皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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コロナ後遺症のBスポット治療が辛い


五十四話 下界の可能性の煮凝り

 

 

 

 

 

ロログ湖の最深部付近。深い青の世界の中、ティオナとティオネはまるで水を蹴るように底を目指して泳ぎ続ける。

 

その速度は地上を歩くのと何ら変わりはなく、まるで水中を散歩するようにすいすい進んでいく。

 

青白い燐光に照らされた水草が揺れる中、二人はぐんぐんと深くまで潜り続け、やがて広大な汽水湖の岸辺へと辿り着いた。

 

見上げれば水面は遥か遠く。視界はどこまでも澄み渡っている。見れば汽水湖故にか様々な魚が優雅に泳ぐ光景が目に映った。

 

やがて、水底に息を呑むほどに大きな白い『蓋』のようなものが見える。それは15年前まであったはずの巨大な穴を塞ぐように鎮座していた。

 

間違いなくあの白亜の巨壁こそが件の湖底の大空洞の蓋。白聖石か、あるいはアダマンタイトのような鉱石で造られた超硬度の蓋に違いなかった。

 

今でこそ塞がれているものの遥か古代、この大穴からダンジョンの水棲モンスターが放たれた。

 

二人は威容を誇る蓋の前に立つと、互いに視線を交わし、それから水中を漂うようにして移動して蓋に触れてみる。

 

白色の鉱石壁に混ぜられた階層主すら上回る規格外のサイズであろう竜種の漆黒の骨。圧倒的な存在感を放つ巨大な竜骸はとぐろを巻き、二人を見下ろしていた。

 

あたかも化石のように時の流れを忘れてしまったかのような竜種の姿は、しかしどこか神秘的で荘厳な印象を見る者に与える。

 

ろくな知識を持たない二人はこの化石が何であるのか、本能的に理解した。

 

太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなけれればいけない原初の約定でありながらその強さゆえ、千年もの間放置され続けた黒き終末。

 

「(『海の覇王』···············)」

 

 数千年にも渡る人類の超えるべき悲願である『三大冒険者依頼』の目標の一つ、大海を支配する最強のモンスターの一角たる存在の成れの果てが目の前にある。

 

千年の成果にして神時代の象徴、神々に認められし最強の集団たる【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】。

 

前人未踏の領域の階位に至った『英傑』と『女帝』、Lv8とLv9の団長達に率いられた下界全土の悲願を達成するに足る英雄旅団によって打ち倒された大海蛇。

 

「(『黒竜の鱗』は、モンスターを寄せ付けないって聞いたことはあったけど·····)」

 

 同じく『三大冒険者依頼』の目標の一つであり、大空の覇者として君臨し、約千年前にオラリオから飛び去ったという『隻眼の黒竜』が各地に落としていった『鱗』は常に放っているその桁外れの力の波動により、いかなるモンスターも寄り付かない。

 

他でもないアルの主武器である【バルムンク】はその鱗から作られた武器であり、その威迫は歴戦の冒険者でも握るのを躊躇うだろう。

 

赤髪の怪人、レヴィスの持っていた英雄殺しの呪剣も同じ三大冒険者依頼の目標の一つ、『陸の王者』のドロップアイテムから作られ、どちらも古代の強力極まるモンスターの力を受け継ぐ第一等級武装を超えた魔の剣だ。

 

同格の『海の覇王』の骨もそれらと似たような性質を持っているらしい。

 

この覇者の竜骸を前にはいかなるモンスターであっても逃げ出すことであろう。ましてモンスターに破壊なぞできるわけがない。

 

最後には【ヘラ・ファミリア】の才禍の一撃によって討伐された『海の覇王』の遺骸は蓋の一部として封印を完璧なものとしている。

 

リヴァイアサン・シール。それがこの巨大過ぎる蓋の名前だった。白と黒の入り混じった色合いの湖底の封印。

 

「(········蓋に(ほころ)びがないか、調べないと)」

 

