は勝利のみ、敗北すれば死が待っている。そんな毎日を過ごしている内にいつしか自分の中から戦いに対する迷いや戸惑いといったものが消えていった。
そんな迷いすら抱く余裕のない日々に転機が訪れたのは一年経ったある日のことだった。
その日、訓練の合間に歩いていた寂れた通路の端に捨てられていたソレに出会ったのだ。
────『
これは持論だが───冒険者は有名になればなるほど、実力をつければつけるほどモテなくなる───と思う。
『いやいや、アイズとかはモテてるだろう』、と思ったかもしれないがそれはアイドルとして、『剣姫』としての『人気』でしかなく、モテているとは言えない。
それと、前置きしておくがモテるモテない、はなにも異性間に限った話ではなく同性との友人関係にも言えることだ。
身内でわかりやすい例をあげるとするならば我らがフィン・ディムナだろう。
フィンは都市に知らないものがいない超有名人であり、小人族の再興を目指す一族の勇者だ。
だが、アイツに小人族の『友人』はいない。
まぁ、俺が知らないだけかもしれない。
だが少なくとも俺はこの四年間、アイツが敵と金持ち以外の小人族から敬語以外で喋られるところを見たことがないし、聞いたこともない。
理由は簡単だ。
─────釣り合わないから。
無論、例外はあるが、友情というのは互いにある程度拮抗した力関係がなければ成立しない。
財力、魅力、学力、権力、知力·········そして、最も単純でわかりやすい武力。
自分のことを小指で殺せる化け物と対等に口喧嘩はできるか?
都市中から敬称で呼ばれる相手の肩を気安く叩けるか?
難しいだろうな、表面上は繕えたとしてもゴブリンにも勝てない一般人とドラゴンにも勝てる一流の冒険者が対等に接するのは。
そしてそれは冒険者同士であったとしても例外じゃない。
例えばだが、同じ村出身で一緒に冒険者となった二人がいたとして三年後、片方がLv.3に、もう片方がランクアップできずにLv.1のままとなればどうだろうか?
片方はたった三年で第二級冒険者になったことで周囲からも一目置かれるようになり、もう片方はそんな彼に格下に見られている、と実際は違くてもそう思ってしまうようになるだろう。
そしてそんな相手と対等に話すことは難しくなり、いつの間にか疎遠になってしまう。
スタートは同じでも時間が経つに連れて実力が、立場が離れていくことによって生じる感情の差が二人の関係を歪ませることになるのだ。
残酷な話だがLv.3以上の冒険者は例外なく選ばれた才人であり、冒険者は才能と運の世界だ。
その二つの要素が合わさり、初めて彼らは大成する。どちらも持ち合わせない凡夫にはどんな努力をしてもこれを覆すことはできない。
いくら性格や趣向が似ていても英雄と凡夫では対等の友人たり得ないのだ。
友人関係ならともかく男女としては、と考えてもやはり難しい。
わかりやすい例としては我らがリヴェリア・リヨス・アールヴだろう。
【ロキ・ファミリア】は男女問わず美形揃いで一部(俺を含む)の幹部に至ってはファミリア内外にファンクラブすらあるが、実際に求婚やらをされることはまずない。
俺はこれを高嶺の花と書いて生き遅れ直行と読む現象と心の中で呼んでいる。
オラリオで最も人気のある女冒険者は誰かと街中の冒険者に聞けばその五割───エルフなら八割───がリヴェリア・リヨス・アールヴだ、と断言するだろう。
オラリオに数えるほどしかいない事実上の最高位たるLv.6にして都市最高の魔導士。
正真正銘のハイエルフの王女であり、女神すら霞むほどの美貌と器量。
性格もむしろ、エルフらしい潔癖さが薄い分取っつきやすくすらある。
さて、これらを踏まえた上でリヴェリアに求婚する男はいるだろうか。
──────いるわけがない。
理由は単純、釣り合わないから。
リヴェリア自身がどう思っていてもリヴェリアより弱い男なぞ世のエルフが許さないし、いくら強くても品性に欠ける男ならロキも許さない。
リヴェリアより─────都市最強の魔導士より強い男がこのオラリオに一体何人いるだろうか。
同格を含めても【ロキ・ファミリア】にフィンとガレス、ベートの三人、【フレイヤ・ファミリア】に四人だ。
都市二大派閥を合わせても一桁、オラリオ中を探してもようやく二桁に届くかどうかだろう。
そしてその中からリヴェリアと結ばれるに足る性格や品性の持ち主がいるだろうか?