 モンスターが通れるような穴や欠落がないか手分けして探すティオナとティオネ。水底を探索すること数十分、隅々まで確認したがどこもかしこも完璧に塞がれており、何一つ異変はなかった。

 

「(ないなー)」

 

「(ま、そりゃないわよね。ん?········あれは、食人花!!)」

  

 調査を終えた二人の視線の先では黄緑色の触手、食人花が水をかき分けながら突き進み、ロログ湖に入って来たばかりのガレオン船に絡みつき────黒い影によって瞬殺された。

 

「リーガル・ジータ·······ディ・ヒリュテ」

 

 共通語ではない、アマゾネスの言語で言葉に反応したティオナ達は、そのまま水面へと浮上する。水面に顔を出したティオナ達が見るとガレオン船の上に一人の女戦士がいた。

 

肩まで伸びた砂色の髪を揺らしながら、彼女は食人花の残骸を片手で持ち上げている。露出の多いアマゾネス特有の衣装、艷やかな褐色の肌にはモンスターの返り血が付着している。

 

口もとを黒い布で覆っているため表情は分からないが、切れ長の瞳は冷たく輝いていた。その面貌を見てティオナは唇を開く。

 

「バーチェ········」

 

 信じられなそうに見つめるティオナ達を無視してバーチェはガレオン船の甲板に降り立つ。そして無言のまま食人花の死骸を投げ捨てると踵を返した。

 

驚愕に喘ぐティオナ達に追い討つようにガレオン船から違う声が聞こえた。それは聞き覚えのある女の声。

 

「久しい顔がおる」

 

 幼さと老熟さを同居させた声音に今度こそティオナ達は絶句した。まさかと思いつつ振り仰げば、そこには予想通りの人物がいる。

 

数多くの女戦士に囲まれた幼女の神だった。鮮血のように赤い髪、に紅玉のように輝く双眼、眷属たちと同じ艷やかな褐色の肌、骨の首飾りと面頬、胸元が大胆に開いた衣服はまるで踊り子の衣装のよう。

 

そんな神物の登場にいち早く反応したのはやはりティオナ達だ。喘ぐようにその名を口にする。

 

「カーリー·······!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン深層、51階層。強竜と呼ばれる、力だけならば37階層に出現する階層主のウダイオスすらも上回る認定レベル5以上の宝財の番人の他、デフォルメス・スパイダーなどの凶悪極まるモンスターの跋扈する階層。

 

目立ったトラップなどはない代わりに純粋にモンスターのレベルが50階層以前とは比べ物にならないほど高い。

 

そんな、オラリオ最高峰の第一級冒険者複数名によって構成された精鋭中の精鋭によるパーティでなければたどり着くことすらままならぬ黒鉛色の領域に一人の男がいた。

 

錆色の頭髪に強い意志が感じられる錆色の瞳、巌と評するのが相応しいぶ厚い筋肉の鎧に覆われた五体。その身体には傷も返り血もなく、息も切れていない。しかし男の周りに散乱する数十ものモンスターの死体と赤く染まった大剣が男が行ったであろう凄絶なる戦いを証明している。

 

男の名はオッタル。

 

都市最大派閥の片割れ、【フレイヤ・ファミリア】の団長であり、オラリオに二人しかいないLv7の一人であるその男は単騎での『遠征』という前代未聞の行為に身を置いている。

 

この階層に到達するまでに既に三桁に上る数の戦闘をこなしてきたにも関わらず一切の疲労を感じさせない動きでオッタルは歩き続ける。

 

遠征を終え、18階層から地上へ戻った【ロキファミリア】とすれ違うかのようにダンジョンヘ潜った理由は極めて単純、より強くなるための修行である。

 

レベル7であるオッタルは生半可なことでは経験値を稼ぐことはできず、今以上に強くなるためには深層ヘ一人で潜るくらいのことをしなければ足しにもならない。

 

都市最強、すなわち世界最強の階位に既に達しているオッタルが今以上に強くなる必要などない、とそこらの冒険者ならば考えるだろうがとうのオッタルは知っている。

 

かつての最強派閥には今の自分でも及ばないLv8やLv9の英雄がいた事を、今でこそ最強の称号であるLv.7などあの時代には幾人もいたことを、そしてアルという自分を今にも超えようとしている才禍がいる事を。

 

そう遠くないうちにあの才能の化身は新たな高みに、Lv8へと至るだろう。あれほどまでに才に溢れた眷属はかつての全盛期を知り、自分自身も英雄たる器を持つオッタルをして知らない。

 

【ヘラ・ファミリア】においてなお、異端とされた『静寂』の二つ名を持つ女の再来とすら言われるあの『剣聖』の成長力はそれほどまでに脅威だ。

 

 

『剣聖』アル・クラネルは神時代始まって以来の、千年来の英雄になり得る器を持っている。あるいは、前人未到の階梯───Lv10にすらたどり着けるかもしれないその器は『一世代』の最強にとどまる器しか持たぬオッタルを確実に上回っている。

 

だから、だからこそ、『英傑(マキシム)』が、『暴喰(ザルド)』が、『静寂(アルフィア)』が自分達にそうしたように今度は自分達が『次世代』の英雄の『壁』にならなくてはならない。

 

────いつか、ゼウスとヘラ(俺達)のガキが、オラリオに、この英雄の都に英雄となりにやって来るだろう。

 

生涯最強の敵にして、目標としていた『暴喰(英雄)』が最後にこぼした言葉を想起する。

 

相手は千年来の才禍、Lv7で足踏みしているようでは壁どころか障害にすらなれぬであろう。女神のためでなく、自分のためでもない、次の世代ヘ最強を継ぐための鍛錬。

 

敬愛する女神の赦しはすでに得ている、女神の護衛は白妖精の軍師達に任せている。

 

「────行くか」

 

 眼下にあるのは更に下層、『竜の壺』と言われる新たな領域。かつての最大派閥の他には【ロキファミリア】と【フレイヤファミリア】しか到達していない深層の中の深層。

 

【ロキファミリア】が第一級冒険者八名とサポーター、鍛冶大派閥の最上位鍛冶師という精鋭部隊で向かった死の領域にたった一人で踏み込む。オッタルとて死ぬかもしれないが、そうでなくては『偉業』たり得ない。

 

なんの躊躇もなく、オッタルは『竜の壺』ヘ足を踏み入れた。

 

 

 

 

────オラリオに、新たなLv8誕生の報が伝わったのはそれから一週間ほど後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

光量を絞られた魔石灯の光で微かに照らされる室内は臙脂色の調度品やソファなど家具が揃えられており、全体的に落ち着きのある空間を演出している。

 

天鵞絨の帷帳に仕切られ、窓のない部屋にはどこか淫靡な空気が漂っていた。薄暗い室内には甘い香が焚かれており、ややもすれば娼館ではないかと錯覚しそうになるほどだ。

 

地下という立地条件もあり、どこか息苦しさすら覚える。室内には露出の多い戦闘衣を身に着けた大勢のアマゾネスたちがいた。

 

いずれも【カーリー・ファミリア】の構成員たちである。アルガナを始めとしたアマゾネスの眷族達だ。彼女たちは室内にある大きな長椅子と机を取り囲むようにして立っている。

 

カーリーは長椅子に寝転がって退屈そうに欠伸をしていた。不意に無言で扉付近に立つバーチェが扉に視線を向ける。扉の向こう側に気配を感じたのだ。

 

「集まっているようだな」

 

 やがて扉が開かれると、そこから現れたのは褐色肌の女神だった。金や宝石に彩られた華美な装飾品に身を包んだその女神の名は――イシュタル。

 

金銀の腕輪と足輪を身に付けている彼女の胸元は大きく開かれており、豊満な乳房が完全に露わになっている。下半身も布地の少ない下着のような格好であり、男であれば誰もが目を奪われることだろう。

 

そんな彼女が纏う雰囲気はどこか艶めかしく、妖しい色気を放っている。瑞々しい肢体から漂う芳香と相まって、同性であっても思わず見惚れてしまいそうな美貌の持ち主であった。

 