オッタル&アレン────女神至上主義の戦狂い。
ヘディン&ヘグニ────敬意の対象だが恋慕の対象にはなり得ない女神至上主義。
ガレス&フィン────そういう目で見れるならもうなってる。
ベート────論外。
まあ、周りが認めるのはフィンくらいだろうが、それも種族の違いから結局は無理だろう。まだ、ハーフなれど子供が作れるヒューマンなら良かったかもしれないが今のオラリオにリヴェリアより強くて崇拝対象にもしないエルフやヒューマンはいない。
冒険者は実力をつければつけるほど自動的に名声も得てしまい、ある種のアイドルになってしまう。
リヴェリア自身がよく思ってる相手でも周りが許さなければ祝福はされないし、立場がある以上は駆け落ちも難しいだろう。
これはアイズとかも同じだな。
また、相手も気後れするだろうし、いくら美形でもランクアップを果たした冒険者は飾らない言い方をすれば人の形をしたモンスターだ、力いっぱい抱きしめられでもしたらそれだけで折れてしまう。
故にリヴェリアはいくら美人で人気でも異性として意識されることはない。
男冒険者の場合も同じだが男なら更に問題がある。
例えば、ある男が第二級の冒険者になったとしよう。そしてその男には将来を誓った恋人がいたとする。
第二級ともなればその恋人を養っていけるほどに稼げるだろう。しかし男は第二級の実力を手に入れたことで慢心し、ある日ダンジョンで命を落とした。
まあ、有り得なくもないありふれた話ではある。
ではその場合、相手の女性はどうなる?
ダンジョンでの死亡なら遺体も残らないし、遺品の武具も残るかどうか。
冒険には装備にアイテムにと金がかかる上に刹那的に生きる冒険者に貯金なんてしてる奴は中々いないだろうし、あったとしても大抵は所属しているファミリアに流れるだろうから恋人は一夜にして将来を誓った男を失い、手元には僅かな金しか帰ってこないことになる。
恋人を失った悲しみに嘆きながら女一人でどうやって生活していくのだろうか。
下手すりゃ借金を遺して逝く可能性すらありうる。
男女に関わらず次の冒険で死ぬかもしれない相手と恋人以上の関係になりたいと思うのは少数派だろう。
いつ死ぬかも分からなくて、対等に接するには力の差がありすぎる。
いくら金があったとしても実情を知れば知るほど冒険者と結婚したがる女性は少なくなるだろう。
なら、冒険者同士でと考えた場合、次はファミリアの違いが問題となる。
例えばアイズが【フレイヤ・ファミリア】の団員と結婚する、と言い出したらどうなるだろうか。
戦争不可避だろう。
流石にこれは極端な例だがよほど所属ファミリア同士が仲良くないと違うファミリアの相手と結ばれるのは難しい。
零細ファミリアの下級冒険者ならともかく、実力をつけた冒険者であればあるほどファミリア内での立場は高まり選択肢は狭まる。
現実的なのは同じファミリア内での恋愛だが、これにも問題はある。
男女混ざったグループの崩壊理由第一位は痴情のもつれだ。特に同じパーティーメンバーで惚れた腫れたの場合は面倒臭い。
仮に告白したとして断られでもしたらどうなるだろうか。
違うファミリアなら大丈夫だが、同じファミリアの場合、改宗しない限りは嫌でも振った相手、振られた相手と顔を合わせつづけなくてはならない。
仲間内でわだかまりができたり、嫉妬した女から嫌がらせを受けたり、最悪刃傷沙汰にまで発展する可能性もある。
これも実力をつけ、ファミリア内での立場が上がれば上がるほど大きな問題となる。
今のLv.6以上に既婚者はいないところからもわかるだろう、仮にリヴェリアとフィンが恋仲になったとして痴情のもつれを起こしでもしたら【ロキ・ファミリア】は崩壊する。
話を少し戻して友人関係もそうだ。一般人や格下が駄目なら、対等の実力者と友達になればいいと考えるかもしれないがそれも難しい。
実力が上がれば上がるほどその数は極端に減っていくし、実力のある冒険者はプライドが高い上に頭のネジが数本外れた変わり者が多い。
いくら気があっても違うファミリアだとこれまた、問題となる。
アレンと俺がオラリオで最も仲睦まじいオラリオベストフレンドだったとしてもプライベートで一緒に遊びに行くことは互いの立場もあってなかなかに難しい。
────そういう意味ではフィン、ガレス、リヴェリアの三人は恵まれている─────
立場、しがらみ、嫉妬、敵意、それらが邪魔をして恋心を抱いても結ばれず、友情を持っても親友たり得ない。
───────と、まあこれらが上位冒険者がモテないと俺が思う理由だ。
他にも様々な理由は存在するが大雑把に言えばこんなところだろう。
そして、これらを踏まえた上で俺はこのジレンマを利用する。
このオラリオで最も強い上に容姿端麗、頭脳明晰、品行方正、文武両道、眉目秀麗、才色兼備、その全てが揃った完全無欠の英雄である俺
ならばどんな奴が相手でも対等以上に付き合える。
上位になればなるほどめんどくなるかわりに常人とは比べ物にならない精神的熱量を持つのが冒険者だ。
攻略難易度が高いかわりに一度でも攻略できればそこから先は簡単になる。
そんな奴の唯一無二の存在となった上で死んだらどうだろうか?