『美』の化身とも言えるような存在の登場に、戦いに全てを捧げているテルスキュラのアマゾネスたちも頬を染めて熱っぽい視線を送っている。同性であるにも関わらず彼女に魅了されているのは、イシュタルの持つ美貌故であろう。

 

抜け殻となった人形のように虚ろな表情を浮かべる眷属たちを一通り眺めると、カーリーは小さく鼻を鳴らす。アルガナは興味深そうにイシュタルを見つめ、バーチェは不快気に顔を歪める。

 

神々すら魅了する絶世の美女を前にしても平然としている二人を見て、イシュタルは愉快げに唇の端を持ち上げた。そして、ゆっくりとした足取りで部屋の中に入ると、カーリーのもと歩み寄る。

 

「やっと来おったか········待たされたぞ」

 

 カーリーは面倒臭そうに長椅子から身体を起こすと、傍らに立ったイシュタルへ不敵な笑みを向けた。イシュタルが部屋に入るとその後ろから彼女の眷属達が続く。

 

先頭の人型のモンスターと見間違うような巨大な醜い女が歩く姿は酷くアンバランスなものに見えるが、後ろに続くのは美しく整った顔立ちをしたアマゾネスたちだ。

 

彼女たちは皆、露出の多い戦闘衣を着用しており、美しい容姿も相まってまるで戦士というよりも踊り子のようにも見える。

 

ただ、その隙のない身のこなしは並大抵のものではないことが伺えた。

 

イシュタルの後ろに続くアマゾネスたちは、彼女の眷族の中でもレベルの高い精鋭たちだ。

 

イシュタルはカーリーの正面の椅子に腰かけると、後ろに控えていた眷族たちも主神の背後に移動する。

 

「今更だが確認しておこう。 そなたがイシュタルで間違いないか?」

 

「いかにも」

 

 女神イシュタルの派閥、【イシュタル・ファミリア】は歓楽街を支配するオラリオ随一の大派閥だ。莫大な資金力を誇り、また独自の情報網によって都市内外の情報に精通している。

 

そのためオラリオ内でも屈指の影響力を持つ派閥ではあるが、同時にそれは闇社会にも精通していることでもある。都市の治安を守るギルドですら把握していない闇の部分を知り尽くしているのだ。

 

加えて戦闘員のアマゾネスたちの戦闘能力は極めて高く、戦闘娼婦と呼ばれている。

 

「辺境の地にいる妾達にわざわざ依頼を出すとは、お主も酔狂よのう」

 

「それは文を何度も送って説明しただろうが。私は使えるものは何でも使う」

 

「全てはあの女神フレイヤを倒すためだ」

 

 アメジストのような瞳を暗い光で輝かせながら、イシュタルは口を開く。

 

イシュタルは自身と同じ美の女神であり、都市二大派閥の片割れの【フレイヤ・ファミリア】の主神であるフレイヤを憎んでいた。

 

彼女に取って自らを差し置いて最も美しき者とされるフレイヤの存在は許し難いものだったのだ。

 

故に彼女はフレイヤを貶めようと様々な策謀を仕掛けてきた。しかし、その悉くが失敗に終わった。

 

しかし、いくらイシュタルがフレイヤに嫉妬していたとしても、直接戦いを挑むことはしなかった。

 

都市最強派閥を率いるフレイヤと敵対すれば、間違いなくイシュタルの敗北は必至だ。

 

───実のところ、古き神であり、天神の系譜である彼女は美の神としてだけでなく戦神や天空神、豊穣神としての権能を有する極めて高い神格の持ち主である。

 

その神性の古さ、権能の多彩さから考えれば、フレイヤの上位互換の神格とすら言える大女神なのだ。だが、そんな事実は下界での勢力関係とはなんら関わりがない。

 

イシュタルからすれば新参の、格下であるはずの小娘に人気でも勢力でも完全に劣っているという現状に腸が煮えくり返るほどの怒りに支配されているのだろう。

 

 

 

「最初に密書が送られてきた時は何かと思ったぞ」

 

 【フレイヤ・ファミリア】 の有する戦力は紛れもなく都市最強。団員のレベルは二軍であっても多くがLv.4に達しており、八名もの第一級冒険者を抱えている。

 

特に団長のオッタルはオラリオに二人しか存在しないLv.7に到達しており、都市双璧の片割れを担う猛者である。その圧倒的な実力は他の追随を許さないものだ。

 

対してイシュタルの保有する眷族は数こそ多いものの、全員がLv.2以下の未熟な非戦闘員ばかり。

 

上級冒険者にも勝る戦闘娼婦であってもLv.3を超えるものはほとんどおらず、第一級冒険者はLv.5のフリュネのみ。

 

自派閥だけでは到底勝てないのはイシュタルにも理解出来ていた。そこで第一級冒険者に相当する戦力を有する【カーリー・ファミリア】に協力を要請したのだった。

 

「ふん、その割にはあっさり食いついてきただろうに」

 

「またとない機会だからの、彼の【フレイヤ・ファミリア】との戦など。お主も見込みがあると踏んでこちらを選んだのだろう? お主は妾達のことをよくわかっておる」 

 

 【カーリー・ファミリア】 がわざわざ国を出てまでイシュタルの要請に応じた理由はただ一つ。

 

カーリーとテルスキュラのアマゾネスが求めるのは強者との戦いだ。世界最強のオラリオに君臨する【フレイヤ・ファミリア】との戦争は彼女たちにとって心躍るものに違いない。

 

カーリーは口元を歪めて笑う。背後で控えているアルガナも好戦的な笑みを浮かべた。

 

「先に開戦の手筈だけ伝えておく。好き放題暴れ回られたら堪ったものではないからな」

 

「なんじゃ、信用がないのぅ」

 

「抜け抜けと何を言っている、獣どもめ」

 

「しかし、極上の馳走を目の前にしておきながら、しばしおあずけとはな·······早くしてほしいものじゃ。のう、アルガナ?」

 

「ああ、カーリー」

 

 蛇を思わせる笑みを口元に浮かべ、舌なめずりをするアルガナの姿にイシュタルは眉根を寄せるが、すぐに気を取り直して話を戻す。

 

「特に、彼の【猛者】とは是が非でも戦わせてみたい」

 

「あの猪は子供達の中でも頭一つ抜けている。早まって勝手な真似をするなよ」

 

「わかったわかった、待ってやろう」

 

 見た目だけなら幼気な幼女のようなカーリーが、まるで悪戯を企む子供のように無邪気に微笑んだ。それに釘を刺すようにイシュタルは告げるが、当の本人はどこ吹く風といった様子で聞き流した。

 

「ところで、イシュタルよ。お主の子はここにいる者で全てか?」

 

「バカを言え。私の【ファミリア】は国家系と同じで大所帯だ。 大部分は都市に置いてきた」

 

 イシュタルの返答にカーリーは首を傾げる。イシュタルは都市でも有数の大派閥を率いる主神であり、その眷族数は確かに多い。

 

「挟撃すると言ったが、お主達だけで迎え撃てるのか? 件の【猛者】はLv7、能力だけ見ればこのアルガナとバーチェをも上回る。抗争が始まった途端、根城ごと蹂躙されるようにしか見えん」

  

 いくら戦闘娼婦の戦闘能力が高いといっても限度はある。都市最強の一角である【フレイヤ・ファミリア】の主力を相手にすれば勝ち目はない。

 

Lv6がいる【カーリー・ファミリア】と比べても最高でLv.5の【イシュタル・ファミリア】は弱いわけではないが、Lv.7の怪物相手では勝負にならない。

 

カーリーの言葉は的を射ていた。しかし、イシュタルは余裕のある表情で笑ってみせる。

 

「心配するだけ無用だ。「切り札」がある」

 

 そう言って後ろに控えるアマゾネスたちの中で唯一、種族の違う眷属を見やる。純白の羽衣にも似た純白布を纏うその少女はどこか神秘的で、見るものを魅了するほど美しい。

 