間違いなく、めちゃくちゃ曇ってくれるだろう。
あっちが俺に劣等感を抱いても心配はない、Lv.6以上の奴らは例外なく英雄の器を持っている。
関係が友情であれなんであれ置いていかれたままなんて許さず、落ち込むより先に鍛錬に打ち込んで強くなろうとするだろう。
まあ、絶対に追いつかせないし、追いつかれる前に死ぬんだがな。
59階層のようにはもういかない、絶対に助けられてやるもんか。
故に俺は死ぬことを躊躇わない。
むしろ積極的に死ににいく。
そうすることであいつらの心に俺という存在を深く刻みつけることができるだろうから。
だから、これは自殺願望ではなく、計算高い戦術なのだ。
相手からは唯一、遠慮なく接してもらえる存在となり、俺からは対等ではないと思わせることで死んだときの無力感とかを跳ね上げさせる。
想像しただけでもゾクゾクするだろう?
だが、これらの前提を覆す存在がいる。
それが─────────────アマゾネス、だ。
「あ゛?」
「ん?」
「い、いえその········なんでもないです········」
【ファミリア】のエンブレムとも似た、真っ赤な蜂の看板を飾る酒場「火蜂亭」。繁華街の裏道にたたずんでいる店で行われた18階層からの生還祝いに水を差すかのようにベル達を侮辱するような声を上げた小人族の冒険者はベル達の隣の机に陣取る────ベート・ローガとアル・クラネル、二人の第一級冒険者の視線に萎縮する。
小人族の仲間か、六人組の冒険者達も顔を伏せる。Lv1かLv2か、どちらにせよ、都市最強派閥の最高戦力を前にしてその弟と弟子を侮辱できる度胸はないようだった。
「ふん······がさつな。やはり 【ロキ・ファミリア】 は粗雑と見える。 飼い犬の首に鎖もつけら、───」
そんな中で蒼い瞳を持った黒髪の美青年だけは、鼻を鳴らしてみせ、立ち上がるが言葉を言い切る前に膝から崩れ落ちた。どうやら、気絶しているようだ。
『ヒュアキントスだ·····』
『·······え、今の見えたか? なんで倒れたんだ?』
『そりゃ、第一級冒険者様だろ。Lv7の動きなんざ俺らに見えるわけねぇよ』
『いくら第二級って言っても、再起不能者を量産してきた『剣鬼』に喧嘩売るとか·····』
今しがた崩れ落ちた美青年がリューやアスフィと同じ第二級冒険者だということにヒソヒソと聞こえてくる冒険者達の言葉から理解したヴェルフは頬を引き攣らさせる。
「呑みすぎてしまったようだな、介抱してやれ」
何食わぬ顔で残りの五人に言った兄と気にせず酒を飲んでいる師匠に『慣れ』を感じたベルは第一級冒険者ともなればそういう諍いも慣れっこなのだろうと感心するが、リリルカ達は都市最強の手が出る速さに───世界で一番強い男が喧嘩っ早いって怖すぎ───と戦々恐々としていた。
「あの紋章、【アポロンファミリア】ですね·······」
つい、いつもの癖で沈めちゃったけど、ベルの成長イベント潰しちゃったか·····?
にしても、あの変態神も懲りないなー。Lv2なったばっかの俺を狙ってロキにハチャメチャ重いしっぺ返し食らったのにまだ懲りてないのかよ。
いやまあ、まともならそもそも【ロキ・ファミリア】の団員に手だそうとしないだろうけど。
【豊穣の女主人】でお祝いやってればリューあたりにつまみ出されて平和的に解決できたんだがなあ······。
『アミッド製最硬精製金属の鎖』
【神秘】のアビリティを用いて作った拘束縄からすら抜け出してくるアルに対する奥の手。上層や中層で発掘されたものでなく、深層から掘り出されたものを精製したオリハルコンを使った鎖。
一度、拘束さえできれば強竜でも抜け出すのは不可能。
ちょっと調子悪いな·····
ちなみにアルの計算には致命的な見落としがあります