獣人特有の尾と耳があることはわかるが、純白布に包まれた顔立ちははっきりとしない。

 

「「切り札」とやらが気になるが·······まぁ、いいじゃろう。あらかた話は把握した。取りあえず始まるまで時間はあるということじゃな」

 

 興味深そうに獣人の少女を見ていたカーリーはイシュタルに視線を戻して尋ねる。その問いにイシュタルは肯定を示した。

 

「ああ」

 

「ならイシュタルよ、先に報酬の件について済ませておきたいのだが」

 

「報酬の財宝ならいくらでもくれてやる。好きなだけの額を───」

 

「金は要らん。要らなくなった。別の報酬をもらいたい」

 

「?」

 

「付け加えると、その報酬は先にもらい受けたい」

   

 不穏に微笑むカーリーの瞳に宿る剣呑な光にイシュタルは僅かに目を細める。

 

「今、【ロキ・ファミリア】がこの街におる。おっと勘違いするな、妾達がここにいることとは関係ない。何でも、食人花だとかのモンスターを追っているらしい」

 

「それで?まさか、貴様」

 

「ご明察の通りじゃ。あの者達と戦いたい」

 

 そのための露払いを頼みたいというカーリーに、イシュタルはたちまち眉根を吊り上げた。

 

「ふざけるなっ。フレイヤの眷族どもも馬鹿げているが、あそこの中も大概だ。 フレイヤと一戦やる前に大事になるに決まっている!!」

 

 必ずこちらに多大な被害が出ることは目に見えている。そんなことのために貴重な戦力を割くわけにはいかない。

 

そもそも、カーリーは何故よりによってその冒険者たちを標的にしたのか。理解に苦しむ。しかし、イシュタルの考えとは裏腹にカーリーは首を横に振った。

 

「すまん、すまん。あのファミリアというには語弊がある。狙いはとある姉妹じゃ·······まあ、本命は『剣聖』だったんじゃが、いないならしょうがない。『剣聖』に関しては機を改めよう」

 

 そして、獣のような笑みを浮かばせた。他に用はないという女神の仮面の奥で見開かれた双眸が妖しい輝きを放つ。

 

獲物を見つけた肉食動物のような眼差しを受けてイシュタルの眷属達の間に緊張が走る。血と殺戮を司る戦神の威圧を受け、アマゾネスたちは一様に身を強張らせた。

 

目的が戦いという単純なものがあるからこそ御しやすいとイシュタルは判断していたが、量り違えていたようだ。

 

イシュタルは悩ましげに長嘆していたが、チラリ、と獣人の娘を一瞥しておもむろに笑みを作った。

 

「いいだろう、私もロキ達は気に食わない。何より、あの『剣聖』はこの私をコケにした。意趣返しとしては丁度いい機会だ」

 

 彼女は当時、第一級冒険者になったばかりのアルをその見目麗しさから『欲しい』と思い、希臘の太陽神よろしくちょっかいをかけていたのだが。

 

手に入れるどころか、美の神である自らの『魅了』を容易くはねのけて鼻で笑ったアルに対して未だにイシュタルは並々ならぬ激情を向けているのだ。

 

「───春姫」

 

 怒りと悦楽に満ちた凄絶なる激情に美貌を歪めながら獣人の少女に声をかけ、目配せをする。

 

「仮に、『剣聖』が現れたらこの娘の『魔法』をその姉妹のどちらかに使うといい」

 

 切り札の一つがLv7に通用するか、試すいい機会になるとイシュタルは笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、【豊穣の女主人】はアルのランクアップ祝いの宴で賑わっていた。

 

 

 







『アル・クラネル』
二つ名︰『剣鬼』→『剣聖』
非公式二つ名、異名︰『下界の可能性の煮凝り』『頭のおかしい白髪ショタ』『死剣』『劍✟皇』『聖女の弟』『脳筋じゃない方の最強』『頭がおかしい方の最強』
特技︰死ぬ以外は大概できる
倒す方法:搦手は基本効かないのでレベルを上げて物理で殴る(魔法もあんまきかない)

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